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ゆうすけブログ
湖国の統一地方選挙始まる
今年は選挙の年、選挙イヤーです。
我が滋賀県も全国一律、統一地方選挙がいよいよ始まりました。
その先駆けとなるのが県会議員選挙です。
3月29日に告示され4月7日に投開票となります。
その後は大津市議選挙、彦根市議選挙、近江八幡市議選挙、栗東市議選挙、日野町議会議員選挙と続き、夏の参議院選挙へとなだれ込んでいきます。

ところで様々なデーター、調査によればここ数年で地方選挙の立候補者数が激減しており、無投票当選率も上がり、ところによれば定員割れという地方公立高校並みの状況が進捗しているとのことです。
これは地方の活力減退を象徴している誠に憂慮すべき事態と言えましょう。
朝日新聞社の調べによると2007年~2010年と2015年~2018年を比較して首長で8%、議員で9%の立候補者が減少し、無投票率は19%増加したとのことです。
政治家は魅力のない仕事になったのでしょうか?
確かに停滞感漂い、閉塞感に満ち溢れた現代社会において政治家一本で生きていくにはよほどの根性が必要だとは思います。
ある意味、中世の虐待されながらも布教をすすめた活動家並みのメンタルが求められるのかもしれません。
マックス・ウエーバーが唱えた職業としての政治が成り立たない時代がきているのかとも思ってしまいます。
ですが政治が銀行の融資手続きや弁護士のようにAI化にとって代わられるということは悪い冗談であり、人間味感じるまちづくり、血の通った政(まつりごと)から現実を遠ざけることは否定すべきです。

少し脱線しましたが今春の湖国の県議選挙もそのような傾向を受けて13ある選挙区でははっきり濃淡というか緩急の差が出ています。
ぶっちゃけ、選挙が過熱して激しい選挙戦となることが予想される地域と陽だまりのように緩く、あるいは風も吹かない無投票当選の地域の差が歴然と見て取れます。
熱い選挙区としては・・大津市・草津市・守山市・野洲市・彦根市&犬上郡・長浜市・近江八幡市・東近江市&日野町&愛荘町・甲賀市・米原市などです。
これらの選挙区では予断を許されない選挙戦が展開される見通しです。
反対に緩い選挙区では湖南市・高島市・栗東市が挙げられます。
緩いと言うとこれらの選挙区の立候補予定者は怒るかもしれません。
「緩いとは何事ですか!選挙にならないほどこの4年間を必死に活動してきた結果で対抗者が現れなかっただけのこと、言わば隙をつくらなかったからです!」
わかってます、わかってますってそんなこと、私を誰だと思っているのでしょう。
滋賀県の選挙の裏までこの30年間知り尽くしてきたのですから。
平成の滋賀県選挙のいづれにも関わってきたのですから。
その意味でこの県議選挙の当落も今の時点である程度わかりますがこれはネットで出すものではありませんから今日はここまでにさせて頂きます。

保釈金について勘違いしていた
今朝はどんよりとした天気。
春先らしく暖かではありますが鳥の鳴き声とともに起きて枕元を見ればネコがゲボしていて不愉快な目覚めでした。
ガレージに行って車に乗ろうとすると洗車したばかりのフロントガラスに真っ白な鳥のフンがべったりと・・不快感は増すばかりです。

さて旧聞かもしれませんがカルロス・ゴーン氏が大金10億円もの保釈金を積んで拘置所を出ました。
いやぁ~よく出せるなと思いましたが過去にも保釈金額が決定しても出せなくてそのまま収容されていた人が多いとは聞いています。
ちなみに平成に入って大口?の保釈金を出して自分を出した(拘置所から)方々では・・・・。
2004年12月 ハンナン偽装牛肉事件で食肉の帝王と呼ばれていた浅田 満氏・・20億円
2006年4月  ライブドア事件のホリエモン・・最初は3億円、1審判決後5億円、東京高裁判決後更に6億円に増額。
2007年7月 ニッポン放送株インサイダー取引事件の村上世彰氏・・7億円
ゴーン氏を含めてさすが大物だけあって彼らはポンと出しています。

そもそも保釈金とは何かから私は勘違いしていました。
保釈金とは保証金、選挙で言う供託金のような感じで選挙でもある年齢を満たしており日本国籍所有の方ならどなたでも立候補は自由なのでしょうがそれでもひやかし・かき混ぜのような感覚で公的な仕事に就こうとする他の立候補者の方々の迷惑を避けるために意思確認として立候補時には供託金を納めます。
もちろんボロ負けさえしなければ選挙後に当選・落選を問わず全額返ってきます。
私は保釈金は裁判で執行猶予付きでも有罪判決が出れば返ってこないと思っていましたがどうも有罪・無罪関係なしに返ってくるようです。
これも選挙の供託金と同様に(私は公判が行われる前、期間中もおとなしくしていますよ)という保証金のような感覚で逃亡を図ろうとすればもちろん保釈の取り消しと保釈金の全額没収だそうです。

それでは人は思うでしょう、(金持ちはいいな、何でも金で解決できて)と。
そうではなくウン億円なんて高額な保釈金はもちろんレアケースで一般的には200万円から多くて300万円ぐらいが相場だそうです。
お金持ちの方に200万円の保釈金を積ませて「もし何かあったらこのお金は没収しますよ」と脅しても(ワシの行きつけの銀座のパブの一回分じゃ)と鼻でせせら笑うのは自明の理ですから抑止力の効いた高額に決めているそうです。

ではカルロス・ゴーン氏にとって今回の彼の保釈金(10億円)はどの程度のものなのでしょうか。
2016年、今から3年前のゴーン氏が表に出した彼の役員報酬だけ見てみれば・・。
ルノー社から8億8000万円
日産自動車から10億9800万円
三菱自動車から10億円と計29億9800万円に上ります。
あくまで会社からの1年間のお給料です。
後は海外での資産運用益は入っていません。
ゴーン欲(強欲)ですね。
う~ん、100億円ぐらい預かってもよかったのではと考えてしまいます。







ピエール瀧逮捕に思う
芸能界情報に疎い私がミュージシャンで俳優のピエール瀧さんを知ったのはまだ5年ばかり前のことでした。
その頃(平成25年)の春といえば私は失職し無軌道な生活を送っており、朝から日がな一日、テレビを眺めているご隠居のような(身分)でした。
そんな時、NHK朝ドラで春からの新番組(第88回制作)として「あまちゃん」を放送していました。
これはよくできたドラマでまだ東日本大震災の爪痕が残っている東北にエールを贈りながら一人の少女が東京に出て奮闘、また故郷に戻って活躍という、人生の指針を失いかけていた私にカツと勇気を与えてくれるドラマだったわけです。
少女・天野アキ(能年玲奈)も天才的な役作りでしたがその母・天野春子(小泉今日子)の若い頃の行動が少女の今に重なった親子二代の物語ともなっており、その母の若い頃の役を有村架純さんが演じたり、少女が東京に出た際の付き人として仕えた歌手の大物に鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)がいて小泉母と(潮騒のメモリー)を被災地で歌うくだりなどは朝ドラ史上まれに見る感動の一コマと言われたものでした。
ピエール瀧さんはこのドラマでは脇役なのですが東京EDOシアター裏の寿司店「無頼寿司」の大将役で口数は少ない強面の職人なのですが時たま見せる笑顔が魅力的で少女が故郷・岩手に戻った後わざわざバイクを飛ばして応援に駆けつけてくれるという人間味があるところに惚れたものです。

前置きが長くなりましたがそのピエール瀧さんが厚生労働省麻薬取締部(通称マトリ)に麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたのが今月12日深夜だったわけですがファンの一人として大いに驚きました。
何かの間違いであったらいいのにと思っていましたがその後の取り調べで本人の供述が事実を認める方向であるとの報道を受けて落胆しています。
ネットでみていると今回の逮捕に関連してピエールさんのツアーの公演中止やドラマや映画の降板・代役での急遽の取り直しやCMの放送中止、グッズの販売中止、地元静岡ではピエールさんの似顔絵が入ったマンホールのふたの取り換えなどソ連が倒れた時のレーニン像引き倒しを彷彿させるような騒ぎになっており影響の大きさを窺わさせられます。
一説によれば被害額は100億円規模となるとのことでピエール瀧さんの刑事罰が確定した後でも民事でこれだけの賠償を負いきれないのは明らかですから個人としては破たん状況だと思えます。
つくづく反社会的行為には十分気をつけて日頃から心しないといけないと思います。

そんな時、前東京都知事である舛添要一氏のツイッターでピエールさんを擁護するつぶやきが投稿され反響を呼びました。
全文は冗長になるので勝手に要約させて頂きますが、「新井浩文、勝新太郎の例もあるが芸人はマージナルであるからこそ常人に不可能な創造ができる、エンタメは定義されれば面白くない、品性方向でも面白くなければ意味がなく、芸人は道徳が支配する国では芸術として文化として育たない(中略)不祥事を起こした芸人の参加作品などは切符を買って視聴する映画・芝居・コンサートなどは行かなければいいだけであって公演を中止する必要性はない、宗教国家であるまいし、道徳は優秀な才能を窒息させる」とありました。
さすが舛添氏、意味不明の論調です。
麻薬を摂取すれば芸術家として開花するのか?
芸人は社会的規範から自由であればいいのか?
道徳を保守、継承するなかで芸術として凛とした表現が受け入れられるのではないのか?
日本は宗教国家ではないが法治国家である。
重ねましてファンとしてピエール瀧さんの一日も早い更生を願っています。




この時期になると
春です。
Spring has Come!
でもこの時期になると困ったことになります。
長い冬に耐えてきた体の変調でくしゃみ・鼻水・目のかゆみを連発して花粉アレルギーなのか単なる風邪か判断に迷うのです。
しばらくはテッシュとハンカチを手元から離せません。

この冬は記録的な暖冬だったのでおそらく桜の開花が例年より早いだろうとみんなは言っています。
少し前までは桜は美しいとだけ思っていてもそう深く考察していなかったのですが私の周囲にも桜守りの人や園芸関係の方がいて彼ら・彼女らに教えられて少しづつですが興味が湧くようになりました。
まず、私の住んでいる高島市で一番早く開花するのはエドヒガンザクラ(江戸彼岸桜)。
これまではポピュラーなソメイヨシノ(染井吉野)が日本の桜の代表と思っていたのですがエドヒガンの方が品種的には古く、ソメイヨシノは片親がエドヒガン、もう片親をオオシマサクラとする比較的新種と教わりました。
エドヒガンの樹齢が100年、200年ともすれば300年、400年の古木としてあるのにソメイヨシノは盛りが50年から60年と現在の人間より短命とのこと。
そうであれば日本桜名所100選にも選ばれていて毎春多くの観光客で賑わう琵琶湖北岸海津大崎の桜もそろそろ寿命ということになります。
そこで桜守りの方々が何年も前から新木を植えて世話をされています。

春ともなればそろそろお祭りの話題が始まります。
今夜も地元のお祭りの打ち合わせがありますから顔を出させて頂こうと思っていますが昨日も近江八幡市の人としゃべっていたらそろそろ来週には左義長まつりがあるとのことでした。
歴史のあるお祭りで織田信長公の安土城下で盛大に祭られたとの記録が残っていますが後に太閤秀吉の甥である豊臣秀次により八幡山城に居を移し毎年行われている勇壮にして華麗なお祭りです。
ちなみに近江八幡の人々はこの街のことを(おうみ)と言わず、単に(はちまん)と呼んでいるようです。
いろいろありますが湖国の春はゆるやかにすすんでいます。



昭和のこころー歌謡
もうこの春で平成も終わりとテレビ番組などでは平成という時代を振り返るという趣旨の放送を流しています。
平成って30年間か、いろいろあったなと感慨に耽ることもあります。
よく考えてみれば私も昭和に生まれて育ったと言っても24年間(S40年生まれですから)、平成には30年お世話になったのだからこちらの方が長くなっちゃつたと嫁いだ熟年主婦のような気分です。
でもやはり昭和生まれとしてはこの際、新元号発布でさらに遠いところに押しやられる(昭和)をリスペクトしたいという欲求にかられます。

そんな時、夜に自動車で移動中にカーラジオから千昌夫さんの「星影のワルツ」が流れてきました。
1966年(昭和41年)初演の歌謡曲、もう懐メロの世界ですが私の親父世代の人たちがよく歌っていました。
(懐かしいな、やはり昭和の曲は味がある)と思ってハンドルを握りながら耳を傾けていましたがしばらくして(ん?なにこれ)という感じになってきたのです。

曲の1番はこうです。
「♬別れることはつらいけど 仕方がないんだ君のため 別れに星影のワルツをうたおう 冷たい心じゃないんだよ 冷たい心じゃないんだよ 今でも好きだ 死ぬほどに」
まあ、結婚式で歌ったらぶちのめされること必至ですが感じたのは全フレーズから感じるご都合主義といいかげんさ。
別れることが君のためと言い切る身勝手と冷たさ、そこで星影のワルツなるものを歌う能天気、冷たい心じゃないという言い訳の繰り返し、今でも好きなら本当に死ねと思いたくなるスチャラカさで1番は終わります。
私が言いたいのはこの星影のワルツへの攻撃ではなく、昭和の歌は探してみれば本当にご都合主義の曲が多い。
仕方がない、でも死ねない、別れよう、でも愛している、いつまでも・・死ねと言いたくなります。
そこへ来て能天気で植木等調の「そのうち何とかなるだろ~う」という無責任さが昭和という時代は横溢していたのだなと今から考えれば思います。
いけいけドンドンです。
平成のシビアさ、シリアスに比べてみても昭和っていい時代だったよね後半はとなります。

全くの余談ですが今朝の新聞折り込みにわが高島市が1000人収容を誇る(高島市民ホール)にこの5月、あの昭和の大スター・橋幸夫がやってくるとチラシが入りました。
朝食の目玉焼きとパンを食べている妻に「行ってみる?」と問えば「興味なし!」と一蹴されました。
昭和は遠くなりにけりです。




病魔に襲われる
今日から3月です。
暖かな朝を迎え気分爽快といきたかったのですが昨日辺りから悪寒と咳、鼻水に悩まされ、(これは風邪かな、最悪インフル?)と夜の間も眠れないまま朝日とともに起きだしました。
体温を測ろうと体温計を探しますが電池切れで役にたちません。
昔ながらの水銀計の方がいいなとこの時は思いました。
気晴らしにつけたテレビでNHKBSプレミアムにて「日本風土記・冬の釜ヶ崎」を観ました。
ドヤ街で日雇いしながらもたくましく生きている人々とそれを見守る人たちとの温かい心の交流を映したドキュメンタリーで思わず見入ってしまいました。
今日はおとなしく休みます。

滋賀県の車は汚れている?
大阪や京都の街中を車で走っていると向こうから(ずいぶんと汚れているな、泥はねがついているよ)という対向車を結構見ます。
ナンバープレートを見ると滋賀ナンバーばっかり。
京都や大阪の車はピカピカに洗車しているのにと思ってしまいます。
そう思っている私の車も滋賀車ですが砂ぼこりや泥で文字通りドロドロのことが多いのです。

ですが大津や草津辺りを走っているとみんなきれいに車を洗っています。
気がつけば私だけが汚れている。
でも地元・高島市に戻れば周囲で走っている車はそこそこ汚れています。
What?
謎は深まります。

そこで自分の行動を思い返したら気がつきました。
車が汚れているので洗車しようと思っていたらラジオから流れる天気予報は下り坂、これから雨、それなら車を洗っても無駄になるから止めようと考えます。
しばらくはお天気で仕事も休み、さあ車を洗おうと外を見れば雨が降りそう、やっぱりやめようと家の中に入ります。
そのようなことを繰り返しているうちに神経がマヒしてきて車の汚れが気にならなくなります。
そもそも私の棲む滋賀県高島市は昔から冬場は(高島しぐれ)という独特の気候で大津でカラカラに晴れている日でも高島に戻ったらみぞれ混じりの寒い日だったというのが通常です。
高島では晩秋から早春にかけて「弁当を忘れても傘は忘れるな」が合言葉でした。
というわけで滋賀の車が汚れているのではなく高島の冬はなかなか洗濯も外に干せないし、車も洗ってもすぐ汚れるというオチでした。

公務員パッシングは止んだのだろうか
一時期の世間での公務員に対する当て付けや理不尽な非難には酷いものがありました。
それが2011年春の東日本大震災発災の時に自衛隊の皆さんの献身的な救助・被災地支援活動が報じられたり、津波が襲ってくることを最後まで緊急放送して巻き込まれ命を落とされた女性職員の方の自己犠牲行為が紹介されたりしているうちに鳴りをひそめたようには思います。
ですが世論が公務員の正しい仕事ぶりを評価できるのが有事の際だけというのでは悲しいものを感じます。

昨日、すでに退職されましたが元地方公務員、正しくは元県職員の方と一杯やる機会がありました。
彼曰く、「今も現場の若い職員を中心に心が折れかけている人が大勢いる」らしいのです。
では誰がそのようなパワハラまがいの圧力をかけているのでしょうと問うと一言、「上」としか答えてはくれませんでした。
例えば「この書類を明日の午前中までに提出」とする業務命令は頻繁にあるというのです。
そうなればまず検討の為のヒアリングを行い、関係者との協議(これが煩わしい)、真夜中から書き始めても午前3時頃にようやく脱稿。
ろくに睡眠も取れず朝一番に提出するという日常を繰り返せばおかしくなるのは当然です。
彼は「そんなことが行われているのは知らなかっただろう、でも県庁内で遅くまで灯が点いているのが事実を物語っている」と言いました。
退職前の最後の職場は会計課だったそうですがそこに集まる書類には鬱病を発症させ、治療の結果何とか職場復帰が見込める職員の保険の手続きが実名でくるので(あの人が、あの人も)と居たたまれない気持ちになったそうです。

私も議員時代、議会への質問を通告して実際に答弁側に回る時間の余裕があまりにもタイトなので(これで間に合うのか?)とはずっと思っていました。
せめてあと2日、いや1日余裕があった方がお互いに議論が深められ、事務方の負担も軽減することができるのにと思っていました。
議会運営委員長時代には事務局に一度通告後の流れを確認したこともありました。
それも「問題ありません」という報告で引き下がったこともあります。
議員の中には質が悪いというか、癖が悪いというか、「○○について」など質問項目のみ通告書に書いて議会事務局に渡してさっさと県庁を後にして帰ってしまい、それから答弁書を作成する関係局の職員が電話をしても繋がらず、質問の意図や細目がわからないまま徹夜を強いるという事例が見受けられたからです。
酷いケースになると議員の自宅まで訪問してやっとしやべってくれたとか云々ということを聞けば(いったい何様のつもりか)と憤りさえ感じました。
件の職員はそれから大津まで帰って朝まで一睡もできないのです。
これで体調を崩すなといっても無理なことです。

私の場合に心がけていたのは通告と同時にできるだけ質問原稿そのものを用意しておいて関係部局から連絡があればFAXなどで送って読んでもらい、電話での調整になりましたがここを誰に質問したい、ここはこの答弁なら再質問させてもらう、その際にはこの観点から問いたいなど微に入り細を穿つように協議が出来たと自負はしています。
それでも日程調整がもう少し欲しいとはいつも思っていました。
ましてやそれが職員の皆さんの健康問題に関わるとなれば猶更のことです。
県当局の方々もどうか職員の皆さまの心の問題にも十分配慮して頂いて県民福祉の向上に今後とも注力を重ねて頂きたいと願っております。






そもそも建国記念日って何だろう?
自分ルールではSNSへの投稿は多くて一日一回と決めているのですがどうもモヤモヤ感が抜けきらず書いてしまいます。
今日は祝日、国民の祝日である(建国記念日)ですが何が(建国)なのかよくわかりません。
私が小さい頃、この日(2月11日)は大日本帝国憲法発布の日の記念日と教えられました。
だから休みなのだと。
確かに1889年(明治22年)2月11日に公布されています。
ですが大日本帝国憲法は第二次大戦での日本敗戦により連合国(主にGHQに)真っ向否定され消滅しています。
代わりに民主的・平和的な日本国憲法が不磨の大典として現在まで敷衍しているのは事実です。
なのになぜ戦争への導火線となったとまで言われる大日本帝国憲法発布の日が未だに国民祝日になるのかがどうにも疑問です。
ネットで調べてみれば初代天皇である神武天皇が紀元前660年、旧暦の1月1日にお生まれになり、この日の新暦である2月11日を祝日に定めたとあります。
何か苦しいですね。
神武天皇は一説(古事記)では137歳まで生きたとされていますがその方の生誕記念日を今を生きる我々に祝えと言われても会ったこともないし、と戸惑います。

では現行の日本国憲法の公布された日を建国記念日にすればいいではないかと誰しもが考えるのですがその日は1946年(昭和21年)11月3日です。
あれ?11月3日はもう文化の日として祝日となっています。
文化の日は結局何をする日なの?
何が文化なの?と更に突っ込みたくなりますがよくよく調べるとその日は明治天皇のお誕生日です。
いよいよ訳がわからなくなってきました。
2月11日はとどのつまりは天皇誕生日による祝日なのか、旧態依然とした大日本帝国憲法の精神を今に留めようとする勢力の闇からのサインなのかと堂々巡りになります。
今、国会では憲法改正議論があり、今夏の参院選でも争点の一つになりそうですがもし改正すれば公布のその日は国民の祝日になるのでしょうか。
食事に合う飲み物は?
休日の朝、食堂でテレビを観ながら簡単な朝ごはんを食べていました。
私はゆで卵とベーコンをカリカリに焼いたものに珈琲、妻はマーマレードを塗ったトーストと紅茶。
テレビはNHKの朝ドラ「まんぷく」。
日清食品の偉大な創業者にして日本が世界に誇る発明(チキンラーメン)をつくった安藤百福氏と仁子夫妻の物語です。
主人公の福子さん役には女優の安藤サクラさんがただ今、熱演していますので皆さま、観てください。
今日の話は遂に福子が天婦羅を揚げる動作にヒントを得た百福氏役の夫・萬平さんがチキンラーメンの原型をつくったところでした。
ラーメンを油で揚げて湯をかけて戻す、おそるおそる食べてみれば麺は見事に戻っていて・・美味い!と喜び合う夫婦。
感動のエピソードでした。
朝からテレビを観て涙するなど近年なかったことでした。

脱線しましたがゆで卵を食べながら妻の方を見れば彼女は紅茶を飲んでいました。
(食べ物に合う飲み物って何だろう?)素朴な疑問が頭をかすめました。
少し考えて出した結論は(それはいろいろ)。
一般的に和食は緑茶、洋食の軽食は珈琲とか紅茶、ハンバーガーやサンドイッチにはソフトドリンク、ホットドックにはビール、フレンチのコース料理にはワイン・・いろいろ別々、個人の好みです。
それではと考えて(水)、ただの水は?
水に合う食べ物はと考えて行きついたのはそうカレーライス!
カレーに緑茶やコーヒー、コーラなどは合いません。
カレーのスパイス感をリスペクトしてくれるのは雑味の無い(水)しかありません。

ただこれは私の思いつきではなく料理漫画の草分け的存在であり、金字塔でもあるビッグ錠氏の「包丁人味平」の中のカレー戦争の巻にてすでに立証されている話です。
ちなみにこの「包丁人味平」が世に出て認められたからこそ、その後の料理漫画・グルメコミックというジャンルが確立したと言っても過言ではありません。
挙げだしたらキリもありませんが、「美味しんぼ」・「クッキングパパ」・「ミスター味っ子」・「ザ・シェフ」・「将太の寿司」・「味いちもんめ」・「中華一番」・「トリコ」・「深夜食堂」・「大使閣下の料理人」・「食の軍師」・「食戟のソーマ」・「バンビ~ノ!」etc。
水に一番合う食べ物はカレーライス、だからどうしたと言われればそれまでですが・・。






思ったことが口に出る
今日は日曜日、静かな朝のはずでしたが表でカラスが鳴き、野良猫の叫び声で目が覚めました。
スティーブン・キングの小説的朝のようです。
さて、とりあえずモーニング珈琲を飲みながら新聞を読み出しましたが特に目を引く記事はありませんでした。
そこで自分自身のことについて考えてみることにしました。

そういえば私は独り言の習性があるらしいと気が付いたのは数年前です。
もちろん自分自身ではわからないのですが他人から指摘され、(あ・そうなんだ)と。
なぜ、私は独り言をいうのだろうと分析してみましたが確たるものはわかりません。
精神科医に鑑定を受けるほどのことではないと思うことと、今のところ実生活に特に支障を感じていないからかもしれません。

自分なりに考えてみました。
①世間の注目を集めたい、認めてもらいたいという(承認の欲求)が積もっている。
②言いたいことが言えてない、他者とのコミュニケーション不足からきている。
③動作に移る前の確認が一度、言葉に出さないとできない。
④他人のパーソナリティに取りつかれている。
⑤同じくペルソナ、もう一人の自分が隠れてる。
まあ、言い出したらきりがありませんが最近ではこのようなことがありました。

コンビニに寄って休憩でホットコーヒーを注文しました。
そのコンビニは客がカップを受け取ってコーヒーマシンの処にセットして自分で補給するタイプではなく店員さんが淹れて手渡ししてくれる店でした。(ぶっちゃけローソンです)
店員さんは男性で私と同年配ぐらいか、風格から見ると店長さんかなと思ってコーヒーが入るのをしばらく待っていると足元のマットが汚れていました。
(マットが汚いな)と思いました。
すると店長さんが「すいませんね、また掃除しておきますから」と言いながらコーヒーを渡してくれました。
(え!なんでマットが汚いと思ったのがこの人にわかったの?読心術?)と不思議に思いました。

また、駅前の通りを歩いていました。
駅のホームに上がる階段の近くで女性がテッシュペーパーを配っていました。
(鼻が出そうだ、テッシュ欲しいな、欲しいな)と思いながら女性に近づきました。
女性は少し慌てた素振りで、「あげます、あげます」と私にポケットテッシュを差し出しました。
(もらっておこう、でも何でこの女性は私がテッシュを欲しいのがわかったのだろう、エスパー魔美か?テレパス七瀬?)。
そこでこの女性を追跡しようかと思いましたが事件になる可能性が高いのでやめました。
いづれにせよ、独り言は孤独に陥る一里塚です。

突然のお別れ
今朝から高島市内では平野部も粉雪が降っています。
1年で最も寒い時期を迎えているせいか私自身の心の中もペシミズム(厭世主義)が蔓延しているようです。
それに加えて今週は長年にわたってお世話になった方のお通夜に参列して心労が重なりました。
突然の訃報を受け愕然といたしました。
最後にお会いしたのが昨年の夏だったと思いますがその時はお互いに笑ってしゃべっていたのになぜという思いがはしりました。
その方は昨年の11月に重い病気が見つかり、緊急で入院、薬石効なく、わずか2か月でお亡くなりになったのです。
本人の考えで入院を言わなかったそうですがご逝去の知らせを受けた方としてはただただ驚くほかなかったのです。

大変誤解を招く発言かもしれないので少し考えていたのですがやはり思いを吐露したいという誘惑が勝りました。
病気というものはあの世からの誘い、死の使者というものだけではなくある種の(救済)という一面もあるのではないかと思う時もあります。
もちろん生は素晴らしく、人生は意味あるものとは思っていますがそれでも生きていくことは疲れるものです。
精いっぱい、へとへとになるまで生き抜いて倒れそうなぐらい辛くなった時に病気が「もう無理しなくてもいいんだよ」と声をかけてくれることもあるのではないかと考えてしまいます。
今はただ故人のご冥福を心よりお祈りするのみです。

冬の朝
昨夜から少しいつもの寒さとは違うなと感じていましたが朝起きて外を見れば一面真っ白の雪化粧でした。
テレビのモーニング番組でもここ滋賀県高島市の画像が映っていましたが市内は全域にわたって降雪模様のようでした。
考えてみれば(考えるまでもないけれど)1月下旬から節分にかけては1年でも最も寒い季節になるわけでインフルエンザなども猛威をふるっているとニュースでもありましたから外出して帰ってきたら手洗い・うがいはマメに行いましょう。

ゴーン事件はなぜ起きたのか
昨日(1月20日)の新聞によればフランス政府は日本政府に対してルノーと日産の経営統合を提案したとありました。
これに対して日産社内では「またフランス政府が勝手なことを言っている」と戸惑いと波紋が広がっているようです。

昨年(2018年11月19日)、仏ルノー社、日産自動車の最高経営責任者であったカルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反の嫌疑で東京地検特捜部に逮捕されたニュースは国内のみならず全世界に衝撃を与えました。
ゴーン氏が自身の報酬を10年にわたり50億円(その後の調べで120億円)ばかり過少申告していた有価証券報告書への虚偽記載として同法に抵触していたことが立件されたからです。
当初は国内のマスコミ関係者も「未来への報酬について虚偽記載を確定させるのは難しい」と報じ、検察は起訴まで持っていけるのか、勇み足ではないかと言っていました。
海外のメディアも「ゴーン氏逮捕は不当」と長期化していた拘留についても日本の司法は残酷であるとの論調を展開しましたが、その後明るみになったゴーン氏の姉を特別顧問に任命して仕事もしていなかったのに数億円の報酬を払っていたことや海外の知人に業務実態がないのに送金を指示していた事実やブラジルやレバノンなどに会社の資金を個人住宅(それも豪邸)建設費用に流用していたなど特別背任罪容疑で追訴されるにあたって会社を私物化していた事実が明るみになるにつれてゴーン氏を擁護する声は聞かれなくなっていきました。

ゴーン氏が会長・CEOとして君臨していたルノー・日産・三菱自動車連合は世界第2位の販売台数(2017年)を誇り、統計が発表されている2018年上半期では首位に躍り出ています。
ちなみに一昨年の販売台数ランキングとしては。
1位 フォルクスワーゲン 1074万台
2位 ルノー・日産・三菱  1060万台↑
3位 トヨタ自動車      1044万台
4位 GM            960万台
5位 現代自動車       726万台
6位 フォード          660万台
7位 ファイアット・クライスラー460万台
8位 本田技研工業      368万台

このように昨年度はすでに首位のフォルクスワーゲンを抜き去り、世界の自動車メーカーの頂点に立った会社のトップを逮捕するというのだから一体全体どうなったのかと誰しもが思うわけです。
ですがこの企業体の株式持ち合いを見ているとルノーが日産の株式の43.3%を保有しているにもかかわらず日産は議決権のないルノー株の15%を所持しているに過ぎず、事実上のグループの盟主はルノーという構図が浮かび上がってきます。
しかも日産は度重なる燃費不正問題で経営が傾いた三菱自動車の34%を所有しており筆頭株主です。
日産を支配するということは同時に三菱まで手に入れることと理解できます。
大切なことはルノーにとって純利益の半分は日産が支えていることです。
日産の販売台数が582万台に対してルノーは377万台といまやルノーにとって日産はドル箱いやフラン箱、ユーロ箱です。
ゴーン氏逮捕後、すみやかに日産が取締役会で同氏を解任したのにルノー本社は2か月後までもたもたしたのも仏マスコミが日本の司法を攻撃したのも理由はわかります。

もともとルノー社は1990年代までフランス政府が株式の70%を保有する完全な国営会社でした。
現在も筆頭株主です。
マクロン仏大統領は経済産業大臣の頃からルノーと日産の経営統合に執念を燃やしており、もともと折り合いが悪かったゴーン氏を昨年6月の株主総会においてルノー会長に再任する際の条件として経営統合を進めることを条件に認めたと囁かれており、実際にゴーン氏が2018年7月の日産取締役会でルノーとの統合を指示したことが日産社内(国内派)での今回の内部告発につながったと見る向きもあります。

現在、世界規模でボーダレス企業と国の主権の衝突が起こっており、最近のトランプ政権による中国ファーウェイ社北米執行取締役の逮捕や英国のEU離脱問題による進出企業との駆け引きなど今回のゴーン事件は密接に絡み合っておりまさに地球規模で政治と経済、次世代の経営主導権の奪い合いが過熱しているなかでその動向が注目されます。












真冬の怪
ブログで自身の赤裸々な体験を書くことはある意味、とても恥ずかしいことです。
それがいい大人ならなおさらのこと。
なんでも好きなことを書いていると精神的ストリッパーにでもなった気もします。
せっかく書き込むなら一家言あるようなそれらしいことを述べてみて世間の尊敬を集めたいと思うのは私だけではないと思います。
孔子は大人だったら「妖怪乱神を語らず」と戒めています。
いい歳して怪談話をまじめにするな、恥かくぞということです。
ですが私は語らずにはいられません。
受けを狙うとかそんな底意は毛頭ありませんがただ体験したことをブログに書き込むだけのことです。

私は少年時代、大変ビビりな性格でいつもおどおどと暮らしていました。
平成生まれの人は何を言っているのかわからないことと思いますが昭和の人ならああ・・と理解してもらえる比喩でしたらマジンガーZや仮面ライダー、あしたのジョーよりも怪奇大作戦やおばけの鬼太郎、どろろん閻魔くんを好んでTVで観る少年。
漫画を読むなら巨人の星やドカベン、侍ジャイヤンツより楳図かずおの(おろち)や古賀新一の(エコエコアザラク)、つのだじろうの(うしろの百太郎)を愛読する病弱な子どもでした。
ただ、超常現象とか怪奇という体験は結婚して子どもが生まれてからも一切なかったので私もやはり世の中には不思議などないんだなと京極夏彦のように考えていました。
それが4、5年前から50才を超えてからですがかなり頻繁に遭遇することになっています。

2019年1月13日正午過ぎ(つまり昨日)のことです。
私は自宅から車で5分ばかり琵琶湖岸の方に走ったらある、滋賀県人なら誰でも知っているスーパーセンターで買い物をしていました。
車は2階に停めました。
2階と言ってもスロープで上がって天井はなく、40台ばかりの駐車スペースがあり、空いているのでいつもそこに停めて買い物をしています。
買い物を終えて車の運転席に座り、バックで発車しようと思いましたが最近は慎重な運転を心がけているつもりなのでまずバックミラーで後方確認をしました。
すると腰が曲がったような老婆が買い物かごを押して私の車のすぐ後ろを通る様を見ました。
(あぶない、あぶない、確認せず出たら接触事故になるところだった)
もう車の後ろから離れてくれたかなと今度はサイドミラーを見ると・・あれ映っていない・・まだ車の後ろかな?
だったら声をかけてこちらがバックすることを伝えようと車から降りれば誰もいません。
考えられないシチュエーションです。
ほんの10秒ばかり前にはっきりとバックミラーに映ったのに、左右の車に乗り込んだのかとすぐに確認しても誰も乗っていないし、私の停車していた場所は直線なので若者がダッシュで走ったなら建物の陰に隠れることもありかもしれませんが間違いなく年配の老女だったのにと頭が混乱しました。
あれは霊かと不思議に思いながら帰りました。

最近はそんなことが多いのです。
昨年暮れにはある取引先の工場のトイレを借りた時、用を足して洗面所で手を洗っていたら隣に作業帽をかぶりマスクをした女性が同じように手を洗っていました。
その時は何も思わなかったのですがトイレから出た時は(あれ?確か男子トイレだったよな)と少しの間、トイレの前で立ち止まっていたのですが後から誰も出てこないのでおそるおそるトイレを確認しに入ると誰もいませんでした。
これを私の創作と読んだ方が思うのは自由ですが冒頭に申し上げたように嘘をついてまで記名でブログを書く意味が私にはありません。
実際に私が体験した話です。






納得できないー2018芸能編
1月に入ってからの連休は蒼天がのぞめる良いお天気となっています。
それでも2月の節分までは1年でも最も極寒の季節ですから注意が必要です。
週明けからオホーツク寒気団が南下してきて列島もかなり冷えると天気予報が出ていますから備えもいることでしょう。
私事ながら長男が20歳となり地元の成人式に出席する為に帰ってきていますが式の当日は晴れ間の予報でまずは一安心というところです。

さて当ブログの恒例、(納得できない)シリーズですがお正月もまだ松の内ながら昨年の芸能界を考えてみても納得できない!と憤慨することがあります。
まず、(レコード大賞)・・これは日本歌謡界のアカデミー賞とも呼ばれ、まっこと栄えある賞であることは万民共通の認識です。
その年に1番、日本人の心に届いたsong of the yearです。
2018年レコード大賞に輝いたのは乃木坂46の「シンクロニシティ」でした。
この受賞で乃木坂はライバルのAKB48と並ぶ女性グループとしては2年連続の大賞受賞となりました。
立派なものです。
乃木坂についてはAKBと同様にいつまでも「秋元の学芸会」という悪口がつきまといその歌唱力を疑問視する声が絶えませんが
別に彼女らは一生懸命に歌っている様が可愛らしいのであってそれでファンとしては応援したくなるから歌の上手い・下手なんかはいいんです。
でも、それでもレコード大賞は違うんです。
何が違うかと言えば(お・我ながら力が入ってきましたよ)、大賞はその年に最も販売曲数が出たとかではなく、人々の心に残り、また口ずさまれる親しみのある曲が受賞するべきものです。
その意味からも2018年を代表すべきはDA PUMPの「U・S・A」しかありません。
あの「♬カモン ベイビイ アメリカン」というくだりが日本の2018年を象徴しています。
乃木坂には悪いけど納得できない!

(M-1グランプリ)・・若手漫才師の登竜門と呼ばれています。
漫才だけでは喰っていけないからバイトでつないで幾年、グランプリに輝き、スターダムにのし上るというジャパンドリームの一角。
まさに才能の発掘、スター誕生。
毎年、その暮れに行われるこのグランプリ決戦に2018年は「霜降り明星」が彗星のように現れ、かっさらいました。
コンビ結成6年目と言う早い快挙だったようです。
TVで観ていましたが確かに躍動感があって面白い、勢いを感じるしダレがない、ネタも笑える。
ですけど、何かグランプリコンビとして今もうひとつ足りないものを感じてしまったのです。
だったらどのコンビが取るべきだったかと問われれば私は文句なしに「和牛」を推します。
正直、私は「和牛」がそんなに好きではありませんでした。
なんかあざとさや(俺らはこんなに漫才が上手いんや)みたいなものが鼻についていたのですが昨年はそのアクがすっかり抜けて漫才に純粋に特化している、これが(漫才)という域に達している、極みだと感じてグランプリは「和牛」が取ってほしいと思っていました。
ですが「霜降り」の若さというか青さの残るオーバーアクションにわずか、わずかですよ、最終選考の1票差で敗れて惜しくも2位でした。
これがコントだったらそれでもいいでしょう。
ですが漫才です、話術と間の芸なのだから騒がしくやったら受けるというのは如何なものでしょう。
「和牛」のお二人には今年も活躍してもらいたいです。
う~ん、納得できない。




国防が心配
あまり時事問題、とりわけ防衛をブログで書くとネトウヨの一味と思われるのでなるべく取り上げたくないのですが最近では韓国が酷すぎますね。
昨日も韓国・文在寅大統領がわが国に対して年頭会見で「日本は謙虚であるべきだ」と高飛車発言をして物議を醸しだしました。
こちらとしてはあんたの国こそどうなってるんだとキレたくもなりました。
徴用工訴訟問題で戦時中に日本より(正確には現・住友金属)より強制徴用され無理やり働かされたという韓国人原告団の訴えを韓国最高裁が認め、補償金の支払いを求めた判決に対して当然ながら日本企業側は拒否の態度をとり、それならば合弁企業の株式を差し押さえて売却、補償に充てるとした解決を図ろうとしている問題です。
日本政府はすでに外交ルートを通して1965年に日韓両国の間で締結した日韓請求権・経済協力協定に基づき韓国は第2次世界大戦前までの全ての日本に対する戦時補償問題を放棄するという条約を指針としているにもかかわらず今さら何を蒸し返すのかと徹底抗戦の姿勢です。
国と国との条約は法的にすべての法規の最上位にあってもちろん国内法とて例外ではありません。
それが例え不平等条約と呼ばれるものであったとしても一旦結んでしまえば歯をくいしばって履行しなければならないというのが国際社会の常識です。
日本も江戸時代後期にイギリス・ロシア・アメリカ・フランス・ドイツなど諸外国の働きかけにより治外法権や関税自主権、通貨の交換比率など国の主権に関するものでも一方的な不平等条約を結ぶ羽目となりその完全なる是正には日清・日露の大戦や第一次大戦まで尾を引きました。
はっきり言って国と国との取り決め(条約)を都合のいいものに変えさせる、あるいは破棄するという行為は両国間での《戦争》を意味します。
また残念ながら戦争でしか解決しない問題ともなります。
クラウゼビッツが『戦争論』のなかで「戦争は政治の延長である」と言っているのはそのような意味です。
それを文大統領は韓国の司法が下した判決だから日本は謙虚になれとか、詫びろとかを公の場で言っているのでこの人はよほどの甘ちゃんなのか、アホなのか、たぶん両方だろうと思うのです。

アホを相手にしていても問題は解決しないのは一般生活の場でも同じですが私が最初に防衛問題と申し上げたのは韓国は日本にとって地理的に一番の隣国であって旧西側諸国としての括りの中では安全保障上の一応は(同盟国)です。
その同盟国がガリガリの反日国家・体制であり、その周辺には中国・北朝鮮・ロシアなどそれを上回るやばい国がうようよいるのに日本は小泉政権の時代からすでに10数余年に亘り防衛予算を減らし続けている現状があります。
中国など潜在的反日体制国家がGDPに占める軍事予算を年々大幅に増加させている状況下で韓国がアホなら日本はボケと言ってよいでしょう。(平和ボケです)
安全保障はもちろん有事に備えてですが起こってしまえばとんでもないことになります。
戦争・大災害、みんなそうです。
しっかりとした予算の獲得と備えをすることによりそれが勃発しないか、起こっても軽微なものになるのです。
(備えあれば憂いなし)という言葉を日本人は平成最後の年にかみしめてみる必要があると思います。
それならば韓国大統領の発言も多少は日本人の目を覚まさせる意味でショック療法になるのかと・・・。




昨夜の悲劇
私にとって入浴とは睡眠・食事と並んで疲労を回復する手段でありながら一日の精神的ストレスの解消、夏場は清潔に、冬は体を温め心地よい眠りに就くための(儀式)とも言えるものです。
バスタブに毎日お気に入りの入浴剤をいれたりして工夫もしています。
もちろん入浴だけではなく入浴後の快適さも追求いたします。
脱衣所にバスマットを置くのもその一つです。
せっかくほかほかの状態でお風呂から上がってきても足元がびしゃびしゃなら興ざめです。
マットでさっと足裏の水分を拭き取ってバスタオルで素早く体を包みたいものです。

冬なので我が家に幾枚かはあるバスマットの洗濯と乾燥が追い付かず、そのような時はしかたなくタオルを代用していましたがやはり気分と使い心地がイマイチなのでホームセンターで2枚ばかり買ってきました。
ふわふわの感触、適度に抑えたデザイン・・これならお風呂上りも楽しめそうだと早速その夜の入浴からひいてみました。
バスタブの中で(湯上りが楽しみだな)などと考えていました。
買ってきたばかりのバスマットを家族のなかで一番に使う・・・何か誰も踏んでいない新雪を踏みしめるようなちょっと幼心に通じる期待感。

お風呂場の戸を開けて、さぁマットを踏みしめようと思ったら視界に入ったのが我が家の飼い猫・ふくちゃん(スコテシュホールド・♂6才)でした。
一瞬、嫌な予感がしました。
彼は買ってきたばかりのマットの上でがんばっていたのです。
コロコロとフンが・・・・!
(コ・殺す!)
ターゲットは私の殺意を察知して「ニャン!」と鳴いて一目散に2階へ駆けあがっていきました。
台無しです、新雪のマットが・・憩いのひと時が・・私は天を仰ぎました。
昨夜の悲劇です。


誕生日を迎えて考えた
昨日は私的に誕生日でした。
妻や息子・娘が里帰りしていたので何とかのいない間に洗濯、いや静かにひっそりと過ごそうと思っていたら豈はからわんや、ブロ友・FBともだちの皆様から誕生日のお祝いメッセージをたくさん頂きました。
お亡くなりになった西城秀樹さんを偲んで「ヒデキ感激!」の気分です。
この年にもなると自分の誕生日が来て、またひとつ歳をとることが喜びではなく正直、憂鬱なのですがそれでも「おめでとう」と言ってもらえることは若い頃の何乗にも増して嬉しい事です。
唐突ですが今年もよろしくお願いいたします。

50を過ぎて世間的には(初老)となりました。
時間がある時に自分の顔を鏡でまじまじと眺めてみれば目の下には隈としわができ、頭髪はびんの辺りから白いものが混じり、皮膚からはみずみずしさが失われ、筋肉が弛緩して・・老人とまでは行ってないと思いますがりっぱなオヤジ・おっさんです。
FBに載せている個人の写真は最後の選挙に出る前に近江・今津浜で撮ったものですからもう4年前、何とか40代の最後だったと思いますので差し替えなきゃと考えたりしています。
10代の頃はテレビで刑事コジャックのテリー・サバラスや刑事コロンボのピーター・フォークを観ていて(こんな渋い中年になりてぇ)と憧れたものですが現実は残酷でした。
もちろん老いると言っても一人、ひとりに個人差や生物学的に個体差があり、父母から受け継いだ遺伝子情報や日々の生活習慣(運動・食事・睡眠など)、或いは精神の持ち方でかなり見た目に差異が出てくることはある意味しょうがないとは思うものの誰しもある程度の年になれば「若いね」と言われたいものですよね。

先日もテレビで(下町ロケット)を観ていました。
主演の阿部 寛さんは彼のプロフイールをみれば同年で同じ学校を卒業しているらしいのですが遭った、見かけた憶えがないもののそれはいいとして、「阿部さんも社長役やるような歳になったんだね、少し老けてきたのかな」と言うと妻が「自分の顔を鏡で見たことある?」というので前述の如く、洗面所まで行ったわけです。
見れば阿部さんではなくこれも同年のリアクション芸人・出川哲郎さん風の私が映っていました。

いづれにせよ人は誰しも年は取りたくないと願うものの、ゲーテの(ファースト)を紐解かずとも叶わぬ夢であり、せめて老境に入ってから無駄な時間を過ごしてきたなと後ろ指だけはさされないよう今のうちにがんばりましょう。


おでんにコロが帰ってくる
新年おめでとうございます。
ブロ友の皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。
そして何よりも本年が皆様にとって充実した良い1年でありますように。

昨日の元旦、当然のように食卓にはおせち料理が並び初春の雰囲気に新しい年の息吹のようなものを感じていました。
やはり日本のお正月はいいねと家族で語らい、ついつい食べ過ぎながらも次男の今年の受験もあって学問の神様・菅原道真公が祀られている近くのマキノ・海津神社に初詣に行きました。
夜になると食べ過ぎで胃もたれ気味の私はご馳走よりほんわかと゛おでん゛などが食べたくなりました。
大根・ちくわぶ・はんぺん・牛すじ・たまご・ごぼてん・ロールキャベツなどを焼酎お湯割り片手につつくのが冬の贅沢というものです。
ですがおでんを食べる時になぜか誰か足りない、何か不足の思いがありました。
そう、関西では「コロが無いとおでんと言わない」とまで定義されているクジラの本皮(コロ)です。
あのおでんだしをたっぷり含んだコロを食べたいと思っていたところ昨年暮れにはビッグニュースが飛び込んできました。

政府がついにIWC(国際捕鯨委員会)からの脱退を決めて関係国に通告、今夏から商業捕鯨の再開が決定したのです。
これは久々の朗報でした。
30年間、委員会の中で海洋資源の保護の重要性を認めながらも我が国の独自の食文化の継続と来るべき全世界的規模の食糧難問題への対応に備える為委員会脱退を決めたと菅官房長官は記者発表していました。
正しい・・そして勇気ある英断だと私はテレビの前で涙を流しました。(これは誇張です)
官房長官は更に我が国の国際協調路線と資源保護の考えに今後も変更はないがIWC内でどれだけ訴えても反捕鯨国から理解を得られないとの認識に至り、やもなくの脱退を決意したと捕捉がありました。
そうだ、日本は30年もよくがんばった、言いたいことを主張して理解を得られないなら仕方がないじゃないかと私の心の中で誰かが叫びました。(誰じゃ?)
この決断はもしかして安部内閣の支持率を10%ぐらい押し上げるのとちゃうと感じました。

次の日、各紙の社説は予想に反して批判一辺倒でした。
拙速な判断だ!日本はIWCに残って粘り強く反捕鯨国の説得に努めるべきだ、世界的に孤立するぞ、シーシェパードが襲ってくるぞ、そうなったらどうする、戻れ!今すぐあやまってIWCに戻れ、だいたい独自の食文化などと言っているが日本人がいまやクジラを食べるか?1962年のピーク時に23万tあった漁獲量も今は5千t足らず、20分の1以下じゃないか、これで文化と言えるか?商業捕鯨を再開しても鯨肉がダブつきまた米国から槍玉にあげられるぞ、オーストラリアが黙っていないぞ!干されるぞ、日本は、世界的に、そうなったら政府はどう責任をとるんだ・・・。

うわ~ん!マスコミは何もわかってちゃいない。
鯨と日本人はそんな関係じゃないんじゃと私は新聞を引き裂きました。(誇張です、念のため)
焦ってTVをつけると関口博司会のワイドショーをやっており居並ぶコメンテーターが口々に外交上の失敗だと言っていました。
中にはどうみても30歳ぐらいの若造がいて学者らしいですが「ええ、僕も鯨は好きですよ、でも今日本でどれだけ鯨が食べられています?食文化とか言っていますが古い考えですね、拙速ですよ、政府の判断は」とのたまっていました。
おまえが古いっうの、石頭が!
大和煮のこくと旨さも知らずに何が゛僕も鯨は好きですよ゛だ、鯨の竜田揚げを食べたことはあるのか?鯨ベーコンにウスターソースかけて熱々ごはん食べたことあるのか?はりはり鍋食べたことあるのか?この若者は?

日本は30年も反捕鯨国を説得するために粘り強く加盟してきたんです。
それがどうして拙速な判断なのでしょう。
就任と同時に早速、TPPの席を蹴飛ばし、パリ協定から脱退したトランプ大統領と一緒にしないでちょうだい(ここはおネイ言葉が出てしまって・・)。
すいません、今日は興奮と怒りでいつもの怜悧な私ではありません。(いつも怜悧ではありませんが)
ですがIWCに所属しながら違約して堂々と商業捕鯨をしているノルウェーやアイスランドよりましな態度ではないですか、日本は。(また敵をつくってしまった・・)
いづれにせよ、鯨とおつきあいしてみましょうよ、それで個体数の激減があると科学的データーで指摘されるなら種の保存のために規制しましょう、冷静な判断で。



平成30年大晦日に自己の1年を想起してみる
今年も遂に大晦日となりました。
静かな朝です。
庭の松の木には雪が積もり、表道路を走る車もまばらです。
やはり師走という事もありバタバタした1か月だったのでなかなかブログを更新することもできませんでしたがやっと一息ついた感じです。

京都や東京の学校に通うために一人住まいしている長男や長女も冬休みということもあってここ高島・今津に帰省してきて久しぶりに我が家は賑やかさを取り戻したような感じですが私自身も休みに入り、朝は一杯の珈琲を片手に好きな本を読み、それに飽きると気晴らしに近所に買い物に行きそれなりの気ままな生活を楽しんでいます。
かっては公私ともに年末・年始もフル回転していた多忙な日々も嘘のように落ち着いた静かな時間を過ごせることは幸せなことと思っています。
明日、元旦なども以前は朝の5時に起きて雪がしんしんと降る夜明け前のまだ真っ暗な道を歩き、朝起き会に出席して年頭のご挨拶をしてから琵琶湖の浜に走っていき初日の出をみる会に合流して挨拶、それが終わると地元の老人会の集まりに顔を出して交流と1年の初めから走り回っていたことが遠い過去のようになりました。
もう飲酒運転に気をつけながら無茶な酒を飲むこともなくなり、睡眠時間も規則正しく取れるようになり、体調も快適に、体型もスリムに戻ってきました。
「私」は無理でも「公」はリタイアしたのですっきりした毎日を送ることができています。
好きな時に好きなものを飲んだり食べたりでき(或いは飲まないで)好きなことができるライフサイクルはとても大切なこととつくづく感じます。
思えば20年近くそんな生活習慣とは逆の方向を走っていたのですから。

今年の暮れも清水寺で発表された(今年の漢字)は『災』。
自然災害だけでも・・
2018年(平成30年)は年初から災害が多い1年でした。
1月23日には草津白根山が噴火、死者1名・負傷者11名を出しました。
2月5日から9日にかけて北陸を中心に記録的な豪雪。
交通障害が深刻な状況になり自動車に閉じ込められて凍死された方、道で行き倒れとなった方8名、負傷者90名を超えました。
4月には島根県西部でM6・1の地震発生、家屋倒壊432軒。
大分県耶馬溪では山崩れで死者6名。
6月18日には大阪北部でM6・1震度6弱の地震発生。
死者6名、負傷者443名、家屋全半懐532軒、一部損壊5万7000軒以上という大規模な被害が生じました。
29日には滋賀県米原市で竜巻。
負傷者8名、家屋倒壊100軒以上。
7月に入り西日本では連日の集中豪雨で広域大規模水害に見舞われ死者・行方不明者・床上浸水が多数発生。
何とも災害の多い1年でした。

私個人的な今年の漢字は『再』。
再起、再出発、再会、再開、再就職など再ずくしでした。
明日からはじまる新しい1年は皆様にとってどのような年になるのでしょうか。
どうぞ良いお年をお迎えください。








レジ前で考えたこと
今日は15日。
早いもので師走も半分過ぎました。
ここ高島もこの1週間でめっきりと寒さが強まり、朝方などは山肌にうっすらと白いものが見られたりもします。
これは降雪も近いと今日は車のタイヤ交換をしました。

近くのスーパーで買い物をしていましたがレジ前は大賑わいでカートを手に行列に並んでいました。
何となくですが考え事をしてしまいました。
レジ係の人は大変だろうな。
忙しいお仕事だ。
正直なところ手先の不器用な私なら務まらないだろう。
しかし、この仕事もマスコミによると近い将来はAI化・自動化で無くなる職種と聞いた。
中国(上海)ではすでに無人コンビニもオープンしていると聞く。
働き方もずいぶんと変わってきそうだ。等々。
それと同時にこんなことも考えてしまいました。
政府が年金の拠出年齢を70歳に引き上げることを検討し始めている。
しかし現行の年金65歳から5年もアップするのであれば労働者も60歳定年から10年のスパンはとても持つまい。
(自営業者は別ですが)
たぶん、企業定年も法改正により65歳となる日が近いだろうが果たしてこれがすんなり経済社会に馴染むかが問題。
韓国の文政権が最低賃金の引き上げをしたが企業サイドは雇用の縮小でこれに応えており、若者の失業率が都市部でさえ10%を超え、政権支持率の悪化を招いているのは周知のこと。
政策が経済を主導することは本当に難しいことだと思うと。

レジで待っている間にそういえば、昔は海外出張で渡航してよく税関に並んだものだと述懐していました。
あの頃は太っていて税関の職員に腹に何か捲いてないかとよく訊かれたのを憶えています。
懐かしくも恥ずかしい思い出です。


2019年滋賀県選挙俯瞰

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今年も師走
いよいよと言うか、とうとうと言うか、今年も師走に入りました。
慌ただしさのなかに何か気分がちょっぴり高揚する季節です。
昔の人がこの時期に言っていたのを思い出します。
「これで年が越せる」
なんで?なにで?年が越せなかったらどうなるの?と子ども心に思ったものです。

TUTAYAをぶらぶらしているうちに目に止まって昔のDVDをレンタルしてきました。
ケイト・ブランシェトが演じる「エリザベス ゴールデンエイジ」
映画を観ながら私の輝いていた日々はいつ頃だったかなと考えていました。
結論・・ありません、そんなもの。
生まれてこのかた、長じるに、世俗にまみれながらも、いつも不安と不満を持っていたのが私の実情でした。
(これからどうなるのだろう)、(こんなことでいいんだろうか)と葛藤しながら生きてきたのです。

あれは私が30代後半、JCを卒業して数年経った先輩方と一緒に飲んだ時のことです。
30代と比べて40代の今はどうですか?とお尋ねしたところ、口々に40代は素晴らしく充実している、この40代を迎える為に30代があったんだと思うと話されたのを羨望の思いで聞いていたのを映画を観ながら思い出しました。
(いいな、この人たちはゴールデンエイジを迎えたんだ)と心中、軽く嫉妬したものです。
その後、私が迎えた自身の40代は昭和の歴史さながらに前半は怒涛と喧騒、後半は祈りと復興。
50代の今となっては高度成長もバブル経済もなく、いきなりデフレと就職氷河期。
そう、私の50代前半はまさに今の平成の世相まんま。
とてもしけた話です。

昨日は大津で自民党県連の政経パーティが開催されました。
党籍を持つ私も招かれましたが出席しませんでした。
来年は春に統一地方選挙、夏に参院選挙が予定されています。
公認・推薦を受けた立候補予定者が壇上で紹介されましたがそれはある人から送ってもらった画像で拝見したぐらいです。
私が政治の世界に復帰するなら次の選挙は無所属と決めています。
政党推薦は受けるつもりがありません。
理由はたったのひとつ。
政治的在野にいること4年、政党がいかに庶民感覚から乖離したところにあるかが身に染みてわかったからです。
しかし、これは政党政治を否定したものではありません。
政治家は国民の命と財産を守るべき仕事をさせていただくものである以上、常に現実的であらねばならないというのが私の持論でもあります。
政党のお世話にならず、一から立ち上がってこそ見える風景も変わるものと考えているだけです。

規制と撤廃ー塩と日本人
今日で11月も終わります。
いよいよ師走を迎えますが気象庁の天候短観によれば12月は例年より若干暖かく暖冬傾向とのことですがやはり冬は寒いのでしょうね。

江戸期のお話。
殿様が家老に問いました。
「爺、世の中で一番旨いものはなんであろうか」
「殿、それは塩でございます、塩がなければどんなものも食べられたものではありません」
「それでは一番まずいものはなんだ」
「塩です、塩だけでは食べられたものではありません」

塩と日本人の歴史は深くて長いものがあります。
人間にとって必要にして不可欠な(塩)

戦国期半ば、甲斐(山梨)の武田信玄、山ばかりなのに山無しとはこれ如何にという戯言はよして、甲州(武田)・相模(北条)・駿河(今川)のいわゆる甲相駿三国同盟が破られ、海を持っている二国から(塩止め)をくらい、甲斐に塩が入って来なくなりました。
なにせ甲斐は山国、塩だけは領内で生産できません。
何とも困った信玄の元に塩が続々と送られてきたのは越後(新潟)の宿敵・上杉謙信から。
さすがの信玄も謙信の義将ぶりに感激したという逸話とともに(塩)がいかに大切かということも感じるエピソードです。
現代もサラリーマンと言ってますがサラリーの語源は塩。
働いて塩を得る人という意味です。

平成生まれの方はピンとこないかもしれませんが私たち昭和生まれの人間は長らく人工塩のみの食生活を送っていた時期がありました。
テーブルには食卓塩と書かれた空色の瓶。
塩辛いだけでうま味もなにもありませんでした。
世の中にはこのイオン交換膜製法でしかつくっていないにがりもミネラルもない人工塩しか流通してなかったのです。
1995年(平成7年)にやっと廃止されましたが戦中から続いていた悪名高い食糧管理法(食管法)に基づき旧大蔵省の外郭団体である特殊法人・日本専売公社が米・塩・樟脳の流通権限を握っていたからです。
もともとは米の偏在を是正する意味から生まれた公社ですが戦後も復興が進み、コメ余り現象から米買取の逆ザヤや自主流通米以外のいわゆるヤミ米問題が深刻化するなかで歴史的役割はとっくに終わっていたのですが遅まきながら日本たばこ産業や(財)塩事業センターなどに解体されたのです。

ですから当時、私たち幼少の戦争を知らない子どもたちは大人に「お前らは本当のおむすびを食べたことがないやろ、本当の塩で握ったおむすびは旨いで」と言われたものです。
甲斐と同じく淡水の琵琶湖があるが海はない滋賀県の子どもだった私は生まれて初めて三重県の海岸に海水浴に行った時、海の水を舐めてみてあまりの深くてまろやかな塩味に感激して海水をもって帰りたいと思ったのを憶えています。

考えてみれば世の中には時代にそぐわなくなった(規制)が山のようにあります。
と同時に緩和しなくていい規制を緩めたり、撤廃することでいかにも世直しをやっていると訴えている輩も多いものです。
どこまで(保守)でいけばいいのか、何を(革新)すればいいのか、政治学として一度整理しなければならないと思っています。
私は概ね現政権に対してその政策を支持する者ですがそれでも(これは如何なものか)と疑問を呈したい法案もかなりあります。
農業面で言えば(種子法改正)、日本の品種改良を大きく歪めるものです。
議論されている水道事業の民間移行、諸外国では失敗の連続です。
今国会で衆院本会議で通過した出入国管理・難民認定法(入管難民法)改正法案・・国内の労働問題をもっと現状把握したうえで改正すべきと思います。
おそらく国民の大半は納得がいかないでしょう。
この政治的流れが進めばやがて日本もトランプばりアメリカ同様、(日本自国第一主義)が台頭してやっかいな国になる可能性が非常に高いものです。
全く拙速で未熟な議論(国会)でした。
IR統合リゾート法案?
あれはなんですか。
ギャンブル大国日本を目指すなんてビジョンでもなんでもありません。
大阪市の吉村祥文市長は2025年大阪万博開催決定と同時に万博開催予定地・夢州に大阪府が計画しているカジノ計画へのインフラ建設マネーとして200億円の拠出を議会に提案していますが万博が全世界から笑われますよ。
余談ですが私が経営していた会社の相談顧問として大阪梅田にイデア総合法律事務所という弁護士事務所があり、吉村市長はここに所属する若手弁護士だったのと同時に大阪市議会議員でもありました。
大阪維新の会所属で橋下さんや松井さんの子分でしたが当時の印象として政治家としては少し線が細いかなと感じていました。
流れに乗って今は市長をお勤めですが滋賀県民の私としては大阪の方々が支持している首長をこれ以上はどうこう言いませんが市民の声をもっと汲み取り、寄り添う姿勢に欠けてきたんとちゃうとアドバイスしてあげたいです。
今日のブログは久しぶりに暴走してしまいました。
反省です。



最高の人生の見つけ方
明日死ぬとしたら何を考えるだろう、明日と言わず余命がわかったら何をするのだろうとたまに思ったりします。
人が自分の人生で確実にわかっているのは自分がいつか死ぬことだけ。
大変わかりきったことながらこれは人類にとって普遍のテーマであり、個人にしてもそれぞれの捉え方がこうも違うのかと驚きを禁じ得ないものです。
ある人は会社を辞めて旅に出るかもしれないし、またある人は自暴自棄の生活を終末まで送るかもしれません。
今までの毎日、毎日の生活をただ何となく生きてきたことを激しく後悔する人もいれば、後に残される人(家族や組織のメンバー)の為に残りの命を再び燃え滾らせる人・・様々と思います。
私個人としては死ぬという事が異常に怖かった頃があります。(幼少期)
今、初老を迎え人生というものをもう一度考えてみれば死への恐怖よりも生の尊さの方が勝っているような気がしています。
これは陳腐に(人生は素晴らしい)といった生命賛歌とは少し違っているような感覚ではあります。

生と死については普遍的テーマと申し上げました。
これまでに洋の東西を問わず多くの文学・音楽・絵画・演劇・映画などがこの課題について取り上げてきました。
そのごく一部ですがこれもごく最近、私が観て考えさせてくれた作品として・・・・

『最高の人生の見つけ方』
2007年公開の映画です。
大金持ちで剛腕の実業家(ジャック・ニコルソン)と勤勉実直な自動車修理工(モーガン・フリーマン)。
お互いの人生は交わらないと思われるもののひょんなことからガン病棟で同室入院となります。
余命半年と宣告された2人は棺桶をつくり、そこに死ぬまでにやりたいことを書き込んだリストを放り込みます。
生涯最後の冒険に出かけ、ピラミッドに登り、ダイビングに興じ、憧れのスーパーカーでレースコースをぶっ飛ばします。
でも流砂の中から出てきたわずかな砂金のように2人の人生で最後に本当にやらなければならないことが現れた時2人が取った行動は?

『生きる』
1952年(昭和27年)と相当古い映画になりますが監督は黒澤 明氏。
ある市役所に勤める市民課長(志村 喬)は無気力な公務員を絵に描いたような人物。
役所自体も住民からの声をたらい回しにしてはばからない典型的な形式主義に支配されていました。
そんな時、市民課長に胃がんが発見され余命6っか月が宣告されます。
自暴自棄になって職場を無断欠勤して夜の街を飲み歩く課長にある女性が近づき・・・。
自らの生の限界を受け入れた彼は住民からの要望が強かった公園の建設に奔走し始めます。
頭の固い役所の上司や同僚を説得し、反社会的勢力を前に一歩も引きません。
彼には怖いものがなくなっているからです。
そして公園が出来上がる時がきました・・・。

『クリスマスキャロル』
英国の文豪チャールズ・ディケンズの小説です。
個人商会を営む守銭奴のスクルージーは強欲で冷酷無比、街の誰からも嫌われていてもはばかりません。
クリスマスイブの夜、そんな彼の元に3人?の精霊がやってきます。
それぞれ(過去)(現在)(未来)と名乗り、スクルージーを彼の人生のポイントに連れていきます。
一夜明けて我に返ったスクルージがとった行動とは。





堕ちたカリスマ
「♬新しい上司はフランス人、ボディランゲジも通用しない、これはチャンス、これはチャンス、勉強しなおそう」。
昨年解散したSMAPの「明日がある」をもう20数年前、11月の雨の日でしたが友人の披露宴でグループ唱歌していたのを思い出していました。
この曲の(新しい上司)とは当時、日産自動車工業の社長に就任したカルロス・ゴーン氏。
(コストカッター)の異名を持ち、これも当時ですが深刻な経営危機に陥っていた日産の不用施設の売却、軌道にのらない工場の閉鎖、大幅すぎる人員削減を次々と打ち出し、業績をV字回復させた名経営者として国内では最も有名な人物の一人となっていました。
「なぜ外国人の手を借りなければならなかったのか?日本人でこの勇断を下す人材はなかったのか」と当時の新聞の社説でも書かれています。
今週冒頭のゴーン氏逮捕には驚かれた諸兄も多かったことと思います。
その辣腕を褒め称えられ、名声をほしいままにしてきた人物が今や容疑者と報道されるのは複雑な思いですが組織の私物化をはかったことへの批判は避けられないでしょう。
今後さらに事実が明るみになってくることと思います。

僕のお母さんになってください
昨日、男ばかりで雑談をしていました。
なぜそんな話題になったのかは憶えていませんが所詮は雑談は雑談、とりとめなく流れていくものです。
その場には既婚者がニ名(私を含めて)と未婚者がニ名いました。
私が「この前、田舎道を散歩していたらメスのカマキリがむしゃむしゃと何かを食べているのを見たんだけど何とそれはオスのカマキリでさぁ、首の処だけ残して・・もう思い出すだけで気持ち悪い」としゃべりだしたら、もう一人の既婚者が「なんで女性って子どもを産む前は夫に対して従順なのに子どもができたとたん子ども第一になって夫のことをないがしろにしだすんだろう?」と問題提起がありました。
未婚者の一人が「それなら結婚は男にとって何の意味があるんだろう、癒しや潤いを求めて結婚しようと思っているのに」と言えばもう一人が「女性はカマキリですかねぇ、子どもができる前は菩薩、出来た後は夜叉」と嘆くので私も「男は女性に二度求愛しないと行けないのかも、一度目は゛結婚してください゛だけど子どもが生まれたら゛僕も息子に加えてください゛とか」。
「そんなの嫁にドン引きされますよ、キモイとか言われて・・」と先の未婚者。
四人の男は「はぁ~」とため息をついてこの話題から撤収したのでした。


ここは抗議するしかない
だんだんと秋が深まりいい感じと思っていたら暦の上では立冬を過ぎていたようです。
もう冬なんですね。
今年の夏があまりに猛暑だったので肌感覚では少し涼しいぐらいかと思っていたら一昨日あたりから寒さを感じてそろそろ冬支度をしなければと考える昨今です。

関連は無いのですが今朝はガソリンスタンドに洗車に行きました。
昔は家のガレージ前でホースとカーブラシを持ってゴシゴシやっていたのですが寄る年波で億劫になり、洗車は機械洗いが一番と決めています。
それにタイヤ交換を頼んだ際にサービスで洗車券をもらって、使おうと考えたからです。
いつもはシャンプーのみか、ワックス付き洗車で済ましていますがこのチケットはプレミアム洗車優待なのでありがたかったです。

スタンドの事務所に入っていって30代ぐらいでしょうか、男子店員さんに「すいません、このチケット使いたいんですけど」と見せると、「はい、わかりました!今、セットしますね」と洗車機の方へ。
「オプションで泡ジェット洗車か下部洗浄を選んでいただけますが・・」
そこで私は5秒ほど考えました。
どうしょう・・下部洗浄といってもまだ路面から融雪水も出ていないから車の下部は汚れていないし、ここはしっかりボディを洗いたいので泡ジェットにしようと思い、「泡ジェットでお願いします」と言いました。
「かしこまりました」と店員さんは下部洗浄のボタンを押しました。
おやぁ?なぜかな・・私は泡ジェットをリクエストしたのに・・。
意に反して下部洗浄が始まりました。

ここで性格が出ると思います。
注文が違ったらすかさず抗議する人としない人(できない人)。
私は後者で泣き寝入りをします。
この店員さんが愛想よく対応してくれているのでここでクレームを出して流れを変えたくないという人間関係重視派です。
利害優先派にはなりきれない甘ちゃんです。
コンビニで肉まんを注文してあんまんがきても黙々と食べることもありました。
穏便に、何事もなく、波風が立たなければそれでいい・・でも悲しいです。




眼圧が高いね
あれはもう半月ほど前のことでしたか。
窓ガラスを布巾で拭いていた私は少し他の事を考えながら作業していました。
突然、バッシ!という音と右目に強烈な痛みを感じてその場にうずくまりました。
しばらく目を押さえて様子をみていたら初めは目が開けられないほどだったのが徐々に痛みも引いて右目も開けられるようになりました。
何だったんんだとガラスに近ずいたら15センチ角程のプラスチック版が転がっていました。
どうやらテープで窓ガラスに留めてあったのを上下に拭いた際に押し上げて飛んで来たようでした。
やはり作業する時はちゃんと集中せにゃならんなとその時はそれで受け流していた私でした。

その日の夕方、ある人としゃべっていたら、「あれ?石田さん・・目が真っ赤ですよ」と指摘を受け、慌てて鏡の前に行って見てみたら右の黒目のちょうど右半分の白目部分が真っ赤になっていました。
まるでドラキュラ映画に出てくる怪人のような感じで。
これは出血からきてるなと身に覚えがありながらさりとて特に痛みもなく、目もちゃんと見えているのだからそのうち何とかなるだろうと植木等のように(古い!)考えて放置することにしました。

それが一日経っても二日経っても真っ赤な目はそのままで周囲も眼科に行ってちゃんと診てもらったらと勧めてくれるのでネットで調べて生涯初となる(大袈裟な・・)眼科医さんの門をくぐったのでした。
もう夕方でしたが案外患者さんは多くて受付に行ったら看護師さんが何も言わないうちに「あら、目が赤いですね」と察してもらえて診察カードに名前や住所、症状などを書き込んで保険証と一緒に渡して診察の順番を待つことになりました。
待つことおよそ20分ばかりか私の名が呼ばれて診察室に入ると下あごを台に載せて望遠鏡を覗き込むような検査機械に座るように言われると野原にぼんやりと何かが浮かんでいる写真で撮ったような光景が広がっていました。
「風船が見えたらレバーのスイッチを押してください」と女性の看護師さんに言われてみると、なるほど徐々に青空に浮かんでいる風船が見えてきたのでカチャカチャとボタンを押していました。
「今度は風が当たりますがそのまま目を開いたままにしておいてください」と言われると機械からブワーと目に風が強めにあたりました。
言われたとおりに目を開けておこうと思ったのでしたが風の勢いでどうしても閉じてしまいがちでした。

検査が終わって看護師さんが「左目の眼圧が高いですね、言われたことありません?」とおっしゃいました。
眼圧?眼圧って何やろ?初めて聞いたわ・・でも今まで言われたことも無いので取りあえずありませんと答えようと思い「いいえ、ありません」と言いました。
その後、診察室の奥に通されると男性の先生がいらっしゃって診察を受けましたがどうも心配していた眼球の損傷などはなかったようで点眼薬と飲み薬を出して頂き、内出血なので1週間ばかりで元にもどると診断を受けて病院を辞しました。
その診察通りに目の出血は引きましたが私は看護師さんから言われた(眼圧が高い)という言葉が頭から離れず調べてみることにしました。
だいたい、血圧が高いとかはイメージがつくけど眼圧って何だろうか?

眼圧・・眼球は丸い球形をしていて正常な大きさや形を維持するための圧力を(眼圧)というそうです。
それが異常値になるとピントが狂ったりして急激な視力の低下が起こり、最悪の場合は緑内障などを引き起こすと言われています。
眼圧を調整しているのは眼球にある(房水)と呼ばれる体液だそうですが目の酷使、ストレス増加、食習慣、運動不足、睡眠不足などで減少した際に眼圧を高めると言われている(そうです)。
ちなみに日本人の平均眼圧は10mmHg~12mmHgだそうでそれが25mmHg以上になると(眼圧が高い)と言われるそうです。
そうか、私の左目の眼圧は25mmHg以上なのかと納得。
でもmmHgという単位がわからない・・これも初めて聞いたねと人生は未知の太洋を航海するが如しと思っている昨今です。










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