ゆうすけブログ
熱中症にご用心
3連休が終わってまた忙しい日常が始まります。
それにしても暑いですね。
7月は盛夏とも言いますが今が1年で1番暑い頃だと思います。

車で走っていればかなりの確率で救急車に出くわします。
今朝のテレビの(朝チャン)で放送していましたが共同通信によれば昨日(7月16日)に熱中症で緊急搬送された方は全国で2020人(うち5名死亡)とありました。
熱中症をなめてはいけないと思いますし、室内・室外を比べれば実は室内で倒れている方が7割と案外、家の中で熱中症にかかる人が多い傾向のようです。
そのうち7割の人がエアコンをつけていなかったとか。
室内での温度管理にも気を配りたいものです。
私が子どもの頃は扇風機しかなかったのですが昔の人はどうしていたのでしょう。
今より地球は暑くなかったのでしょうか、温暖化の影響もありそうです。
これもテレビでやっていましたが昨日は東京の公園で滑り台が使用中止。
理由は火傷するからとか。
表面計で測定すると63℃。
鉄板やきそばの世界です、確かに危ない。
滋賀県でも一昨日は米原市で94歳の女性が畑で倒れられていて、大津市では74歳の男性が室内でとお亡くなりになっていますがまったくお労しいことです。
少しの体調の不良を感じたらこの時期は熱中症を疑ってもいいのではないかと。
それにしても熱中症っていつからそう言うようになったのでしょうか、確か昔は(日射病)と呼んでいたのですが今は直接日差しに当たらなくても温度変化により発症するからなのでしょうか。

ラジオでも十分な水分と塩分補給を心がけるよう呼び掛けています。
これについては私も経験があります。
これは去年ですがちょうど7月のカンカン照りの暑い日に友人とゴルフに行きました。
蒲生のゴルフ場です。
とにかく楽しくプレーしていたのですが炎暑で汗がだらだらと出てきます。
喉も当然乾きますから水筒に入ったお茶を頻繁に飲んでいました。
突然、頭がくらくらしだしてゴルフ場の芝生やコースの木々、遠くの山並みがセピア色になりました。
まるで昔のヨーロッパ映画を観ているような風景でした。
それでもがんばってショットしていると今度はだんだん視界が狭くなってきました。
ちょうど映画の最後で銀幕がどんどん狭まって(FIN)と字幕に出て終わるようなあの感じです。
(これは人生が終わるな、死ぬな、このまま)と思いました。
たぶんよろけていたのだと思います。
背後からキャディさんが「お客さん、大丈夫?これなめて」と白いザラザラした結晶を渡してくれました。
夢中でなめてみれば塩辛い、つまりは塩でした。
するとみるみるうちに視界が戻ってきて画面もカラーになり、頭もシャキッとしました。
あのままだったらゴルフ場から病院に搬送され、家族に連絡が入り、私が御しのびでゴルフに興じていたことが妻にばれるところでした。
それにしてもゴルフに熱中して熱中症とはシャレになりません。
何を言いたかったかというと熱中症対策にはがむしゃらに水分補給だけではだめでむしろ血液の塩分濃度が下がってしまい私のように倒れますから適度に塩分も補給しないといけないですという事です。
何かのご参考になればと。



アメリカはジャイアンかーワールドカップに見る栄光と孤立
前回ブログを更新してから世間ではいろいろなことが起こりました。
オウム真理教の元教祖・麻原彰晃の死刑執行や西日本豪雨で死者・行方不明者120名に迫る大々的な被害が発生したことなど。
宗教と犯罪や災害について書こうかと思いましたがテーマが今の私には重すぎてキーが打てませんでした。
それで今日の時点ではいよいよ大詰めに入ったサッカー・ワールドカップを観ていて感じたことを・・。

日本とベルギーの1戦は興奮しましたね。
大健闘です。
2点先行してこれはもらった!ジャパンサッカー史に残る勝利だと思ったのは私だけではないでしょう。
ですがサッカーの奥行きの深さと怖さを知った惜敗となりました、残念無念。
で、早くも次回大会に向けて日本サッカー界は盛り上がっているようですが勝てば官軍なんですかね、大会出発前は西野ジャパンはおじさんジャパンと馬鹿にしていたのに掌返しが凄すぎました。

これからはアジアの時代だ、何せ次は8枠だからとか、いやいや伝統とテクニックのヨーロッパだ、馬力の南米だ、スピードのアフリカだと世界中のサッカーファンがそのまま熱狂しているのにあれ?あの国は・・北米・・アメリカはどこに行ったの?
アメリカだけは蚊帳の外でワールドカップなど知らんふりです。

アメリカと言う国は少しひねくれたところがあり、ドラえもんで言えばジャイアンです。
お山の大将でなければ気が済まない、空き地の土管の上でジャイアンワンマンコンサートを開いて近所の子どもたちに強制的に聴かせる、気に入ったものは無期限に借りる、気に入らない奴はぶん殴る・・困ったちゃんなのですが不思議に地域のこども世界はジャイアンの平和で何とかなっているのです。

アメリカはとにかく自分がNO1でなければ気が済まない国です。
今さら頭下げて世界の強豪の中で汗水かくのはごめんだと思っています。
そんなことなら無視・無視・・アメリカにはアメフトがある、ベースボールがある、ゴルフがある、アメリカが1番になれるなら新しいスポーツとルールそして組織を創る・・ジャイアンでしょう?、発想が。
日本には野球というベースボースに似たものがあるから日本は子分にしてやってもいいぜという感覚です。

政治的にももちろんそうですね。
自分が主役になれなければTPPも交渉はやめ、CO2削減の為の世界目標である京都議定書も国益に反するとか言って脱退。
どこまでも我儘な奴です。
二酸化炭素を一番出している国のくせに。

それではスネ夫はどこの国でしょうか。
アメリカの腰巾着的なポジションでありながらおうちが少しお金持ちなので密かにジャイアンを小馬鹿にしている日本かなと思います。
静かちゃんは自由と伝統を重んじるフランスのイメージ。
難しいのはのび太とドラえもんです。
気が弱くて、気が良くて、他人頼みでとのび太は昭和の時代の日本的ですが今は該当しない感じです。
ドラえもんも困ったときに頼りになる・・こんな国ありません。
あえて言えば国連でしょうが現実はかけ離れています。
作者の藤子不二雄先生は将来の日本が科学技術やODA開発などで日本が世界の国々と仲良く、信頼される国になっていってほしいという思いを込めてドラえもん像を提示しているというのは私の深読みしすぎでしょうか。
ですがジャイアン・・トランプ大統領にそのままですね。





琵琶湖漁業の現状と未来
7月に入りました。
朝、琵琶湖を眺めれば岸から水平にすくい鮎漁の船が走っているのが見えます。
滋賀県の夏の風物と言っていい光景です。

昨日、用事があって大津市旧志賀町の北小松にある淡水魚専門の水産加工会社に伺いました。
会長さんと話しているともう琵琶湖で商売はできない時代に入ったとおしゃっていました。
私も薄々感じていたのですが琵琶湖漁業の最後の頼みの綱と言える鮎漁が近年大不振で原料確保もままならないところまで来ているのだとお話をしていて思いました。
この会社では平成に入っても毎年夏場にはすくい鮎漁で漁師が捕った稚鮎を50tぐらいは醤油炊きや飴炊きにされるそうですがここ3年ばかりは3tぐらいしか加工できていないそうです。
原料と言うべき鮎が捕れないので当然と言えばそうでしょう。

私の子どもの頃、北小松の浜と言えば琵琶湖屈指の漁場で初夏になると浜辺に小海老が跳ね、ハスが泳ぎ、川ごり漁やすくい鮎漁、いさざの地引網漁なども盛んで朝は早くから漁師が船に乗り沖に出て、昼からは浜辺で女性や子どもたちが捕ってきた魚の選別で賑やかで夜は遅くまで炊き場と呼ばれる工場から醤油と水飴の甘辛い匂いが漂う今から思い出すと何とも言えないノスタルジーを覚えるものでした。
データーなどでみれば明治期から昭和の初めにかけては全国の河川に放流する鮎の80%は琵琶湖産だったこともあります。
それが今は衰退の一途。
もちろん漁師も今や高齢化して現場に出ている方々の多くはは70代、80代で60代なら若手と言われるそうです。
もちろん後継者不足というよりも皆無に近い状況であと数年で捕り手がいなくなる可能性が強まっています。

琵琶湖漁業がここまで衰退した原因についてはいろいろと言われています。
琵琶湖総合開発時代に県内の多くの沼や内湖を埋め立てたことにより(魚のゆりかご)とも呼ばれた産卵場所が無くなったこと、ブラックバスやブルーギルに代表する大型外来魚が繁殖して琵琶湖固有種を喰い散らかしたこと、気象が変化していき冬に雪が降らず多くの新鮮な酸素を含んだ雪解け水が春になると琵琶湖に流れ込み湖底を循環させていたサイクルに不全を生じていること。
鮎を中心に冷水病やビブリオ病が蔓延していて有効な対策を打てていないこと。
そもそも家庭からの排水規制に一定の歯止めが効いておらず、水質悪化の一途を辿っていること。
言い出せば要因はいくつも挙げられます。

滋賀県の食文化の象徴でもある(鮒ずし)にしても固有種であるニゴロ鮒の漁獲が激減しているので近江の家庭で昔は普通に漬けていたのに今はよほどの愛好者しか漬けていません。
地産地消という言葉は誰しも知っていますが最近では滋賀県内ですら淡水魚を食べるという食習慣が生きながらえているのかはなはだ疑問です。
それは大変悲しいことだと思っています。
琵琶湖の水質保全や漁業の振興は滋賀県政の最重要課題と思って今まで取り組んできましたが先の知事選挙でも課題の一つにも上がりませんでした。
県民としてこのまま琵琶湖の現状を見過ごしにしていていいのかと思っています。



お札の人物
長かった滋賀県知事選挙も今日が投票日です。
投票所に足を運びました。
ついでに近所のスーパーで買い物をしようとお財布の中身を覗いたら福沢諭吉氏や樋口一葉さんがいません。
いらっしゃるのは野口英世氏が3人でした。
これでは心許ないなと思ったのと同時にお札の人物ってどのような基準で決まるのかとも考えてしまいました。

調べてみれば我が国初めての紙幣で1円札が発行され肖像は神功天皇・・何と女性が選ばれていました。
1881年というから明治14年のことです。
同時に5円札では菅原道真・・これは何となく選ばれた理由がわかります、なんせ学問の神様ですから。
神功天皇は(三韓征伐)に乗り出した勇ましい女傑天皇ですが現在なら採択されないでしょうね、お隣が抗議するでしょうから。

少し年代が下り、1889年(明治22年)、1円札には代わって武内宿禰(たけうちくすね)・・誰じゃという人物です。
日本書紀や古事記に現れますが景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代の天皇に仕えた伝説の忠臣だそうです。
まるでクィーンの伝説のチャンピオンのようですがはっきり言ってなじみがありません。
同時に10円札には和気清麻呂(わけのきよまろ)・・これも平成に生きる私たちには過去の人というよりも知らない人です。
平安期の皇位簒奪を目論んだ(道鏡事件)を阻止した人物というのが主な功績の人だそうです。
また同時に100円札には藤原鎌足・・天智天皇と一緒に大化の改新の時に宮中で剣を振るった暴れん坊ですが全国津々浦々にいらっしゃる栄光の藤原家の皆さんの祖とも言われる方です。
このように見ると明治期は(忠臣ブーム)で皇室に貢献した人がお札になっていたのかなと納得しました。

戦後すぐは1946年(昭和21年)の1円札の二宮尊徳さん・・昔の学校に行けば校庭の結構いいポールポジションに薪を背負って本を読みながら歩く銅像が建っていました。
今なら車に轢かれるからやめなさいと言いたくなる人です。
わからないのは二宮尊徳さんは戦前、(修身の象徴)と呼ばれ、突き詰めると軍国教育のシンボル的存在に祭り上げられたのに日本が戦争で負けているにもかかわらず紙幣になっているのが不思議です。
造幣局にも骨のある人がいたのか、単にGHQが勉強不足だったのか。

私たち昭和40年少年少女には懐かしい伊藤博文氏は1963年(昭和38年)に千円札で登場しています。
政治家ですからいろいろ言われましたが特に伊藤氏は日本国初代総理大臣であると同時に朝鮮府初代総監だったため(日帝36年)とギクシャクしていたお隣から「なんで日本はあんな人物をお札にするのか」と私も抗議を直接聞いた覚えがあります。
これより政治家がお札になるのが何となく憚れるようになりました。
でもお隣もその伊藤氏を暗殺したテロリストの安重根をお札にしているのでこちらは「何で犯罪者をお札にしているのか」と問うべきでしょう。
大津でロシアのニコライ2世を襲った津田巡査がお札になるとたぶんプーチンさんから安部首相にクレームがつくのと同じ理屈かと思います。

これ以降は福沢諭吉氏や新渡戸稲造氏、夏目漱石氏など文化人で世界的に日本が誇れる人物が(無難なので)選ばれるようになったそうです。
個人的にはジャイアント馬場さんとか冒険家の植村直巳さん、「芸術は爆発だ」の岡本太郎さんや少し(かなり)難しいかもしれませんがミュージシャンの忌野清志郎さんなどがお札の肖像になれば日本経済も少しは明るくなるのではと希望しています。





滋賀県議会議員補欠選挙の話
今日は少しきな臭いお話を書きます。
選挙の話です。
現在、滋賀県知事選挙の真っ最中です。
と同時に(つまり同日投票として)滋賀県議会議員補欠選挙が大津市選挙区と東近江選挙区で15日に告示されました。
公職選挙法の定めにより議員定数に欠員が生じた場合は首長選挙と同時に補充の為に選挙を執行するとあります。
大津市では2016年1月に行われた大津市市長選挙に立候補するため県会議員を辞職した蔦田恵子氏の補欠、東井近江では2017年12月の衆議院総選挙に出馬した小寺裕雄氏の補欠として県議選挙が戦われます。

東近江市では定数1(今回)に対して立候補者が周防清二氏ひとりだったことにより告示日17時の締め切りをもって無投票当選が確定いたしました。
周防氏については何年も前から県議転出(東近江市市議会議員を務めていらっしゃった)が囁かれていましたがご本人が頑なに断っていた経緯もありました。
お人柄は実直で政治活動にも大変精力的な方ですから素晴らしい県議になられることと今後のご活躍をご期待したいと思います。

さて問題は大津市です。
現在大津市の県議定数は10名でうち自民党籍の議員は4名いらっしゃります。
蔦田氏の後継にと今回、自民公認で桑野 仁氏、国民民主党推薦で河井 昭成氏、共産党公認で黄野瀬 明子氏がそれぞれ立候補の届け出を済まし、24日の投票日に向けて凄まじい三つ巴の選挙戦を展開中です。
気になるのは自民党の候補者の擁立過程です。

今回の知事選挙が終わると実質的に来春の統一地方選挙がスタートします。
ここが悩ましいところで果たして大津として仮に桑野氏が当選したとして2019年4月の選挙で自民党として5人の候補者を全員当選に導けるのかという党勢の問題が絡んできています。
今秋の自民党総裁選挙で安倍晋三氏が続投した場合は結構危なくなります。
その半年後の党の支持率が今よりも(2018年6月現在)低空になり、過去の選挙結果を分析すれば1名は圏外となるデーターが出ています。
加えて大津市では選挙の地縁を学区で考える伝統があり、桑野氏が出馬した学区の自民党籍の現職県議が存在していることも今回の選挙に大きな影を落としています。
この現職県議が来春出馬した場合は地盤が割れる騒動となることは容易に推測できます。
そもそも現職県議の後援会も面白くないことでしょう。
もし学区としてあえて自民党が出せるとすればかっての故・上田 彰県議の坂本学区ぐらいしか大津の自民党の空きがなかったのですが。
自民党と連立を組んでいる公明党は早くも来春の大津での県議選挙で公明現職2名の死守が大前提となっているので余計なちょっかいは出してこないのでこの補欠選挙は様子見となっています。
つまりは動かないということです。

桑野氏の県議選挙への出馬表明は自民党としてタイムリミットぎりぎりで決まってしまいました。(そう表現するほかありません)
大津市自民党関係者の中でもあっけにとられた方が何名もおられます。
主導したのはもうマスコミで報道されましたが自民党滋賀第一選挙区支部長の大岡氏です。
[選挙があるから自民党籍の議員を立候補させる]という命題はもちろん賛同・理解はできるのですが今回については(疑問手)です。
そもそも欠員となった蔦田恵子氏の地盤は純粋な自民票ではありません。
彼女が政治家に転出する前にBBCキャスターとして活躍されていましたが当時の滋賀県知事・國松氏や複数の県幹部が御膳立てをして滋賀県政に送り込んだ経緯もあります。
所属会派は当時の自民党・湖翔クラブでありましたが蔦田氏はその湖翔クラブの只一人の構成メンバーとして自民党籍は与えられず、いわば自民党からは距離を置いているポジショニングでした。
それらの不公平感から後年、蔦田氏は自民党支援から飛び出しみんなの党の参議院選挙や大津市長選挙に挑戦されたのではないかと私は勝手に推測しています。

今回の大津での補選は複雑です。
この大津市の選挙は来春の滋賀県全体の県会議員選挙を占う前哨戦でありながら過去の滋賀第一選挙区の総決算的な意味もあります。
桑野氏と競っている河井氏の応援には川端達夫元衆院副議長や嘉田由紀子元滋賀県知事の強い力を感じます。
両名とも過去に大岡氏に苦杯をなめさせられた関係上黙っていられないところでしょう。

藤井総太7段の躍進により人気が高まっている将棋ですが互角に、あるいは優勢に進めている局面でも指す一手によりずるずると負けてしまう場合があります。
これが将棋用語で言われる「敗着」という悪手です。
大岡氏はこの敗着を指したのではないかと心配します。
私がもし自民党滋賀県連幹事長ならこの局面は(スルー)、つまりこの補選は候補者を出さずに来春の県議本選で迎い撃ちます。

もちろん私も自民党の一員として出馬された以上は桑野氏の当選を願っております。
ましてや桑野氏のご尊父・桑野 忠氏は(くわちゅうさん)の愛称で知られた政治家であり、堅田の桑野、小松の松井と高島の石田と161号線北部枢軸の盟友でもあった関係です。
今回は知事選挙の結果よりも大津市の補選が気になります。









雨が下しる
今は梅雨なんでしょうね。
何か暑いのか、涼しいのか、ピンとしない天気が続いています。
それでもこの梅雨が明けたら全国的に暑い夏が到来するかと思うとウンザリともします。

明智光秀が茶会で詠んだ、主君・信長を討つと決めた覚悟の歌で「時は今、雨が下しる五月かな」という一句が後世に伝わっていますが旧暦は5月でも本能寺の変が起こったのは新暦の6月21日の未明のことでした。
きっと朝から蒸し暑いことだったのだな、火事まで出してと考えていた一日です。
田舎道は怖い
月曜日は台風5号が来るから大雨かと思っていたらずっと東の海上を抜けて関東方面に向かったようでそれほど雨脚は強くありません。
朝から国道161を自家用車で南に走っていたら高島町白髭神社付近の側道でキツネの子が横たわっていました。
たぶん道路を横切る際に車に轢かれたんだろうと思うとその少し前方にこれも鷹(トンビ?)の子が仰向けになっていました。
その様は両脚の爪を空に向かって突き出しており死後硬直が始まっているかのようでした。
推測するとキツネの子を食べようと降りてきたところを後続の車にはねられたのだろうと。
二重事故でしょうか。

白髭神社のカーブを曲がって直線に入ったら前方に黒いお椀のようなものがコロコロと動いていました。
私の前を走っていた車は急ハンドルで回避しましたが私は対向車とすれ違うタイミングなので避けようもありません。
ブレーキを踏もうと思いましたが後続車と追突する恐れがありますからそれもできません。
物体を良く見るとどうやら原付バイクのヘルメットのようでした。
(南無さん!)ヘルメットを踏みつけました。
バキ!バリバリ!とタイヤから衝撃を受けていました。
バックミラーで確認してみるとヘルメットは跡形もなくなっていました。

最近は車の事故関連のニュースが毎日のように報じられています。
私の子どもの頃には「せまい日本、そんなに急いでどこに行く」という標語が流行っていました。
また「注意一秒・怪我一生」とも。
車を運転の皆様、交通事故だけにはくれぐれも気をつけましょう。
自戒を込めてそう思います。


カレーの消費性向の変化と人口減少
先日のネットニュースでカレー市場では遂にカレーの固形ルーがレトルトカレーに売上額を抜かされたと報じられていました。
故・西城秀樹さんのCMが懐かしい箱入りバーモントカレーよりククレカレーの方が良く売れているということです。
それがどうしたと言われそうですが昭和の夕食を象徴する大家族でのおふくろのカレー、じゃがいも・ニンジンざく切りでお鍋で
コトコトと煮込んだカレーより個食のレトルトが売れているという事は調理に手間暇をかけられないという家族事情とともに大家族よりも少子化が進んだ平成の核家族化がより顕著になったと分析すべきでしょう。

滋賀県では知事選挙が始まっています。
告示された朝の新聞で市町の有権者数を見て驚きました。
滋賀県内各市町村で▼マークがついて減っているのは私の住む高島市ぐらいで他の市町は何とか微増でした。
高島市の有権者は4万1千人。(平成29年6月現在)
これは町村合併した2005年の5万3千人から1万2千人も激減しています。
どうりで街にも活気が感じられないわけです。
しかもこれには数字のレトリックが加わっています。
2年前の公職選挙法改正によって選挙人年齢が18才に引き下げられたにも関わらずこの低落です。
若者もどんどん街を出て行っているのでしょうか。
もちろんこれは高島市だけの問題ではなく全国津々浦々の地方都市共通の課題です。
それでも滋賀県は地の利を活かして今まで人口増が続いてきてます。
高島市だけ1人負けと自虐に陥りますがこうなれば開き直って自然と環境を活かして人口が減っていっても住みよい街を目指す方が現実的かもしれませんね。






内田監督に見る出処進退のまずさ
日本大学アメフト部の内田正人前監督が関西学院との試合で選手にラフプレーを指示した問題は大きく取り上げられましたが警察や文科省・スポーツ省までもが乗り出す大事になったのは偏に内田監督の認識の甘さと日大の危機管理のゆるさ故でしょう。
あの記者会見で内田監督(元)と井上コーチ(元)は前日の日大M選手の謝罪を含めた涙ながらの会見を全否定して選手の個人プレーと断定したうえに監督・コーチは辞めると煙に巻くような身の施し方で事件の幕引きを狙いました。
世論はもちろん納得せず、関東学生アメリカンフットボール連盟は緊急理事会を招集し、内田監督と井上コーチを最も重い処罰である除名に処しました。
つまりはアメフト界からへの永久追放です。

内田監督はなぜ嘘までついて何を守ろうとしたのでしょうか。
どうせ記者会見まで開いて監督辞任を述べるなら無謀な指示を出したM選手とチームに謝り、その上で潔く辞任していたならばここまでの大事にはならなかったのにと悔やまれます。
その際に自身が就任している日大の常務理事は停止という甘い出処進退を下したことが批判を招いたのです。
アメフト部に係わるのはもういいから大学の権力機構には残って今後も影響力を行使したいという思惑が透けていたからこそ世間の指弾を浴びることになりました。

「出処進退」・・調べてみれば(出)は世に出て仕えること、(処)は公の仕事から身をひき家に戻ること、(進退)は仕事を続けるか辞めるかの身の振り方を言うようです。

内田監督は見事にこの出処進退を間違えました。
誰しも自分が築き上げてきた地位や身分にはついしがみついてしまうものです。
しかし、ここを間違えると評価を大きく落とすことになります。
権力亡者呼ばわりされ、組織も腐敗していきます。
結局、世論の追及に耐え切れず常務理事を辞任させられる羽目となりました。
結果は同じでも後味が悪く、(心)が残りません。

腐敗していたのが内田監督の指導体制だけかと思っていたら日本大学そのものの教育姿勢にも疑問が出ています。
まず大塚吉兵衛学長が記者会見で何が言いたいのかわからない意味不明の発言を繰り返し、その後は関東学生連盟の裁定への恨み言を言いふらし、顧みるところがありません。
文科省とスポーツ庁に出向き報告をしましたが「何を言っているのかよくわからない」と酷評されます。
歯切れの悪さが保身に繋がっているとの見方までされています。
日大の最高責任者・田中英寿理事長に至っては公の場に出てくることさえ拒んでいます。
文科省は大塚学長に(原因追及)(再発防止)と(学生保護)を要求しましたが内田氏のみならず大学の執行体制自体が学生に目がいっているのかはなはだ疑問だからこそこのような恥ずべき(大学にとって)項目が出てきたのでしょう。

現在、就職シーズンを迎えて日大の学生はどのように感じているのか、学生の立場になれば可哀想になってまいります。
学校がしっかりと学生を守る、そんな当たり前の姿勢を日大役員に求めたいと一連の騒動を見聞きして感じています。



名門日大アメフト部の異様ー羅生門からの考察
今月初めにネットから出回りその後、テレビのニュースなどで大いに取り上げられ世間の耳目を集めた「日大アメフト部による危険プレー事件」。
ラフプレーの被害に遭った関西学院大学の選手は全治3週間の怪我を負ったのですが瞬間の画像を見れば一つ間違えると麻痺や不随が一生残るほどの大変危険極まりないプレーでした。
先週、危険行為を犯した日大アメフト部のM選手が先駆けて記者会見。
自らの行為を監督、コーチなどより「相手のQBを潰せ」「やらなきゃ意味ないだろ」と作戦指示を与えられ行ったと内幕を暴露しました。
会見を聴いていて(やはりそうか、そうでなければ1選手の判断であんな危険なことは起こらないだろうな)と納得した矢先の翌日、今度は日大アメフト部の内田監督(当時)や井上コーチが記者会見。
(選手が先で監督が後か、日大の危機管理も大したことがないな、順番が逆だろ)と思いながらそれでも選手とチームの見解が一致すればこの件も一応スッキリすると聞いていたら耳を疑いました。
内田監督と井上コーチはM選手へ「相手を潰せという言葉は出したがそれは積極的にプレーしろという意味で反則を指示した覚えがない」と全否定でした。
これは揉めるなと思っていたら後日、日大の学長がおっとり刀で出てきて何を言いたいのかわからない、意味不明の会見。
それを受けて関学の被害に遭った選手の父親が怒りの会見。
遅すぎる日大の事実報告書を受けて関西学院大学アメフト部監督が「真実を語っていない」と日大を批判。
事件は二転三転、七転八倒、迷宮入りの藪の中となりとうとう刑事告発だ、司法に委ねると大騒ぎに。
この一連の騒動を見ていて、黒澤明監督の映画「羅生門」を彷彿させられました。

「羅生門」は1950年(昭和25年)に公開されべネツィア国際金獅子賞に輝き、日本映画復活の印象を全世界に与えた記念すべき作品です。
脚本は芥川龍之介の短編小説「藪の中」が下敷きとなっていますがストーリーを詳しく述べると冗長になりますのでごくさらりと紹介すれば応仁の乱の荒れ果てた京都市中が舞台となっており、妻を連れた武士が野盗に襲われ山中で殺されます。
その後、妻は野盗に手籠めにされますが事件を捜査した検非違使(当時の警察)が取り調べの場でこの野盗、殺された男の妻、更には巫女を使って殺された男の亡霊まで出廷させてそれぞれの言い分を詮査するものの、各人が勝手な自分に都合がいい証言をしており、事実関係が一致いたしません。
首を傾げる検非違使取り締まり官の下にそれまで事件に巻き込まれるのを恐れて出てこなかった杣売りが藪の中から一部始終を見ていたと申し出ます。
遂に決定打かと思っていたらどうも杣売りも自分の卑怯を隠す為に一つ嘘をついているのがわかってきます。
「真実はひとつ」のはずなのに4者がそれぞれ違ったことを証言しているので真相は藪の中というラストとなり映画は終わります。

今回のアメフト事件は究極のところ(選手に首脳陣から反則プレーの指示があったか、否か)なのですが現時点ではもやもやしています。
私個人的には限りなく日大の内田監督と井上コーチが黒なのですが真相はまだ(藪の中)です。




知事選挙の動向ーケース滋賀県
滋賀県の知事選挙が来月7日に告示、24日に投開票となりいよいよ始まります。
現職の三日月大造氏と新人で滋賀大学名誉教授の近藤 学氏の一騎打ちの公算が強くなっています。
この選挙結果次第では来春の統一地方選挙や参議院選挙の趨勢に影響が出る為に関係者も注目しているところです。

近藤氏の陣営では「三日月さんは自民にすり寄っている、カラーがない」と批判の声が挙がっていると聞きました。
これは難しい点で三日月氏が自民にすり寄っているのか、自民が三日月氏に近づいているのかは政治的駆け引きの産物であって一概には断定できません。
ただ言えるのは自民党は結党以来、「愛国・反共・憲法改正」がテーゼとなっており、今回の近藤氏がはっきりカラーを出し過ぎているのには到底相容れないものです。
今回は共産党以外の政党も現職に相乗りになっており、決して三日月県政が保守化しているという評価はできないところです。

しかし考えてみるとこの40年ばかりの谷口知事以降、滋賀県の公選知事選挙は大変血なまぐさい構図が続いてきたなと思っています。
野崎欣一郎氏(知事在任1966年~1974年)も県の総務部長、副知事を務め初当選の時は自民党・社会党・民社党などが相乗りして45歳と当時の全国最年少知事ともてはやされたものの、3期目に武村正義氏が名乗りを上げ結果、6300票の僅差で武村氏に軍配が上がるという滋賀県選挙史でも今も語り継がれる壮絶なものでした。
武村氏が八日市市長を務めていたことから「県庁VS八日市」とも言われましたが自民党など保守政党がバックにあった野崎氏に対抗して革新政党や労働8団体を味方につけた武村氏が押し切った選挙でした。

武村氏が滋賀県知事を3期務めた後、1986年7月の第38回衆議院選挙に無所属として立候補されますが途中、自民党が推薦を出しています。
県知事在任期間は自民党と対立していた武村氏ですがここは国政進出の為と頭を切り替えられたのでしょう。
自民党としても県政野党はこうこりごりという雰囲気だったことも手伝いました。
後任の知事としては県庁職員出身で水政課長・企画部長・総務部長を経て1982年からは武村県政で副知事を務めていた稲葉 稔氏が就きます。
県職員OB会でも「稲葉さんの時は仕事がやりやすかった」と懐かしまれるほど滋賀県でも陽だまりのような平和な県政が珍しく続いた時期でした。

稲葉氏が健康上の理由から知事を退任するとなってからの知事候補選考も荒れました。
まず自民党が割れています。
健康福祉部長や総務部長を歴任した國松善次氏が自民党推薦を得ましたが党内の一部県議が「選考過程が不透明」と反発して県出納長であった高井八良氏を擁立、同時に大津市議や草津市議の自民党団も大阪府副知事だった吉沢 建氏を立てて三つ巴の選挙戦となりました。
結果は國松氏が当選しています。

3期目を目指した國松県政でしたがまさかの「もったいない旋風」で嘉田由紀子氏が滋賀県知事に就任したのが2006年の7月の選挙でした。
その嘉田氏が2期で降板して来月より三日月県政2期目を賭けて選挙となるわけですが冒頭で申したように三日月知事と自民党の距離を接近させたのは嘉田県政の時に自民党が真っ向うから反発した「大戸川ダムー3府県知事見直し意見書」を再度見直す機運が出てきたことによります。
これは滋賀県知事の嘉田氏と大阪の橋下知事(当時)、京都府の山田知事(当時)の3者により国にダム建設の必要性がないとした意見書提出が送られ事実上、大戸川ダム建設が中止に追い込まれた事件です。
この意見書を真に主導したのは誰かという問題がありますが当時、パフォーマンス抜群で国民レベルの政治家だった橋下氏は単に琵琶湖の下流府県として琵琶湖総合開発の悪夢(あくまで大阪にとって)を払拭するためにダム建設に無関係の立場を取り、滋賀県の嘉田知事は理論上は県益確保のためにダムをつくる選択を取るべきでしたが彼女独特の「もったいない精神」が勝り、本当の黒幕は京都府の山田啓二知事となります。

山田知事のダム建設反対は筋金入りで周囲からは「あの人が辞めない限り大戸川と瀬田川は危ない」と囁かれていました。
もちろん同じ京都で下流の宇治川も危険な状態が続いておりましたが瀬田川洗堰が最後の防波堤として機能していましたから山田府政に文句は言っておりましたがそこは政治的妥協があったものと思われます。(これ以上は言えません)
その山田氏もこの2018年4月で西脇 隆俊氏に知事交代が行われ、西脇府政は瀬田川・宇治川問題に現実的対応を取ることが見込まれることから昨年末の滋賀県議会での知事答弁で大戸川ダムの三日月知事の踏み込んだ話が出て自民党との宥和ムードが醸成され今回の滋賀県知事選挙に繋がってきたのです。
やはり選挙はやらないといけませんね、民主主義では。






秀樹に感謝
5月に入り気だるい毎日が続き、すっかりブログを書く意欲も失いつつある昨今、スーパースターの訃報に接して一言申し上げたいと重い腰をあげました。
西城秀樹さんがお亡くなりになったことが今日発表されました。
昭和の子どもたちだった私のような者は西城さんの歌に何度元気づけられたことか。
思春期に「ヤングマン」を聴いて能天気な青少年として過ごせたあの日々を懐かしく思い返しました。
バーモントカレーのCM「ヒデキ感激!」という短いフレーズは流行語となりました。

63歳という比較的早いご逝去となってしまいましたが2度の脳梗塞に倒れながらも歌手としての矜持を忘れず、前向きにステージに立たれたお姿は子どもの頃の私たちの夢を体現してくださっていると変わらぬ応援エールを送っておりました。
「病気に感謝している」という前向き且つ明るいコメントもお人柄を偲ばせます。
西城さんについてまだまだ語りたいことは多いのですが国民的スターでもある方ですから1ファンとして心からご冥福をお祈りして締めくくりたいと思います。

ガンとファーストフード
あなたはファーストフードを食べますか?-こんな質問をされたら私の答えはSAY、YESです。
なにせ人口調味料とインスタント食品とファーストフード全盛の20世紀少年時代を過ごした年代層ですから。

昨夜、「池上彰と考えよう」というTVを見ていました。
池上さんは凄いと思います。
難しいことを簡単に説明されるからです。
これができるということはかなり事前に勉強して噛み砕いておかないと人に教えるのは無理だからです。
難しいことを難しくしゃべるのは簡単です。
時には簡単なことを難しくしゃべる人がいますがこれも才能です。

その池上さんの番組でハンバーガーチェーンのマクドナルドが日本に初めて上陸したのが1971年(昭和46年)7月20日の銀座と紹介されていました。
この報道に接した時、私は小学1年生でした。
ハンバーガーって何だろう?
マクドナルドってアメリカの匂いがプンプンするけど行ってみたいと心から思いました。
しかし、首都東京のど真ん中にやっと1号店ができたばかりですから滋賀の蝦夷地と呼ばれている高島郡にマクドがお目見えするのは参勤交代の行列を待つよりもしんどいことでした。(意味不明の比喩)

それでも私が小6の時にやっと隣の大津市の堅田にマクドナルドが出店したとの朗報が入りました。
その時、私が感じたのは堅田にしてやられた、これで高島は未来永劫、大津に頭が上がらないというわけのわからない地域ナショナリズムの高揚でした。
ですがそんなことも言っていられないので私は親にせがんでマクドに連れて行ってもらいました。
初めて口にしたハンバーガーはもう死んでもいいと思うぐらいに美味しかったのを今でも憶えています。
小学生でハンバーガーを食べてショック死するのはいかにも間抜けですがそれぐらい文明を感じたのです。

平成になってアメリカでもファーストフード批判が始まり、マクドナルド様が槍玉にあげられていました。
ハンバーガーを1か月食べ続けたら血糖値が上昇、体重が激増、その他あらゆる健康数値が悪化などと報じられていました。
そりゃそればかり食べたらそうなるに決まっているじゃろうが、程度の問題じゃと思っていました。
どこのどいつがハンバーガーばかり食べ続けるのか?
そいつは笹の葉を食べるパンダか?ユーカリ食べるコアラか?と呆れていました。
テレビでゼンマイやワラビなどの山菜を食べるとガンになる、発ガン性物質があると言っていました。
よくよく聞いてみれば1週間、軽トラ一杯の山菜を食べ続けたらガンが発症するリスクがあるということでした。
フェークニュースの典型です。
ガンになったと騒ぐより山菜をトラック山盛り食べるバカの方がテレビに出たら面白いと思います。

よくあの食事はガンを防ぐとかガンになるとか言いますが要は程度の問題だと思います。
確かにガンは今や日本人の死亡原因第1位で2人に1人はガンになり、3人に1人はガンで死亡するそうです。
そうともなれば私たちもガンに無神経でいられないのはわかります。
ですがガン細胞は1日5000個ばかり私たちの体の中で発生して免疫細胞がそれを攻撃して消しているにすぎません。
人間の体内は約60兆個ばかりの細胞で形成されていますが絶えず細胞分裂を繰り返しており、そのコピーミスがガン細胞と言われているものです。
いわばガンも自分から出たもの、私たちは上手にガンと生きることを考えた方が長生きができるようです。
食事も大切ですが健全な生活習慣の維持やストレスを上手に発散させることも大切となります。
健康に生活する上で大事なのは一点豪華主義で考えるのではなく、あくまで体のバランスにより食事・睡眠・運動・精神の調和を図る方がいいのではないでしょうか。




ゆで卵の思い出
大型連休はどこに行っても人の波、だからどこにも行かず家でゆっくりするに限ると毎年そのように過ごしています。
地元の祭りも昨日終わり、今日は晴天、妻は妹と信楽に遊びに行き、長女は東京から帰って来ず彼女の生活を満喫しているようで、長男はこの春から京都の学生寮に入り、次男は高校生最後の部活(サッカー)の試合というわけで私は1人で静かに家守です。
あ、猫が3匹いました。
彼ら、彼女らは私と一緒です。

テレビでは「大型連休も終盤です」と女性アナウンサーが言ってましたがやっと休みらしくなったのにもう終盤とは悲しいものです。
今日の私のような状況を昨年読んだ村上春樹氏の小説「騎士団長殺し」になぞらえてしまいます。
冒頭で妻に出て行かれた(見捨てられた)主人公(職業・画家)が友人の別荘に転がり込みますが深い谷間に囲まれた高台の1軒家で誰ひとりとして訪れない静謐な生活が始まるところから物語が進行していきます。
今朝はそんな状況です。

起床して特にお腹が減っておらず、さりとて何か軽く口にしたいのでコーヒーを淹れてからゆで卵をつくって食べました。
ゆで卵は便利です。
特に調理の手間がかからず、卵をゆでている間にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいればいいのですから。
ゆで卵を食べながら随分と昔のことを思い出しました。
それこそ50年ばかり昔のことです。
幼稚園児だった私は大津駅前にあるプロテスタント系の幼稚園に通っていました。
キリストの復活祭(イースター)になぜかゆで卵が園児に出されました。
お皿も何もなく、ただ手渡しされ、その場で食べるのですがなぜか卵の殻全面に塩がついていて私たちは器用にその塩を殻から掌に落としてから殻をむき、むいた卵を塩につけて食べるのです。
今考えてみると塩を卵の殻に引っ付けるのはどうしていたのかと思います。
別に卵の表面が濡れていたわけではなく、カラカラに乾いた塩の結晶がびっしりと付いていたのですから。
暇だと昔のそんな他愛のないことを思い出します。

どうでもいいのですが母方の祖母は京都に住んでいましたがゆで卵のことを(にぬき)と呼んでいました。
祖父は(うでたまご)と言っていました。
子どもながらにこの(うでたまご)の語感は大阪の下町の人がきつねうどんのことを(けつねうどん)と呼ぶのに似ていると感じていました。
それなりのこだわりがあったようですが今となっては確かめようもありません。
さてGWもそろそろUターンラッシュが始まったようです。
皆様、どうぞお気をつけてお戻りください。


ペナントの行方
今日あたりからゴールデンウイークに入ったようです。
大型連休ですから国内外問わず大勢の人々が出かけられると思いますがどうぞ交通安全には気をつけていただきたいものです。

(出かける)というキーワードから旅行というものを連想しますが私の旅行の思い出は遥か彼方の昭和にあります。
そう、表題の「ペナントの行方」を見て(ああ、野球の話か)と感じた方もいらっしゃると思いますが私が今朝、思い出したのは子どもの頃、観光地のお土産屋に売っていたあの細長い二等辺三角形の旗(ペナント)です。
こう言うと昭和世代の人は(そう言えばあったなそんなのが)と思い出す方もおられるのではないかと。

私が初めてお土産のペナントを買ったのが小学校の修学旅行で伊勢志摩に行った時でした。
地元のお土産屋で何か(自分への)お土産らしいものを買わねばならないと探したら(伊勢志摩)と金文字で刺繍されたペナントが目につき買ったのが最初でした。
二見浦の夫婦岩が書きだされた1枚(1旗?)でした。
家に戻って自分の部屋の壁に画びょうで止めたら何か室内がピシッと引き締まったような感覚でした。
妹が見て、「お兄ちゃん、かっこいいやん」と言ってくれたので嬉しくなって(よし、これからペナント集めを我が趣味としよう)と思いました。
もう値段は憶えていませんが当時で1枚1000円はいってなかったと思います。
おそらく500円前後ぐらいかちよっと高級なので800円までだったかと。

ちなみに調べてみるとペナントというのはぺノンとペンダントの合成語だそうです。
ぺノンは下級ナイトが槍につけていた長三角の旗、ペンダントは軍艦に掲げられた三角旗よりきているようです。
野球のペナントレースは優勝旗がこの形をしていることから現在も日米ではそう呼ばれています。

その後の私は宿泊であろうと日帰りであろうとともかく観光地のお土産屋さんに行くとせっせとペナントを求めて自分の部屋に貼りました。
高校生になった時、ふと我に返って自分の部屋をまじまじと眺めればすでに壁四方一面どころか天井にまでペナントが貼りつくされ目が眩みました。
(これはアホの部屋だな)と思いました。
そこから私の学業急降下が始まり、大学受験に失敗して浪人生活となりました。
それは(ペナントの呪い)とも呼ばれる石田家に今も伝わる伝説です。
浪人の春に一念発起してペナントをすべて外すと頭がすっきりして翌春には何とか進学できました。
これは世に(ペナント呪縛からの解放)と呼ばれています。

ペナントは1950年代から1980年代にかけて全国観光地で盛んに販売されました。
まだカメラが庶民には高級品で旅の思い出として人気を集めたお土産だったようです。
ペナントと聞いて懐かしいと思われた紳士・淑女のみなさん、もうけっこうなお歳ですよ。


役人の「忖度」し過ぎは議員を悪くする
国会が荒れています。
森友や加計の件より派生しているようです。
官公庁内でセクハラ疑惑もあったようです。
野党の女性国会議員が「ME TOO」のプラカードを掲げて財務省に押しかけ麻生大臣の辞任を要求していました。
はっきり申してあんな程度の低い野党国会議員を選んだのは国民です。
国費の無駄です。
趣旨、目的ともにズレまくっています。

もう10年ほど前になりますが私が地方議員現職の時にこのブログで書くことがなかったのでその日、大津市にある県管理の宿泊施設で行われた自民党県連の会合に出向いた際、地下駐車場で私自身の雑な運転の結果、車を壁にこすってしまったということを書き込み更新しました。
翌日、県庁内の会派の部屋にいた私は女性職員より県職員の方が面会にきていると告げられました。
何だろうと応接室に出て行くと二人の男性が立っていました。
深々と頭を下げて「石田先生、施設課の者です、何か〇〇〇でお車を擦られたとか・・誠に申し訳ございません、お怪我などはございませんでしたか」と言われるではありませんか。
私は驚いて「いえいえ、それは私が乱暴な運転をしてしまったからです、ご心配にはおよびません」と恐縮しました。
すると二人の県職員の方が「ありがとうございます、施設には厳重に申しておきます、それでは失礼します」とほっとした表情で退出されました。
おそらく私のブログを見て飛んで来られたのだと推測はできました。

国、地方ともに議員に対して役人は相当の神経を使います。
一時期流行った「忖度」という言葉もあるいは生きている世界です。
それでも過剰な忖度は言いにくいのですが議員を増長させる元となりかねません。
人間的にできている上で政界に入ってきている人はまだいいのですが未熟だと自分がなんだか偉くなったような気分になる人もいるにはいます。
そんな人が秘書に向かって「このハゲェー!」などと叫んだりします。
人間は謙虚に生きるのが一番です。




日本人と海苔
今日は日曜日、起床して天気が良いのでお布団を干してから朝食を食べましたが軽くごはんと海苔とお味噌汁。
素朴です。
ごはんを海苔に巻きながらふと考えたのは先日、テレビでやっていた「海苔を消化できるのは日本人だけだった」という番組。
日本への海外からの旅行者は年々増えてきていますが外国人にお土産屋で袋入りの海苔を見せてもこれは何だという反応を番組では紹介していました。
でも不思議なのは世界的に日本食が人気・認知されているのにあの寿司などのカリフォルニア巻きとか海苔を使う場面も多くあるのに消化できないものを出していいのかという疑問がわきました。

調べてみると海苔は紅藻・緑藻・シアノバクテリア(藍藻)などを含む藻類の総称だそうです。
その海苔を溶かす(消化する)ことができるのが海洋性バクテリアであるソベリア・ガラケタニボラという一種の酵素成分。
それが日本人の腸内に住みついているので海苔を食べても消化できるとのことです。
外国人は食べてもそのまま未消化で出てくるようです。

そこで再び素朴な疑問が生じました。
「でも韓国海苔とか、韓国にも海苔製品はあるし、中国でも海岸部、イギリス・ウエールズ地方でも食べているそうだ」と。
それで調べてみるとそれらは焼き海苔であって日本古来からの板海苔ではないとのことです。
焼き海苔なら消化酵素のない外国人でも消化すると聞いて少し納得しました。
日本人が海苔を食べ始めたのが遡ること8世紀、それまでワカメなど海藻類を多く摂取していたので自然と分解酵素が腸内に住み着きだしたとあります。
韓国人が海苔に接したのが日韓併合の1910年以降でまだ100年ちょっとのことですから生物学的・遺伝工学的には板海苔(生海苔)にはまだ適合できていないのかとこれも納得。
それにしても日本人すべての人に海苔を消化する微生物がすんでいるなんて考えてみればすごいことではないかと思ってしまいます。
遺伝子的に記憶、生物的に共有するというのは文化人類学を越えています。
おむすびに海苔を巻いて食べる時にちょっと考えていただきたいテーマです。


韓国の憂鬱
こんにちは、猫と政治とラーメンが好きな石田祐介です。
政治と言っても地方政治に関わってきた私がブログでは国政の事項を良く書き込む理由は自分でもわかっています。
「国政なら差しさわりがない」・・これがすべてです。
少し物事が大きいのでぼやけてしまうのがいいところです。
私の地元の市政やもしかしたら県政でも書いてしまうと身近過ぎてブーメランのように跳ね返ってくるのでネタがあっても書けません。
すぐに名誉棄損訴訟を起こしたがるおっちゃんとかが相手になりますから。

というわけで新聞記事などを読んでいると最近、韓国に対する日本国内の記事が減っているのに気がつきます。
あるのはバッドニュースぐらいでしょうか。
近頃では現在政権である文大統領の前の朴槿恵前大統領に懲役28年が確定したというニュースが流れました。
実刑判決ですから彼女の歳を考えると死ぬまで刑務所に収監されるということになり事実上の無期懲役判決です。
その前の李明博元大統領にも収賄容疑で裁判が行われていましたが有罪が確定しました。
歴代大統領が次から次へと逮捕・自殺していく韓国の政治ははっきり言って病んでいます。

病んでいるのは残念なことに政治だけではなく社会そのものかもしれません。
韓国の失業率はこの春にも過去最高を記録しました。
WHOが毎年出している各国別10万人当たりの自殺率統計では2004年からぶっちぎりで今年も含めて14年連続で首位をキープです。
日本の自殺者のように病苦などの理由ではなく経済的貧困が主な理由となっています。
社会的に格差が広がり、若者は幼年から受験戦争を強いられるか、人生の早い段階からドロップアウトを余儀なくされている超格差社会が進行中ではなく固定化しています。
以前報道され少し面白かったのですが大韓航空の社長の娘(当時副社長)がフライト前に出されたスナックの豆菓子が美味しくないと言って離陸直前に機長に命令して滑走路からピットに引き返させた事件、いわゆるナッツ・リターンはさすがに韓国大衆の怒りをかい、裁判となり公道で土下座をしていましたものの、今月はその妹(専務)が会議中にコップの水を部下にぶちまけて話題になりました。
批判をあびているうちによく調べれば空港での免税措置も取らずに長期にわたって持ち出し等の脱税疑惑で起訴されました。
立場を悪用したセコイ事例ながら韓国では財閥系経営者一族と一般大衆がれっきとした身分制度の中で生きている証左でもあります。

日本の外務省がwebサイトで表記している対外表現で韓国については今まで最大限の配慮と敬意をもって「我が国に対して最も重要な隣国」と流していましたが文言が削除され、「両国は困難に直面しているが最も需要なのは未来志向で各分野において協力を推進すること」とあっさりした内容に変更となっています。
ぶちあければ「日本と韓国の仲はうまくいっていないが過去の歴史とかを韓国がうだうだいつまでも言っていないで未来を大切にして国交を構築したら協力関係も築けるんじゃない」という突き放しです。
おそらく2015年に日韓で調印した「慰安婦合意」を文在寅政権がちゃぶ台返ししたことについての静かな怒りです。
今の韓国外交には品格がありません。
そのわけは韓国政府が胸に手をあてて考えるべきです。






軽いブログ
私はなぜブログを更新するのかと自問自答する時もあります。
もうかれこれ14年ばかり細々と綴っています。
当初は世間様に自分の意見なりを知っていただきたいという気持ちからでした。
今はもう枯れてそんな思いはありません。
惰性で書いているのか、PC上に自分の活動記録として日記として留めているのか、そんなところです。
最近思っているのは長く書いているとたまに読み返してみて「ああ、この時の私はこんなことを考えていたのか」とその時の自身の精神状態を定点観測するために残しておこうとしている観もあります。

そのようなことで本日はちょっと飛んだ内容を書きますからおふざけが嫌いな方はここで目を通されるのを中断された方がいいとお勧めいたします。
日曜日、ゆっくりと起床した私はまず起き抜けのコーヒーを一杯飲み、いつものようにつまらない妄想に入りました。
休日まで浮世のことをあれやこれやと考えるのはストレスがたまるのでどうでもいいことから発想を広げるのが常となっています。

まず庭の葉桜を眺めて思ったのは(今年の桜の花も散ってしまった、昨年も眺めてそう思っていたが誠に1年など過ぎるのが早いものよのう)という率直な感想。
1日がひと月が、1年が早く過ぎると感じておられる中高年の同士の皆さん、この感覚はたぶん共有できるのではないでしょうか。
私なんかついこの前に平成元年だ、平成の世だと思っていたのにもう今年は30年・・30年なんかすぐに経ってしまったな、来年の今頃は平成も終わるのかという感覚です。
歳を取れば時間の流れが速くなると申しますか、例えば小学生の頃の夏休み・・あの永遠に続きそうな暑い夏はどこにいったのかと失われた時を求めてしまいます。

さて前フリは以上です。
日曜日の朝に時間の経過の短さに考えを巡らしていた時に高校時代に世界史の教科書に(世界4大文明)の記述があってメソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明などそれぞれが記載されていたのを思い出しました。
高校の教師などは「このあたりはほとんどに入試に出ることはないからな」とか言っていましたがなら教えるなよと内心思っていました。
例えばエジプト文明・・なぜか日本人には人気があるようで時々テレビなどではスフィンクスだ、ファラオだ、王家の谷だとやっています。
文明の発生は紀元前(BC)5000年・・高校生の時の私は「うわぁ紀元前か、ビフォワクライストか、5000年前の文明など遥か彼方の悠久の歴史じゃないか」と恐れおののいていたのです。
でもおっさんになった現在では先ほどの桜の話ですが1年なんか瞬く間でそれがたった5000回繰り返されたに過ぎないごく最近の出来事としか捉えられなくなっています。
私の感性が鈍っているのか、時間軸が歪んでいるのかはわかりません。
昔のことを調査して考える学問を(考古学)と言うようですが生意気を言いますががまだ4大文明ぐらいでは古くないと思ったりもします。
ちなみに余談ですがこの(4大文明)という考察は世界でも中国・韓国・日本ぐらいしか流布されておらずワールドクラスの見解では当時地球上では20もの文明が認められていたのでことさら4大と有難がるものではないのが定説らしいです。

では私的にどれぐらいが想像を絶する昔の話となるのかと考えれば、それは人類の歩みぐらいでしょうか。
これは未だに統一見解が出揃っていない未知の領域です。
もう何万年、何十万年前の人類の進化の歴史であり当然、文字がない時代ですから考証は読み取りではなく発掘・精査・比較と手間暇がかかります。
現在の人類は(ホモ・サピエンス)と呼ばれているのは割に知られています。
でも人類の進化の歴史には多くの解明されていない謎があり、猿人から直立歩行が始まり、(ホモ・ハビリス)などの原人が地上を跋扈して次々と進化を遂げ、ホモ・サピエンスの前の(ホモ・ネアンデルターレンシス)が滅びとそれこそ4大文明の比ではなく人類の文明・文化は幾多も何度も勃興と消滅を繰り返しているのが容易に想像できます。

最近の学説の中では人類の歴史は(進化)ではなく、突然変異か、現れた(新人類)がそれまで地上を謳歌していた(旧人類)を駆逐してきたとも言っています。
つまり私たちホモ・サピエンスは以前のネアンデルター人を絶滅に追い込んだという考え方。
これはちよっとぞっとする学説ですね。
私が中学生の時に一世を風靡したアニメ「機動戦士ガンダム」ではニュータイプという人種が出てきて活躍していましたが能力に差がありすぎて怖いですね。
最近では将棋の藤井総太6段(もうすぐ7段)が新人類ではないかと私は疑っています。
エンゼルスの大谷翔平選手なども。
ですが、藤井棋士の登場と重なるように棋界を引退されたヒフミンこと加藤一二三氏も若かりし頃、彗星のようにデビューしてそれまでの最年少昇段記録を次々と塗り替え、天才の名を欲しいままにされたとのことです。
本来ならこの加藤高位こそニュータイプなのですが最近、テレビなどバラエティー番組で弾ける加藤氏を見るにつけとてもそうは思えなくなってきました。
もしかしたら「能ある新人類は爪を隠す」という格言なのかもしれません。

ここまで我強く読んでこられた方へ・・どうでしょう、つまらなかったでしょう。
まるで居酒屋でうだうだ言っている内容そのものです、自分でもわかっています。
軽いブログです、風のように。




元政治家として訃報に接して
議員時代からの癖と言うか習慣で毎朝、新聞のお悔やみ記事(訃報爛)を見ています。
お誕生の記事もありますがそちらはざっと目を走らせるぐらいの素通りです。
かって田中角栄元首相は派閥の若手政治家に「お祝い事は後回しでいい、ご不幸があったら真っ先に駆けつけろ」と人情と義理を教えています。

今朝の訃報爛を見て仰天したのは同じ町内に住む方のお亡くなりの記事。
この方は私が初めて選挙に立候補した時に熱烈に応援して頂いた人物でした。
企業にお勤めで特に公職に就かれていたことはありませんが区長などをされ温厚で地域の仕事はテキパキとされていたので信用があった方です。

私の最初の選挙は一番の地元が割れて私自身も大変なストレスに苛まれながら戦ったものでした。
私の他にもう一人有力な方が立候補を表明しており互いに引くに引けなくなり地盤が割れてしまったのです。
尤も街の市議会議員の大半、元行政の主要な立場の方たちなど政治的オピニオンリーダーと言える人たちがもう一人の候補者の応援に回り、私は大変苦しい立場に置かれました。
いろんな人が入れ替わり立ち代わりと私のところに来ては選挙から身を引くように説得をするのです。
地域を割らない為にも降りるべきなのかと真剣に悩みました。
しかし、その頃の私には燃えるような政治への情熱が滾り、政治を通して世の為人の為に働きたいという思いがどうしても拭い去れないところまで高まっていました。
街の政治的に主要な方々からいかに批難されようとも自分の気持ちに正直になり、ここで降りれば一生後悔するとともすれば折れかける心に鞭を打って立ち向かう事を決心いたしました。

そんな時に孤立無援の状態の私を支持して頂いた方のおひとりが今朝の訃報にということです。
もちろん友人・同級生・これまでご縁をいただいた多くの方々も応援してくださり約10か月間の苦しい後援会活動と選挙戦に勝利させていただくことができました。
私を応援して頂いた方々は普段はあまり政治の表に出てこられない市井の人たちでその時の選挙体制はまさに草の根選挙の典型だったと思います。

現在は政治の現職でない私もその時に受けたご恩は自身の一生をかけてもお返ししていかねばならないものと思っています。
また人に対してだけではなく、地域についても何か災害が、大きな課題があれば出て行って矢面に立つ気持ちは今も忘れていません。
それが一度でも選挙に出た者の節度だと思っています。
思えば選挙に出るという事は多くの方々にお世話にならねばならず、また立候補するということは公的にも責任が発生することでもありますからまことに大それたことだと考えてみれば身震いするような行為だと思ってしまいます。
それでもルビコン川を渡ってしまった私はこれからも政治的な課題から評論ではなく行動で地域社会にお返しをしなければならない、それが頂いたご支援に対する義理と人情ではないかと考えます。
政治家になるということは業の深いことです。
表現的にお許しをいただくと「行くも地獄、戻るも地獄」の世界です。
お昼から告別式に伺います。







やりきれない気持ち
この春から長男が京都の学校の寮に入り、我が家は妻と次男を含めて3人となりました。
長女は東京の学校に在籍中で5人で暮らしていた時のことを思い出すとまた淋しい気分です。
長男は昨年の春、地元(高島市)の高校を卒業しましたが1年間宅浪の19歳です。

そんな桜の花が散った後の12日の朝、新聞記者から電話がかかってきました。
何だろうとお話を聞くと昨日発生した彦根市での警察官による同僚警官への発砲・殺傷事件のことでした。
どうも長男の高校の同窓生が起こした事件だったようです。
私は当時のPTA会長としてコメントらしきものを求められたと思います。
前代未聞の事件なので世間の耳目を集めそうですが自分の息子のような若い世代が希望に胸を膨らませて警察官になったというのに何が起こったのかと考えるとやりきれない気持ちです。

候補者はピッチャー
今、滋賀県下では近江八幡市が市長選挙に入っています。
現職と新人の激突です。
この選挙の戦局分析は書きませんが私は選挙の度に選挙に立候補する人(候補者)は野球で例えると党首じゃなく投手(ピッチャー)のようなものと思っています。
保守じゃなく捕手(キャツチャー)は選対本部長や後援会長となります。

選挙戦を自分で投げ切るのはとてもエネルギーがいるものです。
多くの候補者はキャッチャーのサイン通りに選挙中は戦います。
何処を周って、何をして、夜はどこに立つとか、個人演説会は何をしゃべるとかは選挙対策本部(選対)の指示で動きます。
私も自分の選挙はこのパターンで選対任せでした。
その方が楽だからです。

ですがたまにキャッチヤーのサインに首を振り自分の好きな球を投げ込む候補者もいます。
またはキャッチャーにサインなど出させずに鼻から無視して投げる人も。
球史で言えば(金田天皇)と呼ばれたカネやんこと金田正一氏や(優勝請負人)の異名を持った江夏 豊氏などはそのタイプでした。
彼らは格下の捕手など球を投げ込むミットに過ぎないと割り切っていた向きがあります。

もちろんこれをやれば選対も面白くないので軋轢が生じて集票に影響がでることは容易に想像できます。
それでも勝ってしまう剛腕の人が出るのは選挙と野球の面白いところです。



日曜日は休もう
今年の桜の開花は例年より早く、我が家の桜も散ってしまいました。
今日は日曜日、天気もそこそこいいです。
本来ならお花見でどこかに出かけたい気分ですがそこは悲しいかな加齢で体が動きません。
生き物として休養を欲しているようです。
日曜日は休みたいと。
聖書の天地創造によれば神さえも6日働いたら日曜日の1日は休んだとあります。
私もクリスチャンではありませんが安息日は欲しいです。

今、国会では「働き方改革」についての議論が進行しています。
森友・加計と馬鹿らしいことばかりやっていないで国会議員はこんな庶民が関心ある問題を掘り下げていってもらいたいものです。
これからの日本は世界の他の国々と違って少子・高齢化+人口激減+働き手不足社会にますます陥っていきます。
働き方を考えるということは実は少子化対策であり、景気対策であり、年金・医療制度の維持など私たち国民生活に直結している問題です。

政府は(1億総活躍社会)の実現を打ち出しました。
1億というのはもちろん日本国の総人口を指していますが人口問題研究所の試算によれば87年後の2105年には日本の総人口は4500万人となっているそうです。
室町時代に逆戻りです。
ちなみに中国は25億人、人口増加のビックバンです。
単純に考えても相当ヤバイと思えます。
中国の人口ビックバンの後はブラックホールと化した中華圏に日本がチベット、ウイグルのように飲み込まれる可能性はあります。
そうならないためにも働き方を考えましょうというのが本日のテーマです。

先の研究所によれば平成7年(1995年)には労働人口(15~64歳)も第二次ベビーブームによる団塊ジュニアの構成により8000万人とピークに達していたの対して今後は従来の働き手が減少していき2060年にはピーク時の半分、4418万人程度となるとの見通しが発表されています。
そうなるのであれば考えなくてはならないのは高齢者(65歳以上)の働く場所の提供・確保です。

日本の労働問題を包括的に勘案したのが今回の「働き方改革」でしょうが3っの柱からなっています。
①時間外労働の改正
②非正規雇用者と正社員の格差是正
③高齢者の労働促進 です。

①は過労死問題などで世間的には早急に取り組むべきものと考えられていますが従来は1か月45時間以内の残業、年間360時間程度と労使協定いわゆる「36協定」を結べば認められていたものが実のところ特別条項を加えれば「制限なし」までいけるということを改正するものです。
リミッターが完全に振り切った感じとなります。
具体的には改正案によると1か月100時間以内の残業、2~6か月の平均80時間は認めるというものですが従来の「みなし残業」の職種拡大については厚労省がおバカなデーターを提示して国会で野党の追及に遭い、頓挫しています。
冗談で「死ぬまで働け」という言葉をよく聞きますがこれも社会的に冗談ではなくなってきたのが実情ではないでしょうか。
まだ若いのに朝、布団から出てこないから見に行けば冷たくなっていた、ノイローゼで退職したなど新聞紙上を賑わしてしまう事件としてこれも社会問題です。

②は非正規雇用の方々は社会的に保障が薄く、時給換算賃金で考えれば正社員より6割程度に留まっている実情を是正しようというものです。
欧米では8割ぐらいの格差ですからせめてそこまで持っていこうするものです。
安部内閣では最低賃金時給1000円、「同一労働・同一賃金」をスローガンにしています。
何か中国の「一帯一路」みたいで少しカッコいいです。

③は高齢者の方、この場合は65歳以上の就労を促していこうとするものです。
現状ではこのクラスの方々が実際に仕事を持たれているのは2割程度に留まっていますが先ほど述べた年金問題とも関わっており、日本社会的にも経験と知識を併せ持つこの層の戦力化が労働人口減少傾向から望ましいとなっています。

まあ、愚にもつかないことを毎度書いていますが個人的にはみなさん、考えることは一緒で年を取ったら楽したいと思っていらっしゃるのではないかと。(私は思っています)
だから若いうちから頑張っているのに年を取っても働けとは何事かと反発もありそうです。
ただ、私の周りの高齢者の方々を見渡しても(仕事)を持っている人の方がそうでない人よりも健康で溌剌としているように見えますし、実際に長生きをされます。(認知症リスクもかなり少なくなるようです)
若い時分のようにバリバリとは無理にしても自分に合わせてゆっくりと好きなことを、つまりは質の問題です。




アメリカはなぜ銃を捨てられないのか
アメリカは銃社会と言われています。
武器が社会と結びついているのはアメリカならではです。
日本が刀社会と言われているか、イランが半月刀社会と言われているか、中国が戟社会と言われているか、オーストラリアがブーメラン社会と言われているか、否です。
なぜアメリカは銃を捨てられないのでしょうか。

アメリカ人に言わせると銃の所持は自分を守る為の権利だと言います。
何か説得力に欠けていますね。
例えば今の日本でもみんなが日本刀を下げて歩いているとして何かかっと頭に血が上ったら「切り捨てごめん」と切りかかる、その正当防衛手段としてこちらも日本刀を持ち歩きましょうは理屈としておかしいと思うのが日本人です。
普通の発想としては平和な社会を守る為には「武器よさらば」のはずなのに何で「権利」になるのか、アメリカ人にとことん聞いてみたいものです。
日本では打ち続く戦乱の世を収める為に豊臣秀吉の「刀狩」、長く続いた武家社会から大衆社会への変貌を目指して明治期の「廃刀令」、現在でも「銃刀法」で持って厳しく制約されています。
武器の所持は危ないから社会に出回らないようコントロールしようという日本と武器は怖いから武器を持って身を守ろうというアメリカでは考え方が真逆です。

日本にいても太平洋の向こうからたびたびと銃による乱射事件発生を耳にします。
毎年数回は必ずです。
最近でも・・
2016年6月12日 フロリダ州オーランド ナイトクラブ(ゲイバー) 死者50人 犯人オマール・マティーン(29) 警官により射殺
2017年10月1日 ラスベガス 死者59人 犯人スティーブン・パドック(64) 自殺
2018年2月14日 フロリダ州ストーン・ダグラス校 死者17人 犯人ニコラス・クルーズ(19) 逮捕
氷山の一角に過ぎません。

統計によると・・(銃乱射事件は全米で)
2014年275件、2015年333件、2016年385件、2017年346件
(銃による死者)
2014年12554人、2015年13485人、2016年15055人、2017年15590人

どうでしょうか、銃による死者が毎年1000人オーダーで増えてきているのがお判りでしょう。
一日平均40人以上が銃で撃たれて死んでいる社会・・日本ならとっくに大問題になっていませんか。
これに対して政治筋では全米ライフル協会が超強力ロビー団体として共和党や民主党に多額の政治資金を提供しているから政治家たちがこの問題に取り組めないというマスコミ報道を耳にしました。
程度の問題でしょう。
日本で猟友会が同じことをやったら世論から袋叩きになります。

ちなみに統計では発砲事件が多いのはカリフォルニア州、場所は学校・レストラン・教会・スタジアム・公園、犯人は男性で20代から50代ぐらいだそうです。(もうどうでもいいですけど)

トランプ大統領もこの問題について銃所持規制ではなく、奇策として学校の教室に銃を置いて教師の管理に任せるという案を出しましたがさすがに意見は割れたようです。
学び舎で静かに勉強しているのに教師が黒光りの銃をちらつかせる・・ブラックジョークかと思ってしまいます。
映画の「バトルロワイヤル」か漫画「暗殺教室」の世界観です。

ここで私見ですが私はアメリカが銃を手放せないのは身を守る権利だとかの御託ではなく一種の「強迫観念」に侵されていると思っています。
「撃たれるから撃つ」ではなく、「撃ったから撃たれるのを恐れる」の心理です。
アメリカの建国の過程はまさに侵略と収奪の歴史でした。
フロンティアスピリッツ(開拓精神)などと美化していますが先住民からの剥奪欲望に忠実だったに過ぎません。
アメリカ本土部はインディアン(これはネイティブアメリカンと最近では言います)を駆逐して土地を奪い、メキシコへ、カナダへ、アラスカへ、ハワイへ、フィリピンへとたった200年の間に銃を撃ちまくってつくった人工国家です。
報復を恐れる心理から武器を手放せないと論じてしまえば身も蓋もないのかもしれませんが私は案外とこんなところだと思っています。




滋賀県で何が起こっているのか
今朝読んだニュースで滋賀県の市長会(会長・冨士谷英正近江八幡市長)が今月18日に予定されていた県首長会議の休止を滋賀県に申し入れたとありました。
当然ながら県下13市の市長と三日月滋賀県知事との意見交換会を市側が蹴ってきたという構図と理解できます。
理由は「議論がかみ合わないから」だそうです。

戦前と違って今は県と市町はイコールパートナーであるべきです。
どちらが上位とかそんな問題ではありません。
県知事と市長会の面々(つまり市長)がこんなにギクシャクしていたなんて私も3年ほど県政を離れているのでえ!っていう感じでした。

思い返せば嘉田県政の時はこんな感じで知事と市長会の間が冷戦状態になりました。
まるで古の応仁の乱のようにいつ果てるかもしれない抗争が続いたものです。
嘉田さんが発動した(財政再建プログラム)は特に評判が悪く、滋賀県は県のみの財政規律の立て直しを図り、市町との連携は二の次にしていると批判轟々でした。
色々な事業が財政難のためという理由で事実上中止されていきました。
高島市の人はピンとしないかもしれませんが安曇川中学と安曇川高校の中高一貫校設立もこの時に見直されています。(つまり中止)

嘉田県政の8年は政局も混乱に次ぐ混乱で衆参議員選挙、県議会議員選挙、各市長選挙、もちろん知事選挙も荒れに荒れました。
政治は血を流さない戦争だといわれながらも仁義なき抗争は延々と吹き荒れました。

今は滋賀県政は落ち着いていると認識していました。
まず、今夏予定されている滋賀県知事選挙において現職の三日月知事に自民・公明はすでに支持を表明、対抗馬の出馬を見合わせる決定を下しています。
民進(めんどうなので立憲も含めて)はもちろん支持を打ち出し、連合は推薦を出すことでしょう。
見る影もない対話は追随しか道も無く、あるとすれば京都のみ力を持っているあの党が向かってくるぐらいかなと思います。

いづれにしても県と市町は十分に話し合うべきでしょう。
この4月からは国民健康保険も財政運営が市町から県に移管されました。
とは言うものの県が分担金を市町に振り分け、保険料率を提示して、保険料の決定や徴収は市町が行うこととなります。
このテーマだけでも議題として首長会議で再確認しておく必要があるのに会議を休止していては話になりません。
あの暗黒の8年間に逆戻りはやめてもらいたいものです。
今週末にある市長さんと一杯やる約束があるのでその時に真意を聞いてみるつもりです。






最後の花見
今夜はおぼろ月夜です。
煙ったような月光の下に我が家の庭の桜の花が今年も咲きました。
東山魁夷の1枚の絵を思いだします。
この桜は今の家を新築した時に母が植えたものですが水が良かったのか大木に育ちました。
ですが築40年の家と一緒でもはや老木です。

今日のお昼にご近所でお付き合いをしている方のご母堂がお亡くなりになり告別式に参列させていただきました。
喪主はご長男であるその方がお勤めでしたが式の終わりの喪主挨拶で『母は桜が好きで毎年この頃になると私が車を運転して助手席に乗せ、二人で花見に行きました。ここ数年前から「今年の花見が最後ね」と言うようになりましたが戦後苦労して私たちを育ててくれた母も晩年は好きなことができて幸せだったと思います。これから斎場に向かいますが琵琶湖沿いの桜並木の下を通ってほしいとお願いしました。母と最期の花見を楽しみます』と言われました。
なぜかホロリとしました。
桜の花の季節はなぜか出会いと別れを私たち日本人に想像させます。

市井の権力

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国民が政治を忖度すべきではないでしょうか
またしても国会が空転しています。
TVのワイドショーでは森友学園問題で首相夫人の関与があったとされる公文書が書き換えられたとか、それにより前国税長官を証人喚問するとか、それにより安倍内閣の支持率が急降下しているとか、何とも馬鹿馬鹿しい限りです。
今、政治課題は山積していて国会で慎重審議しなければならないことは山積みなのにマスコミに踊らされている場合ではないでしょう。
景気対策、国民の社会保障の安定対策、少子高齢化問題、米中に振り回される国際社会への外交など取り組まねばならないことは数多くあります。
安部内閣の悲願である憲法改正議論でも私は積極的に加速度的に進めればいいと思っています。
戦後73年にしてようやく日本もまともな議論が冷静にできるようになってきました。

憲法解釈上は戦力を保持しないと明記され継子扱いされてきた自衛隊の立場をしっかり明記するのがなぜおかしいのでしょうか。
参院選挙や衆院選挙で1票の格差の是正が違憲状態だと言われ、県民感情を無視して合区された鳥取・島根・高知・徳島県民はどう思っているのでしょう。
地方軽視としか思えません。
それならば憲法自体を改正するのが当然でしょう。
法の精神は人の心に寄り添うべきです。
これらの議論を進める方が籠池とかいうアホのおっさんにつきあうより大切であることを国民から「忖度」すべきです。



7時間後にセットしろ
今日はいつものブログ更新とはちょっと毛色を変えて知人から聞いた少し不思議な話を披露したいと思います。

日本一広い湖を擁するS県の西の街・T市にT・Iさんという81歳になる男性が住んでいました。
奥さんを3年前に亡くし、2人の子ども、長男と長女がいましたが長男夫婦と住んでいて長女は東京に嫁いでいました。
ある正月、T・Iさんは長男夫婦と里帰りした長女に「馬鹿らしと思うかもしれないが私が死んだらすぐにこの目覚まし時計を7時間後にセットして枕元に置いてくれ、6時間でも8時間でもないよ、きっかり7時間後だよ、頼んだよ」と言いました。
その時はみんなは変な事を言うなと思ったそうですが特に心にも留めなかったようです。

それから3年経ったこれもお正月にT・Iさんは体調の不良を訴えて入院していましたが症状が急変してお亡くなりになりました。
息を引きとったのが午後5時ちょうど。
亡骸は葬儀業者の車で家に戻って来ましたが父親の看護の為にT市に戻っていた長女はあの時の正月の父の言葉を思い出して目覚ましを亡くなった午後5時の7時間後、真夜中0時にセットしました。

真夜中に時計が鳴りましたがT・Iさんがむっくり布団から起きて「戻ってきた」とつぶやきました。
これには長年夫婦と長女も驚いたそうです。

その後、何事もなかったように2年が過ぎましたが今度はT・Iさんは突如倒れて救急車で病院に搬送されたものの心肺停止の状態で死亡が確認されたそうです。
急を聞いて東京から駆け戻った長女は長男夫婦に「目覚ましはセットしたの?」と問い詰めたものの2人は無表情で下を向いていたそうです。
それにしてもなぜ7時間後なのかはわかりません。
西洋では(ラッキーセブン)と言われ幸運の番号と捉えていますが仏教圏では7は初七日、7と7を掛けたら49日と必ずしも𠮷数とは認識されていません。
その目覚まし時計は長女が東京に持って帰ったそうです。


差別と表現
「差別」はいけないとは今や21世紀に生きる人類の共通認識でしょう。
封建制度の時代と違って民衆主義全盛の社会構築が行われているこの時代に身分や身体的精神的な差別がなされることには強い指弾がおこなわれるのは当然のことです。

ですが私にはどうしてもぬぐえない疑問もあり、万民が平等の権利を有しているのは当たり前として「差別」自体を表現するのにどうして規制がかかったり問題視されるシーンが出てくるのかということに納得しかねないこともあります。
「臭いものにはフタ」という発想に疑問と「表現の自由」を奪うことへの言論の権利意識があるからです。

(カムイ伝)という漫画があります。
1964年から1971年にかけて月刊漫画ガロに掲載された白土三平氏の畢竟のライフワークです。
江戸幕府初期の頃の架空の藩を舞台としてもはや時代劇とは言えない深遠なテーマ(身分制度と差別)についてが描かれています。
あまりのテーマに当時は「ビジュアルは映画を凌ぎ、ストーリーは小説を越えた」と評価されました。
3人の若者を中心として物語が進行します。
〇カムイ(非人)-身分最下層とされる非人部落の村で生まれる、同じ集落の人々が気力を奪われ虐げられている現状に憤り立ち上がる忍者。
〇正助(農民)-カムイの姉ナナ(非人)を妻とした水飲み百姓。賢くて勤勉で慈悲深い性格から人望がある。後に本百姓となり農業の発展に才覚をあらわす。
〇竜之進(武士)-日置藩(架空)次席家老の嫡子だったが父が陰謀に巻き込まれ、お家断絶。非人となり浪々の身と成り果てる才色兼備ながら勇気を忘れない剣士。

最近はこの(非人)とか(部落)という言葉自体を使用すれば下手をすると炎上いたします。
(非人)という言葉に関してはパソコン上で打ち込んでもワード転換できない状況です。
ちなみに私が小学生だった昭和40年代は集落・自治会のことを(部落)と呼んでいました。
放課後、一緒に帰る友だちとミーティングすることを(部落会議)と言っていましたが母が学校でこれを聞いて「何?」と訝しんでいたのを覚えています。
当時は(部落問題)や(部落解放)といった社会問題が一挙に噴出していた頃でもありました。

戻りますが(カムイ伝)は後の忍者もの漫画とその風刺性で一線を画すものでした。
(忍者ハットリくん)のユーモア路線、(忍たま乱太郎)のコメディー路線、(NARUTO-ナルト)や(忍者戦隊カクレンジャー)などのアクション路線とは別物です。
もちろんそれらはそれらで面白いのですが。

(カムイ伝)は身分差別とともに身体的差別とも闘っています。
漫画の中では登場人物が現在で言う差別用語を乱発させます。
めくら・つんぼ・いざり・かたわ・・など。
例えば「これは・・めくらのくせに見えているのか!」というセリフ。
このような(表現)が平成になってからうるさく指摘されるようになり、「これは・・目の不自由な方なのに見えていっらっしゃるのか!」と書き換えられます。
作者の白土氏は作品の中で江戸時代の封建制の成立過程で差別が発生した由来と立ち上がる民衆の闘争を描こうとしているのに余計なお節介規制のために持ち味が損なわれています。
(表現)を変えれば、或いは抹殺すれば本当に(差別)は無くなるのかと疑問を呈したいところです。

身体的表現で興行的に失敗したのはディズニーアニメ(ノートルダムのせむし男)。
同時期にリリースした(アラジン)(ライオンキング)(リトルマーメード)(美女と野獣)(ポカホンタス)などが世界的に大ヒットし映画化舞台化ハリウッドでミュージカル化され大稼ぎしているのに(せむし)という表現がひっかかり、AmazonですらDVDは売っていません。

原作はフランスの文豪ユーゴの(ノートルダムドパリ)。
15世紀、ノートルダム大聖堂に引き取られた孤児であり背中から腰が婉曲したまま直立できない鐘突き青年のカジモドと美しいジプシーの少女エスメラルダの純愛を謳うものです。(最近はジプシーも差別用語だそうです、やれやれ)
内容は高尚であり、(せむし)という放送コードに抵触する表現で葬るには惜しいのか(ノートルダムの鐘)という題名に代わって劇団四季よりミュージカル化されています。

人種差別も憎むべき人類の共通課題ですがやりすぎ感が残るのは(ちび黒サンボ)。
この何とも味があり楽しい絵本が発刊禁止となっています。
最後の場面でヤシの木に登り、トラたちの襲撃をさけるサンボの周りをぐるぐると回り過ぎたトラたちがバターになってしまい、持ち帰ったサンボの家でママがホットケーキを焼いてくれるくだりなどは本当においしそうで気に入った逸話なのにここでも(差別と表現)に触れているそうです。
どうも(ちびと黒)がいけないようです。
肌の色が黒い人、白い人と色で差別が行われた時代は世界史の中でも暗黒的に捉われています。
私たち日本人などの東洋人も白人種から「イエローモンキー」とか言われていた頃もありますが現在では少なくとも公の場でこのような差別的発言をすればその人の知性を疑われることになりかねない程度の合意形成はあります。

さて、縷々延々と書いてしまいましたがここまで目を通していただいた方に真意は伝わったか自信はありません。
(差別の心)と(表現の自由)は果たして同一に論じるものでは無いにしても「罪を憎んで人を憎まず」で表現だけに魔女狩りを進めても世の中から差別は根絶できないのではないかと考えますがいかがでしょうか。
















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