ゆうすけブログ
知事選挙の動向ーケース滋賀県
滋賀県の知事選挙が来月7日に告示、24日に投開票となりいよいよ始まります。
現職の三日月大造氏と新人で滋賀大学名誉教授の近藤 学氏の一騎打ちの公算が強くなっています。
この選挙結果次第では来春の統一地方選挙や参議院選挙の趨勢に影響が出る為に関係者も注目しているところです。

近藤氏の陣営では「三日月さんは自民にすり寄っている、カラーがない」と批判の声が挙がっていると聞きました。
これは難しい点で三日月氏が自民にすり寄っているのか、自民が三日月氏に近づいているのかは政治的駆け引きの産物であって一概には断定できません。
ただ言えるのは自民党は結党以来、「愛国・反共・憲法改正」がテーゼとなっており、今回の近藤氏がはっきりカラーを出し過ぎているのには到底相容れないものです。
今回は共産党以外の政党も現職に相乗りになっており、決して三日月県政が保守化しているという評価はできないところです。

しかし考えてみるとこの40年ばかりの谷口知事以降、滋賀県の公選知事選挙は大変血なまぐさい構図が続いてきたなと思っています。
野崎欣一郎氏(知事在任1966年~1974年)も県の総務部長、副知事を務め初当選の時は自民党・社会党・民社党などが相乗りして45歳と当時の全国最年少知事ともてはやされたものの、3期目に武村正義氏が名乗りを上げ結果、6300票の僅差で武村氏に軍配が上がるという滋賀県選挙史でも今も語り継がれる壮絶なものでした。
武村氏が八日市市長を務めていたことから「県庁VS八日市」とも言われましたが自民党など保守政党がバックにあった野崎氏に対抗して革新政党や労働8団体を味方につけた武村氏が押し切った選挙でした。

武村氏が滋賀県知事を3期務めた後、1986年7月の第38回衆議院選挙に無所属として立候補されますが途中、自民党が推薦を出しています。
県知事在任期間は自民党と対立していた武村氏ですがここは国政進出の為と頭を切り替えられたのでしょう。
自民党としても県政野党はこうこりごりという雰囲気だったことも手伝いました。
後任の知事としては県庁職員出身で水政課長・企画部長・総務部長を経て1982年からは武村県政で副知事を務めていた稲葉 稔氏が就きます。
県職員OB会でも「稲葉さんの時は仕事がやりやすかった」と懐かしまれるほど滋賀県でも陽だまりのような平和な県政が珍しく続いた時期でした。

稲葉氏が健康上の理由から知事を退任するとなってからの知事候補選考も荒れました。
まず自民党が割れています。
健康福祉部長や総務部長を歴任した國松善次氏が自民党推薦を得ましたが党内の一部県議が「選考過程が不透明」と反発して県出納長であった高井八良氏を擁立、同時に大津市議や草津市議の自民党団も大阪府副知事だった吉沢 建氏を立てて三つ巴の選挙戦となりました。
結果は國松氏が当選しています。

3期目を目指した國松県政でしたがまさかの「もったいない旋風」で嘉田由紀子氏が滋賀県知事に就任したのが2006年の7月の選挙でした。
その嘉田氏が2期で降板して来月より三日月県政2期目を賭けて選挙となるわけですが冒頭で申したように三日月知事と自民党の距離を接近させたのは嘉田県政の時に自民党が真っ向うから反発した「大戸川ダムー3府県知事見直し意見書」を再度見直す機運が出てきたことによります。
これは滋賀県知事の嘉田氏と大阪の橋下知事(当時)、京都府の山田知事(当時)の3者により国にダム建設の必要性がないとした意見書提出が送られ事実上、大戸川ダム建設が中止に追い込まれた事件です。
この意見書を真に主導したのは誰かという問題がありますが当時、パフォーマンス抜群で国民レベルの政治家だった橋下氏は単に琵琶湖の下流府県として琵琶湖総合開発の悪夢(あくまで大阪にとって)を払拭するためにダム建設に無関係の立場を取り、滋賀県の嘉田知事は理論上は県益確保のためにダムをつくる選択を取るべきでしたが彼女独特の「もったいない精神」が勝り、本当の黒幕は京都府の山田啓二知事となります。

山田知事のダム建設反対は筋金入りで周囲からは「あの人が辞めない限り大戸川と瀬田川は危ない」と囁かれていました。
もちろん同じ京都で下流の宇治川も危険な状態が続いておりましたが瀬田川洗堰が最後の防波堤として機能していましたから山田府政に文句は言っておりましたがそこは政治的妥協があったものと思われます。(これ以上は言えません)
その山田氏もこの2018年4月で西脇 隆俊氏に知事交代が行われ、西脇府政は瀬田川・宇治川問題に現実的対応を取ることが見込まれることから昨年末の滋賀県議会での知事答弁で大戸川ダムの三日月知事の踏み込んだ話が出て自民党との宥和ムードが醸成され今回の滋賀県知事選挙に繋がってきたのです。
やはり選挙はやらないといけませんね、民主主義では。






秀樹に感謝
5月に入り気だるい毎日が続き、すっかりブログを書く意欲も失いつつある昨今、スーパースターの訃報に接して一言申し上げたいと重い腰をあげました。
西城秀樹さんがお亡くなりになったことが今日発表されました。
昭和の子どもたちだった私のような者は西城さんの歌に何度元気づけられたことか。
思春期に「ヤングマン」を聴いて能天気な青少年として過ごせたあの日々を懐かしく思い返しました。
バーモントカレーのCM「ヒデキ感激!」という短いフレーズは流行語となりました。

63歳という比較的早いご逝去となってしまいましたが2度の脳梗塞に倒れながらも歌手としての矜持を忘れず、前向きにステージに立たれたお姿は子どもの頃の私たちの夢を体現してくださっていると変わらぬ応援エールを送っておりました。
「病気に感謝している」という前向き且つ明るいコメントもお人柄を偲ばせます。
西城さんについてまだまだ語りたいことは多いのですが国民的スターでもある方ですから1ファンとして心からご冥福をお祈りして締めくくりたいと思います。

ガンとファーストフード
あなたはファーストフードを食べますか?-こんな質問をされたら私の答えはSAY、YESです。
なにせ人口調味料とインスタント食品とファーストフード全盛の20世紀少年時代を過ごした年代層ですから。

昨夜、「池上彰と考えよう」というTVを見ていました。
池上さんは凄いと思います。
難しいことを簡単に説明されるからです。
これができるということはかなり事前に勉強して噛み砕いておかないと人に教えるのは無理だからです。
難しいことを難しくしゃべるのは簡単です。
時には簡単なことを難しくしゃべる人がいますがこれも才能です。

その池上さんの番組でハンバーガーチェーンのマクドナルドが日本に初めて上陸したのが1971年(昭和46年)7月20日の銀座と紹介されていました。
この報道に接した時、私は小学1年生でした。
ハンバーガーって何だろう?
マクドナルドってアメリカの匂いがプンプンするけど行ってみたいと心から思いました。
しかし、首都東京のど真ん中にやっと1号店ができたばかりですから滋賀の蝦夷地と呼ばれている高島郡にマクドがお目見えするのは参勤交代の行列を待つよりもしんどいことでした。(意味不明の比喩)

それでも私が小6の時にやっと隣の大津市の堅田にマクドナルドが出店したとの朗報が入りました。
その時、私が感じたのは堅田にしてやられた、これで高島は未来永劫、大津に頭が上がらないというわけのわからない地域ナショナリズムの高揚でした。
ですがそんなことも言っていられないので私は親にせがんでマクドに連れて行ってもらいました。
初めて口にしたハンバーガーはもう死んでもいいと思うぐらいに美味しかったのを今でも憶えています。
小学生でハンバーガーを食べてショック死するのはいかにも間抜けですがそれぐらい文明を感じたのです。

平成になってアメリカでもファーストフード批判が始まり、マクドナルド様が槍玉にあげられていました。
ハンバーガーを1か月食べ続けたら血糖値が上昇、体重が激増、その他あらゆる健康数値が悪化などと報じられていました。
そりゃそればかり食べたらそうなるに決まっているじゃろうが、程度の問題じゃと思っていました。
どこのどいつがハンバーガーばかり食べ続けるのか?
そいつは笹の葉を食べるパンダか?ユーカリ食べるコアラか?と呆れていました。
テレビでゼンマイやワラビなどの山菜を食べるとガンになる、発ガン性物質があると言っていました。
よくよく聞いてみれば1週間、軽トラ一杯の山菜を食べ続けたらガンが発症するリスクがあるということでした。
フェークニュースの典型です。
ガンになったと騒ぐより山菜をトラック山盛り食べるバカの方がテレビに出たら面白いと思います。

よくあの食事はガンを防ぐとかガンになるとか言いますが要は程度の問題だと思います。
確かにガンは今や日本人の死亡原因第1位で2人に1人はガンになり、3人に1人はガンで死亡するそうです。
そうともなれば私たちもガンに無神経でいられないのはわかります。
ですがガン細胞は1日5000個ばかり私たちの体の中で発生して免疫細胞がそれを攻撃して消しているにすぎません。
人間の体内は約60兆個ばかりの細胞で形成されていますが絶えず細胞分裂を繰り返しており、そのコピーミスがガン細胞と言われているものです。
いわばガンも自分から出たもの、私たちは上手にガンと生きることを考えた方が長生きができるようです。
食事も大切ですが健全な生活習慣の維持やストレスを上手に発散させることも大切となります。
健康に生活する上で大事なのは一点豪華主義で考えるのではなく、あくまで体のバランスにより食事・睡眠・運動・精神の調和を図る方がいいのではないでしょうか。




ゆで卵の思い出
大型連休はどこに行っても人の波、だからどこにも行かず家でゆっくりするに限ると毎年そのように過ごしています。
地元の祭りも昨日終わり、今日は晴天、妻は妹と信楽に遊びに行き、長女は東京から帰って来ず彼女の生活を満喫しているようで、長男はこの春から京都の学生寮に入り、次男は高校生最後の部活(サッカー)の試合というわけで私は1人で静かに家守です。
あ、猫が3匹いました。
彼ら、彼女らは私と一緒です。

テレビでは「大型連休も終盤です」と女性アナウンサーが言ってましたがやっと休みらしくなったのにもう終盤とは悲しいものです。
今日の私のような状況を昨年読んだ村上春樹氏の小説「騎士団長殺し」になぞらえてしまいます。
冒頭で妻に出て行かれた(見捨てられた)主人公(職業・画家)が友人の別荘に転がり込みますが深い谷間に囲まれた高台の1軒家で誰ひとりとして訪れない静謐な生活が始まるところから物語が進行していきます。
今朝はそんな状況です。

起床して特にお腹が減っておらず、さりとて何か軽く口にしたいのでコーヒーを淹れてからゆで卵をつくって食べました。
ゆで卵は便利です。
特に調理の手間がかからず、卵をゆでている間にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいればいいのですから。
ゆで卵を食べながら随分と昔のことを思い出しました。
それこそ50年ばかり昔のことです。
幼稚園児だった私は大津駅前にあるプロテスタント系の幼稚園に通っていました。
キリストの復活祭(イースター)になぜかゆで卵が園児に出されました。
お皿も何もなく、ただ手渡しされ、その場で食べるのですがなぜか卵の殻全面に塩がついていて私たちは器用にその塩を殻から掌に落としてから殻をむき、むいた卵を塩につけて食べるのです。
今考えてみると塩を卵の殻に引っ付けるのはどうしていたのかと思います。
別に卵の表面が濡れていたわけではなく、カラカラに乾いた塩の結晶がびっしりと付いていたのですから。
暇だと昔のそんな他愛のないことを思い出します。

どうでもいいのですが母方の祖母は京都に住んでいましたがゆで卵のことを(にぬき)と呼んでいました。
祖父は(うでたまご)と言っていました。
子どもながらにこの(うでたまご)の語感は大阪の下町の人がきつねうどんのことを(けつねうどん)と呼ぶのに似ていると感じていました。
それなりのこだわりがあったようですが今となっては確かめようもありません。
さてGWもそろそろUターンラッシュが始まったようです。
皆様、どうぞお気をつけてお戻りください。


ペナントの行方
今日あたりからゴールデンウイークに入ったようです。
大型連休ですから国内外問わず大勢の人々が出かけられると思いますがどうぞ交通安全には気をつけていただきたいものです。

(出かける)というキーワードから旅行というものを連想しますが私の旅行の思い出は遥か彼方の昭和にあります。
そう、表題の「ペナントの行方」を見て(ああ、野球の話か)と感じた方もいらっしゃると思いますが私が今朝、思い出したのは子どもの頃、観光地のお土産屋に売っていたあの細長い二等辺三角形の旗(ペナント)です。
こう言うと昭和世代の人は(そう言えばあったなそんなのが)と思い出す方もおられるのではないかと。

私が初めてお土産のペナントを買ったのが小学校の修学旅行で伊勢志摩に行った時でした。
地元のお土産屋で何か(自分への)お土産らしいものを買わねばならないと探したら(伊勢志摩)と金文字で刺繍されたペナントが目につき買ったのが最初でした。
二見浦の夫婦岩が書きだされた1枚(1旗?)でした。
家に戻って自分の部屋の壁に画びょうで止めたら何か室内がピシッと引き締まったような感覚でした。
妹が見て、「お兄ちゃん、かっこいいやん」と言ってくれたので嬉しくなって(よし、これからペナント集めを我が趣味としよう)と思いました。
もう値段は憶えていませんが当時で1枚1000円はいってなかったと思います。
おそらく500円前後ぐらいかちよっと高級なので800円までだったかと。

ちなみに調べてみるとペナントというのはぺノンとペンダントの合成語だそうです。
ぺノンは下級ナイトが槍につけていた長三角の旗、ペンダントは軍艦に掲げられた三角旗よりきているようです。
野球のペナントレースは優勝旗がこの形をしていることから現在も日米ではそう呼ばれています。

その後の私は宿泊であろうと日帰りであろうとともかく観光地のお土産屋さんに行くとせっせとペナントを求めて自分の部屋に貼りました。
高校生になった時、ふと我に返って自分の部屋をまじまじと眺めればすでに壁四方一面どころか天井にまでペナントが貼りつくされ目が眩みました。
(これはアホの部屋だな)と思いました。
そこから私の学業急降下が始まり、大学受験に失敗して浪人生活となりました。
それは(ペナントの呪い)とも呼ばれる石田家に今も伝わる伝説です。
浪人の春に一念発起してペナントをすべて外すと頭がすっきりして翌春には何とか進学できました。
これは世に(ペナント呪縛からの解放)と呼ばれています。

ペナントは1950年代から1980年代にかけて全国観光地で盛んに販売されました。
まだカメラが庶民には高級品で旅の思い出として人気を集めたお土産だったようです。
ペナントと聞いて懐かしいと思われた紳士・淑女のみなさん、もうけっこうなお歳ですよ。


役人の「忖度」し過ぎは議員を悪くする
国会が荒れています。
森友や加計の件より派生しているようです。
官公庁内でセクハラ疑惑もあったようです。
野党の女性国会議員が「ME TOO」のプラカードを掲げて財務省に押しかけ麻生大臣の辞任を要求していました。
はっきり申してあんな程度の低い野党国会議員を選んだのは国民です。
国費の無駄です。
趣旨、目的ともにズレまくっています。

もう10年ほど前になりますが私が地方議員現職の時にこのブログで書くことがなかったのでその日、大津市にある県管理の宿泊施設で行われた自民党県連の会合に出向いた際、地下駐車場で私自身の雑な運転の結果、車を壁にこすってしまったということを書き込み更新しました。
翌日、県庁内の会派の部屋にいた私は女性職員より県職員の方が面会にきていると告げられました。
何だろうと応接室に出て行くと二人の男性が立っていました。
深々と頭を下げて「石田先生、施設課の者です、何か〇〇〇でお車を擦られたとか・・誠に申し訳ございません、お怪我などはございませんでしたか」と言われるではありませんか。
私は驚いて「いえいえ、それは私が乱暴な運転をしてしまったからです、ご心配にはおよびません」と恐縮しました。
すると二人の県職員の方が「ありがとうございます、施設には厳重に申しておきます、それでは失礼します」とほっとした表情で退出されました。
おそらく私のブログを見て飛んで来られたのだと推測はできました。

国、地方ともに議員に対して役人は相当の神経を使います。
一時期流行った「忖度」という言葉もあるいは生きている世界です。
それでも過剰な忖度は言いにくいのですが議員を増長させる元となりかねません。
人間的にできている上で政界に入ってきている人はまだいいのですが未熟だと自分がなんだか偉くなったような気分になる人もいるにはいます。
そんな人が秘書に向かって「このハゲェー!」などと叫んだりします。
人間は謙虚に生きるのが一番です。




日本人と海苔
今日は日曜日、起床して天気が良いのでお布団を干してから朝食を食べましたが軽くごはんと海苔とお味噌汁。
素朴です。
ごはんを海苔に巻きながらふと考えたのは先日、テレビでやっていた「海苔を消化できるのは日本人だけだった」という番組。
日本への海外からの旅行者は年々増えてきていますが外国人にお土産屋で袋入りの海苔を見せてもこれは何だという反応を番組では紹介していました。
でも不思議なのは世界的に日本食が人気・認知されているのにあの寿司などのカリフォルニア巻きとか海苔を使う場面も多くあるのに消化できないものを出していいのかという疑問がわきました。

調べてみると海苔は紅藻・緑藻・シアノバクテリア(藍藻)などを含む藻類の総称だそうです。
その海苔を溶かす(消化する)ことができるのが海洋性バクテリアであるソベリア・ガラケタニボラという一種の酵素成分。
それが日本人の腸内に住みついているので海苔を食べても消化できるとのことです。
外国人は食べてもそのまま未消化で出てくるようです。

そこで再び素朴な疑問が生じました。
「でも韓国海苔とか、韓国にも海苔製品はあるし、中国でも海岸部、イギリス・ウエールズ地方でも食べているそうだ」と。
それで調べてみるとそれらは焼き海苔であって日本古来からの板海苔ではないとのことです。
焼き海苔なら消化酵素のない外国人でも消化すると聞いて少し納得しました。
日本人が海苔を食べ始めたのが遡ること8世紀、それまでワカメなど海藻類を多く摂取していたので自然と分解酵素が腸内に住み着きだしたとあります。
韓国人が海苔に接したのが日韓併合の1910年以降でまだ100年ちょっとのことですから生物学的・遺伝工学的には板海苔(生海苔)にはまだ適合できていないのかとこれも納得。
それにしても日本人すべての人に海苔を消化する微生物がすんでいるなんて考えてみればすごいことではないかと思ってしまいます。
遺伝子的に記憶、生物的に共有するというのは文化人類学を越えています。
おむすびに海苔を巻いて食べる時にちょっと考えていただきたいテーマです。


韓国の憂鬱
こんにちは、猫と政治とラーメンが好きな石田祐介です。
政治と言っても地方政治に関わってきた私がブログでは国政の事項を良く書き込む理由は自分でもわかっています。
「国政なら差しさわりがない」・・これがすべてです。
少し物事が大きいのでぼやけてしまうのがいいところです。
私の地元の市政やもしかしたら県政でも書いてしまうと身近過ぎてブーメランのように跳ね返ってくるのでネタがあっても書けません。
すぐに名誉棄損訴訟を起こしたがるおっちゃんとかが相手になりますから。

というわけで新聞記事などを読んでいると最近、韓国に対する日本国内の記事が減っているのに気がつきます。
あるのはバッドニュースぐらいでしょうか。
近頃では現在政権である文大統領の前の朴槿恵前大統領に懲役28年が確定したというニュースが流れました。
実刑判決ですから彼女の歳を考えると死ぬまで刑務所に収監されるということになり事実上の無期懲役判決です。
その前の李明博元大統領にも収賄容疑で裁判が行われていましたが有罪が確定しました。
歴代大統領が次から次へと逮捕・自殺していく韓国の政治ははっきり言って病んでいます。

病んでいるのは残念なことに政治だけではなく社会そのものかもしれません。
韓国の失業率はこの春にも過去最高を記録しました。
WHOが毎年出している各国別10万人当たりの自殺率統計では2004年からぶっちぎりで今年も含めて14年連続で首位をキープです。
日本の自殺者のように病苦などの理由ではなく経済的貧困が主な理由となっています。
社会的に格差が広がり、若者は幼年から受験戦争を強いられるか、人生の早い段階からドロップアウトを余儀なくされている超格差社会が進行中ではなく固定化しています。
以前報道され少し面白かったのですが大韓航空の社長の娘(当時副社長)がフライト前に出されたスナックの豆菓子が美味しくないと言って離陸直前に機長に命令して滑走路からピットに引き返させた事件、いわゆるナッツ・リターンはさすがに韓国大衆の怒りをかい、裁判となり公道で土下座をしていましたものの、今月はその妹(専務)が会議中にコップの水を部下にぶちまけて話題になりました。
批判をあびているうちによく調べれば空港での免税措置も取らずに長期にわたって持ち出し等の脱税疑惑で起訴されました。
立場を悪用したセコイ事例ながら韓国では財閥系経営者一族と一般大衆がれっきとした身分制度の中で生きている証左でもあります。

日本の外務省がwebサイトで表記している対外表現で韓国については今まで最大限の配慮と敬意をもって「我が国に対して最も重要な隣国」と流していましたが文言が削除され、「両国は困難に直面しているが最も需要なのは未来志向で各分野において協力を推進すること」とあっさりした内容に変更となっています。
ぶちあければ「日本と韓国の仲はうまくいっていないが過去の歴史とかを韓国がうだうだいつまでも言っていないで未来を大切にして国交を構築したら協力関係も築けるんじゃない」という突き放しです。
おそらく2015年に日韓で調印した「慰安婦合意」を文在寅政権がちゃぶ台返ししたことについての静かな怒りです。
今の韓国外交には品格がありません。
そのわけは韓国政府が胸に手をあてて考えるべきです。






軽いブログ
私はなぜブログを更新するのかと自問自答する時もあります。
もうかれこれ14年ばかり細々と綴っています。
当初は世間様に自分の意見なりを知っていただきたいという気持ちからでした。
今はもう枯れてそんな思いはありません。
惰性で書いているのか、PC上に自分の活動記録として日記として留めているのか、そんなところです。
最近思っているのは長く書いているとたまに読み返してみて「ああ、この時の私はこんなことを考えていたのか」とその時の自身の精神状態を定点観測するために残しておこうとしている観もあります。

そのようなことで本日はちょっと飛んだ内容を書きますからおふざけが嫌いな方はここで目を通されるのを中断された方がいいとお勧めいたします。
日曜日、ゆっくりと起床した私はまず起き抜けのコーヒーを一杯飲み、いつものようにつまらない妄想に入りました。
休日まで浮世のことをあれやこれやと考えるのはストレスがたまるのでどうでもいいことから発想を広げるのが常となっています。

まず庭の葉桜を眺めて思ったのは(今年の桜の花も散ってしまった、昨年も眺めてそう思っていたが誠に1年など過ぎるのが早いものよのう)という率直な感想。
1日がひと月が、1年が早く過ぎると感じておられる中高年の同士の皆さん、この感覚はたぶん共有できるのではないでしょうか。
私なんかついこの前に平成元年だ、平成の世だと思っていたのにもう今年は30年・・30年なんかすぐに経ってしまったな、来年の今頃は平成も終わるのかという感覚です。
歳を取れば時間の流れが速くなると申しますか、例えば小学生の頃の夏休み・・あの永遠に続きそうな暑い夏はどこにいったのかと失われた時を求めてしまいます。

さて前フリは以上です。
日曜日の朝に時間の経過の短さに考えを巡らしていた時に高校時代に世界史の教科書に(世界4大文明)の記述があってメソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明などそれぞれが記載されていたのを思い出しました。
高校の教師などは「このあたりはほとんどに入試に出ることはないからな」とか言っていましたがなら教えるなよと内心思っていました。
例えばエジプト文明・・なぜか日本人には人気があるようで時々テレビなどではスフィンクスだ、ファラオだ、王家の谷だとやっています。
文明の発生は紀元前(BC)5000年・・高校生の時の私は「うわぁ紀元前か、ビフォワクライストか、5000年前の文明など遥か彼方の悠久の歴史じゃないか」と恐れおののいていたのです。
でもおっさんになった現在では先ほどの桜の話ですが1年なんか瞬く間でそれがたった5000回繰り返されたに過ぎないごく最近の出来事としか捉えられなくなっています。
私の感性が鈍っているのか、時間軸が歪んでいるのかはわかりません。
昔のことを調査して考える学問を(考古学)と言うようですが生意気を言いますががまだ4大文明ぐらいでは古くないと思ったりもします。
ちなみに余談ですがこの(4大文明)という考察は世界でも中国・韓国・日本ぐらいしか流布されておらずワールドクラスの見解では当時地球上では20もの文明が認められていたのでことさら4大と有難がるものではないのが定説らしいです。

では私的にどれぐらいが想像を絶する昔の話となるのかと考えれば、それは人類の歩みぐらいでしょうか。
これは未だに統一見解が出揃っていない未知の領域です。
もう何万年、何十万年前の人類の進化の歴史であり当然、文字がない時代ですから考証は読み取りではなく発掘・精査・比較と手間暇がかかります。
現在の人類は(ホモ・サピエンス)と呼ばれているのは割に知られています。
でも人類の進化の歴史には多くの解明されていない謎があり、猿人から直立歩行が始まり、(ホモ・ハビリス)などの原人が地上を跋扈して次々と進化を遂げ、ホモ・サピエンスの前の(ホモ・ネアンデルターレンシス)が滅びとそれこそ4大文明の比ではなく人類の文明・文化は幾多も何度も勃興と消滅を繰り返しているのが容易に想像できます。

最近の学説の中では人類の歴史は(進化)ではなく、突然変異か、現れた(新人類)がそれまで地上を謳歌していた(旧人類)を駆逐してきたとも言っています。
つまり私たちホモ・サピエンスは以前のネアンデルター人を絶滅に追い込んだという考え方。
これはちよっとぞっとする学説ですね。
私が中学生の時に一世を風靡したアニメ「機動戦士ガンダム」ではニュータイプという人種が出てきて活躍していましたが能力に差がありすぎて怖いですね。
最近では将棋の藤井総太6段(もうすぐ7段)が新人類ではないかと私は疑っています。
エンゼルスの大谷翔平選手なども。
ですが、藤井棋士の登場と重なるように棋界を引退されたヒフミンこと加藤一二三氏も若かりし頃、彗星のようにデビューしてそれまでの最年少昇段記録を次々と塗り替え、天才の名を欲しいままにされたとのことです。
本来ならこの加藤高位こそニュータイプなのですが最近、テレビなどバラエティー番組で弾ける加藤氏を見るにつけとてもそうは思えなくなってきました。
もしかしたら「能ある新人類は爪を隠す」という格言なのかもしれません。

ここまで我強く読んでこられた方へ・・どうでしょう、つまらなかったでしょう。
まるで居酒屋でうだうだ言っている内容そのものです、自分でもわかっています。
軽いブログです、風のように。




元政治家として訃報に接して
議員時代からの癖と言うか習慣で毎朝、新聞のお悔やみ記事(訃報爛)を見ています。
お誕生の記事もありますがそちらはざっと目を走らせるぐらいの素通りです。
かって田中角栄元首相は派閥の若手政治家に「お祝い事は後回しでいい、ご不幸があったら真っ先に駆けつけろ」と人情と義理を教えています。

今朝の訃報爛を見て仰天したのは同じ町内に住む方のお亡くなりの記事。
この方は私が初めて選挙に立候補した時に熱烈に応援して頂いた人物でした。
企業にお勤めで特に公職に就かれていたことはありませんが区長などをされ温厚で地域の仕事はテキパキとされていたので信用があった方です。

私の最初の選挙は一番の地元が割れて私自身も大変なストレスに苛まれながら戦ったものでした。
私の他にもう一人有力な方が立候補を表明しており互いに引くに引けなくなり地盤が割れてしまったのです。
尤も街の市議会議員の大半、元行政の主要な立場の方たちなど政治的オピニオンリーダーと言える人たちがもう一人の候補者の応援に回り、私は大変苦しい立場に置かれました。
いろんな人が入れ替わり立ち代わりと私のところに来ては選挙から身を引くように説得をするのです。
地域を割らない為にも降りるべきなのかと真剣に悩みました。
しかし、その頃の私には燃えるような政治への情熱が滾り、政治を通して世の為人の為に働きたいという思いがどうしても拭い去れないところまで高まっていました。
街の政治的に主要な方々からいかに批難されようとも自分の気持ちに正直になり、ここで降りれば一生後悔するとともすれば折れかける心に鞭を打って立ち向かう事を決心いたしました。

そんな時に孤立無援の状態の私を支持して頂いた方のおひとりが今朝の訃報にということです。
もちろん友人・同級生・これまでご縁をいただいた多くの方々も応援してくださり約10か月間の苦しい後援会活動と選挙戦に勝利させていただくことができました。
私を応援して頂いた方々は普段はあまり政治の表に出てこられない市井の人たちでその時の選挙体制はまさに草の根選挙の典型だったと思います。

現在は政治の現職でない私もその時に受けたご恩は自身の一生をかけてもお返ししていかねばならないものと思っています。
また人に対してだけではなく、地域についても何か災害が、大きな課題があれば出て行って矢面に立つ気持ちは今も忘れていません。
それが一度でも選挙に出た者の節度だと思っています。
思えば選挙に出るという事は多くの方々にお世話にならねばならず、また立候補するということは公的にも責任が発生することでもありますからまことに大それたことだと考えてみれば身震いするような行為だと思ってしまいます。
それでもルビコン川を渡ってしまった私はこれからも政治的な課題から評論ではなく行動で地域社会にお返しをしなければならない、それが頂いたご支援に対する義理と人情ではないかと考えます。
政治家になるということは業の深いことです。
表現的にお許しをいただくと「行くも地獄、戻るも地獄」の世界です。
お昼から告別式に伺います。







やりきれない気持ち
この春から長男が京都の学校の寮に入り、我が家は妻と次男を含めて3人となりました。
長女は東京の学校に在籍中で5人で暮らしていた時のことを思い出すとまた淋しい気分です。
長男は昨年の春、地元(高島市)の高校を卒業しましたが1年間宅浪の19歳です。

そんな桜の花が散った後の12日の朝、新聞記者から電話がかかってきました。
何だろうとお話を聞くと昨日発生した彦根市での警察官による同僚警官への発砲・殺傷事件のことでした。
どうも長男の高校の同窓生が起こした事件だったようです。
私は当時のPTA会長としてコメントらしきものを求められたと思います。
前代未聞の事件なので世間の耳目を集めそうですが自分の息子のような若い世代が希望に胸を膨らませて警察官になったというのに何が起こったのかと考えるとやりきれない気持ちです。

候補者はピッチャー
今、滋賀県下では近江八幡市が市長選挙に入っています。
現職と新人の激突です。
この選挙の戦局分析は書きませんが私は選挙の度に選挙に立候補する人(候補者)は野球で例えると党首じゃなく投手(ピッチャー)のようなものと思っています。
保守じゃなく捕手(キャツチャー)は選対本部長や後援会長となります。

選挙戦を自分で投げ切るのはとてもエネルギーがいるものです。
多くの候補者はキャッチャーのサイン通りに選挙中は戦います。
何処を周って、何をして、夜はどこに立つとか、個人演説会は何をしゃべるとかは選挙対策本部(選対)の指示で動きます。
私も自分の選挙はこのパターンで選対任せでした。
その方が楽だからです。

ですがたまにキャッチヤーのサインに首を振り自分の好きな球を投げ込む候補者もいます。
またはキャッチャーにサインなど出させずに鼻から無視して投げる人も。
球史で言えば(金田天皇)と呼ばれたカネやんこと金田正一氏や(優勝請負人)の異名を持った江夏 豊氏などはそのタイプでした。
彼らは格下の捕手など球を投げ込むミットに過ぎないと割り切っていた向きがあります。

もちろんこれをやれば選対も面白くないので軋轢が生じて集票に影響がでることは容易に想像できます。
それでも勝ってしまう剛腕の人が出るのは選挙と野球の面白いところです。



日曜日は休もう
今年の桜の開花は例年より早く、我が家の桜も散ってしまいました。
今日は日曜日、天気もそこそこいいです。
本来ならお花見でどこかに出かけたい気分ですがそこは悲しいかな加齢で体が動きません。
生き物として休養を欲しているようです。
日曜日は休みたいと。
聖書の天地創造によれば神さえも6日働いたら日曜日の1日は休んだとあります。
私もクリスチャンではありませんが安息日は欲しいです。

今、国会では「働き方改革」についての議論が進行しています。
森友・加計と馬鹿らしいことばかりやっていないで国会議員はこんな庶民が関心ある問題を掘り下げていってもらいたいものです。
これからの日本は世界の他の国々と違って少子・高齢化+人口激減+働き手不足社会にますます陥っていきます。
働き方を考えるということは実は少子化対策であり、景気対策であり、年金・医療制度の維持など私たち国民生活に直結している問題です。

政府は(1億総活躍社会)の実現を打ち出しました。
1億というのはもちろん日本国の総人口を指していますが人口問題研究所の試算によれば87年後の2105年には日本の総人口は4500万人となっているそうです。
室町時代に逆戻りです。
ちなみに中国は25億人、人口増加のビックバンです。
単純に考えても相当ヤバイと思えます。
中国の人口ビックバンの後はブラックホールと化した中華圏に日本がチベット、ウイグルのように飲み込まれる可能性はあります。
そうならないためにも働き方を考えましょうというのが本日のテーマです。

先の研究所によれば平成7年(1995年)には労働人口(15~64歳)も第二次ベビーブームによる団塊ジュニアの構成により8000万人とピークに達していたの対して今後は従来の働き手が減少していき2060年にはピーク時の半分、4418万人程度となるとの見通しが発表されています。
そうなるのであれば考えなくてはならないのは高齢者(65歳以上)の働く場所の提供・確保です。

日本の労働問題を包括的に勘案したのが今回の「働き方改革」でしょうが3っの柱からなっています。
①時間外労働の改正
②非正規雇用者と正社員の格差是正
③高齢者の労働促進 です。

①は過労死問題などで世間的には早急に取り組むべきものと考えられていますが従来は1か月45時間以内の残業、年間360時間程度と労使協定いわゆる「36協定」を結べば認められていたものが実のところ特別条項を加えれば「制限なし」までいけるということを改正するものです。
リミッターが完全に振り切った感じとなります。
具体的には改正案によると1か月100時間以内の残業、2~6か月の平均80時間は認めるというものですが従来の「みなし残業」の職種拡大については厚労省がおバカなデーターを提示して国会で野党の追及に遭い、頓挫しています。
冗談で「死ぬまで働け」という言葉をよく聞きますがこれも社会的に冗談ではなくなってきたのが実情ではないでしょうか。
まだ若いのに朝、布団から出てこないから見に行けば冷たくなっていた、ノイローゼで退職したなど新聞紙上を賑わしてしまう事件としてこれも社会問題です。

②は非正規雇用の方々は社会的に保障が薄く、時給換算賃金で考えれば正社員より6割程度に留まっている実情を是正しようというものです。
欧米では8割ぐらいの格差ですからせめてそこまで持っていこうするものです。
安部内閣では最低賃金時給1000円、「同一労働・同一賃金」をスローガンにしています。
何か中国の「一帯一路」みたいで少しカッコいいです。

③は高齢者の方、この場合は65歳以上の就労を促していこうとするものです。
現状ではこのクラスの方々が実際に仕事を持たれているのは2割程度に留まっていますが先ほど述べた年金問題とも関わっており、日本社会的にも経験と知識を併せ持つこの層の戦力化が労働人口減少傾向から望ましいとなっています。

まあ、愚にもつかないことを毎度書いていますが個人的にはみなさん、考えることは一緒で年を取ったら楽したいと思っていらっしゃるのではないかと。(私は思っています)
だから若いうちから頑張っているのに年を取っても働けとは何事かと反発もありそうです。
ただ、私の周りの高齢者の方々を見渡しても(仕事)を持っている人の方がそうでない人よりも健康で溌剌としているように見えますし、実際に長生きをされます。(認知症リスクもかなり少なくなるようです)
若い時分のようにバリバリとは無理にしても自分に合わせてゆっくりと好きなことを、つまりは質の問題です。




アメリカはなぜ銃を捨てられないのか
アメリカは銃社会と言われています。
武器が社会と結びついているのはアメリカならではです。
日本が刀社会と言われているか、イランが半月刀社会と言われているか、中国が戟社会と言われているか、オーストラリアがブーメラン社会と言われているか、否です。
なぜアメリカは銃を捨てられないのでしょうか。

アメリカ人に言わせると銃の所持は自分を守る為の権利だと言います。
何か説得力に欠けていますね。
例えば今の日本でもみんなが日本刀を下げて歩いているとして何かかっと頭に血が上ったら「切り捨てごめん」と切りかかる、その正当防衛手段としてこちらも日本刀を持ち歩きましょうは理屈としておかしいと思うのが日本人です。
普通の発想としては平和な社会を守る為には「武器よさらば」のはずなのに何で「権利」になるのか、アメリカ人にとことん聞いてみたいものです。
日本では打ち続く戦乱の世を収める為に豊臣秀吉の「刀狩」、長く続いた武家社会から大衆社会への変貌を目指して明治期の「廃刀令」、現在でも「銃刀法」で持って厳しく制約されています。
武器の所持は危ないから社会に出回らないようコントロールしようという日本と武器は怖いから武器を持って身を守ろうというアメリカでは考え方が真逆です。

日本にいても太平洋の向こうからたびたびと銃による乱射事件発生を耳にします。
毎年数回は必ずです。
最近でも・・
2016年6月12日 フロリダ州オーランド ナイトクラブ(ゲイバー) 死者50人 犯人オマール・マティーン(29) 警官により射殺
2017年10月1日 ラスベガス 死者59人 犯人スティーブン・パドック(64) 自殺
2018年2月14日 フロリダ州ストーン・ダグラス校 死者17人 犯人ニコラス・クルーズ(19) 逮捕
氷山の一角に過ぎません。

統計によると・・(銃乱射事件は全米で)
2014年275件、2015年333件、2016年385件、2017年346件
(銃による死者)
2014年12554人、2015年13485人、2016年15055人、2017年15590人

どうでしょうか、銃による死者が毎年1000人オーダーで増えてきているのがお判りでしょう。
一日平均40人以上が銃で撃たれて死んでいる社会・・日本ならとっくに大問題になっていませんか。
これに対して政治筋では全米ライフル協会が超強力ロビー団体として共和党や民主党に多額の政治資金を提供しているから政治家たちがこの問題に取り組めないというマスコミ報道を耳にしました。
程度の問題でしょう。
日本で猟友会が同じことをやったら世論から袋叩きになります。

ちなみに統計では発砲事件が多いのはカリフォルニア州、場所は学校・レストラン・教会・スタジアム・公園、犯人は男性で20代から50代ぐらいだそうです。(もうどうでもいいですけど)

トランプ大統領もこの問題について銃所持規制ではなく、奇策として学校の教室に銃を置いて教師の管理に任せるという案を出しましたがさすがに意見は割れたようです。
学び舎で静かに勉強しているのに教師が黒光りの銃をちらつかせる・・ブラックジョークかと思ってしまいます。
映画の「バトルロワイヤル」か漫画「暗殺教室」の世界観です。

ここで私見ですが私はアメリカが銃を手放せないのは身を守る権利だとかの御託ではなく一種の「強迫観念」に侵されていると思っています。
「撃たれるから撃つ」ではなく、「撃ったから撃たれるのを恐れる」の心理です。
アメリカの建国の過程はまさに侵略と収奪の歴史でした。
フロンティアスピリッツ(開拓精神)などと美化していますが先住民からの剥奪欲望に忠実だったに過ぎません。
アメリカ本土部はインディアン(これはネイティブアメリカンと最近では言います)を駆逐して土地を奪い、メキシコへ、カナダへ、アラスカへ、ハワイへ、フィリピンへとたった200年の間に銃を撃ちまくってつくった人工国家です。
報復を恐れる心理から武器を手放せないと論じてしまえば身も蓋もないのかもしれませんが私は案外とこんなところだと思っています。




滋賀県で何が起こっているのか
今朝読んだニュースで滋賀県の市長会(会長・冨士谷英正近江八幡市長)が今月18日に予定されていた県首長会議の休止を滋賀県に申し入れたとありました。
当然ながら県下13市の市長と三日月滋賀県知事との意見交換会を市側が蹴ってきたという構図と理解できます。
理由は「議論がかみ合わないから」だそうです。

戦前と違って今は県と市町はイコールパートナーであるべきです。
どちらが上位とかそんな問題ではありません。
県知事と市長会の面々(つまり市長)がこんなにギクシャクしていたなんて私も3年ほど県政を離れているのでえ!っていう感じでした。

思い返せば嘉田県政の時はこんな感じで知事と市長会の間が冷戦状態になりました。
まるで古の応仁の乱のようにいつ果てるかもしれない抗争が続いたものです。
嘉田さんが発動した(財政再建プログラム)は特に評判が悪く、滋賀県は県のみの財政規律の立て直しを図り、市町との連携は二の次にしていると批判轟々でした。
色々な事業が財政難のためという理由で事実上中止されていきました。
高島市の人はピンとしないかもしれませんが安曇川中学と安曇川高校の中高一貫校設立もこの時に見直されています。(つまり中止)

嘉田県政の8年は政局も混乱に次ぐ混乱で衆参議員選挙、県議会議員選挙、各市長選挙、もちろん知事選挙も荒れに荒れました。
政治は血を流さない戦争だといわれながらも仁義なき抗争は延々と吹き荒れました。

今は滋賀県政は落ち着いていると認識していました。
まず、今夏予定されている滋賀県知事選挙において現職の三日月知事に自民・公明はすでに支持を表明、対抗馬の出馬を見合わせる決定を下しています。
民進(めんどうなので立憲も含めて)はもちろん支持を打ち出し、連合は推薦を出すことでしょう。
見る影もない対話は追随しか道も無く、あるとすれば京都のみ力を持っているあの党が向かってくるぐらいかなと思います。

いづれにしても県と市町は十分に話し合うべきでしょう。
この4月からは国民健康保険も財政運営が市町から県に移管されました。
とは言うものの県が分担金を市町に振り分け、保険料率を提示して、保険料の決定や徴収は市町が行うこととなります。
このテーマだけでも議題として首長会議で再確認しておく必要があるのに会議を休止していては話になりません。
あの暗黒の8年間に逆戻りはやめてもらいたいものです。
今週末にある市長さんと一杯やる約束があるのでその時に真意を聞いてみるつもりです。






最後の花見
今夜はおぼろ月夜です。
煙ったような月光の下に我が家の庭の桜の花が今年も咲きました。
東山魁夷の1枚の絵を思いだします。
この桜は今の家を新築した時に母が植えたものですが水が良かったのか大木に育ちました。
ですが築40年の家と一緒でもはや老木です。

今日のお昼にご近所でお付き合いをしている方のご母堂がお亡くなりになり告別式に参列させていただきました。
喪主はご長男であるその方がお勤めでしたが式の終わりの喪主挨拶で『母は桜が好きで毎年この頃になると私が車を運転して助手席に乗せ、二人で花見に行きました。ここ数年前から「今年の花見が最後ね」と言うようになりましたが戦後苦労して私たちを育ててくれた母も晩年は好きなことができて幸せだったと思います。これから斎場に向かいますが琵琶湖沿いの桜並木の下を通ってほしいとお願いしました。母と最期の花見を楽しみます』と言われました。
なぜかホロリとしました。
桜の花の季節はなぜか出会いと別れを私たち日本人に想像させます。

市井の権力

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国民が政治を忖度すべきではないでしょうか
またしても国会が空転しています。
TVのワイドショーでは森友学園問題で首相夫人の関与があったとされる公文書が書き換えられたとか、それにより前国税長官を証人喚問するとか、それにより安倍内閣の支持率が急降下しているとか、何とも馬鹿馬鹿しい限りです。
今、政治課題は山積していて国会で慎重審議しなければならないことは山積みなのにマスコミに踊らされている場合ではないでしょう。
景気対策、国民の社会保障の安定対策、少子高齢化問題、米中に振り回される国際社会への外交など取り組まねばならないことは数多くあります。
安部内閣の悲願である憲法改正議論でも私は積極的に加速度的に進めればいいと思っています。
戦後73年にしてようやく日本もまともな議論が冷静にできるようになってきました。

憲法解釈上は戦力を保持しないと明記され継子扱いされてきた自衛隊の立場をしっかり明記するのがなぜおかしいのでしょうか。
参院選挙や衆院選挙で1票の格差の是正が違憲状態だと言われ、県民感情を無視して合区された鳥取・島根・高知・徳島県民はどう思っているのでしょう。
地方軽視としか思えません。
それならば憲法自体を改正するのが当然でしょう。
法の精神は人の心に寄り添うべきです。
これらの議論を進める方が籠池とかいうアホのおっさんにつきあうより大切であることを国民から「忖度」すべきです。



7時間後にセットしろ
今日はいつものブログ更新とはちょっと毛色を変えて知人から聞いた少し不思議な話を披露したいと思います。

日本一広い湖を擁するS県の西の街・T市にT・Iさんという81歳になる男性が住んでいました。
奥さんを3年前に亡くし、2人の子ども、長男と長女がいましたが長男夫婦と住んでいて長女は東京に嫁いでいました。
ある正月、T・Iさんは長男夫婦と里帰りした長女に「馬鹿らしと思うかもしれないが私が死んだらすぐにこの目覚まし時計を7時間後にセットして枕元に置いてくれ、6時間でも8時間でもないよ、きっかり7時間後だよ、頼んだよ」と言いました。
その時はみんなは変な事を言うなと思ったそうですが特に心にも留めなかったようです。

それから3年経ったこれもお正月にT・Iさんは体調の不良を訴えて入院していましたが症状が急変してお亡くなりになりました。
息を引きとったのが午後5時ちょうど。
亡骸は葬儀業者の車で家に戻って来ましたが父親の看護の為にT市に戻っていた長女はあの時の正月の父の言葉を思い出して目覚ましを亡くなった午後5時の7時間後、真夜中0時にセットしました。

真夜中に時計が鳴りましたがT・Iさんがむっくり布団から起きて「戻ってきた」とつぶやきました。
これには長年夫婦と長女も驚いたそうです。

その後、何事もなかったように2年が過ぎましたが今度はT・Iさんは突如倒れて救急車で病院に搬送されたものの心肺停止の状態で死亡が確認されたそうです。
急を聞いて東京から駆け戻った長女は長男夫婦に「目覚ましはセットしたの?」と問い詰めたものの2人は無表情で下を向いていたそうです。
それにしてもなぜ7時間後なのかはわかりません。
西洋では(ラッキーセブン)と言われ幸運の番号と捉えていますが仏教圏では7は初七日、7と7を掛けたら49日と必ずしも𠮷数とは認識されていません。
その目覚まし時計は長女が東京に持って帰ったそうです。


差別と表現
「差別」はいけないとは今や21世紀に生きる人類の共通認識でしょう。
封建制度の時代と違って民衆主義全盛の社会構築が行われているこの時代に身分や身体的精神的な差別がなされることには強い指弾がおこなわれるのは当然のことです。

ですが私にはどうしてもぬぐえない疑問もあり、万民が平等の権利を有しているのは当たり前として「差別」自体を表現するのにどうして規制がかかったり問題視されるシーンが出てくるのかということに納得しかねないこともあります。
「臭いものにはフタ」という発想に疑問と「表現の自由」を奪うことへの言論の権利意識があるからです。

(カムイ伝)という漫画があります。
1964年から1971年にかけて月刊漫画ガロに掲載された白土三平氏の畢竟のライフワークです。
江戸幕府初期の頃の架空の藩を舞台としてもはや時代劇とは言えない深遠なテーマ(身分制度と差別)についてが描かれています。
あまりのテーマに当時は「ビジュアルは映画を凌ぎ、ストーリーは小説を越えた」と評価されました。
3人の若者を中心として物語が進行します。
〇カムイ(非人)-身分最下層とされる非人部落の村で生まれる、同じ集落の人々が気力を奪われ虐げられている現状に憤り立ち上がる忍者。
〇正助(農民)-カムイの姉ナナ(非人)を妻とした水飲み百姓。賢くて勤勉で慈悲深い性格から人望がある。後に本百姓となり農業の発展に才覚をあらわす。
〇竜之進(武士)-日置藩(架空)次席家老の嫡子だったが父が陰謀に巻き込まれ、お家断絶。非人となり浪々の身と成り果てる才色兼備ながら勇気を忘れない剣士。

最近はこの(非人)とか(部落)という言葉自体を使用すれば下手をすると炎上いたします。
(非人)という言葉に関してはパソコン上で打ち込んでもワード転換できない状況です。
ちなみに私が小学生だった昭和40年代は集落・自治会のことを(部落)と呼んでいました。
放課後、一緒に帰る友だちとミーティングすることを(部落会議)と言っていましたが母が学校でこれを聞いて「何?」と訝しんでいたのを覚えています。
当時は(部落問題)や(部落解放)といった社会問題が一挙に噴出していた頃でもありました。

戻りますが(カムイ伝)は後の忍者もの漫画とその風刺性で一線を画すものでした。
(忍者ハットリくん)のユーモア路線、(忍たま乱太郎)のコメディー路線、(NARUTO-ナルト)や(忍者戦隊カクレンジャー)などのアクション路線とは別物です。
もちろんそれらはそれらで面白いのですが。

(カムイ伝)は身分差別とともに身体的差別とも闘っています。
漫画の中では登場人物が現在で言う差別用語を乱発させます。
めくら・つんぼ・いざり・かたわ・・など。
例えば「これは・・めくらのくせに見えているのか!」というセリフ。
このような(表現)が平成になってからうるさく指摘されるようになり、「これは・・目の不自由な方なのに見えていっらっしゃるのか!」と書き換えられます。
作者の白土氏は作品の中で江戸時代の封建制の成立過程で差別が発生した由来と立ち上がる民衆の闘争を描こうとしているのに余計なお節介規制のために持ち味が損なわれています。
(表現)を変えれば、或いは抹殺すれば本当に(差別)は無くなるのかと疑問を呈したいところです。

身体的表現で興行的に失敗したのはディズニーアニメ(ノートルダムのせむし男)。
同時期にリリースした(アラジン)(ライオンキング)(リトルマーメード)(美女と野獣)(ポカホンタス)などが世界的に大ヒットし映画化舞台化ハリウッドでミュージカル化され大稼ぎしているのに(せむし)という表現がひっかかり、AmazonですらDVDは売っていません。

原作はフランスの文豪ユーゴの(ノートルダムドパリ)。
15世紀、ノートルダム大聖堂に引き取られた孤児であり背中から腰が婉曲したまま直立できない鐘突き青年のカジモドと美しいジプシーの少女エスメラルダの純愛を謳うものです。(最近はジプシーも差別用語だそうです、やれやれ)
内容は高尚であり、(せむし)という放送コードに抵触する表現で葬るには惜しいのか(ノートルダムの鐘)という題名に代わって劇団四季よりミュージカル化されています。

人種差別も憎むべき人類の共通課題ですがやりすぎ感が残るのは(ちび黒サンボ)。
この何とも味があり楽しい絵本が発刊禁止となっています。
最後の場面でヤシの木に登り、トラたちの襲撃をさけるサンボの周りをぐるぐると回り過ぎたトラたちがバターになってしまい、持ち帰ったサンボの家でママがホットケーキを焼いてくれるくだりなどは本当においしそうで気に入った逸話なのにここでも(差別と表現)に触れているそうです。
どうも(ちびと黒)がいけないようです。
肌の色が黒い人、白い人と色で差別が行われた時代は世界史の中でも暗黒的に捉われています。
私たち日本人などの東洋人も白人種から「イエローモンキー」とか言われていた頃もありますが現在では少なくとも公の場でこのような差別的発言をすればその人の知性を疑われることになりかねない程度の合意形成はあります。

さて、縷々延々と書いてしまいましたがここまで目を通していただいた方に真意は伝わったか自信はありません。
(差別の心)と(表現の自由)は果たして同一に論じるものでは無いにしても「罪を憎んで人を憎まず」で表現だけに魔女狩りを進めても世の中から差別は根絶できないのではないかと考えますがいかがでしょうか。














ホーキング博士を語る
ここ数日、体の変調を訴えていますが誰も相手にしてくれません。
スギ花粉症と風邪のW発症です。
熱と咳と鼻水で買い置きのテッシュボックスがみるみるうちに消費されていきます。
今かんでいる鼻水は風邪か花粉か、どっちだと自分でもわかりません。

そのような中、昨日はスティーブン・ホーキンズ博士の訃報が報じられました。
高名な「車いすの宇宙物理学者」である博士なので全世界にその偉業は轟いていますがとりわけブラックホールが重力を失い、消滅する「ホーキング放射理論」はなぜそのようなことが人間の脳で解明できるのかと驚いた覚えがあります。
業績もさることながら博士の人間としての偉大さは21歳の時に発症したALS=筋委縮性側索硬化症という体全体の筋肉が硬直していく難病に侵された後も超絶した学問研究を続け、世に宇宙の成り立ちと構成の不思議を解明しつづけた偉大な生涯を貫いたところでしょう。

博士のご家族は「父が永眠して深い悲しみにとらわれています」とコメントされていますが私も家族に「体がしんどい・・」と訴えたら、「早よ寝たらいいやん」としか言われないのとは雲泥の差があります。
地上をあくせくと走り回る私のような凡人にはホーキング博士のようなはるかかなたの宇宙に思いをはせる余裕がありません。

淡々と日曜日
昨夜は高校時代の同級生らと久しぶりに会って痛飲。
今朝は春らしい日差しが柔らかい日曜日のお天気となりました。

妻が入っているNPOが今津総合運動公園で婚活イベントをするというので頼まれて司会の吉本興業の芸人さんとそのマネージャーを今津駅まで迎えに行きました。
車中、いろいろと高島市について尋ねてこられてのでザっと市の概要や現状の問題点、特に人口動態についてお話をしましたが熱心に聞いておられました。
たぶん、今日のイベントのネタづくりに活かそうというところだと思いました。

以前は日曜日だとかなり忙しくイベント・行事に走り回っていましたがここ数年は休みは休みとして完全に個人で消費できるところがありがたいと思っています。
そのように思っているうちに車の給油ランプが点滅したのでガソリンスタンドに入って給油をしました。
そのまま買い物に行こうとスタンドを出て信号待ちをしていると左の窓ガラスをコンコンと叩く音が。
思わず顔を向けるとニコニコした私よりは少し若いかなという男性が、しかし感じは良い人ですが見おぼえがなく「何でしょうか?」と言うと「給油口が開いてますよ」と親切に口を締めてくださいました。
丁寧にお礼を言って発進しましたが人の親切にふれて何だか明るい気持ちになりました。

平和堂に着いて買い物をしました。
コーヒー・愛猫のエサ・スパゲティなど。
まだ開店して間もなしなのでレジは混雑していませんでしたが最近見たテレビの特集では中国などは無人のコンビニやスーパーがすでにオープンしているということ。
AIの進化が社会の便利を生み出す反面、人の仕事を奪うというおそらくこれからの10年は産業革命に匹敵する激変期を迎えるんだろうなと考えながら家に戻りました。
買ってきたコーヒーを挽いて飲みながら猫と戯れる日曜日です。

平成女子冬季五輪で大活躍
う~ん、思わず唸るほどの活躍を見せてくれている今回の冬季オリンピックの日本人選手の活躍。
休日は朝から晩までテレビに釘付けです。
もともと体をあまり動かさない私はスポーツに造詣が深くないのですがやはり競技の最高峰ともいえるオリンピックは格別ですね。

今回の平昌五輪は最初、北朝鮮と韓国の合同チーム結成とか北の美女軍団の応援とか金総書記のそっくりさんが会場から追い出されるとかの何やら政治色が濃い目に出ており白けた目で見ていましたが日を追うごとに(やはりスポーツは純粋にいい)と思えるようになりました。
アスリートたちの真剣な眼差し、その裏で選手を全力でサポートするコーチ・スタッフの思い、勝者・敗者に分け隔てなく応援する観客の皆さん、すべてが素晴らしいです。

その中でやはりどうしても日本人選手の活躍へ目がいってしまうのが人情ですがこの平昌ではとりわけ日本人選手それも女子の活き活きとした活躍が目立ちます。
なかんずくは選手が若返ったなという感じ。
活躍しているの方のほとんどが平成生まれ。
ジャンプの葛西さんが昭和を代表している点が少しありますが。
それもこの前に「いつまで飛んでいるんだ、後輩に譲れ」と辛らつなお声を頂戴いたしました。
男子なら活躍は羽生結弦選手と宇野昌磨選手のフギュアスケート金銀フィニュシュは見事でした。
まさに銀板の王子様といった様相です。
でもあまりウインタースポーツを知らない私は将棋の羽生さんがどうしてとつまらない突っ込みを入れていた時期があったことを告白します。

話を元に戻しますと女子です、凄いのは。
日本はいつからこんなに女子力が上がったのかと。
世界と堂々と渡り合える、関われる、理解し合える凄い女子力がいつの間にか培われていると観戦していて思えてきます。
高木美帆・菜那選手のスケート追い抜きとスピードスケートでの戦慄の滑走。
小平奈緒選手の圧巻の金。
更には銀を取った韓国のイ・サンファ選手との友情など、スポーツの世界に国境はないと静かな感動を呼びました。
昨夜のカーリングも見ていてすごかったです。
最後にイギリスを逆転しての銅メダル獲得。
これは不覚にも目頭が熱くなりました。

思い出に残る冬季五輪となりました。
個人的に今後見てみたいにはウインタースポーツにどうしてもハンディがある赤道直下の国が活躍する姿です。
昔、ボブスレーでジャマイカ選手団が躍進しました。
実話で「クールランニング」という映画にまでなりましたがあの再現が欲しいところです。



冬季オリンピックが盛り上がっているのに選挙の話
また選挙の話です。
冬季オリンピックで日本勢が過去最多のメダルを獲得、盛り上がっているのに無粋なことだと我ながら思ったりもします。

来月18日にはロシア大統領選挙らしいですが現職のプーチン氏は「投票率70%、獲得率70%」を取り絶対信任を得ると宣言しているそうです。
ヤバイ話ですね。
投票率はいいにしても70%の国民信任は民主主義下での選挙ではまずありえないのですが。
これは議会制民主主義がまだ未熟な国によくある現象ですがもしかしてロシアは共産制に逆戻り?と感じた報道でした。

高島市のお隣の長浜市が今日まで選挙戦を繰り広げています。(市長選挙です)
現職と新人の一騎打ちの構図ですが私から見てそう特別に市民の判断を二分する争点が見当たらない感じです。
長浜市は8年前の2010年に旧長浜市と虎姫町・湖北町・高月町・木之本町・余呉町・西浅井町が対等合併して現在のかたちとなっていますが目下、滋賀県下最大の面積を誇る自治体となっております。
「湖北文化」と形容してもいいような滋賀県の中でも突出した色合いがある街で四季折々の自然の素晴らしさと文化の成熟、歴史あるまちづくりには臨市の者として羨ましさを感じます。
また、国内目線から見て位置的に、人材的に相当なポテンシャルを有しており、これからの街の発展が大いに見込めるすばらしい条件が揃った所と言えるでしょう。
長浜盆梅展は3月11日までですが今年も季節感を感じるすばらしいものです。
私もこのような催しが楽しくなるような馬齢を重ねてしまったのだとじみじみ思います。
今年は併せて句会ライブと銘打ってテレビでの辛口トークでおなじみの夏井いつき氏のライブ講演も楽しかったです。
冬のなごりに名物「鴨すき」を食べながら一日を過ごしました。

夏になれば「曳山祭り」。
秋には鶏足寺へ紅葉狩り(鶏の足が紅葉に例えられることからこの命名です)。
艶やかな「きもの園遊会」と長浜市の一年は楽しさいっぱいです。


議員に年金制度は必要か
世間は平昌冬季オリンピックで盛り上がっていますが地方議会では予算審議が進行しています。
そんな中、国会では国民年金しか加入できない地方議員について厚生年金の加入を認める議員立法を検討中と2018年2月13日付読売新聞社説「地方議員年金・なり手不足解消につながるか」で論じられていました。
同社説によれば町村議員の平均月収は約21万円で引退後の生活を一定保証する制度設計も無いために前回2015年の統一地方選挙の町村議員選挙では無投票当選者が2割を超えたとありました。
加えて「民主主義にはコストがかかることを理解しなければならない」と。
確かに町村議会議員の報酬は業として考えれば同じ地方議員としても都道府県議員・市会議員と比べて著しく見劣りがするのは事実です。
「地方議員に年金制度は必要と思いますか」と街角でアンケートを行えばおそらく10人中9人はNOと回答するであろうことは私も想像できます。
それでも恐ろしいのは政治への蔑視が劣化へとつながり、最終は有権者に跳ね返ってくることが十分予想できるからです。
日本の再生は地方からと言うのであれば地方議会での若者・女性の参入ハードルを引き下げる努力も必要と感じています。

世間は3連休
世間では3連休だそうですが私は3連急、または3連窮、3連糾、3連泣、3連救、3連灸です。
2月に入っても俄然、寒さが身に沁みます。
関東でも北陸でも大雪。
豪雪の為、立ち往生もありました。
季節でも暦上は節分も終わって「立春」、春が立っているのに気配すら見えません。
せめて梅の花でも咲いていればと思うのですが。

暦の四季と人間の感覚では微妙に季節感がズレていると最近では思うようになりました。
例えば「冬至」。
ご存じのように冬の最中で昼と夜を比べて日照時間が最も短いとされる日です。
だいたいは12月の21~23日ぐらいです。(今年は12月22日)
ですが昔から「冬至、冬半ば、冬始め」と表現され、冬至の頃は季節的に冬の半ばだけどまだまだこれから寒くなる冬の初めだよと言われてきたそうです。
そう言われるとなるほど本当に雪がどっさり降ってくるのは年が明けてからだもんな、心底寒くなるのは1月の半ばぐらいから2月かと思い当たる節はあります。
昔の人は鋭いなと考えながら今朝は雪が降り積もった庭を見ながら一杯のコーヒーを飲んでいました。




ついていけない
ついていけない、時代についていけないと感じ始めたのは50代になってからぐらいでしょうか。
若い頃、携帯電話をバンバン使いこなしていた時などはバッテリーがすぐになくなり(ああ、もう1台予備に欲しいな)などと思っていました。
そんな時、年配者用にボタンが大きいとか、ワンプッシュで発信お手軽携帯などを見て(あんなダサいの使うようになったら恥だね)など今から考えればとても不遜なことを考える若造でした。
老眼が出ている今なら素直に言えます、「簡単な携帯でいいです」と。
複雑な機能はもう要りません、ついていけません、アプリってなんでしょうか。

先日、携帯に私が使っているAUから電話がありました。
とてもハキハキしている若い女性でした。
どうも新しいアプリが出たので1か月無料にするからお試しで使ってくれとのこと。
悪さを働くウイルスを見つけ出すアプリで他にもお得な機能がいろいろついた一押しアプリ・ウイルスバスター月額500円(税別)らしいです。
は?ウイルスってインフルエンザですか?と訊いたら相手は無言になりました。
やばい奴にかけてしまったという雰囲気が伝わってきました。
でも熱心に勧められたので契約してしまいましたがやはりそのアプリがどう働いているのかがわかりません。

時代についていくのは大変です、息切れがします、仮想通貨が取引き所から大量に盗まれたってイメージできません。
単なる記号がどうして盗まれるのですか?どうやって使うのですか?それよりもなぜ大騒ぎになるのですか。
私の若い頃は3億円盗まれたことで大騒ぎしていましたがあれは現金を取っていったのに現在はパソコン上で抜き取るだけで成立ですか?
最初聞いた時、お金が燃える火葬通貨と勘違いしてました。

ここで思い出すのは見事なオチが信条の短編・ショートショートを1000本以上書いた星 新一氏の中の1作です。
要約すれば、地球に大きな宇宙船が降りてきました。
どうも最新のテクノロジーで作り上げられた惑星間航行が可能な凄い宇宙船です。
地球人は宇宙船から下りてきた宇宙人に「素晴らしい船ですね、どうやって造ったのですか?」と尋ねると宇宙人たちは困った顔をして「いえ、私たちもわからないんですよ、つくられたものを操作しているだけで」と。
そこで地球人たちも「そうだな・・我々も考えたらマッチ1本つくれないからね」と嘆くとオチです。

ここではっきり言います。
頼みますからついていけないものはつくらないでと。






不正開票ー滋賀県での事件
5日、甲賀市で発覚した昨秋の衆議院選挙での白票水増しと行方不明になった投票箱の証拠隠滅の為の焼却処分。
甲賀市内において市選挙管理委員会は独立組織とは言うものの重大な事件を起こしたのが市総務部の幹部の面々とあっては市職員を指揮する岩永市長が全面謝罪するのも致し方がないところでしょう。

まず公務員としてあまりにも選挙制度を舐めているとしか言えないメンタリティに開いた口が塞がりません。
選挙制度は民主主義の骨幹であり入り口であるという認識が全く欠如していると断じざるを得ないところです。
当日は台風が接近の為に十分な対応ができなかったと最初聞いて・・は?、それは他の自治体もそうですけど何か問題がありましたか?と思わず聞き返したものです。
ここからして事態を責任あるものと受け取っていないのが明らかになります。

正直言って人間のやることには誤りが付きものです。
誰にでも失敗はあるし、不測の事態は文字通り予測不可能で襲ってきます。
必用なことはその時にどう対処するか、後から説明責任がつくように行動するかが大切です。
それを白票と虚偽の報告を行い、あまつさえ後から出てきた投票箱を焼くという暴挙。
市民の怒りが集中するのは当然でしょう。

銀行だって顧客から預かった大切なお金が1円でも合わなかったら支店を家探しします。
このケースは投票用紙がどうしても見つからなかったらどの投票所のものか、それがわからなかったら開票所での徹底捜索と経緯の追及が必要であり、どうしてもの場合は後から作る「選挙結果報告書」に不名誉ながら記載されることを覚悟して選挙管理委員長に届けて書面で決済をもらうことが必要だったのではないでしょうか。

昨日、甲賀市選挙管理委員会は第三者委員会を設置して事実確認を詳らかにする旨を発表しましたがきつい物言いですが事故を事件にしてしまった選管が今さら立ち上げた組織を市民が信任するわけがありません。
泥棒に牢屋のカギを預ける行為です。
これは最低限、甲賀市が責任をもって委員会を立ち上げるか、県選挙管理委員会が原因追及に乗り出すべきでしょう。


冬来たりなば
早いもので平成30年が明けたと思ったらもう2月、今日は節分です。
このところ車で早朝に出ていますが先月までは午前7時ぐらいまでは薄暗くてライトを点けていましたが今月になってやはり春に近づいてきたのでしょうか、夜明けが早くなってきたように思います。

数日前の皆既月食の朝も国道161湖西路を南下中に左手の琵琶湖方面(東)から朝日が昇って来たと思ったら右手に比良山系(西)に沈んでいく満月を同時に見ました。
何とも面白い光景でしたが確か「巨人の星」で飛雄馬がこれを見て(ガーン!)と感動する場面があったように記憶しています。
パノラマ写真があれば撮りたかったシーンですがいつかの楽しみに取っておきます。
来週も何やら寒くなると天気予報では言っていますが「冬来たりなば春遠からじ」、気長に暖かくなるのを待ちたいと思います。

剃刀の交換時期
ジョージオウェル著「1984」は私のブログでも何度かご紹介していますが読むたびに新たな気づきがある本です。
1948年という第二次大戦の爪痕がまだ深く刻まれた時期に全体主義による統治の恐怖を警告した書としても知られています。
いわゆる反ユートピア小説ですが社会学や政治学のテキストとしても読み解くことができます。
後に日本では村上春樹氏が「IQ84」を書き、ヒットを飛ばしましたがこの小説に触発されてのことだったのかと推測できます。

この小説の背景はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという世界が3っの超大国に分かれており絶えず戦争をしている状況です。
1国が有利になるとすかさず他の2国が同盟して盛り返し、そうなれば負けじと劣勢になった国がその2国のうちの1国に利をもって共闘を持ち掛けて戦況をひっくり返しと延々と戦争が続いている世界です。
もちろん国民は絶えず戦時統制下にあり政府(この小説では一党独裁の党が社会を仕切っている)に異を唱えることなどできない状況で議会制民主主義など鼻紙程度の扱いです。

この世界を支配しているのは党の指導者である「ビッグブラザース」と呼ばれる人物であり、彼の写真が街のあちこちに掲げられています。
街中にはそして家の中にも「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンが設置を義務付けられ人々の日常の言動はしっかり監視されていてプライバシーなどはありません。
もしも社会の在り方に疑問を持つような行動に出たのなら「愛情省」管轄の思想警察により夜の霧へと連れ出され二度と帰宅はかないません。
国民は「憎悪週間」になると集会への参加を義務付けられ他国の政治家の画像に様々な罵詈雑言を浴びせることを要求されます。
ビッグブラザースは「戦争は平和である」と国民に言い含めて二重思考を押し付けます。
「真理省」は言葉の使用に対して制限を加えて語彙を狭め人々の思考を単一化しようとします。
(現在でも食レポと称しタレントが何を食べても゛おいしい~゛としか言わない状況と思ってください)

2018年の世界はこの状況にまっしぐらに進んでいる可能性があります。
街には監視カメラが設置されて常時の監視が行われ、世界中は戦争が常態化され人々の本来希求する生きがい実現や人間性の向上が見向きもされない風潮が漂い、SNSは憎悪によるヘイトスピーチに満ちています。
更にはあらゆる言動にしっかりビッグブラザースの目が向けられています。
たぶん近い将来にはDNA鑑定やAⅠ分析により人は誕生してよりすぐに能力の伸び具合や適性、寿命までもがあからさまなものとして判定される日が来ると予想されます。(そうなればビッグブラザースならぬビッグデーターとなります)
そこには人の生き方による深みや獲得すべき知識や経験などそれこそが人生の喜び自体に制限が加えられる恐れすらあります。

しかし私が今日のブログで書き込みたかったのは社会への危惧ではなくもっと単純ことです。(ある意味バカバカしい)
「1984」の冒頭で主人公がアパートを出て出勤しようとすると隣の部屋のご主人に呼び止められます。
剃刀の刃が余っていないかという問いかけです。
何でも配給制になっているこの世界では物資がことごとく不足しがちでこのご主人はもう2か月も同じ刃を使っているから切れ味も悪くなって髭剃りもできないとこぼします。
主人公は「持っていない」と素っ気なく答えますが実は予備に持ていることを読者に告白します。

このシーンがなぜか頭に残って私も2か月間、髭剃りは同じ刃で行っていましたが全然剃れます。
何の支障も無く、剃り味は抜群で変わりません。
1948年当時に比べれば剃刀の刃も進歩したようです。
それでも剃刀メーカーのHPを見てみれば「剃刀の刃は2週間をめどに交換してください」と書かれていました。
(2週間ならバシバシに使えるのになぁ、商業主義か?)という思いで2か月間の実験を終了しました。







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