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ゆうすけブログ
眼圧が高いね
あれはもう半月ほど前のことでしたか。
窓ガラスを布巾で拭いていた私は少し他の事を考えながら作業していました。
突然、バッシ!という音と右目に強烈な痛みを感じてその場にうずくまりました。
しばらく目を押さえて様子をみていたら初めは目が開けられないほどだったのが徐々に痛みも引いて右目も開けられるようになりました。
何だったんんだとガラスに近ずいたら15センチ角程のプラスチック版が転がっていました。
どうやらテープで窓ガラスに留めてあったのを上下に拭いた際に押し上げて飛んで来たようでした。
やはり作業する時はちゃんと集中せにゃならんなとその時はそれで受け流していた私でした。

その日の夕方、ある人としゃべっていたら、「あれ?石田さん・・目が真っ赤ですよ」と指摘を受け、慌てて鏡の前に行って見てみたら右の黒目のちょうど右半分の白目部分が真っ赤になっていました。
まるでドラキュラ映画に出てくる怪人のような感じで。
これは出血からきてるなと身に覚えがありながらさりとて特に痛みもなく、目もちゃんと見えているのだからそのうち何とかなるだろうと植木等のように(古い!)考えて放置することにしました。

それが一日経っても二日経っても真っ赤な目はそのままで周囲も眼科に行ってちゃんと診てもらったらと勧めてくれるのでネットで調べて生涯初となる(大袈裟な・・)眼科医さんの門をくぐったのでした。
もう夕方でしたが案外患者さんは多くて受付に行ったら看護師さんが何も言わないうちに「あら、目が赤いですね」と察してもらえて診察カードに名前や住所、症状などを書き込んで保険証と一緒に渡して診察の順番を待つことになりました。
待つことおよそ20分ばかりか私の名が呼ばれて診察室に入ると下あごを台に載せて望遠鏡を覗き込むような検査機械に座るように言われると野原にぼんやりと何かが浮かんでいる写真で撮ったような光景が広がっていました。
「風船が見えたらレバーのスイッチを押してください」と女性の看護師さんに言われてみると、なるほど徐々に青空に浮かんでいる風船が見えてきたのでカチャカチャとボタンを押していました。
「今度は風が当たりますがそのまま目を開いたままにしておいてください」と言われると機械からブワーと目に風が強めにあたりました。
言われたとおりに目を開けておこうと思ったのでしたが風の勢いでどうしても閉じてしまいがちでした。

検査が終わって看護師さんが「左目の眼圧が高いですね、言われたことありません?」とおっしゃいました。
眼圧?眼圧って何やろ?初めて聞いたわ・・でも今まで言われたことも無いので取りあえずありませんと答えようと思い「いいえ、ありません」と言いました。
その後、診察室の奥に通されると男性の先生がいらっしゃって診察を受けましたがどうも心配していた眼球の損傷などはなかったようで点眼薬と飲み薬を出して頂き、内出血なので1週間ばかりで元にもどると診断を受けて病院を辞しました。
その診察通りに目の出血は引きましたが私は看護師さんから言われた(眼圧が高い)という言葉が頭から離れず調べてみることにしました。
だいたい、血圧が高いとかはイメージがつくけど眼圧って何だろうか?

眼圧・・眼球は丸い球形をしていて正常な大きさや形を維持するための圧力を(眼圧)というそうです。
それが異常値になるとピントが狂ったりして急激な視力の低下が起こり、最悪の場合は緑内障などを引き起こすと言われています。
眼圧を調整しているのは眼球にある(房水)と呼ばれる体液だそうですが目の酷使、ストレス増加、食習慣、運動不足、睡眠不足などで減少した際に眼圧を高めると言われている(そうです)。
ちなみに日本人の平均眼圧は10mmHg~12mmHgだそうでそれが25mmHg以上になると(眼圧が高い)と言われるそうです。
そうか、私の左目の眼圧は25mmHg以上なのかと納得。
でもmmHgという単位がわからない・・これも初めて聞いたねと人生は未知の太洋を航海するが如しと思っている昨今です。








日本シリーズか終わって
私はヤクルトスワローズのファンです。(サンケイアトムズの時代から)
従って福岡ソフトバンクホークスと広島カープが激突した今年の2018日本シリーズはそんなに関心がなくスルーする気でいました。
それが疲れて帰宅した時に何の気なしにテレビのチャンネルをひねったら(もうひねるじゃないんですね、昭和レトロな表現でした)日本シリーズ第1戦が中継していて、これも何の気なしにビール片手に眺めていたらどんどん引き込まれて延長戦の最後まで力を入れて観てしまったのです。
その試合は引き分けで終わりましたがとても奥が深い試合であり、これは全試合観にゃならんと決心して昨日のマツダスタジアムでの第6戦までどちらを応援するでもなく、強いて言えば両方応援しながら観戦しました。

繰り返しますが私はソフトバンクも広島にも興味がありませんでした。
両チームの4番に誰が座っているのかすら知らずにいたのです。
ソフトバンクの工藤監督は選手時代、常勝西武ライオンズの勝ち頭でしたが何となくチャラチャラしたキャラが嫌いでしたし、広島の緒方監督は選手の時はいいプレーを見せる渋い職人だったと思っていましたがあまりにも地味でわからない人でした。
しつこく繰り返しますがスワローズファンの私としては日本シリーズで過去に対戦してコテンパンにやられたホークスも嫌いでしたし、ここ数年台頭著しく球団史上初のV3を成し遂げている広島にも嫉妬していました。
前田健太が大リーグに行ったのでしめしめと思っていたら黒田が返ってきてV。
黒田が引退したと思ったら阪神から復帰した新井貴浩がシーズンで活躍。
これは広島の時代が当分続くのではないだろうか、我がヤクルトもクライマックスシリーズに何とか出るには出たが3位の巨人の下克上撃沈で終わり、その巨人もあっさり広島に敗れ、そんなに簡単に負けるなら挑戦権を譲ってくれよというのがヤクルトファンの偽わざる心境でした。(だいたい菅野を温存して何をしていたのだろうか、敗軍の将高橋由伸は・・)

しかしそんな怨念・嫉妬・卑下・見栄を吹き飛ばすほど今年の日本シリーズの両チームの戦いは見ごたえがありました。
もっと言ってしまうならカッコ良かったのです。
私が福岡に住んでいたらホークスの、広島在住ならカープの年間パスポートを買ってでも毎日球場に応援に行きたいと思わせる試合運びでした。
MVPにソフトバンクの甲斐捕手が選ばれましたが肩で受賞するなどとは長い日本シリーズの歴史でも寡聞にして知りません。
広島の誇る俊足をことごとく(甲斐キャノン)で封じたスローイングはお見事の一言に尽きました。
ソフトバンクの内川選手も今年2000本安打を達成したほどの実力と技量は誰しも認めるものですが私は彼のクセのありそうな外見が好きになれなかったところ、チームの為に第5戦、第6戦と過去の栄光をかなぐり捨てて送りバントを決め、それがいずれも決勝点に結びついたこと、デッドボールを浴びながらも果敢に試合に出たガッツ溢れる姿勢に一流プレーヤーの風格を見てファンになりました。
カープの新井貴浩も今年限りで引退を表明、試合では再三いいところで代打に出てスタジアムを沸かしましたがいづれも凡打に終わり、ついぞ快音が聞かれなかったのですがこれがリアルで良かったです。
ホークスのピッチャーが変に気をまわして甘い球を投げず真っ向勝負をしているのが野球の良さだと実感しました。
両チームのリリーフ陣も魅せてくれました。
完投能力がある先発投手を繰り出していましたが日本シリーズという短期決戦なのでお互いに1点の取り合い、1点も与えないという緊迫した試合を演出してくれました。
とりわけ、なかんずくカープのフランスア、一岡、ホークスの武田、森投手・・見事なリリーフでした。
堪能できました。

総じてレベルが高い日本シリーズだったので実のところ今日、第7戦を観たかったのですがソフトバンクが勢いを失速させずカープを押し切ってしまいました。
私は個人的に元広島カープの曲者キャツチヤー達川光男氏がソフトバンクのヘッドコーチとしてベンチでこそこそ動いていたのを注意して見ていましたが古巣いじめに徹していたようです。
この達川ヘッド、私が思うに球史に残る歴代2位の悪賢い捕手です。(1位は野村克也氏)
以上、両チームの選手の皆さん、熱い試合をありがとうございました。




朝の珈琲☕
秋も深まりを見せそろそろ街路樹が紅葉を始めています。
明日はハロウイン。
この欧米の風習というか行事が日本でも定着あるいは市民権をもちつつあるのかなとマスコミ報道を通じて感じたり、国会では移民法の改正法案が審議されていたりでなかなかかまびしい思いがしています。
アメリカのトランプ氏の台頭、ブラジルで超右派大統領の当選、ドイツの社会主義勢力の敗退など国際社会は明らかにブロック経済ならぬ1国主義・保守化されてきている傾向が見られるのに日本の場合は働き手の減少の為に廃業・倒産などの件数が増加しているにも関わらず賃金の上昇は低位置で抑えられ、個人消費は伸び悩み、更には来年からの消費税増税で更なる不況の連鎖が十分予想されつつある時に外国人労働者の受け入れ枠の拡大と世界に開かれた日本と威張ってみても国民理解は得られるのかと心配になります。

そんな身も心も少々寒々としている私を慰めてくれるのは朝の一杯の珈琲です。
珈琲に含まれるカフェインは頭をすっきりとさせてくれるとともに気分も爽快に導いてくれる効果があるのはよく知られていますが同じく他の飲み物、緑茶や紅茶にもカフェインが含有されているのに珈琲ほどの覚醒効果が感じられないのは不思議です。
珈琲の持つ香り、苦味、酸味は朝の私をリフレッシュさせてくれる不思議な飲み物です。
今朝は好天。
朝日が道を金色に照らす様を見ながら珈琲を楽しんでいます。
NHKドラマの出来・不出来
私はテレビでドラマと言うものをほとんど観ません。
夜、疲れて家に戻り私の生活自体がドラマなのに他のフィクションを眺めようとする気力が湧かないのが理由です。
たぶん観ていると寝てしまう陳腐なドラマも数多くあります。
そんな私でも10代の頃からNHKの朝ドラと大河ドラマは観てきました。

朝ドラはだいたい当たりはずれがなしで安心して観ていられます。
問題は大河ドラマでこれが毀誉褒貶が激しい作品が多いというか、傑作もあるのですが問題作や愚作も数多くありました。
そんなドラマに当たればその1年間は不作の年と諦めるお百姓のようなものでした。
脚本・演出・俳優の演技・時代考証・舞台・大道具・小道具と確かに大河ドラマを創るというのは大変な作業と思っても国民から広く視聴料を集めている以上は納得のドラマをNHKには制作してもらいたいと思っています。

さて今年の大河ドラマ「西郷どん」は間違いなく駄作です。
回を追うごとに観る気が失せてくるのですが秋になりもはや惰性で観ています。
衛星放送1年分一括払いを返して欲しいと思っています。
俳優陣はまあいいでしょう、懸命な演技が見えてきます。
問題は時代背景の捉え方と考証と脚本の不出来です。

初回からもたもたしていたのですが前回は酷かったです。
幕末のクライマックス戊辰東北戦争を完全にすっ飛ばしていきなり明治政府成立まで行ってしまい目が点になりました。
「このあと甲州・会津・越後・函館と戦乱が続きますが時代は明治の夜明けを迎えました」とナレーターが読んだ時は(こりゃ端折り過ぎだわ)と憤慨したものです。
ある意味、西郷隆盛の黒歴史ともいうべき戊辰戦争を脚本家もスルーすることにより真実を隠そうとしているとしか思えないあざとさでした。
西郷が組織した赤報隊の非道とそれを使い捨てにした非情や会津や二本松に対して行った京都以来の怨恨を晴らしているとしか思えない長州・薩摩軍の暴虐ぶりなどは歴史の事実としてきちんとドラマの中に繰り入れるべきだったと思います。
この大河ドラマ、ぜひ全国都道府県別に視聴率を公表してもらいたいものです。
東北地方、特に福島県などではがた落ちでしょう。

あと、相変わらず坂本龍馬暗殺の回などは人気があったようです。
今回は小栗旬さんが演じていましたがなぜか二枚目が担当する龍馬です。
何年か前の龍馬主役の大河ドラマでは福山雅治さんが龍馬役でした。
これは国民的作家ともいえる司馬遼太郎氏の「竜馬がいく」の影響が大なのでしょう。
天衣無縫でバンカラ、自由な行動力で維新の回天の原動力になった坂本龍馬。
なるほど国民に人気があるのは当然でしょうか。
キューバ革命のチェ・ゲバラが人気があるように。
しかし、これも司馬遼太郎氏の創作でしかありません。
フィクションであるから司馬氏も「竜馬がいく」とわざと龍馬を竜と書き換えているのです。
実際の坂本龍馬は幕末史から見ればただのグラバー商会の使い走りに過ぎない存在であり、そう評価するべき功績もありません。
もっと言えばやたら明治維新だとか平成維新とか維新という言葉をありがたがる日本人が多いのですが司馬遼太郎氏の一連の明治・幕末ものはあくまで小説であり、司馬氏は歴史家でもなく研究者でもなく(作家)なのですから物語はフィクションです。
それを司馬史観とも祭り上げてドラマ作成のモチーフにするからいつもNHKのドラマはずっコケると私は思っています。
一概に言えることはNHK大河の明治維新を扱った作品は今年の「西郷どん」もそうですが噴飯もののオンパレードです。
(誤解のないように申せば司馬遼太郎氏の作品は小説として読めば一流のエンターテーメントです)
言いたい放題になりましたがNHKさんもそろそろ独自の視点でドラマ作成をして頂きたいものです。
その意味からも次はあの戦国のダーティヒーロー(信長を殺した男)明智光秀がいよいよ主役で登場です。
期待したいと思います。




小さい男
最近、私は何て小さい男なんだろうかと悩むことが多くなっています。
昨日も近くの平和堂で買ってきたグリコ・プッチンプリンを冷蔵庫に入れました。
プッチンプリンは子どもの頃からの好物で昨今の妙に凝ったプリンと違い、いかにもスタンダードな味わいであのカラメルの甘くて少し焦がしたようなほろ苦がさがクセになるのです。

しかし、私がお気に入りのスイーツを買って来ても次の日にはなくなっている超常現象が起こっているので防衛の為に(祐介)とマジックで自分の名前を書いておきました。
なのに・・それでもプッチンプリンは冷蔵庫から消えていたのです。
whY?Who?What?
謎は深まります。
思いあまって次男に訊きました。
「私のプッチンプリンがないんだけど?」
「昨日、ママと食べたで、それにしてもプリンにまで名前を書くとは小さい男になったな、パパは」
これは屈辱でした。
小さい頃から育ててやった息子から小さい呼ばわりされたうえにプリンまで取り上げられるとは・・・
確かに50を過ぎてお菓子に名前を書くのも如何なものかと私も思っていましたが誰でもやっているでしょうと訴えたかったです。

昭和の名残り
あまりに暑かった平成最後の夏。
本当に死ぬのではと思いました。
もしエアコンがなければと思うと背筋が寒くなり、文明の利器に感謝します。
その亜熱帯体験から体が抜け出せず秋もそろそろ深まりつつあるこの連休もTシャツに短パン姿で過ごしています。

さて平成もあと半年ほどで終わるわけですが昭和生まれの私としては何だか時代に取り残されていくような気分で少し寂しい思いもしています。
平成も30年間、いろいろなことがありました。
個人的には結婚したのも生まれた3人のこどもたちも平成婚と平成生まれ。
仕事が軌道に乗ったのも破たんしたのも平成年間。
実に実にいろんな出来事が次々と起こり、過ぎ去っていった平成。
平成は私に何を与え、何を奪ったのか・・いや私は平成という時代にどう向き合っていたのかと考えることしきりです。

俳人の中村草田男は1931年(昭和6年)に母校の松山中学を訪れ校庭を眺めながら「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詩っています。
草田男は明治34年生まれ。
大正・昭和と激動の時代を過ごした感慨と明治へのノスタルジーが蘇ったのでしょうか。

昭和と言う時代は西暦では1926年に始まり、1988年の63年間で終わっています。(いわゆる昭和64年は昭和天皇崩御の為わずか7日間しかなく1989年は平成元年となる)
この昭和生まれと言うご同輩は現在、上は93歳から一番若くてつまり昭和63年生まれで31歳と今の日本社会の中核的存在です。
昭和生まれが今の日本を引っ張っていると言っても過言ではないと思います。
ですがいづれ、いつか、草田男の俳歌ではありませんが「昭和は遠くなりにけり」となる日が来るのでしょう。
先人もいつかは後続に抜かれる運命にある・・・後世畏るべしです。


日本は英語圏?
外出して見慣れた近所を歩いているとパトカーの巡回に出くわしました。
それ自体は特別に不思議なことではなく、勤務ごくろうさまですといった感慨ぐらいしか湧かなかったのですがこれも見慣れたはずのパトロールカーを眺めていて(おや?)と思ってしまいました。
日本の警察のパトカーは上部が白で下部が黒、これは白黒をはっきりするという意味でデザインされたと聞いていたのですがその車体下部の黒部分に白文字で(POLICE)と書かれてあるではありませんか。
(あれ、あんな文字いつから書いてあったけ?)とつい思ってしまいました。
ポリスはもちろん英語で警察ですが日本国の公務車両に何で英語が表記されているんだろうと素朴な疑問が湧いてきました。

理由として考えられるのは・・
1)日本はまだ独立していない・・サンフランシスコ講和条約は実は嘘で依然としてアメリカの実効支配を受けている。
2)海外からの外国人が観光・留学・就労様々な理由で入国してきたので国際語と言われる英語表記が採用された。
3)お洒落だから。

3)は別にふざけて言っているのではなく、リアルに漢字で(警察)とか(警視庁)とか書かれていると威圧感が増してしまうのでライトな感覚で英語を採用したと考えて頂ければ結構です。
そう、単に語感の問題です。

そもそも人種が交差する商業地や観光地ではもちろん多文化・言語の最低限の理解を求めるために各国言語表示があるのは常識となっています。
日本でも平成になって駅や宿泊施設などのトイレ、非常口、浴場など公共・民間施設では英語・中国語・韓国語などが見受けられるようになりました。
そのこと自体は不思議ではなく、私たちも海外に行った時に日本語表記があれば便利とともに安心感もあります。

ここで問題なのは(なぜ警察?)の観点です。
見方を変えてこれが陸上自衛隊の車両だったらどうでしょうか?
(ARMY)と書かれてあったら・・。
おそらく社会問題になるというか論争になるに違いありません。
開き直って(陸軍)とか(軍隊)と書かれてあったら自民党総裁選もぶっ飛んでしまいます。
左派と言われる論客が「いつから陸自は軍隊になったんだ!」と騒ぎます。(容易に想像できます)
マスコミも大いに取り上げます。
そうなると仕方がなく(自衛戦力)と書き直したりすると「やはり自衛隊は戦力だったのか!憲法違反だ、違憲の集団だ!」と追い打ちをかけられます。
今日のブログは別に改憲問題を考えるでも国防を論じるでもなく、あくまで素朴な問題提議に留めておきたいと思います。
私が言いたかったのは(外国語はソフトで母国語は生々しい)という現実です。



自民党総裁選から考えてみる
テレビ・ラジオでは盛んに自民党総裁選挙が始まっていることを言い募っていますが世間一般の関心は薄いようです。
現総裁の安倍晋三氏と元幹事長の石破 茂氏の一騎打ちとなりましたが自民党総裁に指名されるということはそのまま日本国首相になると同意語と言ってもよく、国民の政治代表を決める大切な選挙になぜかくも無関心なのでしょうか。
確かにもう勝負は見えています。
自民党7大派閥のうち石破氏支持は自派と竹下派の一部のみ、国会議員の7割は安部さんに付き、頼みの全国党員票、政治協会会員票も6年前の石破氏7割獲得は無理な情勢です。
党員の間にあった石破氏待望論は完全に萎んでしまっています。
やはり閣外に出てから盛んに野党かと思えるような政権批判を繰り返していたことが反党行為と党員に映ったことが人気凋落に繋がりました。
安部氏が今回の総裁選挙で「格差是正」を訴えるに対抗して「中小企業の活性化・地方創生」を打ち出していますが古い経済政策であり、地方創生に至っても石破氏が地方創生担当相の時に何の成果があったのかと疑問に思われます。

総裁選挙の行方は見えていてもこの国のトップリーダーを決める党首選挙は今後思い切って国民投票のように全国民選挙に切り替えるべきと私は思います。
党員の資格がなどと言わず、全国民(もちろん18才以上)による事実上の首相決定への参加意識の高揚しかこの閉塞した政治への無関心を打破できないでしょう。
これが社会実験的に首相公選制度やもしかしたら大統領制への議論の端緒になるやもしれません。
もちろん突拍子もない人の名が出てくるのは十分わかっています。
芸能人・スポーツ選手・他の政党の政治家等々、全部ひっくるめて今、国民が一番リーダーに選びたい人が浮き彫りになるのはそれはそれで民主主義の発展の為と割り切ればいいことです。
もちろん自民党がいつまでも政権党である保証などないのですから他党の党首も国民選挙をすればいいと思います。
そう言うとすぐに「財源はどうするんだ?」と夢のないことを言う人が現れますが国民が負担している政党交付金(助成金)の配分を変えれば十分に賄えます。
そうなれば助成金の受け取りを拒否している共産党は党首(書記長)の一般選挙を行わないことになりますがますますイリーガルでアナーキーな感じが醸し出されて素敵かなと思います。

今までは自民党総裁選挙と言っても国会議員は自らが所属する派閥の流れで1票、自身の選挙区の支部には特に働きかけをせず、地方の党員票は事実上の自主投票でした。
それが今回は違います。
安部さんが勝つのはわかっているので「バスに乗り遅れるな」ならぬ「アベに乗り遅れるな」と後援会を使って安部票の掘り起こしに懸命です。
これは初入閣が見えている当選4回生・5回生に顕著で論功行賞を得ようとする思惑が見え見えで党員から顰蹙をかっています。
「末は博士か大臣か、そんなに欲しいか大臣が」と陰口を叩かれる某代議士・・あなたのことですよ。




下駄のお守り
今現在は、そうここ12年ばかり家族旅行というものを全く行っていません。
結婚して子どもが生まれて学校に上がる前や彼女、彼らが小学生だった頃は海外旅行はさすがにおさなごを連れては体力的に無理なので国内に絞って年2回ばかり行っていました。
あれは私の初めての選挙がやっと終わった夏(平成18年)だったと思います。

10か月にも及ぶ選挙活動で心身ともにヘロヘロになっていた私は息抜きに家族を連れて1泊で飛騨高山に行きました。
川沿いの旅館に投宿してから夕飯前に散歩でもしようと街中を歩き始めました。
飛騨の古風で落ち着いた佇まいの家並みと川向うにテントを張った「出し物市」が見えたので行ってみました。
地元の野菜や特産品などが置かれた出店を見て回っていると一人のおばあさんが守をする民芸品店の前に来ました。
店と言ってもテントもなく露店で机に品物が並べられただけお店です。
出し物を見ていると小さな下駄の置物に目が留まりました。
二足で掌にのるぐらいの置物で赤く塗られていました。
おばあさんが「下駄の置物を便所に置いておくと転ばないと言うんだよ」と説明してくれたのを何となく聞いていて一種の厄除けと思って買って帰りました。

家に戻って下駄の置物をトイレの窓際に置きました。
それからこの平成30年夏まで私と我が家の運勢は二転三転、転ぶわ転ぶ、谷底まで急降下でした。
世間から見れば山道をゴロゴロと転がり、落下していき(あいつ死んだな)というぐらいの凋落と没落ぶりではなかったかと思います。
もっとも転がっている本人にしてみればそんなことを考えている余裕がなく、ただただ骨折など怪我をしないように、頭を打って死なないようにとひたすらどんどん転がるのが止まるのを必死で祈るばかりでした。
一度同じ境遇に陥った人の話を生で聞いたことがありますが「あれは地獄やった」と言われていたのを私もそうだろうなと思ったこともあります。
もう一家離散か夜逃げかと日中くたくたになってそれでも帰巣本能で我が家に戻り、疲れた体を引きずるようにまずトイレに入ると飛騨で買った下駄のお守りが目に入り、(何が転ばないお守りや、嘘ばかりだ)と何度思ったでしょう。

日曜の今朝、この前の地震で北海道が大変なことになっており行方不明の方の安否確認に山中を歩いている捜索隊のニュースが流れていました。
コーヒーを飲みながら報道を見ていた私はそれでも本当に家財産を、家族を、命を失った方々に思いを馳せれば私の10年の受難など何でもないと思えてきました。
まだ生かされていることに感謝の念しかありません。
転んだと思った私の人生は本当は転んでもいなかったのだと思えてきました。
世間一般ではみなさん同じように歯を食いしばって生きていることに気が付いたのです。
まだまだ私は甘かったようです。
何事もなく無事人生を謳歌できる人はそれはそれで良いと思っています。
運と実力もあるのでしょう。
そうではないごく普通の市井の人間である私などは天が与えてくれた試練を越えていく楽しさもあるのではないかと思い至った災害報道でした。
平成最後の夏は本当に酷暑と災害の夏でもありましたが我が家のトイレにはそのまま変わらず下駄の置物があります。




災害大国日本
今夏は本当に自然災害に見舞われる日本列島。
今日はつぶやき程度にいたしますが昨日発生の北海道地震にも驚きました。
北海道で震度7とは想定を超えています。
電力の供給も道内ではままならない状態と報道されていますが一日どころか一時間でも早くインフラが復旧されますことを願っています。
台風並みの暴風必至ー来春滋賀地方選挙
このブログを書いている8月4日朝、大型で強い勢力を持つ台風21号は四国沖にあり徐々に近畿圏に接近しています。上陸は昼前とニュースにあり、すでに鉄道や航空などの輸送機関は全面運休を発表し、多くの企業、学校もお休みとなっているようです。
本土上陸ということになれば威力を持つ台風なだけに十分な防災対策を講じておく必要もあり、今後ますますの警戒が必要です。

さて拙ブログで6月17日にアップした「滋賀県議会議員補欠選挙の話」の続きというべきネタが舞い込んできました。
自民党滋賀県連は一昨日から来春の統一地方選挙の公認・推薦の受付を始めましたが滋賀第1選挙区(大津市・高島市)では不協和音が響いている模様です。
第一選挙区支部長の肝入りで補欠選挙に立候補して見事当選を果たした新人の地元にある現職が来春選挙に立候補する意思を固めたという情報が入ってきました。
こうなれば票が割れるのは必至な上に他の大津市選挙区から選出されている3名の現職県議も支部長による今回の補選の候補者擁立に不快感を露わにしており支部長の選挙支援を拒否する構えとなっています。
自民党ではただ今、総裁選の準備が進められているところですが来春の県議選の結果しだいでは夏に予定されている参議院選挙にもし衆院のW選挙が実施された場合は地方議員の応援を著しく欠くことになる自民現職の苦戦も予想されます。
同じく高島市でも前回(4年前)の県議選挙で初当選した新人をこれも支部長推薦で自民党に入党させました。
現在、高島市の県議定数は2名ですが自民党籍の現職はおらず、往年の保守地盤は損壊している状態とはいうものの人選に問題がありすぎました。
件の新人県議は長年アンチ自民党で政治活動していた人物で地元高島連協も反発しています。
この方は自民党籍は取得したというもののスタンドプレーが目立ち、県議会では最大の「自民党県議団」の会派入りは拒否されています。
高島市においても長年自民党を応援してきたいわゆる支持層が瓦解する可能性もあり、これも次回衆院選挙に大きな禍根を残したとみるべきです。
これについて支部長の候補者擁立過程や政策決定過程をサポートしてきた事務局の重要人物もさじを投げ近く依願退職を申し出る話もあります。
こうなれば鼎を失った支部事務局が正常に活動できるかは疑問です。
滋賀県ではかってこの第1選挙区の事務局があまりにも局員の入れ替わりが激しすぎて結果として支部長辞任に至ったケース、第4選挙区では支部長と県議の連携・折り合いが悪すぎて支部長落選の結果を招いたケースもあり、今回の第1選挙区も相当ガタがきていると見るべきでしょう。
小選挙区制の時代、衆院議員・代議士はいつ起こるかわからない自身の選挙の為に自力をつける必要があり、その為に組織作り、地元密着を旨に土日の活動を行うのが正しい選挙対策ですが滋賀第1選挙区の場合、あまりにもミスが目立ち敗着の1手ばかりが指されている感があります。
自分の地元の地方議員選挙の候補者擁立や支援を自在に行える国会議員は派閥の領袖クラスに限られ、それ以外はひたすら地方議員・後援会・支援組織と密接な連携をとり、まず自分の次の選挙に生き残ることを考えなければならない時に自己の考えだけで行動しては取り返しのつかない事態となります。
自民党は上意下達ではなく下意上達の組織なのですから。
台風は注意してその通り過ぎるを待てば一過で済むかもしれませんが選挙の怨念は後々にまで禍根を残します。




作者と作品の寿命
平成最後の夏はものすごい酷暑だったと語り継がれることでしょう。
熱中症という言葉を毎日聞きながら暮らしました。
秋の訪れをようやく感じ始めた昨今ですがこれからが溜まった疲労が出てくる頃です。

同年代、とりわけ同級生と言ってよいのか同年の訃報を聞くと心が落ち込みます。
すでに報道されているように漫画(ちびまる子ちゃん)などの作品で知られる、さくらもも子さんが先月15日にご病気の為お亡くなりになりました。(享年53歳)ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
私もファンでしたので漫画はもとよりテレビアニメなどもよく観ていました。
テレビのアニソン、BBクイーンが歌う(おどるポンポコリン)は何か聴いているとテンションが上がり、気持ちがハイになったものです。
さくらさんにはもっと活躍してほしかったと思いながらつらつらと作者にとって作品とは何かと考えてしまいます。

戦前、子どもたち(特に男子)に人気があったのが田川水泡氏の(のらくろ)と島田啓三氏の(冒険ダン吉)であり、少年倶楽部やキングなどで漫画界の世相を二分する好評を博していました。
(のらくろ)などは戦後昭和40年代までテレビアニメとして番組制作をされていましたが内容は原作の主人公のらくろが軍隊生活を送りながら軍功を立て立身出世をしていくという戦前の軍国少年の夢を煽るという作風からがらりと変わって下町の野良犬のらくろが仲間の犬たちとほんわか生きていくというストーリーに変更されていました。
(冒険ダン吉)に至っては南洋の小さな島に流れ着いた日本人少年が勇気と知恵を振り絞り、現地人(これも危ない表現なのですが)の尊敬を得て島の王になっていくという筋立てです。
戦後、外国への侵略をイメージした作風と批判され現在ではほとんどお目にかかることがありません。

さて、それでは戦後この(ちびまる子ちゃん)の先輩作品として一世を風靡した(している?)のが長谷川町子氏の(サザエさん)でしょう。
本当に息の長い作品で戦後間もない1946年(昭和21年)西日本新聞の姉妹紙である夕刊フク二チで連載がスタートしています。
平成の現在ではテレビで日曜日8チャンの18時30分からアニメが放送されています。(18時からは゛ちびまる子ちゃん゛が放映)
このサザエさんのテーマ曲がお茶の間に流れると世のお父さん方は(あ~ぁ、また明日から仕事か・・)とブルーになることから「サザエさん症候群」とも言われました。
ちなみに作者の長谷川氏の先生が(のらくろ)の田川水泡氏であることはもう忘れられています。
長谷川氏は平成4年自宅の窓から落下し全身打撲、事故死されました。(享年72歳)
(サザエさん)は家族漫画の中核として戦後の国民に安らぎと潤いを与えたと国民栄誉賞が贈られています。

ただ、最近の(サザエさん)は視聴率が低迷気味で長年のスポンサーも支援の打ち切りをほのめかしており番組としての寿命がそろそろ危惧されてきています。
これは作品の質が落ちたのではなく、おそらく祖父・祖母・嫁・夫・長男・長女・孫といった3世帯・大家族制を舞台にした物語がそろそろ世相と著しく乖離してきたことが影響しています。
現在は核家族・ダブルインカム・ノーキッズ・非婚化・晩婚化の時代であり、(サザエさん)の世界観は当世からしてみれば現実離れしていると思われているのでしょう。
しかしながらこのことは(サザエさん)が戦後の復興期から高度成長期、成熟期に日本人に提示してきた家族像が陳腐化したと軽々に批判できるわけでもなく作品として時代を映す大きな鏡であったことは否定できません。

およそ漫画に限らず書物(文学・評論など)はその作品が作者と同じ寿命を越えたあたりで世相の評価に耐えているかで古典・クラシックと呼ばれるものと思います。
その意味からも(サザエさん)は1946年の連載開始から今年で72年。
ちょうど作者の長谷川氏のご生涯と並びました。
すでに古典と呼ぶにふさわしいでしょう。






生きるべきか死ぬべきか
今日はお休みの日です。
朝から゛忙中閑あり゛と洒落こんでスーパー銭湯に行きました。
私は時折、自分の疲れを癒すために銭湯に行くことがあります。
平日の午前中なので入浴客はまばらでしたがそれでもご隠居めいたお年寄り以外に働き盛りの年齢の男子も何人か入湯していました。
湯船につかり何気なく他の客の様子を眺めていた私は不意に(私はなぜ生まれてきたのだろう、この世に何をしにきたのだろう)という人生のというか生き物として根源的な疑問が頭をよぎりました。

人は生き死にを自分の意思で決めることができるのだろうかという今さらながらの質問です。
哲学的というか、神学的というか古今東西より多くの人々がこの難問に挑戦してきました。
自分の意志で死ぬことは可能です。
よくいう自死・自殺というやつです。
しかし、いつか来る゛死゛を回避することは誰もできません。
老衰死、病死、事故死・・人の意志に反してそれはやってきます。

それでは゛生まれる゛という点ではどうでしょうか。
(よ~し、そろそろ生まれてやるか)と明確に思ってこの世に誕生したという方はぜひ連絡して頂きたいものです。
インタビューをさせて頂きたいものです。
多くの人は幼年期のある日、ものごころつき自分自身が生まれてきて存在することを悟ります。

このように考えると人生は生きるも死ぬもそのタイミングをはかれないという誠に不自由極まりないものと考えてしまいます。
他の人に意見を聞いてみると、「だから生きているうちが華なんだ」、「人はそれぞれが使命を持って生まれてきた、その使命を探すのが人生」、「生まれたからには面白おかしく過ごせればそれでいい」、「人生には何の意味もない・・」など種々の考え方があります。
ますますハムレットのように「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」という心境になっているうちに風呂につかり過ぎでのぼせました。




地名は大切
あの過酷な暑さも盆過ぎから少しは和らいだ気もいたしますがまだまだ残暑厳しい日が続いています。
昨日は台風20号が四国に上陸、そのまま瀬戸内海を渡り、岡山、京都北部と日本海に抜けていきましたが私の棲む高島でも一晩中凄まじい風雨の声が鳴り響いていました。
先月は西日本豪雨という災害に見舞われたばかりで地盤が緩んでいる被災地などは大丈夫だろうかと心配もしていましたが゛天災は忘れた頃にやってくる゛ではなくてしよっちゅう来ると思えます。

そのような嵐の晩に思い出していたのは以前、平成などの市町村大合併などで地名が大幅に変わったりで゛自由が丘゛とか一見何の変哲もない、むしろ耳障りもいい呼称に変更された市町がすべからく少なくない中、先人が地名にこめた゛暗号゛むしろ゛警告゛が見過ごされがちだと考えていました。
今年になってイギリスの災害研究機関が「世界で最も危険な地下街」に大阪の梅田を指名しました。
私は「梅田」と聞いて今まで漠然と(昔は梅林でもあったのかしら)と思っていました。
それがそうではなく「梅」は「埋め」、つまり埋め立て地だったようです。
川の氾濫時の流水が流れ込みやすく、地盤が緩いため要警戒な土地柄のようです。

そのように調べていけば地名には結構暗号が隠されていることがわかります。
地名にあると考えなければならない(防災上ですが)ものとして・・・
「萩」・・゛剥ぐ゛からきており地層が流れやすい
「灘」・・゛入り江など港湾に多いが津波や満潮時での被害に遭いやすい
「釜」・・灘と同じく
「桜」・・゛割く゛゛裂く゛゛狭く゛から由来した地名が多く、土砂災害の発生した記録が残る場所でもある
「草」・・硫黄臭などの匂いから゛臭い゛とされたりもするが地盤が活性化しすぎて地震の際にあぶない
「柿」・・゛欠く゛から由来するが地盤がはがれやすい
「龍」・・風水害被害が起こりやすい、竜神が暴れるイメージがある地名
「蛇」・・河川がのたうち廻る

このように挙げていけばもっとあるでしょうが古の方々が命名した地名は簡単に変えてはいけないということではないでしょうか。
ちなみに私の地元・滋賀県高島市今津町にも梅原という集落がありますが郷土史で調べたところ梅の原っぱではなく明治の初期に原野を埋めた、つまり開墾してできた在所だそうです。
地名の由来・歴史は大切にしたいものです。

ある地方政治家の死
家の番には犬がいいか、猫がいいかなど能天気なブログを書いていたら夕方になって訃報が飛び込んできました。
元滋賀県議会議員・栗東市選出の三浦治雄先生が本日、入院先の栗東市済生会病院でお亡くなりになったとのことでした。
私のブログを覗いて頂いている方のおよそ半数ぐらいは三浦先生の名をご存知いただいていると勝手に解釈して話を進めます。

ちょうど電話がかかってきて昨日、三浦先生のお見舞いに病院に行った方がすでにこん睡状態になられていて看病に付き添っておられる奥様と少ししゃべって帰ってきましたと語っていただきました。
私はよく存じ上げなかったのですが三浦先生は議員を辞められてから重い手術を二度も受けられ体調を崩しておられたと聞きました。

三浦先生は滋賀県議会では議長も経験され、自民党会派の代表も務められた方ですがおそらく平成15年ごろから議員辞職される平成26年まで滋賀県政を引っ張っておられた実力者でもありました。(初当選は平成3年)
私も途中で議会に入った際に三浦先生に言葉ではなく、その背中で政治について教えていただいたと感謝しております。
三浦節ともいうべき独特の言い回しで「そういうことがあれれば滋賀県に重大な影響があり」と演説されていて私たち若手はこぞって真似をしていたのを懐かしく思い出します。
痩身ではありましたがよく通る声で広い会派の隅々にまで意見をされていました。
栗東市選出の議員ということもあったのでしょうか、ちょうどもったいない県政の嘉田知事と栗東新駅建設凍結を巡って議場で激しく議論をされていたことを思い出します。

しかし、私と三浦先生は政治家としてがっちり手を握っていたとは思えません。
私は三浦先生のことを「喰えないタヌキ親父」と思っておりましたし、先生は私の事を「言う事を聞かない若造」と思っていらっしやったのではないかと思っています。
とにかく、三浦先生の路線に特に会派運営については盾ついてきたので途中で会派を割って別会派をつくったことさえありました。
(約1年後に再統合しましたが)
今の若い政治家の皆さんでもこれはおかしい、理屈にあわないと思ったら先輩議員にでも堂々と意見して市民・県民の負託に応えてほしいと思っています。
なんでもかんでも上がおっしゃる通りとイエスマンになっていても政治は前には進みません。

それ以外の自民党としての政策については三浦先生に教えて頂き、従ってきたつもりです。
選挙についても十分にご協力してきた自負もありますし、助けても頂きました。
ともかく存在感のある政治家でいらっしゃったと三浦先生のご冥福を心よりお祈りさせていただきます。
明後日は地元で通夜式を営まれるとお聞きいたしましたのでご弔問に伺うつもりです。

「番猫」はいるのか
お盆休みももう終わり。
借りてきたレンタルDVDで往年の戦争映画の傑作「地獄の黙示録」を観ていました。
フランシス・F・コッポラ監督のこの作品を確か映画館で観たのは私がまだ中学生の頃でしたが懐かしみながら鑑賞していましたが、狂気の米軍大佐がイーグル戦闘機のナパーム弾で抵抗するべトコンが隠れるジャングルごと焼け払い、いよいよヘリコプターを着陸させて村に突入という場面で「GO!GO!」と兵を駆り立てる下士官に「嫌だ!俺は行かん、行かないぞ!」と泣け叫ぶ新人兵を強引に引っ張っていくシーンがありました。
これは心情がよくわかります。
人間は嫌なものは嫌ですから。
今の私の心中のように盆休暇でたっぷり休んで心身ともに堕落しているのにまたシャキッと社会復帰して働けといっているようなものです。
家の中でストレスフリーに生きているのに残暑厳しい世間様の中で気を使いながら働く・・酷です。

話は変わりますが夏は窓を開けているせいか夜のしじまに外の音がやたらと入ってきます。
昨夜は一晩中、どこかの犬の鳴き声(遠吠え)がしていました。
誰か近所に潜んでいるのかとおっかなくて眠れませんでした。
そこでつい考えてしまったのですが家に犬がいるのと猫がいるのと人間にとってはどちらが心強いかという命題を。
ネットで調べてみれば答えは「猫」だそうです。(それにしてもネットは暇なのか、こんなことまで回答するとは)
゛番犬゛という言葉はありますが゛番猫゛なんて聞いたことがありません。
私にしてみれば猫は飼っていますがきゃつらが実生活で人間の役に立っているというのは実感していません。
ただ何となく一緒に家にいる同居人(猫?)なだけです。
賊が家に入って来ても犬なら噛みついたりするかもしれませんが猫は引っ掻くだけ、大したことはなく戦闘力も犬の方がありそうです。
それでもネットは猫の方に軍配を上げます。
理由は犬は懐柔される。
他人でも肉などを投げられるともう侵入者のことなど眼中になく目先の食べ物に夢中になるそうです。
猫はそうではない、警戒心をとかないそうです。(ホントかと思いますが)
しかも、猫の耳(聴力)はサイボーグ003のフランソワ並みに鋭くて人間に聞こえない音でも敏感にキャッチしているそうです。
そう言えば、私も毎晩仕事から自宅に戻ってきますが玄関のドアを開ければもう我が家の猫がお出迎えしているのには驚かされます。
家の中でも猫に気づかれず行動するのは難しいものです。
抜き足、差し足、忍び足と夜食のハムを求めて冷蔵庫まで忍んでいってももう背後に猫がいます。
あながちネットの意見は正しいのかもしれません。





お盆は自宅で
お盆休暇の真っ最中ですがテレビでニュースを観ているとすでに帰省のUターンラッシュが始まっており私になじみがあるところでは名神高速京都南インターから大津の蝉丸トンネルまで20キロの渋滞が発生しているとのことでした。
ここ数年、そう10年あまりにもなりますが我が家は盆暮れに旅行などは行かず、ひたすら家にじっとしています。
特に夏・・家の中で好きなことをしてエアコンの効いた快適な部屋で体を休めるといった心身ともにリフレッシュする方法を世間はなぜインドア派と虐げるのかわかりません。
無理に山や海に行ってBBQ?
暑さで汗がだらだらと流れ、寝泊まりはテントや車中泊。
蚊やアブに蜂に刺されてストレスはマックスになります。
睡眠不足になります。
どこがいいのか、未だにわかりません。
そんな将棋で言うと穴熊のようにガチガチ家から離れない私に愛想を尽かせてか妻と長男は実家に里帰りです。
学生最後の夏を迎えている長女は東京から帰ってきません。
向こうの方が刺激があって楽しいのでしょう。
次男は珍しく私と高島に残っているのでおかしいと思っていたら明日から1人で四国にぶらりと旅行に行くというので驚きです。
誰と行くんやと訊くともちろん1人、携帯だけは電源入れとけよというのが精いっぱいでした。
可愛い子には旅をさせろとは言うものの君は受験生なのにいいのだろうかと思うことしきりでした。
次男曰く、「出かけなければ勉強する気がおこらない」とのこと。
確かに私も勉強は好きなほうではありませんでした。
何か教科書を開いてみんなで同じことをするのが嫌でそれならばとテスト範囲以外のことを調べたり、趣味にはしったりと今から考えれば集中力のない、もっと言えば落ち着きのない軽薄な青年だったように思います。
同級生たちはそんな私をどう見ていたのかこの年齢になってきたらそろそろ本音を訊けそうです。
そうかしているうちに同級生BBQのお誘いがありました。
これはレジャーじゃない、旧交を温める為に、失われた時を求めて参加しようとSAY YESをしました。

アクション映画好き
盆休みに入り、映画館に足を運びトム・クルーズ主演のスパイ・アクション映画「ミッションインポッシブル・フォールアウト」を観てきました。
私がミッションインポッシブルのようなアクション映画が好きだと言うと「へぇー石田さんがねえ、意外ね」とレスポンスが返ってくることが多いです。
私のように見た目が文弱で腺病質系の人間は余計にそう思われるようです。
アクション映画の良いところは変に後に残らないところです。
ビールのようにぐいぐい飲んでもオ〇ッコしたら全部出てしまう感じですか。
日本酒やワインなら二日酔いでガンガンしているような深い余韻が残る映画は実は苦手なのです。
1アウト走者1・2塁、ショートゴロ、ダブルプレー、チェンジ!
すっきりとさばさばな感じがいいです。

「ミッションインポッシブル」シリーズが好きな理由に私がトム・クルーズのファンであることもあります。
1962年生まれの彼は今年で56歳。
正直なところアクション映画の主役を張るのはかなりきつい年齢です。
走ったり、飛んだり、昇ったり、泳いだり、格闘したりとよく息切れしないなと見ていて思います。
事実、今回もロケ中に足首を骨折して大きなニュースになっていました。
それを驚異的なリハビリで回復してクランクインまで短時間で持っていったトムの根性に敬服です。
私より年配が動き回っている映画を観て少し勇気をもらっている感じです。

さて、今夏配給の「ミッションインポッシブル・フォールアウト」はシリーズ6作目となっていますがアクション部分はシリーズの売りであるのでハラハラドキドキは前5作と比べても遜色ないものの、人間関係は少々複雑になっているので鑑賞には注意が必要です。
こいつ危ないな、裏切りそうだなという奴がそのままついてきたり、大丈夫と思った仲間が実は敵の組織の人間だったり、癖があるけどどうかなと思った女が案外もったりと序盤からじっくりと人物鑑定をしないと(トムの目で)騙されます。

※ 注) ここからは作品のネタバラシになりますのでこれから鑑賞を考えている方はお気をつけください

イーサン・ハント(トム・クルーズ)とIMFの仲間3人は遂にテロリスト組織゛神の使徒゛を追い詰めインドとパキスタン国境のカシミールの山岳地帯に辿り着きました。
あと残されたミッションはテロリスト集団に奪われた核爆弾の配線を切り無効にすることです。
もし核が爆発すれば世界最大の水がめ・水源と呼ばれるヒマラヤ水脈が汚染され25億の人々の生活に重大な支障が出ることを覚悟しなければなりません。
核のコントローラーはテロリスト組織の一員であった裏切者のオーガスト(ヘンリー・カヴィル)がヘリコプターで持ち逃げを図りました。
すかさずイーサンはヘリの脚につかまり空中に。
山村に残ったルーサー(ヴィンク・レイムス)、ベンジー・ダン(サイモン・ペック)、イルサ・ファウスト(レベッカ・ファーガソン)のIMFメンバー男女3人はどこかに隠された核爆弾2器をすみやかに発見して回線を切断しなければ爆発を解除できません。
しかし、それには順序があり、まずイーサンが核コントローラーの電源を切ってからでなければむやみに回線を切るとやはり爆発します。
ここで往年の名解説者・淀川長治先生なら「こわいですねぇ、恐ろしいですねぇ、イーサンは無事にミッションをクリアできるのでしょうか、あとでまた会いましょうね、サイナラ、サイナラ、サイナラ」と映画を盛り上げてくださるはずです。

とうとうイーサンはオーガストの乗ったヘリを山中に墜落させ、2人はコントローラーを奪い合い壮絶な死闘の末、電源を切ることに成功します。
しかし、遠く離れた山村にいるIMFメンバーはイーサンが電源を切ることに成功したことを知る由がありません。
ルーサーはイーサンを信じて見つけた核爆弾の回線を切断しました。
もう1器を追っていたベンジーとイルサは山小屋の中に隠された核を発見してこれもテロリストとの格闘の末にペンチを持って回線を切るところまでいきます。
爆弾はカウントダウンをしていて爆発まで残り45秒!
赤の導線と黄色の導線を同時に切れば解除となります。
イルサが「ベンジー、切るわよ!」と声をかけます。
額に脂汗を流しているベンジーが「待て待て、時間ギリギリでやろう」と答えます。
ベンジーは離れたイーサンが本当に電源を解除しているか疑心暗鬼だからです。
イルサがすかさず、「じゃ2秒前でね」と言うと、ベンジー考えて「いや1秒前」と言います。
イルサが「遅れたら爆発するじゃない!」と怒鳴ります。
ベンジーは「それじゃ2秒前、いや、やっぱり1秒前だ」と答えます。
ここで私は思わず笑ってしまいました。
人間はつくづく゛生゛に執着するのだなぁと。
更に女性はいざとなると度胸があるが男はヘタレだなと。
1秒でも長く生きていたい、少しでも生死の判断を遅らせたいという心情が色濃く発信されたエピソードでした。

昔と違って映画も少し待てばテレビの地上波で放送されたり、ネット配信やレンタルもすぐに始まったりと映画館に足を運ばなくても家庭で手軽に楽しめる環境になったことはご同慶ですがやはりアクションものは大画面のスクリーンで観ると迫力が違いますね。









エアコンの夏
この前の8月7日が暦の上では「立秋」、文字通り秋が始まるの意ですがまったく季節を感じません。
農家の人と話していると「田んぼの稲穂が垂れてきてるので予定通り9月になったら刈るわ」とかおっしゃていますが元気ですね、お米が獲れたら分けてくださいねとしか言いようがない暑さが続いています。
私も半世紀生きてきて今夏の暑さはとにもかくにも゛異常゛だったと感じています。
異常と言うのは常と異なるというか、想定外と言うか、気象庁観測史上初と言うか、想像を絶する暑さに見舞われた夏でした。


それまでの夏場などは滋賀県でも大津の人や京都、大阪の人たちが「あ~暑いね、夜はエアコンを入れないと寝られんわ」とおっしゃっているのを「ホントにそうですね」などと適当に相槌をうっていて心の中では(うちはエアコン無しでも寝られるもん)と密かな優越感に浸っていました。
なにせ私の住んでいるのは滋賀県の高島市です。
高島は英語で直訳するとhigh island、つまり島です。
高い島、何かフィジーのような南洋の楽園の語感です。
故に夏涼しくて冬もっと寒いところです。

子どもの頃は夏になるとプールなどなかったので歩いて10分の琵琶湖までいって泳ぎました。
ある程度泳ぐと体がそれなりに冷えてくるので岡に上がり、Tシャツを着て下は海パンのまま歩いて家に帰りました。
冷えた体に夏の西日がちょうどポカポカと温めてくれるので帰り道は冷えポカ状態で気持ちがよかったものです。
家に戻ると冷蔵庫からスイカかかき氷を出してきて食べてから縁側でごろりと昼寝をするのが日課でした。
まさに楽園。

今年の夏は琵琶湖に入っても水温が高くて体が冷えません。
上がって歩いても太陽光が強すぎて電子レンジのように体を直射するので眩暈がします。
ぜんぜん楽園じゃない、むしろ亜熱帯。

そのようなわけで夜になっても気温が下がらず、この年になって初めてエアコンを入れて寝ています。
じゃなければ寝苦しくて熟睡ができない、これは高島で初めての夏です。
「暑さ寒さも彼岸まで」とも言いますがまだまだ当分は残暑の厳しい時期が続きそうです。

亡くなった人の名誉
今朝、ラジオを聴いていたら俳優の津川雅彦氏が亡くなったとアナウンサーが言っていました。
津川さんとは一面識もありませんが映画やテレビドラマなどでその重厚な演技、時にはコミカルな表現などに見ごたえある芸風を感じてファンでした。

昔、経緯は忘れましたが津川さんの出ていた伊丹十三監督作品「マルサの女」の話を家族でしていたら母が「津川雅彦と私は同級生」と言い出したので「ええ!嘘やろ」とか何とか言っていたら、「嘘やないよ、ほら」と一枚の古い白黒写真を出してきました。
見ると若い頃のセーラー服姿の母と学生服を着たこれも若い津川雅彦さんがツーシヨットではなくクラスの集合写真として写っていました。
津川さんは京都出身ですが私の母も京都生まれの京都育ちで滋賀に嫁いできたのでした。
「津川さん、若い頃から演技が上手かったんか?」と訊けば、「大根やった」とこれもズバリと母。
私の母は歯に衣を着せないというか、思ったことをそのまま口にする人でしたから私も幼少の頃から傍にいてハラハラしどうしでした。
口は災いの元とも言いますがなかなか困ったものだ、よく京都人やってたな、だから都にいられなくなって滋賀に来たのかとずっと思っていました。

話を元に戻しますが津川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げていたら速報が入って沖縄の翁長知事も本日ご逝去されたとのこと。
人の評価は棺桶に入るまで定まらないとも言いますが願わくば故人の尊厳・名誉は最大限守られますようにと思った夜でした。


冷やし茶漬けの味
今日はB級グルメのお話を少々。
ご紹介するのは私が今夏ハマっている「冷やし茶漬け」。
今年の夏の暑さは異常ですね。
食欲も落ちがちです。
ひと仕事終わって家に帰り、夕飯とするわけですがおかずと一緒に一膳ご飯を食べてもう少し食べたいと〆をするなら私は「冷やし茶漬け」です。(カモン!ここで食欲あるじゃないかと突っ込んでください)

レシピーは簡単。
お椀にご飯をよそって市販のお茶漬けの素をふりかけ、水を入れてできれば氷を2個ぐらい浮かべて素早くかきこむのみです。
暑い夏にはぴったりの一品です。
ちなみにお勧めのお茶漬けの素は「永谷園のお茶漬け」。
これは鮭茶漬けや梅茶漬けよりこれを選んでください。
理由はあられのサクサク感。
お湯の時のようにふやけず最後までクリスピーが持続して食感が抜群だからです。

何か冷たいごはんを食べるのは抵抗があるなと思った方なら宮崎の郷土料理「冷やし汁」から入ってはいかがでしょう。
焼いたアジやイワシをほぐして焼き味噌をといた汁に豆腐やきゅうり、ショウガ、青じそを混ぜてごはんにかけて食べる夏バテ予防に最強の一品です。
日本人は炭水化物ですね。



異常気象の夏
夏の夕暮れ、日中の猛暑もさすがになりを潜めだし、通り雨の夕立に凉を感じ、縁側で蚊取り線香をつけて夕涼みをしながらうちわを片手に遠い日のことをしみじみと思い出す。
こんな詩情溢れた夏の日が恋しくなるほど今年の日本の暑さは異常です。
もっと言うなら異常気象の夏です。

だいたい私が子どもの頃は暑くても30℃超え、うんと暑くて33℃とか、スイカを食べながら甲子園を観ていて、「え!33℃あんの!そりゃ暑いわけだ」とかなんとか言っていました。
真夏日とか猛暑日とかの表現はなかったのですから。
35℃超えが連日当たり前でお隣京都では観測史上初めての39.7℃・・K点軽く突破です。
もうすぐ40℃!
人間なら3日間この体温出したら死ぬと言われる気温です。

去年の夏、一緒に働いていた人が「石田さん、暑いね、僕はこの会社に入って7年目の夏を迎えるけどここまで暑い夏は初めてだよ」とのたまっていらっしゃいました。
なんのなんの、今夏はレコード更新です、天井知らずの日本の夏です。

異常なのは気温だけではありません。
雨の降り方・・昔のように夕立がさっときて涼しくなるなんてこともありません。
降らなかったら1週間でも10日でも降らない、降るととことん降る、もの凄く、どしゃ降りに、山を突き崩すほど。
先日の西日本大豪雨も記憶に新しいところですが天は容赦をしなくなったというかほどほどが無くなったというか、極端な天候になります。

今来ている台風12号も太平洋上を北進して小笠原諸島からそのまま東北とか北海道に行くのかと思っていればスライダーのように左に急旋回、上陸していつもとは逆進、東海から関西、中国・四国にどんどん進むのですからこれも異常です。
(想定外)があまりにも続く気象ですがこれは天災なのか人災なのか判断に迷います。



熱中症にご用心
3連休が終わってまた忙しい日常が始まります。
それにしても暑いですね。
7月は盛夏とも言いますが今が1年で1番暑い頃だと思います。

車で走っていればかなりの確率で救急車に出くわします。
今朝のテレビの(朝チャン)で放送していましたが共同通信によれば昨日(7月16日)に熱中症で緊急搬送された方は全国で2020人(うち5名死亡)とありました。
熱中症をなめてはいけないと思いますし、室内・室外を比べれば実は室内で倒れている方が7割と案外、家の中で熱中症にかかる人が多い傾向のようです。
そのうち7割の人がエアコンをつけていなかったとか。
室内での温度管理にも気を配りたいものです。
私が子どもの頃は扇風機しかなかったのですが昔の人はどうしていたのでしょう。
今より地球は暑くなかったのでしょうか、温暖化の影響もありそうです。
これもテレビでやっていましたが昨日は東京の公園で滑り台が使用中止。
理由は火傷するからとか。
表面計で測定すると63℃。
鉄板やきそばの世界です、確かに危ない。
滋賀県でも一昨日は米原市で94歳の女性が畑で倒れられていて、大津市では74歳の男性が室内でとお亡くなりになっていますがまったくお労しいことです。
少しの体調の不良を感じたらこの時期は熱中症を疑ってもいいのではないかと。
それにしても熱中症っていつからそう言うようになったのでしょうか、確か昔は(日射病)と呼んでいたのですが今は直接日差しに当たらなくても温度変化により発症するからなのでしょうか。

ラジオでも十分な水分と塩分補給を心がけるよう呼び掛けています。
これについては私も経験があります。
これは去年ですがちょうど7月のカンカン照りの暑い日に友人とゴルフに行きました。
蒲生のゴルフ場です。
とにかく楽しくプレーしていたのですが炎暑で汗がだらだらと出てきます。
喉も当然乾きますから水筒に入ったお茶を頻繁に飲んでいました。
突然、頭がくらくらしだしてゴルフ場の芝生やコースの木々、遠くの山並みがセピア色になりました。
まるで昔のヨーロッパ映画を観ているような風景でした。
それでもがんばってショットしていると今度はだんだん視界が狭くなってきました。
ちょうど映画の最後で銀幕がどんどん狭まって(FIN)と字幕に出て終わるようなあの感じです。
(これは人生が終わるな、死ぬな、このまま)と思いました。
たぶんよろけていたのだと思います。
背後からキャディさんが「お客さん、大丈夫?これなめて」と白いザラザラした結晶を渡してくれました。
夢中でなめてみれば塩辛い、つまりは塩でした。
するとみるみるうちに視界が戻ってきて画面もカラーになり、頭もシャキッとしました。
あのままだったらゴルフ場から病院に搬送され、家族に連絡が入り、私が御しのびでゴルフに興じていたことが妻にばれるところでした。
それにしてもゴルフに熱中して熱中症とはシャレになりません。
何を言いたかったかというと熱中症対策にはがむしゃらに水分補給だけではだめでむしろ血液の塩分濃度が下がってしまい私のように倒れますから適度に塩分も補給しないといけないですという事です。
何かのご参考になればと。



アメリカはジャイアンかーワールドカップに見る栄光と孤立
前回ブログを更新してから世間ではいろいろなことが起こりました。
オウム真理教の元教祖・麻原彰晃の死刑執行や西日本豪雨で死者・行方不明者120名に迫る大々的な被害が発生したことなど。
宗教と犯罪や災害について書こうかと思いましたがテーマが今の私には重すぎてキーが打てませんでした。
それで今日の時点ではいよいよ大詰めに入ったサッカー・ワールドカップを観ていて感じたことを・・。

日本とベルギーの1戦は興奮しましたね。
大健闘です。
2点先行してこれはもらった!ジャパンサッカー史に残る勝利だと思ったのは私だけではないでしょう。
ですがサッカーの奥行きの深さと怖さを知った惜敗となりました、残念無念。
で、早くも次回大会に向けて日本サッカー界は盛り上がっているようですが勝てば官軍なんですかね、大会出発前は西野ジャパンはおじさんジャパンと馬鹿にしていたのに掌返しが凄すぎました。

これからはアジアの時代だ、何せ次は8枠だからとか、いやいや伝統とテクニックのヨーロッパだ、馬力の南米だ、スピードのアフリカだと世界中のサッカーファンがそのまま熱狂しているのにあれ?あの国は・・北米・・アメリカはどこに行ったの?
アメリカだけは蚊帳の外でワールドカップなど知らんふりです。

アメリカと言う国は少しひねくれたところがあり、ドラえもんで言えばジャイアンです。
お山の大将でなければ気が済まない、空き地の土管の上でジャイアンワンマンコンサートを開いて近所の子どもたちに強制的に聴かせる、気に入ったものは無期限に借りる、気に入らない奴はぶん殴る・・困ったちゃんなのですが不思議に地域のこども世界はジャイアンの平和で何とかなっているのです。

アメリカはとにかく自分がNO1でなければ気が済まない国です。
今さら頭下げて世界の強豪の中で汗水かくのはごめんだと思っています。
そんなことなら無視・無視・・アメリカにはアメフトがある、ベースボールがある、ゴルフがある、アメリカが1番になれるなら新しいスポーツとルールそして組織を創る・・ジャイアンでしょう?、発想が。
日本には野球というベースボースに似たものがあるから日本は子分にしてやってもいいぜという感覚です。

政治的にももちろんそうですね。
自分が主役になれなければTPPも交渉はやめ、CO2削減の為の世界目標である京都議定書も国益に反するとか言って脱退。
どこまでも我儘な奴です。
二酸化炭素を一番出している国のくせに。

それではスネ夫はどこの国でしょうか。
アメリカの腰巾着的なポジションでありながらおうちが少しお金持ちなので密かにジャイアンを小馬鹿にしている日本かなと思います。
静かちゃんは自由と伝統を重んじるフランスのイメージ。
難しいのはのび太とドラえもんです。
気が弱くて、気が良くて、他人頼みでとのび太は昭和の時代の日本的ですが今は該当しない感じです。
ドラえもんも困ったときに頼りになる・・こんな国ありません。
あえて言えば国連でしょうが現実はかけ離れています。
作者の藤子不二雄先生は将来の日本が科学技術やODA開発などで日本が世界の国々と仲良く、信頼される国になっていってほしいという思いを込めてドラえもん像を提示しているというのは私の深読みしすぎでしょうか。
ですがジャイアン・・トランプ大統領にそのままですね。





琵琶湖漁業の現状と未来
7月に入りました。
朝、琵琶湖を眺めれば岸から水平にすくい鮎漁の船が走っているのが見えます。
滋賀県の夏の風物と言っていい光景です。

昨日、用事があって大津市旧志賀町の北小松にある淡水魚専門の水産加工会社に伺いました。
会長さんと話しているともう琵琶湖で商売はできない時代に入ったとおしゃっていました。
私も薄々感じていたのですが琵琶湖漁業の最後の頼みの綱と言える鮎漁が近年大不振で原料確保もままならないところまで来ているのだとお話をしていて思いました。
この会社では平成に入っても毎年夏場にはすくい鮎漁で漁師が捕った稚鮎を50tぐらいは醤油炊きや飴炊きにされるそうですがここ3年ばかりは3tぐらいしか加工できていないそうです。
原料と言うべき鮎が捕れないので当然と言えばそうでしょう。

私の子どもの頃、北小松の浜と言えば琵琶湖屈指の漁場で初夏になると浜辺に小海老が跳ね、ハスが泳ぎ、川ごり漁やすくい鮎漁、いさざの地引網漁なども盛んで朝は早くから漁師が船に乗り沖に出て、昼からは浜辺で女性や子どもたちが捕ってきた魚の選別で賑やかで夜は遅くまで炊き場と呼ばれる工場から醤油と水飴の甘辛い匂いが漂う今から思い出すと何とも言えないノスタルジーを覚えるものでした。
データーなどでみれば明治期から昭和の初めにかけては全国の河川に放流する鮎の80%は琵琶湖産だったこともあります。
それが今は衰退の一途。
もちろん漁師も今や高齢化して現場に出ている方々の多くはは70代、80代で60代なら若手と言われるそうです。
もちろん後継者不足というよりも皆無に近い状況であと数年で捕り手がいなくなる可能性が強まっています。

琵琶湖漁業がここまで衰退した原因についてはいろいろと言われています。
琵琶湖総合開発時代に県内の多くの沼や内湖を埋め立てたことにより(魚のゆりかご)とも呼ばれた産卵場所が無くなったこと、ブラックバスやブルーギルに代表する大型外来魚が繁殖して琵琶湖固有種を喰い散らかしたこと、気象が変化していき冬に雪が降らず多くの新鮮な酸素を含んだ雪解け水が春になると琵琶湖に流れ込み湖底を循環させていたサイクルに不全を生じていること。
鮎を中心に冷水病やビブリオ病が蔓延していて有効な対策を打てていないこと。
そもそも家庭からの排水規制に一定の歯止めが効いておらず、水質悪化の一途を辿っていること。
言い出せば要因はいくつも挙げられます。

滋賀県の食文化の象徴でもある(鮒ずし)にしても固有種であるニゴロ鮒の漁獲が激減しているので近江の家庭で昔は普通に漬けていたのに今はよほどの愛好者しか漬けていません。
地産地消という言葉は誰しも知っていますが最近では滋賀県内ですら淡水魚を食べるという食習慣が生きながらえているのかはなはだ疑問です。
それは大変悲しいことだと思っています。
琵琶湖の水質保全や漁業の振興は滋賀県政の最重要課題と思って今まで取り組んできましたが先の知事選挙でも課題の一つにも上がりませんでした。
県民としてこのまま琵琶湖の現状を見過ごしにしていていいのかと思っています。



お札の人物
長かった滋賀県知事選挙も今日が投票日です。
投票所に足を運びました。
ついでに近所のスーパーで買い物をしようとお財布の中身を覗いたら福沢諭吉氏や樋口一葉さんがいません。
いらっしゃるのは野口英世氏が3人でした。
これでは心許ないなと思ったのと同時にお札の人物ってどのような基準で決まるのかとも考えてしまいました。

調べてみれば我が国初めての紙幣で1円札が発行され肖像は神功天皇・・何と女性が選ばれていました。
1881年というから明治14年のことです。
同時に5円札では菅原道真・・これは何となく選ばれた理由がわかります、なんせ学問の神様ですから。
神功天皇は(三韓征伐)に乗り出した勇ましい女傑天皇ですが現在なら採択されないでしょうね、お隣が抗議するでしょうから。

少し年代が下り、1889年(明治22年)、1円札には代わって武内宿禰(たけうちくすね)・・誰じゃという人物です。
日本書紀や古事記に現れますが景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代の天皇に仕えた伝説の忠臣だそうです。
まるでクィーンの伝説のチャンピオンのようですがはっきり言ってなじみがありません。
同時に10円札には和気清麻呂(わけのきよまろ)・・これも平成に生きる私たちには過去の人というよりも知らない人です。
平安期の皇位簒奪を目論んだ(道鏡事件)を阻止した人物というのが主な功績の人だそうです。
また同時に100円札には藤原鎌足・・天智天皇と一緒に大化の改新の時に宮中で剣を振るった暴れん坊ですが全国津々浦々にいらっしゃる栄光の藤原家の皆さんの祖とも言われる方です。
このように見ると明治期は(忠臣ブーム)で皇室に貢献した人がお札になっていたのかなと納得しました。

戦後すぐは1946年(昭和21年)の1円札の二宮尊徳さん・・昔の学校に行けば校庭の結構いいポールポジションに薪を背負って本を読みながら歩く銅像が建っていました。
今なら車に轢かれるからやめなさいと言いたくなる人です。
わからないのは二宮尊徳さんは戦前、(修身の象徴)と呼ばれ、突き詰めると軍国教育のシンボル的存在に祭り上げられたのに日本が戦争で負けているにもかかわらず紙幣になっているのが不思議です。
造幣局にも骨のある人がいたのか、単にGHQが勉強不足だったのか。

私たち昭和40年少年少女には懐かしい伊藤博文氏は1963年(昭和38年)に千円札で登場しています。
政治家ですからいろいろ言われましたが特に伊藤氏は日本国初代総理大臣であると同時に朝鮮府初代総監だったため(日帝36年)とギクシャクしていたお隣から「なんで日本はあんな人物をお札にするのか」と私も抗議を直接聞いた覚えがあります。
これより政治家がお札になるのが何となく憚れるようになりました。
でもお隣もその伊藤氏を暗殺したテロリストの安重根をお札にしているのでこちらは「何で犯罪者をお札にしているのか」と問うべきでしょう。
大津でロシアのニコライ2世を襲った津田巡査がお札になるとたぶんプーチンさんから安部首相にクレームがつくのと同じ理屈かと思います。

これ以降は福沢諭吉氏や新渡戸稲造氏、夏目漱石氏など文化人で世界的に日本が誇れる人物が(無難なので)選ばれるようになったそうです。
個人的にはジャイアント馬場さんとか冒険家の植村直巳さん、「芸術は爆発だ」の岡本太郎さんや少し(かなり)難しいかもしれませんがミュージシャンの忌野清志郎さんなどがお札の肖像になれば日本経済も少しは明るくなるのではと希望しています。





滋賀県議会議員補欠選挙の話
今日は少しきな臭いお話を書きます。
選挙の話です。
現在、滋賀県知事選挙の真っ最中です。
と同時に(つまり同日投票として)滋賀県議会議員補欠選挙が大津市選挙区と東近江選挙区で15日に告示されました。
公職選挙法の定めにより議員定数に欠員が生じた場合は首長選挙と同時に補充の為に選挙を執行するとあります。
大津市では2016年1月に行われた大津市市長選挙に立候補するため県会議員を辞職した蔦田恵子氏の補欠、東井近江では2017年12月の衆議院総選挙に出馬した小寺裕雄氏の補欠として県議選挙が戦われます。

東近江市では定数1(今回)に対して立候補者が周防清二氏ひとりだったことにより告示日17時の締め切りをもって無投票当選が確定いたしました。
周防氏については何年も前から県議転出(東近江市市議会議員を務めていらっしゃった)が囁かれていましたがご本人が頑なに断っていた経緯もありました。
お人柄は実直で政治活動にも大変精力的な方ですから素晴らしい県議になられることと今後のご活躍をご期待したいと思います。

さて問題は大津市です。
現在大津市の県議定数は10名でうち自民党籍の議員は4名いらっしゃります。
蔦田氏の後継にと今回、自民公認で桑野 仁氏、国民民主党推薦で河井 昭成氏、共産党公認で黄野瀬 明子氏がそれぞれ立候補の届け出を済まし、24日の投票日に向けて凄まじい三つ巴の選挙戦を展開中です。
気になるのは自民党の候補者の擁立過程です。

今回の知事選挙が終わると実質的に来春の統一地方選挙がスタートします。
ここが悩ましいところで果たして大津として仮に桑野氏が当選したとして2019年4月の選挙で自民党として5人の候補者を全員当選に導けるのかという党勢の問題が絡んできています。
今秋の自民党総裁選挙で安倍晋三氏が続投した場合は結構危なくなります。
その半年後の党の支持率が今よりも(2018年6月現在)低空になり、過去の選挙結果を分析すれば1名は圏外となるデーターが出ています。
加えて大津市では選挙の地縁を学区で考える伝統があり、桑野氏が出馬した学区の自民党籍の現職県議が存在していることも今回の選挙に大きな影を落としています。
この現職県議が来春出馬した場合は地盤が割れる騒動となることは容易に推測できます。
そもそも現職県議の後援会も面白くないことでしょう。
もし学区としてあえて自民党が出せるとすればかっての故・上田 彰県議の坂本学区ぐらいしか大津の自民党の空きがなかったのですが。
自民党と連立を組んでいる公明党は早くも来春の大津での県議選挙で公明現職2名の死守が大前提となっているので余計なちょっかいは出してこないのでこの補欠選挙は様子見となっています。
つまりは動かないということです。

桑野氏の県議選挙への出馬表明は自民党としてタイムリミットぎりぎりで決まってしまいました。(そう表現するほかありません)
大津市自民党関係者の中でもあっけにとられた方が何名もおられます。
主導したのはもうマスコミで報道されましたが自民党滋賀第一選挙区支部長の大岡氏です。
[選挙があるから自民党籍の議員を立候補させる]という命題はもちろん賛同・理解はできるのですが今回については(疑問手)です。
そもそも欠員となった蔦田恵子氏の地盤は純粋な自民票ではありません。
彼女が政治家に転出する前にBBCキャスターとして活躍されていましたが当時の滋賀県知事・國松氏や複数の県幹部が御膳立てをして滋賀県政に送り込んだ経緯もあります。
所属会派は当時の自民党・湖翔クラブでありましたが蔦田氏はその湖翔クラブの只一人の構成メンバーとして自民党籍は与えられず、いわば自民党からは距離を置いているポジショニングでした。
それらの不公平感から後年、蔦田氏は自民党支援から飛び出しみんなの党の参議院選挙や大津市長選挙に挑戦されたのではないかと私は勝手に推測しています。

今回の大津での補選は複雑です。
この大津市の選挙は来春の滋賀県全体の県会議員選挙を占う前哨戦でありながら過去の滋賀第一選挙区の総決算的な意味もあります。
桑野氏と競っている河井氏の応援には川端達夫元衆院副議長や嘉田由紀子元滋賀県知事の強い力を感じます。
両名とも過去に大岡氏に苦杯をなめさせられた関係上黙っていられないところでしょう。

藤井総太7段の躍進により人気が高まっている将棋ですが互角に、あるいは優勢に進めている局面でも指す一手によりずるずると負けてしまう場合があります。
これが将棋用語で言われる「敗着」という悪手です。
大岡氏はこの敗着を指したのではないかと心配します。
私がもし自民党滋賀県連幹事長ならこの局面は(スルー)、つまりこの補選は候補者を出さずに来春の県議本選で迎い撃ちます。

もちろん私も自民党の一員として出馬された以上は桑野氏の当選を願っております。
ましてや桑野氏のご尊父・桑野 忠氏は(くわちゅうさん)の愛称で知られた政治家であり、堅田の桑野、小松の松井と高島の石田と161号線北部枢軸の盟友でもあった関係です。
今回は知事選挙の結果よりも大津市の補選が気になります。









雨が下しる
今は梅雨なんでしょうね。
何か暑いのか、涼しいのか、ピンとしない天気が続いています。
それでもこの梅雨が明けたら全国的に暑い夏が到来するかと思うとウンザリともします。

明智光秀が茶会で詠んだ、主君・信長を討つと決めた覚悟の歌で「時は今、雨が下しる五月かな」という一句が後世に伝わっていますが旧暦は5月でも本能寺の変が起こったのは新暦の6月21日の未明のことでした。
きっと朝から蒸し暑いことだったのだな、火事まで出してと考えていた一日です。
田舎道は怖い
月曜日は台風5号が来るから大雨かと思っていたらずっと東の海上を抜けて関東方面に向かったようでそれほど雨脚は強くありません。
朝から国道161を自家用車で南に走っていたら高島町白髭神社付近の側道でキツネの子が横たわっていました。
たぶん道路を横切る際に車に轢かれたんだろうと思うとその少し前方にこれも鷹(トンビ?)の子が仰向けになっていました。
その様は両脚の爪を空に向かって突き出しており死後硬直が始まっているかのようでした。
推測するとキツネの子を食べようと降りてきたところを後続の車にはねられたのだろうと。
二重事故でしょうか。

白髭神社のカーブを曲がって直線に入ったら前方に黒いお椀のようなものがコロコロと動いていました。
私の前を走っていた車は急ハンドルで回避しましたが私は対向車とすれ違うタイミングなので避けようもありません。
ブレーキを踏もうと思いましたが後続車と追突する恐れがありますからそれもできません。
物体を良く見るとどうやら原付バイクのヘルメットのようでした。
(南無さん!)ヘルメットを踏みつけました。
バキ!バリバリ!とタイヤから衝撃を受けていました。
バックミラーで確認してみるとヘルメットは跡形もなくなっていました。

最近は車の事故関連のニュースが毎日のように報じられています。
私の子どもの頃には「せまい日本、そんなに急いでどこに行く」という標語が流行っていました。
また「注意一秒・怪我一生」とも。
車を運転の皆様、交通事故だけにはくれぐれも気をつけましょう。
自戒を込めてそう思います。


カレーの消費性向の変化と人口減少
先日のネットニュースでカレー市場では遂にカレーの固形ルーがレトルトカレーに売上額を抜かされたと報じられていました。
故・西城秀樹さんのCMが懐かしい箱入りバーモントカレーよりククレカレーの方が良く売れているということです。
それがどうしたと言われそうですが昭和の夕食を象徴する大家族でのおふくろのカレー、じゃがいも・ニンジンざく切りでお鍋で
コトコトと煮込んだカレーより個食のレトルトが売れているという事は調理に手間暇をかけられないという家族事情とともに大家族よりも少子化が進んだ平成の核家族化がより顕著になったと分析すべきでしょう。

滋賀県では知事選挙が始まっています。
告示された朝の新聞で市町の有権者数を見て驚きました。
滋賀県内各市町村で▼マークがついて減っているのは私の住む高島市ぐらいで他の市町は何とか微増でした。
高島市の有権者は4万1千人。(平成29年6月現在)
これは町村合併した2005年の5万3千人から1万2千人も激減しています。
どうりで街にも活気が感じられないわけです。
しかもこれには数字のレトリックが加わっています。
2年前の公職選挙法改正によって選挙人年齢が18才に引き下げられたにも関わらずこの低落です。
若者もどんどん街を出て行っているのでしょうか。
もちろんこれは高島市だけの問題ではなく全国津々浦々の地方都市共通の課題です。
それでも滋賀県は地の利を活かして今まで人口増が続いてきてます。
高島市だけ1人負けと自虐に陥りますがこうなれば開き直って自然と環境を活かして人口が減っていっても住みよい街を目指す方が現実的かもしれませんね。








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