ゆうすけブログ
ゆで卵の思い出
大型連休はどこに行っても人の波、だからどこにも行かず家でゆっくりするに限ると毎年そのように過ごしています。
地元の祭りも昨日終わり、今日は晴天、妻は妹と信楽に遊びに行き、長女は東京から帰って来ず彼女の生活を満喫しているようで、長男はこの春から京都の学生寮に入り、次男は高校生最後の部活(サッカー)の試合というわけで私は1人で静かに家守です。
あ、猫が3匹いました。
彼ら、彼女らは私と一緒です。

テレビでは「大型連休も終盤です」と女性アナウンサーが言ってましたがやっと休みらしくなったのにもう終盤とは悲しいものです。
今日の私のような状況を昨年読んだ村上春樹氏の小説「騎士団長殺し」になぞらえてしまいます。
冒頭で妻に出て行かれた(見捨てられた)主人公(職業・画家)が友人の別荘に転がり込みますが深い谷間に囲まれた高台の1軒家で誰ひとりとして訪れない静謐な生活が始まるところから物語が進行していきます。
今朝はそんな状況です。

起床して特にお腹が減っておらず、さりとて何か軽く口にしたいのでコーヒーを淹れてからゆで卵をつくって食べました。
ゆで卵は便利です。
特に調理の手間がかからず、卵をゆでている間にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいればいいのですから。
ゆで卵を食べながら随分と昔のことを思い出しました。
それこそ50年ばかり昔のことです。
幼稚園児だった私は大津駅前にあるプロテスタント系の幼稚園に通っていました。
キリストの復活祭(イースター)になぜかゆで卵が園児に出されました。
お皿も何もなく、ただ手渡しされ、その場で食べるのですがなぜか卵の殻全面に塩がついていて私たちは器用にその塩を殻から掌に落としてから殻をむき、むいた卵を塩につけて食べるのです。
今考えてみると塩を卵の殻に引っ付けるのはどうしていたのかと思います。
別に卵の表面が濡れていたわけではなく、カラカラに乾いた塩の結晶がびっしりと付いていたのですから。
暇だと昔のそんな他愛のないことを思い出します。

どうでもいいのですが母方の祖母は京都に住んでいましたがゆで卵のことを(にぬき)と呼んでいました。
祖父は(うでたまご)と言っていました。
子どもながらにこの(うでたまご)の語感は大阪の下町の人がきつねうどんのことを(けつねうどん)と呼ぶのに似ていると感じていました。
それなりのこだわりがあったようですが今となっては確かめようもありません。
さてGWもそろそろUターンラッシュが始まったようです。
皆様、どうぞお気をつけてお戻りください。


日本人と海苔
今日は日曜日、起床して天気が良いのでお布団を干してから朝食を食べましたが軽くごはんと海苔とお味噌汁。
素朴です。
ごはんを海苔に巻きながらふと考えたのは先日、テレビでやっていた「海苔を消化できるのは日本人だけだった」という番組。
日本への海外からの旅行者は年々増えてきていますが外国人にお土産屋で袋入りの海苔を見せてもこれは何だという反応を番組では紹介していました。
でも不思議なのは世界的に日本食が人気・認知されているのにあの寿司などのカリフォルニア巻きとか海苔を使う場面も多くあるのに消化できないものを出していいのかという疑問がわきました。

調べてみると海苔は紅藻・緑藻・シアノバクテリア(藍藻)などを含む藻類の総称だそうです。
その海苔を溶かす(消化する)ことができるのが海洋性バクテリアであるソベリア・ガラケタニボラという一種の酵素成分。
それが日本人の腸内に住みついているので海苔を食べても消化できるとのことです。
外国人は食べてもそのまま未消化で出てくるようです。

そこで再び素朴な疑問が生じました。
「でも韓国海苔とか、韓国にも海苔製品はあるし、中国でも海岸部、イギリス・ウエールズ地方でも食べているそうだ」と。
それで調べてみるとそれらは焼き海苔であって日本古来からの板海苔ではないとのことです。
焼き海苔なら消化酵素のない外国人でも消化すると聞いて少し納得しました。
日本人が海苔を食べ始めたのが遡ること8世紀、それまでワカメなど海藻類を多く摂取していたので自然と分解酵素が腸内に住み着きだしたとあります。
韓国人が海苔に接したのが日韓併合の1910年以降でまだ100年ちょっとのことですから生物学的・遺伝工学的には板海苔(生海苔)にはまだ適合できていないのかとこれも納得。
それにしても日本人すべての人に海苔を消化する微生物がすんでいるなんて考えてみればすごいことではないかと思ってしまいます。
遺伝子的に記憶、生物的に共有するというのは文化人類学を越えています。
おむすびに海苔を巻いて食べる時にちょっと考えていただきたいテーマです。


元政治家として訃報に接して
議員時代からの癖と言うか習慣で毎朝、新聞のお悔やみ記事(訃報爛)を見ています。
お誕生の記事もありますがそちらはざっと目を走らせるぐらいの素通りです。
かって田中角栄元首相は派閥の若手政治家に「お祝い事は後回しでいい、ご不幸があったら真っ先に駆けつけろ」と人情と義理を教えています。

今朝の訃報爛を見て仰天したのは同じ町内に住む方のお亡くなりの記事。
この方は私が初めて選挙に立候補した時に熱烈に応援して頂いた人物でした。
企業にお勤めで特に公職に就かれていたことはありませんが区長などをされ温厚で地域の仕事はテキパキとされていたので信用があった方です。

私の最初の選挙は一番の地元が割れて私自身も大変なストレスに苛まれながら戦ったものでした。
私の他にもう一人有力な方が立候補を表明しており互いに引くに引けなくなり地盤が割れてしまったのです。
尤も街の市議会議員の大半、元行政の主要な立場の方たちなど政治的オピニオンリーダーと言える人たちがもう一人の候補者の応援に回り、私は大変苦しい立場に置かれました。
いろんな人が入れ替わり立ち代わりと私のところに来ては選挙から身を引くように説得をするのです。
地域を割らない為にも降りるべきなのかと真剣に悩みました。
しかし、その頃の私には燃えるような政治への情熱が滾り、政治を通して世の為人の為に働きたいという思いがどうしても拭い去れないところまで高まっていました。
街の政治的に主要な方々からいかに批難されようとも自分の気持ちに正直になり、ここで降りれば一生後悔するとともすれば折れかける心に鞭を打って立ち向かう事を決心いたしました。

そんな時に孤立無援の状態の私を支持して頂いた方のおひとりが今朝の訃報にということです。
もちろん友人・同級生・これまでご縁をいただいた多くの方々も応援してくださり約10か月間の苦しい後援会活動と選挙戦に勝利させていただくことができました。
私を応援して頂いた方々は普段はあまり政治の表に出てこられない市井の人たちでその時の選挙体制はまさに草の根選挙の典型だったと思います。

現在は政治の現職でない私もその時に受けたご恩は自身の一生をかけてもお返ししていかねばならないものと思っています。
また人に対してだけではなく、地域についても何か災害が、大きな課題があれば出て行って矢面に立つ気持ちは今も忘れていません。
それが一度でも選挙に出た者の節度だと思っています。
思えば選挙に出るという事は多くの方々にお世話にならねばならず、また立候補するということは公的にも責任が発生することでもありますからまことに大それたことだと考えてみれば身震いするような行為だと思ってしまいます。
それでもルビコン川を渡ってしまった私はこれからも政治的な課題から評論ではなく行動で地域社会にお返しをしなければならない、それが頂いたご支援に対する義理と人情ではないかと考えます。
政治家になるということは業の深いことです。
表現的にお許しをいただくと「行くも地獄、戻るも地獄」の世界です。
お昼から告別式に伺います。







最後の花見
今夜はおぼろ月夜です。
煙ったような月光の下に我が家の庭の桜の花が今年も咲きました。
東山魁夷の1枚の絵を思いだします。
この桜は今の家を新築した時に母が植えたものですが水が良かったのか大木に育ちました。
ですが築40年の家と一緒でもはや老木です。

今日のお昼にご近所でお付き合いをしている方のご母堂がお亡くなりになり告別式に参列させていただきました。
喪主はご長男であるその方がお勤めでしたが式の終わりの喪主挨拶で『母は桜が好きで毎年この頃になると私が車を運転して助手席に乗せ、二人で花見に行きました。ここ数年前から「今年の花見が最後ね」と言うようになりましたが戦後苦労して私たちを育ててくれた母も晩年は好きなことができて幸せだったと思います。これから斎場に向かいますが琵琶湖沿いの桜並木の下を通ってほしいとお願いしました。母と最期の花見を楽しみます』と言われました。
なぜかホロリとしました。
桜の花の季節はなぜか出会いと別れを私たち日本人に想像させます。

淡々と日曜日
昨夜は高校時代の同級生らと久しぶりに会って痛飲。
今朝は春らしい日差しが柔らかい日曜日のお天気となりました。

妻が入っているNPOが今津総合運動公園で婚活イベントをするというので頼まれて司会の吉本興業の芸人さんとそのマネージャーを今津駅まで迎えに行きました。
車中、いろいろと高島市について尋ねてこられてのでザっと市の概要や現状の問題点、特に人口動態についてお話をしましたが熱心に聞いておられました。
たぶん、今日のイベントのネタづくりに活かそうというところだと思いました。

以前は日曜日だとかなり忙しくイベント・行事に走り回っていましたがここ数年は休みは休みとして完全に個人で消費できるところがありがたいと思っています。
そのように思っているうちに車の給油ランプが点滅したのでガソリンスタンドに入って給油をしました。
そのまま買い物に行こうとスタンドを出て信号待ちをしていると左の窓ガラスをコンコンと叩く音が。
思わず顔を向けるとニコニコした私よりは少し若いかなという男性が、しかし感じは良い人ですが見おぼえがなく「何でしょうか?」と言うと「給油口が開いてますよ」と親切に口を締めてくださいました。
丁寧にお礼を言って発進しましたが人の親切にふれて何だか明るい気持ちになりました。

平和堂に着いて買い物をしました。
コーヒー・愛猫のエサ・スパゲティなど。
まだ開店して間もなしなのでレジは混雑していませんでしたが最近見たテレビの特集では中国などは無人のコンビニやスーパーがすでにオープンしているということ。
AIの進化が社会の便利を生み出す反面、人の仕事を奪うというおそらくこれからの10年は産業革命に匹敵する激変期を迎えるんだろうなと考えながら家に戻りました。
買ってきたコーヒーを挽いて飲みながら猫と戯れる日曜日です。

世間は3連休
世間では3連休だそうですが私は3連急、または3連窮、3連糾、3連泣、3連救、3連灸です。
2月に入っても俄然、寒さが身に沁みます。
関東でも北陸でも大雪。
豪雪の為、立ち往生もありました。
季節でも暦上は節分も終わって「立春」、春が立っているのに気配すら見えません。
せめて梅の花でも咲いていればと思うのですが。

暦の四季と人間の感覚では微妙に季節感がズレていると最近では思うようになりました。
例えば「冬至」。
ご存じのように冬の最中で昼と夜を比べて日照時間が最も短いとされる日です。
だいたいは12月の21~23日ぐらいです。(今年は12月22日)
ですが昔から「冬至、冬半ば、冬始め」と表現され、冬至の頃は季節的に冬の半ばだけどまだまだこれから寒くなる冬の初めだよと言われてきたそうです。
そう言われるとなるほど本当に雪がどっさり降ってくるのは年が明けてからだもんな、心底寒くなるのは1月の半ばぐらいから2月かと思い当たる節はあります。
昔の人は鋭いなと考えながら今朝は雪が降り積もった庭を見ながら一杯のコーヒーを飲んでいました。




冬来たりなば
早いもので平成30年が明けたと思ったらもう2月、今日は節分です。
このところ車で早朝に出ていますが先月までは午前7時ぐらいまでは薄暗くてライトを点けていましたが今月になってやはり春に近づいてきたのでしょうか、夜明けが早くなってきたように思います。

数日前の皆既月食の朝も国道161湖西路を南下中に左手の琵琶湖方面(東)から朝日が昇って来たと思ったら右手に比良山系(西)に沈んでいく満月を同時に見ました。
何とも面白い光景でしたが確か「巨人の星」で飛雄馬がこれを見て(ガーン!)と感動する場面があったように記憶しています。
パノラマ写真があれば撮りたかったシーンですがいつかの楽しみに取っておきます。
来週も何やら寒くなると天気予報では言っていますが「冬来たりなば春遠からじ」、気長に暖かくなるのを待ちたいと思います。

心配しています
今年の元旦、私より先に届いた年賀状を見ていた妻が「どうしていますか?心配しています・・・」とつぶやきました。
「え!何が?」と私。
「だって年賀状に一言添えてあるのは゛どうしていますか?心配しています゛ばかりじゃない」
「誰を?」
「無論、あなたよ」
「どうして?」
「ふらふらしていると思われているからよ」
「何で?」
「近頃、音信不通だからよ」
「誰が?」
「あなたよ」
「どうして?」
「ふらふらしているからよ!」
「何で?」
「そう思われているからよ!」
「誰を?」
「あなたよ!」
「どうして?」
「みんなの前に出ないからよ!ゼイゼイ」
「何で?」
「知りません!」
とうとう見捨てられてしまいました。
世間では私の事を心配してくれていたのか、まるで植村直巳さんのような扱いじゃないかと思っていた気楽なお正月でした。

新春事始め
平成30年が明けてからもう4日目。
世間ではそれぞれのお正月をお迎えになっているでしょう。
昨日はそんな華やかな年明けに地味に誕生日を迎えましたが50才を過ぎてから誕生日もそんなに嬉しくなくどちらかと言えば(ああ、またひとつ年を取ってしまった)という何とも言えない寂寥感が心の中を吹きすさびます。

それでも唯一の救いはブログをFBに公開しているのでお祝いメッセージを多数のお友だちから頂いたことです。
もらってうれしいメッセージ。
「クリスマスキャロル」の主人公・ひね者スクルージーのようにお正月が楽しくなりました。
私もこれから人様の誕生日にはできうる限りお祝いの言葉を贈るようにしたいと思います。

昨年末から東京の学校に行っている長女が正月帰省してきて我が家は久しぶりに一家全員が揃いました。
正月にはおせち料理を食べ、控えめに近くの氏神様に初詣をすませて3が日を自宅半径5キロ以内生活で送っています。
同級生と飲んだりもありましたが10時間延々と座っているのは楽しいような、健康に悪いような。

それと今年の干支は「犬」です。
犬も好きですが猫派の私としては飼っている猫3匹をなだめて「どうしてお前たちの年はないんだろうね」と言い聞かせています。
猫たちは口々に「ふざけるニャン!」と怒っています。
これについては最近借りてきたDVD「まんが日本むかし話」でその答えがありました。
箱根駅伝ならぬ干支争奪レースがあり、猫はある動物からレースの日を間違って教えられ寝ていたので不戦敗となり干支になれなかったのです。
それ以来、猫はだまされたその動物を追いかけるようになりましたとさというお話。
戌年の方、今年は年男・年女がんばってください。

いよいよ大晦日
今年の師走はもう何年かぶりと言ってもいいほどの(個人的には)忙しさでひたすら夜は家に帰っては食べて寝るの繰り返しでゆっくりブログなどを更新している余裕がありませんでした。
やはり人間にとって最低限の命の保証は栄養と休養です。
疲れ果てて気がつけば大晦日となっていました。

まだ若干の掃除や買い出しも残っています。
年が明けるまであと14時間ばかりですが今夜ぐらいはゆっくりしたいともうひと頑張りします。
平成29年もいろいろありましたが終わってみれば早いものだと述懐しつつ、どうぞ良いお年をお迎えください。

猫のエサを間違えた
猫と犬は長く人類と生活を共にしてきました。
猫などは古代エジプト文明の頃から人間社会に関りがあったとされてきましたが最近の発見ではそれより先の文明(ミケーネ)の遺跡から人の骨と一緒に猫も発掘され従来は5000年ほど前からと言われていた人間と猫の共生関係が数万年前と大きく学説が変わりました。

その人間との生活の中で狼の先祖ともいえる犬がほぼ人間と同じものを食し栄養吸収構造を獲得していったのに比べて猫の場合はこれほど人間と暮らしているにも関わらず断固として体内の必用栄養素の消化能力を変えないということは猫の神秘性をより高めています。
つまり猫は人間や犬のように三大栄養素(タンパク質)(脂質)(炭水化物)という均等の摂取を必要とせずタンパク質オンリーで成長・生育できるのです。
タンパク質とは乳・卵・肉・魚などであり猫にはご飯やパン、野菜、果実などは要らない栄養素なのです。
最近、猫の平均寿命が延びてきた要因として家庭内においてキャットフードの普及が挙げられています。
昔は(ネコまんま)と言って余ったごはんに鰹節をかけて猫に与えていました。
しかし、猫にとって鰹節はタンパク質ながらごはん(米)は必要がない、消化しても栄養とならないものでしたからどうしても食べ続けると長生きができないということが起こっていたと推測ができます。
その点、犬ならば炭水化物は栄養ですからガツガツいっていたのです。
つまり、現在売っているキャットフードとドッグフードは中身が違う、少なくとも犬と猫にとって最適の栄養バランスを保っていると考えていいでしょう。

私は猫派で自宅に3匹の猫と住んでいます。
先日、近くのドラッグストアでいつものようにキャットフードを買ったつもりが間違えてドッグフードを購入してしまいました。
ストアのレシートを捨ててしまったので返品・交換もできず、困った末にいつものように愛猫に与えてみました。
彼ら彼女らは近寄ってきて鼻でクンクンとドッグフードを匂い、私に(これは違うにゃー、いつものエサを出すんだにゃー)と騒ぎました。
私も意地になって「ええい、吾輩のミスを咎めるのか?おとなしくドッグフードを食べろ」と怒りました。
それでも猫たちは騒ぎ、にゃーにゃーと抗議するのでそのままドッグフードを食べるまで置いておきました。
すると仕方なく猫たちはポリポリと嫌々食べていましたが私を見る目が妙に冷たく心の中では猫の労働組合をつくる準備を固めたのかと恐れおののいた昨今です。
EX)ですがよく考えてみたらいつも寝ている彼らがストライキを起こしても寝ているだけですから何ともないことに気づきました。
セーフ。



昭和テイストとは
10月も今日で終わり、季節の移り変わりの早さを感じるこの頃です。
中秋の名月を眺めていたかと思えばもう木枯らしの吹く晩秋。
そろそろ冬支度をしなければと考えたりしていました。

車に乗っている間にラジオをつけていると昭和の歌謡「ちいさい秋みつけた」が流れていました。
思わずしみじみとして(昭和の歌っていいな)とひとりごこちの気分に浸ります。
「ちいさい秋みつけた」は1955年(昭和30年)、NHK特別番組「秋の祭典」で伴久美子がソロで歌ったのが初めてと言われています。

♬だれかさんが だれかさんが
だれかさんがみつけた 
ちいさいあき ちいさいあき
ちいさいあきみつけた
めかくしおにさんてのなるほうへ
すましたおみみにかすかにしみた
よんでるくちぶえもずのこえ

そんな一種感傷的な気分に浸っていた夜にカラオケに行くと受付で若者の集団と出会います。
「やっぱ〇〇美の歌って昭和テイストかかってんだよね」
「いやだ~」

(昭和テイスト?いやだ~)だって・・・・。
何か軽く昭和をバカにされたような気分。
私たち昭和人間は前年号の人たちを大正ロマンと敬っていたのにテイストとはなんだ、テイストとは。
テイストって味って意味でしょう、勝手に料理しないでね。
ぷんぷん。😡

でも平成も言ってるうちに終わるんですね。
私は今上天皇がご退位されるのが来年末かなと勝手に思っていたのですが新聞では宮内庁が行事日程が調整しづらいとかなんとかいちゃもんをつけて来年春となる可能性が大と報道していました。
ですがまだまだ世の中、元気な昭和人間がはびこりますよ。






あなたならどうする
昨日は選挙の投票率を心配していましたが今朝の新聞を読めば「期日前 最多1564万人 20日まで」とありました。
衆院選挙で期日前が始まった2005年以来過去最高のようです。
良かったね、やはり日本人は義理堅いねと新聞にささやきました。
雨にも負けず、風にも負けず、投票所に行ってくださった方に選挙管理委員でもない私でも感謝です。
これで日本の民主主義も守られたと。

今晩にも大勢が判明するので今さらごちゃごちゃと御託を並べず近況報告をします。
昨日はコンビニエンスストアに寄りました。
急に甘いものが欲しくなる突発性甘味希求症に襲われたからです。
チョコレートとドーナッツを買って店先で食べていたら横から「ああ、これ要りませんか」と缶コーヒーを差し出されました。
急なことなのでびっくりしてその声の主をマジマジと見れば面識がない(と思う)20代(と見た)の眼鏡をかけた細面の青年。
髪は七三でオーソドックスないで立ち。
普通の人っぽい。

「くじを引いたら当たったんですが僕はブラックを飲まないんで良かったら」
「いいんですか?」ともう貰う気でいる私。(私は基本的に素直な人なんです)
青年は私に缶コーヒーを渡して去っていきました。

さて、見ず知らずの人からただ今貰ったこの缶コーヒー(無糖)を飲みたくなってきました。
チョコとドーナッツで口の中が甘味いっぱいなので苦味の効いたコーヒーでしめたいと思いました。
子どもの頃、親から「道端に捨ててある食べ物は食べてはいけない」と教えられこの年まで守ってきましたが「知らない人からもらったものを食べてはいけない」とは言われていなかったなと幼き日を述懐しました。
だが、これから先は自己責任、これを飲んで気分が悪くなっても誰も同情してくれません。
缶に妙な穴が開いていないか、細工はないかと目を凝らして見てみても傷ひとつありません。
この状況、あなたならどうします。
私は・・飲みました。


風邪って伝染病だったんだ
今日から総選挙が始まります。
私も候補者のポスター貼りや選挙カーの先導など細々とした仕事がもらえました、一兵卒としてがんばります。

ところで先日会合でお会いした知人が鼻をぐすぐすいわせて苦しそうに息をしているので「風邪ですか?」と聞いてみたら「娘が風邪を引いていてもらったようです」との返答。
よく(風邪は人にうつしたら治る)などと聞きますが私は今までの人生で風邪は伝染病とは思っておらず単なる体調不良の進化系と考えていました。
だから風邪は滅多に罹らず、つまり馬鹿だったんだと気づきました。(バカは風邪をひかないとも言います)

家に帰ってPCでウイキペディアを叩いて(風邪)を検索してみれば立派に風邪は伝染病つまりウイルス由来と書かれているではありませんか。
風邪の30%から80%までは(上気道感染症・ライノウイルス・普通風邪と呼ばれる)・・へぇ感染症、つまり人から人にうつるんだと納得。
長年の迷が解けました。
残りの20%ほどの風邪はコロナウイルス(SARS)、インフルエンザウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルスなどがあるようです。
私は風邪とインフルエンザは別物と思っていましたがインフルエンザが風邪の一種だったようです。
その点でもおバカでした。
気候も涼しくなってきたのはありがたいのですが夏の疲れがじわじわと出てきたり、急な気温の変化に対応できず風邪をお召しになる方もいらっしやると思います。
どうぞご自愛ください。
PS でも選挙の時に吹く゛風゛も人づてに伝わりますから一種の伝染病でしょうか?

写真今昔
いつも政治のことばかりブログに書いていると肩が凝りますから今日はさらりと。
昨夜は中秋の名月で私も車を停めて琵琶湖岸から中天にかかる満月を観ていました。
その足で同好の士(何の同好なのか?)と今津にあるとあるホテルの和食で宴会。
ススキと月見団子を飾ってお酒を飲み楽しんでいました。
これも風流なものです。

その時に参加者の1人が「写真を撮ろう」と呼びかけ携帯でパチリ。
今朝、起きたらメールでもう写真が配信されていました。
便利だなと感心することしきりでしたが今日は休みだったので押し入れを整理していたところ昔懐かしいコダックのポケットカメラが出てきました。
もう40年以上も前に親戚の叔父さんからお土産にもらったものでした。
貰った時は嬉しくて少年写真家になってあちこちに出歩いたのを憶えています。
それから程なくしてポラロイドカメラが出たりと写真の世界もめまぐるしく進化してきましたが現代ではみんなが携帯を持って出歩いているので1億総写真家の時代ですね。



キャンドルナイトと解散風
台風18号が徐々に関西に近づいていた昨晩、激しくなる風の音を聞きながら借りてきたDVDを鑑賞していたら突然部屋が真っ暗になりました。
慌てて近所を見渡すと明かりがついている家がありません。
停電でした。
夜の9時ごろです。
妻がロウソクを出してきて食堂だけは明かりが灯りましたがどうしようもありません。
電気の有難さが如実にわかりました。
お風呂も順番に懐中電灯を持って入って、妻と子どもらは早々に寝てしまいました。
私は休日なのでお昼にゆっくりしていた(昼寝をしていた)のでそんなに早い時間から眠れません。
仕方なくロウソクの光を頼りに読みかけの文庫本を出して文字を追い始めました。
キャンドルナイトになりましたがロウソクの火で本を読むなど子どもの頃以来でした。
台風の夜長、読書に灯火親しむ秋です。
再び電気が点いたのは午後11時過ぎ、ほっとしました。

台風と供にやって来たのは(解散風)でした。
ニュースによると安部首相は今月28日召集の臨時国会冒頭に解散を行うとの報道が流れました。
そうなれば10月16日公示、22日投開票となります。
安部首相の決断を後押ししたのは各報道機関によりますと・・
1)都議選では最悪だった内閣支持率のある程度の回復
2)民進党の前原新体制のゴタゴタと離党ドミノ
3)小池新党の準備不足
が要因だと言われています。

私は隠れたアクター・アクトレスとして元民進党の山尾志桜里議員と北朝鮮労働党の金委員長の2人と思っています。
山尾議員のW不倫騒動は他の自民党の議員の不祥事を一掃する迫力でしたし、北朝鮮による度重なる太平洋へのミサイル発射は北朝鮮が皮肉なことに自民党政権の支持率を押し上げる結果となりました。
国民の間では前回政権担当時に尖閣で中国船にぶつかられた海上保安庁の失態が記憶に生々しく、何もできない民進党に国防を託すのは無免許のバスに乗り込むようなものだと思っていますし、小池新党も全くの未知数です。(素人です)
小池新党の若狭議員にしてもマニフェストに参議院の廃止などどうしようもないことを訴えているのを見ても新党がポピュリズム政党であることを露呈しています。(議会制民主主義の否定と破壊)
安部首相自身は加計学園問題などで「首相が信じられない」など批判を浴びしたが自民党はまだまだ人材が豊富なので(有事の自民党)(危機対応の自民党)と国民の間では一定の評価を得ています。

もちろん今回の総選挙は自民党にとって前回、前々回のように地滑り的圧勝は期待できませんがそれでも若干の減少ですみそうです。
自民党現有287議席・予想273議席(小選挙区212・比例61)、民進党現有90議席・予想72議席(小選挙区44・比例28)
小池新党現有0・予想35(小選挙区9・比例26)、維新現有15議席・予想18議席(小選挙区6・比例12)などを予想します。
自民党としてはこの解散を逃せば来年以降は追い込まれ解散となり自滅の道を辿るのは見えているので勝負に出るべきでしょう。





危ない兆候
「へぇーそうなんだ」、「なるほど」、「それで結論は?」とTVを観ながら番組と対話していると妻が「気持ちが悪いからやめて」と言いました。
私が若い頃観た(ポルターガイスト)というハリウッドのホラー映画で少女がテレビとお話ししている場面がありましたが結構危ない兆候かもしれません。

今年の夏もそれなりにイベントに足を運びました。
イベントだから行事だから人が来なければ盛り上がりません。
人が来たら会場がギュウギュウになってそれこそ立錐の余地なしという状況で歩けません。
そこで私が編み出した歩行術が「対イベント散策法ーぶつぶつ歩き」です。

これは人混みで賑わっている会場で少し伏し目がちに或いはもっと大胆に宙をにらみながら「くそー」、「ちくしょー」とか「宇宙は原子の集まりなんだ」や「みんな孤独や」とか言いながらぶつぶつ言って時に少し声を荒げて「ともだち欲しいか?」とかアクセントをつけながら歩くと自分の周囲から人がよけ始め、エアポケットのように歩きやすくなります。
要は自分が人混みの渦の台風の目になるイメージです。

これは今夏、大津の花火大会で試してみて大成功を収めました。
ですが注意しなければならないのは一所に留まると通報で駆け付けた官警から尋問を受ける可能性もあります。
身体調査もあります。
もうひとつは(地元ではやってはいけない)です。
地元だと万が一顔と名前が一致したらイベントの夜だけではなく次の日からも噂になり人が避けるようになります。
それはまったく本意ではありません。
下手をすれば引っ越さねばならなくなります。
あくまで(旅の恥はかき捨て)的に誰も知らない場所で行います。



真夏の台風
東海に進むと思われた台風5号はこの時期としては大胆にも本州を直撃、近畿そして私たち滋賀県を琵琶湖の上を北上して日本海に抜けていきました。
昨日(7日)に開幕が予定されていた甲子園夏季大会の第一試合で彦根東高校の出番を心待ちにしていましたがこれも繰り延べ順延となりました。
それどころか私の地元の高島市でも朽木・高島地域の中山間部の集落では激しい降雨を警戒して避難指示が出されるなど大混乱です。
不安な一夜を明かされた皆様には心からお見舞いを申し上げます。
隣の長浜市・姉川でも一部、河川氾濫が発生して床下浸水、住民の方々約250名が避難場所である小学校体育館に退避されたと今朝のニュースで知りました。
「天災は忘れた頃にやってくる」とはよく言ったもので常日頃から備えをしておかなければならないとつくづく思います。
6月らしからぬ
書くことがないと時候のネタしかありません。
政治や経済もいいのですが最近はどうも触手が動くような事案が無くて森ナントカとかカケほにゃららとかいつまでやっているのかと思ってしまいます。

さて6月らしからぬ晴天が続いています。
6月らしからぬ湿度の低い、さらりとした天候です。

このところ大津方面に出ていますが今朝も自動車を運転して高島市白髭神社を越えて北小松の集落に達したところで琵琶湖を眺めると5~6艘の漁船がすくい鮎漁をしていました。
夏の琵琶湖の風物ですがさて、今夏は鮎の漁獲が大変悪いためにどうなるのだろうと心配しながら眺めていました。
待つ身の辛さと6月の休日
この土曜、日曜と比較的良い天候となりましたが友人に誘われたゴルフを断ってしまいひたすら体力回復に充てました。
昨日は会議や催し物、今日は朝から地元の清掃活動に半日従事、昼からは家でぼけっ~と贅沢です。

昨日の自民党役員会で「本年度は総選挙を想定せず予算を計上しない」と事務局から説明があったのですが・・
私は心の中で(いや、選挙はあるでしょう)と思っていました。
違憲状態にあると最高裁から指摘されていたいわゆる1票の格差問題でも衆院小選挙区の区割りを見直し、改正公職選挙法が一昨日成立したことにより首相が解散権を行使するフリーハンドルを握ったからです。
このまま来年の12月、任期満了を待つとは過去の安倍首相の選挙行動からしてあまり考えられないと思います。
ただ、安倍政権が悲願としている憲法改正についての動きを考えるとさすがに今年度は在り得ず、国会での改憲発議が行われた際に国民に信を問うという形で解散となるのではないかと言うのが大方の見方です。

それにしても国会議員はよろしいなというのが地方議員の言い分です。
政治浪人という言葉がありますが選挙に出て落ちて次の選挙を待つ身でしょうが地方議員にとって返り咲きを狙うとしても丸々の4年間はやはり長いのです。
糊口凌ぎ、家族がいれば批難に耐え、下手したら国会ではなく家族が解散する恐怖に怯えながら地道に選挙活動をする・・これは近代・中世期の布教家たちが体験した(行)です。
4年間ですから比叡山延暦寺の千日回峰行を上回る(1460日回峰)です。

しかも地方議会には地方自治法の議会解散は制度上ありますが99.9%解散はありません。
その点、衆議員は過去のデーターでいくと3年に1回は解散をしており任期満了まで待つ必要がありません。
しかも、途中で参議院選挙に鞍替えとか知事選挙とか地元の市長選挙とかいろいろと選べるバリエーションもあり、知事さんや市長さんにとって落選しても余力を残す衆議院議員は目の上のたんこぶとなります。
その点(くどいですが)地方議員に救済はありません。
まず、党でさえ生活を保障してくれず、先ほどのオプションを取るとしても後押ししてくれるのは個人後援会だけです。
後援会がもうやめろと言うと自動的に政治から引退となります。
荒行です。
前回の地方統一選挙から2年2か月がたちました。
結構長かったです。
あと2年・・長いです・・。
いつの世でも男はつらいよ、待つ身も辛いものです。



6月の雨の朝
6月に入っていよいよ近畿も梅雨入りまじかとなっています。
今朝は雨。
朝の通勤・通学時間に近江大橋を通り、草津イオンモール前を右折して川辺を瀬田駅方面に車を走らせていたらおよそ60人ぐらいでしょうか、小学生の集団登校に出くわしました。
ランドセル姿の小学校低学年たちでしたが傘をさしてぞろぞろと歩いている姿は何ともほのぼのとして心が温まる風景でした。
傘も昔と違って黒や赤だけではなく青色、水色、紫、ピンク、緑と非常にカラフルで雨の中を紫陽花が動いているようにも見えました。
ポエムです。
再訪ー琵琶湖の味
昨日の福祉施設イベントで出店の揚げ物調理担当をしていたので様々な食品をつまみ食いしていました。
もちろん揚げ物ばかりですが自分で揚げて熱々をつまむのはなるほど旨いものです。
よく主婦が家族の食事を用意する際に作っているだけでお腹がいっぱいになると聞かされていましたがデマでつまみ食いをしている事実が判明しました。

コロッケ、から揚げ、手羽先、ポテトと揚げては口に運び、「うわ!アチ、アチ、ウマ、ウマ」とか言っていましたが数ある揚げ物の中で私が一番旨い、これは感涙ものの揚げ物と感じたのは(稚鮎の天ぷら)でした。(または若鮎)
他を断然引き離してのダントツの文句なしの1位です。
小麦粉の衣でさっくり揚げた稚鮎をさっくっと齧れば鮎独特の香味とほろ苦い旨味が交互に押し寄せてきておやじ発言になりますが、「う~ん、ビール持ってきて」と言いたくなります。
やはり天婦羅は肉系よりも魚介の方が私は好きですね。

一般に(五味)と言われ、甘味・酸味・塩味・うま味・苦味を指すそうですが舌にある味蕾から味覚神経を経て脳で味を認識する過程で人間にとって苦味の認識が一番発達しないようです。
子どもが「苦いのいやだ」と言うのはなるほどお子ちゃまだな、君たちにはまだ早いよと大人の余裕をかましてしまうのも苦味がわかれば味がわかると言っても過言ではないからでしょう。
鮎の腸、レバー、サザエなど貝類の肝など幼少期から食べなれていると必然的にグルメがわかります。

その意味から滋賀県人は恵まれていて鮎の食文化に慣れているので味覚が発達しやすい環境にあると思います。((`・∀・´)エッヘン!!)
ただ先日のブログでご紹介したように今年は鮎漁が大不漁で漁師さんが1日琵琶湖の出ても1㎏も獲れない日が続いています。
昨日、揚げていた若鮎も例年に比べてとても小柄でエサ(動物プランクトン等)を十分に摂取できていないと思えるものでした。
今年だけの不漁ですめばいいのでしょうが来年、再来年とこれが続くと深刻なことになります。



スクランブル熊
今日の内容は滋賀県高島市にお住いの方しかピンときませんので予めご了承ください。

本日は市の防災無線が鳴りっぱなしでした。
朝から晩までそれこそひっきりなしです。
市民としては何があったのか?もしかしてミサイルでも飛んできたのかと五月晴れの青空を見上げて恐怖におののいている人もいました。

「防災高島市です、今朝○○時に今津町宮の森公園で子熊が発見されました、周囲をご通行の方はくれぐれもご注意ください」
「お昼の○○時に今津町大供で子熊が発見されました・・・」
「夕方○○時に今津町○○で熊が確認されました!」
ともかく熊・熊・熊・・他に何か変わったことはないのかと思わず突っ込みたくなるほど熊日和でした。

人々は「今年の春は子熊がたくさん生まれたそうな」とか「冬眠から覚めた熊は恐ろしぞ」や「子熊の近くには母熊が必ずいるので気をつけろ」などを口々に囁いていました。
ここで不思議なこと、違和感を覚えられる方もいらっしゃるでしょう。
なぜ今津町ばかりなのかと・・・。
山間部で言えば朽木地域やマキノ地域でも熊目撃情報が挙がってもいいじゃないかと。
いや地名で言えば熊野本がある新旭町や熊谷さん発祥の地・安曇川町、棚田で有名な畑地区など山間部を擁する高島町でも熊が出没する可能性はまんざらでもないのになぜ今津町ばかりなのか?
タネ明かしをしましょう。
それは自衛隊の方々が見つけているからです。
総じて陸上自衛隊基地がある今津町周辺の目撃情報が多く集まることになります。

ミサイルで思い出しましたが昭和40年代から50年代前半にかけて日本海福井県の越前海岸でまるで神隠しにあったように海岸を散策していた人々が突如として消える怪事件が連発しました。
現代の怪奇大作戦かウルトラQかと騒がれましたが犯行は朝鮮民主主義人民共和国による拉致であることが判明しました。
その際に滋賀県で同様の事件が起こらなかったのは自衛隊の存在が大きかったと言われています。
犯罪抑止力としての、災害緊急対応力としての自衛隊の力を舐めてはいけないのです。
もちろん本筋はあくまで国防と言う崇高な使命であることに余念もありません。


与党の宿命
昨日は大津プリンスで年1回開かれる自由民主党滋賀県支部連合会定期大会に出席しました。
私も役を頂いていることですから当然です。
今年も会場に入って思いましたが来場者は高齢者層中心で20代は元より30代40代すら目立つ存在、男女比は9対1で男性が圧倒的に多い印象でした。
これを言ったら政治の式典なのですからどの政党でもかなり似た感じのでしょうが自民党はとりわけまだ男社会のイメージが強すぎます。(それも年功序列で)

県連会長の挨拶のなかで「過去の2回の衆議員選挙、平成26年と平成24年は勝たせてもらい、参議院選挙も勝利した、それまでの滋賀県での所属国会議員ゼロが嘘だったような勝ちっぷりだが次に予想される選挙は苦しいと思う」から入りました。
まさにその認識通りだと思いますが有権者が簡単に与党・自民党に支持を与えて下さるかは全く未知数だと私も思います。
確かにその前の民主党による超ポピュリズム政治に騙されたと国民の怒りは再度の政権交代を行い、自民党・公明党の連立政権に託していただきましたが政権再奪還からおおよそ4年半が経過する今、そろそろ評価が固まってくる時期でもあります。

例えば延期を重ねた消費税増税は本当に財政の健全化に資するのか、社会保障の充実の為と言うので認めているが他に無駄な出費はないのか、政治改革の本気度を問われたり、憲法改正議論の中身を尋ねられ、震災復興の進捗を量られたり、安全保障の確実性を担保する立場にあったりで要は(結果)を出さねば納得していただけないのが政権与党です。

しかし、いかに口先ばかりだったことが露見した民主党(現民進党)や他の野党の議会での質問や追及にも言論には言論で正しく応じなければなりません。
例え、結果を出せなかった、選挙に勝つためだけにポピュリズムに走った野党でも失礼ながら言っていることが全く間違いとは思えない案件もあり、そこは謙虚に政策に取り入れ、一部修正を加え、国民福祉向上の為により完成度の高い施策とする必要があります。
また、それだけの度量があってこそ国民も安心して政権を託せるのです。

思い上がりは断じてご法度であり、独断と偏見は選択肢を狭めます。
政権党とは辛い立場ですが同時に結果に反映しやすいのでやりがいもあります。
そんなことを考えながら大津から帰途につきました。







5月の肌寒い日
大型連休も終わり、いよいよ新録の季節、もしかして鮎はしる初夏も見えてくるかもと思っていたらここ2日間ばかりは雨がしとしと降っていてしかも肌寒いです。
花冷えというにも若干季節外れですが早朝や深更には片づけたストーブを思わず引っ張り出したくなります。
日中も窓から外を眺めていると外回りの仕事をしていた数か月は大変だったなと今更ながら感慨にふけます。
雨が降る日は内でがいいですね。
ソバ屋がないー大阪駅の現状
大型連休も後半に入り高速道路のUターンラッシュも今日がピークと報道されていました。
昨日はあるイベントに参加の為に久しぶりに大阪に出ました。
最寄りの近江今津駅から新快速姫路行きに乘れば京都で乗り換え無しにそのまま現地に行けるので便利です。
この日は朝食を取らずにいて、さりとて昼食の時間は電車が着いて会場までの移動時間を考えると20分ぐらいなので駅の2階に確かあったはずの立ち食いソバのスタンドでと考えていました。
大阪駅は京都駅などとは違ってホームに立ち食いソバがないのです。

電車は超満員でした。
連休中だから当然なのですが京都を越えて高槻駅や新大阪などはホームにいた乗車客が乗って来れないほどのギュウギュウの乗車率でした。
久しぶりです、関西でこれだけ押し合い圧し合いとなったのは。
大阪駅に着いたのが11時でしたが地下鉄に乗って移動することを考えても食事に割ける時間は25分程度、窮屈なミッションです。
今津を出る時に考えていたように(これは立ち食いソバだな)と観念しました。
立ち食いソバでいい、私は立ち食いマニアなのですからグルメじゃなくグルマンなのです。
それに25分では座って食べる時間がありません、弁当持参ならともかく、注文して料理が来る時間でタイムアウトです。

電車が大阪駅に到着してホームに滑り込み、それまで満杯だった乗車客を吐き出し(私も流れるように)ホームのエレベーターから2階に登ったら我が目を疑うことになりました。
駅が・・きれいになっている・・何もない・・立ち食いスタンドも何もかも・・。
そこは全面ガラス張りの清潔空間であたかもルーブル美術館のガラスの間の如しであり、当然ながら立ち食いなどという庶民の下賤なフードコーナーなどは一掃されているのが私にも一目瞭然でした。
(こんなのは大阪駅ではない)
大阪のもっと庶民的なこてこてのパワフルで遠慮がない親近感が湧くことが全くない、これはどこの街や!と私は叫びたかったです。
これが横浜、百歩譲って仙台や神戸なら私も諦めがつくのですが大阪がこのクリーンさを出してどうするというのでしょう。
街のイメージを考えて駅づくりしてほしかったです。
以前、駅地下でとても好きだった松屋という立ち飲み一串屋さんでウズラの揚串片手にぐいっと生ビールを飲んでいた頃はよかったです。
駅を再開発するからと言って店に立ち退け、立ち退かんと揉めていた頃になんで反対運動に加わらなかったのかと後悔しました。
結局、構内にあるセブンイレブンであんぱんと牛乳を買って柱にもたれながら人目を気にしてむしゃむしゃ食べました。
これでは大阪のしょぼいおっちやん丸出しです。





恐怖の講習
大型連休なので久しぶりに東京で学生生活を送っている長女が帰省してきました。
昨日は京都の親戚の家に遊びに行くというので駅まで車で送ってやったのです。
その車中で娘がおもむろに「ねえ、パパ、私車の免許取ってまだ一度も自動車を運転していないからこのままではペーパードライバーになっちゃうし明日にでも車の運転させて?」と言ってきました。
ガーン!ついにきた。
(娘が免許取ったのは確か昨年の夏に山形の合宿でとか言ってたな・・もう10か月ばかり前にもなる・・すでに十分ペーパーだ。)
続けて「ママがパパが助手席に座っていれば練習していいよって言ってた・・」
その時私の脳裏に浮かんだのはシートベルトやエアバッグのメーカーが実験で車を壁に衝突させて人形がフロントガラスを突き破って飛び出している画像でした。
(あな恐ろしや・・)ああなりたくないと心の声が木霊しました。
「東京は車が多すぎて怖くて運転できないのよね、その点田舎なら安心できるわ」
(それは認識が違うぞ、カントリーロードの方がみんなスピードを出していて深甚な事故が発生するのだ、ましてや今はGWではないか・・他府県の車も多い!)
それでも娘に言われては父親は甘い(弱い?)もので約束をさせられたのでした。

で、今日になってなるたけ安全な場所ということで公道ではなく近くにある今津総合運動公園の駐車場に娘と行きました。
そういえば昔,「恐怖の報酬」という映画を観たっけ?
あれは確かニトログリセリンを積んだトラックを命知らずの男が運送する筋書きだったな・・今日の私はまさしくそれだ、いや、この場合は運転するのは俺ではなく娘だ、娘が火種、ニトロだ、それならニトロが運転するから映画よりシリアス?怖い、怖い・・・。
恐怖の想像は膨れ上がり、留まるところを知りません。
妻も妻で自動車教習所の路上研修車などは教官が座る助手席にはもうひとつブレーキが附いていていざとなったらそれを踏むようになっているのです。
でなければ命がいくつあっても足りません。
娘の無謀を止めるのも妻の役割ではなかったのでしょうか。

シートベルトを締めていざ車を動かそうと娘が「エンジンのかけ方から忘れてしまった」
(ここからか・・・)と私。
「いいか、一つだけ約束してくれよ、パパが゛ブレーキ!゛と言ったらすぐにブレーキを踏むこと、いいね?」
「うん、それでブレーキってどっちだっけ?」
(頭が痛い・・心がしんどい・・)
その後は四苦八苦して運動場の周りの道をゆっくり進んだのでしたが疲れました・・・。



大型連休
5月に入りました。
爽やかな新録の季節です。
ゴールデンウィークの真っ最中ですがこんな日には小難しいことをブログに書かずさらりとしようと思います。
それぞれの大型連休をお楽しみください。
眼精疲労で夫婦喧嘩
私の永年の疑問の一つに「男女の性差による気質の違いはあるのか?」があります。
つまり男だから荒々しいとか活発、女性だから心配性だとか優しい、また母性本能とは本当に存在するのか?などです。
性として男としての鋳型、女性としての特徴的と言える性格が傾向的にあるのかが研究対象でした。(真面目に言ってます)

こんなことを言うのも血液型占いで「A型の人は細かい」とか、県民性比較で「滋賀県人は貯金が好き」とか、国別お人柄で「アメリカ人は大雑把」とかいう類の都市伝説がある一方でなにか男女の性格の違いやものの捉え方、感じ方などには自然科学でも通用する一種の(法則)があるのではないかというのが私の考えでした。
A型でも豪放磊落な人は世界中でも7億人ぐらいいるでしょうし、滋賀県人でも浪費癖の人もいますし、アメリカ人でも神経質な人を私は知っています。
法則としては成り立ちづらく、傾向としても根拠が希薄です。
言いたいことはその人の性格としての特徴、個性ほど明確で興味深いものはまずありえないのでそこを血液型や人種で括るのは無理がありますが、唯一男女の性差つまり(DNAとしての大まかな特徴)はあるかもしれない・・と思ったのです。

なぜこんな疑問を最近なって再び感じたのかは妻とのやりとりからでした。
私は50才を越えても視力はいい方でだからと言って老眼の傾向も見られません。
裸眼で遠近両用であり遠くを見るのにも近くの新聞や雑誌を読むのにも(今のところは)不自由していません。
ただ最近はパソコンの長時間の使用やあまり散歩にも出なくなったせいか遠くの緑を眺めて目を休めることが少なくなったので慢性的な(眼精疲労)に悩まされています。
そこを目薬をさしたり、ブルーベリーのサプリを飲んだり、熱いタオルを両眼の瞼に当てたりで疲れを癒しています。

先日、新聞で気になる記事があったので妻に「これ読んでみて」と渡しました。
おそらく介護の記事だったと思います。
朝の早い時間で妻はバタバタしていて機嫌が若干悪いかなと感じていたのですが案の上というか「こんな細かい字はメガネがないと読めない」と突っ返されました。
私の脳裏にその時に浮かんだ絵面が昔テレビで観たピクサーの映画で「カールじいさんの空飛ぶ家」でした。
冒頭の場面でカールじいさんの若い時からの回想があり、ある女性と出会い、若い二人がゴールイン、結婚して仲睦まじく暮らすシーンが出てきます。
夫婦は年を重ねある日、気がつけばおじいさん、おばあさんになっていました。
ある日カールじいさんが妻に新聞を読んでくれと言うと妻が悲しそうに「私はもうこんな細かい字を読めなくなったのよ、カール」と言います。
それから場面が飛び、妻が亡くなり、カールじいさんが墓標の前で悲しそうに佇んでいるシーンとなります。
私は一瞬でその映画を妻の言葉から思い出したのです。
そこで私の口から思わず出た言葉が「死ぬなよ」でした。
これが妻の逆鱗にふれました。
「なんで朝からわけわからないこと言うのよ!私が死んでもいいと思っているわけ?」ときました。
彼女にすればこの一瞬の「死」という言葉におそらく(過剰に)反応したのでしょうが私とすれば新聞の文字を読めないという事象から(カールじいさん)という過去のデーターを引っ張り出して発言しただけなのにそんなに怒らなくてもいいのではないかと思ったのです。(だいたい説明すれば長くなるのです)
私としては妻に先立たれたらすごく困るのです。
恥ずかしながら私は我が家の下着のある場所すらわからず、財産管理、支払い決済、世間との社交はすべて妻が握っており、近所から「あの家は奥さんでもっているのよね」と言われており、屋台骨が倒れるということは支柱である私が倒れるということであり、ともかくすごくまずいことになるから「死ぬな」という発言が出たわけです、カールじいさんのように。

それを妻の場合は(新聞の文字を読めないとバカにされた)➞(夫は私の死を願っているのではないか)➞(ゆるせない)という思考回路が成立したわけです。
そこで私の冒頭のバカの壁ではなく(男女の壁)はあるのでしょうかという疑問が堂々巡りするわけです。











パリテロ
夕方、妻が帰ってきて「パリでテロがあったの知ってる?」と尋ねるので「え!知らないよ」と言ってました。
どうも長女が大学の国際発表会とかでパリに行っているようで宿泊先のホテルでは外出禁止となっていて現在待機中らしいです。

慌ててネットで(パリテロ)と検索するとやはり事件が起きていて21日4時頃パリのシャンゼリゼ通りを警戒中の警察官3人に対して男が連続して発砲。
警察官1人が即死、2人が負傷して駆けつけた4人の警察官との間に銃撃戦となり男は射殺されたとのことです。
ちょうどフランスでは大統領選挙の投票を23日に控えておりオランド大統領が「過激派組織IS(イスラミックステート)による大統領選挙妨害のテロである」と声明を出していました。
ISもネット上で「我がIS戦士の行動だ」と言っているようです。
娘も恐いところにいるのねと親として心配です。


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