ゆうすけブログ
パリテロ
夕方、妻が帰ってきて「パリでテロがあったの知ってる?」と尋ねるので「え!知らないよ」と言ってました。
どうも長女が大学の国際発表会とかでパリに行っているようで宿泊先のホテルでは外出禁止となっていて現在待機中らしいです。

慌ててネットで(パリテロ)と検索するとやはり事件が起きていて21日4時頃パリのシャンゼリゼ通りを警戒中の警察官3人に対して男が連続して発砲。
警察官1人が即死、2人が負傷して駆けつけた4人の警察官との間に銃撃戦となり男は射殺されたとのことです。
ちょうどフランスでは大統領選挙の投票を23日に控えておりオランド大統領が「過激派組織IS(イスラミックステート)による大統領選挙妨害のテロである」と声明を出していました。
ISもネット上で「我がIS戦士の行動だ」と言っているようです。
娘も恐いところにいるのねと親として心配です。
書店における児童書の変遷
暇を見つけて書店に行くのが私の楽しみの一つとなっていますが京都・大阪にも最近になって超大型書店が次々とオープンしている割には本の購読量が伸びていないと聞きます。
むしろそれに伴いと言っていいのか地方の昔ながらの本屋さんは廃業したり学生服や教科書だけの取次をしたりで田舎にいれば欲しい本を手に入れるにはAmazonなどに頼らざるを得ません。
欲しい本だけではなく気が付かなかった古典や新刊書、自分の興味外の分野でも意外にしっくりして購買してしまうようなしびれる本に出合うには書店に足を運び、実際に本を手に取るのが一番なのですが書籍販売の世界もすでに(淘汰)が始まっており行く末がどうなるのかと思っています。

そのようなことを考えながら書店巡りをしていて思ったのは昔の地方の本屋さんに必ずと言っていいほど置いてあった児童向けの(ぬり絵本)が姿を消していることです。
子どもたちに人気があるアニメのヒーロー、(仮面ライダー)や(ひみつのアッコちゃん)などクレヨンや色鉛筆で塗っていくあの本です。
一時期、教育委員会の討議で「限定されたイラストにただ色を塗りつぶすだけの子どもの想像力を阻害するもの」と俎上に挙げられていたことは知っていますが今や全滅しています。
それなら子どもたちはスケッチブックを持って野外に出ているのだろうかと取りとめもないことを思っていました。

あと気になるのが(絵本のコーナー)が専門的になっていることです。
大人が気に入るような、あるいは大人が買うような絵本しか、児童書しか置いてないことも気になります。(エンデの作品だけなど)
書店で児童文学の棚の前で子どもたちが立ち読みしている姿を見かけなくなりました。(漫画コーナーは別にして)
少子化だけでは片づけられない現象です。
ポテチショック
数日前に昨年の秋の台風襲来などで北海道のじゃがいもが大不作となり現在、ポテトチップス製造大手の(カルビー)と(湖池屋)が自社製品のポテチを販売中止にすると発表しました。
え!マジ?とわが目を疑ったのですがテレビのニュースですから本当でしょう。
もちろんポテトチップスのすべてではなく売れ筋については販売を続けていくとのことでした。
ですがカルビー社は人気商品(堅あげポテト)は生産中止と続報を出しました。

(これはいかん!)と思いました。
私は自他ともに認めるポテトチップスマニアで一日一回は食べています。
風呂に入ってから一袋開けてポテチの塩味が十分口の中に行き渡ってからおもむろに発砲酒をごくごくやるのが日課です。
これにより入浴の発汗で失われた塩分と水分が効率よく補給できるというものです。
中国・習近平主席の「一帯一路」の上をいく「一袋一呂」(風呂に一回入ったらポテチを一袋開けよう)です。
特に(堅あげポテト)はあの齧った時の歯ごたえの良さとじゃがいも本来の味が残っていて(うす塩味)でも(のりしお味)でも私の大のお気に入りです。
あれが手に入らなくなるのは耐えられないことです。

夜9時の生活雑貨量販店「ジャパン今津店」。
おそらくかのオイルショック(1973年)の時のようにトイレットペーパーが無くなるとニュースが流れスーパーで主婦が血みどろのバトルを繰り広げたように近所のニートやオタクがポテチを買い占めようとして集結していると覚悟を決めて乗り込みました。
がらがら・・。
誰もいない、店員の女の子以外は。
私は拍子抜けしたものの(堅あげポテト)を3箱60袋を大人買いして帰りました。
押し入れに隠しましたが妻に見つかるのが怖いです。

海津の桜
この季節、日本人なら妙に心が浮き立つのはなぜなのでしょう。
桜の花のつぼみが膨らみ、開花寸前となれば傍に寄って愛でたくなるそんな浮かれ方です。

今年の冬はここ数年来なかったほどの厳しい寒さでした。
やはり全国的にも桜の開花が例年よりも遅れているようです。
私も今日は奥琵琶湖・海津大崎に行ってみましたが開花状況は3分咲きどころかまだ少し開きかけたぐらい。
思ったほどの人出がなく、一緒に行った人と「みんな、もっと咲いているスッポットに行っているんだね」と話をしていると「昨日は京都に行ったけど満開には程遠い5分咲きぐらいだったよ」と言われ、(あんたも日本人だねぇ)と内心思ってしまいました。
つまりは追っかけ、桜ストーカーです。
ここ琵琶湖海津は近畿の桜名所の中でも満開が遅くてだいたいは1週間から10日ぐらい遅れて咲きます。
本当は今日の桜状況も写真で撮ってSNSでアップすればよかったのですがどうも写真を撮るのは苦手なので文章でゴマかします。


飲み会
昨日は久々に県庁職員さん(OB多数含む)、十数人と飲み会をいたしました。
年度末ですが移動なども発表され多少は落ち着いた雰囲気でした。
県庁も滋賀県のれっきとしたシンクタンクなのですから明るく元気にがんばっていただきたいものです。
京都・市バスの掟
今日は京都に行きました。
朝のJR湖西線に乗り、強い風にまたしても運行が妨害されるのかとひやひやしながら車窓より左を見れば琵琶湖の水面をキラキラと春の優しい日差しがこちらを覗き、他方、右を見れば昨晩からの比良八荒で山々に白いものが被っておりさながらに雪化粧。
冬と春の微妙な関係が垣間見える3月の湖西路です。

京都駅に着いて正面口にある市バス乗り場へ。
嵐山・大覚寺方面行28系統・市バスに乗り込みました。
終点の大覚寺まで約55分で大人230円です。
四条烏丸や四条大宮を経由していきます。

本日はド平日なのにさすがは京都で多くの観光客の姿が見えました。
バスも混み込みで私は比較的バス待ち行列の前に並んでいたので前の方の横並び椅子に座ることができました。
私の左隣はまだ若い女性、観光マップを熱心に見てチエックを入れているところから観光客でしょう。
右はどうも地元のおばさん、年のころは60代ぐらいか。

バスが5っ目か6っ目の停留所に停まった時、バス中央の乗降口から小柄で白髪の70代後半から80代の女性が乗ってきました。
それを見て私の右隣の女性は弾かれた様に立って「どうぞ」と席を譲りました。
白髪の女性は軽く会釈するとここからが私の想定外だったのですが私の左隣の若い女性の方をポンポンと叩き、「そこは優先席よ、譲りなさい」とおっしやるではないですか。
若い女性もパッと立ち上がり、白髪の女性は席を譲ってくれた60代女性に「あなたもどうぞ」と勧めたわけです。
これだけなら私も(京都の女性は強いな)ぐらいの感想を持っただけなのかもしれません。

嵐山からの帰り、再び同じバスに乗り、今度は京都駅に向かいました。
行きと違ってまだ昼過ぎなのでバスは空いていました。
空席もちらほらとありました。
京都外大前から4人の若い女性、今度はどう見ても観光客のようでしたがそれぞれが旅行かばん・ケースを下げて優先席に座るや賑やかにおしやべりが始まりました。
言葉を聞いていると中国人だとわかりました。

そこへバス後方から女性の声が飛んできました。
「その席は優先席よ!お年を召した人やお腹の大きい人の為の席やからあんたら遠慮しといて!」
またしても!
中国人の女性はお互いに不思議そうに顔を見合わせて「ワタシタチ コトバ アマリ ワカリマセン」。
すると後方から「おたくら京都の人と違うわね」(当たり前やん)
中国人は「ユウセンセキ マンインジャナイカラ イイデショ」(立派に言葉わかってるやん)

この市バスでの行きと帰りの出来事を通じて理解したことは京都の市バスの優先席にはご老人と妊婦さんや小さなお子様連れ又はお怪我を召した方以外が座ったら市民レベルの容赦ない叱責が待っているということでした。



都市のオアシス
2か月ばかり京阪神(主に京都)の都市部を歩き回っていたことはこのfbでも書きました。
都市部と言っても私が彷徨ったのは商店街やオフィス街のようないわゆる繁華街ではなく都市に労働力を提供し続けている住宅街です。
見渡す限りの住宅またはマンション・アパートの群像。
ゼンリンの住宅地図だけを頼りにひたすら戸別訪問を続ける日々。
車ではなく現場には原付バイクで移動して公園やアパートの駐車場に停めてから延々と付近を9時間ばかり歩き回るのが日常でした。
「一番辛かったことは?」と尋ねられたら「寒さです」と答えたでしょう。
京都伏見区の向島に行ったのが1月の後半でしたが高さ11階立ての市営住宅が見渡す限り延々と続く様はレゴのブロックを並べている光景さながらにエレベーターを使うものの部屋から部屋の通路は外部とむき出しで「横歩きマンション」ですから北風がビュンビン吹いてきて体温を奪います、冷凍庫に入ったマグロの気分です。
(ああ・・暖が、暖が欲しい)と希求し、一瞬脳裏に昔観た石原裕次郎主演の黒部ダム建設の映画(黒部の太陽)や亡くなった高倉健さん主演の「海峡」または「八甲田山」などが浮かびました。(健さんは「駅」でもそうですが北が似合う人でした。その点、若大将はハワイがピッタリの人です、どうでもいいことですが)

困ったことは下世話なことですが(トイレ)です。
ともかく気温が日中3℃ですからもよおします。
それでも近くにガソリンスタンドや食堂、ドラッグストアなどありません。
公園があっても共同が無しときます。

しかし、しかし・・コンビニ様はあります。
こんな都会のアスファルトジャングルにも・・ありがてえ!
食堂も近くにない状態ですからコンビニ弁当を買って、店員さんの「温めますか?」のご質問に「もちろん!」と答えフードコーナーに持って行ってパクつくと(生き返った!)と歓喜の涙が流れます。
コンビニ様はそれ以外にもお金の引き出し、必要品の供給、荷物の受け取り、公共料金の支払い、もちろんトイレ!!など生活インフラのすべてが街のほっとステーションの如く集結したとにかくありがたい生活拠点と表現しても過言ではない施設です。
コンビニ様が無ければ私の調査は続行ができませんでした。

100円のホットコーヒーを飲みながら外を見るとみぞれ交じりの氷雨が降ってます。
(外に出たくない、この暖かさを離したくない)との思いを断ち切り、男たちは再び任地に向かうのでありました。(ジャンジャン!)





体重激減
京阪神を中心とした社会情勢調査が本日終了しました。
約2か月半でしたがかなり苦しい思いをしました。
仕事に就く前が体重73㎏、今日体重計に乗ったら64㎏でした。
何と9㎏減、ライザップもびっくりです。
久しぶりにあった知人に「痩せたね、最初わからんかった」と言われたりもしました。
選挙よりも痩せます。
食わない、寝ない、歩き回る、ストレス溜まるの生活は・・・。

今日は書店に寄って自分へのご褒美に村上春樹の新刊「騎士団長殺し」を買い求めました。
春の宵に自宅でゆっくりビールをちびちびとしながら読書と洒落こみましょう。
卒業式
今日から3月。
県立高校では卒業式が挙行され、長男がお世話になっているので列席させていただきました。
無事に卒業してくれて親としては一安心というところです。
明日からは天候も崩れると予報にありましたが本日は快晴でその点でもありがたかったです。

あの頃は
昨日、2月14日はいわゆるバレンタインデーでした。
私は仕事で終日、京都市内にいましたが街の雰囲気はいつもと変わらずといった様子です。
恋人たちが街を散策しているとか、若者が練り歩いているといった風でもなく、閑散とは言いませんがいつもの一日の風情です。

私が20代の頃、ちょうどバブル経済の真っ最中でバレンタインともなるとレストラン、ホテルは満員御礼で浮かれ気分でロックンロールの世界でしたが今の若者は本当に現実的でシビアだと感じた一日でした。
それがいいのか、悪いのかは判断ができませんが。
その頃のバブル組だった20代、30代も今では50才、60才です。
皆さん、あの頃をどう捉えているのでしょうね。
街は大騒ぎ
滋賀県北西部の高島市は朝から大雪で大変です。
積雪の為に大型トラックが転倒、新旭から今津の交通が遮断されました。
バイパスが通行止めとなり大渋滞が発生しています。
企画されていたイベントが次々と中止され、それ以上に昨日から告示された市長選挙・市議選挙にも影響が出ているようです。
この大雪の中、選挙カーに乗って街宣している候補者本人や選挙運動チームの方々のご苦労には心中お察しするものがあります。
つくづくと自然の力の前には人はなすすべもないのだなあと考えてしまう今朝でした。
初春粉骨砕身
やっちゃいました。
事故りました、単独です。
とある駐車場で原付バイクに乗って遊んでいたのですが何を考えていたのか、スタンドを下したままエンジンをかけて車体を押して発信、当然ロケットダッシュになって体が前方に吹っ飛び、アスファルトの地面に叩きつけられました。
何メートル飛んだかはわかりませんが動画にしてユーチューブで配信したらかなり笑える映像になったはずです。
けれど事故の瞬間は悶絶ものの痛みで右肩から落ちたらしくしばらくは立ち上がれませんでした。
10代のやんちゃな子がやるのならともかく50のおっさんの所業とは思えないです、我ながら。

それでその日は家に帰りましたが夜になるとどうも肩からがズキズキ痛み、お風呂に入ろうと服を脱ごうとしても腕が上がらない状態だったので(打ち身にしては痛すぎるな)と思っていました。
風呂の脱衣所にある鏡で見ると右肩を中心に青ジンが広がっていました。
妻が「病院に行きなさいよ」というので翌日は日曜日でしたが地元の高島市民病院に電話をして緊急枠で診ていただきました。
レントゲンを撮ると医師から「折れてますね」の一言。
画像を見せてもらうと右肩の鎖骨が真ん中から見事にポキリとグリコポッキーです。
ギプスを巻いてもらい2日後にもう一度来てくださいとおっしゃるのでその日は痛み止めのお薬を出してもらい帰りました。

新春から運勢最悪やんと考えていたら思い当たるものがありました。
元旦に初もうでに行こうと母や妻、娘、息子が言うところを「ワシは行かん!君たちだけで行きたまえ」と居残って家でお雑煮を食べながらテレビの新春番組を観ていました。
初もうでに行かなかったからバチが当たったのかな、神に対する不敬が災いを呼んだのだと反省して地元・今津の住吉神社に初詣に行ったのが今日です。
1月10日の初詣。
神社には誰もいませんでした。
(神様すいませんです、これからは元旦には詣でますからゆるしてちょ)と一心不乱に祈りました。

高島市民病院に行って再びレントゲンを撮ってもらうと2日前より骨が引っ付いてきているので手術はせずこのままギプスを装着して治しましょうということになりました。
ギプスが取れるのは6週間後、約1か月半ばかりかかりますがその方が私も助かるのでありがたかったです。
今回も高島市民病院にお世話になってしまいましたが医師の皆様や事務、スタッフの皆様が本当に親切にしていただけるので感謝しています。








お礼
新年おめでとうございます。
私事ながら今日、1月3日で52才の誕生日を迎えました。
妻からは小声でぼそりと伏し目がちに「おめでと」と言われた以外はfbで皆さまからお祝いのメッセージを頂き感謝申し上げます。
ただ、わたくしのタイムラインが1年ほど前から故障状態でこちらから発信ができない状態なのでお礼の言葉が送れません。
私にとっては日頃お世話になっている皆様にご挨拶をさせて頂きたい気持ちは山々なれど状況をご賢察の上、ご理解を賜ればと思っています。

52才と言えば麻雀で例えると(ゴンニ)つまり5200点で子の20符(プ)4翻(スーファン)上がりとなります。
振り込めば大変痛いのですが満貫よりはマシかな程度です。(意味不明)
とって付けるようですが本年も皆様とご家族にとってご健康でご多幸に恵まれた年となることを祈念しています。

年の瀬床屋談義ー滋賀県編
いよいよと言うか、とうとうと感じるか、あれよあれよと申しますか大晦日になってしまいました。
所詮は365日のうちの1日と割り切れない何かが大晦日にはあります。
そのような特別な日に家事が全く不得手な(生ごみ父さん)としては行きつけの理容店、散髪屋さんに赴きサッパリしました。

私よりはるかに年上の店主に髪をカットしてもらっている時に「マスターでどれぐらい商売されています?」と聞いてみれば7代目で店としては創業100年を越えていると言われビックリ。
息子で8代目と言われそりゃそうだな、7の次は8だし、7.5代なんて言い方ないわなと思いました。
それよりも(髪結いに喰いっぱぐれなし)とは言ったもので息の長い商売ですなとしゃべっていました。

聞いてみると滋賀県内の理容店さんで100年を越えているところは34店あり、最長は東近江市五箇荘のお店だそうです。
創業は何と1700年代、江戸時代享保で徳川吉宗の御代ときました。
今まで何人の髪を切ってきたのか想像もつきません。

ですが不景気知らずと言われた理容業も近年は様変わりしてきて格安でカットしますなんて謳うチェーン店も地方にどんどん進出してきてお客を奪われがちで大変とおっしゃてはいました。
当然ながら理容組合には加盟しないので料金体系から営業日まであっちに引っ張られて(競争になって)これも大変と聞きました。

私も小泉内閣の時から「官から民へ」というスローガンも行き過ぎれば怖いな、反って民業圧迫につながらないかと警戒していたこともありました。
手に職がある方や特殊な資格・技能をお持ちの方はさっきの話ですが(喰いっぱぐれ)にはならないかもしれませんが世の中(私も含めて)すべての方がそうであるとは限りません。
実際には町の小売りや商売やさんも規制緩和や国際化、自由化の波に押されてどんどん廃業されていきました。
酒屋さんはコンビニに、薬屋さんはドラッグストアにと。
全国いたるところで商店街がシヤッター街となっていったのはご存知の通りです。

規制緩和がすべて悪いとは私も言えません、そう言うだけの確証もありません。
ですが世の中には仕組みや規制で食っている人も大勢いることは確かです。
すべてに自由化を叫べば究極は大手・大資本が勝つのは自明の理でもあります。
私たちは社会分解すれば1人1人が生活者であり、生産者で消費者なのですからその辺りのバランスはとった方が丸く収まると思えるのです。




分別盛り
今年、平成28年も押し詰まってきました。
今日、明日ともう残り2日です。

我が家も大掃除でどこにあったのかというぐらいゴミが出てしまいます。
それを大隊長(妻)から命令を受けてゴミ集積所に持っていくとご近所の主婦さんから「あら、石田さん、今日は燃えるゴミの日じゃなくてよ」と注意されて「すいません」と謝りました。
人間50才、世間では分別盛りと言われる年代ですが近所では(分別できない男)として通っています。

年賀状千本ノック
皆さんは年賀状をもう書きましたか、出しましたか?
私はまだです、悪戦苦闘しています。
例年ならインクジェット紙の年賀はがきを買ってきて裏面はプリンターで印刷、表書きの宛先はアプリで印刷と楽ちんでしたが今年はパソコンの不調で起動せず、手書きを余儀なくされているからです。

12月に入った段階で妻から今年は年賀状を手伝わないからあなたが1人で出してと言われ、ええ!と思ったものの毎日30通ばかり書いたら出来上がると日割り計算で皮算用していましたが、今日は観たいテレビがあるから、今日は忘年会だからと毎日を先送りしている間にノルマが溜まってきてニッチもサッチも行かなくなりここ数日は深夜まで泣く泣く書いています。
(深夜食堂)ならぬ(深夜書道)。

筆ペンで宛先を書いていると眠くて目がショボショボ(´・ω・`)してきて、手首が痺れてきます。
苦しくて「もう書けましぇん・・手が痛くて腱鞘炎ですぅ」と泣き言を言うと「さぼっていた自分が悪いんだろ、腕が折れるまで頑張れ!」と言われ(オレは侍ジャイアンツか!)と思ってしまいます。

書いているうちに(だいたい近頃の若い人は年賀状なんか出さずにメールで済ますらしいじゃんか、その方が楽だし、早い、虚礼廃止につながる、うんうん)とかの思いが脳裏をよぎり、年賀状を書くことを投げ出したくなります。
テレビのニュースを見ていると来年の6月からは郵便はがきの配達も採算が合わないので現行の52円から62円に値上げと聞くにつけ、(それみろ・・はがきの値段も上がるのを機に年賀状も来年から出さんぞ)と思ってしまいますが、よく聞くと普通はがきは10円上がるものの年賀状は黒字なのでお値段据え置き52円のママと言われ、(さすが元郵政省・・商売上手だ)と感心。
年賀状放棄の口実を与えません。

それに頑張っているのは郵便局員の皆さん。
この寒空に連日、外に出て業務に邁進されている姿を見るにつけ心からエールを送っています。
元旦の年賀状配達なんかは大変な業務だと想像しただけでわかります。
この日本中の各戸に年賀状を遺漏なく届けることの壮大なミッションインポスビル、いや持続可能なあくなき探求と不断の努力には頭が下がる思いです。
どうか年末年始、お疲れとお察ししますが交通事故だけにはお気をつけいただき日本の郵便事業の発展にご活躍ください。




老けるは恥だが役に立つ
昨晩、東京に住む6才下の妹と電話でしゃべっていました。
兄弟の会話ですから実に他愛もない内容です。
親は元気かとか正月はどうするとかその程度のものです。

談話の最後の方で妹が、「でもお兄ちゃんももう初老なんだから無理せんといてや」と。
(しょ、初老ぉ!)
これには愕然としました。
初老・・老・・まさか老いてるなどと言われるとは・・。(ショック・拡大!)

私は昭和40年生まれで1月が誕生日ですから年を越せばもう52才になりますが気持ちは青年、体は中年と思っていました。
髪に少し白いものが出てきましたが老眼はあらわれていませんし、どこから考えても壮年だと思っていたのに・・とほほ・・初老。
ですが、先日もある識者からお話を聞いた時に「石田さん、自分の可能性を年齢で判断することは愚かなことですよ、なぜなら人は誰しも今日の自分が自分史上一番(若い)のですから、行動することにためらってはいけません」とおっしやって、(なるほど!)と思ったばかりでしたから。
それとともに「昨日がんばろうと言ってもムリ、昨日はもう過去、なら明日がんばろうならいいのかと言えばザンネン、明日が来たら今日になる、明日は永遠に明日でしかない、ではいつがんばるのか?今でしょ!」
(あんたは林先生か)と思いました。

そうは言っても人間も自分の外見つまり年齢による評価というのが気になるのが真情だと思います。
年を重ねれば経験や知識の(貯金)だけは持っておきたいと昨夜はつくづく考えました。


何でもいっしょー整髪料編
今朝、起床して洗面台に直行。
歯を磨き、顔を洗い、ヘアムースをブラシに取り、髪を整えました。
いつもの朝です。
整髪料も男子の場合は人によりそれぞれで私のようにムースを使う者、リキッド派やヘアスプレー、ジェルなど好みの問題です。

(今日もバッチリ決めるぜ)と哀川翔さんの真似をしながら鏡を見てブラシを頭髪になでつけましたがバッチリどころか頭が白髪になっていきます。
(おかしいな?白髪染めは聞いたけど黒髪染になっている)
不信を感じて手元を見るとシェービングクリームではありませんか。
不思議なことにこれでも髪の毛がセット出来ちゃうんです。
不思議発見。
ついでに剃刀で剃ってスキンヘッドにと言ったら悪乗りのしすぎですがヘアムースでもシェービングクリームでも同じだなと思ってしまいました。
旅のお供にシェービングクリームで髭剃りも整髪もこれ1本。
明日は歯磨き粉で試してみようと思いました。


喜んで
暖かだった師走も大陸から寒気団が流れ込んできて一気に冬型の天候となりました。
それとは関係なしに古本屋(ブックオフ)をたまにのぞく私。
政治や経済の本などはおおむね「これからの日本は、世界はこうなる、ああなる」と未来予測がつきものです。
そのような予測本を過去の出版物から調べて(この著者は当ててるな、この学者はとんでもないな)と過去は未来だった現在から批評するのが楽しくて趣味となっています。

先日は店に入るとレジ周辺で店員さんが大忙しでしたが下を向きながら作業していても気配がわかるのでしょうか、自動扉をくぐったら「いらっしゃいませ」と元気な対応。
トイレを借りようと戸口まで行くと「ご利用のお客様はスッタフまでお声がけをお願いします。清算前の商品は持ち込まないようお願いします」と張り紙がありました。
レジまで戻り忙しそうに動いている店員さんに「すみません!トイレ貸してください」と声をかけると「はい!喜んで」と返ってきました。
こ奴・・夜は居酒屋にいるなと思った次第です。
それでいいのだろうか
今日から12月、師走です。
もう平成28年度も終わりの月になったのかとしみじみ思いながら時間の流れの速さに抗らがうように今月も過ごしたいと・・・。
皆さんにとって今年一年はどんな年でしたか?

あまり気が進まなかったのですがとある政治集会に誘われて行ってみました。
一通りの次第が終わって最後に司会が「改革は若者・よそ者・バカ者にしかできないと言われています」と締めくくり。
おいおい、それで締まっていいのかなと心配になりました。
誰の集会だって?
特定しないでください・・特定しないでください・・

前滋賀県知事の講演を聴いて考えた
先週の土曜日(11月19日)に地元の県立安曇川高校創立50周年記念式典が挙行されたのでPTA役員として出席しました。
会場は高島市民会館であり1階750名、2階250名の計1000席がいっぱいになる盛会ぶりでした。
その式典の記念講演でびわこ成蹊スポーツ大学学長・嘉田由紀子氏が約90分にわたって話されました。
テーマは高島市の魅力を考えるという観点から9っのアプローチで語られ、とても聞きやすいいい講演でした。

嘉田氏は滋賀県前知事でもあり、その意味から政治的なお話も入っており、「今回のトランプ氏はなぜ勝ったか」というところからご自身がアメリカに研究員として3年赴任していた時にアメリカの農地は広大で車で1時間、2時間と走っても延々とトウモロコシ畑が続く、そこには人がそれほど住めなくなって学校や病院など社会インフラが整備できず、(これはやり過ぎだ)と思ったと話されていました。

別にアメリカの農業批判のお話ではなかったのですが確かにアメリカ農業と日本農業を比較するのは滑稽なことだと講演を聴きながら考えていました。
日本では「米作」ばかりが中心となっていると言われますが他の野菜類、トマト・レタス・きゅうり・かぼちゃ・ジャガイモ・大根・かぶら・ネギ等かなりの品種を地方の偏りもありますが作っています。
果物もリンゴ・みかん・さくらんぼ・柿・スイカ・いちじく・イチゴ・メロン等々そうとうの品種を生産しています。
アメリカは一部カリフォルニア州などでフルーツの多品種栽培がみられるものの他では圧倒的に単品大量栽培です。
アメリカ農業は次の5っの品目で集約されています。
大豆・大麦・小麦・トウモロコシ・綿花・・これのみを嘉田氏が言われた気の遠くなるような広大な農地でせっせとつくっています。

ここで発達したのがいわゆる(遺伝子組み換え食品)ですが要は単品種の栽培に適するように除草剤耐性や害虫耐性を強くして農薬等の配布回数を減らし、生産コストを下げることを目的としたものだと言えます。
アメリカの世界的な種子メーカーであるモンサント社が開発した「ラウンドアップ」という除草剤は必須アミノ酸を合成する酵素の働きを妨害してすべての植物は枯れてしまいますが、遺伝子組み換えによってラウンドアップの(耐性大豆)のみ育つという構図です。
これによって延々とどこまで行っても(大豆畑)が続くという光景が出現しています。
これはもちろん他に(トウモロコシ畑)や(小麦畑)も同様のことです。

日本の消費者は「遺伝子組み換え食品」についてかなりの警戒感を持っておりその気風を反映してか食品メーカーも原材料として使用することには及び腰です。
スーパーで並ぶ(納豆)でも「遺伝子組み換え大豆ではない」とわざわざ明記されている場合が多いのですが逆に言えば書いていなければ遺伝子組み換えであると思った方がいいでしょう。
厚生労働省では「実質的同等性」という見解を示しており(他の性質が従来の品質を変えなければこれまでの品種と同等とみなす)つまりは特に問題はないと言っていますが日本の消費者団体は「長年の研究データーが出揃っておらず健康被害が生じる可能性が全く否定されたこととは言えない」と慎重な姿勢です。
また、(生態系への影響)や(一部企業の食料支配につながる)と反発があります。

TPPがもし締結され場合、農業への影響は甚大なものがありますが少なくとも日本においてアメリカの主要品目である先に挙げた5っは栽培しても全く太刀打ちできません。
潔く切り捨てて別のアプローチで利益確保を狙うべきでしょう。
その際に私たちが日常食べるパンやうどん・ラーメンなどの麵類、スナック、納豆、豆腐などは「遺伝子組み換え」であることへの受け入れが必要となります。
そうでなくとも国産牛ですらすでに遺伝子組み換えトウモロコシを配合した飼料を食べて育っているのですから。

アメリカもすべてが遺伝子組み換え作物をつくっているわけではなく10%ほどはわざと組み換えていない種子で耕作しています。
もちろんその農地は害虫や病気でボロボロになっていますがこれは有名なレイチェル・カーソン女史が警告した「沈黙の春」をもとにして自然の反乱を抑えるための(人身御供)としてつくられています。

嘉田氏のお話を聞いていて私も議場で8年間のおつきあいをしてきましたが思ったのは、氏のメッセージ内容はやはり研究者または教育者としての立場から発信された方がより多くの人にわかりやすく伝わるだろうなということでした。
これは別に氏の政治的経験を軽視しているのではなく純粋に今までとは違った感じで「聴きやすかった」だけのことです。
その意味から今もいいフィールドで活躍されていることには慶賀なことと思っています。
願わくばそのフィールドも「遺伝子組み換え」されませんことを。





忍び寄る過疎
昨日、自宅を車で出て県高島事務所前を通って左折、NTTドコモショップのある北浜交差点で信号待ちをしていた時に目の前に道路を横断するベビイカーに小さなお子さん(乳児)を乗せ押しているお母さんの姿が映りました。
微笑ましく、心が癒される姿であることには違いがないのですが、その時、私は妙に違和感を感じていました。
それはこのような光景を高島市それも北部で見たのが本当に久しぶりであることに気がついたからです。

高島市今津町の中心から国道303号を西北に上がっていって福井県小浜の方に向かう県境に天増川(あますがわ)という集落があります。
今から30年ぐらい前に町長選挙で青年部弁士として夜間に会議所におじゃました時には集落から40人ばかりの方が出席されて熱心に耳を傾けていただいたことを憶えています。
その時の候補者に対して住民の方は「ここも年々人が、それも若い人が減ってカラスが鳴く日はあっても赤子が泣く声はここ10年聞いたことがない」と過疎対策を訴えておられました。
あの時、昭和から平成になり28年を過ぎようとしている今になって天増川の住民はおそらく10~15名ぐらいになっておられると思います。
夜に集会を開くから出てきてほしいと言ってもたぶん今なら7、8名ぐらいがせいぜいのところではないかと思えます。
住民の過半数が65歳以上を占めたら農作業や冠婚葬祭を行うのに支障が生じるという意味から(限界集落)という社会概念を定義したのが高知大学名誉教授であった大野 晃氏であったと記憶していますがここ天増川もその意味からすると限界集落です。

高島市では区や自治会の数が190ばかりありますが県中間地域過疎高齢化集落問題研究所といういささかくどい名前のシンクタンクの調べによりますと市内でこの(限界集落)と認定できるのが10集落、55歳以上が過半数を占める(準限界集落)が41地域と発表しています。
この割合は滋賀県内でも多賀町の16集落に次ぐ県下2番目、市ではトップという高齢化率をマークする要因となり高齢化率が2016年のデーター、3.4ポイント増の24.1%となった滋賀県全体の水準を大幅に超えています。

今から2年半ばかり前の2014年5月に「日本創生会議」の人口減少問題検討分科会が「出産年齢の中心である20~39歳の若年女性が半減することにより、全国1800自治体の半分にあたる896市区町村が2040年には゛消滅゛する」という衝撃的な発表を行い話題を呼んだことを記憶していますが(平成の日本沈没)はこれより早くやってくると私は地方の現場にいて感じています。

政権がただ今、「地方創生」の目玉として東京などの大都市圏の企業が本社機能を地方に移せば投資額の7%を法人税から差し引ける(優遇措置)を行い、管理部門など社員の転勤などで地方の雇用が増えた場合は1人あたり140万円を税額控除できるように(税制改革)を押し進めていると胸を張りますがそんなものは何のインセンティブ(動機づけ)にもならないと思います。
実際にそれで地方に拠点を動かす企業発表を寡聞にして私は知りません。

人口減少の最終大波が地方を襲うことはもはや避けられない状況であり、ここ5年が勝負どころでしょうがこの状況に対応できる地域づくりを政権のお手盛り政策で実現できるという甘い幻想を捨てて、住民が知恵を絞って考えるべきでしょう。
いかに地域が自立できるのかがポイントであり、その為の仕掛けづくりを構築できるか否かが私たち地方生活者に課せられているのです。






熊のまち
数日前の夕方、家族で食卓を囲んでいたら防災無線から放送が入りました。
次男が「また熊の話やで」と言うので聴いていたら「こちらは高島市防災無線です、臨時放送をお届けします、今日午後5時47分ごろ〇〇で熊の出没が確認されました、付近をご通行の方はご注意ください」。
やっぱり熊か!ぎゃははは・・と家族で大笑いして、(ポケモンGO)でモンスターを探していたら熊に会いましたではシャレにならんなとか馬鹿なことを言ったりして、また笑っていました。

誤解のないようにと思いますが別に熊を馬鹿にしているわけではありません。
昔観た映画「グリズリー」で熊の怖さに震えたり、日本でも大正4年に北海道で開拓村落が熊によって襲われた実話を描いた吉村 昭氏の小説「熊嵐」を読んだことがあったりと結構、熊には興味があります。

実はこの高島市でも探してみれば「熊」とつく地名が多くて昔から熊が多く出たのだなと容易に推測できます。
日本狼は全滅してしまいましたが熊は健在です。(何言ってるんだろう?)
全国でも狼とかを入れた地名は少ないのですが熊とか鹿が入った地名は多く、古くから日本においてこれら動物と共生していた形跡が残っています。

それが平成の大合併で古くからの地名が消え、(希望ヶ丘)とか(緑の里)など没個性的な地名に代わったのは残念です。
誤解のないようにと思いますが別にこれらの住宅地にお住いの方を愚弄するつもりはなく、新興住宅地なら当然新地名もありかなとは思いますが昔からの地名を簡単に変えることは控えた方がいいと思うだけです。
(言霊信仰)の日本ですから「熊」とついた地名なら熊にまつわる何かが隠されているはずですし、「〇〇崩れ」と地名にあるなら土砂災害が多い地域だから気をつけろというメッセージがあるはずです。

地名には古からのしきたり、習慣、事件など様々な(記号)が込められているのですからそれを追いかけるのも楽しいのですが今は暇ではないので老後の楽しみに取っておきたいと思っています。
それにしても防災無線で(熊出没)を連呼する高島市って平和なんですかね。
もしかしたら今度の選挙でも熊が出たりするかもしれません。

高島市での動き
このところブログを書くのが怖くて休止しています。
滋賀県内では甲賀市長選挙、湖南市長選挙、野洲市長選挙が終わり、地元高島市長選挙と市議会議員同日選挙があと3か月と迫ってまいりました。
かなりの水面下での駆け引きが行われている様子ですが耳にしたことを素直に発信することには戸惑いを感じています。
また関係の皆様にもご迷惑をおかけすることにつながるかもしれません。
しばらくは(無線封鎖)をいたしたいと思っています。
緊急地震速報
10月21日午後2時7分、部屋にいた私の手元の携帯が突如鳴りだし、「地震です!地震です!」と連呼。
すわ、早く逃げようと思ったら20秒後にかなりの揺れを感じました。
警告してくれるのはありがたいのですが、このタイミングなら机の下に隠れるのが精いっぱいかなと思ったりもいたします。
それでもありがたいのですが。
どうも震源地は鳥取県とのその後の情報です。
災害と湖西路
10月もカレンダーでは3連休に入り曇ってはいますが穏やかな朝を迎えられたと喜んではいたもののテレビのスイッチを入れると深夜に熊本・阿蘇山火口が噴火し、約1キロの広範囲にわたって噴石が落下、1600世帯が一時停電と報じられていました。
住民の皆さんは大変不安な一夜を過ごされたこととお察しし、被害拡大がないようお祈りしたします。

週末に私の住む高島市から乗用車を運転して南の大津方面に出ることがかなり億劫になってきました。
別に肉体的に疲れたとか、面倒だとかの理由ではなく必ずと言っていいほど(渋滞)に巻き込まれるからです。
特に夕方などは顕著で旧高島町の白髭神社あたりから北小松のまちにかけてはR161がボトルネックになっていて京阪神からこの時期は行楽帰りの車も交じっての混雑となります。
高島から浜大津までなら車で約ですが1時間から1時間20分ほど見ておけばいいのですが週末は2時間から下手をすると3時間ばっかしかかることもあります。
3時間なら東京までこの時代、行けるのですが。

そのようなわけで先週もこの(湖西路渋滞)に遭遇し、這う這うの体で堅田まで来て考えていたのは(もし災害があったら南に逃げるのはムリだ)ということでした。
あの高島から旧志賀町の狭隘な道(これで国道?)を自然渋滞でもかように抜けるのが困難なのに非常時に高島市の住民が一斉にと考えたらため息が出てきました。
それが緊急を要する例えば原発事故ならおそらく発災から2時間以内の避難を要求されるでしょう。
政治的に、また行政的にもシュミレーションしておかねばならないはずです。
しかし、そのような議論がなされている、またはなされた記録は見当たりません。
なるようになる、泥縄式対応に任せるということでは福島の教訓をまったく活かせていません。

堅田のドラッグストアでトイレを借りました。
張り紙があって、「最近、トイレットペーパーの消失が続いています、不審な人を見かけたら店員にご一報願います、また警察署にも被害届を出しています 店長」と書かれてました。
やれやれ、何ともせちがらすぎる世相になったものかと思いました。
公衆の使用するトイレに入ってまで息が抜けないなんて・・・。
ここに監視カメラを設置するにしても純プライベート過ぎてできないだろうし、昔は道徳心の普及でこのような行為はなかったはずだけどとまた余計なことを考えて車を走らせました。

前知事の講演
私の次男は私が卒業した県立高島高校に通う現在1年生です。
学校までは我が家から歩いて5分、走って1分の距離です。

昨夜、食事の時にこの次男が「今日、嘉田さんの講演会があった」と報告しました。
私が「学校で?それは前の知事の嘉田由紀子さん?」と訊くと・・。
「そうや、学年で社会実習の一環でお話を聞くことになったんや」と息子。
「それで何の話やった?時間はどれぐらいしゃべらはった?」
「滋賀県のこととか・・・大学の話で、2時間ぐらい」
「2時間!長いな!あいかわらず・・それで理解できたか?」
「寝てたからイマイチ・・」
「そうか・・お父さんも寝てたからな、議会ではあの人の話のときは」
「それで一番前に座っていたからかもしれんけど最後に質問があるかと言われたんや、ボクに」
「なんて質問したんや、なぜ栗東新駅をつくらなかったのですかとかか」
「わかりませんて言うたらしつこくて゛じゃ、1分あげるから考えてね゛と言われて・・」
「それで?」
「滋賀県の大学には他県の人も来てますかと質問した」

その会話を横で聞いていた妻が参戦してきました。
「嘉田さんと言えば○○(長男の名)が行っていてあなたがPTA会長をしている高校にも来月来るんでしょう?」
「ああ、創立50周年特別記念講演の講師でね」
「あなたの立場でよくお招きしたわね」
「しかたないだろ、前会長の時からすでにプログラムは決まっていて学校長が゛会長、嘉田さんにお願いしてありますから゛と言うものだから特に反対できなかったんだ」
「あの人はいろんなところで講演されているみたい」
「そうみたいだね」

食事時の会話は続いて・・。
「あなたは嘉田さんの野党だったの?」
「地方議会は2元代表制で野党も与党も本来はないけどね」
「でも反りは合わなかった?」
「予算外で突発事項が発生しても知事には絶対に頼みにいかなかったな」
「例えば?」
「いつぞやの年の暮れぎりぎりになって高島で初雪が降ってそれが湿った重たい雪でさ、朽木で杉の木が何本も倒れて電柱をなぎ倒したり、電線を切って停電になった時は高島市の要請もあったけどすぐに副知事にお願いしたことはあったな、それ以外でもいろいろあったけど知事に直接個人としてお願いに行ったことは1度もない」
「知事が゛石田議員の言うことはきくな゛と県庁でおふれを出したら困ったでしょう」
「そうなれば議会で反対するだけじゃん」
「そんなんで良かったの?」
「地方議会は条例の可決率があまりにも高すぎる、ひどい市になるとほぼ100%だ、これは議会のチエック機能が肝硬変を起こしていると言ってもいい、もっと議会は首長との対等との見識を発揮して議論して納得の上で議決するべきと思っている」
「在野で言っても負け犬の遠吠えね」
「負け猫と言ってにゃー」








米原七不思議
9月も今日で終わりますが「長月」とも言われているのに早かったなというのが正直な感想です。
昨日はjR米原駅東口に自家用車を停めて新幹線で名古屋に出た話をいたしましたが国道を走れば道路の左側に(1日300円)というパーキングののぼり旗がさしてあり、(おお!これは安い)と駐車しました。

国道を横断するとすぐパーキングがあり(1日350円)と看板がありました。
(道を通るだけで50円高くなるんだ)と思いながら50メートルほど歩くとまたパーキングがあり、(400円)と旗がかかげてありました。
(徐々に高くなっていくな、米原市民恐るべし)
右に回り駅を正面にするといきなり(500円)。
(はぁは~ん、もう駅が近いからワンコインに上げてきたか、そうはいかないよ、こっちは300円に停めたから先物買いだ)と意味不明の思考です。
駅のロータリーまでくると(1日600円)、旗までオールカラーで看板も堂々の3色刷りでした。
ここまで来ると駅に横付け、ドア ツウ ドアの感覚です。
(600円・・私の300円からすると倍額!ここに平気で停められる方は特権階級の御方に違いあるまい、かたじけない)と感心すると同時に(500メートルばかり歩くだけで300円儲かった、経済的合理性の勝利、V!)と優越感に浸っていました。

それにしても琵琶湖側の入り口が米原駅西口?
なんで?
普通、琵琶湖の方から朝日が上がるから東口ではないのかな?
これは米原七不思議の一つ「なぜ米原駅は東側が西口なのか?」に認定されました。
あとの不思議は「なぜ米原では選挙結果がはっきりとわかれるのか?」とか「なぜ米原では前回から県議定数が2から1になったのか?」や「なぜ米原では物流拠点SILK計画のとん挫を誰も言わないのか?」などご当地七不思議があります。

用事が済んで名古屋から再び米原に降り立った私を台風の影響からくる豪雨が出迎えてくれました。
傘を持っていなかった私は駐車場まで500メートルを鉄腕ダッシュ!
どぼどぼになってちっぽけな優越感は水に流れ、風邪をひいて薬を飲んだので経済的合理性は吹っ飛びました。(あとクリーニング代も)
300円を惜しまず、雨にも濡れずを選択すべきでした。


日本語の難しさ
昨日の正午少し回った頃、ある地方都市(滋賀県彦根市)を車で移動中だった私は昼食を購入しようととあるコンビニ店にパンと牛乳を求めて入りました。
レジでは若い(たぶん20代)女性店員がいて彼女に(パンと牛乳)を渡し、財布を取り出しました。
「○○○カードはお持ちですか?」と彼女がパン2個と牛乳パックをビニール袋に入れながら尋ねてきました。
それについては持っていなかったので言葉のニュアンスとして「ハイ・・・」と少々声を落として答えました。
すると彼女はバーコード読み取り器を置いて「持っているんですか!無いんですか!どっちです?」とかなり厳しく(詰問調)で私をにらみつけたので咄嗟に「いえ、持っていません!」と答えました。
彼女はやれやれといった表情を浮かべて「365円になります」と言いました。
私は店外に出て今のやりとりについて考えてみました。

私は自身が体験したことから何らかの(教訓)を得ようとする社会観察者(ソーシャルウオッチャー)です。
心理学者ならこのケースは彼女の心理状態について、生理学者なら女性固有の生態から特殊性を導きだそうとするでしょうが、私は政治経済及び人間学分野の方であり、このケースは政治や経済は関係ないだろう、もしあるなら経済的に彼女は薄給で働かなくてはならない状況にある自分を許せず、たまたま気の弱そうで軟弱ぽい男(私)にはけ口としてぶつけた?
あるいは私の後ろに並んでいた人々に(私をなめるな)とアピールした?
これは(威嚇)と言って動物行動学の分野になります。

ここで初めに戻って考えてみると彼女が「持っているか?」と訊いてきた時に私は「ハイ」と答えています。
もしかしたら彼女はその質問で私が持っていることに気が付き、カードを取り出すことを期待していたのに私がそのまま突っ立っているのでイラついて「どっちだ!」となったのでしょうか。
私としては(あなたの質問が私に投げかけられていることはわかりましたよ、でも私は○○○カードなんて自分がその存在も認識していないものを所持しているわけないでしょ、ハイ)とこの(ハイ)の1秒の中にこれほど大切なメッセージをこめて答えたつもりだったのです。
つまり(持っていないが質問はされているからあなたの問いかけを無視するわけにはいかないからハイと言いますよ)なのです。
バカの思考です。
始めからはっきりと「持っていません」と言えばよかったのでしょうか。
そうすることによって全国展開している幼稚園児からお年寄りまで国民誰しもが知っているローソン様(言ってしまった!)の沽券に傷をつけるような恐れ多いことにならないかと心配で(ハイ・・)という折衷的なお答えを用意した私めが間違っていたのでしようか。

日本語は難しいです。
外国人としゃべるときは特に注意しないと「ハイ」の一言をその通りに受け取られたりします。
「貴国は我が国と戦闘準備に入る用意があるのか?」
「ハイ!」・・・オオゴトになります。
黙っていて笑顔を浮かべているとジャパニーズスマイル、またジャツプめ、だまし討ちをたくらんでいるのか、今度は引っかからんぞと曲解されます。
日本には(惻隠の情)、黙っていてもそこはかとなくその人の心中を推し量る文化があるはずですがパンと牛乳ぐらいでは発動されないのですか。






新幹線でのちよっとした出来事
昨日は日帰りで東京に出張。
日帰りですから一日を有効活用するために早く出て行かねばなりません。
自宅を車で出て木之元経由で湖北をぐるっと回り、JR米原駅前で1日500円の駐車場に車をとめて7時57分発の新幹線に乗り込みました。
それでも東京着は10時10分。
午前中は周辺の滋賀県関係機関を廻り、午後からは主に永田町。
夕方まで陳情なり打ち合わせをこなして東京駅まで戻りました。
多少の疲れはありましたがエキサイティングな交渉もあり、頭は冴えていました。
車内に席を取るとこんな時は1人慰労会で缶ビールでも飲みたいものですが米原から車を運転しなければならないので車内販売の珈琲を注文、今度は販売の女性と変なことにはなりませんでした。

駅前の八重洲ブックセンターで買った「古代史が面白くなる地名の秘密」八幡和郎著(歴史新書)を読み出しました。
私は本を購入する際、興味があるジャンル若しくは題名で選ぶか、著者が好きなら無条件で手に取る「著者買い」をするかですが、八幡氏は後者です。
珈琲を片手に落ち着いて本を読みだすと品川駅に停車しました。
ホームから車内に(当たり前ですが)若者が3人乗車してきました。
ごく普通のいでたちでジーンズにポロシャツ、年齢は20才から25才ぐらいの男性ばかりです。
私は内心、(騒がれたら読書の邪魔にならないだろうか)と思ってしまいました。
すると3人の若者はジャストミートで空いていた私のちょうど前列に座りました。
彼らは私が欲しかった缶ビールを車販のお姉ちゃん、シャオチエから買って、うらやましいことに(するめ)とか(柿の種)などの小宴会グッズまで追加注文していました。
(これはいよいよ騒がしくなるのでは)
若者3人が旅行、話が弾むに違いない。
ああ、迷惑じゃ、迷惑じゃ、私の静謐な読書タイムを保証してほしい・・。

そこへ私の前に座っていた若者がくるりと向き直って遠慮がちに「あの・・席を倒してよろしいでしょうか?」と言うではありませんか。
「ああ、どうぞ」
そこで控えめにシートがゆっくりと倒れました。
すまなかった、若者たち、邪推ばかりして・・・。
考えてみれば私が後部座席の方にそんな声をかけたことがあったか?
さも当然とシートを深々と倒していたではないか。
それをこの若者はこの若さで・・偉い、偉いものだ!
すまなんだ、すまなんだ、疑ってすまなんだ・・ビールとおつまみを妬んですまなんだ・・。
自分が恥ずかしい。
そして日本の未来は明るいと思う、君たちのお陰だ、こんなほのぼのとした気分になったのは・・、ありがとう。
読書に集中している間に新幹線は米原駅に着きました。







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