FC2ブログ
ゆうすけブログ
異変
私の気候に関する乏しい記憶の中でもこれだけ長雨が続く年はちょっと覚えがありません。
古い戯言ですが権藤・権藤・雨・権藤・雨・雨・権藤・雨・権藤と頭の中で渦巻きます。
これは往年の中日ドラゴンズファンしかわからないでしょうね。(60歳以上ですかね)
カラリと晴れた日にバッと布団を干してふかふかのおひさまを感じながら寝たいと思うのは私だけではないのでしょう。

今日も疲れて帰宅しました。
一日の労働から解放されてやっと夕食にありつける時間は人生におけるオアシスです。
から揚げにほかほかご飯、ナスのみそ汁にキャベツの千切り。
これだけあれば十分です。
まずお味噌汁をズッと口に含みます。
とたんにふくよかな味噌の香りが口内に、う?感じない・・
それどころか味すらしない、塩分すら。
慌ててから揚げをがぶり!
鶏の肉汁がほとばしるもののやはり味がしない・・。
私の脳裏にある考えが閃光のようにひらめきました。
これはもしかしてコロナ・・。
テレビでやっていましたよ。
幾多のコロナの先達が証言していましたが初期の頃は味覚や嗅覚が利かなかったって。
やばい、やばい、遂に私も・・。

「やっぱ、薄かった?」
テーブル対面に座っていた妻が話しかけてきました。
私が食事をしながら青ざめてあわあわしているのを見てでしょう。
「私、健康推進委員やってるから食事も減塩を薦めているのね、だから今日は思い切って塩1グラム」
このぉーまぎらわしい真似しやがって、このアマ、1食ぐらい減塩して何になるつうんだよ。
しかし、しかしですよここで怒ったら一気に熟年離婚につながる可能性も捨てきれない。
私は何もやましい事、後ろ冷たいことはしていない、浮気も不倫も、もちろん生活費はちゃんと家計に入れているでも、だけどここで思っていることを口にすれば・・怖い。
恐怖のトリガーを引いてはならない、思っていることを口にしてはならない、家内安全、無事これ名馬、ならぬ堪忍するが堪忍。
今日も石田家の夜は更けていくのでした。







石田家、危うし
ブログを書いて早いものですでに13年が経ちます。
以前は毎日更新を目指していましたが5年ばかり前に生活環境が激変して更新頻度が落ちました。
言ってしまえばブログどころじゃなくなり、日々の生活に追われ、心の余裕も失われ将来に見通しが立たず、生活設計の立て直しが第一義のものとなっていたのだと思います。
そんな難破船のような状況の石田家がよく沈没もせず、1人の水没者も出さず今日まで航海を続けて来られた恩恵は神の祝福か、世間の皆さまの温かいご支援なのかと感じる今日この頃です。
ブログをたまに書くにせよ、今さら知名度アップなどどうでもよく惰性、今までの惰性で書いているに過ぎません。
ただ、街で久しぶりに会う方から「最近、ブログ書いてないね」と言われることが今でもあり、申しわけない思いから書いているのでしょう。

昨晩も家族で食卓を囲んでいました。
私が「コロナはどうかな、第2波襲来があると言われているけど゛3密を避けよう゛の3密ってわかる?」と息子らに訊いてみれば次男は「密閉でしょ、密集でしょ、それから・・密会」
密会じゃないよ、それじゃアンジャッシュの渡部じゃん。
それではと長男に「おまえはわかる?」と水を向ければ 、 ボーっと下を向いていた彼が驚いたように「は!壇蜜・・」
ダメだ、こりゃ。
我が家も祖父は創意意欲が盛んな人で商売なんかも次々と始め、父も事業意欲旺盛で活力のある人でした。
私の代になって私は2人に比べると随分と能力的に落ち、難破船の船長程度ですが息子たちはと眺めれば一抹どころか十姉妹ぐらいの不安が残ります。
このままでは我が家は末代を迎える、石田家、危うし!




ツバメの見習い
仕事はテレワークにはなりませんが土日にしっかり休める内容なので昨日は連休という充実感を満喫していました。
そこへ母親から携帯に電話が入り、少し聞きたいことがあるので家に寄ってくれと言われたから実家(この言い方は息子として適当なのでしょうか)へ赴きました。
父は7年前に亡くなりましたが母は80を超えた今でも健在です。
同じ町内に住んでおり、私の家から車で10分かからない程度です。
母と話を終えてから淹れてくれた珈琲を飲みながら雑談をしていました。

母曰く、5月になってツバメが家の軒下に巣を作り、ヒナが孵って賑やかだというのです。
案内してもらって応接間のサッシ窓を開けて見ると、なるほど5匹ばかりの小さなヒナが黄色い口を開けてちょこんと泥で作った巣穴から首を出して「ピーピー」と鳴きながらご飯をねだっているではありませんか。
そこへお父さんツバメとお母さんツバメが一生懸命にご飯(おそらく昆虫か)を羽ばたきながら持って行ってヒナの口に差し出しているのです。
じっと見ていると大変忙しく、約1分に1度はご飯を与えに巣に戻ってきます。
母に「親は大変だね」と言うと、「もう1匹いて手伝っているんや」と言うので「え!誰が?」と尋ねると見習いがいるそうなのです。
ツバメも巣立ってもすぐには結婚せず、1年とか2年とか1人前(1羽前?)になる修行をするらしいのです。
巣作りやヒナにご飯の与え方、そもそもの餌の捕獲の仕方などの修業期間です。
それで晴れて求婚して愛の巣を持つというのが母の説明でありました。
それまでは他のペアのお手伝いをして仕事を覚えるらしいのです。
そんな・・と思って続けて観察していたらなるほど♂ツバメと♀ツバメの2匹の他に少しスマートなツバメが1匹、ご飯給仕のローテーションに加わっているではありませんか。
あれがツバメの見習い君かと感心した次第です。
日本も家庭内での児童虐待、ネグレクト(育児放棄)が段々と深刻さを増してきた感がありますがこんなことならツバメにも負けるよと考えさせられた休日の午後でした。

憧れのテレワーク
一昔前に(想定外)という言葉が流行りましたが今年に入ってからの全世界的規模のコロナウイルス猛威は想定という範囲を超えています。
中国の武漢で異様な肺炎が流行っていると報道で聞いていたのが昨年末のことでしたがまさかその後、日本に大々的に上陸してオリンピックや甲子園を延期・中止に追い込むことになろうとは誰が予想していたでしょう。
普通なら今頃は学校も新学期が始まり、オリンピック開催前の高揚感と景気が上向きによる夏のボーナスの使いみちなどが雑誌などに取りざたされていたはずです。(例・゛今からでも間にあう五輪観戦゛とか)
それが・・自粛・中止・要請・禁止のオンパレード、私たちの生活はズタズタです。

そのなかで都市部などでは通勤時の混雑や職場などでの濃厚接触(クラスター化)を避ける意味から(テレワーク)の推進が随分と奨励されました。
いわゆる(新しい日常)とやらで田舎者の私は(テレワークとやらをしてみてぇ)と思っていました。
在宅勤務・・顔しか見えないから途中でマンガを読んでいてもわからない、ダラダラできると単純に考えていました。
ところが数日前の夜、東京で働いている長女から電話がかかってきて仕事がテレワークになって辛いと言うのです。
娘は昨春、学校を卒業して現在は某IT企業で働いている社会人2年生。
都心をエリアにして営業職に就いています。
「朝から晩まで上司に張り付かれて指示を出され、毎日午前2時まで仕事に向き合っているのよ」
「途中で休めないの?」
「ムリ、得意先回りが出来た時は移動中に気を抜いたり、カフェに寄れたけど今は朝から晩まで上司が見張っていて・・」
「でも上司の人でもまさか午前2時まで働いていないだろう、さっさと休めば」
「だめなのよ、社内でも最も厳しい上司にこの春から当たって、゛これぐらいやらなきゃ生き残れないぞ゛って発破かけまくりなのよ」

娘によるとこの上司は42才。
ちょうどリーマンショックの頃に就職氷河期が訪れて社会から島流しにあった世代です。
かなり厳しい世相を生き抜いてきた方々なのでご無体な人生を送ってこられた人が多いのも事実です。
それだけに社会や会社を心底信じていない人が多いのも特徴です。
「パパみたいに50代の上司は優しいのに40代は厳しいよ」

そう私たち50代は昭和の高度成長とバブル経済の恩恵を受けて社会に出て、バブル崩壊のツケは上の世代が尻ぬぐいされたのでぬくぬくと生きてきた大甘の皇子です。
ゆえにワキが甘い、人に甘い、何よりも自分に甘い。
好きな言葉は(自分を許す)(自分へのご褒美)などです。
コロナが一旦収まった後も(新しい日常)は人と人とが信頼し合い、助け合う明るい社会をみんなでつくっていきたいと思っています。
甘いですか?
コロナの祭り
今日は私の地元の今津祭。
10時半から始まりますが参加します。
今年から氏子総代のお役を頂いているので要出席となっています。
それでも今年のお祭りはとてもしけています。
まず、本神輿の町内巡業がないので神事のみです。
また、社務所に入らず、飲食の場も設けず、来賓も呼ばずなので宮司と各区の区長さんと氏子総代のみの参列でとてもしょぼいのは概ね予想されます。
お稚児さんと言って神様にお供えをする際に手渡しで供物を運んでくれる若い(6才から12才ぐらい)の臨時の女官さんも今年は募集なしです。
幟も立てませんでした。
これでは街の人も祭がやっているのかさっぱりわからないでしょう。
鐘も太鼓もありません。
すべては粛々と静かにただ疫病終息を祈る祭りです。

今日には総理から緊急事態宣言の延長が発表されるでしょうが出口の見えないトンネルを歩いているのは我々みんななのです。
一人ひとりが自分のできることをこなしてこの難局をのりこえましょう。
出口に辿り着きましょう。
できることはやらなければなりませんがやってはいけないことは避けましょう。
不特定多数との濃厚接触です。
3密です。
G・Wも後半に差しかかりましたが公共交通機関などで行楽地へ遊びに出かけたりはしていないでしょうか。
ここで一句。
「大型の休みは車窓の新感染(新幹線)」

優雅に船旅をしている場合でもありません。
「艦船(感染)の旅はコロナで苦うーず船(クルーズ船)」
それでは皆様、ステイホームで日頃できなかったことなどに挑戦してみて新たな発見をお愉しみください。




我慢ウィーク
今年の大型連休はどこにも行けないゴールデンウィークならぬ我慢ウィークですと誰かが言っていました。
私も休みに入りましたが在宅がどうしても多いので家族としゃべる時間も多くなったような気がします。
長女は独立して東京に住み、滋賀には帰ってきていませんし、長男は京都の学校の寮におり授業自体は休校となっていますが課題が出ているのでこなさねばならないため帰省する暇がないと言っています。
家から京都の学校に通う次男と妻と3匹の飼い猫との暮らしですが先ほど申したようにみんな暇だからかえってコミュニケーションの時間が取れてその点では良いかなと思ったりもしています。
家族とは言え、やはりしゃべってみないと日頃から何を考えているのか理解できないものです。
いい機会かもしれません。

その家族との話の中でどうしても出てしまうのがコロナ感染の話です。
4月中はまだ肌寒い日もあったので部屋にある灯油ストーブをつけてふと見ると(CoRONA)とメーカー名が書いてあったりで(ええい、ゲンが悪いわ)とか思ったりで何かと盛り下がりましたが、以前のように地域に責任のある立場でなくなり、(今だけ良かったらいい、自分だけ良かったらいい)のポジションに身を置いていいのかと安堵していいのか恥ずかしいのかよくわからない心境です。
これが責任者だとものすごく大変でおそらく寝ていられなかったなと自分でも思います。
私が聞いている市役所の職員さんも仕事が山積みで家に帰れない、毎日午前様でステイ市役所となっていて何がゴールデンウィークだとこぼしておられました。
お気の毒だと思うとともに現場で奮闘する地方公務員の皆様に応援のエールを送りたいと思います。

特に経済活動が大停滞でみなさん、生活面でかなり不安が高まってきているのも事実だと思います。
私がまとめたものではありませんが情報として相談窓口を列挙させていただきます。
◆持続化給付金
(内容)中小企業に最大200万円、個人事業主に最大100万円の給付
(要件)新型コロナウイルスの影響で売り上げが前年同月比で50%減少以上
(問い合わせ先)中小企業金融・給付金相談窓口

◆費用調整助成金
(内容)事業主が労働者に払う休業手当の一部を助成
(要件)新型コロナウイルスの影響により雇用調整(休業)する事業主向け
    雇用保険適用事業主
(問い合わせ先)ハローワーク

◆事業主の納税猶予
(内容)収入が相当減少した事業者の国税・地方税・社会保険料を1年間納付猶予
(要件)令和2年2月以降に収入が20%以上減少しており、一時に納税を行うことができない場合
(問い合わせ先)所管の税務署

◆特別定額給付金
(内容)1人10万円の給付
(要件)令和2年4月27日現在に住民基本台帳に記載されている人
(問い合わせ先)総務省コールセンター

◆個人向け緊急小口融資
(内容)新型コロナウイルスの影響で収入減や休業を余儀なくされ日常生活の維持が困難となっている世帯
     1世帯に1回限りで10万円以内、事業主に20万円以内の融資を行う
(問い合わせ先)居住地域の市町村社会福祉協議会または労働金庫

◆個人向け総合支援資金
(内容)収入減少や失業等により日常生活の維持が困難となっている世帯を対象
    1世帯2人以上:月20万円以内、単身赴任者:月15万円以内
(問い合わせ先)居住地の市町村社会福祉協議会または労働金庫
命とお金のどちらが大切かー台湾の成果から考える
自宅から職場まで車で約40分。
私の仕事は人と直に関わらなくてはならないのでテレワークなどと洒落たことができません。
テレビで無責任にテレワークをすすめましょうなどと話している人を見て(この方々は今までまともに働いたことがないんだなあ)としか思いません。
感染のリスクはあっても生活を守るために恐怖に打ち勝ち、または怯えながら職場に通う人々に寄り添うコメンテーターはいないのでしょうか。
話を元に戻して、車で通勤途上に対向車を見てマスクをしている人、していない人を毎日ぼんやりとながめているとだいたい4対6です。
もっとも車の中で1人で運転しているのだからマスクは不要と言えばそうなのですが朝、車で家を出た時からマスクをしているということは職場で一日中していると解釈してもよいでしょう。

今、政府のコロナ対策はまだ手ぬるい、いや法整備が整っていないのだからこれ以上は強いられない(都市封鎖など)、仕事を休め、店を開けるなと言うからには休業補償はどうなるんだとか様々な意見が飛び交っています。
ここで議論の原点に却って(あなたなら命とお金、どちらが大切ですか)と国民に問うのが政治責任を持つ者の使命です。

他国で見事にコロナを抑え込んでいる事例もあります。
日本以上に中国と交流(人的に)している台湾です。
昨年(2019年)12月31日に中国・武漢衛生健康委員会が(原因不明の肺炎集団感染)を発表すると台湾政府は即日、国内に注意喚起を行い、武漢からの旅客機に立ち入り検査を行い、空港の免疫検査を強化しました。
年が明けて2020年1月5日には早くも対策本部が立ち上がっています。
日本ではまだ呑気に武漢の市場の光景などが映っていた頃です。
日本国内で最初の感染者が確認された1月16日にもまだ日本政府は何も動きを見せてはいなかったのですが台湾ではまだ感染者が確認されていないにもかかわらず台湾(中華民国政府)は1月15日に法定伝染病に指名しています。
1月24日には香港・マカオを除く中国大陸への団体旅行の禁止を発令し、中国からの旅行者の受け入れ拒否を決定しました。
2月6日からは中国からの来台を全面的に禁止しました。
北海道雪まつりなどで中国人が観光で大挙来日して札幌で多くの感染者を出していた頃です。
また、いち早く小学校・中学校の旧正月休みを2週間延長して2月24日までとしています。
マスク対策も早く、1月23日に武漢市が封鎖されると台湾政府は翌24日にはマスク輸出禁止と持ち出し制限、ネットなどでの高値販売を禁止した上で中国人による買い占め防止対策を講じました。
日本ではその間、中国人およびバイヤー、転売屋による買い占めが横行して庶民に行き届かない事態となったのでは大違いです。
台湾政府はその後、国内マスクの増産要請を行い、政府によるマスク買取保障、国民保険のIDを使っての国民へのマスク配布、マスク製造業者への残業代補てんなどまで行い、マスク不足を解消しています。
日本ではH県などが武漢にマスク100万枚を贈った美談などがもてはやされていましたが自治体の緊急衛生用品は親善のためにストックされているのではなく住民のためにここぞという時に放出されなければならないのにお人よしにも程があります。
台湾は3月末で感染者40人、死者1名と感染防止に成果を出しています。
日本の遅く、危機感の足りない対応と比べれば月とスッポン。

沈黙の春
『沈黙の春』とは米国の海洋学者レイチェル・カーソン女史が1962年に出版したDDT散布や大量の農薬使用による大気・土壌汚染により昆虫も死滅し、鳥も鳴かなくなった世界を描いた環境学における古典とも言える作品です。
それまでは残留農薬という概念がなく、作物を生産するために大量の(特にアメリカでは)農薬類を噴霧使用していたわけですがその野放図な環境破壊に警告を促した書でもあります。

感染症の大流行がもたらした社会の裏側を鋭く風刺したのはこれも古典の『デカメロン』。
イタリアのジョバンニ・ボッカチオの作品ですが1348年に大流行したペスト(イタリアでは全人口の2/3が死亡したと記録されている)から逃れるためにフイレンッエ郊外の館に批難した男女10名による退屈しのぎの話が書かれていますが鋭い社会風刺もあり、ダンテの「神曲」と対比され「人曲」と呼ばれています。

とにもかくにも今年は(沈黙の春)です。
不要・不急の外出は禁止と自治体の長からお達しが出て、イベント・講演などは次々と中止、学校まで休校、都市部の会社はテレワーク、卒業式、入学式は制限付きで極力簡素に挙行、夜の外での飲食にも自粛ムードが広がって飲食業界は大打撃、もちろんこの時期に多い歓送迎会などは中止、旅行は国内外を問わずキャンセルの連続で観光業界は交通機関を含めて青息吐息の状態。
私事ですが長女がこの春に東京で結婚式を挙げることになっていましたが親戚一同を新幹線や飛行機で東に移動させるリスクを考え延期としました。
それ以上に今や全世界で新型コロナウイルスとの闘いが繰り広げられています。

2020東京五輪もとうとう異例の延期が発表されましたが、東京にオリンピックがやってくると誘致成功の報が流れた時には日本中が歓喜いたしました。
前回(1964年)大会の時の輝かしい思い出。
日本が高度成長の軌道に乗って発展・前進していた光り輝くあの頃が再来するのではないかという希望。
社会に閉塞感と圧迫感が溢れている今日だからこそオリンピックの夢よもう一度と思った人も多かったのではないでしょうか。
それが・・これです。
こんなに盛り上がらない開催年度を予想できたでしょうか。
お恥ずかしい話ですが私自身、コロナウイルスを当初は軽く考えていました。
むしろ世間では何を過剰反応しているのか、こんなに騒いでは社会が逆に立ちいかなくなるなんて考えていたのです。
それも先月、コメデイアンとして長年、国民のスターだった志村けんさんが新型肺炎の為にお亡くなりになったとの報道を聞き、ショックを受けたのと同時に急に身近にコロナウイルスの怖さが迫ってきた如く背筋に悪寒がはしるような気持ちになりました。
他人事ではなかったのです。

私の地元・滋賀県高島市マキノの海津大崎は桜の名所としてこの時期になると多くの方が観桜に訪れてくださいます。
本日(4月4日)は朝から快晴、大崎の桜も8分咲きとまさに見頃を迎えていますが、歩いての観桜には規制がかかっているようです。
車で(一方通行)にて観てくださいと駅からの送迎バスも出ていないとのこと。
大崎の桜は琵琶湖の一番北にあり、湖岸の散策道をそぞろ歩きながら春の陽光を浴び、岸辺に打ち寄せる穏やかでシルクのようなきめ細かい波の音に耳を傾け、桜の花を愛でるのが最高の醍醐味なのにそれが今春は叶いません。

今年は宮総代のお役をいただきました。
懸案は(今津祭)についてです。
すでに同じ市内の大溝祭や川上祭は中止を決定されたとのことです。
明日の夜に総代の寄り合いがありますが結論を出さなければなりません。
やはり中止にせざるをえないか、いや 神様が一年に一度お越しになるので各区に本神輿だけ巡行して酒宴などの場は控えるかなど意見は分かれています。
(沈黙の春)は続きます。


世にも奇妙な物語
一昨日の日曜日の午後、私は彦根市内に住んでいる友人のマンションを訪れました。
彼の部屋は4階にありました。
要件がすみ、部屋を出て扉を閉めた時、横でガチャリと音がしたので何気なくそちらの方を見れば男性の老人がやはり私のように扉を閉めて鍵をかけているようでした。
そのまま私はエレベーターホールまで歩いて行くとちょうど一基あるエレベーターが止まっていました。
(ラッキー!)と心の中でつぶやき、乗り込んで1階のボタンと(閉まる)を同時に押すと扉が閉まりました。
そこへ小走りにあのおじいさんがやってきました。
よほど急いでいたのでしょう。
閉まる扉と私を交互に見て、あたかも相当な理不尽を感じたような目で私をみつめました。
その時、私は慌てて(開ける)を押して扉を開きおじいさんを入れてあげるべきだったのでしょうが老人の鬼気迫る表情に気後れして、もっと言えば怖くてそのまま1階に行ってしまおうと瞬時に判断したのです。
バツが悪いような、それでも恐いものから逃れた安堵感なのか複雑な気持ちでいる間にエレベーターは1階におりました。
扉が開いた瞬間、おじいさんがいたのです。
「あんた・・ちょっと待っても・・」
ギャー・・怖い・・
私は総毛立ち、口をぱくぱくさせながら「すいません・・すいません・・」としか言えませんでした。
老人はぶつぶつ言いながらそれでも走っていきました。
元気な老人、それは罪です。





FBともだちへの再度のおことわり
私は時たまブログを更新しており、その全文がFBアカウントに転載されるようになっていましたが先月、そのアカウントが動かなくなり携帯をいじっている間に消滅してしまいました。
従いまして従来、FBともだちであった皆さまのアップに近づけなくなっており、(いいね)すら打てない状況です。
また、ブログにコメントをして頂いても読めないのでご返答もできません。
そのことをご理解の上で私のブログとお付き合いいただければと思います。かしこ。
週末に台風は来る
昨夜の11時ごろ、私は自宅でPC作業をしていました。
明日の会議に出す資料を作成していたのです。
外はまだ暴風が吹いているものの・・・。
スーパー台風19号も近畿直撃は避けられ一安心だなと思っていました。
突然の停電!
「ぐわー資料が・・資料がぁー」
データーはとび、3時間の苦労も飛びました。

今朝、起きてテレビを観るとその後伊豆半島に上陸した台風は夜半に関東を襲い、東北に向かったようでした。
テレビのテロップでは「3人死亡、1人心肺停止、17人行方不明」とありました。
人的被害だけでも相当なことだと身震いがしました。
テレビ画面では長野県千曲川の堤防が決壊・氾濫して大規模な床上浸水が発生している様が映し出されていました。
直撃した関東も被害状況が酷く、東京の多摩川、栃木県田川、福島県阿武隈川、静岡県牛渕川、埼玉県入間川・都幾川など1級河川が次々と氾濫したとの情報が入っていました。
もちろん土砂災害も発生して土砂に飲み込まれて命を落とされた方もおられるようです。
停電も9都県で43万世帯にも及び私もPCのデーターが飛んだことぐらいで騒いでは追加でバチが当たりそうなのでもう言いません。
それにしても台風って前から思っていたのですがなぜ週末に上陸してくるのでしょう。



FB崩壊
私がこのブログを書き始めてからもう10年ばかりになりますが当初はごく普通の社会人が今まで経験したことのない行政の世界に入り、そこで見たもの、感じたことを素直に発信してみようという意図からでした。
4年前に政治の一線は離れ、また元のように生活の現場に戻りましたがそれまでは毎日のように更新していたブログも段々と頻度が下がり、2、3日に1回、週に1回となり現在にいたります。
そのような折、先日は携帯のFBが動かなくなったのでアカウントを触っていたらなぜか操作ミスでしょうか、消失してそれまで培ってきたFB友人たちとのご連絡ができなくなりました。
新しいアカウントを作りましたが現在は友人が1名です。(消失前は1500人)
すぐにご招待・友だち申請をしようと考えましたが気が変わり、当分は誰も見ないブログとSNSの世界に浸ろうと思います。
理由は少し無理してきたのかなと自戒の念があるからです。
FBで「いいね」をもらおうとして背伸びした投稿をしているのではないかと思い始めた矢先の事故でしたのでこれを機会に少し自分を見つめ直してみようと思います。
日本語は難しい
もう処暑です。
ようやくあの身を焼くような暑さも収まりつつあるようで朝夕は少し凉を感じるようになりました。
秋の到来が待ち遠しいものです。

日曜日、休日の朝、ラフな格好でコンビニに行きました。(ワンピのTシャツとバミユーダ、サンダル姿)
レジに行くと比較的若い女性店員さん(この比較的という表現が微妙)が「〇カードありますか?」と訊いてきました。
私は「ない」、「ありません」と毅然と言い放つことがこの緩やかな夏の朝のまったりとした雰囲気にそぐわないと思い少しもじもじしながら「はい・・・」と消えゆくようなそれでいてこの店員さんと目を合わさないようぼそりと答えました。
これでわかってくれると。
それで商品を渡してくれると待っていたら沈黙が続いてなかなかお互いの動作が進行しないので堪らず女性店員さんの方を見れば彼女は私を凝視していて「ありませんか?」と詰問調で言うではありませんか。
ここは空港の入国検査で私はビザを持っていない渡航者かと思いながら「いえ、持っていません」と今度ははっきり意思表示しました。
彼女はそそくさとレジ袋を私に渡しました。
なぜ最近の日本人ははっきり言わないと意思疎通できないのですか?
忖度してください。
自信の無い「はい」ですべてを理解してください。
日本語は難しいです。
炭水化物の夏
朝からテレビのニュースを観ていると台風10号情報一色です。
アナウンサーが「大変危険ですからくれぐれも河川や海辺に近寄らないでください」と訴えていましたがそれでも行く人はいるものです。
そして何人かは事故に巻き込まれ翌朝の新聞に「台風10号列島に爪痕、人的被害発生」と載るのです。
人はなぜか自分だけは災害や事故に遭わないと思っているようでそのような人の発想としては「私は死ぬまで生きる」と非常にポジティブなのはいいのですが今日は命日になるかもしれないという考えは持っておられないようなので危険です。
非常時にはネガティブに行動しましょう。

さて、夏休み、毎日家でゴロゴロしていますが食生活が炭水化物一色となっており、当然太ってきています。
ここ3か月で3キロ太り、ベルトの穴が左に一つシフトです。
お昼はうどん定食、うどんとごはんとたくあんです。
炭水化物で炭水化物を食べる。
これは究極の炭水化物愛と言えるでしょう。
夜は焼きそば定食、ソース焼きそばにおにぎり、かろうじておにぎりの具が鮭、何とかタンパク質ごくわずかに摂取。
それで入浴前の体重計は500グラム増。

本日はお盆ということで仏壇の前でご念仏を唱えます。
我が家は浄土真宗東本願寺。
「南無阿弥陀仏 炭水化物 南無阿弥陀仏 炭水化物・・・」
焼肉や魚の煮つけ、新鮮なサラダなどを体が希求しています。

少年時代
お盆の休暇に入りました。
例年になくぼんやりとした休みになると思いますが暑い時に体を休める、理にかなった歳時記だと思います。
台風10号がゆっくりと近づいているので後半は天気が荒れると予報にありましたがそれもまたむべなるかなです。
令和最初の夏休み・・では昭和の頃はどうだったんだろうと井上陽水の「少年時代」を聴いてみました。

「♬夏が過ぎ風あざみ 誰のあこがれにさまよう 青空に残された私の心は夏模様 夢が覚め 夜の中 永い冬が 窓を閉じて 呼びかけたままで 夢はつまり思い出のあとさき・・・」
しみじみと良い歌だと感じました。
少年の頃の夏休み・・友だちとカブトムシを捕まえようと昨夜しかけた罠を確認しに林の中に分け入るドキドキ感、小川で魚を掴み、夕方は縁台でひぐらしの声を聴きながらスイカを食べる・・暑くけだるいゆっくりと流れる時間・・もうあの頃に戻る事はできないとノスタルジーに浸れる名曲でした。

今の私ならさしずめ「中年時代」です。
替え歌ですが聴いてください。
「♬ズル休み金あさり 妻のけん責におびえる 食卓に残された私のごはんは冷(さめ)模様・・」
やっていて落ち込みました。
哀愁もズタズタです。
もうやめておきます。





Tシャツの柄ー日本アニメの実力
先週の日曜日、干した洗濯物を取り入れたたんでいた妻が私に「ねえ、どうしてこんな柄のものばかり買ってくるの?」とクレームをつけてきました。
私がこの夏にユニクロで買ったお気に入りのTシャツです。
柄は尾田栄一郎の「ワンピース」の登場人物、アラバスタ編の悪の組織バロックワークスNo2ことおかま拳の達人、ボンクレーことボンちゃんがどアップで描かれているシャツです。
若者の間では「ワンピ」と言われ、世界中にファンがいる海洋冒険譚です。
私は主人公のルフィーよりこのボンクレーの方が好きでユニクロで見つけたときは衝動買いをしました。
ボンクレーは(おかま)なのでお姉ェ言葉を使うのですが語らせれば熱いのです。
「友情ってヤツァ・・つき合った時間に関係ナッスイング!!」
「命をかけて友達(ダチ)迎えにいく友達(ダチ)を・・見捨てておめえら明日食うメシが美味ェかよ!!」
義理と友情を大切にするボンちゃんを気に入っています。
妻が「まさか・・それ着て今津の街を歩いていないわよね?」と訊くので「うん、歩いてるよ」と答えると「やめてよ!そんなオタクが私の夫と思われたらこっちまで恥ずかしくて歩けなくなっちゃう」というので内心は(もっと他に恥ずかしがることがあるだろう)と思いました。

余談ですが日本国内では圧倒的人気の「ワンピース」ですがヨーロッパではワンピより「NARUTO(ナルト)」の方が人気が高いそうです。
どうも海賊モノは「パイレーツオブカリビアン」のイメージが定着していて忍者の世界を描いたNARUTOの方が海外ではジャパンオリジナルを感じるようです。
忍者とか忍術とか受けますよね、確かに外国人には。
最近、甲賀忍者屋敷に行ったら忍者の恰好をした黒人男性に会ってびっくりしました。
お仲間が笑いながらスマホで写真を撮っていましたがこれがジャパンクールなのでしょう。
それなら日本の海賊マンガも「倭寇」とかを作ってみたらどうだろうと考えましたが歴史的に見て倭寇の中心は当時の大陸の人々だったので倭寇の青年・劉とか言ってもあまり受けないと思いボツです。

それにしても宮崎監督やジブリ、その後継とも言うべき「君の名は」の新海 誠監督や「サマーウォーズ」の細田 守監督の作品が海外でも評価され日本人としても鼻が高い昨今、その聖地である京都アニメーションに放火するという不埒ものが現れました。
世界中がこのニュースをどう受け止めたのかが端的にわかる例として国連事務総長のグテレス氏が「放火で命を落とされた方々を思い深い悲しみにつつまれている、負傷した方々の早期の回復を祈る」と異例の哀悼の言葉が発表されました。
今、NHKの朝ドラ「なつぞら」でもちょうどアニメ制作に青春をかける若者像が放映され人気を博しているところなので今回の事件はとても後味悪く、犯人の身勝手な犯行動機には怒りすら覚えてしまいます。




N国党とは何者?
昨日の4日から第25回参議院選挙が告示され21日投開票までの長い選挙戦のスタートが切られました。
今回、勝敗を分けるものは1人区、なかでも滋賀県は注目区となっています。
現職で自民公認・公明推薦の二之湯武史候補と元滋賀県知事で立民・国民・社民・共産推薦の嘉田由紀子候補との一騎討ち、ぶつかり合いの行方に注目していました。
4日の夜に帰宅して、(やれやれ選挙の序盤はどうなったかな)とTVのリモコンを押してBBC(びわこ放送、英国放送協会ではない)のニュースを観ようとしました。
画面にぱっと映った人物は40代ぐらいの少し小太りながら笑顔で髪を後ろに長く束ねた芸術家風の男性。
おや?〇〇さん、何をインタビューされているんだ・・。
〇〇さんは同じ町内に住む陶芸家です。
参議院選で訴えるのはただ一つのことですとか何とかわけのわからない出馬表明をしていました。
〇〇さん、何か悪いものでも食べたのかと思っていたら別人だとわかりました。
それにしてもこの選挙は一騎打ちだと思っていたら飛び入りが出たよと感心して観ていたらN国党ですと言っていました。
N国党?
日本国党の略か・・イスラム国みたいなものかと慌ててPCで検索したら「NHKから国民を守る党」とあり、ゲゲ!浅学にして知らなかったそんな政党ができていたなんて・・と驚きました。
更に調べると発足は2013年に遡り、今年の春の統一地方選挙でも首都圏や関西の大型団地がある選挙区に47名を擁立してうち26人が当選と堂々たる地方政党とありました。
今回の参院選でも全国に比例区も併せて40数名の候補者を出したようです。
NHKの不合理な運営を正すべく政治活動をしているらしいです。
できれば「朝日新聞から国民を守る党」も出てきて欲しいと思いましたが選挙ポスター掲示板を見に行くと1番のところがぽっかりと抜けていてどうもポスターは貼る意思はないようです。

実は私は2年前の冬に頼まれてNHKの仕事で京都伏見区の住民意識調査を2か月ばかりやったことがあります。
協力してくださった自治体は多かったのですが集合団地、アパートなどにお住まいの住民の皆さまはNHKと聞くと嫌な顔をされることが多かったのを憶えています。
その後、東京に行って臨時取材職員をやらないかと勧められましたが億劫でお断りしました。
それからも滋賀にいます。

さて、NHK贔屓だった私ですがこの2年間の活動や人様の生のご意見を聴くにつれ(NHKは今のままではいけないのではないか、改革した方がいい)と思うようになりました。
ですから投票はしませんが今回のN国党の主張もすごく理解できます。
まず受信料が高すぎる。
口座振替でBS放送が入れば月額2,230円、一般地上契約だと1、260円。
普段NHKをそんなに観ていない人がこれをどう思うかです。
もちろん最近のテレビ受信環境でBS(衛星放送)が入らないなんていうことはほぼ無いので高額2千円超を家計から強制で持っていかれるのです。
今回の選挙でN国党の主張はNHK受信料を支払った人だけが視聴する(スクランブル放送)を導入すると訴えていますが賛成です。
受益者負担の原則にも叶いますし、憲法で保障された行動、すなわち見ない自由にも合致します。
後は国会で放送法(特に24条)を改正すればいいだけです。

NHKサイドとしては災害を含めた有事のニュースを民放局ではできない公平性と即興性で報道するので国民から広く受信料を徴収することが必要と訴えてきましたがそれならばNHKを分割して報道局に絞り受信料を徴収する、歌番組や娯楽性の強いドラマなどは民放と競わせる、それだけで製作費はうんと安くつき受信料も国民が納得する額に落ち着くでしょう。
そもそもNHKの財務諸表を見ると純資産が8,000億円超、これは国内大手自動車メーカーや重化学工業の内部留保を大きく上回ります。
NHKは国民から広くお金を集めて何をしたいのか、謎です。
資産1兆2354億円、負債4000億円だから純資産8000億円です。
ひがみ根性丸出しなのであまり言いたくないのですがNHK職員は現在1万人(公式HPでは1万303人)、職員給料総額は半期で約600億円、年収にすると1人当たりが1100万円に近くなります。
もちろん平均はあくまで平均であって局長クラスだと2000万円、理事だと3000万円と言われています。
ちなみに民間給与実態統計調査によれば日本人の平均年収は男子521万円・女子280万円となっていますが民間から大きくかけ離れた給与体制に支払う方(国民)としてはそれだけの仕事をしているのかと疑ってしまいます。
たかが参議院選挙、されど参議院選挙、こんな時こそ日本の矛盾や争点が見えてきます。

続きを読む
日曜の朝に防災無線が鳴り響く
6月23日日曜日、少しどんよりとした天候ながら穏やかな朝を迎えました。
時刻はAM6時15分。
今日一日は心身の疲れを取って明日からの仕事に備えよう、大津のホテルで自民党県連の総会があるが面倒なので行かないでおこうと心に決めた時、突如として朝の静寂を破り無線が鳴りました。
何事!と耳をそばだてると若い男の声で「こちらは防災高島市です、午前5時・・・」
これは北からミサイルが飛んでくるのか、それとも凶悪犯罪でも発生したのかとおののいていたところ・・・。
「今津町梅原団地にて熊が出現しました、外出にはくれぐれも注意してください」と。
何だぁ熊かあ、驚かせやがってと一安心。
梅原団地には友だちがいるからこれからいっちょう見に行ってくるかと思いましたがいやいや良くない、無線を聞いてひょこひょこ行って熊に襲われたとあっちゃ末代までの恥さらしになると自重しました。
それにしても近くの新旭にはそのものずばり熊野本なる集落もあり、なんせ熊の元なので熊に不自由しない高島市です。
ジブリなら(もののけ姫)の世界観が広がっています。

来魔(くるま)社会
平成最後か令和最初かのGW大型10連休も今日で終わります。
ご近所の同世代の方と話していましたが10日も連続で休める人は恵まれているよねと囁いていました。
こちとら仕事に出たり、地元の祭りの当番で出役したりで結構バタバタしていたものです。
そのような中、連休ということで心配していたのが(交通事故)、とりわけ車によるものでした。
ちょうどここ数か月でしょうか、高齢者の運転ミスにより歩行者に突っ込んでいって甚大な事故が多発しており、世の中では何となく「自分が高齢になったら自覚して免許の自主返納を」という空気が醸成されつつあるような気がしておりました。
私が大学時代に習ったゼミの先生などは交通経済論の講義のなかで「車は来魔(くるま」とはっきり今の状況を予言されていたのを憶えています。

とは言うものの、都市部なら交通機関が発達しており車の個人所有はむしろ経済的に不合理かもしれませんが私たち地方に住まう者としては車は足であり、買い物などの際の輸送手段でもありますから一概に年配者の運転に対してはっきりダメ出しをすることはそれこそ車(来魔)にたいする魔女狩りともなりかねません。
もちろんテレビなどでの討論でやっていましたが家族が高齢になったら家庭内で免許の自主返納を促すべきという意見もありました。
これは裏を返せば何かあったら家庭の責任という論調であり、同調者も多かったようです。
ですが高齢化社会は孤独社会でもあり、そもそも家族といえる人と同居していない所謂、(おひとり様)と呼ばれるお年寄りも地方ではどんどん増えてきています。
その方々から交通手段を奪ってもいいのかという問題も他方にはあると思います。
議論が堂々巡りしそうなのでもうやめますがピークを過ぎたとはいえ、今日も帰省ラッシュが続いているようです。
どうか無事故で無事にご帰宅して頂きたいと願っています。

犬の名前
友人が犬を飼ったというので遊びに行きました。
セントバーナードの子犬のようで嬉しそうにじゃれついてくる様は何とも可愛らしいものです。
「かわいいね、名前はなんてつけたの?」
「パトラッシュ」
(へ?なんでそんな不吉な名前をわざわざ)
パトラッシュはネロの愛犬でクリスマスの夜に一緒に教会で死ぬんやで。
それで訊いてみました。
「パトラッシュの名前の由来を知ってる?」
「知らんけどネットで検索したら出てきたから」
「ふ~ん、そうなんだ」

(フランダースの犬)は私たち昭和40年代生まれにとって忘れられないテレビアニメの名作です。
カルピスまんが劇場の一作として毎週日曜の夜はテレビの前に釘付けになりました。
ビデオもDVDももちろんネット配信もない時代ですから見逃せば月曜日の友達同士の会話から乖離することになります。
必死に観ていました。
ネロのかわいい友達だったアロアも今ではネロを忘れて嫁ぎ、もしかしたら孫がいるかもしれません。
そう考えるとネロもパトラッシュも更に可哀想になります。
それにしてもあの頃のカルピスは飛ぶ鳥を落とす勢いだったんですね。
乳酸飲料の分際でテレビのゴールデンタイムを仕切っていたのですから。
今はアサヒ飲料に吸収されています。
時代の流れですね。
時の流れには敵いません。
もうあと3日で平成も終わります。
私もとうとう昭和、平成、令和の3時代を生きた人間として立派におっさんとなっていきます。



令和が来る
3月下旬から4月上旬までこの2週間というもの昼は仕事、夜は選挙と働きづめでやっと休みが取れました。
気がつけばすでに春爛漫、お花見のシーズンとなっています。
今日は日曜日、もうすぐ満開の桜を見ようと多くの人々が動くと予想できますが私は疲れ果てているので近所のスーパーで買い物をするのが精いっぱいです。
体力のチャージに務め、家でゴロゴロします。
花より団子です。

さて、そうこうするうちに今月1日に新元号が『令和』と発表されました。
聞いた時は(ふ~ん、令和・・そうか、なるほど)と思い、(和)は何となく「和を以て貴しとなす」という聖徳太子以来の使い慣れた一字でもあり、昭和も和を招く、招来するという解釈から決められた経緯がありで違和感は無かったのですが(令)については(律令の令?命令の令?)と統制の意味が混じっているのではと冷たい感覚がありました。
世間でも一部そのような指摘をしている方もおられたようで翌日には政府見解のような談話も発表されていました。
令和については万葉集・梅の歌から持ってきた、(令)については新しいことが始まり、みんなで一緒にやっていくという意味が込められているということだったので腑に落ちたところです。
令和でいいわと。
平成だって初めのうちは使いづらかったのを憶えています。
その前の昭和があまりにも長く続き、当たり前になっていたのかもしれませんが。

ですがいろいろと言われる平成30年間ながら私は平成は偉大な月日だったと思います。
理由はひとつだけ、「日本が戦争を起こさず、戦争に巻き込まれなかった」に尽きます。
その前の昭和にせよ、大正、明治、慶応でも日本は内乱(明治維新)、日清・日露・日中戦争、二度の世界大戦と戦の150年を過ごしていたのです。
平成年間だけは久々に日本人が戦争を体験せずにすんだ平和な御代でした。
願わくば(強く)、令和という時代もそうあってもらいたいと思います。

ところで平成も役所に出す書類や手続きの時にアルファベット略でH〇〇年とか書いていました。
平成31年ならH31年などのように。
令和はREIWAかLEIWAどっち?
調べたらRの方だったようです。
そうなれば下世話な想像ながら令和15年とかになったらR15とか書くんやろかと余計な心配。
18年ならR18。
これはアメリカ映画協会(MPAA)が決めたR指定(restricted制限する)のようで何か面白いようで複雑な気分です。
もちろん正確な表記は15歳未満おことわりはR15+、18才未満の入場を制限しますはR18+ですからその時が来たら考えたらいいんじゃないと軽いノリでいます。
保釈金について勘違いしていた
今朝はどんよりとした天気。
春先らしく暖かではありますが鳥の鳴き声とともに起きて枕元を見ればネコがゲボしていて不愉快な目覚めでした。
ガレージに行って車に乗ろうとすると洗車したばかりのフロントガラスに真っ白な鳥のフンがべったりと・・不快感は増すばかりです。

さて旧聞かもしれませんがカルロス・ゴーン氏が大金10億円もの保釈金を積んで拘置所を出ました。
いやぁ~よく出せるなと思いましたが過去にも保釈金額が決定しても出せなくてそのまま収容されていた人が多いとは聞いています。
ちなみに平成に入って大口?の保釈金を出して自分を出した(拘置所から)方々では・・・・。
2004年12月 ハンナン偽装牛肉事件で食肉の帝王と呼ばれていた浅田 満氏・・20億円
2006年4月  ライブドア事件のホリエモン・・最初は3億円、1審判決後5億円、東京高裁判決後更に6億円に増額。
2007年7月 ニッポン放送株インサイダー取引事件の村上世彰氏・・7億円
ゴーン氏を含めてさすが大物だけあって彼らはポンと出しています。

そもそも保釈金とは何かから私は勘違いしていました。
保釈金とは保証金、選挙で言う供託金のような感じで選挙でもある年齢を満たしており日本国籍所有の方ならどなたでも立候補は自由なのでしょうがそれでもひやかし・かき混ぜのような感覚で公的な仕事に就こうとする他の立候補者の方々の迷惑を避けるために意思確認として立候補時には供託金を納めます。
もちろんボロ負けさえしなければ選挙後に当選・落選を問わず全額返ってきます。
私は保釈金は裁判で執行猶予付きでも有罪判決が出れば返ってこないと思っていましたがどうも有罪・無罪関係なしに返ってくるようです。
これも選挙の供託金と同様に(私は公判が行われる前、期間中もおとなしくしていますよ)という保証金のような感覚で逃亡を図ろうとすればもちろん保釈の取り消しと保釈金の全額没収だそうです。

それでは人は思うでしょう、(金持ちはいいな、何でも金で解決できて)と。
そうではなくウン億円なんて高額な保釈金はもちろんレアケースで一般的には200万円から多くて300万円ぐらいが相場だそうです。
お金持ちの方に200万円の保釈金を積ませて「もし何かあったらこのお金は没収しますよ」と脅しても(ワシの行きつけの銀座のパブの一回分じゃ)と鼻でせせら笑うのは自明の理ですから抑止力の効いた高額に決めているそうです。

ではカルロス・ゴーン氏にとって今回の彼の保釈金(10億円)はどの程度のものなのでしょうか。
2016年、今から3年前のゴーン氏が表に出した彼の役員報酬だけ見てみれば・・。
ルノー社から8億8000万円
日産自動車から10億9800万円
三菱自動車から10億円と計29億9800万円に上ります。
あくまで会社からの1年間のお給料です。
後は海外での資産運用益は入っていません。
ゴーン欲(強欲)ですね。
う~ん、100億円ぐらい預かってもよかったのではと考えてしまいます。







この時期になると
春です。
Spring has Come!
でもこの時期になると困ったことになります。
長い冬に耐えてきた体の変調でくしゃみ・鼻水・目のかゆみを連発して花粉アレルギーなのか単なる風邪か判断に迷うのです。
しばらくはテッシュとハンカチを手元から離せません。

この冬は記録的な暖冬だったのでおそらく桜の開花が例年より早いだろうとみんなは言っています。
少し前までは桜は美しいとだけ思っていてもそう深く考察していなかったのですが私の周囲にも桜守りの人や園芸関係の方がいて彼ら・彼女らに教えられて少しづつですが興味が湧くようになりました。
まず、私の住んでいる高島市で一番早く開花するのはエドヒガンザクラ(江戸彼岸桜)。
これまではポピュラーなソメイヨシノ(染井吉野)が日本の桜の代表と思っていたのですがエドヒガンの方が品種的には古く、ソメイヨシノは片親がエドヒガン、もう片親をオオシマサクラとする比較的新種と教わりました。
エドヒガンの樹齢が100年、200年ともすれば300年、400年の古木としてあるのにソメイヨシノは盛りが50年から60年と現在の人間より短命とのこと。
そうであれば日本桜名所100選にも選ばれていて毎春多くの観光客で賑わう琵琶湖北岸海津大崎の桜もそろそろ寿命ということになります。
そこで桜守りの方々が何年も前から新木を植えて世話をされています。

春ともなればそろそろお祭りの話題が始まります。
今夜も地元のお祭りの打ち合わせがありますから顔を出させて頂こうと思っていますが昨日も近江八幡市の人としゃべっていたらそろそろ来週には左義長まつりがあるとのことでした。
歴史のあるお祭りで織田信長公の安土城下で盛大に祭られたとの記録が残っていますが後に太閤秀吉の甥である豊臣秀次により八幡山城に居を移し毎年行われている勇壮にして華麗なお祭りです。
ちなみに近江八幡の人々はこの街のことを(おうみ)と言わず、単に(はちまん)と呼んでいるようです。
いろいろありますが湖国の春はゆるやかにすすんでいます。



病魔に襲われる
今日から3月です。
暖かな朝を迎え気分爽快といきたかったのですが昨日辺りから悪寒と咳、鼻水に悩まされ、(これは風邪かな、最悪インフル?)と夜の間も眠れないまま朝日とともに起きだしました。
体温を測ろうと体温計を探しますが電池切れで役にたちません。
昔ながらの水銀計の方がいいなとこの時は思いました。
気晴らしにつけたテレビでNHKBSプレミアムにて「日本風土記・冬の釜ヶ崎」を観ました。
ドヤ街で日雇いしながらもたくましく生きている人々とそれを見守る人たちとの温かい心の交流を映したドキュメンタリーで思わず見入ってしまいました。
今日はおとなしく休みます。

食事に合う飲み物は?
休日の朝、食堂でテレビを観ながら簡単な朝ごはんを食べていました。
私はゆで卵とベーコンをカリカリに焼いたものに珈琲、妻はマーマレードを塗ったトーストと紅茶。
テレビはNHKの朝ドラ「まんぷく」。
日清食品の偉大な創業者にして日本が世界に誇る発明(チキンラーメン)をつくった安藤百福氏と仁子夫妻の物語です。
主人公の福子さん役には女優の安藤サクラさんがただ今、熱演していますので皆さま、観てください。
今日の話は遂に福子が天婦羅を揚げる動作にヒントを得た百福氏役の夫・萬平さんがチキンラーメンの原型をつくったところでした。
ラーメンを油で揚げて湯をかけて戻す、おそるおそる食べてみれば麺は見事に戻っていて・・美味い!と喜び合う夫婦。
感動のエピソードでした。
朝からテレビを観て涙するなど近年なかったことでした。

脱線しましたがゆで卵を食べながら妻の方を見れば彼女は紅茶を飲んでいました。
(食べ物に合う飲み物って何だろう?)素朴な疑問が頭をかすめました。
少し考えて出した結論は(それはいろいろ)。
一般的に和食は緑茶、洋食の軽食は珈琲とか紅茶、ハンバーガーやサンドイッチにはソフトドリンク、ホットドックにはビール、フレンチのコース料理にはワイン・・いろいろ別々、個人の好みです。
それではと考えて(水)、ただの水は?
水に合う食べ物はと考えて行きついたのはそうカレーライス!
カレーに緑茶やコーヒー、コーラなどは合いません。
カレーのスパイス感をリスペクトしてくれるのは雑味の無い(水)しかありません。

ただこれは私の思いつきではなく料理漫画の草分け的存在であり、金字塔でもあるビッグ錠氏の「包丁人味平」の中のカレー戦争の巻にてすでに立証されている話です。
ちなみにこの「包丁人味平」が世に出て認められたからこそ、その後の料理漫画・グルメコミックというジャンルが確立したと言っても過言ではありません。
挙げだしたらキリもありませんが、「美味しんぼ」・「クッキングパパ」・「ミスター味っ子」・「ザ・シェフ」・「将太の寿司」・「味いちもんめ」・「中華一番」・「トリコ」・「深夜食堂」・「大使閣下の料理人」・「食の軍師」・「食戟のソーマ」・「バンビ~ノ!」etc。
水に一番合う食べ物はカレーライス、だからどうしたと言われればそれまでですが・・。






突然のお別れ
今朝から高島市内では平野部も粉雪が降っています。
1年で最も寒い時期を迎えているせいか私自身の心の中もペシミズム(厭世主義)が蔓延しているようです。
それに加えて今週は長年にわたってお世話になった方のお通夜に参列して心労が重なりました。
突然の訃報を受け愕然といたしました。
最後にお会いしたのが昨年の夏だったと思いますがその時はお互いに笑ってしゃべっていたのになぜという思いがはしりました。
その方は昨年の11月に重い病気が見つかり、緊急で入院、薬石効なく、わずか2か月でお亡くなりになったのです。
本人の考えで入院を言わなかったそうですがご逝去の知らせを受けた方としてはただただ驚くほかなかったのです。

大変誤解を招く発言かもしれないので少し考えていたのですがやはり思いを吐露したいという誘惑が勝りました。
病気というものはあの世からの誘い、死の使者というものだけではなくある種の(救済)という一面もあるのではないかと思う時もあります。
もちろん生は素晴らしく、人生は意味あるものとは思っていますがそれでも生きていくことは疲れるものです。
精いっぱい、へとへとになるまで生き抜いて倒れそうなぐらい辛くなった時に病気が「もう無理しなくてもいいんだよ」と声をかけてくれることもあるのではないかと考えてしまいます。
今はただ故人のご冥福を心よりお祈りするのみです。

冬の朝
昨夜から少しいつもの寒さとは違うなと感じていましたが朝起きて外を見れば一面真っ白の雪化粧でした。
テレビのモーニング番組でもここ滋賀県高島市の画像が映っていましたが市内は全域にわたって降雪模様のようでした。
考えてみれば(考えるまでもないけれど)1月下旬から節分にかけては1年でも最も寒い季節になるわけでインフルエンザなども猛威をふるっているとニュースでもありましたから外出して帰ってきたら手洗い・うがいはマメに行いましょう。

真冬の怪
ブログで自身の赤裸々な体験を書くことはある意味、とても恥ずかしいことです。
それがいい大人ならなおさらのこと。
なんでも好きなことを書いていると精神的ストリッパーにでもなった気もします。
せっかく書き込むなら一家言あるようなそれらしいことを述べてみて世間の尊敬を集めたいと思うのは私だけではないと思います。
孔子は大人だったら「妖怪乱神を語らず」と戒めています。
いい歳して怪談話をまじめにするな、恥かくぞということです。
ですが私は語らずにはいられません。
受けを狙うとかそんな底意は毛頭ありませんがただ体験したことをブログに書き込むだけのことです。

私は少年時代、大変ビビりな性格でいつもおどおどと暮らしていました。
平成生まれの人は何を言っているのかわからないことと思いますが昭和の人ならああ・・と理解してもらえる比喩でしたらマジンガーZや仮面ライダー、あしたのジョーよりも怪奇大作戦やおばけの鬼太郎、どろろん閻魔くんを好んでTVで観る少年。
漫画を読むなら巨人の星やドカベン、侍ジャイヤンツより楳図かずおの(おろち)や古賀新一の(エコエコアザラク)、つのだじろうの(うしろの百太郎)を愛読する病弱な子どもでした。
ただ、超常現象とか怪奇という体験は結婚して子どもが生まれてからも一切なかったので私もやはり世の中には不思議などないんだなと京極夏彦のように考えていました。
それが4、5年前から50才を超えてからですがかなり頻繁に遭遇することになっています。

2019年1月13日正午過ぎ(つまり昨日)のことです。
私は自宅から車で5分ばかり琵琶湖岸の方に走ったらある、滋賀県人なら誰でも知っているスーパーセンターで買い物をしていました。
車は2階に停めました。
2階と言ってもスロープで上がって天井はなく、40台ばかりの駐車スペースがあり、空いているのでいつもそこに停めて買い物をしています。
買い物を終えて車の運転席に座り、バックで発車しようと思いましたが最近は慎重な運転を心がけているつもりなのでまずバックミラーで後方確認をしました。
すると腰が曲がったような老婆が買い物かごを押して私の車のすぐ後ろを通る様を見ました。
(あぶない、あぶない、確認せず出たら接触事故になるところだった)
もう車の後ろから離れてくれたかなと今度はサイドミラーを見ると・・あれ映っていない・・まだ車の後ろかな?
だったら声をかけてこちらがバックすることを伝えようと車から降りれば誰もいません。
考えられないシチュエーションです。
ほんの10秒ばかり前にはっきりとバックミラーに映ったのに、左右の車に乗り込んだのかとすぐに確認しても誰も乗っていないし、私の停車していた場所は直線なので若者がダッシュで走ったなら建物の陰に隠れることもありかもしれませんが間違いなく年配の老女だったのにと頭が混乱しました。
あれは霊かと不思議に思いながら帰りました。

最近はそんなことが多いのです。
昨年暮れにはある取引先の工場のトイレを借りた時、用を足して洗面所で手を洗っていたら隣に作業帽をかぶりマスクをした女性が同じように手を洗っていました。
その時は何も思わなかったのですがトイレから出た時は(あれ?確か男子トイレだったよな)と少しの間、トイレの前で立ち止まっていたのですが後から誰も出てこないのでおそるおそるトイレを確認しに入ると誰もいませんでした。
これを私の創作と読んだ方が思うのは自由ですが冒頭に申し上げたように嘘をついてまで記名でブログを書く意味が私にはありません。
実際に私が体験した話です。






昨夜の悲劇
私にとって入浴とは睡眠・食事と並んで疲労を回復する手段でありながら一日の精神的ストレスの解消、夏場は清潔に、冬は体を温め心地よい眠りに就くための(儀式)とも言えるものです。
バスタブに毎日お気に入りの入浴剤をいれたりして工夫もしています。
もちろん入浴だけではなく入浴後の快適さも追求いたします。
脱衣所にバスマットを置くのもその一つです。
せっかくほかほかの状態でお風呂から上がってきても足元がびしゃびしゃなら興ざめです。
マットでさっと足裏の水分を拭き取ってバスタオルで素早く体を包みたいものです。

冬なので我が家に幾枚かはあるバスマットの洗濯と乾燥が追い付かず、そのような時はしかたなくタオルを代用していましたがやはり気分と使い心地がイマイチなのでホームセンターで2枚ばかり買ってきました。
ふわふわの感触、適度に抑えたデザイン・・これならお風呂上りも楽しめそうだと早速その夜の入浴からひいてみました。
バスタブの中で(湯上りが楽しみだな)などと考えていました。
買ってきたばかりのバスマットを家族のなかで一番に使う・・・何か誰も踏んでいない新雪を踏みしめるようなちょっと幼心に通じる期待感。

お風呂場の戸を開けて、さぁマットを踏みしめようと思ったら視界に入ったのが我が家の飼い猫・ふくちゃん(スコテシュホールド・♂6才)でした。
一瞬、嫌な予感がしました。
彼は買ってきたばかりのマットの上でがんばっていたのです。
コロコロとフンが・・・・!
(コ・殺す!)
ターゲットは私の殺意を察知して「ニャン!」と鳴いて一目散に2階へ駆けあがっていきました。
台無しです、新雪のマットが・・憩いのひと時が・・私は天を仰ぎました。
昨夜の悲劇です。


誕生日を迎えて考えた
昨日は私的に誕生日でした。
妻や息子・娘が里帰りしていたので何とかのいない間に洗濯、いや静かにひっそりと過ごそうと思っていたら豈はからわんや、ブロ友・FBともだちの皆様から誕生日のお祝いメッセージをたくさん頂きました。
お亡くなりになった西城秀樹さんを偲んで「ヒデキ感激!」の気分です。
この年にもなると自分の誕生日が来て、またひとつ歳をとることが喜びではなく正直、憂鬱なのですがそれでも「おめでとう」と言ってもらえることは若い頃の何乗にも増して嬉しい事です。
唐突ですが今年もよろしくお願いいたします。

50を過ぎて世間的には(初老)となりました。
時間がある時に自分の顔を鏡でまじまじと眺めてみれば目の下には隈としわができ、頭髪はびんの辺りから白いものが混じり、皮膚からはみずみずしさが失われ、筋肉が弛緩して・・老人とまでは行ってないと思いますがりっぱなオヤジ・おっさんです。
FBに載せている個人の写真は最後の選挙に出る前に近江・今津浜で撮ったものですからもう4年前、何とか40代の最後だったと思いますので差し替えなきゃと考えたりしています。
10代の頃はテレビで刑事コジャックのテリー・サバラスや刑事コロンボのピーター・フォークを観ていて(こんな渋い中年になりてぇ)と憧れたものですが現実は残酷でした。
もちろん老いると言っても一人、ひとりに個人差や生物学的に個体差があり、父母から受け継いだ遺伝子情報や日々の生活習慣(運動・食事・睡眠など)、或いは精神の持ち方でかなり見た目に差異が出てくることはある意味しょうがないとは思うものの誰しもある程度の年になれば「若いね」と言われたいものですよね。

先日もテレビで(下町ロケット)を観ていました。
主演の阿部 寛さんは彼のプロフイールをみれば同年で同じ学校を卒業しているらしいのですが遭った、見かけた憶えがないもののそれはいいとして、「阿部さんも社長役やるような歳になったんだね、少し老けてきたのかな」と言うと妻が「自分の顔を鏡で見たことある?」というので前述の如く、洗面所まで行ったわけです。
見れば阿部さんではなくこれも同年のリアクション芸人・出川哲郎さん風の私が映っていました。

いづれにせよ人は誰しも年は取りたくないと願うものの、ゲーテの(ファースト)を紐解かずとも叶わぬ夢であり、せめて老境に入ってから無駄な時間を過ごしてきたなと後ろ指だけはさされないよう今のうちにがんばりましょう。




カレンダー

06 | 2020/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



最近の記事



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



counter