ゆうすけブログ
真夏の台風
東海に進むと思われた台風5号はこの時期としては大胆にも本州を直撃、近畿そして私たち滋賀県を琵琶湖の上を北上して日本海に抜けていきました。
昨日(7日)に開幕が予定されていた甲子園夏季大会の第一試合で彦根東高校の出番を心待ちにしていましたがこれも繰り延べ順延となりました。
それどころか私の地元の高島市でも朽木・高島地域の中山間部の集落では激しい降雨を警戒して避難指示が出されるなど大混乱です。
不安な一夜を明かされた皆様には心からお見舞いを申し上げます。
隣の長浜市・姉川でも一部、河川氾濫が発生して床下浸水、住民の方々約250名が避難場所である小学校体育館に退避されたと今朝のニュースで知りました。
「天災は忘れた頃にやってくる」とはよく言ったもので常日頃から備えをしておかなければならないとつくづく思います。
6月らしからぬ
書くことがないと時候のネタしかありません。
政治や経済もいいのですが最近はどうも触手が動くような事案が無くて森ナントカとかカケほにゃららとかいつまでやっているのかと思ってしまいます。

さて6月らしからぬ晴天が続いています。
6月らしからぬ湿度の低い、さらりとした天候です。

このところ大津方面に出ていますが今朝も自動車を運転して高島市白髭神社を越えて北小松の集落に達したところで琵琶湖を眺めると5~6艘の漁船がすくい鮎漁をしていました。
夏の琵琶湖の風物ですがさて、今夏は鮎の漁獲が大変悪いためにどうなるのだろうと心配しながら眺めていました。
待つ身の辛さと6月の休日
この土曜、日曜と比較的良い天候となりましたが友人に誘われたゴルフを断ってしまいひたすら体力回復に充てました。
昨日は会議や催し物、今日は朝から地元の清掃活動に半日従事、昼からは家でぼけっ~と贅沢です。

昨日の自民党役員会で「本年度は総選挙を想定せず予算を計上しない」と事務局から説明があったのですが・・
私は心の中で(いや、選挙はあるでしょう)と思っていました。
違憲状態にあると最高裁から指摘されていたいわゆる1票の格差問題でも衆院小選挙区の区割りを見直し、改正公職選挙法が一昨日成立したことにより首相が解散権を行使するフリーハンドルを握ったからです。
このまま来年の12月、任期満了を待つとは過去の安倍首相の選挙行動からしてあまり考えられないと思います。
ただ、安倍政権が悲願としている憲法改正についての動きを考えるとさすがに今年度は在り得ず、国会での改憲発議が行われた際に国民に信を問うという形で解散となるのではないかと言うのが大方の見方です。

それにしても国会議員はよろしいなというのが地方議員の言い分です。
政治浪人という言葉がありますが選挙に出て落ちて次の選挙を待つ身でしょうが地方議員にとって返り咲きを狙うとしても丸々の4年間はやはり長いのです。
糊口凌ぎ、家族がいれば批難に耐え、下手したら国会ではなく家族が解散する恐怖に怯えながら地道に選挙活動をする・・これは近代・中世期の布教家たちが体験した(行)です。
4年間ですから比叡山延暦寺の千日回峰行を上回る(1460日回峰)です。

しかも地方議会には地方自治法の議会解散は制度上ありますが99.9%解散はありません。
その点、衆議員は過去のデーターでいくと3年に1回は解散をしており任期満了まで待つ必要がありません。
しかも、途中で参議院選挙に鞍替えとか知事選挙とか地元の市長選挙とかいろいろと選べるバリエーションもあり、知事さんや市長さんにとって落選しても余力を残す衆議院議員は目の上のたんこぶとなります。
その点(くどいですが)地方議員に救済はありません。
まず、党でさえ生活を保障してくれず、先ほどのオプションを取るとしても後押ししてくれるのは個人後援会だけです。
後援会がもうやめろと言うと自動的に政治から引退となります。
荒行です。
前回の地方統一選挙から2年2か月がたちました。
結構長かったです。
あと2年・・長いです・・。
いつの世でも男はつらいよ、待つ身も辛いものです。



6月の雨の朝
6月に入っていよいよ近畿も梅雨入りまじかとなっています。
今朝は雨。
朝の通勤・通学時間に近江大橋を通り、草津イオンモール前を右折して川辺を瀬田駅方面に車を走らせていたらおよそ60人ぐらいでしょうか、小学生の集団登校に出くわしました。
ランドセル姿の小学校低学年たちでしたが傘をさしてぞろぞろと歩いている姿は何ともほのぼのとして心が温まる風景でした。
傘も昔と違って黒や赤だけではなく青色、水色、紫、ピンク、緑と非常にカラフルで雨の中を紫陽花が動いているようにも見えました。
ポエムです。
再訪ー琵琶湖の味
昨日の福祉施設イベントで出店の揚げ物調理担当をしていたので様々な食品をつまみ食いしていました。
もちろん揚げ物ばかりですが自分で揚げて熱々をつまむのはなるほど旨いものです。
よく主婦が家族の食事を用意する際に作っているだけでお腹がいっぱいになると聞かされていましたがデマでつまみ食いをしている事実が判明しました。

コロッケ、から揚げ、手羽先、ポテトと揚げては口に運び、「うわ!アチ、アチ、ウマ、ウマ」とか言っていましたが数ある揚げ物の中で私が一番旨い、これは感涙ものの揚げ物と感じたのは(稚鮎の天ぷら)でした。(または若鮎)
他を断然引き離してのダントツの文句なしの1位です。
小麦粉の衣でさっくり揚げた稚鮎をさっくっと齧れば鮎独特の香味とほろ苦い旨味が交互に押し寄せてきておやじ発言になりますが、「う~ん、ビール持ってきて」と言いたくなります。
やはり天婦羅は肉系よりも魚介の方が私は好きですね。

一般に(五味)と言われ、甘味・酸味・塩味・うま味・苦味を指すそうですが舌にある味蕾から味覚神経を経て脳で味を認識する過程で人間にとって苦味の認識が一番発達しないようです。
子どもが「苦いのいやだ」と言うのはなるほどお子ちゃまだな、君たちにはまだ早いよと大人の余裕をかましてしまうのも苦味がわかれば味がわかると言っても過言ではないからでしょう。
鮎の腸、レバー、サザエなど貝類の肝など幼少期から食べなれていると必然的にグルメがわかります。

その意味から滋賀県人は恵まれていて鮎の食文化に慣れているので味覚が発達しやすい環境にあると思います。((`・∀・´)エッヘン!!)
ただ先日のブログでご紹介したように今年は鮎漁が大不漁で漁師さんが1日琵琶湖の出ても1㎏も獲れない日が続いています。
昨日、揚げていた若鮎も例年に比べてとても小柄でエサ(動物プランクトン等)を十分に摂取できていないと思えるものでした。
今年だけの不漁ですめばいいのでしょうが来年、再来年とこれが続くと深刻なことになります。



スクランブル熊
今日の内容は滋賀県高島市にお住いの方しかピンときませんので予めご了承ください。

本日は市の防災無線が鳴りっぱなしでした。
朝から晩までそれこそひっきりなしです。
市民としては何があったのか?もしかしてミサイルでも飛んできたのかと五月晴れの青空を見上げて恐怖におののいている人もいました。

「防災高島市です、今朝○○時に今津町宮の森公園で子熊が発見されました、周囲をご通行の方はくれぐれもご注意ください」
「お昼の○○時に今津町大供で子熊が発見されました・・・」
「夕方○○時に今津町○○で熊が確認されました!」
ともかく熊・熊・熊・・他に何か変わったことはないのかと思わず突っ込みたくなるほど熊日和でした。

人々は「今年の春は子熊がたくさん生まれたそうな」とか「冬眠から覚めた熊は恐ろしぞ」や「子熊の近くには母熊が必ずいるので気をつけろ」などを口々に囁いていました。
ここで不思議なこと、違和感を覚えられる方もいらっしゃるでしょう。
なぜ今津町ばかりなのかと・・・。
山間部で言えば朽木地域やマキノ地域でも熊目撃情報が挙がってもいいじゃないかと。
いや地名で言えば熊野本がある新旭町や熊谷さん発祥の地・安曇川町、棚田で有名な畑地区など山間部を擁する高島町でも熊が出没する可能性はまんざらでもないのになぜ今津町ばかりなのか?
タネ明かしをしましょう。
それは自衛隊の方々が見つけているからです。
総じて陸上自衛隊基地がある今津町周辺の目撃情報が多く集まることになります。

ミサイルで思い出しましたが昭和40年代から50年代前半にかけて日本海福井県の越前海岸でまるで神隠しにあったように海岸を散策していた人々が突如として消える怪事件が連発しました。
現代の怪奇大作戦かウルトラQかと騒がれましたが犯行は朝鮮民主主義人民共和国による拉致であることが判明しました。
その際に滋賀県で同様の事件が起こらなかったのは自衛隊の存在が大きかったと言われています。
犯罪抑止力としての、災害緊急対応力としての自衛隊の力を舐めてはいけないのです。
もちろん本筋はあくまで国防と言う崇高な使命であることに余念もありません。


与党の宿命
昨日は大津プリンスで年1回開かれる自由民主党滋賀県支部連合会定期大会に出席しました。
私も役を頂いていることですから当然です。
今年も会場に入って思いましたが来場者は高齢者層中心で20代は元より30代40代すら目立つ存在、男女比は9対1で男性が圧倒的に多い印象でした。
これを言ったら政治の式典なのですからどの政党でもかなり似た感じのでしょうが自民党はとりわけまだ男社会のイメージが強すぎます。(それも年功序列で)

県連会長の挨拶のなかで「過去の2回の衆議員選挙、平成26年と平成24年は勝たせてもらい、参議院選挙も勝利した、それまでの滋賀県での所属国会議員ゼロが嘘だったような勝ちっぷりだが次に予想される選挙は苦しいと思う」から入りました。
まさにその認識通りだと思いますが有権者が簡単に与党・自民党に支持を与えて下さるかは全く未知数だと私も思います。
確かにその前の民主党による超ポピュリズム政治に騙されたと国民の怒りは再度の政権交代を行い、自民党・公明党の連立政権に託していただきましたが政権再奪還からおおよそ4年半が経過する今、そろそろ評価が固まってくる時期でもあります。

例えば延期を重ねた消費税増税は本当に財政の健全化に資するのか、社会保障の充実の為と言うので認めているが他に無駄な出費はないのか、政治改革の本気度を問われたり、憲法改正議論の中身を尋ねられ、震災復興の進捗を量られたり、安全保障の確実性を担保する立場にあったりで要は(結果)を出さねば納得していただけないのが政権与党です。

しかし、いかに口先ばかりだったことが露見した民主党(現民進党)や他の野党の議会での質問や追及にも言論には言論で正しく応じなければなりません。
例え、結果を出せなかった、選挙に勝つためだけにポピュリズムに走った野党でも失礼ながら言っていることが全く間違いとは思えない案件もあり、そこは謙虚に政策に取り入れ、一部修正を加え、国民福祉向上の為により完成度の高い施策とする必要があります。
また、それだけの度量があってこそ国民も安心して政権を託せるのです。

思い上がりは断じてご法度であり、独断と偏見は選択肢を狭めます。
政権党とは辛い立場ですが同時に結果に反映しやすいのでやりがいもあります。
そんなことを考えながら大津から帰途につきました。







5月の肌寒い日
大型連休も終わり、いよいよ新録の季節、もしかして鮎はしる初夏も見えてくるかもと思っていたらここ2日間ばかりは雨がしとしと降っていてしかも肌寒いです。
花冷えというにも若干季節外れですが早朝や深更には片づけたストーブを思わず引っ張り出したくなります。
日中も窓から外を眺めていると外回りの仕事をしていた数か月は大変だったなと今更ながら感慨にふけます。
雨が降る日は内でがいいですね。
ソバ屋がないー大阪駅の現状
大型連休も後半に入り高速道路のUターンラッシュも今日がピークと報道されていました。
昨日はあるイベントに参加の為に久しぶりに大阪に出ました。
最寄りの近江今津駅から新快速姫路行きに乘れば京都で乗り換え無しにそのまま現地に行けるので便利です。
この日は朝食を取らずにいて、さりとて昼食の時間は電車が着いて会場までの移動時間を考えると20分ぐらいなので駅の2階に確かあったはずの立ち食いソバのスタンドでと考えていました。
大阪駅は京都駅などとは違ってホームに立ち食いソバがないのです。

電車は超満員でした。
連休中だから当然なのですが京都を越えて高槻駅や新大阪などはホームにいた乗車客が乗って来れないほどのギュウギュウの乗車率でした。
久しぶりです、関西でこれだけ押し合い圧し合いとなったのは。
大阪駅に着いたのが11時でしたが地下鉄に乗って移動することを考えても食事に割ける時間は25分程度、窮屈なミッションです。
今津を出る時に考えていたように(これは立ち食いソバだな)と観念しました。
立ち食いソバでいい、私は立ち食いマニアなのですからグルメじゃなくグルマンなのです。
それに25分では座って食べる時間がありません、弁当持参ならともかく、注文して料理が来る時間でタイムアウトです。

電車が大阪駅に到着してホームに滑り込み、それまで満杯だった乗車客を吐き出し(私も流れるように)ホームのエレベーターから2階に登ったら我が目を疑うことになりました。
駅が・・きれいになっている・・何もない・・立ち食いスタンドも何もかも・・。
そこは全面ガラス張りの清潔空間であたかもルーブル美術館のガラスの間の如しであり、当然ながら立ち食いなどという庶民の下賤なフードコーナーなどは一掃されているのが私にも一目瞭然でした。
(こんなのは大阪駅ではない)
大阪のもっと庶民的なこてこてのパワフルで遠慮がない親近感が湧くことが全くない、これはどこの街や!と私は叫びたかったです。
これが横浜、百歩譲って仙台や神戸なら私も諦めがつくのですが大阪がこのクリーンさを出してどうするというのでしょう。
街のイメージを考えて駅づくりしてほしかったです。
以前、駅地下でとても好きだった松屋という立ち飲み一串屋さんでウズラの揚串片手にぐいっと生ビールを飲んでいた頃はよかったです。
駅を再開発するからと言って店に立ち退け、立ち退かんと揉めていた頃になんで反対運動に加わらなかったのかと後悔しました。
結局、構内にあるセブンイレブンであんぱんと牛乳を買って柱にもたれながら人目を気にしてむしゃむしゃ食べました。
これでは大阪のしょぼいおっちやん丸出しです。





恐怖の講習
大型連休なので久しぶりに東京で学生生活を送っている長女が帰省してきました。
昨日は京都の親戚の家に遊びに行くというので駅まで車で送ってやったのです。
その車中で娘がおもむろに「ねえ、パパ、私車の免許取ってまだ一度も自動車を運転していないからこのままではペーパードライバーになっちゃうし明日にでも車の運転させて?」と言ってきました。
ガーン!ついにきた。
(娘が免許取ったのは確か昨年の夏に山形の合宿でとか言ってたな・・もう10か月ばかり前にもなる・・すでに十分ペーパーだ。)
続けて「ママがパパが助手席に座っていれば練習していいよって言ってた・・」
その時私の脳裏に浮かんだのはシートベルトやエアバッグのメーカーが実験で車を壁に衝突させて人形がフロントガラスを突き破って飛び出している画像でした。
(あな恐ろしや・・)ああなりたくないと心の声が木霊しました。
「東京は車が多すぎて怖くて運転できないのよね、その点田舎なら安心できるわ」
(それは認識が違うぞ、カントリーロードの方がみんなスピードを出していて深甚な事故が発生するのだ、ましてや今はGWではないか・・他府県の車も多い!)
それでも娘に言われては父親は甘い(弱い?)もので約束をさせられたのでした。

で、今日になってなるたけ安全な場所ということで公道ではなく近くにある今津総合運動公園の駐車場に娘と行きました。
そういえば昔,「恐怖の報酬」という映画を観たっけ?
あれは確かニトログリセリンを積んだトラックを命知らずの男が運送する筋書きだったな・・今日の私はまさしくそれだ、いや、この場合は運転するのは俺ではなく娘だ、娘が火種、ニトロだ、それならニトロが運転するから映画よりシリアス?怖い、怖い・・・。
恐怖の想像は膨れ上がり、留まるところを知りません。
妻も妻で自動車教習所の路上研修車などは教官が座る助手席にはもうひとつブレーキが附いていていざとなったらそれを踏むようになっているのです。
でなければ命がいくつあっても足りません。
娘の無謀を止めるのも妻の役割ではなかったのでしょうか。

シートベルトを締めていざ車を動かそうと娘が「エンジンのかけ方から忘れてしまった」
(ここからか・・・)と私。
「いいか、一つだけ約束してくれよ、パパが゛ブレーキ!゛と言ったらすぐにブレーキを踏むこと、いいね?」
「うん、それでブレーキってどっちだっけ?」
(頭が痛い・・心がしんどい・・)
その後は四苦八苦して運動場の周りの道をゆっくり進んだのでしたが疲れました・・・。



大型連休
5月に入りました。
爽やかな新録の季節です。
ゴールデンウィークの真っ最中ですがこんな日には小難しいことをブログに書かずさらりとしようと思います。
それぞれの大型連休をお楽しみください。
眼精疲労で夫婦喧嘩
私の永年の疑問の一つに「男女の性差による気質の違いはあるのか?」があります。
つまり男だから荒々しいとか活発、女性だから心配性だとか優しい、また母性本能とは本当に存在するのか?などです。
性として男としての鋳型、女性としての特徴的と言える性格が傾向的にあるのかが研究対象でした。(真面目に言ってます)

こんなことを言うのも血液型占いで「A型の人は細かい」とか、県民性比較で「滋賀県人は貯金が好き」とか、国別お人柄で「アメリカ人は大雑把」とかいう類の都市伝説がある一方でなにか男女の性格の違いやものの捉え方、感じ方などには自然科学でも通用する一種の(法則)があるのではないかというのが私の考えでした。
A型でも豪放磊落な人は世界中でも7億人ぐらいいるでしょうし、滋賀県人でも浪費癖の人もいますし、アメリカ人でも神経質な人を私は知っています。
法則としては成り立ちづらく、傾向としても根拠が希薄です。
言いたいことはその人の性格としての特徴、個性ほど明確で興味深いものはまずありえないのでそこを血液型や人種で括るのは無理がありますが、唯一男女の性差つまり(DNAとしての大まかな特徴)はあるかもしれない・・と思ったのです。

なぜこんな疑問を最近なって再び感じたのかは妻とのやりとりからでした。
私は50才を越えても視力はいい方でだからと言って老眼の傾向も見られません。
裸眼で遠近両用であり遠くを見るのにも近くの新聞や雑誌を読むのにも(今のところは)不自由していません。
ただ最近はパソコンの長時間の使用やあまり散歩にも出なくなったせいか遠くの緑を眺めて目を休めることが少なくなったので慢性的な(眼精疲労)に悩まされています。
そこを目薬をさしたり、ブルーベリーのサプリを飲んだり、熱いタオルを両眼の瞼に当てたりで疲れを癒しています。

先日、新聞で気になる記事があったので妻に「これ読んでみて」と渡しました。
おそらく介護の記事だったと思います。
朝の早い時間で妻はバタバタしていて機嫌が若干悪いかなと感じていたのですが案の上というか「こんな細かい字はメガネがないと読めない」と突っ返されました。
私の脳裏にその時に浮かんだ絵面が昔テレビで観たピクサーの映画で「カールじいさんの空飛ぶ家」でした。
冒頭の場面でカールじいさんの若い時からの回想があり、ある女性と出会い、若い二人がゴールイン、結婚して仲睦まじく暮らすシーンが出てきます。
夫婦は年を重ねある日、気がつけばおじいさん、おばあさんになっていました。
ある日カールじいさんが妻に新聞を読んでくれと言うと妻が悲しそうに「私はもうこんな細かい字を読めなくなったのよ、カール」と言います。
それから場面が飛び、妻が亡くなり、カールじいさんが墓標の前で悲しそうに佇んでいるシーンとなります。
私は一瞬でその映画を妻の言葉から思い出したのです。
そこで私の口から思わず出た言葉が「死ぬなよ」でした。
これが妻の逆鱗にふれました。
「なんで朝からわけわからないこと言うのよ!私が死んでもいいと思っているわけ?」ときました。
彼女にすればこの一瞬の「死」という言葉におそらく(過剰に)反応したのでしょうが私とすれば新聞の文字を読めないという事象から(カールじいさん)という過去のデーターを引っ張り出して発言しただけなのにそんなに怒らなくてもいいのではないかと思ったのです。(だいたい説明すれば長くなるのです)
私としては妻に先立たれたらすごく困るのです。
恥ずかしながら私は我が家の下着のある場所すらわからず、財産管理、支払い決済、世間との社交はすべて妻が握っており、近所から「あの家は奥さんでもっているのよね」と言われており、屋台骨が倒れるということは支柱である私が倒れるということであり、ともかくすごくまずいことになるから「死ぬな」という発言が出たわけです、カールじいさんのように。

それを妻の場合は(新聞の文字を読めないとバカにされた)➞(夫は私の死を願っているのではないか)➞(ゆるせない)という思考回路が成立したわけです。
そこで私の冒頭のバカの壁ではなく(男女の壁)はあるのでしょうかという疑問が堂々巡りするわけです。











パリテロ
夕方、妻が帰ってきて「パリでテロがあったの知ってる?」と尋ねるので「え!知らないよ」と言ってました。
どうも長女が大学の国際発表会とかでパリに行っているようで宿泊先のホテルでは外出禁止となっていて現在待機中らしいです。

慌ててネットで(パリテロ)と検索するとやはり事件が起きていて21日4時頃パリのシャンゼリゼ通りを警戒中の警察官3人に対して男が連続して発砲。
警察官1人が即死、2人が負傷して駆けつけた4人の警察官との間に銃撃戦となり男は射殺されたとのことです。
ちょうどフランスでは大統領選挙の投票を23日に控えておりオランド大統領が「過激派組織IS(イスラミックステート)による大統領選挙妨害のテロである」と声明を出していました。
ISもネット上で「我がIS戦士の行動だ」と言っているようです。
娘も恐いところにいるのねと親として心配です。
書店における児童書の変遷
暇を見つけて書店に行くのが私の楽しみの一つとなっていますが京都・大阪にも最近になって超大型書店が次々とオープンしている割には本の購読量が伸びていないと聞きます。
むしろそれに伴いと言っていいのか地方の昔ながらの本屋さんは廃業したり学生服や教科書だけの取次をしたりで田舎にいれば欲しい本を手に入れるにはAmazonなどに頼らざるを得ません。
欲しい本だけではなく気が付かなかった古典や新刊書、自分の興味外の分野でも意外にしっくりして購買してしまうようなしびれる本に出合うには書店に足を運び、実際に本を手に取るのが一番なのですが書籍販売の世界もすでに(淘汰)が始まっており行く末がどうなるのかと思っています。

そのようなことを考えながら書店巡りをしていて思ったのは昔の地方の本屋さんに必ずと言っていいほど置いてあった児童向けの(ぬり絵本)が姿を消していることです。
子どもたちに人気があるアニメのヒーロー、(仮面ライダー)や(ひみつのアッコちゃん)などクレヨンや色鉛筆で塗っていくあの本です。
一時期、教育委員会の討議で「限定されたイラストにただ色を塗りつぶすだけの子どもの想像力を阻害するもの」と俎上に挙げられていたことは知っていますが今や全滅しています。
それなら子どもたちはスケッチブックを持って野外に出ているのだろうかと取りとめもないことを思っていました。

あと気になるのが(絵本のコーナー)が専門的になっていることです。
大人が気に入るような、あるいは大人が買うような絵本しか、児童書しか置いてないことも気になります。(エンデの作品だけなど)
書店で児童文学の棚の前で子どもたちが立ち読みしている姿を見かけなくなりました。(漫画コーナーは別にして)
少子化だけでは片づけられない現象です。
ポテチショック
数日前に昨年の秋の台風襲来などで北海道のじゃがいもが大不作となり現在、ポテトチップス製造大手の(カルビー)と(湖池屋)が自社製品のポテチを販売中止にすると発表しました。
え!マジ?とわが目を疑ったのですがテレビのニュースですから本当でしょう。
もちろんポテトチップスのすべてではなく売れ筋については販売を続けていくとのことでした。
ですがカルビー社は人気商品(堅あげポテト)は生産中止と続報を出しました。

(これはいかん!)と思いました。
私は自他ともに認めるポテトチップスマニアで一日一回は食べています。
風呂に入ってから一袋開けてポテチの塩味が十分口の中に行き渡ってからおもむろに発砲酒をごくごくやるのが日課です。
これにより入浴の発汗で失われた塩分と水分が効率よく補給できるというものです。
中国・習近平主席の「一帯一路」の上をいく「一袋一呂」(風呂に一回入ったらポテチを一袋開けよう)です。
特に(堅あげポテト)はあの齧った時の歯ごたえの良さとじゃがいも本来の味が残っていて(うす塩味)でも(のりしお味)でも私の大のお気に入りです。
あれが手に入らなくなるのは耐えられないことです。

夜9時の生活雑貨量販店「ジャパン今津店」。
おそらくかのオイルショック(1973年)の時のようにトイレットペーパーが無くなるとニュースが流れスーパーで主婦が血みどろのバトルを繰り広げたように近所のニートやオタクがポテチを買い占めようとして集結していると覚悟を決めて乗り込みました。
がらがら・・。
誰もいない、店員の女の子以外は。
私は拍子抜けしたものの(堅あげポテト)を3箱60袋を大人買いして帰りました。
押し入れに隠しましたが妻に見つかるのが怖いです。

海津の桜
この季節、日本人なら妙に心が浮き立つのはなぜなのでしょう。
桜の花のつぼみが膨らみ、開花寸前となれば傍に寄って愛でたくなるそんな浮かれ方です。

今年の冬はここ数年来なかったほどの厳しい寒さでした。
やはり全国的にも桜の開花が例年よりも遅れているようです。
私も今日は奥琵琶湖・海津大崎に行ってみましたが開花状況は3分咲きどころかまだ少し開きかけたぐらい。
思ったほどの人出がなく、一緒に行った人と「みんな、もっと咲いているスッポットに行っているんだね」と話をしていると「昨日は京都に行ったけど満開には程遠い5分咲きぐらいだったよ」と言われ、(あんたも日本人だねぇ)と内心思ってしまいました。
つまりは追っかけ、桜ストーカーです。
ここ琵琶湖海津は近畿の桜名所の中でも満開が遅くてだいたいは1週間から10日ぐらい遅れて咲きます。
本当は今日の桜状況も写真で撮ってSNSでアップすればよかったのですがどうも写真を撮るのは苦手なので文章でゴマかします。


飲み会
昨日は久々に県庁職員さん(OB多数含む)、十数人と飲み会をいたしました。
年度末ですが移動なども発表され多少は落ち着いた雰囲気でした。
県庁も滋賀県のれっきとしたシンクタンクなのですから明るく元気にがんばっていただきたいものです。
京都・市バスの掟
今日は京都に行きました。
朝のJR湖西線に乗り、強い風にまたしても運行が妨害されるのかとひやひやしながら車窓より左を見れば琵琶湖の水面をキラキラと春の優しい日差しがこちらを覗き、他方、右を見れば昨晩からの比良八荒で山々に白いものが被っておりさながらに雪化粧。
冬と春の微妙な関係が垣間見える3月の湖西路です。

京都駅に着いて正面口にある市バス乗り場へ。
嵐山・大覚寺方面行28系統・市バスに乗り込みました。
終点の大覚寺まで約55分で大人230円です。
四条烏丸や四条大宮を経由していきます。

本日はド平日なのにさすがは京都で多くの観光客の姿が見えました。
バスも混み込みで私は比較的バス待ち行列の前に並んでいたので前の方の横並び椅子に座ることができました。
私の左隣はまだ若い女性、観光マップを熱心に見てチエックを入れているところから観光客でしょう。
右はどうも地元のおばさん、年のころは60代ぐらいか。

バスが5っ目か6っ目の停留所に停まった時、バス中央の乗降口から小柄で白髪の70代後半から80代の女性が乗ってきました。
それを見て私の右隣の女性は弾かれた様に立って「どうぞ」と席を譲りました。
白髪の女性は軽く会釈するとここからが私の想定外だったのですが私の左隣の若い女性の方をポンポンと叩き、「そこは優先席よ、譲りなさい」とおっしやるではないですか。
若い女性もパッと立ち上がり、白髪の女性は席を譲ってくれた60代女性に「あなたもどうぞ」と勧めたわけです。
これだけなら私も(京都の女性は強いな)ぐらいの感想を持っただけなのかもしれません。

嵐山からの帰り、再び同じバスに乗り、今度は京都駅に向かいました。
行きと違ってまだ昼過ぎなのでバスは空いていました。
空席もちらほらとありました。
京都外大前から4人の若い女性、今度はどう見ても観光客のようでしたがそれぞれが旅行かばん・ケースを下げて優先席に座るや賑やかにおしやべりが始まりました。
言葉を聞いていると中国人だとわかりました。

そこへバス後方から女性の声が飛んできました。
「その席は優先席よ!お年を召した人やお腹の大きい人の為の席やからあんたら遠慮しといて!」
またしても!
中国人の女性はお互いに不思議そうに顔を見合わせて「ワタシタチ コトバ アマリ ワカリマセン」。
すると後方から「おたくら京都の人と違うわね」(当たり前やん)
中国人は「ユウセンセキ マンインジャナイカラ イイデショ」(立派に言葉わかってるやん)

この市バスでの行きと帰りの出来事を通じて理解したことは京都の市バスの優先席にはご老人と妊婦さんや小さなお子様連れ又はお怪我を召した方以外が座ったら市民レベルの容赦ない叱責が待っているということでした。



都市のオアシス
2か月ばかり京阪神(主に京都)の都市部を歩き回っていたことはこのfbでも書きました。
都市部と言っても私が彷徨ったのは商店街やオフィス街のようないわゆる繁華街ではなく都市に労働力を提供し続けている住宅街です。
見渡す限りの住宅またはマンション・アパートの群像。
ゼンリンの住宅地図だけを頼りにひたすら戸別訪問を続ける日々。
車ではなく現場には原付バイクで移動して公園やアパートの駐車場に停めてから延々と付近を9時間ばかり歩き回るのが日常でした。
「一番辛かったことは?」と尋ねられたら「寒さです」と答えたでしょう。
京都伏見区の向島に行ったのが1月の後半でしたが高さ11階立ての市営住宅が見渡す限り延々と続く様はレゴのブロックを並べている光景さながらにエレベーターを使うものの部屋から部屋の通路は外部とむき出しで「横歩きマンション」ですから北風がビュンビン吹いてきて体温を奪います、冷凍庫に入ったマグロの気分です。
(ああ・・暖が、暖が欲しい)と希求し、一瞬脳裏に昔観た石原裕次郎主演の黒部ダム建設の映画(黒部の太陽)や亡くなった高倉健さん主演の「海峡」または「八甲田山」などが浮かびました。(健さんは「駅」でもそうですが北が似合う人でした。その点、若大将はハワイがピッタリの人です、どうでもいいことですが)

困ったことは下世話なことですが(トイレ)です。
ともかく気温が日中3℃ですからもよおします。
それでも近くにガソリンスタンドや食堂、ドラッグストアなどありません。
公園があっても共同が無しときます。

しかし、しかし・・コンビニ様はあります。
こんな都会のアスファルトジャングルにも・・ありがてえ!
食堂も近くにない状態ですからコンビニ弁当を買って、店員さんの「温めますか?」のご質問に「もちろん!」と答えフードコーナーに持って行ってパクつくと(生き返った!)と歓喜の涙が流れます。
コンビニ様はそれ以外にもお金の引き出し、必要品の供給、荷物の受け取り、公共料金の支払い、もちろんトイレ!!など生活インフラのすべてが街のほっとステーションの如く集結したとにかくありがたい生活拠点と表現しても過言ではない施設です。
コンビニ様が無ければ私の調査は続行ができませんでした。

100円のホットコーヒーを飲みながら外を見るとみぞれ交じりの氷雨が降ってます。
(外に出たくない、この暖かさを離したくない)との思いを断ち切り、男たちは再び任地に向かうのでありました。(ジャンジャン!)





体重激減
京阪神を中心とした社会情勢調査が本日終了しました。
約2か月半でしたがかなり苦しい思いをしました。
仕事に就く前が体重73㎏、今日体重計に乗ったら64㎏でした。
何と9㎏減、ライザップもびっくりです。
久しぶりにあった知人に「痩せたね、最初わからんかった」と言われたりもしました。
選挙よりも痩せます。
食わない、寝ない、歩き回る、ストレス溜まるの生活は・・・。

今日は書店に寄って自分へのご褒美に村上春樹の新刊「騎士団長殺し」を買い求めました。
春の宵に自宅でゆっくりビールをちびちびとしながら読書と洒落こみましょう。
卒業式
今日から3月。
県立高校では卒業式が挙行され、長男がお世話になっているので列席させていただきました。
無事に卒業してくれて親としては一安心というところです。
明日からは天候も崩れると予報にありましたが本日は快晴でその点でもありがたかったです。

あの頃は
昨日、2月14日はいわゆるバレンタインデーでした。
私は仕事で終日、京都市内にいましたが街の雰囲気はいつもと変わらずといった様子です。
恋人たちが街を散策しているとか、若者が練り歩いているといった風でもなく、閑散とは言いませんがいつもの一日の風情です。

私が20代の頃、ちょうどバブル経済の真っ最中でバレンタインともなるとレストラン、ホテルは満員御礼で浮かれ気分でロックンロールの世界でしたが今の若者は本当に現実的でシビアだと感じた一日でした。
それがいいのか、悪いのかは判断ができませんが。
その頃のバブル組だった20代、30代も今では50才、60才です。
皆さん、あの頃をどう捉えているのでしょうね。
街は大騒ぎ
滋賀県北西部の高島市は朝から大雪で大変です。
積雪の為に大型トラックが転倒、新旭から今津の交通が遮断されました。
バイパスが通行止めとなり大渋滞が発生しています。
企画されていたイベントが次々と中止され、それ以上に昨日から告示された市長選挙・市議選挙にも影響が出ているようです。
この大雪の中、選挙カーに乗って街宣している候補者本人や選挙運動チームの方々のご苦労には心中お察しするものがあります。
つくづくと自然の力の前には人はなすすべもないのだなあと考えてしまう今朝でした。
初春粉骨砕身
やっちゃいました。
事故りました、単独です。
とある駐車場で原付バイクに乗って遊んでいたのですが何を考えていたのか、スタンドを下したままエンジンをかけて車体を押して発信、当然ロケットダッシュになって体が前方に吹っ飛び、アスファルトの地面に叩きつけられました。
何メートル飛んだかはわかりませんが動画にしてユーチューブで配信したらかなり笑える映像になったはずです。
けれど事故の瞬間は悶絶ものの痛みで右肩から落ちたらしくしばらくは立ち上がれませんでした。
10代のやんちゃな子がやるのならともかく50のおっさんの所業とは思えないです、我ながら。

それでその日は家に帰りましたが夜になるとどうも肩からがズキズキ痛み、お風呂に入ろうと服を脱ごうとしても腕が上がらない状態だったので(打ち身にしては痛すぎるな)と思っていました。
風呂の脱衣所にある鏡で見ると右肩を中心に青ジンが広がっていました。
妻が「病院に行きなさいよ」というので翌日は日曜日でしたが地元の高島市民病院に電話をして緊急枠で診ていただきました。
レントゲンを撮ると医師から「折れてますね」の一言。
画像を見せてもらうと右肩の鎖骨が真ん中から見事にポキリとグリコポッキーです。
ギプスを巻いてもらい2日後にもう一度来てくださいとおっしゃるのでその日は痛み止めのお薬を出してもらい帰りました。

新春から運勢最悪やんと考えていたら思い当たるものがありました。
元旦に初もうでに行こうと母や妻、娘、息子が言うところを「ワシは行かん!君たちだけで行きたまえ」と居残って家でお雑煮を食べながらテレビの新春番組を観ていました。
初もうでに行かなかったからバチが当たったのかな、神に対する不敬が災いを呼んだのだと反省して地元・今津の住吉神社に初詣に行ったのが今日です。
1月10日の初詣。
神社には誰もいませんでした。
(神様すいませんです、これからは元旦には詣でますからゆるしてちょ)と一心不乱に祈りました。

高島市民病院に行って再びレントゲンを撮ってもらうと2日前より骨が引っ付いてきているので手術はせずこのままギプスを装着して治しましょうということになりました。
ギプスが取れるのは6週間後、約1か月半ばかりかかりますがその方が私も助かるのでありがたかったです。
今回も高島市民病院にお世話になってしまいましたが医師の皆様や事務、スタッフの皆様が本当に親切にしていただけるので感謝しています。








お礼
新年おめでとうございます。
私事ながら今日、1月3日で52才の誕生日を迎えました。
妻からは小声でぼそりと伏し目がちに「おめでと」と言われた以外はfbで皆さまからお祝いのメッセージを頂き感謝申し上げます。
ただ、わたくしのタイムラインが1年ほど前から故障状態でこちらから発信ができない状態なのでお礼の言葉が送れません。
私にとっては日頃お世話になっている皆様にご挨拶をさせて頂きたい気持ちは山々なれど状況をご賢察の上、ご理解を賜ればと思っています。

52才と言えば麻雀で例えると(ゴンニ)つまり5200点で子の20符(プ)4翻(スーファン)上がりとなります。
振り込めば大変痛いのですが満貫よりはマシかな程度です。(意味不明)
とって付けるようですが本年も皆様とご家族にとってご健康でご多幸に恵まれた年となることを祈念しています。

年の瀬床屋談義ー滋賀県編
いよいよと言うか、とうとうと感じるか、あれよあれよと申しますか大晦日になってしまいました。
所詮は365日のうちの1日と割り切れない何かが大晦日にはあります。
そのような特別な日に家事が全く不得手な(生ごみ父さん)としては行きつけの理容店、散髪屋さんに赴きサッパリしました。

私よりはるかに年上の店主に髪をカットしてもらっている時に「マスターでどれぐらい商売されています?」と聞いてみれば7代目で店としては創業100年を越えていると言われビックリ。
息子で8代目と言われそりゃそうだな、7の次は8だし、7.5代なんて言い方ないわなと思いました。
それよりも(髪結いに喰いっぱぐれなし)とは言ったもので息の長い商売ですなとしゃべっていました。

聞いてみると滋賀県内の理容店さんで100年を越えているところは34店あり、最長は東近江市五箇荘のお店だそうです。
創業は何と1700年代、江戸時代享保で徳川吉宗の御代ときました。
今まで何人の髪を切ってきたのか想像もつきません。

ですが不景気知らずと言われた理容業も近年は様変わりしてきて格安でカットしますなんて謳うチェーン店も地方にどんどん進出してきてお客を奪われがちで大変とおっしゃてはいました。
当然ながら理容組合には加盟しないので料金体系から営業日まであっちに引っ張られて(競争になって)これも大変と聞きました。

私も小泉内閣の時から「官から民へ」というスローガンも行き過ぎれば怖いな、反って民業圧迫につながらないかと警戒していたこともありました。
手に職がある方や特殊な資格・技能をお持ちの方はさっきの話ですが(喰いっぱぐれ)にはならないかもしれませんが世の中(私も含めて)すべての方がそうであるとは限りません。
実際には町の小売りや商売やさんも規制緩和や国際化、自由化の波に押されてどんどん廃業されていきました。
酒屋さんはコンビニに、薬屋さんはドラッグストアにと。
全国いたるところで商店街がシヤッター街となっていったのはご存知の通りです。

規制緩和がすべて悪いとは私も言えません、そう言うだけの確証もありません。
ですが世の中には仕組みや規制で食っている人も大勢いることは確かです。
すべてに自由化を叫べば究極は大手・大資本が勝つのは自明の理でもあります。
私たちは社会分解すれば1人1人が生活者であり、生産者で消費者なのですからその辺りのバランスはとった方が丸く収まると思えるのです。




分別盛り
今年、平成28年も押し詰まってきました。
今日、明日ともう残り2日です。

我が家も大掃除でどこにあったのかというぐらいゴミが出てしまいます。
それを大隊長(妻)から命令を受けてゴミ集積所に持っていくとご近所の主婦さんから「あら、石田さん、今日は燃えるゴミの日じゃなくてよ」と注意されて「すいません」と謝りました。
人間50才、世間では分別盛りと言われる年代ですが近所では(分別できない男)として通っています。

年賀状千本ノック
皆さんは年賀状をもう書きましたか、出しましたか?
私はまだです、悪戦苦闘しています。
例年ならインクジェット紙の年賀はがきを買ってきて裏面はプリンターで印刷、表書きの宛先はアプリで印刷と楽ちんでしたが今年はパソコンの不調で起動せず、手書きを余儀なくされているからです。

12月に入った段階で妻から今年は年賀状を手伝わないからあなたが1人で出してと言われ、ええ!と思ったものの毎日30通ばかり書いたら出来上がると日割り計算で皮算用していましたが、今日は観たいテレビがあるから、今日は忘年会だからと毎日を先送りしている間にノルマが溜まってきてニッチもサッチも行かなくなりここ数日は深夜まで泣く泣く書いています。
(深夜食堂)ならぬ(深夜書道)。

筆ペンで宛先を書いていると眠くて目がショボショボ(´・ω・`)してきて、手首が痺れてきます。
苦しくて「もう書けましぇん・・手が痛くて腱鞘炎ですぅ」と泣き言を言うと「さぼっていた自分が悪いんだろ、腕が折れるまで頑張れ!」と言われ(オレは侍ジャイアンツか!)と思ってしまいます。

書いているうちに(だいたい近頃の若い人は年賀状なんか出さずにメールで済ますらしいじゃんか、その方が楽だし、早い、虚礼廃止につながる、うんうん)とかの思いが脳裏をよぎり、年賀状を書くことを投げ出したくなります。
テレビのニュースを見ていると来年の6月からは郵便はがきの配達も採算が合わないので現行の52円から62円に値上げと聞くにつけ、(それみろ・・はがきの値段も上がるのを機に年賀状も来年から出さんぞ)と思ってしまいますが、よく聞くと普通はがきは10円上がるものの年賀状は黒字なのでお値段据え置き52円のママと言われ、(さすが元郵政省・・商売上手だ)と感心。
年賀状放棄の口実を与えません。

それに頑張っているのは郵便局員の皆さん。
この寒空に連日、外に出て業務に邁進されている姿を見るにつけ心からエールを送っています。
元旦の年賀状配達なんかは大変な業務だと想像しただけでわかります。
この日本中の各戸に年賀状を遺漏なく届けることの壮大なミッションインポスビル、いや持続可能なあくなき探求と不断の努力には頭が下がる思いです。
どうか年末年始、お疲れとお察ししますが交通事故だけにはお気をつけいただき日本の郵便事業の発展にご活躍ください。




老けるは恥だが役に立つ
昨晩、東京に住む6才下の妹と電話でしゃべっていました。
兄弟の会話ですから実に他愛もない内容です。
親は元気かとか正月はどうするとかその程度のものです。

談話の最後の方で妹が、「でもお兄ちゃんももう初老なんだから無理せんといてや」と。
(しょ、初老ぉ!)
これには愕然としました。
初老・・老・・まさか老いてるなどと言われるとは・・。(ショック・拡大!)

私は昭和40年生まれで1月が誕生日ですから年を越せばもう52才になりますが気持ちは青年、体は中年と思っていました。
髪に少し白いものが出てきましたが老眼はあらわれていませんし、どこから考えても壮年だと思っていたのに・・とほほ・・初老。
ですが、先日もある識者からお話を聞いた時に「石田さん、自分の可能性を年齢で判断することは愚かなことですよ、なぜなら人は誰しも今日の自分が自分史上一番(若い)のですから、行動することにためらってはいけません」とおっしやって、(なるほど!)と思ったばかりでしたから。
それとともに「昨日がんばろうと言ってもムリ、昨日はもう過去、なら明日がんばろうならいいのかと言えばザンネン、明日が来たら今日になる、明日は永遠に明日でしかない、ではいつがんばるのか?今でしょ!」
(あんたは林先生か)と思いました。

そうは言っても人間も自分の外見つまり年齢による評価というのが気になるのが真情だと思います。
年を重ねれば経験や知識の(貯金)だけは持っておきたいと昨夜はつくづく考えました。


何でもいっしょー整髪料編
今朝、起床して洗面台に直行。
歯を磨き、顔を洗い、ヘアムースをブラシに取り、髪を整えました。
いつもの朝です。
整髪料も男子の場合は人によりそれぞれで私のようにムースを使う者、リキッド派やヘアスプレー、ジェルなど好みの問題です。

(今日もバッチリ決めるぜ)と哀川翔さんの真似をしながら鏡を見てブラシを頭髪になでつけましたがバッチリどころか頭が白髪になっていきます。
(おかしいな?白髪染めは聞いたけど黒髪染になっている)
不信を感じて手元を見るとシェービングクリームではありませんか。
不思議なことにこれでも髪の毛がセット出来ちゃうんです。
不思議発見。
ついでに剃刀で剃ってスキンヘッドにと言ったら悪乗りのしすぎですがヘアムースでもシェービングクリームでも同じだなと思ってしまいました。
旅のお供にシェービングクリームで髭剃りも整髪もこれ1本。
明日は歯磨き粉で試してみようと思いました。




カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



最近の記事



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



counter