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ゆうすけブログ
FBともだちへの再度のおことわり
私は時たまブログを更新しており、その全文がFBアカウントに転載されるようになっていましたが先月、そのアカウントが動かなくなり携帯をいじっている間に消滅してしまいました。
従いまして従来、FBともだちであった皆さまのアップに近づけなくなっており、(いいね)すら打てない状況です。
また、ブログにコメントをして頂いても読めないのでご返答もできません。
そのことをご理解の上で私のブログとお付き合いいただければと思います。かしこ。
週末に台風は来る
昨夜の11時ごろ、私は自宅でPC作業をしていました。
明日の会議に出す資料を作成していたのです。
外はまだ暴風が吹いているものの・・・。
スーパー台風19号も近畿直撃は避けられ一安心だなと思っていました。
突然の停電!
「ぐわー資料が・・資料がぁー」
データーはとび、3時間の苦労も飛びました。

今朝、起きてテレビを観るとその後伊豆半島に上陸した台風は夜半に関東を襲い、東北に向かったようでした。
テレビのテロップでは「3人死亡、1人心肺停止、17人行方不明」とありました。
人的被害だけでも相当なことだと身震いがしました。
テレビ画面では長野県千曲川の堤防が決壊・氾濫して大規模な床上浸水が発生している様が映し出されていました。
直撃した関東も被害状況が酷く、東京の多摩川、栃木県田川、福島県阿武隈川、静岡県牛渕川、埼玉県入間川・都幾川など1級河川が次々と氾濫したとの情報が入っていました。
もちろん土砂災害も発生して土砂に飲み込まれて命を落とされた方もおられるようです。
停電も9都県で43万世帯にも及び私もPCのデーターが飛んだことぐらいで騒いでは追加でバチが当たりそうなのでもう言いません。
それにしても台風って前から思っていたのですがなぜ週末に上陸してくるのでしょう。



FB崩壊
私がこのブログを書き始めてからもう10年ばかりになりますが当初はごく普通の社会人が今まで経験したことのない行政の世界に入り、そこで見たもの、感じたことを素直に発信してみようという意図からでした。
4年前に政治の一線は離れ、また元のように生活の現場に戻りましたがそれまでは毎日のように更新していたブログも段々と頻度が下がり、2、3日に1回、週に1回となり現在にいたります。
そのような折、先日は携帯のFBが動かなくなったのでアカウントを触っていたらなぜか操作ミスでしょうか、消失してそれまで培ってきたFB友人たちとのご連絡ができなくなりました。
新しいアカウントを作りましたが現在は友人が1名です。(消失前は1500人)
すぐにご招待・友だち申請をしようと考えましたが気が変わり、当分は誰も見ないブログとSNSの世界に浸ろうと思います。
理由は少し無理してきたのかなと自戒の念があるからです。
FBで「いいね」をもらおうとして背伸びした投稿をしているのではないかと思い始めた矢先の事故でしたのでこれを機会に少し自分を見つめ直してみようと思います。
日本語は難しい
もう処暑です。
ようやくあの身を焼くような暑さも収まりつつあるようで朝夕は少し凉を感じるようになりました。
秋の到来が待ち遠しいものです。

日曜日、休日の朝、ラフな格好でコンビニに行きました。(ワンピのTシャツとバミユーダ、サンダル姿)
レジに行くと比較的若い女性店員さん(この比較的という表現が微妙)が「〇カードありますか?」と訊いてきました。
私は「ない」、「ありません」と毅然と言い放つことがこの緩やかな夏の朝のまったりとした雰囲気にそぐわないと思い少しもじもじしながら「はい・・・」と消えゆくようなそれでいてこの店員さんと目を合わさないようぼそりと答えました。
これでわかってくれると。
それで商品を渡してくれると待っていたら沈黙が続いてなかなかお互いの動作が進行しないので堪らず女性店員さんの方を見れば彼女は私を凝視していて「ありませんか?」と詰問調で言うではありませんか。
ここは空港の入国検査で私はビザを持っていない渡航者かと思いながら「いえ、持っていません」と今度ははっきり意思表示しました。
彼女はそそくさとレジ袋を私に渡しました。
なぜ最近の日本人ははっきり言わないと意思疎通できないのですか?
忖度してください。
自信の無い「はい」ですべてを理解してください。
日本語は難しいです。
炭水化物の夏
朝からテレビのニュースを観ていると台風10号情報一色です。
アナウンサーが「大変危険ですからくれぐれも河川や海辺に近寄らないでください」と訴えていましたがそれでも行く人はいるものです。
そして何人かは事故に巻き込まれ翌朝の新聞に「台風10号列島に爪痕、人的被害発生」と載るのです。
人はなぜか自分だけは災害や事故に遭わないと思っているようでそのような人の発想としては「私は死ぬまで生きる」と非常にポジティブなのはいいのですが今日は命日になるかもしれないという考えは持っておられないようなので危険です。
非常時にはネガティブに行動しましょう。

さて、夏休み、毎日家でゴロゴロしていますが食生活が炭水化物一色となっており、当然太ってきています。
ここ3か月で3キロ太り、ベルトの穴が左に一つシフトです。
お昼はうどん定食、うどんとごはんとたくあんです。
炭水化物で炭水化物を食べる。
これは究極の炭水化物愛と言えるでしょう。
夜は焼きそば定食、ソース焼きそばにおにぎり、かろうじておにぎりの具が鮭、何とかタンパク質ごくわずかに摂取。
それで入浴前の体重計は500グラム増。

本日はお盆ということで仏壇の前でご念仏を唱えます。
我が家は浄土真宗東本願寺。
「南無阿弥陀仏 炭水化物 南無阿弥陀仏 炭水化物・・・」
焼肉や魚の煮つけ、新鮮なサラダなどを体が希求しています。

少年時代
お盆の休暇に入りました。
例年になくぼんやりとした休みになると思いますが暑い時に体を休める、理にかなった歳時記だと思います。
台風10号がゆっくりと近づいているので後半は天気が荒れると予報にありましたがそれもまたむべなるかなです。
令和最初の夏休み・・では昭和の頃はどうだったんだろうと井上陽水の「少年時代」を聴いてみました。

「♬夏が過ぎ風あざみ 誰のあこがれにさまよう 青空に残された私の心は夏模様 夢が覚め 夜の中 永い冬が 窓を閉じて 呼びかけたままで 夢はつまり思い出のあとさき・・・」
しみじみと良い歌だと感じました。
少年の頃の夏休み・・友だちとカブトムシを捕まえようと昨夜しかけた罠を確認しに林の中に分け入るドキドキ感、小川で魚を掴み、夕方は縁台でひぐらしの声を聴きながらスイカを食べる・・暑くけだるいゆっくりと流れる時間・・もうあの頃に戻る事はできないとノスタルジーに浸れる名曲でした。

今の私ならさしずめ「中年時代」です。
替え歌ですが聴いてください。
「♬ズル休み金あさり 妻のけん責におびえる 食卓に残された私のごはんは冷(さめ)模様・・」
やっていて落ち込みました。
哀愁もズタズタです。
もうやめておきます。





Tシャツの柄ー日本アニメの実力
先週の日曜日、干した洗濯物を取り入れたたんでいた妻が私に「ねえ、どうしてこんな柄のものばかり買ってくるの?」とクレームをつけてきました。
私がこの夏にユニクロで買ったお気に入りのTシャツです。
柄は尾田栄一郎の「ワンピース」の登場人物、アラバスタ編の悪の組織バロックワークスNo2ことおかま拳の達人、ボンクレーことボンちゃんがどアップで描かれているシャツです。
若者の間では「ワンピ」と言われ、世界中にファンがいる海洋冒険譚です。
私は主人公のルフィーよりこのボンクレーの方が好きでユニクロで見つけたときは衝動買いをしました。
ボンクレーは(おかま)なのでお姉ェ言葉を使うのですが語らせれば熱いのです。
「友情ってヤツァ・・つき合った時間に関係ナッスイング!!」
「命をかけて友達(ダチ)迎えにいく友達(ダチ)を・・見捨てておめえら明日食うメシが美味ェかよ!!」
義理と友情を大切にするボンちゃんを気に入っています。
妻が「まさか・・それ着て今津の街を歩いていないわよね?」と訊くので「うん、歩いてるよ」と答えると「やめてよ!そんなオタクが私の夫と思われたらこっちまで恥ずかしくて歩けなくなっちゃう」というので内心は(もっと他に恥ずかしがることがあるだろう)と思いました。

余談ですが日本国内では圧倒的人気の「ワンピース」ですがヨーロッパではワンピより「NARUTO(ナルト)」の方が人気が高いそうです。
どうも海賊モノは「パイレーツオブカリビアン」のイメージが定着していて忍者の世界を描いたNARUTOの方が海外ではジャパンオリジナルを感じるようです。
忍者とか忍術とか受けますよね、確かに外国人には。
最近、甲賀忍者屋敷に行ったら忍者の恰好をした黒人男性に会ってびっくりしました。
お仲間が笑いながらスマホで写真を撮っていましたがこれがジャパンクールなのでしょう。
それなら日本の海賊マンガも「倭寇」とかを作ってみたらどうだろうと考えましたが歴史的に見て倭寇の中心は当時の大陸の人々だったので倭寇の青年・劉とか言ってもあまり受けないと思いボツです。

それにしても宮崎監督やジブリ、その後継とも言うべき「君の名は」の新海 誠監督や「サマーウォーズ」の細田 守監督の作品が海外でも評価され日本人としても鼻が高い昨今、その聖地である京都アニメーションに放火するという不埒ものが現れました。
世界中がこのニュースをどう受け止めたのかが端的にわかる例として国連事務総長のグテレス氏が「放火で命を落とされた方々を思い深い悲しみにつつまれている、負傷した方々の早期の回復を祈る」と異例の哀悼の言葉が発表されました。
今、NHKの朝ドラ「なつぞら」でもちょうどアニメ制作に青春をかける若者像が放映され人気を博しているところなので今回の事件はとても後味悪く、犯人の身勝手な犯行動機には怒りすら覚えてしまいます。




N国党とは何者?
昨日の4日から第25回参議院選挙が告示され21日投開票までの長い選挙戦のスタートが切られました。
今回、勝敗を分けるものは1人区、なかでも滋賀県は注目区となっています。
現職で自民公認・公明推薦の二之湯武史候補と元滋賀県知事で立民・国民・社民・共産推薦の嘉田由紀子候補との一騎討ち、ぶつかり合いの行方に注目していました。
4日の夜に帰宅して、(やれやれ選挙の序盤はどうなったかな)とTVのリモコンを押してBBC(びわこ放送、英国放送協会ではない)のニュースを観ようとしました。
画面にぱっと映った人物は40代ぐらいの少し小太りながら笑顔で髪を後ろに長く束ねた芸術家風の男性。
おや?〇〇さん、何をインタビューされているんだ・・。
〇〇さんは同じ町内に住む陶芸家です。
参議院選で訴えるのはただ一つのことですとか何とかわけのわからない出馬表明をしていました。
〇〇さん、何か悪いものでも食べたのかと思っていたら別人だとわかりました。
それにしてもこの選挙は一騎打ちだと思っていたら飛び入りが出たよと感心して観ていたらN国党ですと言っていました。
N国党?
日本国党の略か・・イスラム国みたいなものかと慌ててPCで検索したら「NHKから国民を守る党」とあり、ゲゲ!浅学にして知らなかったそんな政党ができていたなんて・・と驚きました。
更に調べると発足は2013年に遡り、今年の春の統一地方選挙でも首都圏や関西の大型団地がある選挙区に47名を擁立してうち26人が当選と堂々たる地方政党とありました。
今回の参院選でも全国に比例区も併せて40数名の候補者を出したようです。
NHKの不合理な運営を正すべく政治活動をしているらしいです。
できれば「朝日新聞から国民を守る党」も出てきて欲しいと思いましたが選挙ポスター掲示板を見に行くと1番のところがぽっかりと抜けていてどうもポスターは貼る意思はないようです。

実は私は2年前の冬に頼まれてNHKの仕事で京都伏見区の住民意識調査を2か月ばかりやったことがあります。
協力してくださった自治体は多かったのですが集合団地、アパートなどにお住まいの住民の皆さまはNHKと聞くと嫌な顔をされることが多かったのを憶えています。
その後、東京に行って臨時取材職員をやらないかと勧められましたが億劫でお断りしました。
それからも滋賀にいます。

さて、NHK贔屓だった私ですがこの2年間の活動や人様の生のご意見を聴くにつれ(NHKは今のままではいけないのではないか、改革した方がいい)と思うようになりました。
ですから投票はしませんが今回のN国党の主張もすごく理解できます。
まず受信料が高すぎる。
口座振替でBS放送が入れば月額2,230円、一般地上契約だと1、260円。
普段NHKをそんなに観ていない人がこれをどう思うかです。
もちろん最近のテレビ受信環境でBS(衛星放送)が入らないなんていうことはほぼ無いので高額2千円超を家計から強制で持っていかれるのです。
今回の選挙でN国党の主張はNHK受信料を支払った人だけが視聴する(スクランブル放送)を導入すると訴えていますが賛成です。
受益者負担の原則にも叶いますし、憲法で保障された行動、すなわち見ない自由にも合致します。
後は国会で放送法(特に24条)を改正すればいいだけです。

NHKサイドとしては災害を含めた有事のニュースを民放局ではできない公平性と即興性で報道するので国民から広く受信料を徴収することが必要と訴えてきましたがそれならばNHKを分割して報道局に絞り受信料を徴収する、歌番組や娯楽性の強いドラマなどは民放と競わせる、それだけで製作費はうんと安くつき受信料も国民が納得する額に落ち着くでしょう。
そもそもNHKの財務諸表を見ると純資産が8,000億円超、これは国内大手自動車メーカーや重化学工業の内部留保を大きく上回ります。
NHKは国民から広くお金を集めて何をしたいのか、謎です。
資産1兆2354億円、負債4000億円だから純資産8000億円です。
ひがみ根性丸出しなのであまり言いたくないのですがNHK職員は現在1万人(公式HPでは1万303人)、職員給料総額は半期で約600億円、年収にすると1人当たりが1100万円に近くなります。
もちろん平均はあくまで平均であって局長クラスだと2000万円、理事だと3000万円と言われています。
ちなみに民間給与実態統計調査によれば日本人の平均年収は男子521万円・女子280万円となっていますが民間から大きくかけ離れた給与体制に支払う方(国民)としてはそれだけの仕事をしているのかと疑ってしまいます。
たかが参議院選挙、されど参議院選挙、こんな時こそ日本の矛盾や争点が見えてきます。

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日曜の朝に防災無線が鳴り響く
6月23日日曜日、少しどんよりとした天候ながら穏やかな朝を迎えました。
時刻はAM6時15分。
今日一日は心身の疲れを取って明日からの仕事に備えよう、大津のホテルで自民党県連の総会があるが面倒なので行かないでおこうと心に決めた時、突如として朝の静寂を破り無線が鳴りました。
何事!と耳をそばだてると若い男の声で「こちらは防災高島市です、午前5時・・・」
これは北からミサイルが飛んでくるのか、それとも凶悪犯罪でも発生したのかとおののいていたところ・・・。
「今津町梅原団地にて熊が出現しました、外出にはくれぐれも注意してください」と。
何だぁ熊かあ、驚かせやがってと一安心。
梅原団地には友だちがいるからこれからいっちょう見に行ってくるかと思いましたがいやいや良くない、無線を聞いてひょこひょこ行って熊に襲われたとあっちゃ末代までの恥さらしになると自重しました。
それにしても近くの新旭にはそのものずばり熊野本なる集落もあり、なんせ熊の元なので熊に不自由しない高島市です。
ジブリなら(もののけ姫)の世界観が広がっています。

来魔(くるま)社会
平成最後か令和最初かのGW大型10連休も今日で終わります。
ご近所の同世代の方と話していましたが10日も連続で休める人は恵まれているよねと囁いていました。
こちとら仕事に出たり、地元の祭りの当番で出役したりで結構バタバタしていたものです。
そのような中、連休ということで心配していたのが(交通事故)、とりわけ車によるものでした。
ちょうどここ数か月でしょうか、高齢者の運転ミスにより歩行者に突っ込んでいって甚大な事故が多発しており、世の中では何となく「自分が高齢になったら自覚して免許の自主返納を」という空気が醸成されつつあるような気がしておりました。
私が大学時代に習ったゼミの先生などは交通経済論の講義のなかで「車は来魔(くるま」とはっきり今の状況を予言されていたのを憶えています。

とは言うものの、都市部なら交通機関が発達しており車の個人所有はむしろ経済的に不合理かもしれませんが私たち地方に住まう者としては車は足であり、買い物などの際の輸送手段でもありますから一概に年配者の運転に対してはっきりダメ出しをすることはそれこそ車(来魔)にたいする魔女狩りともなりかねません。
もちろんテレビなどでの討論でやっていましたが家族が高齢になったら家庭内で免許の自主返納を促すべきという意見もありました。
これは裏を返せば何かあったら家庭の責任という論調であり、同調者も多かったようです。
ですが高齢化社会は孤独社会でもあり、そもそも家族といえる人と同居していない所謂、(おひとり様)と呼ばれるお年寄りも地方ではどんどん増えてきています。
その方々から交通手段を奪ってもいいのかという問題も他方にはあると思います。
議論が堂々巡りしそうなのでもうやめますがピークを過ぎたとはいえ、今日も帰省ラッシュが続いているようです。
どうか無事故で無事にご帰宅して頂きたいと願っています。

犬の名前
友人が犬を飼ったというので遊びに行きました。
セントバーナードの子犬のようで嬉しそうにじゃれついてくる様は何とも可愛らしいものです。
「かわいいね、名前はなんてつけたの?」
「パトラッシュ」
(へ?なんでそんな不吉な名前をわざわざ)
パトラッシュはネロの愛犬でクリスマスの夜に一緒に教会で死ぬんやで。
それで訊いてみました。
「パトラッシュの名前の由来を知ってる?」
「知らんけどネットで検索したら出てきたから」
「ふ~ん、そうなんだ」

(フランダースの犬)は私たち昭和40年代生まれにとって忘れられないテレビアニメの名作です。
カルピスまんが劇場の一作として毎週日曜の夜はテレビの前に釘付けになりました。
ビデオもDVDももちろんネット配信もない時代ですから見逃せば月曜日の友達同士の会話から乖離することになります。
必死に観ていました。
ネロのかわいい友達だったアロアも今ではネロを忘れて嫁ぎ、もしかしたら孫がいるかもしれません。
そう考えるとネロもパトラッシュも更に可哀想になります。
それにしてもあの頃のカルピスは飛ぶ鳥を落とす勢いだったんですね。
乳酸飲料の分際でテレビのゴールデンタイムを仕切っていたのですから。
今はアサヒ飲料に吸収されています。
時代の流れですね。
時の流れには敵いません。
もうあと3日で平成も終わります。
私もとうとう昭和、平成、令和の3時代を生きた人間として立派におっさんとなっていきます。



令和が来る
3月下旬から4月上旬までこの2週間というもの昼は仕事、夜は選挙と働きづめでやっと休みが取れました。
気がつけばすでに春爛漫、お花見のシーズンとなっています。
今日は日曜日、もうすぐ満開の桜を見ようと多くの人々が動くと予想できますが私は疲れ果てているので近所のスーパーで買い物をするのが精いっぱいです。
体力のチャージに務め、家でゴロゴロします。
花より団子です。

さて、そうこうするうちに今月1日に新元号が『令和』と発表されました。
聞いた時は(ふ~ん、令和・・そうか、なるほど)と思い、(和)は何となく「和を以て貴しとなす」という聖徳太子以来の使い慣れた一字でもあり、昭和も和を招く、招来するという解釈から決められた経緯がありで違和感は無かったのですが(令)については(律令の令?命令の令?)と統制の意味が混じっているのではと冷たい感覚がありました。
世間でも一部そのような指摘をしている方もおられたようで翌日には政府見解のような談話も発表されていました。
令和については万葉集・梅の歌から持ってきた、(令)については新しいことが始まり、みんなで一緒にやっていくという意味が込められているということだったので腑に落ちたところです。
令和でいいわと。
平成だって初めのうちは使いづらかったのを憶えています。
その前の昭和があまりにも長く続き、当たり前になっていたのかもしれませんが。

ですがいろいろと言われる平成30年間ながら私は平成は偉大な月日だったと思います。
理由はひとつだけ、「日本が戦争を起こさず、戦争に巻き込まれなかった」に尽きます。
その前の昭和にせよ、大正、明治、慶応でも日本は内乱(明治維新)、日清・日露・日中戦争、二度の世界大戦と戦の150年を過ごしていたのです。
平成年間だけは久々に日本人が戦争を体験せずにすんだ平和な御代でした。
願わくば(強く)、令和という時代もそうあってもらいたいと思います。

ところで平成も役所に出す書類や手続きの時にアルファベット略でH〇〇年とか書いていました。
平成31年ならH31年などのように。
令和はREIWAかLEIWAどっち?
調べたらRの方だったようです。
そうなれば下世話な想像ながら令和15年とかになったらR15とか書くんやろかと余計な心配。
18年ならR18。
これはアメリカ映画協会(MPAA)が決めたR指定(restricted制限する)のようで何か面白いようで複雑な気分です。
もちろん正確な表記は15歳未満おことわりはR15+、18才未満の入場を制限しますはR18+ですからその時が来たら考えたらいいんじゃないと軽いノリでいます。
保釈金について勘違いしていた
今朝はどんよりとした天気。
春先らしく暖かではありますが鳥の鳴き声とともに起きて枕元を見ればネコがゲボしていて不愉快な目覚めでした。
ガレージに行って車に乗ろうとすると洗車したばかりのフロントガラスに真っ白な鳥のフンがべったりと・・不快感は増すばかりです。

さて旧聞かもしれませんがカルロス・ゴーン氏が大金10億円もの保釈金を積んで拘置所を出ました。
いやぁ~よく出せるなと思いましたが過去にも保釈金額が決定しても出せなくてそのまま収容されていた人が多いとは聞いています。
ちなみに平成に入って大口?の保釈金を出して自分を出した(拘置所から)方々では・・・・。
2004年12月 ハンナン偽装牛肉事件で食肉の帝王と呼ばれていた浅田 満氏・・20億円
2006年4月  ライブドア事件のホリエモン・・最初は3億円、1審判決後5億円、東京高裁判決後更に6億円に増額。
2007年7月 ニッポン放送株インサイダー取引事件の村上世彰氏・・7億円
ゴーン氏を含めてさすが大物だけあって彼らはポンと出しています。

そもそも保釈金とは何かから私は勘違いしていました。
保釈金とは保証金、選挙で言う供託金のような感じで選挙でもある年齢を満たしており日本国籍所有の方ならどなたでも立候補は自由なのでしょうがそれでもひやかし・かき混ぜのような感覚で公的な仕事に就こうとする他の立候補者の方々の迷惑を避けるために意思確認として立候補時には供託金を納めます。
もちろんボロ負けさえしなければ選挙後に当選・落選を問わず全額返ってきます。
私は保釈金は裁判で執行猶予付きでも有罪判決が出れば返ってこないと思っていましたがどうも有罪・無罪関係なしに返ってくるようです。
これも選挙の供託金と同様に(私は公判が行われる前、期間中もおとなしくしていますよ)という保証金のような感覚で逃亡を図ろうとすればもちろん保釈の取り消しと保釈金の全額没収だそうです。

それでは人は思うでしょう、(金持ちはいいな、何でも金で解決できて)と。
そうではなくウン億円なんて高額な保釈金はもちろんレアケースで一般的には200万円から多くて300万円ぐらいが相場だそうです。
お金持ちの方に200万円の保釈金を積ませて「もし何かあったらこのお金は没収しますよ」と脅しても(ワシの行きつけの銀座のパブの一回分じゃ)と鼻でせせら笑うのは自明の理ですから抑止力の効いた高額に決めているそうです。

ではカルロス・ゴーン氏にとって今回の彼の保釈金(10億円)はどの程度のものなのでしょうか。
2016年、今から3年前のゴーン氏が表に出した彼の役員報酬だけ見てみれば・・。
ルノー社から8億8000万円
日産自動車から10億9800万円
三菱自動車から10億円と計29億9800万円に上ります。
あくまで会社からの1年間のお給料です。
後は海外での資産運用益は入っていません。
ゴーン欲(強欲)ですね。
う~ん、100億円ぐらい預かってもよかったのではと考えてしまいます。







この時期になると
春です。
Spring has Come!
でもこの時期になると困ったことになります。
長い冬に耐えてきた体の変調でくしゃみ・鼻水・目のかゆみを連発して花粉アレルギーなのか単なる風邪か判断に迷うのです。
しばらくはテッシュとハンカチを手元から離せません。

この冬は記録的な暖冬だったのでおそらく桜の開花が例年より早いだろうとみんなは言っています。
少し前までは桜は美しいとだけ思っていてもそう深く考察していなかったのですが私の周囲にも桜守りの人や園芸関係の方がいて彼ら・彼女らに教えられて少しづつですが興味が湧くようになりました。
まず、私の住んでいる高島市で一番早く開花するのはエドヒガンザクラ(江戸彼岸桜)。
これまではポピュラーなソメイヨシノ(染井吉野)が日本の桜の代表と思っていたのですがエドヒガンの方が品種的には古く、ソメイヨシノは片親がエドヒガン、もう片親をオオシマサクラとする比較的新種と教わりました。
エドヒガンの樹齢が100年、200年ともすれば300年、400年の古木としてあるのにソメイヨシノは盛りが50年から60年と現在の人間より短命とのこと。
そうであれば日本桜名所100選にも選ばれていて毎春多くの観光客で賑わう琵琶湖北岸海津大崎の桜もそろそろ寿命ということになります。
そこで桜守りの方々が何年も前から新木を植えて世話をされています。

春ともなればそろそろお祭りの話題が始まります。
今夜も地元のお祭りの打ち合わせがありますから顔を出させて頂こうと思っていますが昨日も近江八幡市の人としゃべっていたらそろそろ来週には左義長まつりがあるとのことでした。
歴史のあるお祭りで織田信長公の安土城下で盛大に祭られたとの記録が残っていますが後に太閤秀吉の甥である豊臣秀次により八幡山城に居を移し毎年行われている勇壮にして華麗なお祭りです。
ちなみに近江八幡の人々はこの街のことを(おうみ)と言わず、単に(はちまん)と呼んでいるようです。
いろいろありますが湖国の春はゆるやかにすすんでいます。



病魔に襲われる
今日から3月です。
暖かな朝を迎え気分爽快といきたかったのですが昨日辺りから悪寒と咳、鼻水に悩まされ、(これは風邪かな、最悪インフル?)と夜の間も眠れないまま朝日とともに起きだしました。
体温を測ろうと体温計を探しますが電池切れで役にたちません。
昔ながらの水銀計の方がいいなとこの時は思いました。
気晴らしにつけたテレビでNHKBSプレミアムにて「日本風土記・冬の釜ヶ崎」を観ました。
ドヤ街で日雇いしながらもたくましく生きている人々とそれを見守る人たちとの温かい心の交流を映したドキュメンタリーで思わず見入ってしまいました。
今日はおとなしく休みます。

食事に合う飲み物は?
休日の朝、食堂でテレビを観ながら簡単な朝ごはんを食べていました。
私はゆで卵とベーコンをカリカリに焼いたものに珈琲、妻はマーマレードを塗ったトーストと紅茶。
テレビはNHKの朝ドラ「まんぷく」。
日清食品の偉大な創業者にして日本が世界に誇る発明(チキンラーメン)をつくった安藤百福氏と仁子夫妻の物語です。
主人公の福子さん役には女優の安藤サクラさんがただ今、熱演していますので皆さま、観てください。
今日の話は遂に福子が天婦羅を揚げる動作にヒントを得た百福氏役の夫・萬平さんがチキンラーメンの原型をつくったところでした。
ラーメンを油で揚げて湯をかけて戻す、おそるおそる食べてみれば麺は見事に戻っていて・・美味い!と喜び合う夫婦。
感動のエピソードでした。
朝からテレビを観て涙するなど近年なかったことでした。

脱線しましたがゆで卵を食べながら妻の方を見れば彼女は紅茶を飲んでいました。
(食べ物に合う飲み物って何だろう?)素朴な疑問が頭をかすめました。
少し考えて出した結論は(それはいろいろ)。
一般的に和食は緑茶、洋食の軽食は珈琲とか紅茶、ハンバーガーやサンドイッチにはソフトドリンク、ホットドックにはビール、フレンチのコース料理にはワイン・・いろいろ別々、個人の好みです。
それではと考えて(水)、ただの水は?
水に合う食べ物はと考えて行きついたのはそうカレーライス!
カレーに緑茶やコーヒー、コーラなどは合いません。
カレーのスパイス感をリスペクトしてくれるのは雑味の無い(水)しかありません。

ただこれは私の思いつきではなく料理漫画の草分け的存在であり、金字塔でもあるビッグ錠氏の「包丁人味平」の中のカレー戦争の巻にてすでに立証されている話です。
ちなみにこの「包丁人味平」が世に出て認められたからこそ、その後の料理漫画・グルメコミックというジャンルが確立したと言っても過言ではありません。
挙げだしたらキリもありませんが、「美味しんぼ」・「クッキングパパ」・「ミスター味っ子」・「ザ・シェフ」・「将太の寿司」・「味いちもんめ」・「中華一番」・「トリコ」・「深夜食堂」・「大使閣下の料理人」・「食の軍師」・「食戟のソーマ」・「バンビ~ノ!」etc。
水に一番合う食べ物はカレーライス、だからどうしたと言われればそれまでですが・・。






突然のお別れ
今朝から高島市内では平野部も粉雪が降っています。
1年で最も寒い時期を迎えているせいか私自身の心の中もペシミズム(厭世主義)が蔓延しているようです。
それに加えて今週は長年にわたってお世話になった方のお通夜に参列して心労が重なりました。
突然の訃報を受け愕然といたしました。
最後にお会いしたのが昨年の夏だったと思いますがその時はお互いに笑ってしゃべっていたのになぜという思いがはしりました。
その方は昨年の11月に重い病気が見つかり、緊急で入院、薬石効なく、わずか2か月でお亡くなりになったのです。
本人の考えで入院を言わなかったそうですがご逝去の知らせを受けた方としてはただただ驚くほかなかったのです。

大変誤解を招く発言かもしれないので少し考えていたのですがやはり思いを吐露したいという誘惑が勝りました。
病気というものはあの世からの誘い、死の使者というものだけではなくある種の(救済)という一面もあるのではないかと思う時もあります。
もちろん生は素晴らしく、人生は意味あるものとは思っていますがそれでも生きていくことは疲れるものです。
精いっぱい、へとへとになるまで生き抜いて倒れそうなぐらい辛くなった時に病気が「もう無理しなくてもいいんだよ」と声をかけてくれることもあるのではないかと考えてしまいます。
今はただ故人のご冥福を心よりお祈りするのみです。

冬の朝
昨夜から少しいつもの寒さとは違うなと感じていましたが朝起きて外を見れば一面真っ白の雪化粧でした。
テレビのモーニング番組でもここ滋賀県高島市の画像が映っていましたが市内は全域にわたって降雪模様のようでした。
考えてみれば(考えるまでもないけれど)1月下旬から節分にかけては1年でも最も寒い季節になるわけでインフルエンザなども猛威をふるっているとニュースでもありましたから外出して帰ってきたら手洗い・うがいはマメに行いましょう。

真冬の怪
ブログで自身の赤裸々な体験を書くことはある意味、とても恥ずかしいことです。
それがいい大人ならなおさらのこと。
なんでも好きなことを書いていると精神的ストリッパーにでもなった気もします。
せっかく書き込むなら一家言あるようなそれらしいことを述べてみて世間の尊敬を集めたいと思うのは私だけではないと思います。
孔子は大人だったら「妖怪乱神を語らず」と戒めています。
いい歳して怪談話をまじめにするな、恥かくぞということです。
ですが私は語らずにはいられません。
受けを狙うとかそんな底意は毛頭ありませんがただ体験したことをブログに書き込むだけのことです。

私は少年時代、大変ビビりな性格でいつもおどおどと暮らしていました。
平成生まれの人は何を言っているのかわからないことと思いますが昭和の人ならああ・・と理解してもらえる比喩でしたらマジンガーZや仮面ライダー、あしたのジョーよりも怪奇大作戦やおばけの鬼太郎、どろろん閻魔くんを好んでTVで観る少年。
漫画を読むなら巨人の星やドカベン、侍ジャイヤンツより楳図かずおの(おろち)や古賀新一の(エコエコアザラク)、つのだじろうの(うしろの百太郎)を愛読する病弱な子どもでした。
ただ、超常現象とか怪奇という体験は結婚して子どもが生まれてからも一切なかったので私もやはり世の中には不思議などないんだなと京極夏彦のように考えていました。
それが4、5年前から50才を超えてからですがかなり頻繁に遭遇することになっています。

2019年1月13日正午過ぎ(つまり昨日)のことです。
私は自宅から車で5分ばかり琵琶湖岸の方に走ったらある、滋賀県人なら誰でも知っているスーパーセンターで買い物をしていました。
車は2階に停めました。
2階と言ってもスロープで上がって天井はなく、40台ばかりの駐車スペースがあり、空いているのでいつもそこに停めて買い物をしています。
買い物を終えて車の運転席に座り、バックで発車しようと思いましたが最近は慎重な運転を心がけているつもりなのでまずバックミラーで後方確認をしました。
すると腰が曲がったような老婆が買い物かごを押して私の車のすぐ後ろを通る様を見ました。
(あぶない、あぶない、確認せず出たら接触事故になるところだった)
もう車の後ろから離れてくれたかなと今度はサイドミラーを見ると・・あれ映っていない・・まだ車の後ろかな?
だったら声をかけてこちらがバックすることを伝えようと車から降りれば誰もいません。
考えられないシチュエーションです。
ほんの10秒ばかり前にはっきりとバックミラーに映ったのに、左右の車に乗り込んだのかとすぐに確認しても誰も乗っていないし、私の停車していた場所は直線なので若者がダッシュで走ったなら建物の陰に隠れることもありかもしれませんが間違いなく年配の老女だったのにと頭が混乱しました。
あれは霊かと不思議に思いながら帰りました。

最近はそんなことが多いのです。
昨年暮れにはある取引先の工場のトイレを借りた時、用を足して洗面所で手を洗っていたら隣に作業帽をかぶりマスクをした女性が同じように手を洗っていました。
その時は何も思わなかったのですがトイレから出た時は(あれ?確か男子トイレだったよな)と少しの間、トイレの前で立ち止まっていたのですが後から誰も出てこないのでおそるおそるトイレを確認しに入ると誰もいませんでした。
これを私の創作と読んだ方が思うのは自由ですが冒頭に申し上げたように嘘をついてまで記名でブログを書く意味が私にはありません。
実際に私が体験した話です。






昨夜の悲劇
私にとって入浴とは睡眠・食事と並んで疲労を回復する手段でありながら一日の精神的ストレスの解消、夏場は清潔に、冬は体を温め心地よい眠りに就くための(儀式)とも言えるものです。
バスタブに毎日お気に入りの入浴剤をいれたりして工夫もしています。
もちろん入浴だけではなく入浴後の快適さも追求いたします。
脱衣所にバスマットを置くのもその一つです。
せっかくほかほかの状態でお風呂から上がってきても足元がびしゃびしゃなら興ざめです。
マットでさっと足裏の水分を拭き取ってバスタオルで素早く体を包みたいものです。

冬なので我が家に幾枚かはあるバスマットの洗濯と乾燥が追い付かず、そのような時はしかたなくタオルを代用していましたがやはり気分と使い心地がイマイチなのでホームセンターで2枚ばかり買ってきました。
ふわふわの感触、適度に抑えたデザイン・・これならお風呂上りも楽しめそうだと早速その夜の入浴からひいてみました。
バスタブの中で(湯上りが楽しみだな)などと考えていました。
買ってきたばかりのバスマットを家族のなかで一番に使う・・・何か誰も踏んでいない新雪を踏みしめるようなちょっと幼心に通じる期待感。

お風呂場の戸を開けて、さぁマットを踏みしめようと思ったら視界に入ったのが我が家の飼い猫・ふくちゃん(スコテシュホールド・♂6才)でした。
一瞬、嫌な予感がしました。
彼は買ってきたばかりのマットの上でがんばっていたのです。
コロコロとフンが・・・・!
(コ・殺す!)
ターゲットは私の殺意を察知して「ニャン!」と鳴いて一目散に2階へ駆けあがっていきました。
台無しです、新雪のマットが・・憩いのひと時が・・私は天を仰ぎました。
昨夜の悲劇です。


誕生日を迎えて考えた
昨日は私的に誕生日でした。
妻や息子・娘が里帰りしていたので何とかのいない間に洗濯、いや静かにひっそりと過ごそうと思っていたら豈はからわんや、ブロ友・FBともだちの皆様から誕生日のお祝いメッセージをたくさん頂きました。
お亡くなりになった西城秀樹さんを偲んで「ヒデキ感激!」の気分です。
この年にもなると自分の誕生日が来て、またひとつ歳をとることが喜びではなく正直、憂鬱なのですがそれでも「おめでとう」と言ってもらえることは若い頃の何乗にも増して嬉しい事です。
唐突ですが今年もよろしくお願いいたします。

50を過ぎて世間的には(初老)となりました。
時間がある時に自分の顔を鏡でまじまじと眺めてみれば目の下には隈としわができ、頭髪はびんの辺りから白いものが混じり、皮膚からはみずみずしさが失われ、筋肉が弛緩して・・老人とまでは行ってないと思いますがりっぱなオヤジ・おっさんです。
FBに載せている個人の写真は最後の選挙に出る前に近江・今津浜で撮ったものですからもう4年前、何とか40代の最後だったと思いますので差し替えなきゃと考えたりしています。
10代の頃はテレビで刑事コジャックのテリー・サバラスや刑事コロンボのピーター・フォークを観ていて(こんな渋い中年になりてぇ)と憧れたものですが現実は残酷でした。
もちろん老いると言っても一人、ひとりに個人差や生物学的に個体差があり、父母から受け継いだ遺伝子情報や日々の生活習慣(運動・食事・睡眠など)、或いは精神の持ち方でかなり見た目に差異が出てくることはある意味しょうがないとは思うものの誰しもある程度の年になれば「若いね」と言われたいものですよね。

先日もテレビで(下町ロケット)を観ていました。
主演の阿部 寛さんは彼のプロフイールをみれば同年で同じ学校を卒業しているらしいのですが遭った、見かけた憶えがないもののそれはいいとして、「阿部さんも社長役やるような歳になったんだね、少し老けてきたのかな」と言うと妻が「自分の顔を鏡で見たことある?」というので前述の如く、洗面所まで行ったわけです。
見れば阿部さんではなくこれも同年のリアクション芸人・出川哲郎さん風の私が映っていました。

いづれにせよ人は誰しも年は取りたくないと願うものの、ゲーテの(ファースト)を紐解かずとも叶わぬ夢であり、せめて老境に入ってから無駄な時間を過ごしてきたなと後ろ指だけはさされないよう今のうちにがんばりましょう。


平成30年大晦日に自己の1年を想起してみる
今年も遂に大晦日となりました。
静かな朝です。
庭の松の木には雪が積もり、表道路を走る車もまばらです。
やはり師走という事もありバタバタした1か月だったのでなかなかブログを更新することもできませんでしたがやっと一息ついた感じです。

京都や東京の学校に通うために一人住まいしている長男や長女も冬休みということもあってここ高島・今津に帰省してきて久しぶりに我が家は賑やかさを取り戻したような感じですが私自身も休みに入り、朝は一杯の珈琲を片手に好きな本を読み、それに飽きると気晴らしに近所に買い物に行きそれなりの気ままな生活を楽しんでいます。
かっては公私ともに年末・年始もフル回転していた多忙な日々も嘘のように落ち着いた静かな時間を過ごせることは幸せなことと思っています。
明日、元旦なども以前は朝の5時に起きて雪がしんしんと降る夜明け前のまだ真っ暗な道を歩き、朝起き会に出席して年頭のご挨拶をしてから琵琶湖の浜に走っていき初日の出をみる会に合流して挨拶、それが終わると地元の老人会の集まりに顔を出して交流と1年の初めから走り回っていたことが遠い過去のようになりました。
もう飲酒運転に気をつけながら無茶な酒を飲むこともなくなり、睡眠時間も規則正しく取れるようになり、体調も快適に、体型もスリムに戻ってきました。
「私」は無理でも「公」はリタイアしたのですっきりした毎日を送ることができています。
好きな時に好きなものを飲んだり食べたりでき(或いは飲まないで)好きなことができるライフサイクルはとても大切なこととつくづく感じます。
思えば20年近くそんな生活習慣とは逆の方向を走っていたのですから。

今年の暮れも清水寺で発表された(今年の漢字)は『災』。
自然災害だけでも・・
2018年(平成30年)は年初から災害が多い1年でした。
1月23日には草津白根山が噴火、死者1名・負傷者11名を出しました。
2月5日から9日にかけて北陸を中心に記録的な豪雪。
交通障害が深刻な状況になり自動車に閉じ込められて凍死された方、道で行き倒れとなった方8名、負傷者90名を超えました。
4月には島根県西部でM6・1の地震発生、家屋倒壊432軒。
大分県耶馬溪では山崩れで死者6名。
6月18日には大阪北部でM6・1震度6弱の地震発生。
死者6名、負傷者443名、家屋全半懐532軒、一部損壊5万7000軒以上という大規模な被害が生じました。
29日には滋賀県米原市で竜巻。
負傷者8名、家屋倒壊100軒以上。
7月に入り西日本では連日の集中豪雨で広域大規模水害に見舞われ死者・行方不明者・床上浸水が多数発生。
何とも災害の多い1年でした。

私個人的な今年の漢字は『再』。
再起、再出発、再会、再開、再就職など再ずくしでした。
明日からはじまる新しい1年は皆様にとってどのような年になるのでしょうか。
どうぞ良いお年をお迎えください。








レジ前で考えたこと
今日は15日。
早いもので師走も半分過ぎました。
ここ高島もこの1週間でめっきりと寒さが強まり、朝方などは山肌にうっすらと白いものが見られたりもします。
これは降雪も近いと今日は車のタイヤ交換をしました。

近くのスーパーで買い物をしていましたがレジ前は大賑わいでカートを手に行列に並んでいました。
何となくですが考え事をしてしまいました。
レジ係の人は大変だろうな。
忙しいお仕事だ。
正直なところ手先の不器用な私なら務まらないだろう。
しかし、この仕事もマスコミによると近い将来はAI化・自動化で無くなる職種と聞いた。
中国(上海)ではすでに無人コンビニもオープンしていると聞く。
働き方もずいぶんと変わってきそうだ。等々。
それと同時にこんなことも考えてしまいました。
政府が年金の拠出年齢を70歳に引き上げることを検討し始めている。
しかし現行の年金65歳から5年もアップするのであれば労働者も60歳定年から10年のスパンはとても持つまい。
(自営業者は別ですが)
たぶん、企業定年も法改正により65歳となる日が近いだろうが果たしてこれがすんなり経済社会に馴染むかが問題。
韓国の文政権が最低賃金の引き上げをしたが企業サイドは雇用の縮小でこれに応えており、若者の失業率が都市部でさえ10%を超え、政権支持率の悪化を招いているのは周知のこと。
政策が経済を主導することは本当に難しいことだと思うと。

レジで待っている間にそういえば、昔は海外出張で渡航してよく税関に並んだものだと述懐していました。
あの頃は太っていて税関の職員に腹に何か捲いてないかとよく訊かれたのを憶えています。
懐かしくも恥ずかしい思い出です。


今年も師走
いよいよと言うか、とうとうと言うか、今年も師走に入りました。
慌ただしさのなかに何か気分がちょっぴり高揚する季節です。
昔の人がこの時期に言っていたのを思い出します。
「これで年が越せる」
なんで?なにで?年が越せなかったらどうなるの?と子ども心に思ったものです。

TUTAYAをぶらぶらしているうちに目に止まって昔のDVDをレンタルしてきました。
ケイト・ブランシェトが演じる「エリザベス ゴールデンエイジ」
映画を観ながら私の輝いていた日々はいつ頃だったかなと考えていました。
結論・・ありません、そんなもの。
生まれてこのかた、長じるに、世俗にまみれながらも、いつも不安と不満を持っていたのが私の実情でした。
(これからどうなるのだろう)、(こんなことでいいんだろうか)と葛藤しながら生きてきたのです。

あれは私が30代後半、JCを卒業して数年経った先輩方と一緒に飲んだ時のことです。
30代と比べて40代の今はどうですか?とお尋ねしたところ、口々に40代は素晴らしく充実している、この40代を迎える為に30代があったんだと思うと話されたのを羨望の思いで聞いていたのを映画を観ながら思い出しました。
(いいな、この人たちはゴールデンエイジを迎えたんだ)と心中、軽く嫉妬したものです。
その後、私が迎えた自身の40代は昭和の歴史さながらに前半は怒涛と喧騒、後半は祈りと復興。
50代の今となっては高度成長もバブル経済もなく、いきなりデフレと就職氷河期。
そう、私の50代前半はまさに今の平成の世相まんま。
とてもしけた話です。

昨日は大津で自民党県連の政経パーティが開催されました。
党籍を持つ私も招かれましたが出席しませんでした。
来年は春に統一地方選挙、夏に参院選挙が予定されています。
公認・推薦を受けた立候補予定者が壇上で紹介されましたがそれはある人から送ってもらった画像で拝見したぐらいです。
私が政治の世界に復帰するなら次の選挙は無所属と決めています。
政党推薦は受けるつもりがありません。
理由はたったのひとつ。
政治的在野にいること4年、政党がいかに庶民感覚から乖離したところにあるかが身に染みてわかったからです。
しかし、これは政党政治を否定したものではありません。
政治家は国民の命と財産を守るべき仕事をさせていただくものである以上、常に現実的であらねばならないというのが私の持論でもあります。
政党のお世話にならず、一から立ち上がってこそ見える風景も変わるものと考えているだけです。

ここは抗議するしかない
だんだんと秋が深まりいい感じと思っていたら暦の上では立冬を過ぎていたようです。
もう冬なんですね。
今年の夏があまりに猛暑だったので肌感覚では少し涼しいぐらいかと思っていたら一昨日あたりから寒さを感じてそろそろ冬支度をしなければと考える昨今です。

関連は無いのですが今朝はガソリンスタンドに洗車に行きました。
昔は家のガレージ前でホースとカーブラシを持ってゴシゴシやっていたのですが寄る年波で億劫になり、洗車は機械洗いが一番と決めています。
それにタイヤ交換を頼んだ際にサービスで洗車券をもらって、使おうと考えたからです。
いつもはシャンプーのみか、ワックス付き洗車で済ましていますがこのチケットはプレミアム洗車優待なのでありがたかったです。

スタンドの事務所に入っていって30代ぐらいでしょうか、男子店員さんに「すいません、このチケット使いたいんですけど」と見せると、「はい、わかりました!今、セットしますね」と洗車機の方へ。
「オプションで泡ジェット洗車か下部洗浄を選んでいただけますが・・」
そこで私は5秒ほど考えました。
どうしょう・・下部洗浄といってもまだ路面から融雪水も出ていないから車の下部は汚れていないし、ここはしっかりボディを洗いたいので泡ジェットにしようと思い、「泡ジェットでお願いします」と言いました。
「かしこまりました」と店員さんは下部洗浄のボタンを押しました。
おやぁ?なぜかな・・私は泡ジェットをリクエストしたのに・・。
意に反して下部洗浄が始まりました。

ここで性格が出ると思います。
注文が違ったらすかさず抗議する人としない人(できない人)。
私は後者で泣き寝入りをします。
この店員さんが愛想よく対応してくれているのでここでクレームを出して流れを変えたくないという人間関係重視派です。
利害優先派にはなりきれない甘ちゃんです。
コンビニで肉まんを注文してあんまんがきても黙々と食べることもありました。
穏便に、何事もなく、波風が立たなければそれでいい・・でも悲しいです。




眼圧が高いね
あれはもう半月ほど前のことでしたか。
窓ガラスを布巾で拭いていた私は少し他の事を考えながら作業していました。
突然、バッシ!という音と右目に強烈な痛みを感じてその場にうずくまりました。
しばらく目を押さえて様子をみていたら初めは目が開けられないほどだったのが徐々に痛みも引いて右目も開けられるようになりました。
何だったんんだとガラスに近ずいたら15センチ角程のプラスチック版が転がっていました。
どうやらテープで窓ガラスに留めてあったのを上下に拭いた際に押し上げて飛んで来たようでした。
やはり作業する時はちゃんと集中せにゃならんなとその時はそれで受け流していた私でした。

その日の夕方、ある人としゃべっていたら、「あれ?石田さん・・目が真っ赤ですよ」と指摘を受け、慌てて鏡の前に行って見てみたら右の黒目のちょうど右半分の白目部分が真っ赤になっていました。
まるでドラキュラ映画に出てくる怪人のような感じで。
これは出血からきてるなと身に覚えがありながらさりとて特に痛みもなく、目もちゃんと見えているのだからそのうち何とかなるだろうと植木等のように(古い!)考えて放置することにしました。

それが一日経っても二日経っても真っ赤な目はそのままで周囲も眼科に行ってちゃんと診てもらったらと勧めてくれるのでネットで調べて生涯初となる(大袈裟な・・)眼科医さんの門をくぐったのでした。
もう夕方でしたが案外患者さんは多くて受付に行ったら看護師さんが何も言わないうちに「あら、目が赤いですね」と察してもらえて診察カードに名前や住所、症状などを書き込んで保険証と一緒に渡して診察の順番を待つことになりました。
待つことおよそ20分ばかりか私の名が呼ばれて診察室に入ると下あごを台に載せて望遠鏡を覗き込むような検査機械に座るように言われると野原にぼんやりと何かが浮かんでいる写真で撮ったような光景が広がっていました。
「風船が見えたらレバーのスイッチを押してください」と女性の看護師さんに言われてみると、なるほど徐々に青空に浮かんでいる風船が見えてきたのでカチャカチャとボタンを押していました。
「今度は風が当たりますがそのまま目を開いたままにしておいてください」と言われると機械からブワーと目に風が強めにあたりました。
言われたとおりに目を開けておこうと思ったのでしたが風の勢いでどうしても閉じてしまいがちでした。

検査が終わって看護師さんが「左目の眼圧が高いですね、言われたことありません?」とおっしゃいました。
眼圧?眼圧って何やろ?初めて聞いたわ・・でも今まで言われたことも無いので取りあえずありませんと答えようと思い「いいえ、ありません」と言いました。
その後、診察室の奥に通されると男性の先生がいらっしゃって診察を受けましたがどうも心配していた眼球の損傷などはなかったようで点眼薬と飲み薬を出して頂き、内出血なので1週間ばかりで元にもどると診断を受けて病院を辞しました。
その診察通りに目の出血は引きましたが私は看護師さんから言われた(眼圧が高い)という言葉が頭から離れず調べてみることにしました。
だいたい、血圧が高いとかはイメージがつくけど眼圧って何だろうか?

眼圧・・眼球は丸い球形をしていて正常な大きさや形を維持するための圧力を(眼圧)というそうです。
それが異常値になるとピントが狂ったりして急激な視力の低下が起こり、最悪の場合は緑内障などを引き起こすと言われています。
眼圧を調整しているのは眼球にある(房水)と呼ばれる体液だそうですが目の酷使、ストレス増加、食習慣、運動不足、睡眠不足などで減少した際に眼圧を高めると言われている(そうです)。
ちなみに日本人の平均眼圧は10mmHg~12mmHgだそうでそれが25mmHg以上になると(眼圧が高い)と言われるそうです。
そうか、私の左目の眼圧は25mmHg以上なのかと納得。
でもmmHgという単位がわからない・・これも初めて聞いたねと人生は未知の太洋を航海するが如しと思っている昨今です。








朝の珈琲☕
秋も深まりを見せそろそろ街路樹が紅葉を始めています。
明日はハロウイン。
この欧米の風習というか行事が日本でも定着あるいは市民権をもちつつあるのかなとマスコミ報道を通じて感じたり、国会では移民法の改正法案が審議されていたりでなかなかかまびしい思いがしています。
アメリカのトランプ氏の台頭、ブラジルで超右派大統領の当選、ドイツの社会主義勢力の敗退など国際社会は明らかにブロック経済ならぬ1国主義・保守化されてきている傾向が見られるのに日本の場合は働き手の減少の為に廃業・倒産などの件数が増加しているにも関わらず賃金の上昇は低位置で抑えられ、個人消費は伸び悩み、更には来年からの消費税増税で更なる不況の連鎖が十分予想されつつある時に外国人労働者の受け入れ枠の拡大と世界に開かれた日本と威張ってみても国民理解は得られるのかと心配になります。

そんな身も心も少々寒々としている私を慰めてくれるのは朝の一杯の珈琲です。
珈琲に含まれるカフェインは頭をすっきりとさせてくれるとともに気分も爽快に導いてくれる効果があるのはよく知られていますが同じく他の飲み物、緑茶や紅茶にもカフェインが含有されているのに珈琲ほどの覚醒効果が感じられないのは不思議です。
珈琲の持つ香り、苦味、酸味は朝の私をリフレッシュさせてくれる不思議な飲み物です。
今朝は好天。
朝日が道を金色に照らす様を見ながら珈琲を楽しんでいます。
小さい男
最近、私は何て小さい男なんだろうかと悩むことが多くなっています。
昨日も近くの平和堂で買ってきたグリコ・プッチンプリンを冷蔵庫に入れました。
プッチンプリンは子どもの頃からの好物で昨今の妙に凝ったプリンと違い、いかにもスタンダードな味わいであのカラメルの甘くて少し焦がしたようなほろ苦がさがクセになるのです。

しかし、私がお気に入りのスイーツを買って来ても次の日にはなくなっている超常現象が起こっているので防衛の為に(祐介)とマジックで自分の名前を書いておきました。
なのに・・それでもプッチンプリンは冷蔵庫から消えていたのです。
whY?Who?What?
謎は深まります。
思いあまって次男に訊きました。
「私のプッチンプリンがないんだけど?」
「昨日、ママと食べたで、それにしてもプリンにまで名前を書くとは小さい男になったな、パパは」
これは屈辱でした。
小さい頃から育ててやった息子から小さい呼ばわりされたうえにプリンまで取り上げられるとは・・・
確かに50を過ぎてお菓子に名前を書くのも如何なものかと私も思っていましたが誰でもやっているでしょうと訴えたかったです。

昭和の名残り
あまりに暑かった平成最後の夏。
本当に死ぬのではと思いました。
もしエアコンがなければと思うと背筋が寒くなり、文明の利器に感謝します。
その亜熱帯体験から体が抜け出せず秋もそろそろ深まりつつあるこの連休もTシャツに短パン姿で過ごしています。

さて平成もあと半年ほどで終わるわけですが昭和生まれの私としては何だか時代に取り残されていくような気分で少し寂しい思いもしています。
平成も30年間、いろいろなことがありました。
個人的には結婚したのも生まれた3人のこどもたちも平成婚と平成生まれ。
仕事が軌道に乗ったのも破たんしたのも平成年間。
実に実にいろんな出来事が次々と起こり、過ぎ去っていった平成。
平成は私に何を与え、何を奪ったのか・・いや私は平成という時代にどう向き合っていたのかと考えることしきりです。

俳人の中村草田男は1931年(昭和6年)に母校の松山中学を訪れ校庭を眺めながら「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詩っています。
草田男は明治34年生まれ。
大正・昭和と激動の時代を過ごした感慨と明治へのノスタルジーが蘇ったのでしょうか。

昭和と言う時代は西暦では1926年に始まり、1988年の63年間で終わっています。(いわゆる昭和64年は昭和天皇崩御の為わずか7日間しかなく1989年は平成元年となる)
この昭和生まれと言うご同輩は現在、上は93歳から一番若くてつまり昭和63年生まれで31歳と今の日本社会の中核的存在です。
昭和生まれが今の日本を引っ張っていると言っても過言ではないと思います。
ですがいづれ、いつか、草田男の俳歌ではありませんが「昭和は遠くなりにけり」となる日が来るのでしょう。
先人もいつかは後続に抜かれる運命にある・・・後世畏るべしです。


災害大国日本
今夏は本当に自然災害に見舞われる日本列島。
今日はつぶやき程度にいたしますが昨日発生の北海道地震にも驚きました。
北海道で震度7とは想定を超えています。
電力の供給も道内ではままならない状態と報道されていますが一日どころか一時間でも早くインフラが復旧されますことを願っています。


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