ゆうすけブログ
ある淋しさ
週末に入った今日は良いお天気に恵まれながらも夕方になってくれば少し肌寒さを覚えました。
そのような爽やかな一日でしたから午後から湖北へドライブに出かけました。
長浜の木之本から湖岸を通って右手に陽光きらめく奥琵琶湖を眺め米原まで走りました。

その際に昔見たものが沿道からすっかり消えていることに気が付いたのです。
(無人販売所)
道路沿いに地元の野菜が置かれ、客はお金を入れて取れたてのトマトやキュウリ、ジャガイモなどを買うシステムですがいつの間にかどこにも見当たりません。
道の駅などに行けばこれらの生産者の顔がわかる野菜は同様に販売されているのですが。
農家の方に訊いてみればあれはやめたとのことでした。
お金を払わずに持っていく、ひどい時にはお金すら盗っていかれるというので誰も出さなくなったそうです。
本当なら悲しい、淋しい話です。
人と人との信頼に拠っているちいさな絆が否定されたような気分になります。
人生は一篇の小説
暖かいのだか肌寒いのだか何だかわからない日が続いていますね。
こんな時は体調の調節(なんか変な言い回しですね)がうまくいかない方も多いのではないかとご自愛をお願いしたいものです。

さて「人は誰しも一本は小説を書くことができる」と言われます。
2本目はわかりません。
3本目も4本目もどんどん書ける人はベストセラー作家になれます。(なります)
ですが1本目(1作目)は自分の人生・体験談を書けばすごい小説になります。

「人に歴史あり」と言われているように特別有名人でなくとも人として成長してきて社会のハードルを越えていったり、落とし穴にはまったりとさながら障害物競走のような人生が誰しもに用意されているからです。
自分が競技に参加している時に他人の走り方に興味を覚えるのはあながち不自然ではありません。(むしろ覚えるでしょう)

初恋・仲間・恋愛・友情・勉強・受験・就職・結婚・昇進・左遷・子育て・介護・倒産・借金・失業・離婚・再出発・務所暮らし・闘病・・・
楽しいハッピーなことや打ち砕かれる絶望がさざ波、大波でやってきて笑いと涙と傷心と興奮がなにか混ぜ込みとなって私たちを襲ったり、訪れたりしてきて人は何かを悟ることになります。

「男は失敗談を好み、女は成功談を好む」とも言います。
これは裏返せば男はいつまでも夢を追いかけるので自らの戒めの為に、女は人生の現実を知っているので夢を追いかける為にとも解釈されます。
人生の主人公は自分自身・・そんな真剣な物語を他人は読みたがるのです。




国際間の信義にどう向き合うのか
迂遠かもしれませんが日本の開国時の話をさせて頂きたいと思います。
言うまでもなく江戸幕府が260年の太平の眠りから目を覚まさせられて諸外国と条約を結んだ件です。
まずアメリカと日米和親条約を結びました。(1854年)
次に日米修好通商条約。(1858年)
これにより日本は関税自主権を完全に喪失し、治外法権により日本滞在の米国人への裁判権を執行できなくなるのです。
いわゆる不平等条約です。
これは独立国家として誠に面目が立ち行かない事態でありその後の明治政府は条約改正に躍起になりました。
関税の問題でも現在でさえTPPがあれだけまとまらないのは国家の利益に直結したことだからです。
鹿鳴館でのダンスパーティなどは媚態外交の現れと当時も批判されましたがこれも日本は文明国の一員であると当時の帝国主義の嵐が吹き荒れていた世界情勢にアピールする涙ぐましい努力だったと思います。
当然、アメリカだけで済むわけもなくイギリスと日英和親条約、ロシアと日露通商条約、オランダと日蘭和親条約、フランスと日仏修好通条約、プロイセンとイタリアと・・・・とにかく世界中の当時の列強とは一方的に不平等な条約を結ぶことになりました。

国際ルールに則り、条約の一方的破棄は(戦争)につながります。
当事国としてはそれだけの覚悟がなければ条約破りはできません。
また、国際間信用も無くなり、世界の孤児となります。
日本がアメリカと日米通商航海条約を結び、完全に関税自主権を取り戻したのが1911年と第一次世界大戦勃発の3年前であり、それまでに日清戦争や日露戦争などという夥しい血を流すことをやむなくされていました。
日本人として相当の努力と犠牲の上で平等条約を勝ち取っています。
アメリカとの最初の不平等条約を結んでから実に57年の歳月が流れていました。

日本が結んでいる現在の不平等条約は(日米地位協定)だと指摘されています。
基地の所有権や負担、航路や空路の優先・占有、裁判権の有無(これで沖縄でも米兵による女性乱暴事件などで大問題となっている)など改訂しなければならない課題が多いのは事実です。
同じ第二次大戦敗戦国でもドイツやイタリアは冷戦勃発時に大使館の敷地以外の地位協定は完全に回復しています。
地位協定が正式に結ばれたのが1960年(昭和35年)ですが現在は2017年、ちょうど日米和親条約を覆したのと同じ57年という歳月が流れていますが政府としても憲法改正議論と同時に地位協定の見直しをそろそろテーブルにのせるべきです。

長々とブログで書きましたが今夜にでもお隣の韓国も大統領が決まるようです。
先走りしますが文在寅(ムン・ジェイン)氏の当選がほぼ確実の情勢となっているようです。
この方、1953年の生まれで済州島出身、弁護士・市民活動家・国会議員の肩書を持ち、バリバリの反日家。
私としてはもはや誰が韓国大統領に当選しても日韓の未来志向は前向きに望めない状況なのでどうでもいいいのですが一点だけどうしても気になることがあります。
それは文氏が選挙戦を通じて慰安婦問題をめぐる2015年の日韓合意の見直しというより一方的不履行を訴えていることです。
これを韓国のマスコミは概ね好意的に報道しています。(朝鮮日報・東亜日報・中央日報など3大紙を始めとして)
韓国は朝野狂っているなと私は思っています。
日本でも選挙の公約と言うものは内政問題が主体となりますが、もし外交や安全保障をマターにするなら当時国同士の(交渉を再開する)というところで留めねばなりません。
それを(破る・破棄する)ということを訴えるのは「私が大統領に当選した暁には日本と戦争をします」と宣言しているに等しい行為です。
これを非常識と批判するメディアがかの国にはないのでしょうか。
韓国内では(政権交代)が行われるのだから当然だという意見があるようですが選挙は(革命)とは違います。
選挙は政権に民主的正当性を与える為であって前政権が交わした条約・協定・覚書を当事者同士の話し合いも行わず破棄する行為は革命政権とみなされ日本のみならず全世界中で韓国はまともな民主国家と取り扱われなくなることを覚悟しなければなりません。
日本でも選挙を経ずして政権が交代した明治維新政府が前任の江戸幕府と諸外国との不平等な条約改正に誠実に取り組んだので57年もかかったのです。
これは国際間の常識です。
ましてや選挙を行っている国が何をか言わんです。
韓国の民度を疑われることになるでしょう。
もっと言わせてもらえれば慰安婦問題自体が言いがかりから発生しています。
しかし、これは話し出したら長くなるのでここでは触れませんがそのことをお互いに乗り越えての2015年日韓合意だったはずです。
文新大統領に期待の欠片もしませんが日本人の1人として以上のことは主張します。







地方創生の着地点
GWも今日の日曜で暦上も終わりとなり、みなさんそれぞれの連休をお過ごしだったことと思います。
リフレッシュできた方、世間は休んでいても頑張って仕事をされてこれから休みが取れるという方、人生いろいろです。

昨日もお昼が少し遅くなったのですが何かお腹に入れようと京都十条のガストに入りました。
注文を入れて料理が来る間にもう一度メニューを見ようとテーブルのスタンドに手を伸ばすと『ふるさと納税カタログ』が差し込んでありました。
「どうぞご自由にお持ち帰りください」とも書かれていました。
相変わらずお盛んなことだと少し気分が萎えました。

以前、このブログで(ふるさと納税)は税として極めて不安定な上に徴収原理としての公平性が担保されておらず納税者からみて不公平なものであると批判しました。
その意見は今も変わっていません。
もともと税と言うものは①所得税②消費税の2種類に分類できるものです。
入り口で取るか、出口で取るかの違いで、この(所得の補足)をきっちとしておれば個人が得た収入に更に課税しているのですから法人税や相続税は突き詰めると(二重課税)の批判を浴びることとなります。
それでも日本ではトーゴーサンと言われサラリーマン10割、個人事業主5割、農林水産業者3割という所得捕捉率のアンバランスがある為に(漏れている課税対象)として渋々認めているわけで今後はマイナンバーの活用などで捕捉率の向上も見込めるわけですが同時に二重課税として甘めに見ていた部分の排除も納税者としてはチェツクしておかないといけないと思います。

話が横道に反れましたが(ふるさと納税)と並んで地方創生の目玉と言われているのが(プレミアム商品券)です。
これはふるさと以上に問題がある施策ではないかと思えてなりません。
平成27年12月に滋賀県甲良町の当時の議長がプレミアム商品券購入の制限を大幅に超えた大量買いが発覚して辞任するという事件がありました。
他の自治体でも同様の立場を利用して大量に取得していたという事例は後を絶ちません。
ご存じのように1万円で売られていたとしても1千円のチケットが12枚ついていて2千円お得というのがプレミアムなのですがこのお得幅は(国庫負担)つまり税金です。(国民負担とも言えるでしょう)
買い求める人は朝から行列、ネットでは転売され、抽選に漏れた人は知らないうちに負担させられているというのはどうでしょうか。
これで地方創生に繋がるかと言えば過去の(地域振興券)や(定額給付金)と同じで税金のバラマキ批判は免れないところです。
穿った見方をすれば万が一のデノミ(通貨価値の下落現象)が発生した際の(新円切り替え)までのつなぎとしての社会実験ではないかと警戒している複数の識者からの指摘もあります。
プレミアム商品券が地元商工会と組んで販売されたとしても地元自営業者の売り上げにつながるのならまだしも大半はスーパーや大型量販店に向かうだけですから地域活性化に何ら貢献もせず、更に消費の先食いを起こしデフレに拍車をかけるだけとなります。

地方創生と言うは易し、行うは難しですがもしかして地域住民としては人口減少がこの先にどうしても避けられない現実を認めた上で穏やかにスローに街のありかたを見つめ直して柔らかな着地(ソフトランディング)を考える段階に入ったように思えてなりません。
人が少なくなったから(昔に比べて)活力が無くなると嘆くだけではなく、それでも物質的にも精神的にも豊かに自立していける方法がきっとあるはずです。
政府としてもバラマキなどの対症療法ではなく地方の英知を汲み上げながら仕組みづくりのお手伝いをする気持ちぐらいの方が上手くいくように思います。






開いた口がふさがらない
今村雅弘復興大臣が辞任とは言え事実上の更迭となりました。
問題発言、「東北でよかった、むしろあっちだったから」と一昨日都内のホテルで開かれた自派(二階派)のパーティでの発言です。
これには安倍総理がただちに陳謝、電撃的に解任を行った由です。
しかし任命責任を問われることは必定でしょう。

あの東日本大震災を日本人は忘れることはなく、忘れられもできません。
死者行方不明者は18、446名と発表されており全壊・半壊家屋401、885棟、避難者は実に40万人以上(現在でも123、000人以上が避難生活をされている)、停電世帯800万戸以上、断水世帯180万戸以上と自然災害としては我が国始まって以来ともいうべき未曽有の大災害でした。(原発問題は自然災害ではないという意見は当然ながらですがここでは触れません)

今村大臣の言動には復興相としての資質に大いに疑問な点があり、今年に入った1月28日の(原発災害からの福島復興再生協議会)の場で「復興はマラソンで例えると30キロ地点だ、これからが勝負」と挨拶し、同席していた福島県知事から「避難指示区域を解除された地域でさえまだスタートラインにたったばかり、まして解除されていない地域においては・・まだ序の口だ」と反発を受けています。
今月4日に閣議後に行われた会見では自主的避難者の無償住宅使用の打ち切り措置について記者が質問すると切れて「出て行け!」と怒鳴る始末です。
しかも「あれは自己責任だ」と暴言ここに極わまったかのように感じました。
それが極まらず先日の発言、「東北でよかった」です・・・(;´д`)トホホを通り越して開いた口がふさがりません。
都心だったら災害規模がもっと拡大していたということを言おうとしたようですが論点がズレまくっています。
今村氏は経歴をみると当選7回のベテランですが「親の顔が見たい」ということわざから見れば7回も国会に送ってくれた地元選挙民の顔に泥を塗ったようなものです。
東大法学部卒業とありましたが最高学府の権威にも同様の失態で失礼ながら知識はあっても知性が乏しいと判断されても仕方がないところです。

私は別に(正義の味方面)をしたくてこのようなことを申し上げているのではありません。
私の愛する自由民主党の顔に泥を塗ってくれた今村氏に憤っているだけです。
あの2009年(平成21年)の「政権交代」の悔しさをもう忘れたのかと言いたいだけです。
最後の麻生政権の時には国民の支持と流れは完全に民主党(現民進党)に移っていました。
7月21日に解散に追い込まれ、その後の選挙戦を通じて308議席と圧倒的に信任された民主党政権が誕生した時、「もう一度自民党の出番をつくろう」と歯ぎしりしていた人たちの苦労を忘れています。

経済政策が稚拙だとか、官僚の言いなりだとか、外交では失点ばかりだとか言われた挙句に最後には漫画ばかり読んでいるから国会答弁でも間違えるなどと言われる首相や絆創膏を貼って記者会見に出ただけで袋叩きの農水相とかあれやこれやで国民から自民党政治の限界を指摘されまくっていた時に「それでも日本には保守政党が必要です」とマイクを持って演説していても聴衆から腕で大きくバツ✕マークを出されたあの悔しさは忘れられません。

あの時も閣僚の問題発言、失言、暴言がどんどん出ていました。
もっと緊張感を持てと言っていましたが地方組織の歯がゆいばかりの思いは当時の国会議員には届きませんでした。
今村氏は辞任した方がいいです、閣僚だけではなく議員を。
夏目漱石が小説「坊ちゃん」の中で卑怯な赤シャツ教頭をこてんぱんに殴りつけるシーンがあります。
「天網恢恢疎にして漏らさずだ!」
天は悪人を捕まえる為の網を使いますが粗くて漏らしてしまうことがあるかもしれない、だけど悪い行いをしたものは結局は逃れられないという意味だそうです。

後味が大変悪くなりました。
1つだけ嬉しいこともあります。
ネットやツイッターで今村発言の後に「それでも私は東北が好きです、誇りを持っています」、「風土や景色、食べるものすべてがいいです」と多くの投稿があることです。
私のように揚げ足取りではなく故郷への限りない思いを素直な気持ちで表せる人たちが大勢いるのはなんて素敵なことかと感じます。
これだけで日本に生まれてきてよかったと思えます。











ポピュリズムの時代
昨日、トランプ大統領に触れましたが彼が世界のメディアに登場した時は過激な発言から「彼はポピュリズムを煽っている」と一斉に批難されていました。
本当に彼はポピュリスト政治家なのか、それは今後の言動から判断されるべきものでしょうが選挙中に彼が掲げた「アメリカファースト」(アメリカ第一主義)が移民政策や産業転換により貧困層に落下した中産所得層から支持を集めたことは事実です。
これには先進諸国も警戒し「行き過ぎた保護貿易や世界規模での問題を自国の利益のみで図るという姿勢は孤立主義に陥る」と先の大戦の教訓を持ち出しています。

『ポピュリズム』をウィキぺデイアで検索すると「一般大衆の権利や利益、願望、不安、恐れを利用して大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想または姿勢。戒めの意味から大衆迎合主義と言われる」とありました。
この記述はギリシャ・ローマ時代からあるようでラテン語が語源となってもともとは(エリート)の対比から(民衆)の意味で発しているようです。

先日、fBでの友人であり社会学者の早川洋行氏から氏の労作である論文「新幹線新駅中止ー地域社会のドラマ分析ー」を寄贈頂き早速拝読しました。
私としても第一線の学者から出来立ての論文を頂くことは初めてであり、しかもテーマが(思い出の栗東新駅)だったものですから大変興味深く読ませていただいたものです。
論調は社会学的に氏の編み出された「ドラマ分析」という斬新な手法を用い、文字通り切り込んであるもので数々の資料と関係者へのインタビューなどを上手く処理された読み応えのある論文でありました。
私も栗東新駅騒動(あえてそう言います)の頃は二次的に関係者の末席にいたように思えますから早川氏には「この問題は今までマスコミに数々取り上げられましたが全体を俯瞰して論じられる資料もなく、この論文によってこれから(栗東新駅問題)を参考にしようとする自治体関係者にはメルクマール(道標)となるに違いありません」と謝辞を送っています。
公正な記述で進められている論文でありましたがその中で珍しく早川氏が手厳しく自らの主張をされている箇所があります。
「有権者はそろそろ、こうしたポピュリズム政治家をポピュリズム政治家として、冷静にとらえるリテラシーを持つべきではなかろうか」(-P111ーL5)。

当時の滋賀県自民党県議団も栗東新駅問題には真っ向から嘉田由紀子知事(当時の)に論戦を挑み、2006年12月定例議会では滝一郎県議(故人)が代表質問に立ち、「議会でも承認されている新駅建設を民意と言って別の方向からひっくり返すという政治手法をとればそれは衆愚政治に陥る」と嘉田知事を批判しました。
これを逆用したのが嘉田氏であり、その後の政治集会や氏の主宰していた「対話でつなぐ滋賀の会」(いわゆる対話の会)の会合では繰り返し「自民党は県民の選挙での意思を゛愚民政治゛と罵った」と選挙民を煽り続けたのでした。
結果として2007年4月に行われた統一地方選挙において自民党議員は結党以来初の過半数割れの惨敗、嘉田氏を支持する地域政党「対話の会」や國松県政時には栗東新駅賛成を表していた民主党(現民進党)も嘉田氏が当選してすぐに新駅反対に方向転換した節操の無さが功を奏して躍進しました。
滋賀県議会初の革新系議長が誕生したのもこの年でした。

話をポピュリズムに戻しますが最近脚光を浴びている小池百合子都知事はポピュリズム政治家と呼べるのでしょうか。
何となく嘉田由紀子知事と近似値を感じるのは私だけでしょうか。
両者ともあえて緑色の衣服を好んで着用して嘉田氏は(対話の会)でしたが小池氏は(都民ファーストの会)。
またファーストです。
政策は前任者の否定(破壊)と代替案の用意の無さ、嘉田氏は県財政への危機を小池氏は環境問題をそれぞれ有権者に煽りました。
小池知事のいう築地新市場の一括売却がよく見積もって4370億円で手放したとしても東京の都市計画としては大きな齟齬が発生する恐れが強すぎます。(オリンピック開催なども含めてです)

この辺りを自民党都連は指摘するのですがすでに熱狂モードに入っているファースト軍団は聞く耳を持たないようです。
かなり悪いタイミングであと3か月後には都議会議員選挙がありますが自民党本部の選挙情勢調査では自民党はかなり苦しい戦いを強いられています。
躍進すると見られるのは(都民ファーストの会)。
地滑り的勝利が今から予想されます。
今月都内のホテルで開かれた(自民党都議会決起大会)では安倍総理も駆けつけて「出来上がって間もない地域政党には都政の運営ができない」と語気を荒げました。
民進党に至っては議席ゼロも考えられる事態で沈む船から逃げるように離脱者が出ています。
この党の場合は国政レベルがガタガタなので長嶋さんが逃げたり、細野さんが距離をおいたりで蓮舫二重国籍執行部もイライラしていいます。
公明党も都議選挙には昔から一段の執着を見せてきました。
なりふり構わず小池知事へすり寄りを見せています。
怒った自民党選挙対策本部長名で全国都道府県連幹事長に「次の総選挙時には公明党との名簿交換を禁じる」と文書が出ました。
自公連立も20年にして軋みが出ているようです。
ここは私見ですがポピュリズム政治を仕掛ける者は今後も尽きないとは思いますが民主主義を退廃させない為にも有権者がいい意味で(判定眼)を持つことが肝要となります。
そうでなければ次に来るものは大衆が忌み嫌うものとなりかねないからです。








米空母打撃艦隊半島へ
明日(4月25日)は北朝鮮・朝鮮人民軍の創設記念日である建軍節だそうです。
この日を記念しておぼっちゃまくん・金正恩委員長は軍事パレード以外に何かやるという噂が前々から漂っていました。
最悪なのは(核実験)です。
実行すれば今でさえ世界中の民主主義国家と国民から白眼視されている北朝鮮は決定的にダメ出しされることになるでしょう。
すでに米空母カールビンソンを中心とした打撃艦隊が攻撃可能水域に配置されていると言われ一発触発の状況です。
このニミッツ級の空母は搭載機90機、所蔵火薬量2000tとも呼ばれ一夜にして大型都市を壊滅するだけの破壊力を持っているそうです。

もともと選挙中に現職のオバマ大統領の化学兵器を使用してISテロの温床ともなっていると言われている対シリア・アサド政権への弱腰を批判していたトランプ氏は今月6日にあっさり空爆を実施しました。
ちょうど中国・習近平主席との会談中にこのニュースが飛び込んだので主席が(マジか・・このおっさん)という顔で絶句している写真が出回りました。

(何かやったら何かやるからな)と無言ではなく実際の圧力で半島に位置する米空母打撃軍に対して北朝鮮のマスコミは「空母は太った生物だ、わが軍は一撃で水葬の準備ができている」とこちらも挑発しています。
更に事態を静観しているお隣の中国に対しても「我が国との決定的亀裂が入るに違いない」と何をトチ狂ったのか絶交宣言までする始末です。
まさに逆ギレですが何かあったら素直に助けてと言えばいいものをめんどくさい国だと思います。
もちろん日本人である私は「助けなくていいよ」と思っています。

先立つこと10日前の4月15日は朝鮮民主主義人民共和国の初代にして偉大なる指導者・金日成国家主席の誕生日記念パレードが行われ(本当にパレードが好きな国です)その席上で事実上のNo2である崔竜海党副委員長が「米国が挑発をしかければ即時に壊滅的攻撃を加え核戦争には核攻撃で応える」と演説しました。
そんなことできるんかいな、盛り過ぎやで崔さん・・と鼻であしらっていたら続けて「最初の攻撃は日本に対してだ!」とゲゲ!マジで狂っているこいつらと思ってしまいました。
接近しているのはアメリカやで、なんで日本が攻撃されなあかんのやと思うのが人情でしょう。
でも考えてみたら北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)で直接米本土を攻撃する能力がなくもちろん通常の海洋戦力などへぼいのでアメリカに基地を提供しているというかアメリカの基地がある日本に攻撃を加えるのが理の当然なのかと考え直してしまいました。

これに対して日本のマスコミ関係者はいろいろ言っています。
右から左まで実に多種多様な意見を。
面倒なのでいちいち紹介はしませんがひとつ言えることは「平和がいちばん」ということです。

今回の空母カールビンソン派遣も本来ならば横須賀港を母港としている米第五打撃艦隊ロナルド・レーガンに出撃命令が下っているはずですがあいにく同船は修理中でした。
作戦中で行動している空母はミサイル巡洋艦やミサイル駆逐艦、攻撃型原潜、イージス艦により鉄壁の守りで北朝鮮の海軍力では寄り付きもできないでしょうが帰港している空母はレームダック・・座りこんだアヒルです・・危うしレーガン。
そのようなわけでロナルド・レーガンも出航しました。
この船は東西冷戦を勝利した偉大な大統領である(と言われている)故・ロナルドレーガン大統領の名を冠した空母ですがもしかしてトランプ大統領もテロとの戦いに勝利したとの功績で(空母ドナルド・トランプ)就航を狙ってんじゃないのとゲスノ極みじゃなく勘繰り入れたくなります。
私としてはもっとお茶目に(ドナルド・ダック)ならいいなと思ったりもしています。




fBって結局なに?
天気のいい日曜日でした。
うららかな春の休日にfB友達から各地の風景、楽しそうな行事、おいしそうな食べ物、美しい草花、かわいい動物等々目を楽しませてもらえる画像が届き「いいね」を押していました。
もちろんニュースなどをシェアして出来事についてコメントをはさんだ投稿もありますがわかりやすくて楽しんでいます。

私自身はあまり写真などを取らず自宅のパソコンから打ったブログがfbに飛ぶように設定しているだけですが最近もfbに参加していない友人としやべっていて話の内容がfbに及んだ時に結構ネガティヴな意見が聞こえました。
「あんなの身内同士で゛いいね゛押して自己満足しているだけ」・・・決してそのようなものではないけどなあ(私の心の声)
「自慢に見えてうざい」・・・悲惨な現状を見るよりずっと心が晴れるのに。
「個人情報が漏えいしている」・・・考えすぎでしょうね、いやなら友達限定でブロックでもすれば。

世界で広がっているfbのように誰しもが参加できて楽しんでいるコンテンツなのだからもっと積極的に評価すればいいのにと思っていましたがいい子ちゃんに徹する私は発言しませんでした。
ラジオを聴いていると評論家が座談会をしており、監視社会が始まっている、個人の情報が洩れていると発言している若干左派の有識者がいましたがそこに某与党の政治家が「誰が隣のおっさん、おばさんの個人情報に興味持つねん」みたいな言い方をしておりプライバシーと情報保護の議論は難しいよねと思っていました。
震災が発生した時によく言われたのは「プライバシーも大切だがそもそも誰が住んでいるのかわからなければ確認して助けようもない」という意見がありました。
この議論は(公)と(個人)の問題であり、深いです。

今さらながらの清原和博論
今日は日曜日、しかも昨日とうって変わって晴天。
滋賀県湖西では今年の桜も今日が見納めとばかりに他府県からも多くの車が流れ込み一日中混雑していました。
昨日は意識を失うほど花見で飲み、もう酒と花はいいと私は午前中は自宅の掃除、午後からは少し休もうとテレビのリモコンをONにすればプロ野球デーゲームの生放送(中継)をやっていました。
阪神VS広島でしたがついつい引き込まれて試合終了まで観てしまいました。
プロ野球をテレビであれこんなにゆっくり観るのは数年ぶりと思いながら観戦していましたが試合は阪神・原口選手のレフト前タイムリーが決勝打となり2対1で広島に競り勝ち、それぞれの監督の采配が動の金本監督と静の緒方監督という風に印象深く(やっぱり野球って面白い)と堪能しました。

何も関連もないのですが今日の試合を観ていて阪神の4番福留選手とか広島の新井選手が打席に立つにつけ私は往年のスター・清原和博選手の姿がなぜか瞼に浮かびました。
よく言われますが清原元選手は(無冠の帝王)と呼ばれました。
バットマンとしてのビッグタイトル、首位打者・ホームラン王・打点王のいづれもをついに取れなかったからです。
それでも清原選手は人気者であり、球界を代表するバッターであり続けました。
よく言われる(記録ではなく記憶に残る選手)だったのです。
選手生活のスタートを切った頃はPL学園で同僚だった桑田真澄投手(その後は因縁であり続ける)とKKコンビなどともてはやされスーパールーキーと言われた清原選手も西部ライオンズから彼の本命だった読売ジャイヤンツに移籍した頃はでっぷりと太ってしまい(番長)というニックネームに模様替えしていました。

私は彼を一度だけ(生)で見たことがあります。
球場で彼の真実の姿、野球選手としてです。
あれは東京ドームでの対広島戦でしたがそれが何年の試合でありそのゲームの広島カープのピッチャーが誰であったかはもう忘れました。
その時に不動のレギュラーで俊足好打の高橋慶彦選手に代わって売り出し中だった広島カープ1番の野村謙二郎野手が先制のホームランを放ったのを憶えています。
綺麗なホームランでした。
糸を引くように真っすぐライナーでライト前段に突きささりました。

試合は中盤に差し掛かりランナーを2塁に置いて4番ファースト清原選手がバッタボックスに立ちました。
どう贔屓目に見ても威風堂々の存在感がありました。
ピッチャーが投げ込んだ内角高めのシュートを一閃、同時にガキーンとにぶい音がしました。
カキーンと軽い音ではありません、ボールが潰れるようなガキーンです。
内野席で観戦していた私は一瞬ボールの行方を見失いました。
滞空時間は5秒ほどもあったのでしょうか、目を凝らして外野の方を見れば白い筋を引くようにレフト上段にボールが飛び込んでいました。

私は現在に至ってもまだこれほど完璧なホームランを見たことがありません。
何と言おうと完璧な当たりでした。
1回に見た野村選手の本塁打が糸を引くような巡行ミサイルなら清原選手のそれはICBM(大陸弾道ミサイル)でありスケールが違ったのです。
まぎれもなく清原和博は野球の天才だと思いました。

引退後の清原氏はその人柄もありやはり人気者でした。
野球評論家としても活躍し始め、テレビのトークやバラエティ番組にも引っ張り抱っこでした。
それが一転して世間の批判にさらされたのが2016年2月3日東京都港区の自宅マンションに覚せい剤0.1gを隠し持っていたとして覚せい剤取締法違反の疑いで現行犯逮捕されてからです。
青少年に夢を与える元プロ野球の選手としてこの反社会的行為に弁解の余地はありませんでした。
彼はヒーローから一気に本物のヒール(悪役)として社会から糾弾される身となったのです。
プロ野球界は彼の野球殿堂入りを抹消し、彼は愛する野球や家族を失いました。
このことは彼の野球人生を眺め続けてきたファン(私のような)に取っても限りない悲しみでした。

清原和博選手の22年間の現役としての記録は通算打率2割7分2厘、打点1530、本塁打525本ですが三振数1955と被死球196は現在でも日本野球のレコードです。







あさイチとびわいち
朝8:00~8:15NHKの朝ドラを楽しんだ後、そのまま生活情報番組(あさイチ)を観てしまうことが多いです。
今朝のあさイチは3月上旬から1週間ばかり有働由美子アナがアメリカに出張してのルポ「アメリカ国民はトランプ氏をどう見ているか」でした。
あえてアメリカの有識者にはインタビューせず有働アナが街角で普通の生活者の声をひろっていたのですが・・・。
論評させて頂けるなら「素晴らしい内容だった」です。
何が素晴らしいかと言うと(公共放送としての政治的中立性がきっちり理解できる編集)だったからです。

大激戦だった前回のアメリカ大統領選挙であえて民主党・ヒラリー氏が勝ったカリフォルニア州を皮切りにそのカリフォルニア州でも海岸地域だけではなくトランプ氏が優勢だった内陸地域にも足を運んでインタビューを続けている姿勢には好感が持てました。
特に有働アナがプラカードを持って(そこにはトランプ氏が゛アメリカ第一主義だ゛と゛各国と仲良くする゛と吹き出しで書かれてあった)を通行人に見せて「どう思いますか?」と尋ねていたシーンが放送されていました。
ヒラリー・クリントン氏支持者だった人たちは「わけわかんないよ、矛盾してるね」と答えていましたが感心したのはトランプ氏支持者が「彼の発言を別々に切り取ったのでこの質問はフェアじゃない」と抗議していたところを正直に映していたところです。
なかなかできることではありません。
NHKの勇気と見識を感じました。

私はすべてのメディアが政治的に中立でなければならないとは思っていません。
主張は大切ですし、言論とは本来異なった意見をどう汲み上げ、どのように昇華させていくかに値打があるからです。
新聞紙の社説なども主張がなければ読めたものではなく(玉虫色)の文章などは読み取るのに時間がかかってしかたがありません。
ただ、今日は控えめにしておきますが(事実のねつ造)はいけません。
それはマスコミとして厳に慎まなければならないことです。
戦中の(大本営発表)をそのまま紙面に載せていたとある新聞社が戦後、進歩的社会主義に目覚めたかのようにあの15年戦争の歴史を捻じ曲げていることは誠に遺憾なことだと思っています。
NHKの場合はテレビジョンである(ラジオもありますが)ことによりビジュアルに訴えることや新聞社のように文章で理解を求めることができないので(伝える力に即効性があり)より報道内容については吟味してもらいたいことや全国民より受信料を頂いて運営している性格上政治的中立を求めたいです。
その点、私は今年になってかなりのサンプルを集めたつもりですが「NHKは政治的に中立と思いますか?」という設問を投げかければ右の思想をお持ちの方からは「反日的だ」と批判を貰い、左思考が強い人からは「安部政権に尻尾を振っている」と返ってきました。
これは良い傾向です。
右から見たら左、左から見たら右なら軸としては中間を維持できていると思えるからです。

このブログは滋賀県民である皆様に何かを伝えたい気持ちから12年前より書き始めましたから滋賀県のことにも触れておきたいものです。
(あさイち)とくれば(びわいち)でしょう。
゛びわいち゛は(琵琶湖1周サイクリング)の略ですがこのところ盛りあがっています。
以前、やはりNHKで俳優の火野正平さんが自転車に乗って全国を走る(にっぽん縦断こころ旅)という番組をやっていましたが今から5年ほど前に琵琶湖周航の歌発祥の地・今津港の前のお蕎麦屋でその名も(周航そば)を食べていたら火野さんがサイクリング姿で入ってこられたので思わず「がんばってください」と応援したら「おまえも頑張れよ」と声をかけてくださったことがありました。
その自転車の(びわいち)ですが琵琶湖1周は約200キロばかりで熟練のロードランナーでしたら1日あれば走破できます。
今津で旅館業を営むご主人と話していたら(びわいち)するお客が増えてきていて前日に宿泊されて朝の7時ごろに朝食をとって出て行くが夕方5時ごろには戻って来てまた泊まって次の日に帰られるパターンが多いとのことです。
2泊3日ですね。

もちろん琵琶湖1周が基本ですがこの高島市今津から高島町までは湖岸道路で走れますがそこから旧志賀町と堅田までは道路事情で裏道を通ることになります。
さらに堅田から浜大津方面を目指して草津へ回るのが本当の(びわいち)ですが湖岸をずっと走ることが難しいので妥協ではありませんが琵琶湖大橋を通って守山に出てそこから東の彦根を目指して走り、その後は長浜から奥琵琶湖の素晴らしい光景を堪能しならがら高島に戻ってくるというコースが何となくお勧めです。
つまり南湖周りをあえてカットしてそれで160キロです。
決して地元誘導ではありませんよ、あくまでお勧めです、それだけです、提案です。

季節はこれからがベストシーズンですね。
初夏まででしたら気持ちよく走れます。
自転車はロードレーサーやクロスバイク、マウンテンバイクなどがいいでしょう。
シティサイクル(いわゆるママチャリ)だとかなり苦しいです。(私は高島町白髭神社で救援を頼みました)
休日は(びわいち)を楽しむのも手かもしれませんよ。








テッシュボックスは二度宙に舞う
テッシュボックスは家庭の必需品です。
特にありがたみは無くても(必要な時に)無ければ「ママ、テッシュは?」と尋ねてしまうのです。
ガソリンスタンドでオイル交換をしたらもらえたりしますが大抵は喜んで受け取られます。
このテッシュ・・なぜかボックスから取り出す時に1回、つまり1枚でいいのにわざわざ2回(シュ・シュ)と取り出しませんか?
なぜ自分がこのような行動をするのか考えていましたが結論は未だに出ません。

今日はテッシュについて考えるわけではありません。
表題の「テッシュボックスは二度宙に舞う」はアメリカの小説「郵便配達は二度ベルを鳴らす」のパロディです。
この「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(以下゛郵便配達゛と略)は誠に不思議な小説です。
作者はジェームズ・M・ケイン、1934年の世界大不況の最中に出版されて今まで4度も映画化されブロードウエイではミュージカルとして現在も上演されています。

私が不思議と思っているのは作者ケインの名は世界の文学史の中でほとんど無視されているのです。
更に追い打ちではっきり言えばケイン以外でアメリカ文学を語らねばならない重要な文筆家は大勢存在します。
ストーリーもどこにでもあるお話です。
どこかギラギラとした野性味が残る浮浪者フランク・チエンバースがある中西部のガソリンスタンド兼レストランに流れ着く。
そこはギリシャ移民の中年オヤジ、頭がツルツルのパパ・ダキスが経営していた。
妻は美人だが代わり映えのしない日常に飽き飽きしているコーラ。
フランクはその店に雇ってもらうもののお目当てはコーラだった。
しつこくコーラに言い寄りねんごろになった二人は(つまり悪徳不倫ですね)パパ・ダキスを亡き者にしようと計画を立て遂に自動車事故に見せかけてダキスを殺害する。
しかし、ダキスには高額の保険が掛けられていたことから保険会社が二人を起訴。
弁護士が保険会社と取引をしてコーラのみ有罪となるが後に保釈。
返ってきたコーラとフランクはぎすぎすした関係を続けながらずるずるとした生活を営む。
ある日、コーラが本当に自動車事故で死んでしまう。
今度はフランクが裁判にかかって死刑判決を受けてしまう。

どうですか?
なんかどうでもいい話でしょう。
なぜアメリカでは流行るのかがよくわかりません。
作者自身が出版が決まるまで14回も出版社に持ち込み門前払いにあっています。
ようやく本が出る時に編集者から「で、ケイン、本のタイトルは何にする?」といい加減な対応でした。
ケインはさらにいい加減で「小説を持ち込もうと出版社のベルを押したら無視されたから郵便配達員を装って二度ベルを鳴らしたらドアを開けてくれたんだ、お宅の場合」。
実際にこの小説は流れ者のフランクと多情な人妻コーラ、やられ役のパパ・ダキスのはげちょびんしか出てきません。
題名の付け方からしてその場限りなのにもう80年以上映画や舞台で取り上げられている不思議な作品です。

アメリカ人大丈夫か?と言いたくなるのは「キングコング」です。
こちらはご存じでしょうから筋書きは書きませんがこれもひつこいぐらい(これでもか)と映画でリバイバルされています。
「郵便配達」と双璧の作品です。
困ったことに(キングコング女優)という言葉があるようにハリウッドではNHKの朝ドラヒロイン以上に女優としての登竜門です。
かってジョン・ギラーミン監督の「キングコング」に出演した女優のジェシカ・ラングは30年以上経ってからヘラルドトリビューンのインタビューに「あんな猿と戯れる作品に出たなんて後悔するわ」と応えています。
出世作なのにめった切りです。
同じくキングコング女優のナオミ・ワッツは「サルの前でダンスなんてばかばかしい」とこれも突き放しています。
出演している俳優がみんな阿保らしいと白けているのに何度も作品化される「キングコング」・・世界がなぜ熱狂するのか?謎は深まるばかりです。
ちなみにジェシカ・ラングは「郵便配達」にもコーラ役で映画出演しています。
このアメリカを代表する2大作品に出てからのち別の作品でアカデミー主演女優賞を取りました。
なかなか計算高い人ではないかと推測できます。

日本人なら何度も飽きるほど観るのは「忠臣蔵」ですが前述のアメリカ2大リバイバル作品に比べると江戸時代中期の赤穂事件をテーマに見事に日本人論の中核に迫り、忠とは何か、武家社会とは何か、封建体制とは何かと哲学的であり何度も様々な角度から考証してもなお飽き足らない深みと文学性があります。
大石内蔵助を演じる俳優が「あんな単純な仇討ち、やってらんねぇすよ」と語ったとは聞いたことがありません。
ただ、最近になってテレビドラマでやっていた「忠臣蔵」は討ち入りの12月14日の夜半は小雪が舞う寒い日だったのに赤穂浪士たちが切腹する場面では桜が散るのどかな春の日だったのは何かいただけませんでした。
やりすぎでしょう。
義士たちはすぐに切腹しているので春と言うのはちょっとね・・でした。








ハウスのプリンは昭和の味
先日は新朝ドラの「ひよっこ」が昭和39年からスタートしたお話をしました。
この昭和39年(1964年)はお菓子界ではエッポックメーキングが起こっていたのです。
ずばり、ハウス食品工業が「プリンミックス」を発売したのです。

それまでプリンを食べようと思えば都会の洒落たレストランでデザートを注文するか、喫茶店でというパターン、あるいは母親がよっぽど暇で(失礼、時間的余裕があり)かつお菓子作りの趣味などをお持ちになっていないとありつけなかったのです。
街のお菓子屋さんでは1個いくらのプリンが見渡らず、あっても高級品でした。
デザートという概念が普及しておらず、お菓子職人と言われる人がまだ存在せず、もちろんパテシェなどというこじゃれた言い方などは平成になってからです。

「プリンミックス」の登場は簡単に家庭でプリンが楽しめるコンセプトを提供したのです。
ハウスプリンの名は不動のものとなりました。
小学生の私たちが午後3時ごろ家に帰って先ずすることは「冷蔵庫を開ける」ことです。
庫内にプリンが固まって出来上がっていれば弟や妹の分まで頂き、一気に外へ出て少年野球に興じます。
夜は母から怒られておかずが一品減らされても昼下がりのプリンの誘惑には勝てませんでした。

「プリン、プリン、ハウスのプリンが冷蔵庫にありますように」と願をかけながら下校する毎日でした。
夏になるとこれもハウスの傑作「ゼリエース」や「シャービック」が待っていたりで後の「フルーチェ」も結構楽しめたのですがまた格別でした。
プリンを食べる時は慌てず別添の粉状「カラメルソース」を水で溶いて上からかける、カラメルだけに絡めないとと小学生ギャグが炸裂したものです。
この少しほろ苦く、しかし香ばし甘いカラメルソースがプリンの風味を引き立てました。
まだスイーツなどという言葉がなかった頃の話です。
NHKの政治的中立について考える
昨日はNHKの放送受信料についてブログしました。(こんな日本語はありませんが)
今日は報道の政治的中立性について少し考えてみたいと思います。
その意味でNHKは格好のテキスト足りえるからです。
まず昨日指摘したようにスポンサーがつかない(あえて言えば視聴者がそうですが)ので商業主義の観点からも(色がつきにくい)し、税金が投入されていないので時の権力からも比較的フリーハンドを取れる可能性があります。
(もちろん許認可その他で完全に自由とは言い難いのですが)
しかし、マスコミ論としては他の媒体と比べても(国民目線)を強調し易いと言えましょう。
もちろんあの朝日新聞のように反権力・反日をあからさまに売り物にする(確信犯)のようなところは政治的中立などの議論に入れてあげる必要はまったくありません。

それでは(国民目線)とは何かです。
結論としてはそんなものはありません。
悠久の歴史の流れでギリシャ哲学からプラトンの「国家」、モンテスキューの啓蒙思想、マルクスの「資本論」、ヒトラーの「我が闘争」、ケインズの経済理論、フリードマンや最近ではトマ・ピケティの「21世紀の資本」など有象無象(失礼!)の政治経済書の中に社会体制とそれを構成する人々とのかかわり方が書かれてきました。
私も永年、個人の趣味で(社会とは何か)と考える癖付けが抜けきれずJR湖西線に乗っている間はずっと考えてきましたが結局は政治的に右派と左派の違いをやや暴力的に決めつけると前者は(全体主義)で後者は(個人主義)を支持していると言う概念に行きつきました。
それを言うと「旧ソ連は共産主義であれは左派なのか」と突っ込んでくる方がいますがあれは一党独裁で他の思想信条を一切拒否していた意味でマルクス・レーニン教に染まった国でした。(あれは実験的宗教国家なのです、マルクスは共産主義以外の宗教はアヘンだと言い切りました、実に排他的でしょう)
立派にファシズム国家であり広義の意味では右です。
社会主義や共産主義云々で論じては間違いの元となります。
その意味からも現在の北朝鮮や中国(チャイナと呼べばいいのですが)もモロに右国家です。

本題に返ってNHKに報道の政治的中立性を求めるのはそれが達成できる現在の日本の国家体制と世論、さらに大口のステークホルダー(利害関係者)がつかない環境・条件が整っているからです。
ロシアのプラウダや中国の新華社通信、イギリスのロイターにそれを求めることは「八百屋で肉を求める」ことと同意義です。
国策企業でもなく商業主義にも染まらない可能性がNHKにはあります。
それを支えるのが国民からの一律公平な受信料ですから昨日はあれほど必要性を強調いたしました。
加えて言いますと報道は怖いですよ、使い方を間違えると社会を一気に間違った方向に誘導してしまいます。
ナチス全盛時のゲッペルス宣伝相の事例をわざわざ取り上げませんが。

国民(と言う概念がすでに゛右゛なのですが)の中にも思想信条が個人個人で別々ということは論を待たないと思います。
それが成熟した民主主義国家ならとりわけ。
支持している政党も別ですし、温度差もあります。(当然です)
無党派層というお洒落な考え方の人も社会の多数を構成してきました。(期待したいです)
その中でNHKが政治的中立性を確保するというのはどのようなことでしょうか。
一党一派に属さない報道の手法とは何でしょうか。
これを詳述するとマスコミ論に入っていき、面白くないので気の向いた時に書き込みます。

面白かったのはNHK前会長の籾井勝人氏でこの方ほど歴代の会長で毀誉褒貶が激しい人はありませんでした。
すなわち右の人からは「立派な会長だ」と評価され、左の人からは「あんな奴、○○だ」とボロカスでした。
特定秘密保護法が国会で成立した時はNHKがニュースとして流さないので参議院予算委員会で民主党(当時の)議員が追及すれば「あまりカッカすることではない」と答弁して相手をカッカとさせて、竹島問題では「政府が右と言っているのに我々が左と言えない」なんて政府は常に右ですよ、だって全体主義の総元締めなんだからと突っ込みを入れたくなったり、慰安婦問題では「戦争している国はどの国にもある、イギリスやフランスだって」と発言してイギリスやフランスから抗議がくるなどお茶目な方でした。
私は民進党の議員は面白みがないのであまり好きではないのですが「籾井さん、あなたはNHKはNHKでもNなんて・H恥ずかし・K会長だ」と言ったときは笑いました。
以上、好きなことを書ける現在の日本の言論自由には大変感謝しています。













NHK受信料を巡る議論について考える
メデイアやマスコミュニケーションの在り方について日頃から関心があるので4日前に流れた裁判記事が気になりました。
「国内大手ホテルチェーン東横イングループへNHK受信料支払い命令下る」です。
東京地裁の判決でテレビ3万4000台分・19億3000万円が原告のNHKの申し立てのまま認められたというものです。

この裁判の判例根拠になっているのは放送法64条です。
長いので一部だけご紹介すれば「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」(後略)
要するにテレビ等の受信機を部屋におけば協会(日本放送協会)と受信契約を結んだ上で受信料を支払う義務が発生するという解釈です。

このNHKの受信料支払いを巡ってはNHK創立時から国民の間で様々な議論がありました。
「なぜNHKを見ないのにお金を払わなけらばならないのか」、「どうしても義務付けするなら税のように強制徴収しろ」、「払いたくない家庭にモザイクをかけて受信できないようにすればいい」など様々です。

また上記で紹介した放送法第64条もザル法ではないかと法改正の動きがあります。
つまり受信契約をしなけらばならないと定義しているのに正当な理由なしに契約を拒否した場合の罰則規定がないからです。
契約を結ばない、違法行為なのに罰せられない?ならば契約を拒否し続けた方が得だねと考える不届き者が現れる可能性があるからです。
平成に入って日本人も行き過ぎた個人主義に偏った団体・個人がネット等で声を上げ始め、この受信料についても好きなことを書き込んだりしています。
先日もネットで「NHK受信料断り方」というサイトを見ていれば「ドアを開けない、NHK訪問員(集金人)と対面しないのが一番、もし間違って開けてしまったらNHKは見ないと言えば法律をたてに突っ込まれるのでテレビはないと言いましょう、そうすれば帰る」と書かれていました。

せこい話です。
つまりNHKの放送内容はどうだとか散々番組制作批判をしている人ほど本音の部分は(受信料を払うのがもったいない)だけの理由です。
更にそのサイトの最後に「※これはけっして法律違反を推奨しているわけではありません」・・推奨しているじゃないですかと突っ込みたくなります。
ここでお断りをしておきたいのは私はNHK職員でも関係者ですらなく公平な第三者のつもりです。

NHK受信の2017年3月時点での料額は地上波契約で月1260円、衛星契約(つまり衛生放送を観る契約)で2230円です。
月に1200円、2200円をケチる為にNHKに文句を言うことが個人主義ではありません。
我儘と倒錯した感情のおもむくままにネットで書き込んでいるのだと思います。

民放ならお金がかからないという方もいますがあれはCMというスポンサーを募り、広告料収入で運営しています。
昔懐かしい(紙芝居屋さん)ならタダで公園に子どもたちを集めて紙芝居(黄金バットとか怪傑ハリマオなんか、懐かし!)を披露しますが子どもらに飴を買ってもらってスタートするのと変わらないビジネスモデルです。
子どもらは飴や駄菓子をなめながら食べながら紙芝居を観るのです。

ですがNHKについてよく誤解している人がいるのは公共放送であって国営放送ではないということです。
国鉄だったJRや電電公社だったNTTとも違い国策企業であった歴史もありません。
つまり現在に至るまで税金の投入はなく、視聴者(つまり国民)の受信料収入で98%賄っています。
後の2%はNHKエンタープライズなどの子会社が制作した本やDVDの販売収入です。

ここまで書くとさらにNHKの肩入れをしたくなりますが民放と違って視聴率にこだわらない番組制作ができるところがNHKの強みと言うか特徴なのです。
視聴率を上げなければならないのなら老若男女すべてに届く番組制作は困難になります。
子ども番組、手話放送、ニッチなスポーツ中継、外国語講座、園芸や囲碁・料理等の番組の制作と放送は民放なら却下されます。
視聴率が期待できずスポンサーがつかないからです。
これができるのが公共放送の強みです。
災害の際にも一番詳しく、更に長期間にわたり報道する体制が整っているのがNHKです。
スーパーハイビジョン、8K、16Kなどの映像技術の開発に投資しているのがNHKであり、支えているのは皆様の受信料です。
海外からも舌を巻かれる貴重な映像のストックはNHKならではのものであり国民財産と言えるでしょう。

ただ私からNHKにお願いしたいのは公共放送だからこそ広く情報・教養・娯楽を発信してもらいたいことと政治的中立性は堅守して公正・公平・透明な番組制作を続けていってもらいたいだけです。
朝の連続ドラマ「べっぴんさん」ももう終了ですが半年間楽しかったです。
この春からの新シリーズにも大いに期待しています。





老いるということ
老いるということは社会科学的に診れば(世の中の動きに鈍感になる)ことかと昔から一部のお年寄りに対して幻滅していたことを告白します。
50を越えて(初老)を迎えた今だから言えますがいわゆる老成でもなく達観でもない社会に対しての(無関心)に若い頃は腹立たしかったのです。

「そんこともういいやないか」「なるようになるわ」とかを行政懇談会の場で言われた日には(何しに来てるんや、この人らは・・)とやり場のない思いでいっぱいになったものでした。
賛成でなくてもいい、反対なら反対ではっきり理由を聞かせてもらえれば議論として成り立つ、むしろその方が盛り上がる(失礼)発展的議論として成立するのにと思ったものでした。
今まで生きてこられて人生経験を積み、企業なら相談役、政界ならご意見番とも言われる年代の人からケ・セラ・セラなるようになると言われても「はぁ?」としか言いようがありませんでした。

年齢というものは社会科学では重要なファクターであり、私が小学生の頃の総理大臣と言えば佐藤栄作氏や田中角栄氏でしたがテレビでしか見ない御仁の姿を(どえリゃーでらかっちょいいいおっさんだわ)と思ったものでした。
小学生から見た政治家などは仰ぎ見る存在とはちょっとニュアンスが違いますが立身出世を目指す男の子にとっては(いつかはクラウンではなく到達してみたいおっさん)だったのです。
巨人・大鵬・卵焼きの時代より少し後の北の湖・輪島・アントニオ猪木の年代です。
余談ながら人気漫画(ちびまる子ちゃん)の著者・さくらももこさんは1965年のお生まれだそうで私と一緒の年齢だそうです。
あるエピソードの中で市長(静岡県清水市?)が運動会にやってきて緊張する場面が出てきますがこれは見事に時代の空気を伝えています。
もも子のおじいちゃんでさえ握手されて緊張しているところなどは高度成長期の地方都市の自治を垣間見るようです。

それに対して平成不況の現在の年配者は社会に対して何かモノ申しておられるのかと冒頭、憤慨いたしました。
もう少し尖がれないのかと。
50年代、60年代の全共闘世代に対しても私たちの昭和40年男子は冷ややかな目で見ていました。
(あれは本気ではない、所詮は甘えだ)と。
ばんばんの「いちご白書をもういちど」を聴くまでもなく学生運動で暴れても就職シーズンになれば無精ひげを剃って短髪にするなどを(転向)したと言ってましたがそんなものではなく(予定の行動)つまりモラトリアムに浸っていただけのことだと批判しました。
それなら活動家になったらいいのかと言えばそれは疑問でしたが。
若い男が就職もせずアパートで爆弾をつくっているというのも如何なものかと。

森友学園問題で荒れている国会ですが国民の目がそちらに注視されている間に組織犯罪処罰法改正案が提出されましたが籠池理事長の昼食は何が出たとか言ってるよりも大切なことを審議してもらいたいですし、ご年配の方々にはこのような時こそ経験を活かして声をあげてもらいたいものです。
「なるようになる」なんて聞きたくもありません。




ふるさと納税はふるさと衰退
現職の頃から(ふるさと納税)については懐疑的な観方をしていました。
そんなに地方を活性化するのに効果があるのだろうかと。
地方議会の現場で(滋賀県議会だけとは限らず)議員が「わが街のふるさと納税額を向上させるための方策を当局に問う」などと質問しているのを聞くにつれうんざりしていたことは確かです。
それを首長がさもありなん風に「○○議員のおっしやることは尤もです、返礼品の更なる魅力アップと国に対しても予算獲得に励んでいきます」などの答弁を聞くと(大丈夫か?)と思ったりもします。
明言しますが(ふるさと納税)は地方創生の名を借りたバラマキにすぎません。
税が入るのに何がバラマキなのかと関係者は憤慨するかもしれませんが。

まず(ふるさと納税)は自分のふるさとだけではなく全国どこへでも納税できる、その結果、特産品という名の(別にその自治体でつくったものとは限らない)返礼品を受け取ることができた上に寄付控除をうけられるものというところが眉唾なのです。
雑誌にも「゛ふるさと納税゛でこんなに得する」なんて特集が組まれるほどここ数年は加熱してきました。
自治体によっては専門サイトを立ち上げ、カタログまで用意するぐらいの熱の入れようです。
ケースとして1万円納税したとして8千円の控除(所得税+個人住民税から)が受けられ5千円相当の返礼品を貰えれば3千円得したとなるのです。
しかしそれは懸命に努力している特産品生産業者の汗をないがしろにしている行為となります。
特産品市場の価値が下落し、中長期的に市場が下降線を辿ることに繋がり、もはや税制優遇という特別措置がつかなければ見向きもされなくなる、これは生産者の営業努力を蝕むことになりかねません。
自治体によってもいつまでこの税収が安定的に続くのかが読めないので予算計画として上げられないことも容易に想像がつきます。
さらに(まぼろしの税収)を追いかけ維持するための追加予算を計上して更なる歳出が増え、一時的に潤った納税で施策したもの(医療費免除や子育て補助等)は数年で打ち切らざるを得なくなる可能性が高まる、しかも財政赤字とともに。

一番の問題は税の公正さに欠ける点です。
返礼品で受け取る納税金額の差額は国税補てんです。
一般に住民税とは本来、その地域に住み受けられるサービス(上下水道、電気、ガス、ごみ収集)などに支払われているのに全国どこにでも納税して控除を受けられるというシステム自体が著しく(受益者負担)の概念から逸脱しています。
つまり制度を利用したり、自治体に商品を納める業者などの関係する人たちは潤いますがそれ以外の方は制度維持の為の負担を強いられている極めて不公平な制度と言えましょう。
自治体はいつからデパートの通販部門に成り下がってしまったのでしょうか。
今は(勝ち組)といっている自治体も数年後は大穴があくのは見えています。
ブランド牛一頭分を進呈とか○○のコートだとか・・商品は税で釣るモノではないと思うのは私だけでしょうか。
生産者の真摯な努力と熱意を削ぎ、税金の公正な流れを歪める(ふるさと納税)はいらない制度です。

さすがに総務省の方もまずいと感じているのか3月23日の読売新聞に「ふるさと納税返礼3割まで・競争抑制総務省通知へ」と記事が出ました。



書きたくないこと
森友学園のネタや地名のことなどは本当は書きたくないことでした。
森友は論点がどんどんズレていっているし、地名の話はどうしてもナショナリズム関係に抵触するからです。
大袈裟と言われても地名が付くということは(ある意図)、多くは政治的な思惑が働いてのことですから地名を語ると政治がついてくるのは避けられないのです。
ですからこれだけ前置きしても読む人によってはかなり捉え方が極端になるのは覚悟の上です。
私は別にリベラルを気取ったことは一度もありませんし、極右思想の持ち主であるとの自覚もありません。
ごく普通の日本人でありたいと願っています。

それで今日取り上げるテーマは『中国人は京都の名称を嫌っている』です。(あぶない!)
これは私が今冬、中国から来た京都に定住している方々としゃべっている時に言葉の端々から感じたものです。
それよりも前提としてこの「中国」という固有名詞について私たち日本人が一般的にかの国のことをなぜそう呼ぶのかを考えてみたいと思います。(ここもあぶない、我ながら地雷を踏んでいる感あります)

まず「中国」という言葉を世界的に使っているのは当の中国人と日本人のみということです。
当たり前ですが中国人が中華思想に則って勝手に「我々は世界の中心に位置する文化的最高峰」と言い張るのは本人たちの勝手ですが日本人がそれに付き合う必要はないのです。
向こうは日本人のことを東夷と言っているのですから。
自分たちのことは世界の中心、相手のことは東の文化が発達していない野蛮人と言う人のことを持ち上げる必要が私には理解できません。
かってのナチスドイツが自分たちの国を永劫に続く(千年帝国・第三帝国)と呼び、自らを(世界最優秀民族)と言いふらしていたのに日本人の方から近寄って行った過去を振り返るべきでしょう。
現在、世界では中国は単にチャイナと呼ばれています。
センターランドなどと呼んでいる国は一国もありません。
もともと中華思想とは中国の力が弱い時(時代)は素晴らしい中国文明が(国境的に)世界地図から縮小し、力を取り戻したら世界中を覆う(征服)という危険思想なのです。
ですから経済的にGNP世界第2位という大国になった現在は習近平さん曰くアメリカと話をしてハワイから西太平洋は中国が管理するという談話が入ってくるのです。
そのことを知っている世界中の人は中国の中華思想を戒めるためにも(中国)という表記をかの国に与えません。
日本でも古来から唐土(もろこし)とか志那(しな)と呼んでいました。
それでいいのですが戦後、中華人民共和国が成立してから日本では中国というプロパガンダに乗せられているのは嘆かわしことです。
今からでもシナと統一名称にすべきでしょう。

前置きが大変長くなりましたがそのシナ人が前から忌々しく思っているのが(京都)であり本音は「なぜ倭の奴らの街が都なのだ」につきます。
シナには北京・南京と京の文字がついた都市がありますが両方とも首都だった(首都である)歴史があります。
彼らからすれば世界首都であり唯一にして絶対の世界の中心であるはずなのに東の辺境に京?しかも都とつけて京都!ありえないという感覚があることを先日のインタビューで沈さん(仮名)が語ってくれました。
中華の力が伸びて日本が自治区(倭自治区と呼ぶそうです)になったら東京があるから最低でも西京に格下げよと言っていました。
そうですか、では世界では東西南北に京があるのですねと皮肉を言ったら、現在の北京が大京になると頭がこんがらがることを聞いてしまい、そのまま頭痛が続きました。

こんなことを言うと誰かが「でも韓国にはソウル(京城)があるではないか」と突っ込んできそうですがあれは日本統治下時代に設置された(京城府)であって現在の韓国内では全否定されている名称です。
2005年、当時ソウル市長だった李明博氏がソウルを(首爾)と改め京城表記を撤廃しています。

最後に付け加えますとチャイナとかシナは決して蔑称ではありませんから堂々と使って頂いて結構です。
でもこんなことを書くと今までのお友だちが去り、右から別の人たちが来そうなのでSNSでは乗せたくなかったなと本音がポロリ。







故郷の地名から考える
私は滋賀県高島市今津町という街に住んでいます。
もう50年ぐらいになります。
本籍は隣のマキノ町です。
ここは祖父や父の出生地です。

今津という地名について考えていたら要は今の津ですから、(新しい港)という意味なのでしからば(古い港)はどこかなと探したらあったのです。
汽船全盛の時代に琵琶湖上交通の要となった今津港から南に歩いてほんの5キロも行かない場所が(木津)と呼ばれています。
現在では新旭町木津となっています。
木津の読み方については京阪神の人なら(キズ)と発音するでしょう。
木津川のイメージがあるからです。
地元では(コウツ)と呼ばれています。
木津をコウツと発音するのは日本語的にいささか力業だなと思っていたら(古津)と呼ばれた名残だそうです。
すなわち新しい港(今津)より先に港として栄えていた場所だったということがわかります。
ですがここで少し考えてみて実際に自分たちの住処を(古い港)などと命名するでしょうか。
これはあくまで(今津)と対比して(古くから栄えた港)の意味で一時的に(古い港)と呼んだだけでしょう。
それが証拠に朽木から安曇川経由で下りてきた木材の集積地だったことから(木津)という新しい名前をつけて港の名残を後世に示したと考えられます。
この場所が(古津)の前には何と呼ばれていたかは私は郷土史家ではないのでこれ以上は考えませんが興味のある方は調べられても面白いと思います。
ちなみに今津港と木津を西に三角形に結んだ場所が高島市合併後に係争地となった条例上は高島市役所建設予定地となっている場所ですがこれも朽木の市場で売り買いされた牛をここまで歩かせて処分(つまり屠殺した)屠場でした。
昭和初期まではあったと聞いています。
朽木には市場と言う地名が残っていますがこれは青果市場や米市場ではなく西江州一帯の牛相場を仕切る食肉市場だった名残です。(あと木材市場と)
現在、高島市役所建設を巡り南北争議が続いていますが近江牛たちの呪いなのかもしれません。

今津と言う地名をネットで検索してみれば(近江今津)と出てきます。
言わずとも近江つまり滋賀県の今津という但し書き付きです。
すると本元の今津はと調べれば兵庫県西宮の今津が堂々と(今津)と全国的には認知されているようです。
ここは阪神本線と阪急今津線の始発・今津駅がありますが、JRである近江今津駅を押しのけて(今津駅)となっています。
決して(播州今津駅)とか(摂津今津駅)ではなく単独で(今津駅)なのです。
私たち近江今津の人間が隣の木津と名前争いをしている間にまんまと本家を名乗られました。
こちらは分家扱いです。
それが証拠に大阪駅で「今津まで切符ください」と言うと職員さんが「それは阪急です」と答えます。
しかたなく「近江今津です」というと「ああ・・」とか言われるので(ああ・じゃないだろ)と思ってしまいます。
私の今津人としてのナショナリズムが傷ついたりします。

だいたい(近江)という名称もおかしいと思います。
(江)はもともとゴウ、数年前にNHK大河で浅井三姉妹の数奇な運命を辿った(江)を放映していましたが意味は(海)です。
(近い海)・・・どこに海があるのか?となります。
訳知りさんは「それは琵琶湖のことに決まっているじゃないか、馬鹿だな」と言いますが馬鹿だけ余計です。
和歌などを調べましたが誰も琵琶湖のことを(海)と表現していません。
浜とか内湖という記述はありますがいわゆる(大海)の意味で使われた形跡は無かったのです。
ましてや(近江)という表現は山城(京都)や越前(福井)のように国号なので(江)という表現はまさに国単位の考え方となり湖沼などは当てはまらないのに勇壮な(江)を付け(近江)というのは昔の都人は遊びに行く水辺が琵琶湖だったのか、もう少し足を延ばせばそれこそ日本海・越前とかそれこそ播州明石とかいくらでも海に行けるのになぜ(近い海)が滋賀県なのかと疑問が残ります。
更に(遠い海)は遠江(トオトウミ)ですがなぜ遠州つまり静岡県大井川以西なのか?
そこまで行かなくとも紀州(和歌山)でも十分遠くの海で良かったのではないのか?
なぜ地味な静岡の海なのか、何を考えているのだろう古今和歌集の選者は?と暇を持て余すとロクなことを考えません。
暇なのでこれから散髪にでも行ってきます。(本日休暇)






森友学園のバカらしい闇
ブログで森友ネタだけは書かないでおこうと思っていました。
理由はバカらしいからです。
まず、大事件感が全くない。
これは凄い、政治の暗部だ、解明と追及さらに検証が必要だと思わせる社会科学的情熱が持てない事件だからです。

過去に昭和から平成にかけて日本を震撼させた大型疑惑と比べても雑魚(ザコ)感丸見えです。
GHQを巻き込み占領下日本の統治の暗部を見せつけた(昭和電工事件)、吉田内閣が吹っ飛んだ(造船疑惑)、今太閤と人気絶頂の田中角栄首相(当時)を辞任、逮捕せしめた(ロッキード事件)、藤波孝生官房長官が議員辞職、起訴、中曽根前首相、竹下登首相、宮澤喜一副総理(蔵相)、安部晋太郎自民党幹事長、渡辺美智雄政調会長(いづれも当時)が国会で追及を受けた(リクルート事件)、などと比較しても小物感がありありと伝わってきます。
籠池理事長?夫婦で何でしょうか、あのはしゃぎぶりは・・・。
小佐野賢治氏の大物感や江副会長の不気味さの片鱗も感じられないどこにでもいるうさん臭いおっさんにしか見えません。

身内暗殺と核実験で暴走する北朝鮮、大統領が弾劾され政治的空白が生じている韓国、蠢くロシアと消える魔球の星 飛雄馬の如く球筋が見えないトランプ外交など現在、内閣として対応しなければならない外交課題だけでも山積しているのに森友言ってていいのだろうかと心ある日本人なら思っていることだと感じています。

発端の稲田防衛相の初動が良くなかったです。
別に過去に交流があったならあったとはっきり言えばいいのに結果的には国会での偽証とされてしまったのが全く痛いですね。
そのようなことで政治キャリアに傷がつかないのに総理に飛び火してしまったのが閣僚としては致命傷になりました。
稲田氏はこれまで党政調会長、防衛相として他の政治家から見て垂涎のポストに起用されてきただけあって残念です。
もっと言えば日本国最初の女性首相に最も近かったのにと。
はっきり言ってこれで打ち止めとなるでしょう。
政治家の言動はいつも激しくチエックされています。
旧聞ながら滋賀県・湖国政界でも昭和後半から平成にかけて期待されてきた大物政治家・山下元利氏は竹下登氏や金丸 信氏の画策した田中派分裂、創世会立ち上げの時に二階堂 進九州男児と供に旧派に残留した為に政治的に干されました。
張り合っていた宇野 宗佑氏がその後総理になるのですから政治の世界は一寸先が闇か光かわかりません。
そこへ武村 正義代議士(元滋賀県知事)が急きょ(さきがけ)を立ち上げ、滋賀県政界はさらに激動の時代を迎えますがこの立ち上げの時に滋賀県議会で起こった何とも言えない人間模様は字数の関係でまたの書き込みにします。

思うに安部総理も稲田大臣も完全無欠になろうと意識しすぎのきらいがあります。
森友や籠池氏と仕事で(法廷関係として)関係が多少あったとしても完全否定するとかえって火傷(ではすまないが)をします。
100万円を夫人が寄付したとして何の法規に触れるのでしょう。
講演を依頼されて快く引き受け、謝礼があまりに相場から見て多額だから受け取れないので「学園の子どもたちのためにお使いください」と寄付の名目で辞退することは大人の世界ではよくあることです。

籠池氏の国会証人喚問に際して委員会が気をつけねばならないことは本筋を外さない質問です。
・なぜ大阪府・国・関空エアポートのそれぞれ3か所に7億円・23億円・15億円と異なる契約書を提示したのか。
・近畿財務局からごみ処理料として8億円もの金額が国有地払下げから値引きされたのはなぜか、そもそも建設後にどのようにして地中のごみを撤去すると考えたのか。(これは国にも聞くべき観点)
・大阪府は森友の認可基準緩和にどう動いたのか、府私立学園審議会が不可を出していたのに。(松井知事にも聞いてみたい)
以上でいいと思います。

余談ながら先日、ある国会議員としやべっていれば総理もかなりピリピリしていて周囲では(やぶれかぶれ解散)があるのではと警戒しているとのことでした。
それはさすがにないでしょうと答えていましたがこのタイミングで解散すれば政権としては維持できても返り血は全国で20~30の議席減として浴びます。
自民党として与党残留は間違いないでしょうが政権は責任問題として党内で追及されますからI氏やK氏が内心は喜ぶでしょう。
いづれにせよ今秋までに解散しておかないと来年になると消費税問題がクローズアップしてきて(野垂れ死に解散)に追い込まれるのは誰の目にも明らかですがこのタイミングはありえないことです。
政治の世界は光りか闇しかないと言い切るのは我ながら情けないことです。








スマートフォンで一つ困ったこと
永年のガラケー携帯のユーザーであった私が一大決心をしてスマートフォン(以下スマホと略)に買い替えたのが今年の2月のことです。
それまでは(携帯は所詮は電話、話せればいい)と割り切っていたのですが仕事上現場対応でグーグルマップの使用やlineを使っての業務報告をリアルタイムに行わねばならない必要性からスマホに乗り換えたのです。
なじみのauショップに出向き、「あのースマホに機種変更したいんですけど・・」とショップのスタッフにおずおずと申し出たら「どのような用途でお使いでしょうか?」と質問されて咄嗟に「外に出ることが多いのでバッテリーが長持ちするのがいいです」と言いました。
するとスタッフ(女性)は「それならSONYのXPeriaは如何でしょう、この携帯を選べばほぼほぼ大丈夫と言われるほど信頼性の高い機体ですよ」と勧められ、営業トークに昔から弱い私は「それでいいです」と購入。

さてスマホを持ってみたものの、折りたたみ式のガラケーに馴染んでいた私が一番ひやひやしたのは(勝手に電話がかかる)ことでした。
電話が勝手にかかるわけがないのですがスマホど素人の私の操作が未熟なのでタッチパネルをいじっているといつの間にか通話をこちらから意図しない方に接続してしまうわけです。
慌てて電源を切ったりしますがそれでも(接続中です)とテロップが流れて案の定、「何ですか?」と相手が応答してくれるわけです。
運よく途中で切れたりしても最近は着信履歴がちゃっかり残って相手から電話がかかってきたりするのでその着信を取ろうか、取るまいかと5秒ほど悩むのです。

「や!久しぶり、元気してた?声が聞きたくなってね」などと軽く対応できる相手だと取るのですが携帯の連絡先メモリーに(もう一生電話しないだろう)と思っていても何となく消去できず残っている人っているじゃないですか。
つまりノリで電話番号交換した人。
そんな人生の隘路で一瞬知り合ったがその後は別々の道を歩んでいる人にこちらから電話してしまい、しかも返信があった時って取るの困りませんか?
そんな時は(バカ・バカ・スマホ、勝手に電話するんじゃねえよ、俺は知らんからな、お前が責任とれよ)とXPeria君を罵ってシカトするのが私の対応です。



福祉の現場
今年に入ってそう、正確には1月6日から仕事に出ていました。
今日は休みなので久しぶりに高島の自宅でゆっくりとブログなどを打っています。
仕事のはっきりとした内容は書きませんが議員時代に培った個別訪問能力を活かせる仕事です。

各ご家庭を1日に300軒ばかり訪問しますが正直に言えば「人生いろいろ、暮らし向きもそれぞれ」と感じてしまいます。
その中で多くの(生保の家庭)も訪問しました。
生保と言っても生命保険ではなく(生活保護受給者)のご家庭です。

生活保護制度ができたのが戦後5年ばかりたった1950年(昭和25年)ですが(社会の最後のセフテーネット)として基本的に勤労世代の受給はできず、65才以上で年金も受け取れず、もちろん働けない高齢者しか認定されていませんでした。
それでも全国的受給者がだいたい100万人から130万人ぐらいで推移していてバブル経済の頃は100万人を切り70万人ぐらいにまで落ち着いていたようです。

受給者が急増したのが2009年3月以降、いわゆる厚生労働省の一通の通知「職や住まいを失った方々への支援の徹底について」が各都道府県・政令指定都市・中核市の民生主管部(局)長宛に出されてからです。
その中で「単に稼働能力があることをもって保護の要件をかくものではない」という一文から一気に受給要件が緩和されました。

それまでは窓口に生活保護を申請しても(あなたは働ける)と言われ撥ねられるケースが激減して全国的に受給者(それも労働世代)が急増し、昨年2016年7月の統計では214.5万人(163.5万世帯)にのぼっています。
生活保護費は全体で3・3兆円にものぼっており、これは国の一般税収40兆円の1割に値する看過できない数字となっています。
これについては世論的にも「本当は働こうとすれば働ける人にも受給されているのではないか」という不公平感からくる批判が常に付きまといます。
なにしろ国民年金受給よりも金額的に多いのだからこのような意見が出るのはしかたがないところです。

厚労省がこの通知を出した2009年の前年にはリーマンショックが起こり、銀行や生命保険会社、証券など金融インフラを支える大企業でさえ潰れるような状況であり、東京日比谷公園(厚労省の前)には職と住宅を失った人々が(テント村)をつくり、ホームレス状態が連日マスコミに報道され(年越しテント村)などと言われて大問題になっていました。
もしここで餓死者・凍死者がでれば批判は厚労省のみならず政府そのものに向かうことになります。
それが前述の厚労省通知となったわけです。

私が先日訪問した市営団地にお住いの生活保護受給者Sさん(男性・55才)とお話しさせていただきました。
Sさんは3年前に山科で営んでいた居酒屋を廃業、借金が多額に残り、奥さんと離婚、子どもも3人いるがそれぞれがバラバラと自嘲気味に語ってくれました。
私が訪問したときはまだ午後の3時ぐらいでしたが缶酎ハイを飲んでおられました。
「そりゃ生活を立て直したいですよ、また働きたい、でも気力が湧かないんですわ」

私も生活保護制度を巡って様々な議論があることぐらいは理解できますが現状ではイエスともノーとも言えません。
不正受給や福祉を食い物にする貧困ビジネスと言われる闇世界との関連などを考えると如何なものかと思えますが一刀両断に解を求められることではないからです。
少なくとも私が会った人々から現状で制度を引き剝がせばそれこそ(路頭に迷う)ことになりかねないからです。
この訪問を始めてから約2か月がたちましたが当時73kgあった体重が7kg落ちて今では66kgとなりました。
激ヤセです。
それだけ気力を振り絞った対応をしていたと我ながら思うものの(福祉の現場)は大変です。

平成を生きてきて
今朝の読売新聞の一面を観て驚いたのは今上天皇があと2年後の2019年にご退位あそばされ、皇太子さまが即位され新しい年号に代わることが発表されたことです。
もともと天皇陛下が一昨年ごろからご退位のご意向をお示しめになられており、政府内や国民の間でも様々な議論が進んでいたところでしたので(とうとう決まりましたか)という気持ちです。

そうなりますと平成も30年というひとつの区切りで次の御代に移行するわけですが陛下のご健康上のこともありますから寂しいですがいたしかたないと思います。
紙面を観て(平成もあと2年残っているものの、どんな時代だったかな)と考えていました。
私は昭和40年生まれで昭和という時代を23年間生きてから平成ですから自身の半生を考えますと平成の生きざまの方が長かったわけになります。

私が子どもの頃、明治の産まれの方が「ワシは明治・大正・昭和と3時代を生きてきたんじゃ、すごいだろ」と自慢されていましたがとうとう私も3っの時代を生きる切符が手に入ったとミーハーとは思いますが喜んでもいます。
小学生の時の国語の教科書に日本植物学の祖と言われた牧野富太郎教授の伝記があり、「牧野博士は明治に生まれ、大正、昭和と3時代にわたり活躍しました」と書いてあり、子ども心に(すげー)と思っていました。
長生きはするものです。
このご発表を期に皇室の益々のご発展を心より念じておる次第です。

誕生日の次の日に思うこと
改めまして新年おめでとうございます。
昨日はケーキも花束もない誕生日でしたが私にとって一番の贈り物は皆さんのお言葉でした。
これも改めてありがとうございましたと申し上げます。

さて誕生日の翌日、またお正月から縁起でもないことを書き込みますが、「門松は冥土の旅の一里塚」という和歌があります。
お正月は華やかだがみんな年をひとつづつとってそれだけあの世に近づいているんだよという意味です。
この歌、下の句は「めでたくもありめでたくもなし」と続く一休禅師の作です。

私事でまた気恥ずかしいのですが私の子どもの頃、この「死」というものに異常にビビっていてとにかく死ぬのが怖くて怖くてたまらない、死ぬことを考えたら生きる意味を失うぐらいに忌み嫌っていました。
夜中にトイレに1人で行けない、行けばトイレの花子さんが待っていて地獄に引きずり込まれるのではないか、朝までがんばろうという少年でした。
もう究極は「死にたくない、死にたくない、死んでも命がありますように」と近所のお稲荷さんに願掛けに日参していたほどです。
小学校の卒業文集に「将来の夢は?」で「不死身」・・バカです。

私の学校の大先輩で俳優の故・丹波哲郎氏が晩年、霊界研究者を名乗り「死後の世界はある」と声高らかにおっしゃっていたのでお話を聞いたことがあったのですが子どもの頃はTVドラマ(Gメン75)などで颯爽とした演技を見せていた丹波さんがなんで死後の世界を語るようになったんですかと訊いてみれば「子どもの頃から死ぬのが怖かったから」とおっしゃって(私と同じだ)と思ったことがありました。
このことを京都産業大学に行っていた友人に話したら「いいな、俺らの先輩は゛あのねのね゛なんだぜ」というので(どうでもいいやん)と思っていました。

脱線しましたがだからと言って私は死後の世界というものをどうしても信じることはできなくて死んだらただ無に帰すのみと思っていました。
いつだったか仕事帰りに車を運転中、眠くて眠くてたまらなくなり、このままでは交通事故を起こすと思い、急遽路肩に車を止めてシートを倒して寝たことがありました。
30分ほどしてぱっと起きたのですが一瞬、あ、生きてた!と感じたのを憶えています。
あの何も考えることなく眠っていた時間が私にとっては死のイメージかなと。
あれがおそらく永遠・永劫に続くのでしょう。

50才を過ぎてさすがに子どもの頃のように「死」に対して構えることはなくなりました。
これまでに「死んだ方がマシだ」という経験が何度もあり、「生きていてよかった」と思うことが数度ありで死に対して不感症とまではいかなくても特別なものと思わなくはなりました。
死は生の向こう側にあるものではなく表裏一体、(今そこにあるもの)に過ぎなくなったからです。
それよりも限られた「生」そのものを楽しむことの方がより建設的と捉えています。
正月から辛気臭いお話をしてしまいました。
クリスマスケーキに売れ残りはあるのか
今日はクリスマスイブです。
以前から思っているのはクリスマスよりイブの方が盛り上がるのです、日本では。(世界中も)
イブの終わった次の日(12月25日)に街を歩くともうひっそりとしたもので前夜のあの賑わいや高揚は何だったのでしょうかと祭りの後のような寂しさすら覚えます。

さて、これを言うと世のジェンダー論者から袋叩きに遭うので今まではためらっていたのですが女性の婚期をクリスマスケーキに例える話を昔はしていたことがあります。
(12月)24日前のケーキは売れるが25日になってしまったら(売れ残り)というあの話です。
女性も24歳までならほいほい行きてがあるものの25歳にともなれば賞味期限が切れてくるよというとんでもない(今から考えれば)話です。
クリスマスケーキに例えた俗話です。

それを言うなら私が妻と結婚した時には彼女は27歳でしたがすでにクリスマスケーキではなく正月用の餅だったと言えます。
(意味不明の例え)
正月三が日は床の間に鏡餅で飾っていましたが松の内を過ぎた頃にはひび割れてきたので慌てました。
(これは比喩です、あくまでも)

話を元に戻しますと現在では女性の結婚する年齢は30歳を越えてからなど世間にはザラにあり、時には40代もさほど珍しくもなくなる世相でそもそも(結婚しない)という選択も当然あるという昔から考えれば随分と結婚観の幅が広がったような気がします。
(結婚適齢期)という言葉自体がすでに死語となってしまっています。
これも月並みですが晩婚化も日本人の平均寿命が延び続け、男女ともに(特に女性に)経済力がつき、価値観の多様化が進んだからかなと思ったりしているクリスマスイブの今日です。
もっと言えばクリスマスには3種類の人々がいます。
恋人と過ごす人、家族と一緒の人、孤独を愛する人です。
サンタクロースは誰に微笑むのでしょう。

電灯今昔
まいど馬鹿馬鹿しいお話を。
平成生まれの人がもうすぐ30歳にもなろうとしているこの頃ですがいよいよ平成世代が社会の中核になってきたかなと思ったりする半面、最近では私たち昭和生まれの人間が昔を懐かしんだりすると「昭和テイスト」などと言われたりでちょっと心境が複雑です。
思えば私たちもひとつ前の年号世代を「大正ロマン」などと言ったりして懐古趣味として遠ざけていた感もあったりでいつの世も後から来たのに追い越される「後世畏るべし」は避けられない運命かなと嘆息することしきりです。

45才以上の人はおそらく憶えていらっしゃると思いますがLEDも普及してきた最近からはもう考えられないことに昔の蛍光灯はスイッチを入れてから点灯するまでにすごく時間がかかったものです。
部屋にかかった蛍光灯から伸びている紐などを引っ張っても点灯管がチカチカしだして30秒以上かかってやおらパッと電気がともるという風情でした。
なのにトイレなんかにつけられていた白熱灯などはすぐに点くというわけで蛍光灯や白熱電球の違いがわからない当時幼稚園児の私なんかは父に「なんでトイレの電気はすぐに点くの?」と訊いた覚えがあります。
父は「急いでいる時にすぐに点かんと不便やからや」と説明しました。
その時は(ああ、そうか)と納得したのですが後から(なんかおかしい)と疑問がさらに深まりました。

父はよく言えば鷹揚、悪く言えば大雑把な人でしたが残念なことに息子の私もその気質を受け継いでしまっているようでどうも細部に目が届かないことが多くて困っています。

NHK「真田丸」いよいよ最終回
1年間、私を楽しませてくれたNHK大河ドラマ「真田丸」がこの日曜日にいよいよ最終回を迎えます。
幸村の最後はどうなるのか?家族は?真田の庄の人々の運命は?
結末を知りたくて今から居ても立ってもいられない心境になり当日の忘年会は即答で断りました。

来年の大河ドラマは柴咲コウさん主演の「おんな城主直虎」ですがこれにも期待しています。
ところがここへ来て井伊直虎は男だったのではないかと文献上の注文がつきネットなどでは話題になっています。
歴史研究の上では1次資料、2次資料、伝聞など様々な資料を上から横から比べて判断していきますが古代、中世はもとより近世、近代も資料の検討は難しい作業となります。

来年の大河主人公・井伊直虎についての1次資料は皆無、それ以外でも極めて乏しく検証は大変困難な人物とされてきました。
今の浜松市・龍潭寺和尚の「井伊家伝記」により戦乱で男の子が次々と討ち死にし、お家風前の灯で断絶しかかっていた井伊家に後見人の井伊直盛の一人娘「次郎法師」が直虎と名乗り相続、井伊家中興の祖として戦国期を乗り切ったと言われてきました。
私たち滋賀県人にも(ひこにゃん)じゃなく彦根城の井伊家としてなじみが深いドラマになりそうです。

もともと歴史は本当のところがわからないのが想像力をそそり、面白いものです。
近世・近代でも「戦国武将・上杉謙信は実は女だった」とか「維新の英雄・坂本竜馬は存在しなかった」とか「源義経は大陸に渡ってジンギスカンになった」とか「明智光秀は天海和尚だった」など奇説・珍説がゴロゴロしています。
ドラマですから肩肘を張らず、ファンタジーのような感覚で私はいつも鑑賞しています。



小池知事、あなたもか
先日のブログの続きのような内容ですが都議会でも議会(主に自民党)と小池知事の舌戦が続いています。
質問合戦。
小池知事に対して「黒い○○とは誰のことか?」と議員が質問すれば知事は「発言通告になかったことは答えられない」と応戦。
小池知事は場外乱闘では(希望の塾)を立ち上げ「来夏の都議会議員選挙に塾生から出馬したいという人がいる」と議会内での政党政治を牽制しつつ知事与党形成の為の多数派工作に乗り出し、これが自民党都連を刺激しています。

あれ?こんな光景をいつか見たな・・と既視感というかデジャービューに捉われますがそうでしたいつかのK知事が新幹線栗東新駅建設停止を公約して初めて滋賀県知事選挙に出馬した時に議会(主に自民党)と起こった経緯マンマです。

あの時は(もったいない旋風)が湖国を吹き荒れ、3選を狙う現職K知事を倒して挑戦者のK氏が勝利した選挙でした。
もともと現職K知事の3選はおそらく固いと言われていました。
ところが自民党県連はなぜか現職に対して推薦をなかなか出さなかったのです。
選挙は暑い7月と日程決定されており、現職の続投宣言は議会で表明されていたにも関わらず2月になっても3月になっても県連は動きませんでした。
では知事選挙は自民党として誰を応援するのかと党員からブーイングが出始めていましたが挑戦者のKさんから自民党に(推薦依頼)が出ているので慎重にというのが県連役員の答えでした。
しかし、それを主導していたのは当時の県連会長でありました。

結局、Kさんは自民党の推薦獲得を諦め、3月以降は「新駅もったいない」のビラを県内に配布しだしてムーブメントを創ります。
Kさんに政党として推薦を出したのは社民党だけでした。
当時の現職K知事は自民党と政策的に相反するものもなく良好な関係であったにも関わらずこの時、推薦決定が遅れたことは大きく足を引っ張る結果になり、新人Kさんの勝利を呼ぶ結果となりました。
なぜ、このような出し惜しみをしたのか今となっては謎です。

新人Kさんが知事選挙に勝利してわずか1週間で今までの知事与党だった民主党(現民進党)が「民意は新駅反対だった」とあっさりと寝返り、知事与党宣言をします。
なんと変わり身の早い民主党よ!と呆れたのですが残った自民党は反知事勢力とレッテルを貼られ、新知事は対話の会を結成し、塾生から来春の県議会議員選挙に立候補者を擁立すると宣言。
翌春の選挙では自民党はズタボロ負けで過半数割れ、県政始まって以来の革新議長が誕生します。
これは滋賀県におけるK劇場と言われましたが今の東京・小池劇場と似通っていませんか?


議会における答弁協議
師走に入り国会でも地方議会でも議会では質問の日々が続いています。
一般人からみると(あれは何をやっているのか?)と疑問を持たれたりもするでしょうが民主主義は言論主義ですから議場でまた委員会で政治課題を質問したり、答弁することで一歩でも前に進もうとしているわけです。
議員が質問することにより問題が浮き彫りになり行政サイドが対策検討や取り組みを明らかにすれば予算もつき、問題解決につながるということですから大きな前進ですし、議会の質疑には収穫があったとなります。

たまに議員の中には(爆弾男・女?)のようにネーミングされ、政府内事情や県・市町の内部事情とかゴシップに近い形の内容のものを当局にぶつける人もいます。
世の中にはいろんな考えの人がいるわけであり、議会でそのような不確かな内容のものを質問されても議事録に残ったり、マスコミの好餌となって報道されさらに人々の憶測を呼んだりで概して(良い結果)を生みません。
そこで行政当局としてはそのような発言通告(○○について質問すると事前に通告書を出すこと)を受理したらその議員とコンタクトを取ろうとします。
誤解を解き、できれば質問を翻意してくれればいいと意図するわけです。

「あ、○○先生ですか!今回の先生のご質問なんですが一度お目にかかってご相談をさせていただきたいのですが・・」
「私の質問に何かあるのか」
「はい、実は先生のご質問の○○の部分がすでに条例上過去に確定していることがありまして、更に○○については一度高裁で争われた時にも判決が出ており、その他文言についても少し修正をお願いしたい件があり・・」
「失敬な!ケチをつける気か」
「そうではございません、先生のご質問の内容を担保させていただくお手伝いをさせていただきたいだけです」
「直すとこなどないわ、これで質問する!ガチャン!」(実際は携帯電話なのでガチャンなどと鳴ったりしない)

以上のように当局と議員先生の話し合いは決裂・没交渉となりました。
議会を前に首長を囲んで答弁協議に入りますが担当者は「○○議員のこの質問については一切の話し合いを拒否されました、つきましては知事に置かれましては適当にあしらっていただきとう存じます」

議会の質問を傍聴していて首長と議員の質問がまったく嚙み合っていない、チグハグで首長がそっけない態度をとり、質問を早く打ち切ろうとするように見える時はこのパターンが進行しているケースです。

くどいですが議会の質問は行政と立法が互いに適度な緊張感を持ちながら政治としてどこで決着点を見出すのかという作業であり、政治そのものといっても差し支えありません。
誰しもそのような重要な場所でいきなりテーマを持ち出されても即答できるはずもなく、その為に(事前協議)が必要になります。
議員としてはできるだけ丁寧に自分の質問の意図を説明しておき、当局と信頼関係を結び、できればこのように妥協点を出してもらえるかと言質でも頂いておくと完璧です。
もちろんそれは自分たちの住む街の発展や住民福祉の向上に繋がるものでなければ単なる我田引水や売名行為、もっと酷ければ利権と後ろ指をさされることは言うまでもありません。

太平洋の架け橋
安部首相がハワイを訪問し、真珠湾の慰霊祭に参列されています。
この訪問の目的を菅官房長官は「慰霊の為であって謝罪の為ではない」と政府見解をコメントしていますが適切な表現だと評価します。

1941年12月8日の日本軍によるパールハーバー奇襲によって火ぶたを切られた太平洋戦争はその後3年8か月の激闘に至り、日米両国に深甚なる戦争の爪痕を残して終戦となりました。
歴史を特に戦争というものを評価することは大変困難な作業です。
特にそれが自国のことになると尚更です。
ましてや終戦から71年が過ぎた今でもこの戦争の真実はすべてが明らかになっていないのですから。
先日もNHK特番で「戦艦武蔵の最後」というドキュメンタリーを観ていましたがレイテ沖海戦で沈んだ旧帝国海軍の(不沈艦)と呼ばれたこの戦艦が静かに海底で眠っている画像が映り、(まだまだ生々しいな)と思っていました。

アメリカでも次期大統領にトランプ氏が選ばれ、氏が選挙期間に主張していた「日米同盟はアメリカに不公平、日本に応分の負担を求める」という発言から今後の日米関係を懸念する声も多くあがっています。
今朝もネットニュースを見ていれば政治コメンテーターのビル・オライリーが書いた米国でバカ売れしている本、「killing the Rising sun」(日出づる国をやっつけろ)が取り上げられていました。
内容は過激で広島、長崎への原爆投下はもちろん、日本の都市部への無差別爆撃も正当化しているものです。
それならアメリカは非戦闘員への戦闘行為を禁じたジュネーブ条約を批准しながらどう考えているのかとこの本の内容に憤りを感じますがここは冷静にならねばならない時です。

日米同盟は軍事同盟ですからいつかは両国にとってその使命と役割が終わり失効する日が来るでしょう。
ですがその日が来ても日本とアメリカは新時代を迎えて友好的に太平洋を囲む諸国と対話を尽くして付き合っていくべきでしょうし、そうでなければなりません。
「パールハーバー攻撃を日本が謝った代わりにアメリカに日本への無差別空爆の謝罪を求める」などと言い合いをしている場合ではなく、太平洋ひいては世界の平和の為にも日米がより緊密に付き合っていくことが大切なのです。
(憎しみの連鎖)を断ち切っていくことを主眼とした安部首相のハワイ訪問は未来志向で、その意味からも好判断であり、官房長官の「慰霊であり、謝罪でない」という言葉も活きてくると思っています。


疑問・小池劇場は続いているものの
昨夜もテレビのニュースで流れていたのは都議会での小池知事の発言でした。
地方議会ではすでに全国津々浦々で12月議会が始まっていますが取り上げられた小池知事の内容とは「予算編成に関して都議会の゛復活予算゛を廃止する」というものでした。
更には「こんな習慣があるのは全国でも都議会ぐらい」と批判。
あたかも議会(議員)の特権、団体との癒着や汚職の温床のような言われ方でありました。

まず(復活予算)ですが、これは全国の地方議会というよりも予算編成の過程であります。
何も東京だけの専売特許ではありません。
滋賀県にもあります。
もともと予算編成の実務は前年の夏場ぐらいから始まりますが予算(案)という形で協議の過程において何度でも(消滅)したり(復活)したりして最終的には年を越えておそらく1月10日~15日ぐらいに(知事協議)で確定します。
この12月議会中に議会としては各団体や市町さらに住民のみなさんのご意見を集約して(消滅)した予算を何とか(復活)できないかと折衝します。
これが(復活予算)であり、何もおかしな点はありません。
議会は承認機関ですから予算に対して(減額)はできません、できるのは上積み(増額)だけです。
もちろん予算には限りがありますから財政担当から拒否されるケースが多々あるものの必要性に応じて粘るのも議会の役割です。
小池知事が二重に錯覚していると思われたのはこの予算に対する(陳情行為)をこれから議会を通さず、直接知事が聞くと発言している点です。
議会が一定の行政に対する発言権があるとすればそれは承認機関として立法の重みで意見ができるというものです。
これを団体や個人が直接知事に訴えても聞き届けられるのか、いえ、そもそも知事にそんな時間があるのかという疑問です。
よく選挙の時に議員候補者が「私は住民と市政の架け橋になります」と訴えるのもそのような意味からです。

これについても過去に大失敗の事例があり、民主党政権時代に当時の小沢一郎幹事長が全国の要望はすべて民主党幹事長室を通すようにお達しをして政治が全く動かなくなった時がありました。
全国の行政要望は毎年雲霞の如く(失礼)湧いてくるものでこれを政党の一部署でさばけるはずもなかったのですが夜郎自大に陥っていた民主党は理解できず政治停滞によって国民の支持は下落しました。
小池知事もその愚を犯そうとしています。

小池百合子氏は知事選挙出馬の会見でも「当選したら議会解散」など?マークの発言をされていましたが本当に地方政治をご理解されているのか、まだ国会と同じように思っていやしないかと心配になります。
都議会はもちろん二元代表制であり、国会のように与党や野党という構図を押し付ければ迷惑するのは最後は都民です。
劇場型政治は見ている分にはおもしろ可笑しいものですが当事者には何の益もありません。
知事と議会はなれ合いはいけませんが適度な緊張感のもと方向は都民の為と一致して協力関係を築くべきでしょう。
今は都議会も来年の選挙を踏まえておとなしくはしていても終われば政局が待っているようでは何度でも指摘しますが都民の利益となりません。
小池知事も筋の通った問題提議をされることを期待します。



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