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ゆうすけブログ
納得できないー2018芸能編
1月に入ってからの連休は蒼天がのぞめる良いお天気となっています。
それでも2月の節分までは1年でも最も極寒の季節ですから注意が必要です。
週明けからオホーツク寒気団が南下してきて列島もかなり冷えると天気予報が出ていますから備えもいることでしょう。
私事ながら長男が20歳となり地元の成人式に出席する為に帰ってきていますが式の当日は晴れ間の予報でまずは一安心というところです。

さて当ブログの恒例、(納得できない)シリーズですがお正月もまだ松の内ながら昨年の芸能界を考えてみても納得できない!と憤慨することがあります。
まず、(レコード大賞)・・これは日本歌謡界のアカデミー賞とも呼ばれ、まっこと栄えある賞であることは万民共通の認識です。
その年に1番、日本人の心に届いたsong of the yearです。
2018年レコード大賞に輝いたのは乃木坂46の「シンクロニシティ」でした。
この受賞で乃木坂はライバルのAKB48と並ぶ女性グループとしては2年連続の大賞受賞となりました。
立派なものです。
乃木坂についてはAKBと同様にいつまでも「秋元の学芸会」という悪口がつきまといその歌唱力を疑問視する声が絶えませんが
別に彼女らは一生懸命に歌っている様が可愛らしいのであってそれでファンとしては応援したくなるから歌の上手い・下手なんかはいいんです。
でも、それでもレコード大賞は違うんです。
何が違うかと言えば(お・我ながら力が入ってきましたよ)、大賞はその年に最も販売曲数が出たとかではなく、人々の心に残り、また口ずさまれる親しみのある曲が受賞するべきものです。
その意味からも2018年を代表すべきはDA PUMPの「U・S・A」しかありません。
あの「♬カモン ベイビイ アメリカン」というくだりが日本の2018年を象徴しています。
乃木坂には悪いけど納得できない!

(M-1グランプリ)・・若手漫才師の登竜門と呼ばれています。
漫才だけでは喰っていけないからバイトでつないで幾年、グランプリに輝き、スターダムにのし上るというジャパンドリームの一角。
まさに才能の発掘、スター誕生。
毎年、その暮れに行われるこのグランプリ決戦に2018年は「霜降り明星」が彗星のように現れ、かっさらいました。
コンビ結成6年目と言う早い快挙だったようです。
TVで観ていましたが確かに躍動感があって面白い、勢いを感じるしダレがない、ネタも笑える。
ですけど、何かグランプリコンビとして今もうひとつ足りないものを感じてしまったのです。
だったらどのコンビが取るべきだったかと問われれば私は文句なしに「和牛」を推します。
正直、私は「和牛」がそんなに好きではありませんでした。
なんかあざとさや(俺らはこんなに漫才が上手いんや)みたいなものが鼻についていたのですが昨年はそのアクがすっかり抜けて漫才に純粋に特化している、これが(漫才)という域に達している、極みだと感じてグランプリは「和牛」が取ってほしいと思っていました。
ですが「霜降り」の若さというか青さの残るオーバーアクションにわずか、わずかですよ、最終選考の1票差で敗れて惜しくも2位でした。
これがコントだったらそれでもいいでしょう。
ですが漫才です、話術と間の芸なのだから騒がしくやったら受けるというのは如何なものでしょう。
「和牛」のお二人には今年も活躍してもらいたいです。
う~ん、納得できない。




国防が心配
あまり時事問題、とりわけ防衛をブログで書くとネトウヨの一味と思われるのでなるべく取り上げたくないのですが最近では韓国が酷すぎますね。
昨日も韓国・文在寅大統領がわが国に対して年頭会見で「日本は謙虚であるべきだ」と高飛車発言をして物議を醸しだしました。
こちらとしてはあんたの国こそどうなってるんだとキレたくもなりました。
徴用工訴訟問題で戦時中に日本より(正確には現・住友金属)より強制徴用され無理やり働かされたという韓国人原告団の訴えを韓国最高裁が認め、補償金の支払いを求めた判決に対して当然ながら日本企業側は拒否の態度をとり、それならば合弁企業の株式を差し押さえて売却、補償に充てるとした解決を図ろうとしている問題です。
日本政府はすでに外交ルートを通して1965年に日韓両国の間で締結した日韓請求権・経済協力協定に基づき韓国は第2次世界大戦前までの全ての日本に対する戦時補償問題を放棄するという条約を指針としているにもかかわらず今さら何を蒸し返すのかと徹底抗戦の姿勢です。
国と国との条約は法的にすべての法規の最上位にあってもちろん国内法とて例外ではありません。
それが例え不平等条約と呼ばれるものであったとしても一旦結んでしまえば歯をくいしばって履行しなければならないというのが国際社会の常識です。
日本も江戸時代後期にイギリス・ロシア・アメリカ・フランス・ドイツなど諸外国の働きかけにより治外法権や関税自主権、通貨の交換比率など国の主権に関するものでも一方的な不平等条約を結ぶ羽目となりその完全なる是正には日清・日露の大戦や第一次大戦まで尾を引きました。
はっきり言って国と国との取り決め(条約)を都合のいいものに変えさせる、あるいは破棄するという行為は両国間での《戦争》を意味します。
また残念ながら戦争でしか解決しない問題ともなります。
クラウゼビッツが『戦争論』のなかで「戦争は政治の延長である」と言っているのはそのような意味です。
それを文大統領は韓国の司法が下した判決だから日本は謙虚になれとか、詫びろとかを公の場で言っているのでこの人はよほどの甘ちゃんなのか、アホなのか、たぶん両方だろうと思うのです。

アホを相手にしていても問題は解決しないのは一般生活の場でも同じですが私が最初に防衛問題と申し上げたのは韓国は日本にとって地理的に一番の隣国であって旧西側諸国としての括りの中では安全保障上の一応は(同盟国)です。
その同盟国がガリガリの反日国家・体制であり、その周辺には中国・北朝鮮・ロシアなどそれを上回るやばい国がうようよいるのに日本は小泉政権の時代からすでに10数余年に亘り防衛予算を減らし続けている現状があります。
中国など潜在的反日体制国家がGDPに占める軍事予算を年々大幅に増加させている状況下で韓国がアホなら日本はボケと言ってよいでしょう。(平和ボケです)
安全保障はもちろん有事に備えてですが起こってしまえばとんでもないことになります。
戦争・大災害、みんなそうです。
しっかりとした予算の獲得と備えをすることによりそれが勃発しないか、起こっても軽微なものになるのです。
(備えあれば憂いなし)という言葉を日本人は平成最後の年にかみしめてみる必要があると思います。
それならば韓国大統領の発言も多少は日本人の目を覚まさせる意味でショック療法になるのかと・・・。




おでんにコロが帰ってくる
新年おめでとうございます。
ブロ友の皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。
そして何よりも本年が皆様にとって充実した良い1年でありますように。

昨日の元旦、当然のように食卓にはおせち料理が並び初春の雰囲気に新しい年の息吹のようなものを感じていました。
やはり日本のお正月はいいねと家族で語らい、ついつい食べ過ぎながらも次男の今年の受験もあって学問の神様・菅原道真公が祀られている近くのマキノ・海津神社に初詣に行きました。
夜になると食べ過ぎで胃もたれ気味の私はご馳走よりほんわかと゛おでん゛などが食べたくなりました。
大根・ちくわぶ・はんぺん・牛すじ・たまご・ごぼてん・ロールキャベツなどを焼酎お湯割り片手につつくのが冬の贅沢というものです。
ですがおでんを食べる時になぜか誰か足りない、何か不足の思いがありました。
そう、関西では「コロが無いとおでんと言わない」とまで定義されているクジラの本皮(コロ)です。
あのおでんだしをたっぷり含んだコロを食べたいと思っていたところ昨年暮れにはビッグニュースが飛び込んできました。

政府がついにIWC(国際捕鯨委員会)からの脱退を決めて関係国に通告、今夏から商業捕鯨の再開が決定したのです。
これは久々の朗報でした。
30年間、委員会の中で海洋資源の保護の重要性を認めながらも我が国の独自の食文化の継続と来るべき全世界的規模の食糧難問題への対応に備える為委員会脱退を決めたと菅官房長官は記者発表していました。
正しい・・そして勇気ある英断だと私はテレビの前で涙を流しました。(これは誇張です)
官房長官は更に我が国の国際協調路線と資源保護の考えに今後も変更はないがIWC内でどれだけ訴えても反捕鯨国から理解を得られないとの認識に至り、やもなくの脱退を決意したと捕捉がありました。
そうだ、日本は30年もよくがんばった、言いたいことを主張して理解を得られないなら仕方がないじゃないかと私の心の中で誰かが叫びました。(誰じゃ?)
この決断はもしかして安部内閣の支持率を10%ぐらい押し上げるのとちゃうと感じました。

次の日、各紙の社説は予想に反して批判一辺倒でした。
拙速な判断だ!日本はIWCに残って粘り強く反捕鯨国の説得に努めるべきだ、世界的に孤立するぞ、シーシェパードが襲ってくるぞ、そうなったらどうする、戻れ!今すぐあやまってIWCに戻れ、だいたい独自の食文化などと言っているが日本人がいまやクジラを食べるか?1962年のピーク時に23万tあった漁獲量も今は5千t足らず、20分の1以下じゃないか、これで文化と言えるか?商業捕鯨を再開しても鯨肉がダブつきまた米国から槍玉にあげられるぞ、オーストラリアが黙っていないぞ!干されるぞ、日本は、世界的に、そうなったら政府はどう責任をとるんだ・・・。

うわ~ん!マスコミは何もわかってちゃいない。
鯨と日本人はそんな関係じゃないんじゃと私は新聞を引き裂きました。(誇張です、念のため)
焦ってTVをつけると関口博司会のワイドショーをやっており居並ぶコメンテーターが口々に外交上の失敗だと言っていました。
中にはどうみても30歳ぐらいの若造がいて学者らしいですが「ええ、僕も鯨は好きですよ、でも今日本でどれだけ鯨が食べられています?食文化とか言っていますが古い考えですね、拙速ですよ、政府の判断は」とのたまっていました。
おまえが古いっうの、石頭が!
大和煮のこくと旨さも知らずに何が゛僕も鯨は好きですよ゛だ、鯨の竜田揚げを食べたことはあるのか?鯨ベーコンにウスターソースかけて熱々ごはん食べたことあるのか?はりはり鍋食べたことあるのか?この若者は?

日本は30年も反捕鯨国を説得するために粘り強く加盟してきたんです。
それがどうして拙速な判断なのでしょう。
就任と同時に早速、TPPの席を蹴飛ばし、パリ協定から脱退したトランプ大統領と一緒にしないでちょうだい(ここはおネイ言葉が出てしまって・・)。
すいません、今日は興奮と怒りでいつもの怜悧な私ではありません。(いつも怜悧ではありませんが)
ですがIWCに所属しながら違約して堂々と商業捕鯨をしているノルウェーやアイスランドよりましな態度ではないですか、日本は。(また敵をつくってしまった・・)
いづれにせよ、鯨とおつきあいしてみましょうよ、それで個体数の激減があると科学的データーで指摘されるなら種の保存のために規制しましょう、冷静な判断で。



規制と撤廃ー塩と日本人
今日で11月も終わります。
いよいよ師走を迎えますが気象庁の天候短観によれば12月は例年より若干暖かく暖冬傾向とのことですがやはり冬は寒いのでしょうね。

江戸期のお話。
殿様が家老に問いました。
「爺、世の中で一番旨いものはなんであろうか」
「殿、それは塩でございます、塩がなければどんなものも食べられたものではありません」
「それでは一番まずいものはなんだ」
「塩です、塩だけでは食べられたものではありません」

塩と日本人の歴史は深くて長いものがあります。
人間にとって必要にして不可欠な(塩)

戦国期半ば、甲斐(山梨)の武田信玄、山ばかりなのに山無しとはこれ如何にという戯言はよして、甲州(武田)・相模(北条)・駿河(今川)のいわゆる甲相駿三国同盟が破られ、海を持っている二国から(塩止め)をくらい、甲斐に塩が入って来なくなりました。
なにせ甲斐は山国、塩だけは領内で生産できません。
何とも困った信玄の元に塩が続々と送られてきたのは越後(新潟)の宿敵・上杉謙信から。
さすがの信玄も謙信の義将ぶりに感激したという逸話とともに(塩)がいかに大切かということも感じるエピソードです。
現代もサラリーマンと言ってますがサラリーの語源は塩。
働いて塩を得る人という意味です。

平成生まれの方はピンとこないかもしれませんが私たち昭和生まれの人間は長らく人工塩のみの食生活を送っていた時期がありました。
テーブルには食卓塩と書かれた空色の瓶。
塩辛いだけでうま味もなにもありませんでした。
世の中にはこのイオン交換膜製法でしかつくっていないにがりもミネラルもない人工塩しか流通してなかったのです。
1995年(平成7年)にやっと廃止されましたが戦中から続いていた悪名高い食糧管理法(食管法)に基づき旧大蔵省の外郭団体である特殊法人・日本専売公社が米・塩・樟脳の流通権限を握っていたからです。
もともとは米の偏在を是正する意味から生まれた公社ですが戦後も復興が進み、コメ余り現象から米買取の逆ザヤや自主流通米以外のいわゆるヤミ米問題が深刻化するなかで歴史的役割はとっくに終わっていたのですが遅まきながら日本たばこ産業や(財)塩事業センターなどに解体されたのです。

ですから当時、私たち幼少の戦争を知らない子どもたちは大人に「お前らは本当のおむすびを食べたことがないやろ、本当の塩で握ったおむすびは旨いで」と言われたものです。
甲斐と同じく淡水の琵琶湖があるが海はない滋賀県の子どもだった私は生まれて初めて三重県の海岸に海水浴に行った時、海の水を舐めてみてあまりの深くてまろやかな塩味に感激して海水をもって帰りたいと思ったのを憶えています。

考えてみれば世の中には時代にそぐわなくなった(規制)が山のようにあります。
と同時に緩和しなくていい規制を緩めたり、撤廃することでいかにも世直しをやっていると訴えている輩も多いものです。
どこまで(保守)でいけばいいのか、何を(革新)すればいいのか、政治学として一度整理しなければならないと思っています。
私は概ね現政権に対してその政策を支持する者ですがそれでも(これは如何なものか)と疑問を呈したい法案もかなりあります。
農業面で言えば(種子法改正)、日本の品種改良を大きく歪めるものです。
議論されている水道事業の民間移行、諸外国では失敗の連続です。
今国会で衆院本会議で通過した出入国管理・難民認定法(入管難民法)改正法案・・国内の労働問題をもっと現状把握したうえで改正すべきと思います。
おそらく国民の大半は納得がいかないでしょう。
この政治的流れが進めばやがて日本もトランプばりアメリカ同様、(日本自国第一主義)が台頭してやっかいな国になる可能性が非常に高いものです。
全く拙速で未熟な議論(国会)でした。
IR統合リゾート法案?
あれはなんですか。
ギャンブル大国日本を目指すなんてビジョンでもなんでもありません。
大阪市の吉村祥文市長は2025年大阪万博開催決定と同時に万博開催予定地・夢州に大阪府が計画しているカジノ計画へのインフラ建設マネーとして200億円の拠出を議会に提案していますが万博が全世界から笑われますよ。
余談ですが私が経営していた会社の相談顧問として大阪梅田にイデア総合法律事務所という弁護士事務所があり、吉村市長はここに所属する若手弁護士だったのと同時に大阪市議会議員でもありました。
大阪維新の会所属で橋下さんや松井さんの子分でしたが当時の印象として政治家としては少し線が細いかなと感じていました。
流れに乗って今は市長をお勤めですが滋賀県民の私としては大阪の方々が支持している首長をこれ以上はどうこう言いませんが市民の声をもっと汲み取り、寄り添う姿勢に欠けてきたんとちゃうとアドバイスしてあげたいです。
今日のブログは久しぶりに暴走してしまいました。
反省です。



最高の人生の見つけ方
明日死ぬとしたら何を考えるだろう、明日と言わず余命がわかったら何をするのだろうとたまに思ったりします。
人が自分の人生で確実にわかっているのは自分がいつか死ぬことだけ。
大変わかりきったことながらこれは人類にとって普遍のテーマであり、個人にしてもそれぞれの捉え方がこうも違うのかと驚きを禁じ得ないものです。
ある人は会社を辞めて旅に出るかもしれないし、またある人は自暴自棄の生活を終末まで送るかもしれません。
今までの毎日、毎日の生活をただ何となく生きてきたことを激しく後悔する人もいれば、後に残される人(家族や組織のメンバー)の為に残りの命を再び燃え滾らせる人・・様々と思います。
私個人としては死ぬという事が異常に怖かった頃があります。(幼少期)
今、初老を迎え人生というものをもう一度考えてみれば死への恐怖よりも生の尊さの方が勝っているような気がしています。
これは陳腐に(人生は素晴らしい)といった生命賛歌とは少し違っているような感覚ではあります。

生と死については普遍的テーマと申し上げました。
これまでに洋の東西を問わず多くの文学・音楽・絵画・演劇・映画などがこの課題について取り上げてきました。
そのごく一部ですがこれもごく最近、私が観て考えさせてくれた作品として・・・・

『最高の人生の見つけ方』
2007年公開の映画です。
大金持ちで剛腕の実業家(ジャック・ニコルソン)と勤勉実直な自動車修理工(モーガン・フリーマン)。
お互いの人生は交わらないと思われるもののひょんなことからガン病棟で同室入院となります。
余命半年と宣告された2人は棺桶をつくり、そこに死ぬまでにやりたいことを書き込んだリストを放り込みます。
生涯最後の冒険に出かけ、ピラミッドに登り、ダイビングに興じ、憧れのスーパーカーでレースコースをぶっ飛ばします。
でも流砂の中から出てきたわずかな砂金のように2人の人生で最後に本当にやらなければならないことが現れた時2人が取った行動は?

『生きる』
1952年(昭和27年)と相当古い映画になりますが監督は黒澤 明氏。
ある市役所に勤める市民課長(志村 喬)は無気力な公務員を絵に描いたような人物。
役所自体も住民からの声をたらい回しにしてはばからない典型的な形式主義に支配されていました。
そんな時、市民課長に胃がんが発見され余命6っか月が宣告されます。
自暴自棄になって職場を無断欠勤して夜の街を飲み歩く課長にある女性が近づき・・・。
自らの生の限界を受け入れた彼は住民からの要望が強かった公園の建設に奔走し始めます。
頭の固い役所の上司や同僚を説得し、反社会的勢力を前に一歩も引きません。
彼には怖いものがなくなっているからです。
そして公園が出来上がる時がきました・・・。

『クリスマスキャロル』
英国の文豪チャールズ・ディケンズの小説です。
個人商会を営む守銭奴のスクルージーは強欲で冷酷無比、街の誰からも嫌われていてもはばかりません。
クリスマスイブの夜、そんな彼の元に3人?の精霊がやってきます。
それぞれ(過去)(現在)(未来)と名乗り、スクルージーを彼の人生のポイントに連れていきます。
一夜明けて我に返ったスクルージがとった行動とは。





僕のお母さんになってください
昨日、男ばかりで雑談をしていました。
なぜそんな話題になったのかは憶えていませんが所詮は雑談は雑談、とりとめなく流れていくものです。
その場には既婚者がニ名(私を含めて)と未婚者がニ名いました。
私が「この前、田舎道を散歩していたらメスのカマキリがむしゃむしゃと何かを食べているのを見たんだけど何とそれはオスのカマキリでさぁ、首の処だけ残して・・もう思い出すだけで気持ち悪い」としゃべりだしたら、もう一人の既婚者が「なんで女性って子どもを産む前は夫に対して従順なのに子どもができたとたん子ども第一になって夫のことをないがしろにしだすんだろう?」と問題提起がありました。
未婚者の一人が「それなら結婚は男にとって何の意味があるんだろう、癒しや潤いを求めて結婚しようと思っているのに」と言えばもう一人が「女性はカマキリですかねぇ、子どもができる前は菩薩、出来た後は夜叉」と嘆くので私も「男は女性に二度求愛しないと行けないのかも、一度目は゛結婚してください゛だけど子どもが生まれたら゛僕も息子に加えてください゛とか」。
「そんなの嫁にドン引きされますよ、キモイとか言われて・・」と先の未婚者。
四人の男は「はぁ~」とため息をついてこの話題から撤収したのでした。


日本シリーズか終わって
私はヤクルトスワローズのファンです。(サンケイアトムズの時代から)
従って福岡ソフトバンクホークスと広島カープが激突した今年の2018日本シリーズはそんなに関心がなくスルーする気でいました。
それが疲れて帰宅した時に何の気なしにテレビのチャンネルをひねったら(もうひねるじゃないんですね、昭和レトロな表現でした)日本シリーズ第1戦が中継していて、これも何の気なしにビール片手に眺めていたらどんどん引き込まれて延長戦の最後まで力を入れて観てしまったのです。
その試合は引き分けで終わりましたがとても奥が深い試合であり、これは全試合観にゃならんと決心して昨日のマツダスタジアムでの第6戦までどちらを応援するでもなく、強いて言えば両方応援しながら観戦しました。

繰り返しますが私はソフトバンクも広島にも興味がありませんでした。
両チームの4番に誰が座っているのかすら知らずにいたのです。
ソフトバンクの工藤監督は選手時代、常勝西武ライオンズの勝ち頭でしたが何となくチャラチャラしたキャラが嫌いでしたし、広島の緒方監督は選手の時はいいプレーを見せる渋い職人だったと思っていましたがあまりにも地味でわからない人でした。
しつこく繰り返しますがスワローズファンの私としては日本シリーズで過去に対戦してコテンパンにやられたホークスも嫌いでしたし、ここ数年台頭著しく球団史上初のV3を成し遂げている広島にも嫉妬していました。
前田健太が大リーグに行ったのでしめしめと思っていたら黒田が返ってきてV。
黒田が引退したと思ったら阪神から復帰した新井貴浩がシーズンで活躍。
これは広島の時代が当分続くのではないだろうか、我がヤクルトもクライマックスシリーズに何とか出るには出たが3位の巨人の下克上撃沈で終わり、その巨人もあっさり広島に敗れ、そんなに簡単に負けるなら挑戦権を譲ってくれよというのがヤクルトファンの偽わざる心境でした。(だいたい菅野を温存して何をしていたのだろうか、敗軍の将高橋由伸は・・)

しかしそんな怨念・嫉妬・卑下・見栄を吹き飛ばすほど今年の日本シリーズの両チームの戦いは見ごたえがありました。
もっと言ってしまうならカッコ良かったのです。
私が福岡に住んでいたらホークスの、広島在住ならカープの年間パスポートを買ってでも毎日球場に応援に行きたいと思わせる試合運びでした。
MVPにソフトバンクの甲斐捕手が選ばれましたが肩で受賞するなどとは長い日本シリーズの歴史でも寡聞にして知りません。
広島の誇る俊足をことごとく(甲斐キャノン)で封じたスローイングはお見事の一言に尽きました。
ソフトバンクの内川選手も今年2000本安打を達成したほどの実力と技量は誰しも認めるものですが私は彼のクセのありそうな外見が好きになれなかったところ、チームの為に第5戦、第6戦と過去の栄光をかなぐり捨てて送りバントを決め、それがいずれも決勝点に結びついたこと、デッドボールを浴びながらも果敢に試合に出たガッツ溢れる姿勢に一流プレーヤーの風格を見てファンになりました。
カープの新井貴浩も今年限りで引退を表明、試合では再三いいところで代打に出てスタジアムを沸かしましたがいづれも凡打に終わり、ついぞ快音が聞かれなかったのですがこれがリアルで良かったです。
ホークスのピッチャーが変に気をまわして甘い球を投げず真っ向勝負をしているのが野球の良さだと実感しました。
両チームのリリーフ陣も魅せてくれました。
完投能力がある先発投手を繰り出していましたが日本シリーズという短期決戦なのでお互いに1点の取り合い、1点も与えないという緊迫した試合を演出してくれました。
とりわけ、なかんずくカープのフランスア、一岡、ホークスの武田、森投手・・見事なリリーフでした。
堪能できました。

総じてレベルが高い日本シリーズだったので実のところ今日、第7戦を観たかったのですがソフトバンクが勢いを失速させずカープを押し切ってしまいました。
私は個人的に元広島カープの曲者キャツチヤー達川光男氏がソフトバンクのヘッドコーチとしてベンチでこそこそ動いていたのを注意して見ていましたが古巣いじめに徹していたようです。
この達川ヘッド、私が思うに球史に残る歴代2位の悪賢い捕手です。(1位は野村克也氏)
以上、両チームの選手の皆さん、熱い試合をありがとうございました。




NHKドラマの出来・不出来
私はテレビでドラマと言うものをほとんど観ません。
夜、疲れて家に戻り私の生活自体がドラマなのに他のフィクションを眺めようとする気力が湧かないのが理由です。
たぶん観ていると寝てしまう陳腐なドラマも数多くあります。
そんな私でも10代の頃からNHKの朝ドラと大河ドラマは観てきました。

朝ドラはだいたい当たりはずれがなしで安心して観ていられます。
問題は大河ドラマでこれが毀誉褒貶が激しい作品が多いというか、傑作もあるのですが問題作や愚作も数多くありました。
そんなドラマに当たればその1年間は不作の年と諦めるお百姓のようなものでした。
脚本・演出・俳優の演技・時代考証・舞台・大道具・小道具と確かに大河ドラマを創るというのは大変な作業と思っても国民から広く視聴料を集めている以上は納得のドラマをNHKには制作してもらいたいと思っています。

さて今年の大河ドラマ「西郷どん」は間違いなく駄作です。
回を追うごとに観る気が失せてくるのですが秋になりもはや惰性で観ています。
衛星放送1年分一括払いを返して欲しいと思っています。
俳優陣はまあいいでしょう、懸命な演技が見えてきます。
問題は時代背景の捉え方と考証と脚本の不出来です。

初回からもたもたしていたのですが前回は酷かったです。
幕末のクライマックス戊辰東北戦争を完全にすっ飛ばしていきなり明治政府成立まで行ってしまい目が点になりました。
「このあと甲州・会津・越後・函館と戦乱が続きますが時代は明治の夜明けを迎えました」とナレーターが読んだ時は(こりゃ端折り過ぎだわ)と憤慨したものです。
ある意味、西郷隆盛の黒歴史ともいうべき戊辰戦争を脚本家もスルーすることにより真実を隠そうとしているとしか思えないあざとさでした。
西郷が組織した赤報隊の非道とそれを使い捨てにした非情や会津や二本松に対して行った京都以来の怨恨を晴らしているとしか思えない長州・薩摩軍の暴虐ぶりなどは歴史の事実としてきちんとドラマの中に繰り入れるべきだったと思います。
この大河ドラマ、ぜひ全国都道府県別に視聴率を公表してもらいたいものです。
東北地方、特に福島県などではがた落ちでしょう。

あと、相変わらず坂本龍馬暗殺の回などは人気があったようです。
今回は小栗旬さんが演じていましたがなぜか二枚目が担当する龍馬です。
何年か前の龍馬主役の大河ドラマでは福山雅治さんが龍馬役でした。
これは国民的作家ともいえる司馬遼太郎氏の「竜馬がいく」の影響が大なのでしょう。
天衣無縫でバンカラ、自由な行動力で維新の回天の原動力になった坂本龍馬。
なるほど国民に人気があるのは当然でしょうか。
キューバ革命のチェ・ゲバラが人気があるように。
しかし、これも司馬遼太郎氏の創作でしかありません。
フィクションであるから司馬氏も「竜馬がいく」とわざと龍馬を竜と書き換えているのです。
実際の坂本龍馬は幕末史から見ればただのグラバー商会の使い走りに過ぎない存在であり、そう評価するべき功績もありません。
もっと言えばやたら明治維新だとか平成維新とか維新という言葉をありがたがる日本人が多いのですが司馬遼太郎氏の一連の明治・幕末ものはあくまで小説であり、司馬氏は歴史家でもなく研究者でもなく(作家)なのですから物語はフィクションです。
それを司馬史観とも祭り上げてドラマ作成のモチーフにするからいつもNHKのドラマはずっコケると私は思っています。
一概に言えることはNHK大河の明治維新を扱った作品は今年の「西郷どん」もそうですが噴飯もののオンパレードです。
(誤解のないように申せば司馬遼太郎氏の作品は小説として読めば一流のエンターテーメントです)
言いたい放題になりましたがNHKさんもそろそろ独自の視点でドラマ作成をして頂きたいものです。
その意味からも次はあの戦国のダーティヒーロー(信長を殺した男)明智光秀がいよいよ主役で登場です。
期待したいと思います。




日本は英語圏?
外出して見慣れた近所を歩いているとパトカーの巡回に出くわしました。
それ自体は特別に不思議なことではなく、勤務ごくろうさまですといった感慨ぐらいしか湧かなかったのですがこれも見慣れたはずのパトロールカーを眺めていて(おや?)と思ってしまいました。
日本の警察のパトカーは上部が白で下部が黒、これは白黒をはっきりするという意味でデザインされたと聞いていたのですがその車体下部の黒部分に白文字で(POLICE)と書かれてあるではありませんか。
(あれ、あんな文字いつから書いてあったけ?)とつい思ってしまいました。
ポリスはもちろん英語で警察ですが日本国の公務車両に何で英語が表記されているんだろうと素朴な疑問が湧いてきました。

理由として考えられるのは・・
1)日本はまだ独立していない・・サンフランシスコ講和条約は実は嘘で依然としてアメリカの実効支配を受けている。
2)海外からの外国人が観光・留学・就労様々な理由で入国してきたので国際語と言われる英語表記が採用された。
3)お洒落だから。

3)は別にふざけて言っているのではなく、リアルに漢字で(警察)とか(警視庁)とか書かれていると威圧感が増してしまうのでライトな感覚で英語を採用したと考えて頂ければ結構です。
そう、単に語感の問題です。

そもそも人種が交差する商業地や観光地ではもちろん多文化・言語の最低限の理解を求めるために各国言語表示があるのは常識となっています。
日本でも平成になって駅や宿泊施設などのトイレ、非常口、浴場など公共・民間施設では英語・中国語・韓国語などが見受けられるようになりました。
そのこと自体は不思議ではなく、私たちも海外に行った時に日本語表記があれば便利とともに安心感もあります。

ここで問題なのは(なぜ警察?)の観点です。
見方を変えてこれが陸上自衛隊の車両だったらどうでしょうか?
(ARMY)と書かれてあったら・・。
おそらく社会問題になるというか論争になるに違いありません。
開き直って(陸軍)とか(軍隊)と書かれてあったら自民党総裁選もぶっ飛んでしまいます。
左派と言われる論客が「いつから陸自は軍隊になったんだ!」と騒ぎます。(容易に想像できます)
マスコミも大いに取り上げます。
そうなると仕方がなく(自衛戦力)と書き直したりすると「やはり自衛隊は戦力だったのか!憲法違反だ、違憲の集団だ!」と追い打ちをかけられます。
今日のブログは別に改憲問題を考えるでも国防を論じるでもなく、あくまで素朴な問題提議に留めておきたいと思います。
私が言いたかったのは(外国語はソフトで母国語は生々しい)という現実です。



下駄のお守り
今現在は、そうここ12年ばかり家族旅行というものを全く行っていません。
結婚して子どもが生まれて学校に上がる前や彼女、彼らが小学生だった頃は海外旅行はさすがにおさなごを連れては体力的に無理なので国内に絞って年2回ばかり行っていました。
あれは私の初めての選挙がやっと終わった夏(平成18年)だったと思います。

10か月にも及ぶ選挙活動で心身ともにヘロヘロになっていた私は息抜きに家族を連れて1泊で飛騨高山に行きました。
川沿いの旅館に投宿してから夕飯前に散歩でもしようと街中を歩き始めました。
飛騨の古風で落ち着いた佇まいの家並みと川向うにテントを張った「出し物市」が見えたので行ってみました。
地元の野菜や特産品などが置かれた出店を見て回っていると一人のおばあさんが守をする民芸品店の前に来ました。
店と言ってもテントもなく露店で机に品物が並べられただけお店です。
出し物を見ていると小さな下駄の置物に目が留まりました。
二足で掌にのるぐらいの置物で赤く塗られていました。
おばあさんが「下駄の置物を便所に置いておくと転ばないと言うんだよ」と説明してくれたのを何となく聞いていて一種の厄除けと思って買って帰りました。

家に戻って下駄の置物をトイレの窓際に置きました。
それからこの平成30年夏まで私と我が家の運勢は二転三転、転ぶわ転ぶ、谷底まで急降下でした。
世間から見れば山道をゴロゴロと転がり、落下していき(あいつ死んだな)というぐらいの凋落と没落ぶりではなかったかと思います。
もっとも転がっている本人にしてみればそんなことを考えている余裕がなく、ただただ骨折など怪我をしないように、頭を打って死なないようにとひたすらどんどん転がるのが止まるのを必死で祈るばかりでした。
一度同じ境遇に陥った人の話を生で聞いたことがありますが「あれは地獄やった」と言われていたのを私もそうだろうなと思ったこともあります。
もう一家離散か夜逃げかと日中くたくたになってそれでも帰巣本能で我が家に戻り、疲れた体を引きずるようにまずトイレに入ると飛騨で買った下駄のお守りが目に入り、(何が転ばないお守りや、嘘ばかりだ)と何度思ったでしょう。

日曜の今朝、この前の地震で北海道が大変なことになっており行方不明の方の安否確認に山中を歩いている捜索隊のニュースが流れていました。
コーヒーを飲みながら報道を見ていた私はそれでも本当に家財産を、家族を、命を失った方々に思いを馳せれば私の10年の受難など何でもないと思えてきました。
まだ生かされていることに感謝の念しかありません。
転んだと思った私の人生は本当は転んでもいなかったのだと思えてきました。
世間一般ではみなさん同じように歯を食いしばって生きていることに気が付いたのです。
まだまだ私は甘かったようです。
何事もなく無事人生を謳歌できる人はそれはそれで良いと思っています。
運と実力もあるのでしょう。
そうではないごく普通の市井の人間である私などは天が与えてくれた試練を越えていく楽しさもあるのではないかと思い至った災害報道でした。
平成最後の夏は本当に酷暑と災害の夏でもありましたが我が家のトイレにはそのまま変わらず下駄の置物があります。




作者と作品の寿命
平成最後の夏はものすごい酷暑だったと語り継がれることでしょう。
熱中症という言葉を毎日聞きながら暮らしました。
秋の訪れをようやく感じ始めた昨今ですがこれからが溜まった疲労が出てくる頃です。

同年代、とりわけ同級生と言ってよいのか同年の訃報を聞くと心が落ち込みます。
すでに報道されているように漫画(ちびまる子ちゃん)などの作品で知られる、さくらもも子さんが先月15日にご病気の為お亡くなりになりました。(享年53歳)ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
私もファンでしたので漫画はもとよりテレビアニメなどもよく観ていました。
テレビのアニソン、BBクイーンが歌う(おどるポンポコリン)は何か聴いているとテンションが上がり、気持ちがハイになったものです。
さくらさんにはもっと活躍してほしかったと思いながらつらつらと作者にとって作品とは何かと考えてしまいます。

戦前、子どもたち(特に男子)に人気があったのが田川水泡氏の(のらくろ)と島田啓三氏の(冒険ダン吉)であり、少年倶楽部やキングなどで漫画界の世相を二分する好評を博していました。
(のらくろ)などは戦後昭和40年代までテレビアニメとして番組制作をされていましたが内容は原作の主人公のらくろが軍隊生活を送りながら軍功を立て立身出世をしていくという戦前の軍国少年の夢を煽るという作風からがらりと変わって下町の野良犬のらくろが仲間の犬たちとほんわか生きていくというストーリーに変更されていました。
(冒険ダン吉)に至っては南洋の小さな島に流れ着いた日本人少年が勇気と知恵を振り絞り、現地人(これも危ない表現なのですが)の尊敬を得て島の王になっていくという筋立てです。
戦後、外国への侵略をイメージした作風と批判され現在ではほとんどお目にかかることがありません。

さて、それでは戦後この(ちびまる子ちゃん)の先輩作品として一世を風靡した(している?)のが長谷川町子氏の(サザエさん)でしょう。
本当に息の長い作品で戦後間もない1946年(昭和21年)西日本新聞の姉妹紙である夕刊フク二チで連載がスタートしています。
平成の現在ではテレビで日曜日8チャンの18時30分からアニメが放送されています。(18時からは゛ちびまる子ちゃん゛が放映)
このサザエさんのテーマ曲がお茶の間に流れると世のお父さん方は(あ~ぁ、また明日から仕事か・・)とブルーになることから「サザエさん症候群」とも言われました。
ちなみに作者の長谷川氏の先生が(のらくろ)の田川水泡氏であることはもう忘れられています。
長谷川氏は平成4年自宅の窓から落下し全身打撲、事故死されました。(享年72歳)
(サザエさん)は家族漫画の中核として戦後の国民に安らぎと潤いを与えたと国民栄誉賞が贈られています。

ただ、最近の(サザエさん)は視聴率が低迷気味で長年のスポンサーも支援の打ち切りをほのめかしており番組としての寿命がそろそろ危惧されてきています。
これは作品の質が落ちたのではなく、おそらく祖父・祖母・嫁・夫・長男・長女・孫といった3世帯・大家族制を舞台にした物語がそろそろ世相と著しく乖離してきたことが影響しています。
現在は核家族・ダブルインカム・ノーキッズ・非婚化・晩婚化の時代であり、(サザエさん)の世界観は当世からしてみれば現実離れしていると思われているのでしょう。
しかしながらこのことは(サザエさん)が戦後の復興期から高度成長期、成熟期に日本人に提示してきた家族像が陳腐化したと軽々に批判できるわけでもなく作品として時代を映す大きな鏡であったことは否定できません。

およそ漫画に限らず書物(文学・評論など)はその作品が作者と同じ寿命を越えたあたりで世相の評価に耐えているかで古典・クラシックと呼ばれるものと思います。
その意味からも(サザエさん)は1946年の連載開始から今年で72年。
ちょうど作者の長谷川氏のご生涯と並びました。
すでに古典と呼ぶにふさわしいでしょう。






「番猫」はいるのか
お盆休みももう終わり。
借りてきたレンタルDVDで往年の戦争映画の傑作「地獄の黙示録」を観ていました。
フランシス・F・コッポラ監督のこの作品を確か映画館で観たのは私がまだ中学生の頃でしたが懐かしみながら鑑賞していましたが、狂気の米軍大佐がイーグル戦闘機のナパーム弾で抵抗するべトコンが隠れるジャングルごと焼け払い、いよいよヘリコプターを着陸させて村に突入という場面で「GO!GO!」と兵を駆り立てる下士官に「嫌だ!俺は行かん、行かないぞ!」と泣け叫ぶ新人兵を強引に引っ張っていくシーンがありました。
これは心情がよくわかります。
人間は嫌なものは嫌ですから。
今の私の心中のように盆休暇でたっぷり休んで心身ともに堕落しているのにまたシャキッと社会復帰して働けといっているようなものです。
家の中でストレスフリーに生きているのに残暑厳しい世間様の中で気を使いながら働く・・酷です。

話は変わりますが夏は窓を開けているせいか夜のしじまに外の音がやたらと入ってきます。
昨夜は一晩中、どこかの犬の鳴き声(遠吠え)がしていました。
誰か近所に潜んでいるのかとおっかなくて眠れませんでした。
そこでつい考えてしまったのですが家に犬がいるのと猫がいるのと人間にとってはどちらが心強いかという命題を。
ネットで調べてみれば答えは「猫」だそうです。(それにしてもネットは暇なのか、こんなことまで回答するとは)
゛番犬゛という言葉はありますが゛番猫゛なんて聞いたことがありません。
私にしてみれば猫は飼っていますがきゃつらが実生活で人間の役に立っているというのは実感していません。
ただ何となく一緒に家にいる同居人(猫?)なだけです。
賊が家に入って来ても犬なら噛みついたりするかもしれませんが猫は引っ掻くだけ、大したことはなく戦闘力も犬の方がありそうです。
それでもネットは猫の方に軍配を上げます。
理由は犬は懐柔される。
他人でも肉などを投げられるともう侵入者のことなど眼中になく目先の食べ物に夢中になるそうです。
猫はそうではない、警戒心をとかないそうです。(ホントかと思いますが)
しかも、猫の耳(聴力)はサイボーグ003のフランソワ並みに鋭くて人間に聞こえない音でも敏感にキャッチしているそうです。
そう言えば、私も毎晩仕事から自宅に戻ってきますが玄関のドアを開ければもう我が家の猫がお出迎えしているのには驚かされます。
家の中でも猫に気づかれず行動するのは難しいものです。
抜き足、差し足、忍び足と夜食のハムを求めて冷蔵庫まで忍んでいってももう背後に猫がいます。
あながちネットの意見は正しいのかもしれません。





亡くなった人の名誉
今朝、ラジオを聴いていたら俳優の津川雅彦氏が亡くなったとアナウンサーが言っていました。
津川さんとは一面識もありませんが映画やテレビドラマなどでその重厚な演技、時にはコミカルな表現などに見ごたえある芸風を感じてファンでした。

昔、経緯は忘れましたが津川さんの出ていた伊丹十三監督作品「マルサの女」の話を家族でしていたら母が「津川雅彦と私は同級生」と言い出したので「ええ!嘘やろ」とか何とか言っていたら、「嘘やないよ、ほら」と一枚の古い白黒写真を出してきました。
見ると若い頃のセーラー服姿の母と学生服を着たこれも若い津川雅彦さんがツーシヨットではなくクラスの集合写真として写っていました。
津川さんは京都出身ですが私の母も京都生まれの京都育ちで滋賀に嫁いできたのでした。
「津川さん、若い頃から演技が上手かったんか?」と訊けば、「大根やった」とこれもズバリと母。
私の母は歯に衣を着せないというか、思ったことをそのまま口にする人でしたから私も幼少の頃から傍にいてハラハラしどうしでした。
口は災いの元とも言いますがなかなか困ったものだ、よく京都人やってたな、だから都にいられなくなって滋賀に来たのかとずっと思っていました。

話を元に戻しますが津川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げていたら速報が入って沖縄の翁長知事も本日ご逝去されたとのこと。
人の評価は棺桶に入るまで定まらないとも言いますが願わくば故人の尊厳・名誉は最大限守られますようにと思った夜でした。


冷やし茶漬けの味
今日はB級グルメのお話を少々。
ご紹介するのは私が今夏ハマっている「冷やし茶漬け」。
今年の夏の暑さは異常ですね。
食欲も落ちがちです。
ひと仕事終わって家に帰り、夕飯とするわけですがおかずと一緒に一膳ご飯を食べてもう少し食べたいと〆をするなら私は「冷やし茶漬け」です。(カモン!ここで食欲あるじゃないかと突っ込んでください)

レシピーは簡単。
お椀にご飯をよそって市販のお茶漬けの素をふりかけ、水を入れてできれば氷を2個ぐらい浮かべて素早くかきこむのみです。
暑い夏にはぴったりの一品です。
ちなみにお勧めのお茶漬けの素は「永谷園のお茶漬け」。
これは鮭茶漬けや梅茶漬けよりこれを選んでください。
理由はあられのサクサク感。
お湯の時のようにふやけず最後までクリスピーが持続して食感が抜群だからです。

何か冷たいごはんを食べるのは抵抗があるなと思った方なら宮崎の郷土料理「冷やし汁」から入ってはいかがでしょう。
焼いたアジやイワシをほぐして焼き味噌をといた汁に豆腐やきゅうり、ショウガ、青じそを混ぜてごはんにかけて食べる夏バテ予防に最強の一品です。
日本人は炭水化物ですね。



アメリカはジャイアンかーワールドカップに見る栄光と孤立
前回ブログを更新してから世間ではいろいろなことが起こりました。
オウム真理教の元教祖・麻原彰晃の死刑執行や西日本豪雨で死者・行方不明者120名に迫る大々的な被害が発生したことなど。
宗教と犯罪や災害について書こうかと思いましたがテーマが今の私には重すぎてキーが打てませんでした。
それで今日の時点ではいよいよ大詰めに入ったサッカー・ワールドカップを観ていて感じたことを・・。

日本とベルギーの1戦は興奮しましたね。
大健闘です。
2点先行してこれはもらった!ジャパンサッカー史に残る勝利だと思ったのは私だけではないでしょう。
ですがサッカーの奥行きの深さと怖さを知った惜敗となりました、残念無念。
で、早くも次回大会に向けて日本サッカー界は盛り上がっているようですが勝てば官軍なんですかね、大会出発前は西野ジャパンはおじさんジャパンと馬鹿にしていたのに掌返しが凄すぎました。

これからはアジアの時代だ、何せ次は8枠だからとか、いやいや伝統とテクニックのヨーロッパだ、馬力の南米だ、スピードのアフリカだと世界中のサッカーファンがそのまま熱狂しているのにあれ?あの国は・・北米・・アメリカはどこに行ったの?
アメリカだけは蚊帳の外でワールドカップなど知らんふりです。

アメリカと言う国は少しひねくれたところがあり、ドラえもんで言えばジャイアンです。
お山の大将でなければ気が済まない、空き地の土管の上でジャイアンワンマンコンサートを開いて近所の子どもたちに強制的に聴かせる、気に入ったものは無期限に借りる、気に入らない奴はぶん殴る・・困ったちゃんなのですが不思議に地域のこども世界はジャイアンの平和で何とかなっているのです。

アメリカはとにかく自分がNO1でなければ気が済まない国です。
今さら頭下げて世界の強豪の中で汗水かくのはごめんだと思っています。
そんなことなら無視・無視・・アメリカにはアメフトがある、ベースボールがある、ゴルフがある、アメリカが1番になれるなら新しいスポーツとルールそして組織を創る・・ジャイアンでしょう?、発想が。
日本には野球というベースボースに似たものがあるから日本は子分にしてやってもいいぜという感覚です。

政治的にももちろんそうですね。
自分が主役になれなければTPPも交渉はやめ、CO2削減の為の世界目標である京都議定書も国益に反するとか言って脱退。
どこまでも我儘な奴です。
二酸化炭素を一番出している国のくせに。

それではスネ夫はどこの国でしょうか。
アメリカの腰巾着的なポジションでありながらおうちが少しお金持ちなので密かにジャイアンを小馬鹿にしている日本かなと思います。
静かちゃんは自由と伝統を重んじるフランスのイメージ。
難しいのはのび太とドラえもんです。
気が弱くて、気が良くて、他人頼みでとのび太は昭和の時代の日本的ですが今は該当しない感じです。
ドラえもんも困ったときに頼りになる・・こんな国ありません。
あえて言えば国連でしょうが現実はかけ離れています。
作者の藤子不二雄先生は将来の日本が科学技術やODA開発などで日本が世界の国々と仲良く、信頼される国になっていってほしいという思いを込めてドラえもん像を提示しているというのは私の深読みしすぎでしょうか。
ですがジャイアン・・トランプ大統領にそのままですね。





お札の人物
長かった滋賀県知事選挙も今日が投票日です。
投票所に足を運びました。
ついでに近所のスーパーで買い物をしようとお財布の中身を覗いたら福沢諭吉氏や樋口一葉さんがいません。
いらっしゃるのは野口英世氏が3人でした。
これでは心許ないなと思ったのと同時にお札の人物ってどのような基準で決まるのかとも考えてしまいました。

調べてみれば我が国初めての紙幣で1円札が発行され肖像は神功天皇・・何と女性が選ばれていました。
1881年というから明治14年のことです。
同時に5円札では菅原道真・・これは何となく選ばれた理由がわかります、なんせ学問の神様ですから。
神功天皇は(三韓征伐)に乗り出した勇ましい女傑天皇ですが現在なら採択されないでしょうね、お隣が抗議するでしょうから。

少し年代が下り、1889年(明治22年)、1円札には代わって武内宿禰(たけうちくすね)・・誰じゃという人物です。
日本書紀や古事記に現れますが景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代の天皇に仕えた伝説の忠臣だそうです。
まるでクィーンの伝説のチャンピオンのようですがはっきり言ってなじみがありません。
同時に10円札には和気清麻呂(わけのきよまろ)・・これも平成に生きる私たちには過去の人というよりも知らない人です。
平安期の皇位簒奪を目論んだ(道鏡事件)を阻止した人物というのが主な功績の人だそうです。
また同時に100円札には藤原鎌足・・天智天皇と一緒に大化の改新の時に宮中で剣を振るった暴れん坊ですが全国津々浦々にいらっしゃる栄光の藤原家の皆さんの祖とも言われる方です。
このように見ると明治期は(忠臣ブーム)で皇室に貢献した人がお札になっていたのかなと納得しました。

戦後すぐは1946年(昭和21年)の1円札の二宮尊徳さん・・昔の学校に行けば校庭の結構いいポールポジションに薪を背負って本を読みながら歩く銅像が建っていました。
今なら車に轢かれるからやめなさいと言いたくなる人です。
わからないのは二宮尊徳さんは戦前、(修身の象徴)と呼ばれ、突き詰めると軍国教育のシンボル的存在に祭り上げられたのに日本が戦争で負けているにもかかわらず紙幣になっているのが不思議です。
造幣局にも骨のある人がいたのか、単にGHQが勉強不足だったのか。

私たち昭和40年少年少女には懐かしい伊藤博文氏は1963年(昭和38年)に千円札で登場しています。
政治家ですからいろいろ言われましたが特に伊藤氏は日本国初代総理大臣であると同時に朝鮮府初代総監だったため(日帝36年)とギクシャクしていたお隣から「なんで日本はあんな人物をお札にするのか」と私も抗議を直接聞いた覚えがあります。
これより政治家がお札になるのが何となく憚れるようになりました。
でもお隣もその伊藤氏を暗殺したテロリストの安重根をお札にしているのでこちらは「何で犯罪者をお札にしているのか」と問うべきでしょう。
大津でロシアのニコライ2世を襲った津田巡査がお札になるとたぶんプーチンさんから安部首相にクレームがつくのと同じ理屈かと思います。

これ以降は福沢諭吉氏や新渡戸稲造氏、夏目漱石氏など文化人で世界的に日本が誇れる人物が(無難なので)選ばれるようになったそうです。
個人的にはジャイアント馬場さんとか冒険家の植村直巳さん、「芸術は爆発だ」の岡本太郎さんや少し(かなり)難しいかもしれませんがミュージシャンの忌野清志郎さんなどがお札の肖像になれば日本経済も少しは明るくなるのではと希望しています。





カレーの消費性向の変化と人口減少
先日のネットニュースでカレー市場では遂にカレーの固形ルーがレトルトカレーに売上額を抜かされたと報じられていました。
故・西城秀樹さんのCMが懐かしい箱入りバーモントカレーよりククレカレーの方が良く売れているということです。
それがどうしたと言われそうですが昭和の夕食を象徴する大家族でのおふくろのカレー、じゃがいも・ニンジンざく切りでお鍋で
コトコトと煮込んだカレーより個食のレトルトが売れているという事は調理に手間暇をかけられないという家族事情とともに大家族よりも少子化が進んだ平成の核家族化がより顕著になったと分析すべきでしょう。

滋賀県では知事選挙が始まっています。
告示された朝の新聞で市町の有権者数を見て驚きました。
滋賀県内各市町村で▼マークがついて減っているのは私の住む高島市ぐらいで他の市町は何とか微増でした。
高島市の有権者は4万1千人。(平成29年6月現在)
これは町村合併した2005年の5万3千人から1万2千人も激減しています。
どうりで街にも活気が感じられないわけです。
しかもこれには数字のレトリックが加わっています。
2年前の公職選挙法改正によって選挙人年齢が18才に引き下げられたにも関わらずこの低落です。
若者もどんどん街を出て行っているのでしょうか。
もちろんこれは高島市だけの問題ではなく全国津々浦々の地方都市共通の課題です。
それでも滋賀県は地の利を活かして今まで人口増が続いてきてます。
高島市だけ1人負けと自虐に陥りますがこうなれば開き直って自然と環境を活かして人口が減っていっても住みよい街を目指す方が現実的かもしれませんね。






内田監督に見る出処進退のまずさ
日本大学アメフト部の内田正人前監督が関西学院との試合で選手にラフプレーを指示した問題は大きく取り上げられましたが警察や文科省・スポーツ省までもが乗り出す大事になったのは偏に内田監督の認識の甘さと日大の危機管理のゆるさ故でしょう。
あの記者会見で内田監督(元)と井上コーチ(元)は前日の日大M選手の謝罪を含めた涙ながらの会見を全否定して選手の個人プレーと断定したうえに監督・コーチは辞めると煙に巻くような身の施し方で事件の幕引きを狙いました。
世論はもちろん納得せず、関東学生アメリカンフットボール連盟は緊急理事会を招集し、内田監督と井上コーチを最も重い処罰である除名に処しました。
つまりはアメフト界からへの永久追放です。

内田監督はなぜ嘘までついて何を守ろうとしたのでしょうか。
どうせ記者会見まで開いて監督辞任を述べるなら無謀な指示を出したM選手とチームに謝り、その上で潔く辞任していたならばここまでの大事にはならなかったのにと悔やまれます。
その際に自身が就任している日大の常務理事は停止という甘い出処進退を下したことが批判を招いたのです。
アメフト部に係わるのはもういいから大学の権力機構には残って今後も影響力を行使したいという思惑が透けていたからこそ世間の指弾を浴びることになりました。

「出処進退」・・調べてみれば(出)は世に出て仕えること、(処)は公の仕事から身をひき家に戻ること、(進退)は仕事を続けるか辞めるかの身の振り方を言うようです。

内田監督は見事にこの出処進退を間違えました。
誰しも自分が築き上げてきた地位や身分にはついしがみついてしまうものです。
しかし、ここを間違えると評価を大きく落とすことになります。
権力亡者呼ばわりされ、組織も腐敗していきます。
結局、世論の追及に耐え切れず常務理事を辞任させられる羽目となりました。
結果は同じでも後味が悪く、(心)が残りません。

腐敗していたのが内田監督の指導体制だけかと思っていたら日本大学そのものの教育姿勢にも疑問が出ています。
まず大塚吉兵衛学長が記者会見で何が言いたいのかわからない意味不明の発言を繰り返し、その後は関東学生連盟の裁定への恨み言を言いふらし、顧みるところがありません。
文科省とスポーツ庁に出向き報告をしましたが「何を言っているのかよくわからない」と酷評されます。
歯切れの悪さが保身に繋がっているとの見方までされています。
日大の最高責任者・田中英寿理事長に至っては公の場に出てくることさえ拒んでいます。
文科省は大塚学長に(原因追及)(再発防止)と(学生保護)を要求しましたが内田氏のみならず大学の執行体制自体が学生に目がいっているのかはなはだ疑問だからこそこのような恥ずべき(大学にとって)項目が出てきたのでしょう。

現在、就職シーズンを迎えて日大の学生はどのように感じているのか、学生の立場になれば可哀想になってまいります。
学校がしっかりと学生を守る、そんな当たり前の姿勢を日大役員に求めたいと一連の騒動を見聞きして感じています。



名門日大アメフト部の異様ー羅生門からの考察
今月初めにネットから出回りその後、テレビのニュースなどで大いに取り上げられ世間の耳目を集めた「日大アメフト部による危険プレー事件」。
ラフプレーの被害に遭った関西学院大学の選手は全治3週間の怪我を負ったのですが瞬間の画像を見れば一つ間違えると麻痺や不随が一生残るほどの大変危険極まりないプレーでした。
先週、危険行為を犯した日大アメフト部のM選手が先駆けて記者会見。
自らの行為を監督、コーチなどより「相手のQBを潰せ」「やらなきゃ意味ないだろ」と作戦指示を与えられ行ったと内幕を暴露しました。
会見を聴いていて(やはりそうか、そうでなければ1選手の判断であんな危険なことは起こらないだろうな)と納得した矢先の翌日、今度は日大アメフト部の内田監督(当時)や井上コーチが記者会見。
(選手が先で監督が後か、日大の危機管理も大したことがないな、順番が逆だろ)と思いながらそれでも選手とチームの見解が一致すればこの件も一応スッキリすると聞いていたら耳を疑いました。
内田監督と井上コーチはM選手へ「相手を潰せという言葉は出したがそれは積極的にプレーしろという意味で反則を指示した覚えがない」と全否定でした。
これは揉めるなと思っていたら後日、日大の学長がおっとり刀で出てきて何を言いたいのかわからない、意味不明の会見。
それを受けて関学の被害に遭った選手の父親が怒りの会見。
遅すぎる日大の事実報告書を受けて関西学院大学アメフト部監督が「真実を語っていない」と日大を批判。
事件は二転三転、七転八倒、迷宮入りの藪の中となりとうとう刑事告発だ、司法に委ねると大騒ぎに。
この一連の騒動を見ていて、黒澤明監督の映画「羅生門」を彷彿させられました。

「羅生門」は1950年(昭和25年)に公開されべネツィア国際金獅子賞に輝き、日本映画復活の印象を全世界に与えた記念すべき作品です。
脚本は芥川龍之介の短編小説「藪の中」が下敷きとなっていますがストーリーを詳しく述べると冗長になりますのでごくさらりと紹介すれば応仁の乱の荒れ果てた京都市中が舞台となっており、妻を連れた武士が野盗に襲われ山中で殺されます。
その後、妻は野盗に手籠めにされますが事件を捜査した検非違使(当時の警察)が取り調べの場でこの野盗、殺された男の妻、更には巫女を使って殺された男の亡霊まで出廷させてそれぞれの言い分を詮査するものの、各人が勝手な自分に都合がいい証言をしており、事実関係が一致いたしません。
首を傾げる検非違使取り締まり官の下にそれまで事件に巻き込まれるのを恐れて出てこなかった杣売りが藪の中から一部始終を見ていたと申し出ます。
遂に決定打かと思っていたらどうも杣売りも自分の卑怯を隠す為に一つ嘘をついているのがわかってきます。
「真実はひとつ」のはずなのに4者がそれぞれ違ったことを証言しているので真相は藪の中というラストとなり映画は終わります。

今回のアメフト事件は究極のところ(選手に首脳陣から反則プレーの指示があったか、否か)なのですが現時点ではもやもやしています。
私個人的には限りなく日大の内田監督と井上コーチが黒なのですが真相はまだ(藪の中)です。




知事選挙の動向ーケース滋賀県
滋賀県の知事選挙が来月7日に告示、24日に投開票となりいよいよ始まります。
現職の三日月大造氏と新人で滋賀大学名誉教授の近藤 学氏の一騎打ちの公算が強くなっています。
この選挙結果次第では来春の統一地方選挙や参議院選挙の趨勢に影響が出る為に関係者も注目しているところです。

近藤氏の陣営では「三日月さんは自民にすり寄っている、カラーがない」と批判の声が挙がっていると聞きました。
これは難しい点で三日月氏が自民にすり寄っているのか、自民が三日月氏に近づいているのかは政治的駆け引きの産物であって一概には断定できません。
ただ言えるのは自民党は結党以来、「愛国・反共・憲法改正」がテーゼとなっており、今回の近藤氏がはっきりカラーを出し過ぎているのには到底相容れないものです。
今回は共産党以外の政党も現職に相乗りになっており、決して三日月県政が保守化しているという評価はできないところです。

しかし考えてみるとこの40年ばかりの谷口知事以降、滋賀県の公選知事選挙は大変血なまぐさい構図が続いてきたなと思っています。
野崎欣一郎氏(知事在任1966年~1974年)も県の総務部長、副知事を務め初当選の時は自民党・社会党・民社党などが相乗りして45歳と当時の全国最年少知事ともてはやされたものの、3期目に武村正義氏が名乗りを上げ結果、6300票の僅差で武村氏に軍配が上がるという滋賀県選挙史でも今も語り継がれる壮絶なものでした。
武村氏が八日市市長を務めていたことから「県庁VS八日市」とも言われましたが自民党など保守政党がバックにあった野崎氏に対抗して革新政党や労働8団体を味方につけた武村氏が押し切った選挙でした。

武村氏が滋賀県知事を3期務めた後、1986年7月の第38回衆議院選挙に無所属として立候補されますが途中、自民党が推薦を出しています。
県知事在任期間は自民党と対立していた武村氏ですがここは国政進出の為と頭を切り替えられたのでしょう。
自民党としても県政野党はこうこりごりという雰囲気だったことも手伝いました。
後任の知事としては県庁職員出身で水政課長・企画部長・総務部長を経て1982年からは武村県政で副知事を務めていた稲葉 稔氏が就きます。
県職員OB会でも「稲葉さんの時は仕事がやりやすかった」と懐かしまれるほど滋賀県でも陽だまりのような平和な県政が珍しく続いた時期でした。

稲葉氏が健康上の理由から知事を退任するとなってからの知事候補選考も荒れました。
まず自民党が割れています。
健康福祉部長や総務部長を歴任した國松善次氏が自民党推薦を得ましたが党内の一部県議が「選考過程が不透明」と反発して県出納長であった高井八良氏を擁立、同時に大津市議や草津市議の自民党団も大阪府副知事だった吉沢 建氏を立てて三つ巴の選挙戦となりました。
結果は國松氏が当選しています。

3期目を目指した國松県政でしたがまさかの「もったいない旋風」で嘉田由紀子氏が滋賀県知事に就任したのが2006年の7月の選挙でした。
その嘉田氏が2期で降板して来月より三日月県政2期目を賭けて選挙となるわけですが冒頭で申したように三日月知事と自民党の距離を接近させたのは嘉田県政の時に自民党が真っ向うから反発した「大戸川ダムー3府県知事見直し意見書」を再度見直す機運が出てきたことによります。
これは滋賀県知事の嘉田氏と大阪の橋下知事(当時)、京都府の山田知事(当時)の3者により国にダム建設の必要性がないとした意見書提出が送られ事実上、大戸川ダム建設が中止に追い込まれた事件です。
この意見書を真に主導したのは誰かという問題がありますが当時、パフォーマンス抜群で国民レベルの政治家だった橋下氏は単に琵琶湖の下流府県として琵琶湖総合開発の悪夢(あくまで大阪にとって)を払拭するためにダム建設に無関係の立場を取り、滋賀県の嘉田知事は理論上は県益確保のためにダムをつくる選択を取るべきでしたが彼女独特の「もったいない精神」が勝り、本当の黒幕は京都府の山田啓二知事となります。

山田知事のダム建設反対は筋金入りで周囲からは「あの人が辞めない限り大戸川と瀬田川は危ない」と囁かれていました。
もちろん同じ京都で下流の宇治川も危険な状態が続いておりましたが瀬田川洗堰が最後の防波堤として機能していましたから山田府政に文句は言っておりましたがそこは政治的妥協があったものと思われます。(これ以上は言えません)
その山田氏もこの2018年4月で西脇 隆俊氏に知事交代が行われ、西脇府政は瀬田川・宇治川問題に現実的対応を取ることが見込まれることから昨年末の滋賀県議会での知事答弁で大戸川ダムの三日月知事の踏み込んだ話が出て自民党との宥和ムードが醸成され今回の滋賀県知事選挙に繋がってきたのです。
やはり選挙はやらないといけませんね、民主主義では。






秀樹に感謝
5月に入り気だるい毎日が続き、すっかりブログを書く意欲も失いつつある昨今、スーパースターの訃報に接して一言申し上げたいと重い腰をあげました。
西城秀樹さんがお亡くなりになったことが今日発表されました。
昭和の子どもたちだった私のような者は西城さんの歌に何度元気づけられたことか。
思春期に「ヤングマン」を聴いて能天気な青少年として過ごせたあの日々を懐かしく思い返しました。
バーモントカレーのCM「ヒデキ感激!」という短いフレーズは流行語となりました。

63歳という比較的早いご逝去となってしまいましたが2度の脳梗塞に倒れながらも歌手としての矜持を忘れず、前向きにステージに立たれたお姿は子どもの頃の私たちの夢を体現してくださっていると変わらぬ応援エールを送っておりました。
「病気に感謝している」という前向き且つ明るいコメントもお人柄を偲ばせます。
西城さんについてまだまだ語りたいことは多いのですが国民的スターでもある方ですから1ファンとして心からご冥福をお祈りして締めくくりたいと思います。

ガンとファーストフード
あなたはファーストフードを食べますか?-こんな質問をされたら私の答えはSAY、YESです。
なにせ人口調味料とインスタント食品とファーストフード全盛の20世紀少年時代を過ごした年代層ですから。

昨夜、「池上彰と考えよう」というTVを見ていました。
池上さんは凄いと思います。
難しいことを簡単に説明されるからです。
これができるということはかなり事前に勉強して噛み砕いておかないと人に教えるのは無理だからです。
難しいことを難しくしゃべるのは簡単です。
時には簡単なことを難しくしゃべる人がいますがこれも才能です。

その池上さんの番組でハンバーガーチェーンのマクドナルドが日本に初めて上陸したのが1971年(昭和46年)7月20日の銀座と紹介されていました。
この報道に接した時、私は小学1年生でした。
ハンバーガーって何だろう?
マクドナルドってアメリカの匂いがプンプンするけど行ってみたいと心から思いました。
しかし、首都東京のど真ん中にやっと1号店ができたばかりですから滋賀の蝦夷地と呼ばれている高島郡にマクドがお目見えするのは参勤交代の行列を待つよりもしんどいことでした。(意味不明の比喩)

それでも私が小6の時にやっと隣の大津市の堅田にマクドナルドが出店したとの朗報が入りました。
その時、私が感じたのは堅田にしてやられた、これで高島は未来永劫、大津に頭が上がらないというわけのわからない地域ナショナリズムの高揚でした。
ですがそんなことも言っていられないので私は親にせがんでマクドに連れて行ってもらいました。
初めて口にしたハンバーガーはもう死んでもいいと思うぐらいに美味しかったのを今でも憶えています。
小学生でハンバーガーを食べてショック死するのはいかにも間抜けですがそれぐらい文明を感じたのです。

平成になってアメリカでもファーストフード批判が始まり、マクドナルド様が槍玉にあげられていました。
ハンバーガーを1か月食べ続けたら血糖値が上昇、体重が激増、その他あらゆる健康数値が悪化などと報じられていました。
そりゃそればかり食べたらそうなるに決まっているじゃろうが、程度の問題じゃと思っていました。
どこのどいつがハンバーガーばかり食べ続けるのか?
そいつは笹の葉を食べるパンダか?ユーカリ食べるコアラか?と呆れていました。
テレビでゼンマイやワラビなどの山菜を食べるとガンになる、発ガン性物質があると言っていました。
よくよく聞いてみれば1週間、軽トラ一杯の山菜を食べ続けたらガンが発症するリスクがあるということでした。
フェークニュースの典型です。
ガンになったと騒ぐより山菜をトラック山盛り食べるバカの方がテレビに出たら面白いと思います。

よくあの食事はガンを防ぐとかガンになるとか言いますが要は程度の問題だと思います。
確かにガンは今や日本人の死亡原因第1位で2人に1人はガンになり、3人に1人はガンで死亡するそうです。
そうともなれば私たちもガンに無神経でいられないのはわかります。
ですがガン細胞は1日5000個ばかり私たちの体の中で発生して免疫細胞がそれを攻撃して消しているにすぎません。
人間の体内は約60兆個ばかりの細胞で形成されていますが絶えず細胞分裂を繰り返しており、そのコピーミスがガン細胞と言われているものです。
いわばガンも自分から出たもの、私たちは上手にガンと生きることを考えた方が長生きができるようです。
食事も大切ですが健全な生活習慣の維持やストレスを上手に発散させることも大切となります。
健康に生活する上で大事なのは一点豪華主義で考えるのではなく、あくまで体のバランスにより食事・睡眠・運動・精神の調和を図る方がいいのではないでしょうか。




ペナントの行方
今日あたりからゴールデンウイークに入ったようです。
大型連休ですから国内外問わず大勢の人々が出かけられると思いますがどうぞ交通安全には気をつけていただきたいものです。

(出かける)というキーワードから旅行というものを連想しますが私の旅行の思い出は遥か彼方の昭和にあります。
そう、表題の「ペナントの行方」を見て(ああ、野球の話か)と感じた方もいらっしゃると思いますが私が今朝、思い出したのは子どもの頃、観光地のお土産屋に売っていたあの細長い二等辺三角形の旗(ペナント)です。
こう言うと昭和世代の人は(そう言えばあったなそんなのが)と思い出す方もおられるのではないかと。

私が初めてお土産のペナントを買ったのが小学校の修学旅行で伊勢志摩に行った時でした。
地元のお土産屋で何か(自分への)お土産らしいものを買わねばならないと探したら(伊勢志摩)と金文字で刺繍されたペナントが目につき買ったのが最初でした。
二見浦の夫婦岩が書きだされた1枚(1旗?)でした。
家に戻って自分の部屋の壁に画びょうで止めたら何か室内がピシッと引き締まったような感覚でした。
妹が見て、「お兄ちゃん、かっこいいやん」と言ってくれたので嬉しくなって(よし、これからペナント集めを我が趣味としよう)と思いました。
もう値段は憶えていませんが当時で1枚1000円はいってなかったと思います。
おそらく500円前後ぐらいかちよっと高級なので800円までだったかと。

ちなみに調べてみるとペナントというのはぺノンとペンダントの合成語だそうです。
ぺノンは下級ナイトが槍につけていた長三角の旗、ペンダントは軍艦に掲げられた三角旗よりきているようです。
野球のペナントレースは優勝旗がこの形をしていることから現在も日米ではそう呼ばれています。

その後の私は宿泊であろうと日帰りであろうとともかく観光地のお土産屋さんに行くとせっせとペナントを求めて自分の部屋に貼りました。
高校生になった時、ふと我に返って自分の部屋をまじまじと眺めればすでに壁四方一面どころか天井にまでペナントが貼りつくされ目が眩みました。
(これはアホの部屋だな)と思いました。
そこから私の学業急降下が始まり、大学受験に失敗して浪人生活となりました。
それは(ペナントの呪い)とも呼ばれる石田家に今も伝わる伝説です。
浪人の春に一念発起してペナントをすべて外すと頭がすっきりして翌春には何とか進学できました。
これは世に(ペナント呪縛からの解放)と呼ばれています。

ペナントは1950年代から1980年代にかけて全国観光地で盛んに販売されました。
まだカメラが庶民には高級品で旅の思い出として人気を集めたお土産だったようです。
ペナントと聞いて懐かしいと思われた紳士・淑女のみなさん、もうけっこうなお歳ですよ。


役人の「忖度」し過ぎは議員を悪くする
国会が荒れています。
森友や加計の件より派生しているようです。
官公庁内でセクハラ疑惑もあったようです。
野党の女性国会議員が「ME TOO」のプラカードを掲げて財務省に押しかけ麻生大臣の辞任を要求していました。
はっきり申してあんな程度の低い野党国会議員を選んだのは国民です。
国費の無駄です。
趣旨、目的ともにズレまくっています。

もう10年ほど前になりますが私が地方議員現職の時にこのブログで書くことがなかったのでその日、大津市にある県管理の宿泊施設で行われた自民党県連の会合に出向いた際、地下駐車場で私自身の雑な運転の結果、車を壁にこすってしまったということを書き込み更新しました。
翌日、県庁内の会派の部屋にいた私は女性職員より県職員の方が面会にきていると告げられました。
何だろうと応接室に出て行くと二人の男性が立っていました。
深々と頭を下げて「石田先生、施設課の者です、何か〇〇〇でお車を擦られたとか・・誠に申し訳ございません、お怪我などはございませんでしたか」と言われるではありませんか。
私は驚いて「いえいえ、それは私が乱暴な運転をしてしまったからです、ご心配にはおよびません」と恐縮しました。
すると二人の県職員の方が「ありがとうございます、施設には厳重に申しておきます、それでは失礼します」とほっとした表情で退出されました。
おそらく私のブログを見て飛んで来られたのだと推測はできました。

国、地方ともに議員に対して役人は相当の神経を使います。
一時期流行った「忖度」という言葉もあるいは生きている世界です。
それでも過剰な忖度は言いにくいのですが議員を増長させる元となりかねません。
人間的にできている上で政界に入ってきている人はまだいいのですが未熟だと自分がなんだか偉くなったような気分になる人もいるにはいます。
そんな人が秘書に向かって「このハゲェー!」などと叫んだりします。
人間は謙虚に生きるのが一番です。




韓国の憂鬱
こんにちは、猫と政治とラーメンが好きな石田祐介です。
政治と言っても地方政治に関わってきた私がブログでは国政の事項を良く書き込む理由は自分でもわかっています。
「国政なら差しさわりがない」・・これがすべてです。
少し物事が大きいのでぼやけてしまうのがいいところです。
私の地元の市政やもしかしたら県政でも書いてしまうと身近過ぎてブーメランのように跳ね返ってくるのでネタがあっても書けません。
すぐに名誉棄損訴訟を起こしたがるおっちゃんとかが相手になりますから。

というわけで新聞記事などを読んでいると最近、韓国に対する日本国内の記事が減っているのに気がつきます。
あるのはバッドニュースぐらいでしょうか。
近頃では現在政権である文大統領の前の朴槿恵前大統領に懲役28年が確定したというニュースが流れました。
実刑判決ですから彼女の歳を考えると死ぬまで刑務所に収監されるということになり事実上の無期懲役判決です。
その前の李明博元大統領にも収賄容疑で裁判が行われていましたが有罪が確定しました。
歴代大統領が次から次へと逮捕・自殺していく韓国の政治ははっきり言って病んでいます。

病んでいるのは残念なことに政治だけではなく社会そのものかもしれません。
韓国の失業率はこの春にも過去最高を記録しました。
WHOが毎年出している各国別10万人当たりの自殺率統計では2004年からぶっちぎりで今年も含めて14年連続で首位をキープです。
日本の自殺者のように病苦などの理由ではなく経済的貧困が主な理由となっています。
社会的に格差が広がり、若者は幼年から受験戦争を強いられるか、人生の早い段階からドロップアウトを余儀なくされている超格差社会が進行中ではなく固定化しています。
以前報道され少し面白かったのですが大韓航空の社長の娘(当時副社長)がフライト前に出されたスナックの豆菓子が美味しくないと言って離陸直前に機長に命令して滑走路からピットに引き返させた事件、いわゆるナッツ・リターンはさすがに韓国大衆の怒りをかい、裁判となり公道で土下座をしていましたものの、今月はその妹(専務)が会議中にコップの水を部下にぶちまけて話題になりました。
批判をあびているうちによく調べれば空港での免税措置も取らずに長期にわたって持ち出し等の脱税疑惑で起訴されました。
立場を悪用したセコイ事例ながら韓国では財閥系経営者一族と一般大衆がれっきとした身分制度の中で生きている証左でもあります。

日本の外務省がwebサイトで表記している対外表現で韓国については今まで最大限の配慮と敬意をもって「我が国に対して最も重要な隣国」と流していましたが文言が削除され、「両国は困難に直面しているが最も需要なのは未来志向で各分野において協力を推進すること」とあっさりした内容に変更となっています。
ぶちあければ「日本と韓国の仲はうまくいっていないが過去の歴史とかを韓国がうだうだいつまでも言っていないで未来を大切にして国交を構築したら協力関係も築けるんじゃない」という突き放しです。
おそらく2015年に日韓で調印した「慰安婦合意」を文在寅政権がちゃぶ台返ししたことについての静かな怒りです。
今の韓国外交には品格がありません。
そのわけは韓国政府が胸に手をあてて考えるべきです。






軽いブログ
私はなぜブログを更新するのかと自問自答する時もあります。
もうかれこれ14年ばかり細々と綴っています。
当初は世間様に自分の意見なりを知っていただきたいという気持ちからでした。
今はもう枯れてそんな思いはありません。
惰性で書いているのか、PC上に自分の活動記録として日記として留めているのか、そんなところです。
最近思っているのは長く書いているとたまに読み返してみて「ああ、この時の私はこんなことを考えていたのか」とその時の自身の精神状態を定点観測するために残しておこうとしている観もあります。

そのようなことで本日はちょっと飛んだ内容を書きますからおふざけが嫌いな方はここで目を通されるのを中断された方がいいとお勧めいたします。
日曜日、ゆっくりと起床した私はまず起き抜けのコーヒーを一杯飲み、いつものようにつまらない妄想に入りました。
休日まで浮世のことをあれやこれやと考えるのはストレスがたまるのでどうでもいいことから発想を広げるのが常となっています。

まず庭の葉桜を眺めて思ったのは(今年の桜の花も散ってしまった、昨年も眺めてそう思っていたが誠に1年など過ぎるのが早いものよのう)という率直な感想。
1日がひと月が、1年が早く過ぎると感じておられる中高年の同士の皆さん、この感覚はたぶん共有できるのではないでしょうか。
私なんかついこの前に平成元年だ、平成の世だと思っていたのにもう今年は30年・・30年なんかすぐに経ってしまったな、来年の今頃は平成も終わるのかという感覚です。
歳を取れば時間の流れが速くなると申しますか、例えば小学生の頃の夏休み・・あの永遠に続きそうな暑い夏はどこにいったのかと失われた時を求めてしまいます。

さて前フリは以上です。
日曜日の朝に時間の経過の短さに考えを巡らしていた時に高校時代に世界史の教科書に(世界4大文明)の記述があってメソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明などそれぞれが記載されていたのを思い出しました。
高校の教師などは「このあたりはほとんどに入試に出ることはないからな」とか言っていましたがなら教えるなよと内心思っていました。
例えばエジプト文明・・なぜか日本人には人気があるようで時々テレビなどではスフィンクスだ、ファラオだ、王家の谷だとやっています。
文明の発生は紀元前(BC)5000年・・高校生の時の私は「うわぁ紀元前か、ビフォワクライストか、5000年前の文明など遥か彼方の悠久の歴史じゃないか」と恐れおののいていたのです。
でもおっさんになった現在では先ほどの桜の話ですが1年なんか瞬く間でそれがたった5000回繰り返されたに過ぎないごく最近の出来事としか捉えられなくなっています。
私の感性が鈍っているのか、時間軸が歪んでいるのかはわかりません。
昔のことを調査して考える学問を(考古学)と言うようですが生意気を言いますががまだ4大文明ぐらいでは古くないと思ったりもします。
ちなみに余談ですがこの(4大文明)という考察は世界でも中国・韓国・日本ぐらいしか流布されておらずワールドクラスの見解では当時地球上では20もの文明が認められていたのでことさら4大と有難がるものではないのが定説らしいです。

では私的にどれぐらいが想像を絶する昔の話となるのかと考えれば、それは人類の歩みぐらいでしょうか。
これは未だに統一見解が出揃っていない未知の領域です。
もう何万年、何十万年前の人類の進化の歴史であり当然、文字がない時代ですから考証は読み取りではなく発掘・精査・比較と手間暇がかかります。
現在の人類は(ホモ・サピエンス)と呼ばれているのは割に知られています。
でも人類の進化の歴史には多くの解明されていない謎があり、猿人から直立歩行が始まり、(ホモ・ハビリス)などの原人が地上を跋扈して次々と進化を遂げ、ホモ・サピエンスの前の(ホモ・ネアンデルターレンシス)が滅びとそれこそ4大文明の比ではなく人類の文明・文化は幾多も何度も勃興と消滅を繰り返しているのが容易に想像できます。

最近の学説の中では人類の歴史は(進化)ではなく、突然変異か、現れた(新人類)がそれまで地上を謳歌していた(旧人類)を駆逐してきたとも言っています。
つまり私たちホモ・サピエンスは以前のネアンデルター人を絶滅に追い込んだという考え方。
これはちよっとぞっとする学説ですね。
私が中学生の時に一世を風靡したアニメ「機動戦士ガンダム」ではニュータイプという人種が出てきて活躍していましたが能力に差がありすぎて怖いですね。
最近では将棋の藤井総太6段(もうすぐ7段)が新人類ではないかと私は疑っています。
エンゼルスの大谷翔平選手なども。
ですが、藤井棋士の登場と重なるように棋界を引退されたヒフミンこと加藤一二三氏も若かりし頃、彗星のようにデビューしてそれまでの最年少昇段記録を次々と塗り替え、天才の名を欲しいままにされたとのことです。
本来ならこの加藤高位こそニュータイプなのですが最近、テレビなどバラエティー番組で弾ける加藤氏を見るにつけとてもそうは思えなくなってきました。
もしかしたら「能ある新人類は爪を隠す」という格言なのかもしれません。

ここまで我強く読んでこられた方へ・・どうでしょう、つまらなかったでしょう。
まるで居酒屋でうだうだ言っている内容そのものです、自分でもわかっています。
軽いブログです、風のように。




やりきれない気持ち
この春から長男が京都の学校の寮に入り、我が家は妻と次男を含めて3人となりました。
長女は東京の学校に在籍中で5人で暮らしていた時のことを思い出すとまた淋しい気分です。
長男は昨年の春、地元(高島市)の高校を卒業しましたが1年間宅浪の19歳です。

そんな桜の花が散った後の12日の朝、新聞記者から電話がかかってきました。
何だろうとお話を聞くと昨日発生した彦根市での警察官による同僚警官への発砲・殺傷事件のことでした。
どうも長男の高校の同窓生が起こした事件だったようです。
私は当時のPTA会長としてコメントらしきものを求められたと思います。
前代未聞の事件なので世間の耳目を集めそうですが自分の息子のような若い世代が希望に胸を膨らませて警察官になったというのに何が起こったのかと考えるとやりきれない気持ちです。

候補者はピッチャー
今、滋賀県下では近江八幡市が市長選挙に入っています。
現職と新人の激突です。
この選挙の戦局分析は書きませんが私は選挙の度に選挙に立候補する人(候補者)は野球で例えると党首じゃなく投手(ピッチャー)のようなものと思っています。
保守じゃなく捕手(キャツチャー)は選対本部長や後援会長となります。

選挙戦を自分で投げ切るのはとてもエネルギーがいるものです。
多くの候補者はキャッチャーのサイン通りに選挙中は戦います。
何処を周って、何をして、夜はどこに立つとか、個人演説会は何をしゃべるとかは選挙対策本部(選対)の指示で動きます。
私も自分の選挙はこのパターンで選対任せでした。
その方が楽だからです。

ですがたまにキャッチヤーのサインに首を振り自分の好きな球を投げ込む候補者もいます。
またはキャッチャーにサインなど出させずに鼻から無視して投げる人も。
球史で言えば(金田天皇)と呼ばれたカネやんこと金田正一氏や(優勝請負人)の異名を持った江夏 豊氏などはそのタイプでした。
彼らは格下の捕手など球を投げ込むミットに過ぎないと割り切っていた向きがあります。

もちろんこれをやれば選対も面白くないので軋轢が生じて集票に影響がでることは容易に想像できます。
それでも勝ってしまう剛腕の人が出るのは選挙と野球の面白いところです。



日曜日は休もう
今年の桜の開花は例年より早く、我が家の桜も散ってしまいました。
今日は日曜日、天気もそこそこいいです。
本来ならお花見でどこかに出かけたい気分ですがそこは悲しいかな加齢で体が動きません。
生き物として休養を欲しているようです。
日曜日は休みたいと。
聖書の天地創造によれば神さえも6日働いたら日曜日の1日は休んだとあります。
私もクリスチャンではありませんが安息日は欲しいです。

今、国会では「働き方改革」についての議論が進行しています。
森友・加計と馬鹿らしいことばかりやっていないで国会議員はこんな庶民が関心ある問題を掘り下げていってもらいたいものです。
これからの日本は世界の他の国々と違って少子・高齢化+人口激減+働き手不足社会にますます陥っていきます。
働き方を考えるということは実は少子化対策であり、景気対策であり、年金・医療制度の維持など私たち国民生活に直結している問題です。

政府は(1億総活躍社会)の実現を打ち出しました。
1億というのはもちろん日本国の総人口を指していますが人口問題研究所の試算によれば87年後の2105年には日本の総人口は4500万人となっているそうです。
室町時代に逆戻りです。
ちなみに中国は25億人、人口増加のビックバンです。
単純に考えても相当ヤバイと思えます。
中国の人口ビックバンの後はブラックホールと化した中華圏に日本がチベット、ウイグルのように飲み込まれる可能性はあります。
そうならないためにも働き方を考えましょうというのが本日のテーマです。

先の研究所によれば平成7年(1995年)には労働人口(15~64歳)も第二次ベビーブームによる団塊ジュニアの構成により8000万人とピークに達していたの対して今後は従来の働き手が減少していき2060年にはピーク時の半分、4418万人程度となるとの見通しが発表されています。
そうなるのであれば考えなくてはならないのは高齢者(65歳以上)の働く場所の提供・確保です。

日本の労働問題を包括的に勘案したのが今回の「働き方改革」でしょうが3っの柱からなっています。
①時間外労働の改正
②非正規雇用者と正社員の格差是正
③高齢者の労働促進 です。

①は過労死問題などで世間的には早急に取り組むべきものと考えられていますが従来は1か月45時間以内の残業、年間360時間程度と労使協定いわゆる「36協定」を結べば認められていたものが実のところ特別条項を加えれば「制限なし」までいけるということを改正するものです。
リミッターが完全に振り切った感じとなります。
具体的には改正案によると1か月100時間以内の残業、2~6か月の平均80時間は認めるというものですが従来の「みなし残業」の職種拡大については厚労省がおバカなデーターを提示して国会で野党の追及に遭い、頓挫しています。
冗談で「死ぬまで働け」という言葉をよく聞きますがこれも社会的に冗談ではなくなってきたのが実情ではないでしょうか。
まだ若いのに朝、布団から出てこないから見に行けば冷たくなっていた、ノイローゼで退職したなど新聞紙上を賑わしてしまう事件としてこれも社会問題です。

②は非正規雇用の方々は社会的に保障が薄く、時給換算賃金で考えれば正社員より6割程度に留まっている実情を是正しようというものです。
欧米では8割ぐらいの格差ですからせめてそこまで持っていこうするものです。
安部内閣では最低賃金時給1000円、「同一労働・同一賃金」をスローガンにしています。
何か中国の「一帯一路」みたいで少しカッコいいです。

③は高齢者の方、この場合は65歳以上の就労を促していこうとするものです。
現状ではこのクラスの方々が実際に仕事を持たれているのは2割程度に留まっていますが先ほど述べた年金問題とも関わっており、日本社会的にも経験と知識を併せ持つこの層の戦力化が労働人口減少傾向から望ましいとなっています。

まあ、愚にもつかないことを毎度書いていますが個人的にはみなさん、考えることは一緒で年を取ったら楽したいと思っていらっしゃるのではないかと。(私は思っています)
だから若いうちから頑張っているのに年を取っても働けとは何事かと反発もありそうです。
ただ、私の周りの高齢者の方々を見渡しても(仕事)を持っている人の方がそうでない人よりも健康で溌剌としているように見えますし、実際に長生きをされます。(認知症リスクもかなり少なくなるようです)
若い時分のようにバリバリとは無理にしても自分に合わせてゆっくりと好きなことを、つまりは質の問題です。




アメリカはなぜ銃を捨てられないのか
アメリカは銃社会と言われています。
武器が社会と結びついているのはアメリカならではです。
日本が刀社会と言われているか、イランが半月刀社会と言われているか、中国が戟社会と言われているか、オーストラリアがブーメラン社会と言われているか、否です。
なぜアメリカは銃を捨てられないのでしょうか。

アメリカ人に言わせると銃の所持は自分を守る為の権利だと言います。
何か説得力に欠けていますね。
例えば今の日本でもみんなが日本刀を下げて歩いているとして何かかっと頭に血が上ったら「切り捨てごめん」と切りかかる、その正当防衛手段としてこちらも日本刀を持ち歩きましょうは理屈としておかしいと思うのが日本人です。
普通の発想としては平和な社会を守る為には「武器よさらば」のはずなのに何で「権利」になるのか、アメリカ人にとことん聞いてみたいものです。
日本では打ち続く戦乱の世を収める為に豊臣秀吉の「刀狩」、長く続いた武家社会から大衆社会への変貌を目指して明治期の「廃刀令」、現在でも「銃刀法」で持って厳しく制約されています。
武器の所持は危ないから社会に出回らないようコントロールしようという日本と武器は怖いから武器を持って身を守ろうというアメリカでは考え方が真逆です。

日本にいても太平洋の向こうからたびたびと銃による乱射事件発生を耳にします。
毎年数回は必ずです。
最近でも・・
2016年6月12日 フロリダ州オーランド ナイトクラブ(ゲイバー) 死者50人 犯人オマール・マティーン(29) 警官により射殺
2017年10月1日 ラスベガス 死者59人 犯人スティーブン・パドック(64) 自殺
2018年2月14日 フロリダ州ストーン・ダグラス校 死者17人 犯人ニコラス・クルーズ(19) 逮捕
氷山の一角に過ぎません。

統計によると・・(銃乱射事件は全米で)
2014年275件、2015年333件、2016年385件、2017年346件
(銃による死者)
2014年12554人、2015年13485人、2016年15055人、2017年15590人

どうでしょうか、銃による死者が毎年1000人オーダーで増えてきているのがお判りでしょう。
一日平均40人以上が銃で撃たれて死んでいる社会・・日本ならとっくに大問題になっていませんか。
これに対して政治筋では全米ライフル協会が超強力ロビー団体として共和党や民主党に多額の政治資金を提供しているから政治家たちがこの問題に取り組めないというマスコミ報道を耳にしました。
程度の問題でしょう。
日本で猟友会が同じことをやったら世論から袋叩きになります。

ちなみに統計では発砲事件が多いのはカリフォルニア州、場所は学校・レストラン・教会・スタジアム・公園、犯人は男性で20代から50代ぐらいだそうです。(もうどうでもいいですけど)

トランプ大統領もこの問題について銃所持規制ではなく、奇策として学校の教室に銃を置いて教師の管理に任せるという案を出しましたがさすがに意見は割れたようです。
学び舎で静かに勉強しているのに教師が黒光りの銃をちらつかせる・・ブラックジョークかと思ってしまいます。
映画の「バトルロワイヤル」か漫画「暗殺教室」の世界観です。

ここで私見ですが私はアメリカが銃を手放せないのは身を守る権利だとかの御託ではなく一種の「強迫観念」に侵されていると思っています。
「撃たれるから撃つ」ではなく、「撃ったから撃たれるのを恐れる」の心理です。
アメリカの建国の過程はまさに侵略と収奪の歴史でした。
フロンティアスピリッツ(開拓精神)などと美化していますが先住民からの剥奪欲望に忠実だったに過ぎません。
アメリカ本土部はインディアン(これはネイティブアメリカンと最近では言います)を駆逐して土地を奪い、メキシコへ、カナダへ、アラスカへ、ハワイへ、フィリピンへとたった200年の間に銃を撃ちまくってつくった人工国家です。
報復を恐れる心理から武器を手放せないと論じてしまえば身も蓋もないのかもしれませんが私は案外とこんなところだと思っています。






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