ゆうすけブログ
議員に年金制度は必要か
世間は平昌冬季オリンピックで盛り上がっていますが地方議会では予算審議が進行しています。
そんな中、国会では国民年金しか加入できない地方議員について厚生年金の加入を認める議員立法を検討中と2018年2月13日付読売新聞社説「地方議員年金・なり手不足解消につながるか」で論じられていました。
同社説によれば町村議員の平均月収は約21万円で引退後の生活を一定保証する制度設計も無いために前回2015年の統一地方選挙の町村議員選挙では無投票当選者が2割を超えたとありました。
加えて「民主主義にはコストがかかることを理解しなければならない」と。
確かに町村議会議員の報酬は業として考えれば同じ地方議員としても都道府県議員・市会議員と比べて著しく見劣りがするのは事実です。
「地方議員に年金制度は必要と思いますか」と街角でアンケートを行えばおそらく10人中9人はNOと回答するであろうことは私も想像できます。
それでも恐ろしいのは政治への蔑視が劣化へとつながり、最終は有権者に跳ね返ってくることが十分予想できるからです。
日本の再生は地方からと言うのであれば地方議会での若者・女性の参入ハードルを引き下げる努力も必要と感じています。

ついていけない
ついていけない、時代についていけないと感じ始めたのは50代になってからぐらいでしょうか。
若い頃、携帯電話をバンバン使いこなしていた時などはバッテリーがすぐになくなり(ああ、もう1台予備に欲しいな)などと思っていました。
そんな時、年配者用にボタンが大きいとか、ワンプッシュで発信お手軽携帯などを見て(あんなダサいの使うようになったら恥だね)など今から考えればとても不遜なことを考える若造でした。
老眼が出ている今なら素直に言えます、「簡単な携帯でいいです」と。
複雑な機能はもう要りません、ついていけません、アプリってなんでしょうか。

先日、携帯に私が使っているAUから電話がありました。
とてもハキハキしている若い女性でした。
どうも新しいアプリが出たので1か月無料にするからお試しで使ってくれとのこと。
悪さを働くウイルスを見つけ出すアプリで他にもお得な機能がいろいろついた一押しアプリ・ウイルスバスター月額500円(税別)らしいです。
は?ウイルスってインフルエンザですか?と訊いたら相手は無言になりました。
やばい奴にかけてしまったという雰囲気が伝わってきました。
でも熱心に勧められたので契約してしまいましたがやはりそのアプリがどう働いているのかがわかりません。

時代についていくのは大変です、息切れがします、仮想通貨が取引き所から大量に盗まれたってイメージできません。
単なる記号がどうして盗まれるのですか?どうやって使うのですか?それよりもなぜ大騒ぎになるのですか。
私の若い頃は3億円盗まれたことで大騒ぎしていましたがあれは現金を取っていったのに現在はパソコン上で抜き取るだけで成立ですか?
最初聞いた時、お金が燃える火葬通貨と勘違いしてました。

ここで思い出すのは見事なオチが信条の短編・ショートショートを1000本以上書いた星 新一氏の中の1作です。
要約すれば、地球に大きな宇宙船が降りてきました。
どうも最新のテクノロジーで作り上げられた惑星間航行が可能な凄い宇宙船です。
地球人は宇宙船から下りてきた宇宙人に「素晴らしい船ですね、どうやって造ったのですか?」と尋ねると宇宙人たちは困った顔をして「いえ、私たちもわからないんですよ、つくられたものを操作しているだけで」と。
そこで地球人たちも「そうだな・・我々も考えたらマッチ1本つくれないからね」と嘆くとオチです。

ここではっきり言います。
頼みますからついていけないものはつくらないでと。






不正開票ー滋賀県での事件
5日、甲賀市で発覚した昨秋の衆議院選挙での白票水増しと行方不明になった投票箱の証拠隠滅の為の焼却処分。
甲賀市内において市選挙管理委員会は独立組織とは言うものの重大な事件を起こしたのが市総務部の幹部の面々とあっては市職員を指揮する岩永市長が全面謝罪するのも致し方がないところでしょう。

まず公務員としてあまりにも選挙制度を舐めているとしか言えないメンタリティに開いた口が塞がりません。
選挙制度は民主主義の骨幹であり入り口であるという認識が全く欠如していると断じざるを得ないところです。
当日は台風が接近の為に十分な対応ができなかったと最初聞いて・・は?、それは他の自治体もそうですけど何か問題がありましたか?と思わず聞き返したものです。
ここからして事態を責任あるものと受け取っていないのが明らかになります。

正直言って人間のやることには誤りが付きものです。
誰にでも失敗はあるし、不測の事態は文字通り予測不可能で襲ってきます。
必用なことはその時にどう対処するか、後から説明責任がつくように行動するかが大切です。
それを白票と虚偽の報告を行い、あまつさえ後から出てきた投票箱を焼くという暴挙。
市民の怒りが集中するのは当然でしょう。

銀行だって顧客から預かった大切なお金が1円でも合わなかったら支店を家探しします。
このケースは投票用紙がどうしても見つからなかったらどの投票所のものか、それがわからなかったら開票所での徹底捜索と経緯の追及が必要であり、どうしてもの場合は後から作る「選挙結果報告書」に不名誉ながら記載されることを覚悟して選挙管理委員長に届けて書面で決済をもらうことが必要だったのではないでしょうか。

昨日、甲賀市選挙管理委員会は第三者委員会を設置して事実確認を詳らかにする旨を発表しましたがきつい物言いですが事故を事件にしてしまった選管が今さら立ち上げた組織を市民が信任するわけがありません。
泥棒に牢屋のカギを預ける行為です。
これは最低限、甲賀市が責任をもって委員会を立ち上げるか、県選挙管理委員会が原因追及に乗り出すべきでしょう。


剃刀の交換時期
ジョージオウェル著「1984」は私のブログでも何度かご紹介していますが読むたびに新たな気づきがある本です。
1948年という第二次大戦の爪痕がまだ深く刻まれた時期に全体主義による統治の恐怖を警告した書としても知られています。
いわゆる反ユートピア小説ですが社会学や政治学のテキストとしても読み解くことができます。
後に日本では村上春樹氏が「IQ84」を書き、ヒットを飛ばしましたがこの小説に触発されてのことだったのかと推測できます。

この小説の背景はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという世界が3っの超大国に分かれており絶えず戦争をしている状況です。
1国が有利になるとすかさず他の2国が同盟して盛り返し、そうなれば負けじと劣勢になった国がその2国のうちの1国に利をもって共闘を持ち掛けて戦況をひっくり返しと延々と戦争が続いている世界です。
もちろん国民は絶えず戦時統制下にあり政府(この小説では一党独裁の党が社会を仕切っている)に異を唱えることなどできない状況で議会制民主主義など鼻紙程度の扱いです。

この世界を支配しているのは党の指導者である「ビッグブラザース」と呼ばれる人物であり、彼の写真が街のあちこちに掲げられています。
街中にはそして家の中にも「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンが設置を義務付けられ人々の日常の言動はしっかり監視されていてプライバシーなどはありません。
もしも社会の在り方に疑問を持つような行動に出たのなら「愛情省」管轄の思想警察により夜の霧へと連れ出され二度と帰宅はかないません。
国民は「憎悪週間」になると集会への参加を義務付けられ他国の政治家の画像に様々な罵詈雑言を浴びせることを要求されます。
ビッグブラザースは「戦争は平和である」と国民に言い含めて二重思考を押し付けます。
「真理省」は言葉の使用に対して制限を加えて語彙を狭め人々の思考を単一化しようとします。
(現在でも食レポと称しタレントが何を食べても゛おいしい~゛としか言わない状況と思ってください)

2018年の世界はこの状況にまっしぐらに進んでいる可能性があります。
街には監視カメラが設置されて常時の監視が行われ、世界中は戦争が常態化され人々の本来希求する生きがい実現や人間性の向上が見向きもされない風潮が漂い、SNSは憎悪によるヘイトスピーチに満ちています。
更にはあらゆる言動にしっかりビッグブラザースの目が向けられています。
たぶん近い将来にはDNA鑑定やAⅠ分析により人は誕生してよりすぐに能力の伸び具合や適性、寿命までもがあからさまなものとして判定される日が来ると予想されます。(そうなればビッグブラザースならぬビッグデーターとなります)
そこには人の生き方による深みや獲得すべき知識や経験などそれこそが人生の喜び自体に制限が加えられる恐れすらあります。

しかし私が今日のブログで書き込みたかったのは社会への危惧ではなくもっと単純ことです。(ある意味バカバカしい)
「1984」の冒頭で主人公がアパートを出て出勤しようとすると隣の部屋のご主人に呼び止められます。
剃刀の刃が余っていないかという問いかけです。
何でも配給制になっているこの世界では物資がことごとく不足しがちでこのご主人はもう2か月も同じ刃を使っているから切れ味も悪くなって髭剃りもできないとこぼします。
主人公は「持っていない」と素っ気なく答えますが実は予備に持ていることを読者に告白します。

このシーンがなぜか頭に残って私も2か月間、髭剃りは同じ刃で行っていましたが全然剃れます。
何の支障も無く、剃り味は抜群で変わりません。
1948年当時に比べれば剃刀の刃も進歩したようです。
それでも剃刀メーカーのHPを見てみれば「剃刀の刃は2週間をめどに交換してください」と書かれていました。
(2週間ならバシバシに使えるのになぁ、商業主義か?)という思いで2か月間の実験を終了しました。





SNSはバカ発見器
日曜日、いつもより遅く起きてTVのニュースを何気なく見ていると奈良県の町議が泣きながら議員辞職を訴えている場面を映していました
何があったのかと注目してみるとどうやらこの町議は特定の国会議員の慰安婦問題への対応を批判して「股裂きの刑にしてやりたい」、「極悪非道の在日Korean」などと書き込んだことに町に文句が殺到して問題化したようです。
それをトーク番組で杉村太蔵氏が「SNSはいまやバカ発見器と言われていますからね」とコメントしていました。

私は以前から個人ブログやフェースブック、ツイッターなどいわゆるSNSでの政治家の書き込み、発言などは面白みがない、無機質、誰が言っても同じ金太郎飴的表現であり創造性が感じられないとは思ってきました。
いい子ぶっている発言や内容、社会の深層に踏み込んでない表層的な文章にうんざりもしていました。
本当にこれで政治家が務まるのか、社会への理解がなされているのかと。

ただ、前述のM町議(59)のように差別的発言、根拠のない個人攻撃を公の場で表すのは如何なものかとはもちろん思います。
この方は泣きながら「日本の為に言っているのになんでこのように批判されなければならないんですか」と最後に言っておられましたがやはり人種差別的なヘイトスピーチを繰り返し投稿するのは間違っていると言わざるを得ません。

ここで私が思うのは本当に私たちの社会に表現の自由があり、その発言の自由に公正な評価制度が存在するのかということです。
過去において政治家でたった一言で没落していった人がそれこそ後を絶たずにいます。
最近では昨年秋の総選挙で「排除します」と演説してその上から目線の内容を繰り返し報道され失速した希望の党の小池知事。
世の政治家はその怖さを知っているからこそ無難で面白みのない発言しか出来ずにいることは容易に想像できます。
このM町議は加えて「一般人的な感覚で言ってしまった」とも報道に対して言い訳していましたが一般人だろうと有名人だろうと言ってはいけないことはあります。
昔は「有名人税」などという言葉もあり、名前が売れればその人の言動に注目が集まり良く言えば発言力が高まり、悪く言えばプライバシーがなくなるなど良しあしがありました。
冒頭の杉村太蔵氏などは絶対に当選しない順位で立候補した選挙で異常な小泉旋風の追い風を受けて当選してしまい国会に行けば何をしたいかというインタビューで「料亭に行きたい」と発信してしまいその後は政治家と言うよりもコメディアンとして評価されてしまった人ですが本人からすればその方がよかったというかしたたかだったと思えます。

脱線ばかりしますが日本の民主主義を維持・発展する為に現在の社会にある「言葉へのもぐらたたき」をどう考えるのかは社会全体で一度定義しなければならないのかもしれません。
誰しもが気軽に参加して発言できるSNSが「バカ発見器」と呼ばれて自由な発信ができないでいること、本音をぶつけて行動しなければならない政治家が本音を言えずに逼塞していることなどの矛盾をどう整理するかです。






ご長寿滋賀県
昨年の師走にちょっとおどろくニュースが流れました。
厚生労働省によりますと滋賀県の男性の平均寿命が常連の長野県や沖縄県を抜いて日本一になったことです。
長寿県は1965年(昭和40年)より国勢調査を基に発表されており滋賀県が1位になったのは初めてのことです。
滋賀の男性で81・78歳、女性の1位は長野県で87・67歳で2回連続です。

厚労省の担当によれば長生き県として定着しつつある長野県の場合、野菜の1人当たりの摂取量が全国1位だとか地域で健康づくりをする「健康補導員制度」を取り入れていてその数も1万人を要する取り組みをされている、65歳以上の就業率が全国1位で生きがいのある暮らしぶりをされているなどが読売新聞(平成29年12月14日)に紙面紹介されていました。

それではこのような先進的取り組みをしている長野県を凌駕した滋賀県はどのような理由があってこれを抑えて全国1位に輝いたのかと疑問に思ってあれこれと調べていましたがさっぱりわかりません。
たまたま偶然でしょうか。
フロックでしょうか、ビギナーズラックなのかと思考は堂々巡りです。

それから数日して発売された週刊新潮に「あなたは滋賀県を知らない」という特集が組まれたので興味本位で読んでみましたが秘訣は(鮒ずし)とありました。
鮒ずしの持つ素晴らしい乳酸発酵が県民の寿命を延ばしていると。
ほんとか?マジか?と思いましたがかなり真剣な記事でした。
でも私の事を言っても仕方がないのですが確かに鮒ずしは好きです。
カルビーさんが昨秋に(鮒ずしポテトチップス)を発売されてから買い占めて毎日1袋食べていました。
ですが鮒ずし自体は今、原料のニゴロブナが琵琶湖で極度の不漁が続いており価格は高騰、妻も漬けるのはやめています。
滋賀県人といっても鮒ずしが食卓に並ぶのは晴れの日(あの着つけ会社ではない)のお祭りやお正月ぐらいです。
そう毎日、毎日と食べているわけではありません。
それに特定の食品が健康に寄与するのを煽るのは誤った健康ブームを助長しそうであまり芳しくはありません。
それを言いだせば梅干しの和歌山は?リンゴの青森は?きびだんごの岡山は?と限りがなくなります。

もうひとつ週刊誌に書かれていたのは滋賀県男性の喫煙率がおそらく全国で最低ランク、つまり男は煙草を吸っていないという記事です。
私もそれはありかなと思いました。
喫煙習慣は長い目で見れば脳梗塞、心筋梗塞、各種悪性腫瘍の発生が危惧されるものですからできれば避ける方が健康上はいいことだと納得できます。
そういわれると私の周囲の男性はほとんど煙草を吸っていないなとは思います。
まあ、月並みな結論ですがよく体を動かし、野菜や果物を食べて煙草控えめ、ストレスも上手に発散させるのが長寿を楽しむコツかもしれません。






信用第一
世の中で、生きていく上で、人間として一番大切なものは何だろうかと考えた時、お金?健康?家族?才能?など色々と頭に浮かびますがどれも大事ながら私は(信用)という言葉を選びます。
年が明けて世間では種々新年会など華やかな行事が催され気分は浮かれがちですが一方で思わず耳を疑う事件もニュースとして飛び込んできてわが身を振り返ってしまうことも多々あるものです。

「1月8日の悲劇」として報じられた成人式振袖着付け不履行事件。
請け負っていた会社「はれのひ」のS社長はトンズラしてしまって現在行方不明です。
一生に一度の晴れの日である成人式を無茶苦茶にされた新成人やご家族の嘆きはいかばかりでしょうか。
これは悪質な計画倒産と言われても仕方がないでしょう。

昨春も旅行会社「てるみクラブ」による海外旅行一方的キャンセル事件が発生してトラベラーたちを落胆させた事件がありましたが社長はすでに詐欺罪で起訴されています。
こんなことは民間の営利会社だけかと思っていたらお隣の韓国文政権では慰安婦問題日韓合意を蒸し返すどころか、ちゃぶ台をひっくり返す仕打ちです。
最終的不可逆的合意に達したという意味を理解しているのかと疑ってしまいます。
その際に合意内容の基金への日本側からの提供10億円を突っ返す、それは韓国が拠出すると言い出したのでさっぱり意味がわかりません。
韓国という国は「はれのひ」並みのモラルではないかと思ってしまいます。
物事が大混乱してからお金を返すなどは民間としても超恥ずかしいのに本当に民主国家のやることなのかと感じます。
本当に「信用」は大切だと思います。
個人にとっても組織にとっても。

心配な場所
(今日の書き込みで注意してもらいたいのがとてもローカルな話題ですから滋賀県高島市にお住いの方にしか何を言っているのかわからない点だけご了承ください)まわりくどいね!我ながら。

私はここ50年近く滋賀県北西部の高島市に住んでいます。
学生時代、初就職をした時は他府県に住んでいたこともありましたがご縁もあり生まれ故郷の高島に住み続けています。
産まれも育ちも性も名も学校もデパートもタカシマです。
基本的に高島は変わらないなというのが最近の実感ですがそれは良い意味でです。
何が変わらないかって?
変わらぬ自然ですね。

そこで本題に入りますが変わらない自然豊かな高島も平成に入って変わったのは交通事情で特に土日などの休みの日には(一年を通じて)国道161号が渋滞します。
昭和の頃は161が渋滞といってもお盆ぐらいでしたが今は通年です。
特に夕方、南の大津方面に車で出ようとしても通常は50キロの行程、1時間をみればいいはずですがこれが2時間、酷い時にはそれ以上を要する混雑ぶりには開いた口がふさがりません。
自然豊かな高島の四季の移り変わりを楽しんでいただいている市外からの観光のみなさんに文句をつけるつもりもありません。
(それよりも高島に来てお財布の紐を緩めてくださいまし)
遅々として進まなかったインフラ整備に行政と政治はどうなっていたんだと文句を言う気もありません。(これを言うとブーメランで私にも多少は返ってくる気もします)

ただ、増える交通量と観光客の皆様の立ち振る舞いにいつか大きな交通事故が起こるのではないかとそれだけを心配する場所が2か所あります。
市北部マキノ・ピックランド周辺メタセコイヤ並木街道と市南部高島・161沿線白髭神社前です。
どちらも近年、圧倒的に人の出入りが多くなってきている高島市が誇る観光スポットとなってきました。
メタセコイヤ並木について言えば道路の両側に延々と続く樹木を写そうと堂々と道路の真ん中に出て携帯を構えて自撮り時には三脚まで立てる剛胆ぶりで通行の車との接触事故がなぜないのか、なかったのかと不思議でなりません。
私が聞いているのはその先の集落である牧野・白谷の方々が夜に走った際に何度も鹿をはねているという事実です。
もちろん車のバンパーはへこんで破損、鹿はお陀仏です。
これが鹿でなく人間であったらと戦慄を覚えます。

白髭神社前もそうです。
琵琶湖に浮かぶ万葉からの古き伝統を誇る鳥居。
その鳥居に東の湖岸から昇る日輪とのコラボ写真を写そうと大勢の方々がガードレールを越えて道路沿いに集まっているのが夜明け前。
私も昨年の師走に経験しましたがおそらく年賀状の写真に使おうとされていたのでしょう、未明の薄暗い中を突然国道を横切る人影、はっとして急ブレーキ。
ドライバーにとっても本当に怖いスポットとなっています。
ここはメタセコイヤ並木道路と違い、高島市屈指の交通危険地帯であり過去に死亡事故が頻発しています。
時代は国民皆写真家、インスタグラム全盛ですが私が故郷たかしまで交通事故を危惧する場所です。




都市の地域間競争ー滋賀県の場合は
表題に「都市の地域間競争」などとご大層に並べましたが小論文を書くつもりはなく思ったことをブログに書き込むだけです。
私の住む高島市は面積が693.05㎢と滋賀県下では長浜市に次いで広い面積であり、湖を含めた場合では1位(あくまで面積)です。
平成17年(2005年)1月1日には5町1村の合併により現在の高島市となりましたが元の高島郡に戻った方がいいように思われます。
理由は政治的に多々ありますが自治的には人口減少の流れが県下最大級で進み、しかも加速の一途だということです。
この秋(2017年)の10月1日の統計によるととうとう人口が5万人を切り48、637人と発表されました。
これは町村合併時の人口動態シュミレーションよりも8年ばかり早い減少です。
ちなみに12年前の合併時には市の人口は56、001人だったので干支の一回りで7、300人も市民が減ったという事になります。
市の出している広報誌「広報たかしま」を見ていると誕生する新生児の欄とお亡くなりになられた方の欄を見て赤ちゃんの誕生が大体いつも5分の1以下であり、しかも高島地域にIターン、Uターン、Rターンが全くなく、これでは人口減少に歯止めなどかからんわなと諦めモードになります。
高島市は典型的な日本の地方都市であり、私の娘も現在東京の学校に行っていますが卒業後は東京で就職して高島には戻らないと言っています。
親としては就職先も見つかりにくい市内の状況ではそれも仕方がないと諦めています。

最近、同じ県下である守山市の行政責任者(市長)とお話しをする機会がありました。
市長に高島市は人口が5万人を切りましたと言うと驚かれ、守山はだいたい8万人都市ですが今年は800人ばかり人口増ですとのこと。
ショッピングモールの新設はもう勘弁してもらいたい状況で大型マンションの建設申請も4つばかり出ていますが今後の保育所・小学校等新築などを考えると大変ですと語っておられました。
高島市とは全く悩みのベクトルが真逆です。(これは嬉しい悩みというやつでしょう)
高島ではまず大型マンションが1棟もありません。
マンション管理士の名刺を持った人とお目にかかったこともありません。
小学校についても35人学級などは30年前に達成しており、近年は廃校ばかりが進んでいます。
ショッピングモールもさ来年には安曇川地域にプラントなるところが進出してくると発表されていますが市民からは「よう来るな」と採算性を心配する声すら上がっています。
同じ滋賀県下でも湖西と湖東ではこれほどの格差(認めたくもないのですが)が厳然としてあります。

それでも人口減少が即住みやすさ減少、地域の活力減少、地域間競争の負け組転落につながるのかと言えば素直に認めたくない気持ちはあります。
人口は減っていても活力はある、住みやすさもある、ふるさとに誇りが持てるそんな気持ちでこれからも高島で生きていきたいという希望もあります。

7年ほど前に角川から藻谷浩介著「デフレの正体」という新書が出版され話題となりました。
平成不況の元凶デフレは人口減少が原因だとする主張でしたが経済学的にも統計学的にも根拠がまったくなく、平成のトンデモ本ランキング5位ぐらいに入る内容だったと思います。
平成版日本型デフレは悪質のインフルエンザのように蔓延し、日本経済はまさに(庶民レベルで)七転八倒していますがこれは慢性的な有効需要の喪失からくるものでもっと言えば日本の正規雇用形態をぶっ壊した、働き方改革と称して非正規雇用を促進した小泉純一郎と竹中平蔵あたりからが災いの元凶です。
彼らの罪は重く、私は政治家として許せないと思っています。
その小泉氏の息子が将来の首相候補だと言われても新自由主義的発言を親からの受け売りのように繰り返す彼の姿を見て残念な気持ちにしかなりません。
本当の意味で国民生活のことがわかっていない人だなと思っています。

憤りのあまり話が大幅に脱線いたしました。
いつの間にか政治批判になっていました。
ともかく地方の時代というのなら政治家はもっと現場に赴いて勉強し、地域の代弁者として渉りあってもらいたいということにしてこれ以上書き続けると炎上しそうなので本日はこの辺りで失礼いたします。








加速するスターウォーズ
今日(12月1日)は映画の日だそうです。
そこで話題はこの12月15日に封切られるスターウォーズ待望の新作、エピソード8(最後のジェダイ)を映画館で観ることを誓って書いてみたいと思います。

私がスターウォーズの本邦初公開となるエピソード4(新たなる希望)を観たのは1977年ですから12才だったわけですが少年の心を熱く焦がすに足りるスペースオペラの大傑作でした。
帝国の追跡から逃れようとするレイア姫が秘密基地(デススター)の地図をR2D2に託し、宇宙船に乗り込んできたダースべーダーに捕まりますがC3POと逃げた彼らロボット2体は主人公ルーク・スカイウォーカーと出会い、出会いは更にオビワン・ケノービーやハンソロ船長も巻き込み、最終は共和国軍の再結集とジェダイ騎士団の合力で帝国のデススターの破壊に成功、大団円となるわけです。

私も早く続編が観たくて映画雑誌(ロードショウやスクリーン)を読んだらスターウォーズは全9作ですべてが公開されるのは40年かかると書いてあり(それじゃ僕は50のおっさんになっちゃうよ、とほほ)と思ったことを憶えていますが現に今、私は50のおっさんになりスターウォーズはようやく今月8作目が封切られるというところまで来ました。
本当に長かった・・ハレー彗星かスターウォーズかというぐらいに。

ちなみにスターウォーズ9作品の歩みは・・・。
オリジナル・トリロジー 旧3部作 主人公ルーク・スカイウォーカー
エピソード4 新たなる希望(1977年公開)
エピソード5 帝国の逆襲 (1980年公開)
エピソード6 ジェダイの帰還(1983年公開)

プリクエル・トリロジー 新3部作 主人公アナキン・スカイウォーカー
エピソード1 フアントム・メナス(1999年公開)
エピソード2 クローンの攻撃(2002年公開)
エピソード3 シスの復讐 (2005年公開)

シークエル・トリロジー 続3部作 主人公レイ
エピソード7 フォースの覚醒 (2016年公開)
エピソード8 最後のジェダイ (2017年公開)
エピソード9 題名未定 (2019年公開予定)
というわけでようやく今年とあと2019年まで2年ばかり我慢すれば9作制覇というところまで漕ぎ着けたというわけです。
特にエピソード6の1983年からエピソード1の1999年は長かったです。
16年間ですよ!
もうスターウォーズは3作で終わったと思っていましたから。
レイア姫役のキャリー・フイシャーさんなんかエピソード7に出演はしてくれましたがその後、病死されたぐらいに息が長すぎてこのままではルークやハンソロも危ないと思っています。

実際、スターウォーズは全世界に熱狂的なファンがいて私なんかとてもついていけない人たちがわんさかいます。
私の友人のS君は今のところDVDを全部揃えたとここまでは当たり前なのですが作品をコマ送りにしてワンカットづつ鑑賞しているという病的を通り越して狂気かと思わせるマニアで「シーン8の32コマ目にはヨーダの剣が光っているんや」(知るか!)。

昨年のエピソード7の公開の時はアメリカの少年で不治の病にかかり余命3か月、それでも4か月後の新作公開が観たくてがんばって生き抜き、希望かなって最新作を観てから1週間後に天に召されたというお話を聞いて滂沱の涙が止まりませんでした。
このアメリカ人少年の志を継いで残りのエピソード8と9は必ず観るぞと誓ったものです。
私ももう52才、スターウォーズとは40年のお付き合いですがよくここまで来たとしみじみ感じる今日、映画の日でした。


路上生活議員
これは昨日、ネットで仕入れたようなお話なのですが自民党の竹下 亘総務会長が「国会議員でも落選すれば生活保護や路上生活に陥る人もいる」と発言して物議を醸しているようなのですが、(ええ!国会議員までやってそんな人いるの?)という大方の反応のようです。

確かに国会議員であるうちはいい、衣食住は十分保障されます。
ですが議員報酬の年2000万円超などは私設秘書を置いたり、地元の事務所経費や対策費に消えてしまうのもわかります。
まず貯蓄ができません。
ですから落選即無職となると生活に困窮してしまうケースが出るのはありえない、いえ、アリエールでしょとなるのです。

で、そんな人いるのとなれば井脇ノブ子元衆議院議員の名が挙がっていました。
彼女は派手なピンクのスーツに身を包み「元気!やる気!井脇!」と明るい個性で人気者でした。
私も滋賀県下のとある市長選挙で応援に駆けつけてくれた彼女と名刺交換ぐらいはした覚えがあります。
現在はどうも関東で国民年金7万8千円のみで生活されているようで元後援会の女性とシェアハウスに住んでおられるとのこと。
まあ、ホームレスにまでは至っていらっしゃらないようですが今後はそんな人も出てきてもおかしくはないでしょう。

そこで冒頭の竹下総務会長の真意としては今後政治を目指す有為な人が安心して(政治に)取り組めるように(議員年金制度)を復活すべきと続くわけですがどうも首肯しかねます。
もともと政治を目指す人を待っているのは安定した人生ではなく劇的な人生です。(良くも悪くも)
このリスクを十分理解して(覚悟して)踏み出さなければなりません。
世の中にはギリギリの生活で歯を食いしばってがんばっている人がゴマンといるのです。(みんなそうです)
議員になることを宝くじを買うような気持で志されてはとんでもないことです。
いちかバチかではなく、(万民の為に)政治をさせてほしいという崇高な理念を持つ人に選挙は出てもらいたいものです。
年金の受給額が減りつつある、支給年齢が見直されつつあるような事態に陥っているのに議員年金などは時代錯誤も甚だしいと思います。

ケネディー大統領暗殺は陰謀だったのか
3日前の夜、NHKの「クローズアップ現代 ケネディ暗殺で新証言 元CⅠA長官が明かす米史上最大の謎が今・・・」という番組を何気なく観ていました。25分間という比較的ドキュメンタリーとしては短いものながら米史上最大の謎が明らかにされるどころか更に深まってしまった印象を持ちました。

番組でコメンテーターとして出演していた日清UFOのCMでおなじみのデイブ・スペクター氏が「ケネディ大統領の暗殺は陰謀なんかではないと思います、50年以上経っても(真相は)何も出てこないから」と発言していました。
どうも違和感を覚えました。
1963年(昭和38年)11月22日金曜日現地時間12時30分にテキサス州ダラスで起こったこの有名な暗殺事件の真相はまさに巧妙かつ慎重に隠されているからこそ現在に至っても(黒幕)が特定できないのではないかという疑惑がどうしても払拭できません。
確かに歴史的事件に「陰謀だ」と決めつければ世に言う(陰謀マニア)とか(オカルト野郎)などとレッテルを貼られて正常な言論人ではないと言われかねないリスクが生じます。
「あれは陰謀などではありませんよ」と言っておく方が無難と言えば無難、安全でしょう。
しかし、黒マントをはおり、ヤカンをかぶって右手に大きな銀のスプーンを持って「揚げ玉ボンバァー!」と叫んでいたスペクター氏が今さら冷静な言論人のイメージを欲しがるのでしょうか。

それはどうでもいいのですが私はことこの大統領暗殺は実行犯であるリー・ハーヴェイ・オズワルドの裏に犯行を示唆した、或いはサポートした者か組織があると思っています。
黒幕としてよく囁かれるのは①ケネデイの大統領選挙で資金集めや組織作りにさんざん協力したのにケネディが大統領に就任したとたんマフイア撲滅頂上作戦を開始した為完全に頭にきたマフイアの大ボス、サム・ジアンカーナ。
事実彼は周囲に「あの裏切り野郎をぶっ殺してやる!」と吠えていました。
②予算を削られた軍需産業・・政府との癒着は有名でアメリカを牛耳る陰の内閣(産軍複合体)と言われています。
③ケネデイ暗殺により急遽大統領になったリンド・Bジョンソン副大統領。ケネデイに不正の証拠を握られ保身と権力掌握に動いたと言われました。
④東西冷戦でアメリカと激しく対立していたソビエト連邦書記長ニキータ・フルシチョフとKGB。
⑤(キューバ危機)でアメリカと険悪な状況にあったキューバのカストロ大統領。
⑥ケネデイにCIA長官を解任されたアレン・ダレス。
⑦活動費(予算)を削られたFBI。予算を削られたぐらいでいちいち国家指導者を暗殺しているのなら我が国の国交省は今まで5人ぐらい首相を暗殺していますが。
⑧ケネディに大統領選挙で敗れたリチャード・ニクソン。選挙で負けたぐらいで相手を殺していたら我が国でも今までに3万人ぐらいは殺されています。
しかし、ケネディには敵が多かったんだなとつくづく思えてきます。

このNHKの番組で元CIA長官がNHKの独自インタビューに応じて「人は事件の真相を明らかにしろと言うが真相を知る自由と国家の安全保障は一致しない場合がある」と述べました。
おいおい、それじゃやっぱり(陰謀)はあったと言ってるのかと思わず突っ込みを入れました。
この特番で謳っている「事件の真相が今・・・」って何なの?
「事件の真相が今・・明らかに」じゃなくて「もっと深まった!」だったのかと。

トランプ大統領がケネディ暗殺事件でウォレン委員会報告の膨大な資料の中で未公開となっている部分の4万件部分をCIAの要請を受けて1万件は非公開としました。
トランプ大統領自身は以前からツイッターなどで「資料はすべて公開する、私も興味深い」と言っていたのにこの転向です。
残りの非公開1万件の中に(真実)は隠されているのでしょか。

そもそも実行犯のオズワルドは大統領が乗ったオープンカーがパレードで巡行してきたダラス市メイン通り教科書ビル6階から狙撃したと言われていますが後方からわずか7秒の間に遠ざかる大統領に3発の銃弾を発射して2発を命中させています。
それだけの射撃の名手だったのかどうか。
オズワルドは教科書ビルの倉庫整理で雇われていて市警が踏み込んだ際には食堂でコカ・コーラをラッパ飲みしており、ビルから出て映画館に入り、いざこざを起こして駆けつけた警察官に逮捕されています。
容疑に対しては「私は誰も撃っていない」と全面否認しており、その2日後にダラス署内で移動中にダラス市内でナイトクラブを経営していたジャック・ルビーに至近距離から胸を撃たれて即死。
そのルビーも「大統領の仇をとった」「ジャクリーン(ケネディ夫人)が法廷に出なくするためだ」と意味不明の発言。
ルビーはとりわけマフイアと関係が深い人物でおそらく(陰謀サイド)を結ぶロープであったのに関わらずその後は刑務所に留置され一切の外部接触を許されず4年後の1967年に肺がんで獄死しています。
全世界が暗殺事件の真相解明を求めていたのにルビーのような重要人物を隔離していたことにも謎が深まります。
加えてなぜオープンカーだったのか。
警察は警備の為に防弾プラスチックの装着を強く勧めていたのに誰の判断で無防備(銃撃に対して)なパレードを行ったのか。

事件から5年後(1968年)、ジョン・F・ケネディの実弟で元司法長官ロバート・ケネディが立候補した大統領選挙中に勝利を収めたカリフォルニア州ロサンゼルスでやはり銃により暗殺されます。
ロバートは兄ジョンの暗殺事件にとりわけ熱心な真相究明を表明しており、大統領になった暁には全ての資料がつまびらかになったであろうと言われているだけにやはり(陰謀隠し)の存在を疑わざるをえません。
様々な角度から検証してみてもオズワルドの単独犯とは言い難いものがあります。
日本史で今だに謎が残る(坂本龍馬暗殺)と並び、この(ケネディ暗殺)は多くの疑惑と現在の世界政治になお影響を与える(真実)があると私は思っています。








メロディーを奏でる橋
大津市堅田から守山市を渡る琵琶湖大橋の片側二車線ある方の追い越し車線(右側)を走行すれば(琵琶湖周航の歌)のメロディーを聴くことができます。
面白いのでゆっくり走って静かに流すか、猛スピードで弾けるかと何度か試してみました。
料金所の上には今年になって横断幕が貼られて「ゆっくり走ろうメロディーロード・周航の歌誕生100年」と書かれています。

道路にこのような楽しい施工ができるならもっと色々な場所に施してもいいのではと考えてしまいます。
中山間の急な傾斜の危ないカーブで(獣飛び出し注意)の標識のあるところなどは「♬小鹿のバンビィー」と(バンビのテーマソング)などは如何でしょうか。
夕方になると歩行者と車の接触事故が危惧されるトワイライトゾーンは(ゲゲゲの鬼太郎)や(初代ゴジラのテーマ)がピッタリではと想像はふくらみます。

それにしても琵琶湖大橋の朝の通勤ラッシュは何とかならないのでしょうか。
近江大橋が通行無料になった際に琵琶湖もと期待されたのですが無理無料でした。
代わりに1台につき50円値下げとETC設置が決められていますが早く実施してもらいたいものです。
3B(BIWAKO BIG Bridges)の夜明けはいつになるのやら。



無関心社会の闇ー座間市連続殺人事件
平成もそろそろ終わろうとしているこの時期に何とも言い難い凄惨な事件が起こったものです。
言わずもがなの神奈川県座間市で発覚した「座間市連続死体遺棄事件」です。
これまでに9体(女性8人・男性1人)のバラバラにされた遺体がアパートのクーラーボックスなどから発見され凄まじい臭気を放っていたという猟奇さです。
容疑者はすでに捕縛されているというものの動機は金銭なのか、性的衝動からくるものなのか、はたまたサイコパスなどの精神異常者なのか、今後の取り調べから明らかにはなってくるとは考えられます。

事件としての異常さでは平成では1989年(平成元年)に発生した「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」いわゆる「宮崎勤事件」や1997年(平成9年)に起こった「神戸連続児童殺傷事件」(酒鬼薔薇聖斗事件)に匹敵するものだと思えます。
海外では今だに連続殺人事件が起これば引き合い出される「切り裂きジャック事件」。
この事件の被害者たちはいづれも娼婦でしたが今回の座間市事件では自殺願望者でした。
自殺サイトで女性が「死にたい」と投稿すれば容疑者が言葉巧みに誘い、犯行に及んだというものです。

この事件を分析すれば様々な闇が現れるのでしょうが現状で私が感じるのは(日本社会の無関心が生んだ病巣)でしょうか。
被害者の女性はいづれも自殺願望があったとされますが願望であって決心までは至っていなかった方も多くいたのではと思います。
「死にたい」のつぶやきの後に続く言葉が彼女らの本音・SOSだったと。
仕事に疲れた、恋人と別れた、家族とうまくいかない、経済的に追い詰められている、病気で苦しんでいる等死にたくなる理由は生きている以上数限りなくあると思います。
そんな絶望的な気分や状況に襲われた時でも誰かが声をかける、相談にのる、手を差し伸べて寄り添ってあげればもしかしたら死の淵から戻って来れると必死な彼女らの最後のSOSだったのではないかと思えます。
残念ながらこの事件の場合は声をかけたのが(悪魔)であったということです。

私の子どもの頃、「3無主義」という言葉が流行りました。
(無知)(無能)それに(無関心)です。
今の日本社会は閉塞感に覆われていると言う人もいますが何か個人と社会のつながり、もっと言うと暖かさに欠けている風潮が感じられてなりません。
「秋深し、隣は何をする人ぞ」ではありませんが人は人、自分は自分といういい意味でも悪い意味でも(個人主義)が世の趨勢になってきていることは気になるところです。
(自己責任)という言葉もある意味では残酷な言葉です。
本来の日本人が持つ優しさ、気遣い、絆、調和が徐々に失われつつあるのならそれは考えものです。
他人のことは無関心社会の行きつくところには(希望)もないのでしょう。




私、琵琶湖の漁師やってます
八幡和郎氏は滋賀県出身の作家でいらっしやいますが私がその新刊を書店で見つけると迷わずレジに持っていく切り口鋭い論評と分析が持ち味の方です。
そもそも今回の衆議院選挙も昨年、八幡氏が民進党代表(当時)であった蓮舫氏の二重国籍問題を指摘されてから水面下の政治的潮流が延々と続き、遂に爆発、解散総選挙の仕儀と相成ったような気がしてなりません。

氏の新刊『「系図」を知ると日本史の謎が解ける』(青春新書刊)を読んでいて(佐賀鍋島藩化け猫騒動)の件になり、そういえば最近知ったあることを思い出しました。
現在行われているプロ野球日本シリーズで1位の広島カープをクライマックスシリーズで破って下克上を果たした横浜DeNA以上にあざとかったのが主家である龍造寺家を事実上乗っ取った肥前佐賀の鍋島家だったわけですが、歴史的詳細は八幡氏の著書を読んでいただくとして、その藩主14代にあたり世が世ならお殿様であったかもしれない人が琵琶湖の北の街で現在、漁師をされていることを知りました。

佐賀と滋賀・・語感は似ているものの何で琵琶湖で漁師?と不思議に思ったのは私だけではないのでしょうが近所では漁師の゛鍋島さん゛と呼ばれ、本人はPTAの活動に精を出し子煩悩ぶりを発揮しながら地域に溶け込んでおられるようです。
もうひとつの肩書は佐賀県にある鍋島記念館の館長さんですがご近所は鍋島さんがお殿様であることにまったく気づいていません。
漁師になった経緯はとても面白いお話なのですが鍋島氏の静謐な生活をいたづらに乱したくはありませんので控えさせていただきます。


3年目の密約ー緑の誤算
今回の選挙は不思議な選挙でした。
「負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり」とはプロ野球の野村克也氏の名言ですが安部首相も勝てると思って解散、前原民進党代表も勝てると思って希望に合流、小池都知事も勝てると思って希望の代表に・・それぞれが勝てると思っていたのに終わってみれば何で与党が圧勝したのかわからない結果となりました。
いつも迷言で物議を醸す麻生副総裁は「勝てたのは北朝鮮のおかげ」と言わなくても良いことを言って党内を白けさせています。
関ケ原の戦いの後に「勝てたのは金吾どの(小早川秀秋)の返り忠(裏切り)のお陰」とは当時誰も言わなかったのにどうなっているのかこの御仁の頭の中は?
なお、安部首相(徳川家康)に解散(奥州征伐)の引き金を引かせた山尾志桜里氏(上杉景勝)は見事に生き残り当選でした。

滋賀1区ではもう一人勝てると思いながら涙をのんだ嘉田由紀子氏がおられますが確かに自民党サイドとしては負けるなら1区と思われていたことも事実です。
マスコミ各社の選挙情勢でも常に嘉田氏の評価は自民現職の大岡氏より優勢でした。

選挙中は嘉田氏への悪口を封印していた私としてもこの選挙の結果だけでブログを書くのは流石にためらいがありますが選挙は残念ながら「水に落ちた犬は叩け」とも言われかなり酷いことを悪しざまに言われることが常です。
ここは堂々と記名で書いていることで(嘉田氏のファン)にお許しを頂きたいと思います。

比例復活のない無所属で出馬した嘉田由紀子氏は当初は同じ緑好きから小池氏の希望から出ることを検討していたと言われますがかって小沢一郎氏を騙した小池氏より騙された嘉田氏が「もと国政政党の党首は希望にはふさわしくない」とけっちんを喰らい、加えてここ一番の勝負では必ずスカを引く前原誠司氏に懇願され(乗ってはいけなかった局面です)無所属を選んだようです。

更にまずかったのは比例は希望を呼び掛けると出馬表明時にも宣言し、決定的に長年の迷友(失礼、盟友)の社民党と袂を分かち、加えていつの選挙でも裏から票をいただいた共産党も逃げてしまっていたことです。
滋賀では2・3・4区は早々と当確がでましたが1区だけは日が変わった深夜にずれ込んだことでも最初から激戦・接戦が予想されており、仮に負けた方も比例復活当選はあると言われましたが嘉田氏はこの防弾服(比例重複立候補)を着ずに撃ち合いに臨んだわけです。

事実、滋賀1区小選挙投票結果を見れば大岡敏孝氏(84、994票当選)、嘉田由紀子氏(79、724票)、小坂淑子氏(13、483票)であり、この小坂氏の1万3000票があれば悠々と嘉田氏の勝利が読めてきていたはずです。
県知事時代から常に嫌自民党色を露わにし、今回も「安倍政権にスットプをかける」を公約?とした彼女が安倍政権の目指す憲法改正を事実上容認している(希望)にブレたことで野党分裂を招きました。
今まで政治家としての嘉田氏は(消える魔球)の如き数々のブレ球を私たちに投げ続け三振の山を築いていましたが今回は見切られた格好です。
加えて嘉田氏の心の中ではこのような状況でも知事2選目に県内で獲得した46万票という圧倒的な支持が今だにあるので社民や共産の票などあてにしなくてもという慢心・過信があったのではないかと思われますが無党派層は浮動票であり当時の嘉田票なるものは雲散霧消していることが満天下に示されました。

知事時代の嘉田氏は自民党から見れば天敵のような存在で嘉田氏もむしろ自民党と対決する緑衣の知事としてその存在感を誇示していたきらいもあります。
自民党から見れば嘉田県政とは県土の発展に繋がる栗東新駅をぶっ壊し(ここは小池氏が数年後に築地市場で同じ手法を取って選挙に圧勝した)、県下にある13市6町という住民にとって一番大切な基礎的自治体と対決し、(むしろ県は市町の発展を助成する連邦会議議長のような役割が求められているのに)昔ながらの国主のような振る舞いに終始、国にも喧嘩を売って滋賀県全体の価値を大幅に下げ、見る人には見える焼け野原にしたパフォーマンスとポピュリズムに満ちた県政でもあったわけです。
事実、県政時代に訴えていた「もったいないから人に投資する」と言われても現在に至って教育でも全国学力テストでは最下位クラス、スポーツは国体が開催できるのかと言われる程の予算と投資不足でその爪痕はなかなか解消にまで至っていません。

今回の嘉田氏の出馬については表題の「3年目の密約」とあるようにその仕掛け人として滋賀1区の民進党代議士・川端達夫氏の意向と働きかけが強く出ていましたがこのことについてはまた後日書き込みたいと思っています。

最後に嘉田由紀子氏は政治家としては保守派から見れば政敵でありましたが学者としては氏の著書のほとんどを読み、以前の研究成果に少しながら触れた者として優れた業績を残しておられると思っています。
政治の局面で短いながらも言葉を交わさせていただいて感じていたのは人物的・人柄的にも負けず嫌いなところが随所に現れるのを読み取れながらも基本は人格者でいらっしやると思っています。
ただ、政治は妥協の産物であり、落としどころも必要な生き物ですから学者から脱皮しないまま社会実験的に政策を進めると道を誤ることが多々あります。
その意味では嘉田氏は本当に純粋なお人ではなかったかとこの10年間のお付き合いを通じて感じております。









残念な報道ーNHKの場合
第48回衆議院選挙の投開票が行われた10月22日(日)は同時に台風21号が西日本に急接近していた日でもありました。
私の故郷・滋賀県は何の根拠も無く(天災に強い県)と県民から思われています。
ですが今回の台風ではマキノのメタセコイヤ並木がなぎ倒され、新設の妹子の里がボロボロになり、湖西線も電柱が複数倒れて2日間不通、大停電が発生して3日間も電気無しの生活を余儀なくされた世帯が続出と人々の生活を直撃しました。
私の知人の談では「夜半になって風の音が半端ではなくなり不安でしかたがないので台風情報を知ろうとテレビをつけてもどの局も選挙報道ばかりで頭にきた」とありました。
この方の地域は朝になったら家はひび割れるは、納屋はぶっ飛んでいるは、車のガラスは軒並み割れているはで甚大な被害に遭われ、しかも風の音で一晩中眠れなかったそうです。

私は今までこのブログで日本放送協会をアンチNHKの方々から必死で擁護していました。
理由はたった一つのオンリーワン、NHKが防災のスペシャルキー局だと思っていたからです。
災害時に一番頼りになる報道を逐一してくれるからこそ国民が受信料を払うのもいたしかたないと。
ところがあの日、NHKは台風情報はお茶を濁したようにちょろっとだけ、後はひたすら民放と選挙開票情報を競い合っていました。
民法はいい、民放には期待していない、民放は災害報道のノウもハウもないと日頃から突き放していました。
所詮はスポンサーの意向で視聴率ばかり気にしている民放なんて好きなことを報道すればいいと。
ですがNHKは違う、国民がスポンサーだと。
視聴率など気にせず、番組作りをしてもらって結構、受信料は喜んで払います、だけど有事の際はがんばってくださいねと心から応援していたのです。
なのに台風をほったらかして選挙。
民主主義の骨幹たる選挙も大切だが国民の生命・財産の方がもっと重要ではないのでしょうか、NHKは。
あの日・・「今夜は選挙の投開票が行われていますがNHKは国民の皆様の生活重視の観点から台風情報を中心にお届けします」と言ってくれたら受信料を倍払ってもいいと思ったのに期待外れもいいところでした。
今度の週末も22号が来る気配ですがどう出るのか、放送局は。
姿勢を見定めたいと思います。
衆議院選挙最終日
早いもので衆議院選挙も今日で最終日となりました。
安部総理が解散に言及してから実際に衆院解散をして本日まであれよあれよといった日時の流れでした。
国政での論点はしっかり有権者と語れたのか、地域の問題点をみんなで考えられたのかと明日の投票は(私を含めて)国民のみなさんが審判を下す日です。

個人的ですが私は明日の日曜日に予定があって期日前投票に行って来ました。
誰に入れたか、どの党に投票したかは私のブログを読んでいただいている方はおわかりだと思います。
選挙中は極力、相手候補の誹謗・中傷に類することは書き込みたくありません。
ただ、選挙が終わったら結果を見て後出しじゃんけんをするのではなく思ったことを書いてみたいとは考えています。

気になるのは投票率で特に昨年の参議院選挙で盛り上がった18才以上の若い人たちの投票が進んでいるのかが心配になります。
政治に関心を持つことが民主主義を維持するうえで最も大切なことでありますし、若い時から政治参加を選挙を通じて行ってもらうことがよりよい日本を築いていける礎的行動だとも思います。
すでに期日前投票を済まされた方以外の有権者の皆様が明日の投票日には一人でも多く、投票所に足をお運び頂くこと、投票率が伸びることを願っています。

総選挙終盤戦ー緑衣の2人の女
知事(東京都)の小池百合子氏と前知事(滋賀県)の嘉田由紀子氏の2人は緑色の服が勝負スタイルで有名です。
今回の総選挙において前者は政党代表であり、後者は候補者としていづれも熾烈な選挙戦を戦っておられます。
しかし、小池氏の「希望の党」は一時台風の目、政界再編の中心、政権選択選挙の旗頭と目されていたのに告示前に急速に支持率が萎み、今や出来合いの「立憲民主党」にも比例投票先で後塵を拝しています。
なぜこんなに急激に人気が落ち込んだのでしょうか。

小池氏は防衛相の時は省を牛耳っていた守屋事務次官、都知事選挙の時は公私混同ねずみ男・舛添氏、知事就任後は築地移転問題で何となく都議会のドンや石原元知事、オリンピック開催協議ではなぜか国民から人気のない森元首相といかにも悪そうなおやじに喧嘩を売り、虐げられながらも健気に戦う女を演じて拍手喝采を浴びてきました。
今回の希望の党立ち上げでもいち早く沈没する民進党をネズミのような嗅覚で飛び降りた細野豪志氏、地元でフラフラになっている若狭勝氏を助さん・格さんに水戸黄門の印籠よろしく最後は代表就任で今回の選挙の主役に躍り出たのにこのままでは22日の夜は敗戦の弁を述べる予想が濃厚です。

やはりあの発言がテレビのニュースに流れた瞬間から潮目が変わりました。
「ええ、誰でも希望に入れるわけじゃありません、排除はあります、排除です」
排除ですって!なんて上から目線な!
怒った民進党の一部が立憲民主党を創り、連合も自主投票を決めました。
今まで強敵に果敢に立ち向かう緑の女剣士・リボンの騎士サファイヤ(古い)の如く人気があった彼女は次の日から(女帝)とか(緑のたぬき)とか言われ始めました。
ここで小池氏から学ぶ政治家としてやってはいけない立ち振る舞いは・・・
①政治家はブレてはいけない(少なくともそう見せてはいけない)
②政治家は優柔不断と思わせてはいけない(果敢に決断するように見せねばならない)
③政治家は悪者になってはいけない(常に正義の味方でいるべし)

小池氏の敗着・悪手は自身が都知事のまま党代表に座り、しかも総選挙に出なかったことです。
これは②の優柔不断にあたります。
確かに調査では小池氏が知事職を全うすべきという声が6割を超えていました。
しかし、世論調査をいつも利用する小池氏ならではの玉虫色の選択が知事のまま党代表という最悪の結果で選挙をスタートさせることになりました。
小池氏は・・
①知事のまま党の顧問程度で収まり、総選挙は高みの見物をする
②知事を辞職して党代表に就き、自身も衆議院選挙に出馬する(できれば小選挙区で)
のどちらかを選ぶべきでしたが中途半端でした。

そこで滋賀1区で奮戦中の元祖緑衣の人・嘉田由紀子氏ですが彼女もかって小池氏と同じミスをして知事3選を棒にふりました。
(小池氏が嘉田氏の轍を踏んだと言った方が正しいでしょう)
今回も一時は希望の党に公認・推薦依頼を出されたそうですが元国政政党党首ということで(排除)されたそうです。
それでも比例投票は希望の党を訴えると言われていましたが選挙後に希望急落を聞き、前言撤回です。
自民党支持者からみればブレていると映るのですが嘉田陣営からみれば単なる方針転換に過ぎず大正解です。
ただ、もっと早く希望から離れていたら憲法改正問題で対立していた社民党の支持もあったのが残念です。

滋賀1区では選挙も終盤に入り、沿道には緑のジャンパーを着たおじさんたちが「前知事」とプリントをして通行の車に手を振ったり、頭を下げたりの応援を続けています。
熱い・・熱い・・陣営です。
所詮、選挙は気合です、勢いを出した方が勝ちます。
迎え撃つ自民党候補の大岡陣営も負けずに「現職」とか「40代」とかゼッケンをつけて街に出るパフォーマンスぐらいすればいいのにと思ったりもします。
有権者は意外とそんなのに弱いものです。
いづれにせよ滋賀1区は接戦・激戦となってきました。
最後までもつれそうです。



選挙公約ー教育について
総選挙も日曜日が終わり折り返しとなりました。
22日の投票日には新たな国政の枠組みが決まります。
そのような中、新聞を広げて各党の公約を見てみると今回は「教育」について言及している政党が増えているのは個人的に喜ばしいことだと思いました。
私は「教育」こそが資源がない日本の武器だと思っていますし、最高の投資効果とも思っています。
武器とか投資効果などと言うと顔をしかめる方もいらっしゃるのですが要は個人がより良い人生を謳歌できて尚且つ社会もハッピーになれるウィンウィンの政策だと信じています。
今後も「教育」について語る政党・政治家が少しでも増えてくれれば日本も少しは希望の灯がともると思います。

今回の解散前に安倍総理が「幼児教育の無償化」をいち早く公約として発表しました。
それ自体はいい事なのですが自民党の政調会は「唐突だ、聞いていない」と困惑気味でした。
おそらく岸田政調会長(当時)にも相談なしで決められたのがバレバレでした。
このように付け焼刃の政策はいただけません、もう少し揉んでから決めて頂きたいと思います。

幼児教育の無償化に異議を申し立てるつもりは毛頭ありませんが世間で論じられている少子化問題の解消や教育格差の是正とはずれているものですし、子育て支援とも合致しずらいとは思います。
私の住む高島市でもそれなら政党の幼児教育無償化を少し先取りして第2子以下の保育所預けを無償化しましたが家庭の用事に忙殺され外にどうしても出なければならないお母さま方が利用されるのにはいい政策と思いますが「無料だから預けなければ損だ」とばかりに0歳児をどんどん連れてこられればどうなることでしょう。
ご明察の通り、3歳児から5歳児とくらべて乳児は大変お世話がかかります。
極端な話、1幼児につき1保育士が必要となり仕事がパンクします。
また、お母さんと離れる時間が多いという事は大切な時期での情操面でも不安が残ります。
公約でそこに踏み込む以上、保育士の確保と待遇改善について具体的な施策を揚げねば無責任の謗りは免れません。

幼児教育の無償化が限定的な政策であることは申しました。(それでも論じていかねばならない案件であることは確かですが)
そのことよりも今の日本の教育問題を論じるなら先に「高等教育の無償化問題」です。
めまぐるしい社会の流れの中でまったく記憶に新しくない昨年のアメリカ大統領指名候補争いの時に民主党でヒラリー氏と最後まで接戦を演じたのが老体のサンダース上院議員でした。
サンダース氏が若者から圧倒的に支持された理由が「大学の無償化」です。

現在の日本で金銭的問題により子どもをつくらない、あるいは1人で我慢する(文字通りの意味です)家庭のなんと多いことか。
昔の日本は「貧乏人の子だくさん」などという言葉がありましたが現代では死語となっています。
おそらく子どもを育てても高等教育を受けさせる家庭内負担に自信が持てないことが少子化の要因のひとつになっていることが推測されます。
昨日(10月15日)の読売新聞の社説「高等教育の無償化ー奨学金制度の効果的な活用を」で書かれてありましたが国立大学の年間授業料は54万円、私立大学では平均87万円に上る、私大医学部の場合は6年間で数千万円が必要、大学・大学院・短大・専門学校の完全無償化に年3兆7000億円の財源が必要になるとデーターが示されていました。

教育問題(制度)について論ずればこのようなブログで書いている紙幅がありませんが今回の選挙は外交・安保・消費税・景気・エネルギー(原発問題含む)・行革など様々な争点があるものの「教育」の旗だけは下してもらいたくはありません。
根本的且つ恒久的な議論だからです。
加えれば高等教育だけではなくリカレント教育(学校教育を終えた社会人が大学等の教育機関を利用する再教育)にも視点を当ててもらいたいとも思います。
ニュースを見ると毎日のように衝動的、発作的に逆ギレしての陰惨・無残な行動を取る人が後を絶たなくなってきている世相の背景には過去に比べて教育を軽視する人たちの増加もあるのではと悲しいですが考えざるを得ません。
これは単純に教育の格差が所得格差につながると申し上げているのではなく「人は教育によって人となる」という人間性の獲得を社会の中で平等に分かち合いましょうと言っているに過ぎないのです。
金銭的(物質的)に豊かであれば人生が豊かになるのではなく、真の豊かさはみなさんの心の中にあるのですから。





党首ー失敗の応酬
明日からいよいよ総選挙が始まります。
しばらくマスコミ報道は選挙一色となることでしょう。
気になる投票率はどうなるのでしようか。
前回(第47回総選挙)の全国平均54・96%は上回りそうです。
それでも前々回の政権奪還選挙(自民にとってですが)の62・67%マークは難しそうです。

それに明日(10月10日)は奇しくも朝鮮労働党の党創設記念日です。
金党首への阿りと日本への威嚇を兼ねてミサイルで祝砲はいただけません。

今回の解散を巡って安部自民党党首は絶好のチャンスと捉えて踏み切ったはずでした。
党の支持率が最悪の都議選から回復基調になってきている、これも山尾議員の不倫発覚と金党首の重なる日本への軍事的圧力のおかげで国民が民進党のだらしなさと北の脅威を思い出してくれたおかげと判断したものでした。
もちろん現在維持している改憲勢力の3分の2に届かなくなる可能性は高いのですが政権延命を選択しました。

これを迎え撃ったのが関ケ原の合戦でいう石田三成役の前原民進党党首です。
事実上民進党を解体し、小池百合子希望の党党首に絡めとられた体裁で野党大合同を策し、何としても安倍政権をスットップするとまさかの一撃を喰らわしました。
これに慌てたのが安部党首でのこのこと解散して奥州の上杉討伐に出た徳川家康のように前原風情が何するものぞと完全に舐めていたらいつの間にか政権選択選挙の危機にまで膨れ上がり、もりだのかけだの蕎麦なら隠せと右往左往となりました。

一方の小池百合子希望の党党首も西軍総帥として大阪城に入城して盟主として総大将になることは承諾したものの自身は出陣しない(選挙に出ない)と言い張り士気が落ち気味です。
毛利輝元こと小池党首にとって国政で天下を獲るチャンスはおそらく今回が最初で最後なのに慎重が彼女の天性の勝負勘を鈍らせたようです。
あれは気に喰わない、あれは元政党党首だからダメ、あやつは操りにくいと切りまくった為に戦場において島津や長曾我部のような不戦軍や遊軍を多くつくってしまい、いつの間にか政権選択選挙の色が薄まってしまう始末です。
加えて合戦後の天下の仕置きは誰に任せる(つまり首相指名)はわからないとくるので士気も上がりません。
国民からすれば安倍政権スットップなど本当に考えているのと本気度を見透かされてしまいました。

この合戦が長引けば郎党を引き連れて国会の数合わせの目玉になり連立で天下を獲ろうと密かに野心を燃やす黒田官兵衛役の石破茂はおそらくそのような局面が回ってこない気がします。

そこで唐突に滋賀1区ですがそうなると希望の党の公認を受けなかった(受けられなかった?)嘉田由紀子さんは結果的に得をしたようです。
それでも民進党の応援と共産党の2割から3割に近い票が流れる計算が立ちます。
唯一の疑問点は長年の盟友・小坂社民党県連代表になぜ決起の相談を事前にできなかったか?ですがこれは私も憶測の範囲です。
今回の総選挙は勝てると踏んで仕掛けた、それならと大合同で包囲戦、破れが生じた・綻んだ、どうしょう?と党首の判断ミスの失敗が失敗を生み、情勢が二転三転してどうにも先が見えない選挙になりそうです。
後世はこう評するでしょう、勝てるはずだった解散と。







ノーベル文学賞を受賞する方法
昨日、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞したニュースを耳にして氏の著作を1っも読んでいないことを改めて思い返し、急いでAmazonで検索すれば全作売れきれ状態でした。
版元のハヤカワ出版も予期しない出来事だったのでしょうか。
そもそも1989年に著した小説「日の名残り」は日本で言う芥川賞に匹敵する英国の権威あるブッカー賞に輝いた時点から「いつかはノーベル文学賞作家に」と噂には上っていた作家でした。
どうしてもすぐに読みたくなったので妻の書棚から「私を離さないで」を取り出し、秋の夜長に読み始めました。

そうは言っても私とてミーハーの烙印を押されたくありません。
イシグロ氏が受賞したから飛びついたのではなく前から気になっていた作家の1人だったのです。
それでは私なりに今後日本の作家が文学賞を取る為の条件を整理してみたいと思います。

①「英語圏で翻訳本が出ている、英語圏で文壇にパイプがあること」
これは選考委員の大半(おおよそすべて)が英語で文章を読むことですから当たり前なのですが一説によると大江健三郎は英国文壇に太い親交があったことが有利に働いたという風聞が一時期流れました。

②「生きていること」
ノーベル文学賞は在命作家と規定されています。
もう少し生きていたら取ったと言われる安部公房や市谷で自決した三島由紀夫は残念だったと言えます。

③「政治的にナチュラルであること」
例えば行き過ぎた極右思想の持主は欧米文壇で排斥され絶対と言っていいほど受賞とは無縁になります。
その点(わが友ヒットラー)を書いた三島由紀夫は難しかったかもしれません。
日本の政治家でもすぐにナチスとかヒットラーに倣ってなどと問題発言をする元首相がいますが日本より海外でブーイングを受けていることを知らないのでしょうか。
それにしても福岡8区の選挙民は寛容です。

まあ、文学特に小説なんてあまり肩肘張らずに気楽にのんびり楽しむのが一番いいと思います。
要は個人の好みですから。





滋賀1区の戦い
予想より3日ほど遅れて前滋賀県知事・嘉田由紀子氏が滋賀1区でこの10日に公示される総選挙に出馬されるということを表明され、ほぼほぼ選挙の構図が固まりました。
なんでも一昨日、小池知事に弾かれて希望がなくなった旧民進党リベラル系の面々が枝野幸男氏の提唱で(立憲民主党)なる駆け込み寺を結成し、嘉田氏も誘われたそうですが彼女はお断りになったようです。
お仲間は政治信条や理念が似通った方が多いのになぜ断る理由があるのかと考えてみると・・。
①希望の党に刺客を立てられる可能性がある
②希望の党に引っ付いている旧民進党勢力から支持を得られなくなる
③3年前の密約仲間から支持を受けられなくなる
④ここで立憲民主党に乗ると切り札の野党一本化が絶望的になる
などがあげられます。

特に④の要素は大切で嘉田氏が希望の党にすんなり公認申請しない(できない)理由はここで無所属でスタートしないと社民党や共産党と選挙協力しようとする公示までの仕掛けづくりが進まないからです。
すでに社民党は滋賀県連代表の小坂淑子氏が出馬を表明されていますが嘉田氏の立候補表明に「知事に当選する時から一緒にやってきた、共闘の相手としてふさわしく思っていたが話し合いもなくここまできた、もっと早く相談してくれれば私がでることもなかったのに」とコメントされています。
私は個人的に社民党の理念や政治信条に共感を覚えませんが政党としての筋の通し方は立派だと思います。
他の野党も少しは見習ってほしいものです。

それでも今回、嘉田氏が滋賀1区で勝とうと思えば小坂代表に出馬を取りやめてもらい革新勢力の一本化を目指さねばなりません。
これがなれば1区は激戦となります。
告示まであと1週間・・嘉田陣営の水面下の工作は果たして如何に?

解散、その後
10月に入って最初の日曜日です。
やはり衆院解散後のドタバタについて言及したいのですがもう選挙モードなので平時はできるだけリベラルに話そうと思っていた政治ネタも今回は私の所属から自民党丸っぽの論調になるので野党支持者の方はご不快かもしれませんがご了承ください。

民進党については健全な野党・良心ある社会主義政党として、できるなら2大政党の一翼を担えるところまで復活してもらいたいとこの2年間訴えてきました。
前原代表には最後のチャンスだと思って頑張ってほしいと。
ところがどっこい、小池女王様にひれ伏しての解党です。(ましてやまたもお家芸の分裂です)
本人は幕末・最後の将軍・徳川慶喜の大政奉還を気取ってのことかもしれませんが奇策が過ぎました。
政策での選挙戦ではなく現実路線で日本を運営するか、ポピュリズムが勝つかの中身のない選挙戦になりそうです。
日本の財政の行方、消費税の使い道、安全保障の在り方、少子高齢化社会への対応、働き方改革、原発問題・・みんな深く議論されず只々゛小池劇場゛の観客と化するつまらない選挙になりそうです。
今回の選挙は(民衆愚弄選挙)。
もちろん野党の選挙態勢が整っていないと踏んで解散に踏み切った安倍総理も藪を突けば蛇が出てきた、ネズミを追い詰めたら猫にかみついた、(やぶへび解散)(窮鼠猫咬み解散)となり焦っているのは確かですが。

4字熟語で中国のことわざからきた「羊頭狗肉」という言葉があります。
肉屋さんが店の軒先に上等な肉、この場合は羊の頭を飾って「当店ではおいしい羊の肉を使っていますよ」とPR。
実際は狗肉、その辺りの中の下以下の肉を売っているという見掛け倒しを揶揄したことわざです。
今回も民進党という肉をミンチにして希望という卵や小麦粉をつなぎにしてつくったハンバーグが出てきますが客(有権者)は何で出来ているのか、何が入っているのかわからないまま食べさせられる、そんなイメージがしてなりません。
健康に悪そうです。

そもそも゛希望゛とは何の、誰にとっての希望なのか?
それは安部1強で怯えていた、次の選挙ではダメだと諦めていた野党国会議員に急に灯った(小池人気にあやかれば一発逆転がある)と感じた希望にすぎないのではないでしょうか。
決して国民の希望を具現化しようとして登場したものではないことは確かです。

最後に滋賀1区のことですが解散が決まるまである記者さんとお話しをすることがありました。
「嘉田さん?そうですね・・立候補する確立って10%か20%ぐらいじゃないですか、ははは」と笑っていましたが現実のものとなりました。
<密約>は生きていたのですね、3国軍事同盟みたいな。
それにしても以前は(生活)とか(未来)、今回は(希望)。
抽象的な言葉を政治に使うのが好きな方だとつくづく思います。







新党の行方
国連での北朝鮮とアメリカの国家指導者同士の激しい応酬、日本では衆院解散が決まって政局が大きく動いた今週、やはり政治ネタでブログを更新します。

まず、(小池新党)が立ち上がりますが党首として小池都知事自身が矢面に立つかどうかが注目されています。
昨日の会見では「知事が政党の代表に就くことは全国的に例があることですから」と党首就任を否定しませんでした。
私は7割の確率で就くとは思っていますが小池氏の脳裏をちらっとかすめるのは滋賀ケースでしょう。

言うまでもなく当時の滋賀県知事である嘉田由紀子氏が衆院解散前に小沢一郎古狸と密会して政党党首に就いたあの時のことです。
この知事の国政進出については当時の滋賀県議会で自民党から代表・一般質問で「二元代表制で運営すべき県政の一方の雄である知事が国政に関与している暇があるのか?県民の期待にどう釈明するのか?」と鋭く追及されましたが嘉田知事(当時)は「県政一番の姿勢で政治に取り組む」と防戦一方の苦しい言い訳に終始しました。
しかも、直後の総選挙で嘉田新党は大敗。
嘉田氏は代表を離れたものの県民の支持は大きく急降下し、自身の3選すら危うい状況になりました。

小池氏は昨年、舛添氏の都政私物化問題を受け、都民の生活が一番(どこかで聞いたような?)「都民ファースト」を掲げて知事に当選しました。
そのような背景のなかで今回、全国に100名ほど擁立されるといわれている小池新党(仮称)「希望の党」の全面に立って全国遊説を行うことを都民がどう評価するかです。
「やはり都知事は国政復帰の踏台か」「自分の政治的野心で都政を振り回すのか」というブーメランをよけきれるかでしょう。
都民にとって小池さんの国政への関心などどうでもいいことで、都政の安定・発展が第一ですからよその県にいそいそと応援に行っている小池知事をメディアで眺めるにつれ支持は離れていく可能性は否定できません。
嘉田氏と同じ轍を踏もうとしていると私は見ています。
首長職は兼任できるほど暇ではありません。
じゃ、大阪の松井知事の維新は?との声が聞こえてきそうですがあれは橋下氏の突然の政界引退と大阪という地域の特殊事情が重なってできている政治的偶然の産物ですから参考になりません。
随分と昔のハリウッド映画ですがチャールストン・ヘストン主演で中国清朝末期の義和団蜂起を描いた「北京の55日」という作品がありました。
ラストシーンで各国の鎮圧部隊派兵により義和団が雲散霧消して廃墟となった故宮で西太妃が「水(大衆)は船(政治家)を浮かべるが・・またひっくり返す・・清朝は終わった・・」とつぶやきます。
この言葉を幾多の政治家に贈りたいと思います。










テーマパーク国会
衆議院議員の山尾志桜里氏が不倫騒動で文春砲の餌食となり民進党を離党した話ですが馬鹿馬鹿しいながらもこの1週間北朝鮮と並び世間を騒がせたとニュースウイーク賞を贈りたいと思います。
山尾氏については一旦幹事長ポストを約束されながら党内で猛烈な反対があったのは単に力量不足というよりも近く醜聞が発覚するとの噂が永田町に流れていたのがドンピシャとなったわけです。

それにしてもあいかわらず民進党です。
他人の批判はするけれど自分もブーメランでかえってくる、ワザとやっているのかと疑いたくなります。
山尾氏も昨年の宮崎議員(当時)の不倫を批判していたのにこの低落です。
更に党内では「山尾さんは事実を認めていないのだから離党は待ってもらった方がいいのではないか」という意見まで飛び出したと聞きます。
これだから野党のままなんです。
男女がホテルでワイン持ち込んで密会してチエックアウトが明け方の4時半?
これのどこが政策相談なのでしょうか。
馬鹿も休み休み言いなさいと言いたくなります。
このケースは国民の期待を著しく失墜させた当事者として自主的離党ではなく党籍はく奪処分が妥当です。

それでも私は不倫云々で山尾氏を責めようとは思いません。
彼女だって人間です。
己の欲するままに反社会的行動を取らない限り、自由に行動を選択する権利もあります。
人の心は移ろいやすく、男女間の感情の動きもまた微妙です。
絶えず揺れ動く愛憎の中で人類が意図的に作り出した(結婚制度)という枠組みなど平気で乗り越えてしまうのが人間です。
でないと3組に1組が離婚する時代とならないでしょう。
不倫が恋愛の一種であるとは思いますし、発覚した場合は当事者が家庭破たんや慰謝料や財産分与などそれぞれで責任とってもらえばいいわけであって法律がそこに介入する余地もありません。
その点、神戸の橋本市議のように政調費詐取の容疑で検察が動くような刑事事件でもないわけです。

では山尾氏の何がいけなかったのかと言うとズバリ(期待はずれ)です。
国民が選良として政治の道筋をしっかりつけてくれよと国会に送り出しているのに遊び呆けていたことを白日の下にさらしてしまったことです。
とにかく人間は時間と金の自由ができたらろくな事を考えません。
それでも立派な人は事業に精を出す、慈善事業をがんばる、人がなかなかできないことにチャレンジするのですが時間とお金と志の低さの3点セットのあげくの不倫というのが今回のケースでありこれは政治不信を招いたからダメです。
虫歯菌と歯垢と食べかすの3点セットで虫歯が発生ということです。
これによって国民から(国会議員は遊んでいるのではないか)という疑念をうんだのですから辞職も考えていいと思います。
野党の国会議員の暇さはつとに有名でしたからありえるとは思いますが例えば全国の首長(知事・市長)などは不倫騒動などなかなか出てきません。
忙しいからです。
人間、暇はいけません。

国会議員に当選すればもともと志の無い方は永田町というテーマパークの無料年間パスポートを貰ったような気分になります。
(実際は無料ではなく議員報酬という副賞付きで衆議院なら4年、参議院で6年のパスポート)
国民の為に働くのではなく東京ディズニーランドや失楽園に行ったような気分になる人も存在するのが残念です。
そういえばまだ行ったきりですが私たちの滋賀県にもそういう人がいました。
いづれにせよ不倫云々の是非ではなく真剣に働いている姿を見せてくださいよというところに尽きます。







21世紀の社会主義
表題で(21世紀の社会主義)とご大層に書きましたが、そう大上段から振り下ろすものではなく昨日、民進党代表選の結果が出て前原誠司氏が就任決定となったことについて少しコメントしたかっただけです。
結果として前原氏になってよかったのではないかと思います。

理由は前原氏が男前であることは冗談として彼が旧民主党代表として一度失敗をしていることです。
前回の大風呂敷を広げて国民を幻滅させた失態を大いに反省しての出直しを国民も注目しているからです。
私もこのブログで何度も指摘したように民進党は国民に反省の意をしっかり示して政党としてのけじめをつけなければ再出発はできません。
その意味では旧政権の中枢にいた前原氏ほど適任者はいないでしょう。

更に前原氏は今回対抗の枝野氏ほど左傾化していない点も今日の日本を取り巻く情勢には適合しています。
枝野氏は今後も共産党との連携や普天間基地の辺野古移転に否定的など現実路線とはとうてい思えない政治姿勢の持ち主であり、これでは民進党は再建どころか衰退の一途を辿るのみと思わざるをえませんでした。

外交や安全保障は今更、北朝鮮や中国問題を持ち出さなくとも連日の報道で国民間では一定のコンセンサスは出来上がりつつあるように感じますがもうひとつの問題の経済はピケティの(21世紀の資本)で論じられているように政治的に不介入なら経済の法則は大資本に収れんし、今後ますます貧富の格差が拡大すると分析されていますが実感されている方も多いことでしょう。

前原氏が代表選で述べていた「中福祉・中負担の社会を目指す」は健全な社会主義路線であり、これこそ自民党の経済成長一直線に対抗できるテーゼです。
アベノミクスの上からの金融操作やケインズ政策ばりの公共投資拡大でも一般消費が一向に上向かない状況にあるのですから社会保障に一定の(つまり増税などの)議論から逃げない範囲で再構築を図り、(成長論)ではなく(分配論)に目を向けた前原氏が党をどのように指導できるかが注目されます。


本屋の衰退
運送業大手のヤマトを始め運輸業界は宅配運賃の値上げに踏み切るそうです。
理由は人出不足。
きめ細かいサービスを維持するにしてもそれを支える人材が集まらないという背景があります。
24時間営業などオールタイムのサービス提供で伸びてきたコンビニ業界や飲食業界も慢性的な人手不足で営業時間の見直しを強いられています。
必然的に労働形態の歪が生じ、企業内ではサービス残業の慢性化により過労死、もっと酷いケースは自死などのケースが見られ社会問題ともなっています。
過労により作業中の事故なども増えてきています。
例をあげて非難するわけではありませんが居眠り運転による交通事故なども増加傾向にあります。
(一昨日の高速道路での大型トラックがバスへの後方からの衝突事故で高校生を含む2名の方がお亡くなりになりましたが運転手が前を見ていなかったと警察の取り調べに運送会社に立ち入り調査に入ったというのは単純に前方未確認ではなく居眠り運転つまり過重勤務の実態が疑われます)

本日のブログはそのような日本の労働形態の在り方を取り上げようとしているのではなく私が最近身近に感じたことを書こうと思っていましたが表題の「本屋の衰退」というテーマで最近は書店に行っていないな、本を買うのもAmazonばかりだし、とか思っていたらそう言えばAmazonも流通が伸びてきて荷物を扱うヤマト運輸などがついて行けない状況だと思って冒頭から脱線しました。

さて、本屋のことです。
日本人の読書習慣が年々時間的に減少しており、理由の一つには先ほどの労働時間の長時間化で本を読むゆとりもない、必要な情報はスマホから仕入れられるなどの生活様式の変化や価値観自体の様変わりなどがあげられますが、私は書店立ち読み派であり、本屋にぶらりと入って立ち読みをしながら気に入った、気になる本を買うというスタンスです。
Amazonなどの通販は便利なのですがやはり自宅に届いてみて内容にがっかりという経験は幾多あります。
その点、書店では本を実際に手に取り、装丁から目次に目を通し、これは面白そうだと確認して少しパラパラと読み、納得の上でレジに持っていけるので(はずれ)があまりありません。
これが書店の強みだと思います。

ところが最近はこの書店でもよからぬ処置が施されているのを嘆くことがありました。
私が仕事帰りにたまに立ち寄る書店ですがそこそこ大きく店内も明るく、本の陳列も見やすく、品ぞろえ(本ぞろえ)も入れ替えがしっかりできているので気に入っていた店のことです。
いつものようにワクワクしながら入ると本にビニールでカバーがかけてあり破らないと中が読めない状態になっていました。
文庫・新書・単行本・新刊書みんなそうです。
あと週刊誌なども。
これを店員のいる前でビリビリ破って中を平然と立ち読みする勇気は私にはありませんでした。
しかたなく何も買わずに店を出ました。
ビニール越しに表紙だけ眺めていてもしかたなかったからです。

以前、コンビニで週刊誌をビニール掛けする店がかなり出ましたがすぐに撤廃しました。
客からの苦情があったのと売り上げが下がったからです。
中身を確認できないものを誰も買わなくなったからだそうです。
これらの書店もこのような愚を犯しています。
これでは本屋の役割が果たせなくなるでしょう。
私もこの書店にはもう行かないと思います。(時間の無駄だから)

統計によりますと全国の本屋の数が激減しているようです。
2000年に全国で21、495店舗あったのが2015年になれば13、488店舗にまで減っているそうです。
そういえばあの書店が閉めてしまったなというのがみなさんの地域でも心当たりがあると思います。
読書習慣が変遷している今日、本屋さんも経営が大変だとは思うものの書店としてできること、多様なサービスの開発を心がけていかねばこの出版不況のなか衰退業種に確実にエントリーしてしまうでしょう。

民進党代表選挙の前に考えてみる
来月1日に行われる民進党代表選挙ですがマスコミ報道によれば民進党再生のラストチャンスとか言われています。
民進党関係者もそれぐらいの危機感と絶壁感で党再生を果たしてほしいと衷心から思います。
一気に政権奪取とか考えて前回の政権交代選挙のようにできもしない政策を並べて有権者をミスリードするような政治を愚弄する行為は厳に慎み、現在の5%ぐらいの政党支持率をせめて野党第一党として15%~18%ぐらいにまで回復してもらいたいと思います。

私は政治的にバランス重視です。
政治的に一つが突出して強力な勢力が出てしまうとどうしても社会全体に歪が生じると考えます。
理想とするのは民主主義が正しく機能して国民が選択するのならいつでも何回でも為政者の交代が容易に実現できることとできれば健全な保守思想と社会主義が政治の場において正々堂々と議論して政策を決していける場づくりが用意されていることです。
その点、他の政党や思想を完全否定して屠るファシズムや共産主義は拒否します。

現在の日本は前政権の民主党がハチャメチャだったのでその反動から自民党・安部1強だと言われています。
しかし、安倍政権とて満点は与えられず外交や安全保障面では国民に一定の安心感を与えたものの、内政面特に経済についてはほぼ完全雇用を達成しましたが賃金上昇や働く人の身分保障ではむしろ後退している感があります。
特に前回の内閣改造後は政権の高い支持率に胡坐をかいて強引な政権運営もみられました。

世論は民進党に党としての明確なビジョンを有権者に示せとアドバイスしています。
それが党再生の第一歩だと。
そこで民進党はもともと社会主義政党の流れにのる政党であるとの原点に拠り、ずばり社会の(格差是正)あるいはもっと踏み込んで(格差解消)をテーゼとして国民に訴えるべきです。
厳しい言い方をすれば前身の社会党がなぜ自民党との対抗勢力として55年体制後も政界で角逐しながら庶民の支持を徐々に失い解党していったかを研究しなければなりません。
明快なプランを国民に提示できなかったこと(自民党はバブルであれ何であれ経済成長、所得増を約束した)、東西冷戦の終了後に穏健なヨーロッパモデルの社会主義政党に転身できなかったこと(労働三権などにこだわり社会保障の充実などの手法に切れがなかった)、有力な支持団体である連合などの下部組織がご用組合あるいは労働貴族化して広く労働者の支持の受け皿にならなくなった(自民党が地方の農村票や中小企業、自営業者の取り込みに成功したのとは逆である)

日本の今後の政治を俯瞰しても硬直する世界情勢から平和や自由を維持できるのは偏に自民党の対立軸である民進党が明確な保守と違ったテーゼ(理念)を訴えられるかにかかってきています。
その意味からも今回の民進党代表選挙は(終わりの始まり)であっては困ります。
政治に恒久的なバランスをもたらす為に民進党の皆さん、知恵をしぼってください。
それがかって自民党の地方幹事長であった者からのラブレターです。







使ってみて手放せなくなったもの
盆休みも無事に終わり、体だけ気だるい夏がまだ続いていますがもう(残暑)のはずなのにいつまでも暑いです。
残暑なのに真夏日、残暑でも猛暑日、残った暑さは何なんだと今日も凉を求めて移動しています。
よく考えれば冬から春にかけて(残寒)とは滅多に言わないのに暑さだけはしぶとく残る・・いやな奴です。

さて、思いついたように(使ってみて手放せなくなったもの)ですが昔々私の誕生日に妻が(電動歯ブラシ)をプレゼントしてくれました。
妻が私の誕生日を憶えてくれていたのは後にも先にも(たぶん)その1回こっきりですがせっかくもらったので使い始めました、電動歯ブラシを。

もともと私は手動派でなんでも手で動かすものが好きです。
特に身の回りのものはそうで電気といわれても冷蔵庫や掃除機はさすがに氷室や箒やちり取りがいいとも言えませんが例えば髭剃りにしても断然、髭剃りで(意味不明)つまりお風呂でもシェービングクリームを顔に塗って剃るという方がなんかさっぱりとして電動髭剃りはあまり使いません。
もちろんこれは個人の趣味の問題なので押し付けてもだめなのですが。

(エレキはどうもな・・ギターもエレキじゃない方が好きだ)と思いながら電動歯ブラシを使い始めましたがこれが大袈裟じゃなくいいのです。
よくCMで歯ブラシを宣伝していて「よく歯に当たりすっきり歯石が取れます」とかやっているじゃないですか。
電動は違う・・もう超絶、凌駕、卓越しています。
あの手でキコキコ、ゴシゴシやっているレベルではありません。
使い心地はすっきりで終わったら指で前歯をこすってもキュキュという感触です。
電動歯ブラシで歯を磨かなければ就寝する気にならないほど今、手放せない一品となっています。
注)筆者は電動歯ブラシの生産・物流・販売いづれも無関係であり利益供与関係は一切ないことをお断りしておきます。




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