ゆうすけブログ
メロディーを奏でる橋
大津市堅田から守山市を渡る琵琶湖大橋の片側二車線ある方の追い越し車線(右側)を走行すれば(琵琶湖周航の歌)のメロディーを聴くことができます。
面白いのでゆっくり走って静かに流すか、猛スピードで弾けるかと何度か試してみました。
料金所の上には今年になって横断幕が貼られて「ゆっくり走ろうメロディーロード・周航の歌誕生100年」と書かれています。

道路にこのような楽しい施工ができるならもっと色々な場所に施してもいいのではと考えてしまいます。
中山間の急な傾斜の危ないカーブで(獣飛び出し注意)の標識のあるところなどは「♬小鹿のバンビィー」と(バンビのテーマソング)などは如何でしょうか。
夕方になると歩行者と車の接触事故が危惧されるトワイライトゾーンは(ゲゲゲの鬼太郎)や(初代ゴジラのテーマ)がピッタリではと想像はふくらみます。

それにしても琵琶湖大橋の朝の通勤ラッシュは何とかならないのでしょうか。
近江大橋が通行無料になった際に琵琶湖もと期待されたのですが無理無料でした。
代わりに1台につき50円値下げとETC設置が決められていますが早く実施してもらいたいものです。
3B(BIWAKO BIG Bridges)の夜明けはいつになるのやら。



無関心社会の闇ー座間市連続殺人事件
平成もそろそろ終わろうとしているこの時期に何とも言い難い凄惨な事件が起こったものです。
言わずもがなの神奈川県座間市で発覚した「座間市連続死体遺棄事件」です。
これまでに9体(女性8人・男性1人)のバラバラにされた遺体がアパートのクーラーボックスなどから発見され凄まじい臭気を放っていたという猟奇さです。
容疑者はすでに捕縛されているというものの動機は金銭なのか、性的衝動からくるものなのか、はたまたサイコパスなどの精神異常者なのか、今後の取り調べから明らかにはなってくるとは考えられます。

事件としての異常さでは平成では1989年(平成元年)に発生した「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」いわゆる「宮崎勤事件」や1997年(平成9年)に起こった「神戸連続児童殺傷事件」(酒鬼薔薇聖斗事件)に匹敵するものだと思えます。
海外では今だに連続殺人事件が起これば引き合い出される「切り裂きジャック事件」。
この事件の被害者たちはいづれも娼婦でしたが今回の座間市事件では自殺願望者でした。
自殺サイトで女性が「死にたい」と投稿すれば容疑者が言葉巧みに誘い、犯行に及んだというものです。

この事件を分析すれば様々な闇が現れるのでしょうが現状で私が感じるのは(日本社会の無関心が生んだ病巣)でしょうか。
被害者の女性はいづれも自殺願望があったとされますが願望であって決心までは至っていなかった方も多くいたのではと思います。
「死にたい」のつぶやきの後に続く言葉が彼女らの本音・SOSだったと。
仕事に疲れた、恋人と別れた、家族とうまくいかない、経済的に追い詰められている、病気で苦しんでいる等死にたくなる理由は生きている以上数限りなくあると思います。
そんな絶望的な気分や状況に襲われた時でも誰かが声をかける、相談にのる、手を差し伸べて寄り添ってあげればもしかしたら死の淵から戻って来れると必死な彼女らの最後のSOSだったのではないかと思えます。
残念ながらこの事件の場合は声をかけたのが(悪魔)であったということです。

私の子どもの頃、「3無主義」という言葉が流行りました。
(無知)(無能)それに(無関心)です。
今の日本社会は閉塞感に覆われていると言う人もいますが何か個人と社会のつながり、もっと言うと暖かさに欠けている風潮が感じられてなりません。
「秋深し、隣は何をする人ぞ」ではありませんが人は人、自分は自分といういい意味でも悪い意味でも(個人主義)が世の趨勢になってきていることは気になるところです。
(自己責任)という言葉もある意味では残酷な言葉です。
本来の日本人が持つ優しさ、気遣い、絆、調和が徐々に失われつつあるのならそれは考えものです。
他人のことは無関心社会の行きつくところには(希望)もないのでしょう。




私、琵琶湖の漁師やってます
八幡和郎氏は滋賀県出身の作家でいらっしやいますが私がその新刊を書店で見つけると迷わずレジに持っていく切り口鋭い論評と分析が持ち味の方です。
そもそも今回の衆議院選挙も昨年、八幡氏が民進党代表(当時)であった蓮舫氏の二重国籍問題を指摘されてから水面下の政治的潮流が延々と続き、遂に爆発、解散総選挙の仕儀と相成ったような気がしてなりません。

氏の新刊『「系図」を知ると日本史の謎が解ける』(青春新書刊)を読んでいて(佐賀鍋島藩化け猫騒動)の件になり、そういえば最近知ったあることを思い出しました。
現在行われているプロ野球日本シリーズで1位の広島カープをクライマックスシリーズで破って下克上を果たした横浜DeNA以上にあざとかったのが主家である龍造寺家を事実上乗っ取った肥前佐賀の鍋島家だったわけですが、歴史的詳細は八幡氏の著書を読んでいただくとして、その藩主14代にあたり世が世ならお殿様であったかもしれない人が琵琶湖の北の街で現在、漁師をされていることを知りました。

佐賀と滋賀・・語感は似ているものの何で琵琶湖で漁師?と不思議に思ったのは私だけではないのでしょうが近所では漁師の゛鍋島さん゛と呼ばれ、本人はPTAの活動に精を出し子煩悩ぶりを発揮しながら地域に溶け込んでおられるようです。
もうひとつの肩書は佐賀県にある鍋島記念館の館長さんですがご近所は鍋島さんがお殿様であることにまったく気づいていません。
漁師になった経緯はとても面白いお話なのですが鍋島氏の静謐な生活をいたづらに乱したくはありませんので控えさせていただきます。


3年目の密約ー緑の誤算
今回の選挙は不思議な選挙でした。
「負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり」とはプロ野球の野村克也氏の名言ですが安部首相も勝てると思って解散、前原民進党代表も勝てると思って希望に合流、小池都知事も勝てると思って希望の代表に・・それぞれが勝てると思っていたのに終わってみれば何で与党が圧勝したのかわからない結果となりました。
いつも迷言で物議を醸す麻生副総裁は「勝てたのは北朝鮮のおかげ」と言わなくても良いことを言って党内を白けさせています。
関ケ原の戦いの後に「勝てたのは金吾どの(小早川秀秋)の返り忠(裏切り)のお陰」とは当時誰も言わなかったのにどうなっているのかこの御仁の頭の中は?
なお、安部首相(徳川家康)に解散(奥州征伐)の引き金を引かせた山尾志桜里氏(上杉景勝)は見事に生き残り当選でした。

滋賀1区ではもう一人勝てると思いながら涙をのんだ嘉田由紀子氏がおられますが確かに自民党サイドとしては負けるなら1区と思われていたことも事実です。
マスコミ各社の選挙情勢でも常に嘉田氏の評価は自民現職の大岡氏より優勢でした。

選挙中は嘉田氏への悪口を封印していた私としてもこの選挙の結果だけでブログを書くのは流石にためらいがありますが選挙は残念ながら「水に落ちた犬は叩け」とも言われかなり酷いことを悪しざまに言われることが常です。
ここは堂々と記名で書いていることで(嘉田氏のファン)にお許しを頂きたいと思います。

比例復活のない無所属で出馬した嘉田由紀子氏は当初は同じ緑好きから小池氏の希望から出ることを検討していたと言われますがかって小沢一郎氏を騙した小池氏より騙された嘉田氏が「もと国政政党の党首は希望にはふさわしくない」とけっちんを喰らい、加えてここ一番の勝負では必ずスカを引く前原誠司氏に懇願され(乗ってはいけなかった局面です)無所属を選んだようです。

更にまずかったのは比例は希望を呼び掛けると出馬表明時にも宣言し、決定的に長年の迷友(失礼、盟友)の社民党と袂を分かち、加えていつの選挙でも裏から票をいただいた共産党も逃げてしまっていたことです。
滋賀では2・3・4区は早々と当確がでましたが1区だけは日が変わった深夜にずれ込んだことでも最初から激戦・接戦が予想されており、仮に負けた方も比例復活当選はあると言われましたが嘉田氏はこの防弾服(比例重複立候補)を着ずに撃ち合いに臨んだわけです。

事実、滋賀1区小選挙投票結果を見れば大岡敏孝氏(84、994票当選)、嘉田由紀子氏(79、724票)、小坂淑子氏(13、483票)であり、この小坂氏の1万3000票があれば悠々と嘉田氏の勝利が読めてきていたはずです。
県知事時代から常に嫌自民党色を露わにし、今回も「安倍政権にスットプをかける」を公約?とした彼女が安倍政権の目指す憲法改正を事実上容認している(希望)にブレたことで野党分裂を招きました。
今まで政治家としての嘉田氏は(消える魔球)の如き数々のブレ球を私たちに投げ続け三振の山を築いていましたが今回は見切られた格好です。
加えて嘉田氏の心の中ではこのような状況でも知事2選目に県内で獲得した46万票という圧倒的な支持が今だにあるので社民や共産の票などあてにしなくてもという慢心・過信があったのではないかと思われますが無党派層は浮動票であり当時の嘉田票なるものは雲散霧消していることが満天下に示されました。

知事時代の嘉田氏は自民党から見れば天敵のような存在で嘉田氏もむしろ自民党と対決する緑衣の知事としてその存在感を誇示していたきらいもあります。
自民党から見れば嘉田県政とは県土の発展に繋がる栗東新駅をぶっ壊し(ここは小池氏が数年後に築地市場で同じ手法を取って選挙に圧勝した)、県下にある13市6町という住民にとって一番大切な基礎的自治体と対決し、(むしろ県は市町の発展を助成する連邦会議議長のような役割が求められているのに)昔ながらの国主のような振る舞いに終始、国にも喧嘩を売って滋賀県全体の価値を大幅に下げ、見る人には見える焼け野原にしたパフォーマンスとポピュリズムに満ちた県政でもあったわけです。
事実、県政時代に訴えていた「もったいないから人に投資する」と言われても現在に至って教育でも全国学力テストでは最下位クラス、スポーツは国体が開催できるのかと言われる程の予算と投資不足でその爪痕はなかなか解消にまで至っていません。

今回の嘉田氏の出馬については表題の「3年目の密約」とあるようにその仕掛け人として滋賀1区の民進党代議士・川端達夫氏の意向と働きかけが強く出ていましたがこのことについてはまた後日書き込みたいと思っています。

最後に嘉田由紀子氏は政治家としては保守派から見れば政敵でありましたが学者としては氏の著書のほとんどを読み、以前の研究成果に少しながら触れた者として優れた業績を残しておられると思っています。
政治の局面で短いながらも言葉を交わさせていただいて感じていたのは人物的・人柄的にも負けず嫌いなところが随所に現れるのを読み取れながらも基本は人格者でいらっしやると思っています。
ただ、政治は妥協の産物であり、落としどころも必要な生き物ですから学者から脱皮しないまま社会実験的に政策を進めると道を誤ることが多々あります。
その意味では嘉田氏は本当に純粋なお人ではなかったかとこの10年間のお付き合いを通じて感じております。









残念な報道ーNHKの場合
第48回衆議院選挙の投開票が行われた10月22日(日)は同時に台風21号が西日本に急接近していた日でもありました。
私の故郷・滋賀県は何の根拠も無く(天災に強い県)と県民から思われています。
ですが今回の台風ではマキノのメタセコイヤ並木がなぎ倒され、新設の妹子の里がボロボロになり、湖西線も電柱が複数倒れて2日間不通、大停電が発生して3日間も電気無しの生活を余儀なくされた世帯が続出と人々の生活を直撃しました。
私の知人の談では「夜半になって風の音が半端ではなくなり不安でしかたがないので台風情報を知ろうとテレビをつけてもどの局も選挙報道ばかりで頭にきた」とありました。
この方の地域は朝になったら家はひび割れるは、納屋はぶっ飛んでいるは、車のガラスは軒並み割れているはで甚大な被害に遭われ、しかも風の音で一晩中眠れなかったそうです。

私は今までこのブログで日本放送協会をアンチNHKの方々から必死で擁護していました。
理由はたった一つのオンリーワン、NHKが防災のスペシャルキー局だと思っていたからです。
災害時に一番頼りになる報道を逐一してくれるからこそ国民が受信料を払うのもいたしかたないと。
ところがあの日、NHKは台風情報はお茶を濁したようにちょろっとだけ、後はひたすら民放と選挙開票情報を競い合っていました。
民法はいい、民放には期待していない、民放は災害報道のノウもハウもないと日頃から突き放していました。
所詮はスポンサーの意向で視聴率ばかり気にしている民放なんて好きなことを報道すればいいと。
ですがNHKは違う、国民がスポンサーだと。
視聴率など気にせず、番組作りをしてもらって結構、受信料は喜んで払います、だけど有事の際はがんばってくださいねと心から応援していたのです。
なのに台風をほったらかして選挙。
民主主義の骨幹たる選挙も大切だが国民の生命・財産の方がもっと重要ではないのでしょうか、NHKは。
あの日・・「今夜は選挙の投開票が行われていますがNHKは国民の皆様の生活重視の観点から台風情報を中心にお届けします」と言ってくれたら受信料を倍払ってもいいと思ったのに期待外れもいいところでした。
今度の週末も22号が来る気配ですがどう出るのか、放送局は。
姿勢を見定めたいと思います。
衆議院選挙最終日
早いもので衆議院選挙も今日で最終日となりました。
安部総理が解散に言及してから実際に衆院解散をして本日まであれよあれよといった日時の流れでした。
国政での論点はしっかり有権者と語れたのか、地域の問題点をみんなで考えられたのかと明日の投票は(私を含めて)国民のみなさんが審判を下す日です。

個人的ですが私は明日の日曜日に予定があって期日前投票に行って来ました。
誰に入れたか、どの党に投票したかは私のブログを読んでいただいている方はおわかりだと思います。
選挙中は極力、相手候補の誹謗・中傷に類することは書き込みたくありません。
ただ、選挙が終わったら結果を見て後出しじゃんけんをするのではなく思ったことを書いてみたいとは考えています。

気になるのは投票率で特に昨年の参議院選挙で盛り上がった18才以上の若い人たちの投票が進んでいるのかが心配になります。
政治に関心を持つことが民主主義を維持するうえで最も大切なことでありますし、若い時から政治参加を選挙を通じて行ってもらうことがよりよい日本を築いていける礎的行動だとも思います。
すでに期日前投票を済まされた方以外の有権者の皆様が明日の投票日には一人でも多く、投票所に足をお運び頂くこと、投票率が伸びることを願っています。

総選挙終盤戦ー緑衣の2人の女
知事(東京都)の小池百合子氏と前知事(滋賀県)の嘉田由紀子氏の2人は緑色の服が勝負スタイルで有名です。
今回の総選挙において前者は政党代表であり、後者は候補者としていづれも熾烈な選挙戦を戦っておられます。
しかし、小池氏の「希望の党」は一時台風の目、政界再編の中心、政権選択選挙の旗頭と目されていたのに告示前に急速に支持率が萎み、今や出来合いの「立憲民主党」にも比例投票先で後塵を拝しています。
なぜこんなに急激に人気が落ち込んだのでしょうか。

小池氏は防衛相の時は省を牛耳っていた守屋事務次官、都知事選挙の時は公私混同ねずみ男・舛添氏、知事就任後は築地移転問題で何となく都議会のドンや石原元知事、オリンピック開催協議ではなぜか国民から人気のない森元首相といかにも悪そうなおやじに喧嘩を売り、虐げられながらも健気に戦う女を演じて拍手喝采を浴びてきました。
今回の希望の党立ち上げでもいち早く沈没する民進党をネズミのような嗅覚で飛び降りた細野豪志氏、地元でフラフラになっている若狭勝氏を助さん・格さんに水戸黄門の印籠よろしく最後は代表就任で今回の選挙の主役に躍り出たのにこのままでは22日の夜は敗戦の弁を述べる予想が濃厚です。

やはりあの発言がテレビのニュースに流れた瞬間から潮目が変わりました。
「ええ、誰でも希望に入れるわけじゃありません、排除はあります、排除です」
排除ですって!なんて上から目線な!
怒った民進党の一部が立憲民主党を創り、連合も自主投票を決めました。
今まで強敵に果敢に立ち向かう緑の女剣士・リボンの騎士サファイヤ(古い)の如く人気があった彼女は次の日から(女帝)とか(緑のたぬき)とか言われ始めました。
ここで小池氏から学ぶ政治家としてやってはいけない立ち振る舞いは・・・
①政治家はブレてはいけない(少なくともそう見せてはいけない)
②政治家は優柔不断と思わせてはいけない(果敢に決断するように見せねばならない)
③政治家は悪者になってはいけない(常に正義の味方でいるべし)

小池氏の敗着・悪手は自身が都知事のまま党代表に座り、しかも総選挙に出なかったことです。
これは②の優柔不断にあたります。
確かに調査では小池氏が知事職を全うすべきという声が6割を超えていました。
しかし、世論調査をいつも利用する小池氏ならではの玉虫色の選択が知事のまま党代表という最悪の結果で選挙をスタートさせることになりました。
小池氏は・・
①知事のまま党の顧問程度で収まり、総選挙は高みの見物をする
②知事を辞職して党代表に就き、自身も衆議院選挙に出馬する(できれば小選挙区で)
のどちらかを選ぶべきでしたが中途半端でした。

そこで滋賀1区で奮戦中の元祖緑衣の人・嘉田由紀子氏ですが彼女もかって小池氏と同じミスをして知事3選を棒にふりました。
(小池氏が嘉田氏の轍を踏んだと言った方が正しいでしょう)
今回も一時は希望の党に公認・推薦依頼を出されたそうですが元国政政党党首ということで(排除)されたそうです。
それでも比例投票は希望の党を訴えると言われていましたが選挙後に希望急落を聞き、前言撤回です。
自民党支持者からみればブレていると映るのですが嘉田陣営からみれば単なる方針転換に過ぎず大正解です。
ただ、もっと早く希望から離れていたら憲法改正問題で対立していた社民党の支持もあったのが残念です。

滋賀1区では選挙も終盤に入り、沿道には緑のジャンパーを着たおじさんたちが「前知事」とプリントをして通行の車に手を振ったり、頭を下げたりの応援を続けています。
熱い・・熱い・・陣営です。
所詮、選挙は気合です、勢いを出した方が勝ちます。
迎え撃つ自民党候補の大岡陣営も負けずに「現職」とか「40代」とかゼッケンをつけて街に出るパフォーマンスぐらいすればいいのにと思ったりもします。
有権者は意外とそんなのに弱いものです。
いづれにせよ滋賀1区は接戦・激戦となってきました。
最後までもつれそうです。



選挙公約ー教育について
総選挙も日曜日が終わり折り返しとなりました。
22日の投票日には新たな国政の枠組みが決まります。
そのような中、新聞を広げて各党の公約を見てみると今回は「教育」について言及している政党が増えているのは個人的に喜ばしいことだと思いました。
私は「教育」こそが資源がない日本の武器だと思っていますし、最高の投資効果とも思っています。
武器とか投資効果などと言うと顔をしかめる方もいらっしゃるのですが要は個人がより良い人生を謳歌できて尚且つ社会もハッピーになれるウィンウィンの政策だと信じています。
今後も「教育」について語る政党・政治家が少しでも増えてくれれば日本も少しは希望の灯がともると思います。

今回の解散前に安倍総理が「幼児教育の無償化」をいち早く公約として発表しました。
それ自体はいい事なのですが自民党の政調会は「唐突だ、聞いていない」と困惑気味でした。
おそらく岸田政調会長(当時)にも相談なしで決められたのがバレバレでした。
このように付け焼刃の政策はいただけません、もう少し揉んでから決めて頂きたいと思います。

幼児教育の無償化に異議を申し立てるつもりは毛頭ありませんが世間で論じられている少子化問題の解消や教育格差の是正とはずれているものですし、子育て支援とも合致しずらいとは思います。
私の住む高島市でもそれなら政党の幼児教育無償化を少し先取りして第2子以下の保育所預けを無償化しましたが家庭の用事に忙殺され外にどうしても出なければならないお母さま方が利用されるのにはいい政策と思いますが「無料だから預けなければ損だ」とばかりに0歳児をどんどん連れてこられればどうなることでしょう。
ご明察の通り、3歳児から5歳児とくらべて乳児は大変お世話がかかります。
極端な話、1幼児につき1保育士が必要となり仕事がパンクします。
また、お母さんと離れる時間が多いという事は大切な時期での情操面でも不安が残ります。
公約でそこに踏み込む以上、保育士の確保と待遇改善について具体的な施策を揚げねば無責任の謗りは免れません。

幼児教育の無償化が限定的な政策であることは申しました。(それでも論じていかねばならない案件であることは確かですが)
そのことよりも今の日本の教育問題を論じるなら先に「高等教育の無償化問題」です。
めまぐるしい社会の流れの中でまったく記憶に新しくない昨年のアメリカ大統領指名候補争いの時に民主党でヒラリー氏と最後まで接戦を演じたのが老体のサンダース上院議員でした。
サンダース氏が若者から圧倒的に支持された理由が「大学の無償化」です。

現在の日本で金銭的問題により子どもをつくらない、あるいは1人で我慢する(文字通りの意味です)家庭のなんと多いことか。
昔の日本は「貧乏人の子だくさん」などという言葉がありましたが現代では死語となっています。
おそらく子どもを育てても高等教育を受けさせる家庭内負担に自信が持てないことが少子化の要因のひとつになっていることが推測されます。
昨日(10月15日)の読売新聞の社説「高等教育の無償化ー奨学金制度の効果的な活用を」で書かれてありましたが国立大学の年間授業料は54万円、私立大学では平均87万円に上る、私大医学部の場合は6年間で数千万円が必要、大学・大学院・短大・専門学校の完全無償化に年3兆7000億円の財源が必要になるとデーターが示されていました。

教育問題(制度)について論ずればこのようなブログで書いている紙幅がありませんが今回の選挙は外交・安保・消費税・景気・エネルギー(原発問題含む)・行革など様々な争点があるものの「教育」の旗だけは下してもらいたくはありません。
根本的且つ恒久的な議論だからです。
加えれば高等教育だけではなくリカレント教育(学校教育を終えた社会人が大学等の教育機関を利用する再教育)にも視点を当ててもらいたいとも思います。
ニュースを見ると毎日のように衝動的、発作的に逆ギレしての陰惨・無残な行動を取る人が後を絶たなくなってきている世相の背景には過去に比べて教育を軽視する人たちの増加もあるのではと悲しいですが考えざるを得ません。
これは単純に教育の格差が所得格差につながると申し上げているのではなく「人は教育によって人となる」という人間性の獲得を社会の中で平等に分かち合いましょうと言っているに過ぎないのです。
金銭的(物質的)に豊かであれば人生が豊かになるのではなく、真の豊かさはみなさんの心の中にあるのですから。





党首ー失敗の応酬
明日からいよいよ総選挙が始まります。
しばらくマスコミ報道は選挙一色となることでしょう。
気になる投票率はどうなるのでしようか。
前回(第47回総選挙)の全国平均54・96%は上回りそうです。
それでも前々回の政権奪還選挙(自民にとってですが)の62・67%マークは難しそうです。

それに明日(10月10日)は奇しくも朝鮮労働党の党創設記念日です。
金党首への阿りと日本への威嚇を兼ねてミサイルで祝砲はいただけません。

今回の解散を巡って安部自民党党首は絶好のチャンスと捉えて踏み切ったはずでした。
党の支持率が最悪の都議選から回復基調になってきている、これも山尾議員の不倫発覚と金党首の重なる日本への軍事的圧力のおかげで国民が民進党のだらしなさと北の脅威を思い出してくれたおかげと判断したものでした。
もちろん現在維持している改憲勢力の3分の2に届かなくなる可能性は高いのですが政権延命を選択しました。

これを迎え撃ったのが関ケ原の合戦でいう石田三成役の前原民進党党首です。
事実上民進党を解体し、小池百合子希望の党党首に絡めとられた体裁で野党大合同を策し、何としても安倍政権をスットップするとまさかの一撃を喰らわしました。
これに慌てたのが安部党首でのこのこと解散して奥州の上杉討伐に出た徳川家康のように前原風情が何するものぞと完全に舐めていたらいつの間にか政権選択選挙の危機にまで膨れ上がり、もりだのかけだの蕎麦なら隠せと右往左往となりました。

一方の小池百合子希望の党党首も西軍総帥として大阪城に入城して盟主として総大将になることは承諾したものの自身は出陣しない(選挙に出ない)と言い張り士気が落ち気味です。
毛利輝元こと小池党首にとって国政で天下を獲るチャンスはおそらく今回が最初で最後なのに慎重が彼女の天性の勝負勘を鈍らせたようです。
あれは気に喰わない、あれは元政党党首だからダメ、あやつは操りにくいと切りまくった為に戦場において島津や長曾我部のような不戦軍や遊軍を多くつくってしまい、いつの間にか政権選択選挙の色が薄まってしまう始末です。
加えて合戦後の天下の仕置きは誰に任せる(つまり首相指名)はわからないとくるので士気も上がりません。
国民からすれば安倍政権スットップなど本当に考えているのと本気度を見透かされてしまいました。

この合戦が長引けば郎党を引き連れて国会の数合わせの目玉になり連立で天下を獲ろうと密かに野心を燃やす黒田官兵衛役の石破茂はおそらくそのような局面が回ってこない気がします。

そこで唐突に滋賀1区ですがそうなると希望の党の公認を受けなかった(受けられなかった?)嘉田由紀子さんは結果的に得をしたようです。
それでも民進党の応援と共産党の2割から3割に近い票が流れる計算が立ちます。
唯一の疑問点は長年の盟友・小坂社民党県連代表になぜ決起の相談を事前にできなかったか?ですがこれは私も憶測の範囲です。
今回の総選挙は勝てると踏んで仕掛けた、それならと大合同で包囲戦、破れが生じた・綻んだ、どうしょう?と党首の判断ミスの失敗が失敗を生み、情勢が二転三転してどうにも先が見えない選挙になりそうです。
後世はこう評するでしょう、勝てるはずだった解散と。







ノーベル文学賞を受賞する方法
昨日、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞したニュースを耳にして氏の著作を1っも読んでいないことを改めて思い返し、急いでAmazonで検索すれば全作売れきれ状態でした。
版元のハヤカワ出版も予期しない出来事だったのでしょうか。
そもそも1989年に著した小説「日の名残り」は日本で言う芥川賞に匹敵する英国の権威あるブッカー賞に輝いた時点から「いつかはノーベル文学賞作家に」と噂には上っていた作家でした。
どうしてもすぐに読みたくなったので妻の書棚から「私を離さないで」を取り出し、秋の夜長に読み始めました。

そうは言っても私とてミーハーの烙印を押されたくありません。
イシグロ氏が受賞したから飛びついたのではなく前から気になっていた作家の1人だったのです。
それでは私なりに今後日本の作家が文学賞を取る為の条件を整理してみたいと思います。

①「英語圏で翻訳本が出ている、英語圏で文壇にパイプがあること」
これは選考委員の大半(おおよそすべて)が英語で文章を読むことですから当たり前なのですが一説によると大江健三郎は英国文壇に太い親交があったことが有利に働いたという風聞が一時期流れました。

②「生きていること」
ノーベル文学賞は在命作家と規定されています。
もう少し生きていたら取ったと言われる安部公房や市谷で自決した三島由紀夫は残念だったと言えます。

③「政治的にナチュラルであること」
例えば行き過ぎた極右思想の持主は欧米文壇で排斥され絶対と言っていいほど受賞とは無縁になります。
その点(わが友ヒットラー)を書いた三島由紀夫は難しかったかもしれません。
日本の政治家でもすぐにナチスとかヒットラーに倣ってなどと問題発言をする元首相がいますが日本より海外でブーイングを受けていることを知らないのでしょうか。
それにしても福岡8区の選挙民は寛容です。

まあ、文学特に小説なんてあまり肩肘張らずに気楽にのんびり楽しむのが一番いいと思います。
要は個人の好みですから。





滋賀1区の戦い
予想より3日ほど遅れて前滋賀県知事・嘉田由紀子氏が滋賀1区でこの10日に公示される総選挙に出馬されるということを表明され、ほぼほぼ選挙の構図が固まりました。
なんでも一昨日、小池知事に弾かれて希望がなくなった旧民進党リベラル系の面々が枝野幸男氏の提唱で(立憲民主党)なる駆け込み寺を結成し、嘉田氏も誘われたそうですが彼女はお断りになったようです。
お仲間は政治信条や理念が似通った方が多いのになぜ断る理由があるのかと考えてみると・・。
①希望の党に刺客を立てられる可能性がある
②希望の党に引っ付いている旧民進党勢力から支持を得られなくなる
③3年前の密約仲間から支持を受けられなくなる
④ここで立憲民主党に乗ると切り札の野党一本化が絶望的になる
などがあげられます。

特に④の要素は大切で嘉田氏が希望の党にすんなり公認申請しない(できない)理由はここで無所属でスタートしないと社民党や共産党と選挙協力しようとする公示までの仕掛けづくりが進まないからです。
すでに社民党は滋賀県連代表の小坂淑子氏が出馬を表明されていますが嘉田氏の立候補表明に「知事に当選する時から一緒にやってきた、共闘の相手としてふさわしく思っていたが話し合いもなくここまできた、もっと早く相談してくれれば私がでることもなかったのに」とコメントされています。
私は個人的に社民党の理念や政治信条に共感を覚えませんが政党としての筋の通し方は立派だと思います。
他の野党も少しは見習ってほしいものです。

それでも今回、嘉田氏が滋賀1区で勝とうと思えば小坂代表に出馬を取りやめてもらい革新勢力の一本化を目指さねばなりません。
これがなれば1区は激戦となります。
告示まであと1週間・・嘉田陣営の水面下の工作は果たして如何に?

解散、その後
10月に入って最初の日曜日です。
やはり衆院解散後のドタバタについて言及したいのですがもう選挙モードなので平時はできるだけリベラルに話そうと思っていた政治ネタも今回は私の所属から自民党丸っぽの論調になるので野党支持者の方はご不快かもしれませんがご了承ください。

民進党については健全な野党・良心ある社会主義政党として、できるなら2大政党の一翼を担えるところまで復活してもらいたいとこの2年間訴えてきました。
前原代表には最後のチャンスだと思って頑張ってほしいと。
ところがどっこい、小池女王様にひれ伏しての解党です。(ましてやまたもお家芸の分裂です)
本人は幕末・最後の将軍・徳川慶喜の大政奉還を気取ってのことかもしれませんが奇策が過ぎました。
政策での選挙戦ではなく現実路線で日本を運営するか、ポピュリズムが勝つかの中身のない選挙戦になりそうです。
日本の財政の行方、消費税の使い道、安全保障の在り方、少子高齢化社会への対応、働き方改革、原発問題・・みんな深く議論されず只々゛小池劇場゛の観客と化するつまらない選挙になりそうです。
今回の選挙は(民衆愚弄選挙)。
もちろん野党の選挙態勢が整っていないと踏んで解散に踏み切った安倍総理も藪を突けば蛇が出てきた、ネズミを追い詰めたら猫にかみついた、(やぶへび解散)(窮鼠猫咬み解散)となり焦っているのは確かですが。

4字熟語で中国のことわざからきた「羊頭狗肉」という言葉があります。
肉屋さんが店の軒先に上等な肉、この場合は羊の頭を飾って「当店ではおいしい羊の肉を使っていますよ」とPR。
実際は狗肉、その辺りの中の下以下の肉を売っているという見掛け倒しを揶揄したことわざです。
今回も民進党という肉をミンチにして希望という卵や小麦粉をつなぎにしてつくったハンバーグが出てきますが客(有権者)は何で出来ているのか、何が入っているのかわからないまま食べさせられる、そんなイメージがしてなりません。
健康に悪そうです。

そもそも゛希望゛とは何の、誰にとっての希望なのか?
それは安部1強で怯えていた、次の選挙ではダメだと諦めていた野党国会議員に急に灯った(小池人気にあやかれば一発逆転がある)と感じた希望にすぎないのではないでしょうか。
決して国民の希望を具現化しようとして登場したものではないことは確かです。

最後に滋賀1区のことですが解散が決まるまである記者さんとお話しをすることがありました。
「嘉田さん?そうですね・・立候補する確立って10%か20%ぐらいじゃないですか、ははは」と笑っていましたが現実のものとなりました。
<密約>は生きていたのですね、3国軍事同盟みたいな。
それにしても以前は(生活)とか(未来)、今回は(希望)。
抽象的な言葉を政治に使うのが好きな方だとつくづく思います。







新党の行方
国連での北朝鮮とアメリカの国家指導者同士の激しい応酬、日本では衆院解散が決まって政局が大きく動いた今週、やはり政治ネタでブログを更新します。

まず、(小池新党)が立ち上がりますが党首として小池都知事自身が矢面に立つかどうかが注目されています。
昨日の会見では「知事が政党の代表に就くことは全国的に例があることですから」と党首就任を否定しませんでした。
私は7割の確率で就くとは思っていますが小池氏の脳裏をちらっとかすめるのは滋賀ケースでしょう。

言うまでもなく当時の滋賀県知事である嘉田由紀子氏が衆院解散前に小沢一郎古狸と密会して政党党首に就いたあの時のことです。
この知事の国政進出については当時の滋賀県議会で自民党から代表・一般質問で「二元代表制で運営すべき県政の一方の雄である知事が国政に関与している暇があるのか?県民の期待にどう釈明するのか?」と鋭く追及されましたが嘉田知事(当時)は「県政一番の姿勢で政治に取り組む」と防戦一方の苦しい言い訳に終始しました。
しかも、直後の総選挙で嘉田新党は大敗。
嘉田氏は代表を離れたものの県民の支持は大きく急降下し、自身の3選すら危うい状況になりました。

小池氏は昨年、舛添氏の都政私物化問題を受け、都民の生活が一番(どこかで聞いたような?)「都民ファースト」を掲げて知事に当選しました。
そのような背景のなかで今回、全国に100名ほど擁立されるといわれている小池新党(仮称)「希望の党」の全面に立って全国遊説を行うことを都民がどう評価するかです。
「やはり都知事は国政復帰の踏台か」「自分の政治的野心で都政を振り回すのか」というブーメランをよけきれるかでしょう。
都民にとって小池さんの国政への関心などどうでもいいことで、都政の安定・発展が第一ですからよその県にいそいそと応援に行っている小池知事をメディアで眺めるにつれ支持は離れていく可能性は否定できません。
嘉田氏と同じ轍を踏もうとしていると私は見ています。
首長職は兼任できるほど暇ではありません。
じゃ、大阪の松井知事の維新は?との声が聞こえてきそうですがあれは橋下氏の突然の政界引退と大阪という地域の特殊事情が重なってできている政治的偶然の産物ですから参考になりません。
随分と昔のハリウッド映画ですがチャールストン・ヘストン主演で中国清朝末期の義和団蜂起を描いた「北京の55日」という作品がありました。
ラストシーンで各国の鎮圧部隊派兵により義和団が雲散霧消して廃墟となった故宮で西太妃が「水(大衆)は船(政治家)を浮かべるが・・またひっくり返す・・清朝は終わった・・」とつぶやきます。
この言葉を幾多の政治家に贈りたいと思います。










テーマパーク国会
衆議院議員の山尾志桜里氏が不倫騒動で文春砲の餌食となり民進党を離党した話ですが馬鹿馬鹿しいながらもこの1週間北朝鮮と並び世間を騒がせたとニュースウイーク賞を贈りたいと思います。
山尾氏については一旦幹事長ポストを約束されながら党内で猛烈な反対があったのは単に力量不足というよりも近く醜聞が発覚するとの噂が永田町に流れていたのがドンピシャとなったわけです。

それにしてもあいかわらず民進党です。
他人の批判はするけれど自分もブーメランでかえってくる、ワザとやっているのかと疑いたくなります。
山尾氏も昨年の宮崎議員(当時)の不倫を批判していたのにこの低落です。
更に党内では「山尾さんは事実を認めていないのだから離党は待ってもらった方がいいのではないか」という意見まで飛び出したと聞きます。
これだから野党のままなんです。
男女がホテルでワイン持ち込んで密会してチエックアウトが明け方の4時半?
これのどこが政策相談なのでしょうか。
馬鹿も休み休み言いなさいと言いたくなります。
このケースは国民の期待を著しく失墜させた当事者として自主的離党ではなく党籍はく奪処分が妥当です。

それでも私は不倫云々で山尾氏を責めようとは思いません。
彼女だって人間です。
己の欲するままに反社会的行動を取らない限り、自由に行動を選択する権利もあります。
人の心は移ろいやすく、男女間の感情の動きもまた微妙です。
絶えず揺れ動く愛憎の中で人類が意図的に作り出した(結婚制度)という枠組みなど平気で乗り越えてしまうのが人間です。
でないと3組に1組が離婚する時代とならないでしょう。
不倫が恋愛の一種であるとは思いますし、発覚した場合は当事者が家庭破たんや慰謝料や財産分与などそれぞれで責任とってもらえばいいわけであって法律がそこに介入する余地もありません。
その点、神戸の橋本市議のように政調費詐取の容疑で検察が動くような刑事事件でもないわけです。

では山尾氏の何がいけなかったのかと言うとズバリ(期待はずれ)です。
国民が選良として政治の道筋をしっかりつけてくれよと国会に送り出しているのに遊び呆けていたことを白日の下にさらしてしまったことです。
とにかく人間は時間と金の自由ができたらろくな事を考えません。
それでも立派な人は事業に精を出す、慈善事業をがんばる、人がなかなかできないことにチャレンジするのですが時間とお金と志の低さの3点セットのあげくの不倫というのが今回のケースでありこれは政治不信を招いたからダメです。
虫歯菌と歯垢と食べかすの3点セットで虫歯が発生ということです。
これによって国民から(国会議員は遊んでいるのではないか)という疑念をうんだのですから辞職も考えていいと思います。
野党の国会議員の暇さはつとに有名でしたからありえるとは思いますが例えば全国の首長(知事・市長)などは不倫騒動などなかなか出てきません。
忙しいからです。
人間、暇はいけません。

国会議員に当選すればもともと志の無い方は永田町というテーマパークの無料年間パスポートを貰ったような気分になります。
(実際は無料ではなく議員報酬という副賞付きで衆議院なら4年、参議院で6年のパスポート)
国民の為に働くのではなく東京ディズニーランドや失楽園に行ったような気分になる人も存在するのが残念です。
そういえばまだ行ったきりですが私たちの滋賀県にもそういう人がいました。
いづれにせよ不倫云々の是非ではなく真剣に働いている姿を見せてくださいよというところに尽きます。







21世紀の社会主義
表題で(21世紀の社会主義)とご大層に書きましたが、そう大上段から振り下ろすものではなく昨日、民進党代表選の結果が出て前原誠司氏が就任決定となったことについて少しコメントしたかっただけです。
結果として前原氏になってよかったのではないかと思います。

理由は前原氏が男前であることは冗談として彼が旧民主党代表として一度失敗をしていることです。
前回の大風呂敷を広げて国民を幻滅させた失態を大いに反省しての出直しを国民も注目しているからです。
私もこのブログで何度も指摘したように民進党は国民に反省の意をしっかり示して政党としてのけじめをつけなければ再出発はできません。
その意味では旧政権の中枢にいた前原氏ほど適任者はいないでしょう。

更に前原氏は今回対抗の枝野氏ほど左傾化していない点も今日の日本を取り巻く情勢には適合しています。
枝野氏は今後も共産党との連携や普天間基地の辺野古移転に否定的など現実路線とはとうてい思えない政治姿勢の持ち主であり、これでは民進党は再建どころか衰退の一途を辿るのみと思わざるをえませんでした。

外交や安全保障は今更、北朝鮮や中国問題を持ち出さなくとも連日の報道で国民間では一定のコンセンサスは出来上がりつつあるように感じますがもうひとつの問題の経済はピケティの(21世紀の資本)で論じられているように政治的に不介入なら経済の法則は大資本に収れんし、今後ますます貧富の格差が拡大すると分析されていますが実感されている方も多いことでしょう。

前原氏が代表選で述べていた「中福祉・中負担の社会を目指す」は健全な社会主義路線であり、これこそ自民党の経済成長一直線に対抗できるテーゼです。
アベノミクスの上からの金融操作やケインズ政策ばりの公共投資拡大でも一般消費が一向に上向かない状況にあるのですから社会保障に一定の(つまり増税などの)議論から逃げない範囲で再構築を図り、(成長論)ではなく(分配論)に目を向けた前原氏が党をどのように指導できるかが注目されます。


本屋の衰退
運送業大手のヤマトを始め運輸業界は宅配運賃の値上げに踏み切るそうです。
理由は人出不足。
きめ細かいサービスを維持するにしてもそれを支える人材が集まらないという背景があります。
24時間営業などオールタイムのサービス提供で伸びてきたコンビニ業界や飲食業界も慢性的な人手不足で営業時間の見直しを強いられています。
必然的に労働形態の歪が生じ、企業内ではサービス残業の慢性化により過労死、もっと酷いケースは自死などのケースが見られ社会問題ともなっています。
過労により作業中の事故なども増えてきています。
例をあげて非難するわけではありませんが居眠り運転による交通事故なども増加傾向にあります。
(一昨日の高速道路での大型トラックがバスへの後方からの衝突事故で高校生を含む2名の方がお亡くなりになりましたが運転手が前を見ていなかったと警察の取り調べに運送会社に立ち入り調査に入ったというのは単純に前方未確認ではなく居眠り運転つまり過重勤務の実態が疑われます)

本日のブログはそのような日本の労働形態の在り方を取り上げようとしているのではなく私が最近身近に感じたことを書こうと思っていましたが表題の「本屋の衰退」というテーマで最近は書店に行っていないな、本を買うのもAmazonばかりだし、とか思っていたらそう言えばAmazonも流通が伸びてきて荷物を扱うヤマト運輸などがついて行けない状況だと思って冒頭から脱線しました。

さて、本屋のことです。
日本人の読書習慣が年々時間的に減少しており、理由の一つには先ほどの労働時間の長時間化で本を読むゆとりもない、必要な情報はスマホから仕入れられるなどの生活様式の変化や価値観自体の様変わりなどがあげられますが、私は書店立ち読み派であり、本屋にぶらりと入って立ち読みをしながら気に入った、気になる本を買うというスタンスです。
Amazonなどの通販は便利なのですがやはり自宅に届いてみて内容にがっかりという経験は幾多あります。
その点、書店では本を実際に手に取り、装丁から目次に目を通し、これは面白そうだと確認して少しパラパラと読み、納得の上でレジに持っていけるので(はずれ)があまりありません。
これが書店の強みだと思います。

ところが最近はこの書店でもよからぬ処置が施されているのを嘆くことがありました。
私が仕事帰りにたまに立ち寄る書店ですがそこそこ大きく店内も明るく、本の陳列も見やすく、品ぞろえ(本ぞろえ)も入れ替えがしっかりできているので気に入っていた店のことです。
いつものようにワクワクしながら入ると本にビニールでカバーがかけてあり破らないと中が読めない状態になっていました。
文庫・新書・単行本・新刊書みんなそうです。
あと週刊誌なども。
これを店員のいる前でビリビリ破って中を平然と立ち読みする勇気は私にはありませんでした。
しかたなく何も買わずに店を出ました。
ビニール越しに表紙だけ眺めていてもしかたなかったからです。

以前、コンビニで週刊誌をビニール掛けする店がかなり出ましたがすぐに撤廃しました。
客からの苦情があったのと売り上げが下がったからです。
中身を確認できないものを誰も買わなくなったからだそうです。
これらの書店もこのような愚を犯しています。
これでは本屋の役割が果たせなくなるでしょう。
私もこの書店にはもう行かないと思います。(時間の無駄だから)

統計によりますと全国の本屋の数が激減しているようです。
2000年に全国で21、495店舗あったのが2015年になれば13、488店舗にまで減っているそうです。
そういえばあの書店が閉めてしまったなというのがみなさんの地域でも心当たりがあると思います。
読書習慣が変遷している今日、本屋さんも経営が大変だとは思うものの書店としてできること、多様なサービスの開発を心がけていかねばこの出版不況のなか衰退業種に確実にエントリーしてしまうでしょう。

民進党代表選挙の前に考えてみる
来月1日に行われる民進党代表選挙ですがマスコミ報道によれば民進党再生のラストチャンスとか言われています。
民進党関係者もそれぐらいの危機感と絶壁感で党再生を果たしてほしいと衷心から思います。
一気に政権奪取とか考えて前回の政権交代選挙のようにできもしない政策を並べて有権者をミスリードするような政治を愚弄する行為は厳に慎み、現在の5%ぐらいの政党支持率をせめて野党第一党として15%~18%ぐらいにまで回復してもらいたいと思います。

私は政治的にバランス重視です。
政治的に一つが突出して強力な勢力が出てしまうとどうしても社会全体に歪が生じると考えます。
理想とするのは民主主義が正しく機能して国民が選択するのならいつでも何回でも為政者の交代が容易に実現できることとできれば健全な保守思想と社会主義が政治の場において正々堂々と議論して政策を決していける場づくりが用意されていることです。
その点、他の政党や思想を完全否定して屠るファシズムや共産主義は拒否します。

現在の日本は前政権の民主党がハチャメチャだったのでその反動から自民党・安部1強だと言われています。
しかし、安倍政権とて満点は与えられず外交や安全保障面では国民に一定の安心感を与えたものの、内政面特に経済についてはほぼ完全雇用を達成しましたが賃金上昇や働く人の身分保障ではむしろ後退している感があります。
特に前回の内閣改造後は政権の高い支持率に胡坐をかいて強引な政権運営もみられました。

世論は民進党に党としての明確なビジョンを有権者に示せとアドバイスしています。
それが党再生の第一歩だと。
そこで民進党はもともと社会主義政党の流れにのる政党であるとの原点に拠り、ずばり社会の(格差是正)あるいはもっと踏み込んで(格差解消)をテーゼとして国民に訴えるべきです。
厳しい言い方をすれば前身の社会党がなぜ自民党との対抗勢力として55年体制後も政界で角逐しながら庶民の支持を徐々に失い解党していったかを研究しなければなりません。
明快なプランを国民に提示できなかったこと(自民党はバブルであれ何であれ経済成長、所得増を約束した)、東西冷戦の終了後に穏健なヨーロッパモデルの社会主義政党に転身できなかったこと(労働三権などにこだわり社会保障の充実などの手法に切れがなかった)、有力な支持団体である連合などの下部組織がご用組合あるいは労働貴族化して広く労働者の支持の受け皿にならなくなった(自民党が地方の農村票や中小企業、自営業者の取り込みに成功したのとは逆である)

日本の今後の政治を俯瞰しても硬直する世界情勢から平和や自由を維持できるのは偏に自民党の対立軸である民進党が明確な保守と違ったテーゼ(理念)を訴えられるかにかかってきています。
その意味からも今回の民進党代表選挙は(終わりの始まり)であっては困ります。
政治に恒久的なバランスをもたらす為に民進党の皆さん、知恵をしぼってください。
それがかって自民党の地方幹事長であった者からのラブレターです。







使ってみて手放せなくなったもの
盆休みも無事に終わり、体だけ気だるい夏がまだ続いていますがもう(残暑)のはずなのにいつまでも暑いです。
残暑なのに真夏日、残暑でも猛暑日、残った暑さは何なんだと今日も凉を求めて移動しています。
よく考えれば冬から春にかけて(残寒)とは滅多に言わないのに暑さだけはしぶとく残る・・いやな奴です。

さて、思いついたように(使ってみて手放せなくなったもの)ですが昔々私の誕生日に妻が(電動歯ブラシ)をプレゼントしてくれました。
妻が私の誕生日を憶えてくれていたのは後にも先にも(たぶん)その1回こっきりですがせっかくもらったので使い始めました、電動歯ブラシを。

もともと私は手動派でなんでも手で動かすものが好きです。
特に身の回りのものはそうで電気といわれても冷蔵庫や掃除機はさすがに氷室や箒やちり取りがいいとも言えませんが例えば髭剃りにしても断然、髭剃りで(意味不明)つまりお風呂でもシェービングクリームを顔に塗って剃るという方がなんかさっぱりとして電動髭剃りはあまり使いません。
もちろんこれは個人の趣味の問題なので押し付けてもだめなのですが。

(エレキはどうもな・・ギターもエレキじゃない方が好きだ)と思いながら電動歯ブラシを使い始めましたがこれが大袈裟じゃなくいいのです。
よくCMで歯ブラシを宣伝していて「よく歯に当たりすっきり歯石が取れます」とかやっているじゃないですか。
電動は違う・・もう超絶、凌駕、卓越しています。
あの手でキコキコ、ゴシゴシやっているレベルではありません。
使い心地はすっきりで終わったら指で前歯をこすってもキュキュという感触です。
電動歯ブラシで歯を磨かなければ就寝する気にならないほど今、手放せない一品となっています。
注)筆者は電動歯ブラシの生産・物流・販売いづれも無関係であり利益供与関係は一切ないことをお断りしておきます。


図書館は誰のもの
ここ数年のお盆は山にも行かず(行けず)、海にも行かずでひっそりと過ごしています。
今日は(終戦の日)ですが海ゆかば、山ゆかばと言っていた時代に戻るよりはずっとマシかなと思ったりもしたりで妻子も昨日から里帰りしたりと長男と2人でこれもひっそりと降雨の朝をパンとコーヒーで迎えました。

さて、まったく個人的に不明を感じることを聴いてしまいました。
私も皆様のおかげで県議会で働かせていただいた時期があったわけですがその時に偉そうにも「子育て支援・教育NO1の滋賀を目指します」と吹いていたのを憶えています。
ところが先日、寄生してきた(失礼、帰省)長女から滋賀県の図書館は勉強禁止で参考書やノートを広げると注意されると聞かされたのです。
ええ!マジで・・それやばくない・・だって図書館って勉強するところでしょ?と反論してみたのですが娘に「パパこそやばくない、滋賀県はずっとそうよ、私が中学・高校の時に図書館で勉強していたら注意されたわ」とのたまいます。
それで調べてみたら私の住む高島市だけではなく滋賀全県がそうみたいです。
子どもたちも勉強するところがないものだから大津市や草津市では有料の自習室まであるそうです。
なんか間違っています。
教育格差問題です。

私も現職の時は確実に投票所に足をはこんでくださる高齢者層に配慮してこんなブログを世に公表しませんでしたが図書館は誰のもの?と言いたくなります。
人生をゆったりとお過ごしになっている方々が暑いからといって避暑代わりに新聞を読みに行っている場所では本来はないはずなのです。
もちろん公的な施設ですからみんなが気持ちよく過ごすために騒いだりしたら注意してそれでも行いがあれば退出してもらうルールは必要でしょう。
それでも図書館で勉強するななんて遊園地で遊ぶなと同意語です。(私はそう思います)
そんな高齢者だけの静謐な場所づくりのために全県勉強中止なんて言っているなら滋賀県は教育県でもなければ子育て支援も考えているとは到底思えません。
子どもを図書館から締め出すなと言いたいです。

この前もニュースで近くに保育所ができると煩いからと反対運動をしている住民たちが映っていました。
ほとんどが高齢者でした。
そりゃそうで日がな一日、ご自宅にいるのだから心穏やかではないかもしれません。
ですが社会はほんの少しづつの譲り合いであり、自分たちだけが良ければそれでいいわけではないと思います。
高齢者のエゴは見苦しく、自分たちだって今まで先輩たちにお世話になり、後世にお世話になる日もやってくるのです。

冒頭で私も自身の不明を恥じたつもりですが滋賀県の地方議員の皆さん、一度図書館の現状を調べてみて行政に提案をしてみてください。
子ども・若者を大切にしない地域に未来はないと思います。


政治的にこれから来る波
お盆休暇の真っ最中です。
夜になって大津方面から自宅のある高島を目指して国道161を北上すると坂本あたりから旧志賀町まで延々と車の渋滞が続いています。
京阪神の方々が日本海方面に遊びに行った帰りでしょう。

さて政治的なお話になりますが先日の内閣改造後の支持率調査でもほんの若干支持率が上昇したものの支持40%、不支持48%と依然として不支持が支持を上回っている状態で原因の1位は「首相が信用できない」となっていました。
「安部首相に続投してほしいか」という問いには「いますぐやめてほしい」と「来年の総裁任期満了でやめてほしい」を合わせて60%以上の人がやめてほしいに回答していました。

M友やK計学園の私的政治権力の行使疑惑や閣僚の失態・失言がかなりボデーブローのように効いている感じを受けます。
ただ注目すべきはこれは安部さんや安部内閣に対するシュプレッヒコールであって自民党に対する支持率下落ではなく党としては最悪の状況ではないというわけです。
つまりどうにもならない状況になる前に党の新しい顔をつくれば持ち直す可能性が極めて高いという現状です。

このような時に政権批判の受け皿にならなければならない野党第1党の民進党がイマイチつうか全然ピリッとしません。
グダグダ、ダメダメです。
蓮舫氏が突如の代表辞任、次期代表選に名乗りをあげている方を見ても党再生の手法がはっきり見えてこないのでこれは万年野党コースどころか発展的?解消に向かう可能性の方が高くなってきています。
国民も安部さんはもうだめだがかと言って民進党の無免許タクシーに乗るのはもう懲り懲りと感じているのが世論調査の結果です。

では民進党ホープ細野氏が離党したり、都議選で小池知事勢力が躍進した「ナントカファースト」が全国に広がり、地域政党的に「大阪ファースト」や「長野ファースト」、「木更津ファースト」や「滋賀ファースト」が政権批判に受け皿として認知され野党勢力を糾合しながら与党と対決していけるのかというとNOです。
これは国民から絶大な人気を誇っていた橋下市長が「維新」をそのように持っていけなかったことからも明らかです。
そもそもレデイファーストならいざ知らずこんな標語にもならない一字で国民が動くと思うのが不思議です。

以前、民主党を滅茶苦茶にした小沢一郎さんが最後の賭けに出て「国民の生活が一番」と生活の党というものを立ち上げましたが見向きもされませんでした。
ワンフレーズだけの政治手法でどうにかなるほど政治は甘くはありません。
みんなが納得できる組織とビジョン、細かな政策と実現能力があって初めて政党として認知されるのです。


誰かが見ている
昨夜はマキノサマーカーニバルの帰りにあるコンビニに寄りました。
トイレを借りたら「近頃、トイレットペーパーを大量に流し詰まらせるいたずらが頻発しておりカメラで監視しています」と書かれていました。
幼稚ないたずらには困ったものだがカメラの監視は店のはったりだろうと思いました。
トイレと言う場所は個人の究極のプライバシーが発露するところ、これをビデオ撮影していたら今度は店が訴えられますから。

道路を走っていたら目の前にピザ屋さんの宅配バイクが。
後ろに(ドライブレコーダー搭載車)と札が貼っていました。
たぶんですが営業のバイクだとたかを括って後ろから車で煽るような不埒な輩がいるからその自衛手段でしょう。
おそらくレコーダーは搭載していません、これもブラフです。

老人がお一人でお住いのお宅に訪問したら玄関に警備保障のシールが貼ってありました。
「警備保障と契約されてるんですか?」と何気なくお聞きしたら、「最近ぶっそうだからね、でもシールを貼ってるだけ」との返答。

人は誰かが見ているという心理が働いたら悪事の行使が抑制されるのでしょうか。
私の子どもの頃は大人から「悪いことをしたらダメだよ、みんなお天道さまが見ているからね」とよく戒められたものです。
最近は仏教で言う(末法)。
仏さえ見捨てた世に成り果て天道の見守りなど誰も信じないから監視カメラなどがその代わりをしている情けない世になってきているのかと考えてしまいます。
人間は本来、誰もいなかったら悪事を働くことを躊躇しないのか。
これでは荀子の説く(性悪説)丸っぽの社会です。

イギリスの法学者であるジェレミー・ベンサムによると「パノプィテコン」という概念で表しています。
これは監獄で囚人を監視する建築上の仕組みで監視塔を中心とした収容者の部屋を円形に配置すれば監視塔からはすべての牢獄をもれなく監視することができるというものです。
要点は監視者からは囚人を見ることはできるが囚人からは監視塔の内部を見れないことです。
つまり、実際は監視塔に人がいる必要がないということです。
囚人からすると常に監視されている状態に置かれることにより(第二の監視者)が現れることになります。
つまりは(自分)です。
囚人は自らを内面から律する主体(サブジェクト)となっていき社会に順応していくという考えです。

ミシェル・フーコーは自分からこのように社会に進んで適応していく有様に注目して(規律訓練)と呼びましたがこれは軍隊・病院・工場・学校等社会のそれぞれの場所でそれとなく浸透している考え方です。
そこで前段に戻っての疑問ですが「私たちは本当に誰かに監視されないと、評価されないと正しい行動ができないのでしょうか」という思考の袋小路に迷い込んでしまいます。


ビールへのいじめはやめてください
今年の暑さは天井知らずでこれから8月に向かってどれだけ気温が湿度が上昇するのだと恐怖すら覚えます。
こんな蒸し暑い日本の夏を乗り切る大人のたしなみは(ビール)。
この一杯があれば元気に夏を過ごせるという方はもちろん多いでしょう。
昼間の労働で疲れた体と乾いた喉に流れ込む冷えたビール。
想像するだけで喉がなります。
しかし、どうして中国人は常温のぬるいのしか飲まないのでしょう。
マグロ・サンマ・牛肉なんでも日本の食文化を真似して大量消費して資源を枯渇させる達人が冷えたビールだけは手を出さないのは人類のエネルギー量確保の為にはいいのでしょうが。

私はエジプトのピラミッドでもビールがなければ建設できなかったと思っています。
あの酷暑の地で20年から30年かけてつくられたといわれる壮大なピラミッドですが激しい労働を要求される人夫たちの疲れた体を元気にして明日への労働の意欲をかきたてたのも1杯のビールでした。

中世ヨーロッパではビールづくりもずいぶんと研究されてそれゆえに現在のビールとはいえないものも多くつくられ、ある意味バラエティに富んでいるのはいいのですが百花繚乱、支離滅裂となりドイツ・バイエルン王国のウィルヘルム4世が出したのが(ビール法)、正しくは(ビール純粋令)つまり「ビールの原材料は麦芽・水・ホップ以外は使ってはいけません」という厳格なものでこれはEU統合の現在でもドイツでは守られています。
日本では一部、米も使用しています。

さて、本題はこれからで先月からビールの税制が改訂(改正ではない)され、それにともないお値段がまたしてもぐっと上がりました。
それまでは350mlの缶ビール6缶で1000円ぐらいが1200円になりました。
政府よ、庶民のささやかな楽しみをなんだと思っているのか、取れるところから取ろうという発想はいい加減やめなさいと言いたいですが言えずにブログで愚痴ります。
私の知り合いの滋賀県にあるビール工場のある方が「私たちの日々の努力が・・・」と嘆いていました。

それなら発泡酒があるではないですかと言う人もいるでしょう。
その通りで発泡酒や第三のビールはこれもメーカーの努力の結晶で本来のビールの味わいに近くなってきていてのど越しなどはほぼ変わらないので私なんか平日の夜は発泡酒、休みの日は少しリラックスしてビールと決めています。
それでも政府は今度は発泡酒に目をつけ酒税を上げる方針だそうです。
もういい加減にしてくださいと怒り心頭です。
先のビール工場の方も「もういいすわ、好きにしてください」とあきらめモードでした。
取れるところから取るではメーカーのやる気が損なわれ、ひいては日本のものづくり文化が衰退するのではないかと心配です。
事実、軽自動車が税制優遇ゆえに売れているからと言って軽の税率を上げることを検討しているそうです。

「まず櫂より始めよ」の政治テーゼに則り、ビールを購入の際には身分証を呈示して霞が関の役人だったら一般購入価格の10倍で買うことを法律で義務付けすることを提案します。



お友だちのツケ
夏休みにも入って暑い毎日が続いていますね。
夏真っ盛りです。
あ!申し遅れましたが忘れた頃にやってくる元ブロガーの石田です。

さて政治的つぶやきを久しぶりに・・・。
つくづく安部首相は(お友だち運)の無い人かなと思います。
第一次安部政権の時も塩崎さんの官房長官を筆頭に閣僚のほとんどをお友だちで固めた結果、(お友だち内閣)と批判されしかもそれぞれが失言・失態のオンパレードで辞任に追い込まれました。
その轍を踏むまいと思っていると思いきや政権奪回後は慎重な人事でベテランを起用して重厚な政権運営で支持率は高止まりだったのですが昨年の内閣改造はまたもお友だちから火が噴きました。

お友だちのK計学園への獣医学部設置認可問題、M友学園(モロに友です)、更に秘蔵っ子の稲田防衛大臣の数々の失態で最後は防衛省へのシビリアンコントロール疑惑まで招きました。
お友だちは大切にしなければならないのはわかりますが政治とは非常な決断を迫られる日々の連続する積み重ねですからできるならお友だちは近づけ無い方がいいのではないかと思います。
早稲田大学の創設者の大隈重信さんも実は政治家として台頭してきた頃、彼の友人で昔からの友達、震五郎さんという仕事は築地で野菜商を営んでいる方がいました。
大隈さんとはいつも飯を食べ、どこへ行くにも一緒の仲でしたが、ある日その震五郎さんが「ねえ、大隈先生、あっしにも一度でいいから大臣ってやつをやらせてくれませんかね」と頼んだところ、大隈さんは「それはできないんだよ、いかにあんたと私の関係でも、政治はそんなもんじゃないんだよ」と断ったというエピソードが残っています。

安部総理も来月の内閣改造は心して布陣を引いていただきたいと自民党員の1人として願っています。
文明の利器と政治と生活
昨日の七夕は天候を心配しましたが強い夕立があったものの夜空はきれいでした。
梅雨明けの日本列島は今年も暑くなりそうです。
熱中症にご用心です。

今日はお休みを頂いているので朝から1週間さぼっていた部屋の掃除機かけです。
猫が3匹いますから取れる、吸えるで「けっこう毛だらけ猫灰だらけ、我が家の廊下も猫の毛だらけ」です。
NHK朝ドラ「ひよっこ」が時代設定的に昭和40年代に移りましたがちょうど私のオヤジやおふくろがガンガン働いていた頃で(子どもの頃の日本てこんなんだったんだなあ)と少し記憶がスリップしていました。
掃除機をかけながらふと思ったのは(便利だな、掃除機は、これがなかった頃の例えば明治・大正時代は箒にちりとりだから家事も大変だったんだろうな)というものでした。

掃除機に限らずいわゆる(白物)と呼ばれる家電製品、冷蔵庫・洗濯機・エアコン・炊飯器などは私たちの暮らしを便利・豊かにしてくれたものです。
今の生活でこれら無しにはまず暮らし向きが考えられない必需品でしょうが日本のメーカーもナショナル(現パナソニック)、サンヨー(現パナソニック)、日立、東芝、三菱、SONY、キャノン、シャープ、NEC、富士通など数多の企業が家庭用電気製品を世に送り出し人々の暮らしに貢献してくれてきました。
ただ、1990年代頃からそれまでの経済発展途上国(この表現も懐かしい!)より家電生産が猛追を受けてふらふらしていたり、バタンキューも出ているのはご存じのとおりです。

今朝の読売新聞社説に「税収7年ぶり減・成長頼み財政への重い警鐘だ」とありましたが所得税・消費税・法人税の基幹3税が2016年度国の一般会計税収報告でいづれもマイナスになった。
要因の一つとしては昨年から続いた「円高」の影響もあるが予算編成でも政府の税収見込みの甘さが目立ち、歳出面でも高齢化による社会保障費の増大への抑制策や無駄を省いた真に必要な事業への集中が必要と論評がありました。
その通りと思いますが一方で内閣も「有効求人倍率は全国平均で1.49%、これは40年前の高度成長期を塗り替える」と経済政策の成果を喧伝していますがこれも数字のレトリックで生産人口(15才~60才)が年々減少し始めていて社会全体に人手不足感が蔓延し始めてきているからです。
だからと言って介護や医療(医師ではなく医療介護)の現場は過酷な労働条件と低賃金で人出が集まらず常に求人を出している状態でこれを政府が改善しようとすると厚労省ではなく財務省が(社会保障費の増大)を盾に反対するという構図が見えているのです。(厚労省は社会保障が増えた方が省益となる)
だれかまともな国会議員が1人でもいいからメスを入れればいいのにと思ってしまいますがどうでもいいつまらない政争の主役になれば目立つとばかりに目もくれませんし、省庁を敵に回すのも恐いのです。
ですがこれが本来の政治改革であり、国民から負託を受けているものが果たすべき役割です。

昨日、ある個人企業主さんとお話ししていたら「ワシは政治は嫌いや」とおっしやっていました。
その気持ちはわかりますが嫌いでもいいし、100歩譲って(不信)でも仕方がないとは思うものの(政治への参画意識)だけは持って頂きたいと思います。
現在の平和な(世界的に見て)社会ととりあえず個人の人権と自由が保障されている日本が間違った方向に行かないように国民間で議論を重ね、民主的手法でそれを達成していくことが大切と思えるからです。
無知・無関心な大衆の跋扈だけは避けなければなりません。
自戒を込めてそう思います。








1強の時代
7月に入りました。
部屋でじっとしていても首筋から汗が流れる蒸し暑い日本の夏の到来です。
凉を求めて縁側にうちわを持って出ますがすぐに虫が寄ってくるので蚊取り線香は必要です。

都議会選挙は予想通り自民党苦戦です。
4月に行われた自民党本部の情勢調査でもかなり厳しい数字が出ていましたがそれを大幅に塗り替える壊滅的ともいえる結果が出そうです。
やはりⅯ友とかK計学園とか、閣僚の度々の失言が尾を引いたのかと思ってしまいます。
自民党員の立場から見れば(なんで野党はこんなつまらない問題をいつまでも追及するのか)と思わなくもないのですが彼らの側から考えてみればやらざるを得ないといったところでしょうか。

ただ、都議選挙に入ってからの稲田防衛相が応援演説で「防衛省・自衛隊も自民党を応援しています」と言ったのは大チョンボでした。
失礼ながら稲田大臣ほどのキャリアがありながら政治の本質を掴んでいないと思ってしまいました。
これでは国会議員の1期性、2期生はどれぐらいのものじゃと心配になります。
自衛隊員は特殊国家公務員であって政治介入はおろかシビリアンコントロールでその立場を表明することは厳に戒められています。
また有事に備えて当然ながらストライキ権など認められず、国民の安全を守る為の自衛隊であります。
その点、中国の人民解放国軍は中国共産党の為の軍隊であり、治安を守るという名目で天安門で自国民を戦車で踏みつぶすことなんてへっちゃです。
ここを稲田氏は間違えているから自衛隊は自民党の軍隊なんて言い回しをしたと誤解(と信じたい)を受けたのでしょう。
もちろん組合も結成できませんが同じ公務員でも日本教職員組合とか自治労などがなんで認められているのかが私には不思議です。

稲田発言についてはネット上でも炎上していて「ただちに大臣を辞めろ」という意見が目白押しでした。
これについては私がその発言の的確さにおいて注目している作家の八幡和郎氏が「即刻の辞任や罷免はやめた方がいい、外相や防衛相のような対外的な閣僚が失言ですぐさま交代という前例は外交や防衛という観点から好ましくない」という趣旨の発言をされていましたが全く同感です。
少なくとも次の内閣改造までは務めるべきでしょう。

それにしても政治的に自民党1強とか言われて調子に乗らないでほしいというのが前回の下野から政権奪回まで散々苦労した者たちの生の声です。




ある淋しさ
週末に入った今日は良いお天気に恵まれながらも夕方になってくれば少し肌寒さを覚えました。
そのような爽やかな一日でしたから午後から湖北へドライブに出かけました。
長浜の木之本から湖岸を通って右手に陽光きらめく奥琵琶湖を眺め米原まで走りました。

その際に昔見たものが沿道からすっかり消えていることに気が付いたのです。
(無人販売所)
道路沿いに地元の野菜が置かれ、客はお金を入れて取れたてのトマトやキュウリ、ジャガイモなどを買うシステムですがいつの間にかどこにも見当たりません。
道の駅などに行けばこれらの生産者の顔がわかる野菜は同様に販売されているのですが。
農家の方に訊いてみればあれはやめたとのことでした。
お金を払わずに持っていく、ひどい時にはお金すら盗っていかれるというので誰も出さなくなったそうです。
本当なら悲しい、淋しい話です。
人と人との信頼に拠っているちいさな絆が否定されたような気分になります。
人生は一篇の小説
暖かいのだか肌寒いのだか何だかわからない日が続いていますね。
こんな時は体調の調節(なんか変な言い回しですね)がうまくいかない方も多いのではないかとご自愛をお願いしたいものです。

さて「人は誰しも一本は小説を書くことができる」と言われます。
2本目はわかりません。
3本目も4本目もどんどん書ける人はベストセラー作家になれます。(なります)
ですが1本目(1作目)は自分の人生・体験談を書けばすごい小説になります。

「人に歴史あり」と言われているように特別有名人でなくとも人として成長してきて社会のハードルを越えていったり、落とし穴にはまったりとさながら障害物競走のような人生が誰しもに用意されているからです。
自分が競技に参加している時に他人の走り方に興味を覚えるのはあながち不自然ではありません。(むしろ覚えるでしょう)

初恋・仲間・恋愛・友情・勉強・受験・就職・結婚・昇進・左遷・子育て・介護・倒産・借金・失業・離婚・再出発・務所暮らし・闘病・・・
楽しいハッピーなことや打ち砕かれる絶望がさざ波、大波でやってきて笑いと涙と傷心と興奮がなにか混ぜ込みとなって私たちを襲ったり、訪れたりしてきて人は何かを悟ることになります。

「男は失敗談を好み、女は成功談を好む」とも言います。
これは裏返せば男はいつまでも夢を追いかけるので自らの戒めの為に、女は人生の現実を知っているので夢を追いかける為にとも解釈されます。
人生の主人公は自分自身・・そんな真剣な物語を他人は読みたがるのです。




国際間の信義にどう向き合うのか
迂遠かもしれませんが日本の開国時の話をさせて頂きたいと思います。
言うまでもなく江戸幕府が260年の太平の眠りから目を覚まさせられて諸外国と条約を結んだ件です。
まずアメリカと日米和親条約を結びました。(1854年)
次に日米修好通商条約。(1858年)
これにより日本は関税自主権を完全に喪失し、治外法権により日本滞在の米国人への裁判権を執行できなくなるのです。
いわゆる不平等条約です。
これは独立国家として誠に面目が立ち行かない事態でありその後の明治政府は条約改正に躍起になりました。
関税の問題でも現在でさえTPPがあれだけまとまらないのは国家の利益に直結したことだからです。
鹿鳴館でのダンスパーティなどは媚態外交の現れと当時も批判されましたがこれも日本は文明国の一員であると当時の帝国主義の嵐が吹き荒れていた世界情勢にアピールする涙ぐましい努力だったと思います。
当然、アメリカだけで済むわけもなくイギリスと日英和親条約、ロシアと日露通商条約、オランダと日蘭和親条約、フランスと日仏修好通条約、プロイセンとイタリアと・・・・とにかく世界中の当時の列強とは一方的に不平等な条約を結ぶことになりました。

国際ルールに則り、条約の一方的破棄は(戦争)につながります。
当事国としてはそれだけの覚悟がなければ条約破りはできません。
また、国際間信用も無くなり、世界の孤児となります。
日本がアメリカと日米通商航海条約を結び、完全に関税自主権を取り戻したのが1911年と第一次世界大戦勃発の3年前であり、それまでに日清戦争や日露戦争などという夥しい血を流すことをやむなくされていました。
日本人として相当の努力と犠牲の上で平等条約を勝ち取っています。
アメリカとの最初の不平等条約を結んでから実に57年の歳月が流れていました。

日本が結んでいる現在の不平等条約は(日米地位協定)だと指摘されています。
基地の所有権や負担、航路や空路の優先・占有、裁判権の有無(これで沖縄でも米兵による女性乱暴事件などで大問題となっている)など改訂しなければならない課題が多いのは事実です。
同じ第二次大戦敗戦国でもドイツやイタリアは冷戦勃発時に大使館の敷地以外の地位協定は完全に回復しています。
地位協定が正式に結ばれたのが1960年(昭和35年)ですが現在は2017年、ちょうど日米和親条約を覆したのと同じ57年という歳月が流れていますが政府としても憲法改正議論と同時に地位協定の見直しをそろそろテーブルにのせるべきです。

長々とブログで書きましたが今夜にでもお隣の韓国も大統領が決まるようです。
先走りしますが文在寅(ムン・ジェイン)氏の当選がほぼ確実の情勢となっているようです。
この方、1953年の生まれで済州島出身、弁護士・市民活動家・国会議員の肩書を持ち、バリバリの反日家。
私としてはもはや誰が韓国大統領に当選しても日韓の未来志向は前向きに望めない状況なのでどうでもいいいのですが一点だけどうしても気になることがあります。
それは文氏が選挙戦を通じて慰安婦問題をめぐる2015年の日韓合意の見直しというより一方的不履行を訴えていることです。
これを韓国のマスコミは概ね好意的に報道しています。(朝鮮日報・東亜日報・中央日報など3大紙を始めとして)
韓国は朝野狂っているなと私は思っています。
日本でも選挙の公約と言うものは内政問題が主体となりますが、もし外交や安全保障をマターにするなら当時国同士の(交渉を再開する)というところで留めねばなりません。
それを(破る・破棄する)ということを訴えるのは「私が大統領に当選した暁には日本と戦争をします」と宣言しているに等しい行為です。
これを非常識と批判するメディアがかの国にはないのでしょうか。
韓国内では(政権交代)が行われるのだから当然だという意見があるようですが選挙は(革命)とは違います。
選挙は政権に民主的正当性を与える為であって前政権が交わした条約・協定・覚書を当事者同士の話し合いも行わず破棄する行為は革命政権とみなされ日本のみならず全世界中で韓国はまともな民主国家と取り扱われなくなることを覚悟しなければなりません。
日本でも選挙を経ずして政権が交代した明治維新政府が前任の江戸幕府と諸外国との不平等な条約改正に誠実に取り組んだので57年もかかったのです。
これは国際間の常識です。
ましてや選挙を行っている国が何をか言わんです。
韓国の民度を疑われることになるでしょう。
もっと言わせてもらえれば慰安婦問題自体が言いがかりから発生しています。
しかし、これは話し出したら長くなるのでここでは触れませんがそのことをお互いに乗り越えての2015年日韓合意だったはずです。
文新大統領に期待の欠片もしませんが日本人の1人として以上のことは主張します。







地方創生の着地点
GWも今日の日曜で暦上も終わりとなり、みなさんそれぞれの連休をお過ごしだったことと思います。
リフレッシュできた方、世間は休んでいても頑張って仕事をされてこれから休みが取れるという方、人生いろいろです。

昨日もお昼が少し遅くなったのですが何かお腹に入れようと京都十条のガストに入りました。
注文を入れて料理が来る間にもう一度メニューを見ようとテーブルのスタンドに手を伸ばすと『ふるさと納税カタログ』が差し込んでありました。
「どうぞご自由にお持ち帰りください」とも書かれていました。
相変わらずお盛んなことだと少し気分が萎えました。

以前、このブログで(ふるさと納税)は税として極めて不安定な上に徴収原理としての公平性が担保されておらず納税者からみて不公平なものであると批判しました。
その意見は今も変わっていません。
もともと税と言うものは①所得税②消費税の2種類に分類できるものです。
入り口で取るか、出口で取るかの違いで、この(所得の補足)をきっちとしておれば個人が得た収入に更に課税しているのですから法人税や相続税は突き詰めると(二重課税)の批判を浴びることとなります。
それでも日本ではトーゴーサンと言われサラリーマン10割、個人事業主5割、農林水産業者3割という所得捕捉率のアンバランスがある為に(漏れている課税対象)として渋々認めているわけで今後はマイナンバーの活用などで捕捉率の向上も見込めるわけですが同時に二重課税として甘めに見ていた部分の排除も納税者としてはチェツクしておかないといけないと思います。

話が横道に反れましたが(ふるさと納税)と並んで地方創生の目玉と言われているのが(プレミアム商品券)です。
これはふるさと以上に問題がある施策ではないかと思えてなりません。
平成27年12月に滋賀県甲良町の当時の議長がプレミアム商品券購入の制限を大幅に超えた大量買いが発覚して辞任するという事件がありました。
他の自治体でも同様の立場を利用して大量に取得していたという事例は後を絶ちません。
ご存じのように1万円で売られていたとしても1千円のチケットが12枚ついていて2千円お得というのがプレミアムなのですがこのお得幅は(国庫負担)つまり税金です。(国民負担とも言えるでしょう)
買い求める人は朝から行列、ネットでは転売され、抽選に漏れた人は知らないうちに負担させられているというのはどうでしょうか。
これで地方創生に繋がるかと言えば過去の(地域振興券)や(定額給付金)と同じで税金のバラマキ批判は免れないところです。
穿った見方をすれば万が一のデノミ(通貨価値の下落現象)が発生した際の(新円切り替え)までのつなぎとしての社会実験ではないかと警戒している複数の識者からの指摘もあります。
プレミアム商品券が地元商工会と組んで販売されたとしても地元自営業者の売り上げにつながるのならまだしも大半はスーパーや大型量販店に向かうだけですから地域活性化に何ら貢献もせず、更に消費の先食いを起こしデフレに拍車をかけるだけとなります。

地方創生と言うは易し、行うは難しですがもしかして地域住民としては人口減少がこの先にどうしても避けられない現実を認めた上で穏やかにスローに街のありかたを見つめ直して柔らかな着地(ソフトランディング)を考える段階に入ったように思えてなりません。
人が少なくなったから(昔に比べて)活力が無くなると嘆くだけではなく、それでも物質的にも精神的にも豊かに自立していける方法がきっとあるはずです。
政府としてもバラマキなどの対症療法ではなく地方の英知を汲み上げながら仕組みづくりのお手伝いをする気持ちぐらいの方が上手くいくように思います。






開いた口がふさがらない
今村雅弘復興大臣が辞任とは言え事実上の更迭となりました。
問題発言、「東北でよかった、むしろあっちだったから」と一昨日都内のホテルで開かれた自派(二階派)のパーティでの発言です。
これには安倍総理がただちに陳謝、電撃的に解任を行った由です。
しかし任命責任を問われることは必定でしょう。

あの東日本大震災を日本人は忘れることはなく、忘れられもできません。
死者行方不明者は18、446名と発表されており全壊・半壊家屋401、885棟、避難者は実に40万人以上(現在でも123、000人以上が避難生活をされている)、停電世帯800万戸以上、断水世帯180万戸以上と自然災害としては我が国始まって以来ともいうべき未曽有の大災害でした。(原発問題は自然災害ではないという意見は当然ながらですがここでは触れません)

今村大臣の言動には復興相としての資質に大いに疑問な点があり、今年に入った1月28日の(原発災害からの福島復興再生協議会)の場で「復興はマラソンで例えると30キロ地点だ、これからが勝負」と挨拶し、同席していた福島県知事から「避難指示区域を解除された地域でさえまだスタートラインにたったばかり、まして解除されていない地域においては・・まだ序の口だ」と反発を受けています。
今月4日に閣議後に行われた会見では自主的避難者の無償住宅使用の打ち切り措置について記者が質問すると切れて「出て行け!」と怒鳴る始末です。
しかも「あれは自己責任だ」と暴言ここに極わまったかのように感じました。
それが極まらず先日の発言、「東北でよかった」です・・・(;´д`)トホホを通り越して開いた口がふさがりません。
都心だったら災害規模がもっと拡大していたということを言おうとしたようですが論点がズレまくっています。
今村氏は経歴をみると当選7回のベテランですが「親の顔が見たい」ということわざから見れば7回も国会に送ってくれた地元選挙民の顔に泥を塗ったようなものです。
東大法学部卒業とありましたが最高学府の権威にも同様の失態で失礼ながら知識はあっても知性が乏しいと判断されても仕方がないところです。

私は別に(正義の味方面)をしたくてこのようなことを申し上げているのではありません。
私の愛する自由民主党の顔に泥を塗ってくれた今村氏に憤っているだけです。
あの2009年(平成21年)の「政権交代」の悔しさをもう忘れたのかと言いたいだけです。
最後の麻生政権の時には国民の支持と流れは完全に民主党(現民進党)に移っていました。
7月21日に解散に追い込まれ、その後の選挙戦を通じて308議席と圧倒的に信任された民主党政権が誕生した時、「もう一度自民党の出番をつくろう」と歯ぎしりしていた人たちの苦労を忘れています。

経済政策が稚拙だとか、官僚の言いなりだとか、外交では失点ばかりだとか言われた挙句に最後には漫画ばかり読んでいるから国会答弁でも間違えるなどと言われる首相や絆創膏を貼って記者会見に出ただけで袋叩きの農水相とかあれやこれやで国民から自民党政治の限界を指摘されまくっていた時に「それでも日本には保守政党が必要です」とマイクを持って演説していても聴衆から腕で大きくバツ✕マークを出されたあの悔しさは忘れられません。

あの時も閣僚の問題発言、失言、暴言がどんどん出ていました。
もっと緊張感を持てと言っていましたが地方組織の歯がゆいばかりの思いは当時の国会議員には届きませんでした。
今村氏は辞任した方がいいです、閣僚だけではなく議員を。
夏目漱石が小説「坊ちゃん」の中で卑怯な赤シャツ教頭をこてんぱんに殴りつけるシーンがあります。
「天網恢恢疎にして漏らさずだ!」
天は悪人を捕まえる為の網を使いますが粗くて漏らしてしまうことがあるかもしれない、だけど悪い行いをしたものは結局は逃れられないという意味だそうです。

後味が大変悪くなりました。
1つだけ嬉しいこともあります。
ネットやツイッターで今村発言の後に「それでも私は東北が好きです、誇りを持っています」、「風土や景色、食べるものすべてがいいです」と多くの投稿があることです。
私のように揚げ足取りではなく故郷への限りない思いを素直な気持ちで表せる人たちが大勢いるのはなんて素敵なことかと感じます。
これだけで日本に生まれてきてよかったと思えます。













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