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ゆうすけブログ
ある自民党員の杞憂(滋賀より)
参議院選挙はいよいよ今月21日の投票日まで今日を入れて6日となりました。
このブログで以前申したように自民党は全国的に堅調です。
東北でいくつか負けて、長野や愛媛や沖縄で負けても勢力維持です。
ただ、この滋賀においてはマスコミの中間情勢では互角とありますが相手候補が1歩リードしています。
この春先から以前取った杵柄で独自に調査していたら芳しくない数字が出ていたので関係者には警告していました。
その傾向がこの選挙戦終盤までズルズルときているなというのが率直な感想です。
この嫌な雰囲気はあの麻生総理の時代、政権交代選挙の感じまんまです。

プロなら断言できますが選挙は候補者、選対組織にとって一番辛いのは選挙が始まる前です。
むしろ選挙が始まればセレモニーなのでかえって楽ちんであり、告示・公示の日はほっとするものです。
ある意味、選挙の勝ち負けはもう出ているのですが選挙中に頑張ってひっくり返したという事例も過去には多くあるので最後まで諦めてはいけません。
それも条件があって候補者と選対がしっかり情報を握って共有していることが大切です。
負けているのに勝っている、勝てると錯覚していれば最後の勝利は相手に持っていかれるものです。

さて、私はこのブログで互角か互角以下と言ってきました。
それがそのまま続いていますがまずこの段階で選対本部(県連)がしなければならないのは明日にも緊急選対会議を開いて各市町の自民党連協会長、支部長、地区幹事長に来ていただき情報を包み隠さず開示したうえで、各市町の票読みをその場で発表してもらうことです。
どうしても希望的観測に基づいた根拠の無い数字が出てきますがこれは口論となってもしかたがない(選挙にはある程度必要)ので本部からきっちり押さえた数字を伝え、新たな目標数字を示し、ひたすら実行して頂くようお願いするほかありません。
この段階で1軒1軒への戸別訪問など公選法違反になりますから事務所に支援団体の方の名簿を持ってきて頂き、団体として再度のお願い電話をして頂く、党員の方に事務所に入ってもらい、携帯に登録してある名簿からお願い電話を入れて頂くほか追いつく術はありません。
同時に選対本部の役員は手分けして各団体に訪問して支援を訴える、各支部にもそうしてもらう、事務所を空にしても歩くしかありません。
滋賀が危ないというのは党本部が一番わかっていて今日も明日も明後日も総理や官房長官、元幹事長、人気者の青年局長が初日に続いてテコ入れの為に陸続と来県されますが困ったことに滋賀県の本部がその対応で余計な気を使い、おもてなしに終始して票取りが出来ていないということです。
個人演説会の動員、街頭演説の動員、運転手や運動員への指示そんなことに振り回されて肝心の候補者が霞んでしまうのです。
そこに行くのはいつも同じメンバー、同じ顔触れ、商店街を練り歩いてもそこはもともと自民支持層だから盛り上がっているように見えるだけで選対本部すらややもすると妙な安心をして弛んでしまっている光景がみられました。
政府や党の要人を連れていくのですから厳しい現場は見せたくないとする気持ちはわかりますが・・・。

私が後ろからついていって沿道の方々に訊くと、「ああ、期日前投票行ったで、書いたで、自民党と・・・え!選挙区は?〇〇やけど・・」。
それは相手候補でしょ、とほほ・・。
浸透していません。
電話がかかってきたというのはもっぱら相手候補の陣営。
上滑っています。
だからこそふんどしを締め直して残りの日数で追いつき追い越してもらいたいのです。




さらば韓国
政府は7月4日より韓国に対してTVやスマホのデスプレイの原料であるフッ化ポリイミド、半導体の製造に不可欠なレジスト、エッチングガスの輸出手続きに対する規制を設けました。
私には何百人というFBともだちがいますがただの1人としてこの件に言及していないので私は書きます。
まず私は日本政府の今回の措置について全面的に支持します。
韓国に対しては「近くて遠い国」とも言われ、戦後必ずしも両国の関係は順風満帆ではなかったかもしれませんがそれでも利害が一致すれば強力なパートナーとなれる可能性がどこよりもあると思い数々の非礼を看過してきた思いです。

韓国初代大統領の李承晩は勝手に李ラインなるものを主張してわが国領海の竹島を不法占拠し、現在もその行為を続けています。
世界的に表記され認知されている日本海の名称を東海と改めよと勝手に地図を改ざんして全世界にばら撒き、朝日という売国新聞が協力して従軍慰安婦問題という歴史認識から大きく外れた、ただただ日本のイメージを傷つけるがために全世界に慰安婦像を建てまくり、日本政府が抗議してもなしのつぶて状態のままだったのをようやく合意に達して慰安婦財団を設立したにも関わらず、文在寅政権は一方的にこれを解散し、両国民が築き上げた友好への努力を踏みにじりました。
昨年の12月20日には日本の経済的排他水域(EEZ)内、能登沖において韓国駆逐艦・広開土大王が海上自衛隊P-1哨戒機に対して射撃規制レーダーを照射するという安全保障上の同盟国としては考えられない行為に及びました。
これは銃の口径を向けてトリッガーに手をかけいつでも撃てるという極めて戦闘的な行為であり敵対国に対しても戦闘に入ると通告するに等しいものです。
これを日本の飛行機に対して行ったのです。
韓国の議長はぬけぬけと「天皇が韓国に来て謝罪しろ」と言い放ち、これが日韓議員連盟の長の発言かと呆れかえりました。
しかも天皇陛下を(日王)と蔑み、我が国の象徴的存在である皇室に対して敬意の欠片も感じられない暴虐さを露わにしました。
果たして韓国の要人はアメリカに対して、また中国に対してここまで侮蔑行為をするのでしょうか。
日本を舐めまくっている証拠です。

1965年に日韓で交わした(日韓請求権協定)では今後一切の戦前、戦中の賠償問題についての請求は国家として行わず、解決したものとするという取り決めについて徴用工問題をぶり返し、新日鉄住金の株を差し押さえ、抗議を続ける日本政府にも無回答を続け、挙句の果てに文大統領は「我が国の最高裁の判断は尊重しなければならない、それが民主主義だ」とおバカな表明をしました。
国と国との条約より国内の判決が優先すると言っている国とまともに付き合えるわけがありません。
今回の3品目輸出手続き規制もいわゆる禁輸ではありません。
輸出手続きに日数がかかるだけのことです。
当初、韓国企業(サムスン等)はこれまでに日本から入れた在庫が尽きるのは秋ぐらいからなのでスマホの生産に支障が出ないよう早く規制を解いてもらいたいとコメントしていましたが副会長が慌てて日本に飛んでくるのでおかしいなと思っていたら在庫は来月で切れますとのこと。
それもおかしい、計算が合わないとなったらどうやら北朝鮮・イランに不法転売していた事実が発覚しました。
軍事転用が可能なものなので転売は許可されていませんが韓国はどこまで意地汚く、嘘つきなのでしょう。
だからこそ政府はこれまでのように韓国に対してのノーパスで輸出許可を出さず、本当に韓国企業として適正に工業加工として使用するのか見定めてから許可しようとするものであり、繰り返しになりますが禁輸措置ではありません。
可笑しいのは北朝鮮が一緒になって抗議してきたことです。
利害が一致していますね、北と南は。
韓国は放射能汚染があるとして日本の東北地方産品を輸入禁止としています。
科学的根拠も一切なしにこんなことをしている国は世界中でも韓国だけです。
WTOにでも何でも提訴すればいいと思います。
どの口が言っているのでしょう。
安部総理はこの秋にも韓国を今までアジアで唯一認めていた輸出上のホワイト国認定から除外すると声明しました。
大賛成です。
もはや日本は完全に怒っています。




滋賀県の参議院選挙
このブログでも何回か意見を出したつもりですが夏の衆参W選挙は見送られ、来月4日から参議院選挙単体で選挙戦が行われることとなりました。
自民党の為にももちろん日本の為にも誠に残念です。
消費税増税延期もしくは中止を訴え、足腰の弱い野党の選挙体制を粉砕すれば党の発言力は増し、何よりも日本経済はデフレからの脱却を果たし、令和好況が到来するのは確実なのに返す返すも惜しいチャンスを失いました。
安部首相も衆院解散は頭の片隅にあったのかと思いますが今回は妥協したようです。
しかし、国民経済という一番大切な視野から考えれば財務省を始めとする増税既得権益層の圧力に屈した形となりました。
今年の秋から年末、特に年を越してから春にかけてあらゆる経済数値が悪化していきオリンピック特需など吹っ飛んでしまうほど経済が混迷するのは目に見えています。
今まで増税に関してはアベノミクスの名のもとに慎重だった安部政権もこの参議院選挙を潮目にいよいよ(終わりの始まり)が始まったと思うと自民党員として繰り返しますが残念至極です。
首相の元に幹事長、選対委員長を通して全国から集まる支持率と選挙動向を分析すれば今夏の参院選はW選挙でなくとも行けるとの判断だったのでしょうが執拗に繰り返される(日本経済借金まみれ論)、(年金崩壊報道)など増税勢力のプロパガンダが功を奏したようです。
私はその意味でもお先棒を担ぐ新聞社やTV局の報道を信じていませんし、むしろ世論をミスリードしている既得勢力のグルだと思っています。
(国太って民痩せる)そんな選挙になることが悲しいのです。
それでも参議院選挙の結果は東北・沖縄などを除いて概ね堅調となるでしょう。
この選挙だけで安部首相の進退問題は言及されないと思いますが(何度も言ってしまいますが)それよりも消費税増税による景気後退とその後の国民経済へのダメージひいては格差増長の方が選挙勝利などの短期的プラスより深刻な結果となることが危ぶまれます。

さて、本題の滋賀県での参議院選挙ですがもうさすがに構図は決まりました。
与党は自民党公認、公明党推薦の二之湯武史氏(現職)と野党統一候補の元滋賀県知事・嘉田由紀子氏です。
滋賀県だけはちょっと特殊な選挙区であり昭和の頃から全国のトレンドとまた違う結果がたびたび出て関係者を慌てさせています。
ここまで書いていてかなり嫌気がさしてきたので手短にまとめます。
本当は過去からの経緯やデーターなどを開示した上で論を進めたかったのですが。
はっきり申し上げて他の県は現職に優勢でしょうが滋賀県だけは違います。
互角、もしくは互角以下となっています。
知事を2期8年務めた嘉田氏の県民への知名度は侮りがたいものがある上に今回の選挙に賭ける本人の覚悟が二之湯氏と比べると天と地ほども違うからです。
毎日、従来の支援者若しくは地域で信望がある方にこまめに電話で協力を訴えているのに対して現職は一切していません。
自民党の方が政権の支持率頼りの完全な風任せ選挙となっています。
こういうことを書くとおバカな自民党守旧派は「石田は負け組だ」とすぐ批判しますが事実なのでどうしょうもありません。
嘉田氏にしてみればこの選挙での敗北は単に政治生命を失うというよりも過去の県政の自分への通信簿が否定されることとなるのでより必死です。
他方、二之湯氏は2か月前にゆっくり話せる環境で意見交換してみましたが「私は勝ちますよ」と根拠の無いことをおっしゃっていましたのでこちらの方が危機感を覚えました。
そのくせ、自民党本部の選対に呼び出されて野党候補との調査内容(データー)を見せられ発破をかけられているのに余裕だなと思ってしまいました。
いづれにせよ来月から始まります。
熱い夏の到来です。




バターと規制
朝食はごはん派だった私も最近はパン食になってきました。
パンもオーソドックスな食パン。
オーブンでキツネ色になるまで焼いたパンにたっぷりバターを塗ってサクサク食べるとバターの何とも言えない良い香りとほんのり塩味がきいて快適にスタートできます。
お供は目玉焼きかゆで卵と一杯の珈琲。
パンにはやはりバターだなと思ってしまいます。
ジャムやマーマレードは確かにおいしいのですが朝食には甘すぎて。
それとマーガリンは論外。
トランス脂肪酸の塊で常食すれば心臓疾患リスク、動脈硬化、ガンリスク、アトピー性皮膚病の発症など確実に健康を害するもので避けた方がいいというか食べてはいけないものの筆頭です。
海外では販売禁止となっている国が多いのに日本では普通にスーパーに並んでいます。

さて、バターを毎日食べるようになってから思い出しました。
あれは今から11年前、2008年秋から暮れに起こった「バター消滅事件」です。
なにしろ日本全国のスーパーの棚からバターが消えたのですから。
おかしい?バターって牛乳から作るのに生乳はダブつくほどあるのにバターだけ無くなるとは・・。
謎は深まりました。
誰かが金儲けをしようとバター不足に誘導しているんじゃないのと陰謀論まで飛び出しましたが犯人はわからずじまいで批判の矢は農水省に集中しました。
農水省は慌てて「牛乳が採れない」(嘘・余っていました)「酪農家が減少している」(これも嘘)と苦し紛れの言い訳に終始しました。
このバター不足はこの年だけで収まらず2014年、2015年、2016年と尾を引きました。

この超常現象を目の当たりにして誰もが考えたと思います。
(でも国内のバターが無いなら外国から輸入すれば?、報道では北海道しか映らないけど他府県ではバターの生産をしていないの?)
調べてみればバターの輸入を独占しているのは(農畜産業振興機構)という農水省OB100%の純粋な天下り機関が牛耳っていることがわかりました。
バターを海外から輸入しようとする民間業者は一次関税、二次関税という高い税金を支払った上にまだ件の機構に(マークアップ)なる上納金を納めなければならないのです。
機構は加えて海外事業者からバターの購入に際して入札を行い、最も安値の業者から買い、国内に再販する時にはこの入札の最高値で卸し右から左だけで莫大な利益を上げています。
輸入権を独占しているので言い値です。
これでは民間としては業として成り立ちません。
ですから日本ではほとんど外国産バターは流通していません。
これは機構に問い詰めると「国内生産を守る為」との回答。
それなら潤沢にバターを流通させろよ、酪農家が減少しているなど言い訳するなと言いたくなります。
不足のバターを高価に買わされる消費者こそいい面の皮です。

もう一つの「なぜ北海道だけバターの生産がおこなわれるのか?」という疑問ですがこれも農水省の岩盤規制が絡んでいました。
北海道一極集中という(生産統制)の賜物です。
カラクリは(加工乳補助金)というものですが公式見解としては牛乳の生産性の高い北海道から各都道府県に流れる牛乳の量を調整する為と謳っているものの北海道に加工工場を持つ乳製品メーカーに便宜を図って優遇するために結果としてバター王国・北海道を生み出しています。
国内では生産された牛乳は指定団体(日本には10あるが全て農協である)が買い取り、乳業メーカーに卸されます。
酪農家は牛乳を全て指定団体に売った場合に限り補助金を受け取ることができます。
規制の際たるものとして(加工原料乳生産者補給金等暫定措置法)によると牛乳生産の全体の5割以上を加工乳に回している酪農家に限りこの補助金が受け取れますが実際問題としてそんな余力のある酪農家は北海道しか存在せず、結果としてバター生産は北海道以外では赤字になるという構造です。
北海道が少しでも生産量を減らせば全国的にバター不足が招来するというのも理由としてわかります。
もとは国民の血税が補助金という名目の利権として使われ逆ブーメランとして品不足と高値の商品として消費者に跳ね返るというのは納得しかねるところです。
同じような規制は至る所にあります。
ようやく農業でも減反政策が廃止になりましたがあれも戦後の食糧不足に対応する食管法が生み出したものでした。
今や食品ロス問題が逆に叫ばれる飽食の時代です。
省庁の規制法令はほとんどが戦後間もない頃か経済成長華やかな時代のこの令和から見れば30年から50年は時代遅れのものばかりです。
国会議員ももっと勉強して頂いて北方領土に行って「戦争しろ、女のいる店に連れていけ」とか唸っていないで真に国民の為になる改革に着手してください。








湖北と湖南ー昭和の名残り
約2年ばかり滋賀県で言えば湖南地区で活動してきましたが今月半ばより湖北に拠点を移すこととなりました。
ひと口に滋賀県と言いましても湖南と湖北では文化が違うなということを改めて認識しました。
言葉が違い、風習も違い、最近では人口密度も違います。
慣れ親しんだ湖南から湖北に馴染むため昨日はJRを使ってぶらりと散策の日帰り旅に出かけました。

自宅から最寄りの駅・近江今津から敦賀行に乗車。
天気はいいです、良すぎて少し日差しが暑いぐらいです。
北に向かって走ると言うのは凄いなと思いました。
この時期ながらの新緑の山と田園ばかりでオールグリーンの世界です。
途中、近江塩津駅で乗り換えのため一旦下車。
そのまま乗っていれば福井県に行ってしまいます。
私を含めて何人かがぞろぞろと電車を降りて急こう配の階段を下りて駅1階の待合室で30分ばかり次の電車待ちです。
長浜市を横断して彦根方面に向かう便に乗り換えです。
塩津という地名から昔は日本海から塩が下ってきての集積地で栄えたんだろうなと想像しました。
確か以前観た映画(火天の城)で戦国期、木曽の方から来るヒノキの巨木を積み込んで船で安土に運んでいましたが湖北における運搬の拠点だったのかと。(ちなみに゛津゛というのは港という意味です、ご存じでしょうが)
駅正面の扉を見ると(ツバメが入るので戸を閉めてください)と張り紙がありました。
湖北やな、草津や守山ではJRにこんな告知はないでと思いました。

ようやく電車が来て乗り込み次の駅は余呉。
トンネルを抜けると右側に澄んだ美しい湖、余呉湖が見えてきました。
電車に何人かが乗り込んできました。
結構若い女性が多いのは何かSNS上で情報でも拡散されているのか。
5月の後半なのにトラクターで田植えをしている光景も見られました。
ここは標高があって気候が少し寒冷なので田植え時期が遅いのだろうと納得。

高月駅では下車しました。
駅から歩いて10分ばかりで渡岸寺観音寺(向源寺)に到着。
ここには国宝・11面観音像が安置されています。
11面観音は国内で7体ありますがとりわけこのお寺の観音菩薩像は最も美しく日本彫刻技術の粋を極めたものと言われています。
拝観料500円を払って見せてもらいました。
この美しさ・神々しさはちょっと字面では表現できないものです。(仏なので神々しいというのはおかしいですが)
お寺からもうちょっと歩いて雨森芳洲庵(東アジア交流ハウス雨森芳洲庵)も見学に行きました。
落ち着いた佇まいの山門風の玄関をくぐって中に入ると静かで手入れされた庭園があり、書院造りの研究室で雨森芳洲の著書や研究書を見ることができました。
ここの雨森芳洲の生家跡に記念館が建ったそうです。
雨森芳洲は江戸中期の儒学者ですが善隣外交を唱え特に日韓交流と親善に尽くした人です。
このところのギスギスした日韓関係を芳洲さんはどう思っているのでしょう。

高月から河毛に行きました。
河毛の駅の周りは本当に何もないところでした。
(住民の皆さんごめんなさい、でも何も無いのが贅沢だと思っていますよ)
河毛は(かわけ)と読み、どうして私がこの何も無い駅(また言ってしまった・・)に下りたかというと妻の遠縁で河毛さんという方が今から80年ほど昔にこの地で神官をしていて当時高島郡高島町で跡継ぎの絶えた神社の宮司として赴任したということを聞いていたのでその出身地を見ておきたいと思ったからです。

高島市に帰ってきました。
車に交通手段を換えて今津の天増川(あますがわ)に行きました。
渓谷に挟まれ、真ん中に天増川が流れています。
この時期は冷たい緑風が肌に気持ちいいところです。
もうあと30メートルで福井県小浜市という滋賀県最西端の集落です。
ここはもう住民が10名ばかりになっておられます。
限界集落というよりも・・これは炎上するので言えません。
子どもの頃、同級生がいたので下の今津の街から延々自転車でよく遊びにきたのを憶えています。
あの時は昭和でこの集落も活気がありましたが今は申し訳ありませんが見る影もありません。
知り合いの区長さんがいたのでおしゃべりしていました。
「子ども?カラスが鳴くのは毎日聴いてるが赤子の声なんか30年ほど無いね」
「滋賀県の湖南は保育所などの待機児童問題が深刻なんですよ」
「待機する子どもがいんわな、待機ジジイならぎょうさんおるけど、ハハハ」
(笑ってる場合じゃないし・・・)
一日かけてぶらりとプチ旅しましたがたまにはこんな余暇もいいものです。
それにしても滋賀県・・南北格差がありますね。








戦争を知らない議員たち
もうメディアで散々報道されているので実名で書きますが維新の会所属だった大阪19区選出の衆院議員・丸山穂高氏のことです。
訪れた国後島古釜布でもと島民の男性に「戦争で取り返すのはどうだ」「戦争をしないと戻らない」と島民感情を逆なでする発言をしていた批判が出ている件です。

丸山代議士の年齢を訊くと昭和59年生まれの現在は35歳。
世間的には若いといわれる世代です。
しかし、国会議員という公の仕事を考えるとこの発言は若さゆえではすまされない問題を含んでいます。
はっきり言うと政治家失格の烙印を押されるものです。
私は決してリベラルを気取るつもりではありませんが以前もこのブログで書き込んだように(政治家の使命は平和の追求)と信じて疑いません。
政治家、特に国防を審議する国会議員は軽々に戦争に訴えるという発言をするべきではありませんし、いかに戦争を回避し平和を維持することに心を砕くべきだと思っています。
さすがに維新も丸山議員を除名処分にして議員辞職勧告をだしたようですが本人は無所属でこれからも活動すると言っているようです。
税金の無駄遣い発見でしょう。

滋賀県でもかって知事選挙の時に大津京駅で当時の県小選挙区選出の国会議員が「核兵器保有の是非を問う時だ」と応援演説して会場がざわめき可哀想に関係のなかった候補者はあおりを受けて落選しました。
どうも本人は集団的自衛権についての正当性を訴えようとしていたようですが選挙の争点になるとまずいと党本部からお達しが出ていたのに自爆テロになりました。
あれで流れが変わりました。
オウンゴールです、やっちゃいました。
件の議員はその後、週刊誌等でスキャンダルを連発して次の選挙では出馬されませんでしたが今春の統一地方選挙ではなぜか出てその後どうなったのかは知りません。
若いから政治家には早いとかを主張するつもりは毛頭ありません。
むしろ若いからこその行動力・突破力が政治を変える力になると期待します。
ただし、歴史認識はしっかりつけたうえで政治家を目指してもらいたいものです。




慎重運転順守
前回ブログを更新した際には車社会について言及しました。
その後、そう一昨日(5月8日)には大津市大萱の交差点で信号待ちをしていた園児の列に車が突っ込み2歳の男児お1人と女児お1人がお亡くなりになり保育士を含めた13人が重軽傷を負うという誠に痛ましい事故が発生してしまいました。
お亡くなりになったお2人の驚愕と無念、ご家族、ご親族の皆さまの張り裂けそうなご心痛を思うと言葉にもなりません。
心よりお悔やみ申し上げます。
私自身毎朝あの道を曲がって東に進み通勤していた頃がありますが熱心に地域の皆さんがスクールガードをされていたのを憶えているだけに痛恨の念は一層です。
車は便利ですがひとつ間違えた運転をすると取り返しのつかない事故を招きます。
加害者にも被害者にもなってはならない交通ですが特にハンドルを握るドライバーの安全運転への強い気持ちの在り方が大切だと思います。
大変、残念なことにあれだけの事故があったのに県内でも荒っぽい運転がまだ散見されたことです。
明日からは交通安全週間でもあり、交通取り締まりも強化されることと思いますが(私を含めて)全ドライバーがセフティドライブを肝に銘じていかなければならないと思います。
悲惨な事故を2度と繰り返さないように。



萩生田談話は失言なのか
今日は4月21日日曜日。
滋賀県内では統一地方選挙の大津市議会・彦根市議会・栗東市議会・近江八幡市議会議員選挙の投票日です。
該当の市民・有権者の皆さまにおかれましては投票所にお運びいただき、貴重な権利を行使していただきますようお願いいたします。

さて国政では沖縄3区、大阪12区の補欠選挙(衆院)の投票も始まりました。
自民の旗色が悪いです。
本日、この二つを落とすことになると一挙に政局が流動化いたします。
この前に滋賀県の県議選挙で公認を取りながら落選の憂き目にあった方としゃべっていました。
選挙が始まり、選挙カーを走らせ街頭演説で「自民党!自民党の〇〇!ご挨拶に参りました!」と街頭演説しても市民の感触がとても悪かったと述懐しておられました。
安倍政権になって自民党を押し出してこんなに冷ややかなのは初めてだったと。
閣僚が次々に問題発言をしていて党自体がたるんでいて、長期政権になっているので国民から飽きられているのかなとも言っておられたので私も「それはありかも」と返していました。

確かに選挙前に塚田一郎国交副大臣が山口・福岡ラインの建設で「安部、麻生両重鎮の選挙区なので忖度しました」と口をすべらせ辞任。
桜田義孝五輪相が応援に入った会場で「〇〇さんは震災復興より大事」とこれも問題発言で辞任。
聞いていても頭が悪いのかと思ってしまいました。

誤解のないように言っておきたいのですが私は安部政権を支持しています。
戦後の内閣の中でも一二を争うほど仕事をしていると思っています。
その前の民主党政権ともう一度比較してもらいたいのです。
民主党暗黒の3年半は為替は超円高を放置して経済は滅茶苦茶(1ドル73円ですよ、輸出産業が壊滅です)、日銀の介入は一切なし、株価は低迷、ついでに年金や国債の運用も危機水準に。
デフレは進行してGDPはマイナス成長。
外交でも親友のはずだった中国から圧力をかけられ、領海侵犯の毎日で国防も心配。
マニフエストは何一つ達成せず、公約違反を連発、国民の政治不信を招き、迷走に次ぐ迷走、日本をどうしてくれるのかというところまで追い込んだ政権でした。
運営能力もないのに政権を(選挙で)担当させた国民も反省しなければなりません。

話を本題に戻して、4月19日に自民党幹事長代行の萩生田光一代議士が「景気の腰折れを招く恐れがあるこの秋の消費税増税を延期するやもしれない、その場合は国民に信を問う必要がある」と言及して波紋を呼びました。
さてこれも閣僚、党要職者による失言の類でしょうか。
私はそう思いませんでしたが、マスコミは一斉に反応して反対キャンペーンを繰り広げました。
商工会議所会長を会見させ「延期は意味がわからない」と言わせたり、街角に出てサラリーマンをつかまえ増税も仕方がないですね、だって国の借金が増えているんでしょう、年金も危ないらしいと聞いていますと言わせたりあの手この手で萩生田発言を封殺しようと躍起でした。

財界もマスコミももちろん元締めの財務省も増税に血道をあげています。
このままでは日本は国家破たんする、そうなれば老後の生活など吹っ飛ぶぞと日々、国民を脅し、啓蒙して増税を納得させようとしています。
ですから国民は自分たちが大借金をしてこれを税負担で返さなければならないと律儀に思わされているだけです。
増税容認派(推進派?)には二種類の人間がいます。
洗脳され、増税やもなしと思っている人たちと増税によって利権を得る立場の人たちです。
もちろん全ての税の見直し(増税)が悪いと主張しているわけではありません。
消費税増税は国民生活を直撃し、景気のリッセション(後退)を招き、令和不況と経済長期低迷を現出する一方で税負担が低所得者に極めて不公平ゆえに格差が広がるから反対なのです。

萩生田幹事長代行は日銀短観の6月度が悪化していれば増税延期の可能性がある含みを出しました。
いい戦略だと思います。
どうせ今夏の参議院選挙は消費税増税が争点になります。
そうなれば自民党は負けます。
ここで消費税増税は延期(できれば凍結)を訴え、国民の信を問うために衆院も解散、W選挙に討って出れば活路は開けます。
連携が取れない野党は出遅れ、参院の過半数は維持できる公算が大です。
長期政権を築くには解散総選挙を繰り返さねばなりません。(もちろん解散の大義は必要です)
安部首相の決断が注目されます。






赤は何色?
春うらら、今朝は陽気が戻ってきました。
ですがまだ少し肌寒い気候でぽかぽかとはいかないですね。
テレビを観ていれば列島は(ジグザグ天気)で暖かくなったと思えばまた次の日にはすごく寒くなる、伊豆の映像などを見ていればこの時期に雪が降っているのには驚きました。
私の地元・高島マキノの海津大崎の桜ですがちょうど今日・明日が今春最後の見ごろとなりますが天気予報では明日は雨。
近隣の方は本日中にどうぞ。

桜でもソメイヨシノが淡いピンク色ならエドヒガンなどは梅の花のような濃いめの赤。
私も近頃なぜか「赤色」に凝っていていろいろ調べています。
若い頃は青とか黄色が好きだったんですが加齢とともにエネルギー溢れる赤を好むようになってきました。
特に気になるのは車を運転しているときにすれ違うマツダ車の赤。
あれはいい。
あの赤色はどうやって塗装しているのでしょう。
たぶん企業秘密なので教えてもらえないでしょうが他社の車の赤とやはり違うのです。
何とも言えない深みが感じられる少し黒が入った赤なのですがそれでいて重くなく、さりとてスポーティーに偏らないほどよさがあります。
私の場合は運転免許を取ってから30数余年、トヨタ車一筋できましたが次の乗り換えはマツダ車の赤でいきたいと思っています。
言うなればマツダ・レッド。

それで赤について調べていると実に様々な赤色があり、一口に赤と言っても「その赤、何色?」と迷うぐらいに種類が多いことを学習しました。
紅(くれない)-基本的な赤色と思われていますが日本の国旗のあの色です。
真朱(しんしゅ)-少し黒味がかかった深い赤、マツダレッドに近いかもしれません。
桜鼠(さくらねずみ)-くすんだピンクですが和服でみれば見違えるほど素敵です。
撫子(なでしこ)-若干の青味が入った赤紫色。
東雲色(しののめいろ)-オレンジ系統なのですが黄色が強い赤。
紅紫(こうし)-紫に近くなりますが派手で濃いピンク。西洋ではマゼンダと呼ばれます。
そほー私のパソコンでは漢字が出てきません。赤に者と書く一文字で(そほ)、赤土を焼いたような茶色・ココア色に近い赤。
蘇芳色(すおういろ)-黒味が強く、ちょうど血液に近いかも。

上記はごく一部で日本で認識されている赤といっても何十種類とあります。
もちろん海外でも赤の表記はアガット、アティク・ローズ、エジプシアン・レッド、カメリア、クラベット、エレール、タマーリ、トマト・レッド、モロッコ・レッド、ワイン・レッド、マゼンダ等々まだまだ限りなくあります。
一概に「赤」と言っても深い世界なのですね。
ちなみに先ほどマツダ車の赤を絶賛しましたがもうひとつ気になる車を発見しました。
赤じゃないのですがホンダ車、それも青。
あの青もとても気になります。
ホンダ・ブルー・・浮気性ですかね。


湖国の統一地方選挙始まる
今年は選挙の年、選挙イヤーです。
我が滋賀県も全国一律、統一地方選挙がいよいよ始まりました。
その先駆けとなるのが県会議員選挙です。
3月29日に告示され4月7日に投開票となります。
その後は大津市議選挙、彦根市議選挙、近江八幡市議選挙、栗東市議選挙、日野町議会議員選挙と続き、夏の参議院選挙へとなだれ込んでいきます。

ところで様々なデーター、調査によればここ数年で地方選挙の立候補者数が激減しており、無投票当選率も上がり、ところによれば定員割れという地方公立高校並みの状況が進捗しているとのことです。
これは地方の活力減退を象徴している誠に憂慮すべき事態と言えましょう。
朝日新聞社の調べによると2007年~2010年と2015年~2018年を比較して首長で8%、議員で9%の立候補者が減少し、無投票率は19%増加したとのことです。
政治家は魅力のない仕事になったのでしょうか?
確かに停滞感漂い、閉塞感に満ち溢れた現代社会において政治家一本で生きていくにはよほどの根性が必要だとは思います。
ある意味、中世の虐待されながらも布教をすすめた活動家並みのメンタルが求められるのかもしれません。
マックス・ウエーバーが唱えた職業としての政治が成り立たない時代がきているのかとも思ってしまいます。
ですが政治が銀行の融資手続きや弁護士のようにAI化にとって代わられるということは悪い冗談であり、人間味感じるまちづくり、血の通った政(まつりごと)から現実を遠ざけることは否定すべきです。

少し脱線しましたが今春の湖国の県議選挙もそのような傾向を受けて13ある選挙区でははっきり濃淡というか緩急の差が出ています。
ぶっちゃけ、選挙が過熱して激しい選挙戦となることが予想される地域と陽だまりのように緩く、あるいは風も吹かない無投票当選の地域の差が歴然と見て取れます。
熱い選挙区としては・・大津市・草津市・守山市・野洲市・彦根市&犬上郡・長浜市・近江八幡市・東近江市&日野町&愛荘町・甲賀市・米原市などです。
これらの選挙区では予断を許されない選挙戦が展開される見通しです。
反対に緩い選挙区では湖南市・高島市・栗東市が挙げられます。
緩いと言うとこれらの選挙区の立候補予定者は怒るかもしれません。
「緩いとは何事ですか!選挙にならないほどこの4年間を必死に活動してきた結果で対抗者が現れなかっただけのこと、言わば隙をつくらなかったからです!」
わかってます、わかってますってそんなこと、私を誰だと思っているのでしょう。
滋賀県の選挙の裏までこの30年間知り尽くしてきたのですから。
平成の滋賀県選挙のいづれにも関わってきたのですから。
その意味でこの県議選挙の当落も今の時点である程度わかりますがこれはネットで出すものではありませんから今日はここまでにさせて頂きます。

ピエール瀧逮捕に思う
芸能界情報に疎い私がミュージシャンで俳優のピエール瀧さんを知ったのはまだ5年ばかり前のことでした。
その頃(平成25年)の春といえば私は失職し無軌道な生活を送っており、朝から日がな一日、テレビを眺めているご隠居のような(身分)でした。
そんな時、NHK朝ドラで春からの新番組(第88回制作)として「あまちゃん」を放送していました。
これはよくできたドラマでまだ東日本大震災の爪痕が残っている東北にエールを贈りながら一人の少女が東京に出て奮闘、また故郷に戻って活躍という、人生の指針を失いかけていた私にカツと勇気を与えてくれるドラマだったわけです。
少女・天野アキ(能年玲奈)も天才的な役作りでしたがその母・天野春子(小泉今日子)の若い頃の行動が少女の今に重なった親子二代の物語ともなっており、その母の若い頃の役を有村架純さんが演じたり、少女が東京に出た際の付き人として仕えた歌手の大物に鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)がいて小泉母と(潮騒のメモリー)を被災地で歌うくだりなどは朝ドラ史上まれに見る感動の一コマと言われたものでした。
ピエール瀧さんはこのドラマでは脇役なのですが東京EDOシアター裏の寿司店「無頼寿司」の大将役で口数は少ない強面の職人なのですが時たま見せる笑顔が魅力的で少女が故郷・岩手に戻った後わざわざバイクを飛ばして応援に駆けつけてくれるという人間味があるところに惚れたものです。

前置きが長くなりましたがそのピエール瀧さんが厚生労働省麻薬取締部(通称マトリ)に麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたのが今月12日深夜だったわけですがファンの一人として大いに驚きました。
何かの間違いであったらいいのにと思っていましたがその後の取り調べで本人の供述が事実を認める方向であるとの報道を受けて落胆しています。
ネットでみていると今回の逮捕に関連してピエールさんのツアーの公演中止やドラマや映画の降板・代役での急遽の取り直しやCMの放送中止、グッズの販売中止、地元静岡ではピエールさんの似顔絵が入ったマンホールのふたの取り換えなどソ連が倒れた時のレーニン像引き倒しを彷彿させるような騒ぎになっており影響の大きさを窺わさせられます。
一説によれば被害額は100億円規模となるとのことでピエール瀧さんの刑事罰が確定した後でも民事でこれだけの賠償を負いきれないのは明らかですから個人としては破たん状況だと思えます。
つくづく反社会的行為には十分気をつけて日頃から心しないといけないと思います。

そんな時、前東京都知事である舛添要一氏のツイッターでピエールさんを擁護するつぶやきが投稿され反響を呼びました。
全文は冗長になるので勝手に要約させて頂きますが、「新井浩文、勝新太郎の例もあるが芸人はマージナルであるからこそ常人に不可能な創造ができる、エンタメは定義されれば面白くない、品性方向でも面白くなければ意味がなく、芸人は道徳が支配する国では芸術として文化として育たない(中略)不祥事を起こした芸人の参加作品などは切符を買って視聴する映画・芝居・コンサートなどは行かなければいいだけであって公演を中止する必要性はない、宗教国家であるまいし、道徳は優秀な才能を窒息させる」とありました。
さすが舛添氏、意味不明の論調です。
麻薬を摂取すれば芸術家として開花するのか?
芸人は社会的規範から自由であればいいのか?
道徳を保守、継承するなかで芸術として凛とした表現が受け入れられるのではないのか?
日本は宗教国家ではないが法治国家である。
重ねましてファンとしてピエール瀧さんの一日も早い更生を願っています。




昭和のこころー歌謡
もうこの春で平成も終わりとテレビ番組などでは平成という時代を振り返るという趣旨の放送を流しています。
平成って30年間か、いろいろあったなと感慨に耽ることもあります。
よく考えてみれば私も昭和に生まれて育ったと言っても24年間(S40年生まれですから)、平成には30年お世話になったのだからこちらの方が長くなっちゃつたと嫁いだ熟年主婦のような気分です。
でもやはり昭和生まれとしてはこの際、新元号発布でさらに遠いところに押しやられる(昭和)をリスペクトしたいという欲求にかられます。

そんな時、夜に自動車で移動中にカーラジオから千昌夫さんの「星影のワルツ」が流れてきました。
1966年(昭和41年)初演の歌謡曲、もう懐メロの世界ですが私の親父世代の人たちがよく歌っていました。
(懐かしいな、やはり昭和の曲は味がある)と思ってハンドルを握りながら耳を傾けていましたがしばらくして(ん?なにこれ)という感じになってきたのです。

曲の1番はこうです。
「♬別れることはつらいけど 仕方がないんだ君のため 別れに星影のワルツをうたおう 冷たい心じゃないんだよ 冷たい心じゃないんだよ 今でも好きだ 死ぬほどに」
まあ、結婚式で歌ったらぶちのめされること必至ですが感じたのは全フレーズから感じるご都合主義といいかげんさ。
別れることが君のためと言い切る身勝手と冷たさ、そこで星影のワルツなるものを歌う能天気、冷たい心じゃないという言い訳の繰り返し、今でも好きなら本当に死ねと思いたくなるスチャラカさで1番は終わります。
私が言いたいのはこの星影のワルツへの攻撃ではなく、昭和の歌は探してみれば本当にご都合主義の曲が多い。
仕方がない、でも死ねない、別れよう、でも愛している、いつまでも・・死ねと言いたくなります。
そこへ来て能天気で植木等調の「そのうち何とかなるだろ~う」という無責任さが昭和という時代は横溢していたのだなと今から考えれば思います。
いけいけドンドンです。
平成のシビアさ、シリアスに比べてみても昭和っていい時代だったよね後半はとなります。

全くの余談ですが今朝の新聞折り込みにわが高島市が1000人収容を誇る(高島市民ホール)にこの5月、あの昭和の大スター・橋幸夫がやってくるとチラシが入りました。
朝食の目玉焼きとパンを食べている妻に「行ってみる?」と問えば「興味なし!」と一蹴されました。
昭和は遠くなりにけりです。




滋賀県の車は汚れている?
大阪や京都の街中を車で走っていると向こうから(ずいぶんと汚れているな、泥はねがついているよ)という対向車を結構見ます。
ナンバープレートを見ると滋賀ナンバーばっかり。
京都や大阪の車はピカピカに洗車しているのにと思ってしまいます。
そう思っている私の車も滋賀車ですが砂ぼこりや泥で文字通りドロドロのことが多いのです。

ですが大津や草津辺りを走っているとみんなきれいに車を洗っています。
気がつけば私だけが汚れている。
でも地元・高島市に戻れば周囲で走っている車はそこそこ汚れています。
What?
謎は深まります。

そこで自分の行動を思い返したら気がつきました。
車が汚れているので洗車しようと思っていたらラジオから流れる天気予報は下り坂、これから雨、それなら車を洗っても無駄になるから止めようと考えます。
しばらくはお天気で仕事も休み、さあ車を洗おうと外を見れば雨が降りそう、やっぱりやめようと家の中に入ります。
そのようなことを繰り返しているうちに神経がマヒしてきて車の汚れが気にならなくなります。
そもそも私の棲む滋賀県高島市は昔から冬場は(高島しぐれ)という独特の気候で大津でカラカラに晴れている日でも高島に戻ったらみぞれ混じりの寒い日だったというのが通常です。
高島では晩秋から早春にかけて「弁当を忘れても傘は忘れるな」が合言葉でした。
というわけで滋賀の車が汚れているのではなく高島の冬はなかなか洗濯も外に干せないし、車も洗ってもすぐ汚れるというオチでした。

公務員パッシングは止んだのだろうか
一時期の世間での公務員に対する当て付けや理不尽な非難には酷いものがありました。
それが2011年春の東日本大震災発災の時に自衛隊の皆さんの献身的な救助・被災地支援活動が報じられたり、津波が襲ってくることを最後まで緊急放送して巻き込まれ命を落とされた女性職員の方の自己犠牲行為が紹介されたりしているうちに鳴りをひそめたようには思います。
ですが世論が公務員の正しい仕事ぶりを評価できるのが有事の際だけというのでは悲しいものを感じます。

昨日、すでに退職されましたが元地方公務員、正しくは元県職員の方と一杯やる機会がありました。
彼曰く、「今も現場の若い職員を中心に心が折れかけている人が大勢いる」らしいのです。
では誰がそのようなパワハラまがいの圧力をかけているのでしょうと問うと一言、「上」としか答えてはくれませんでした。
例えば「この書類を明日の午前中までに提出」とする業務命令は頻繁にあるというのです。
そうなればまず検討の為のヒアリングを行い、関係者との協議(これが煩わしい)、真夜中から書き始めても午前3時頃にようやく脱稿。
ろくに睡眠も取れず朝一番に提出するという日常を繰り返せばおかしくなるのは当然です。
彼は「そんなことが行われているのは知らなかっただろう、でも県庁内で遅くまで灯が点いているのが事実を物語っている」と言いました。
退職前の最後の職場は会計課だったそうですがそこに集まる書類には鬱病を発症させ、治療の結果何とか職場復帰が見込める職員の保険の手続きが実名でくるので(あの人が、あの人も)と居たたまれない気持ちになったそうです。

私も議員時代、議会への質問を通告して実際に答弁側に回る時間の余裕があまりにもタイトなので(これで間に合うのか?)とはずっと思っていました。
せめてあと2日、いや1日余裕があった方がお互いに議論が深められ、事務方の負担も軽減することができるのにと思っていました。
議会運営委員長時代には事務局に一度通告後の流れを確認したこともありました。
それも「問題ありません」という報告で引き下がったこともあります。
議員の中には質が悪いというか、癖が悪いというか、「○○について」など質問項目のみ通告書に書いて議会事務局に渡してさっさと県庁を後にして帰ってしまい、それから答弁書を作成する関係局の職員が電話をしても繋がらず、質問の意図や細目がわからないまま徹夜を強いるという事例が見受けられたからです。
酷いケースになると議員の自宅まで訪問してやっとしやべってくれたとか云々ということを聞けば(いったい何様のつもりか)と憤りさえ感じました。
件の職員はそれから大津まで帰って朝まで一睡もできないのです。
これで体調を崩すなといっても無理なことです。

私の場合に心がけていたのは通告と同時にできるだけ質問原稿そのものを用意しておいて関係部局から連絡があればFAXなどで送って読んでもらい、電話での調整になりましたがここを誰に質問したい、ここはこの答弁なら再質問させてもらう、その際にはこの観点から問いたいなど微に入り細を穿つように協議が出来たと自負はしています。
それでも日程調整がもう少し欲しいとはいつも思っていました。
ましてやそれが職員の皆さんの健康問題に関わるとなれば猶更のことです。
県当局の方々もどうか職員の皆さまの心の問題にも十分配慮して頂いて県民福祉の向上に今後とも注力を重ねて頂きたいと願っております。






そもそも建国記念日って何だろう?
自分ルールではSNSへの投稿は多くて一日一回と決めているのですがどうもモヤモヤ感が抜けきらず書いてしまいます。
今日は祝日、国民の祝日である(建国記念日)ですが何が(建国)なのかよくわかりません。
私が小さい頃、この日(2月11日)は大日本帝国憲法発布の日の記念日と教えられました。
だから休みなのだと。
確かに1889年(明治22年)2月11日に公布されています。
ですが大日本帝国憲法は第二次大戦での日本敗戦により連合国(主にGHQに)真っ向否定され消滅しています。
代わりに民主的・平和的な日本国憲法が不磨の大典として現在まで敷衍しているのは事実です。
なのになぜ戦争への導火線となったとまで言われる大日本帝国憲法発布の日が未だに国民祝日になるのかがどうにも疑問です。
ネットで調べてみれば初代天皇である神武天皇が紀元前660年、旧暦の1月1日にお生まれになり、この日の新暦である2月11日を祝日に定めたとあります。
何か苦しいですね。
神武天皇は一説(古事記)では137歳まで生きたとされていますがその方の生誕記念日を今を生きる我々に祝えと言われても会ったこともないし、と戸惑います。

では現行の日本国憲法の公布された日を建国記念日にすればいいではないかと誰しもが考えるのですがその日は1946年(昭和21年)11月3日です。
あれ?11月3日はもう文化の日として祝日となっています。
文化の日は結局何をする日なの?
何が文化なの?と更に突っ込みたくなりますがよくよく調べるとその日は明治天皇のお誕生日です。
いよいよ訳がわからなくなってきました。
2月11日はとどのつまりは天皇誕生日による祝日なのか、旧態依然とした大日本帝国憲法の精神を今に留めようとする勢力の闇からのサインなのかと堂々巡りになります。
今、国会では憲法改正議論があり、今夏の参院選でも争点の一つになりそうですがもし改正すれば公布のその日は国民の祝日になるのでしょうか。
思ったことが口に出る
今日は日曜日、静かな朝のはずでしたが表でカラスが鳴き、野良猫の叫び声で目が覚めました。
スティーブン・キングの小説的朝のようです。
さて、とりあえずモーニング珈琲を飲みながら新聞を読み出しましたが特に目を引く記事はありませんでした。
そこで自分自身のことについて考えてみることにしました。

そういえば私は独り言の習性があるらしいと気が付いたのは数年前です。
もちろん自分自身ではわからないのですが他人から指摘され、(あ・そうなんだ)と。
なぜ、私は独り言をいうのだろうと分析してみましたが確たるものはわかりません。
精神科医に鑑定を受けるほどのことではないと思うことと、今のところ実生活に特に支障を感じていないからかもしれません。

自分なりに考えてみました。
①世間の注目を集めたい、認めてもらいたいという(承認の欲求)が積もっている。
②言いたいことが言えてない、他者とのコミュニケーション不足からきている。
③動作に移る前の確認が一度、言葉に出さないとできない。
④他人のパーソナリティに取りつかれている。
⑤同じくペルソナ、もう一人の自分が隠れてる。
まあ、言い出したらきりがありませんが最近ではこのようなことがありました。

コンビニに寄って休憩でホットコーヒーを注文しました。
そのコンビニは客がカップを受け取ってコーヒーマシンの処にセットして自分で補給するタイプではなく店員さんが淹れて手渡ししてくれる店でした。(ぶっちゃけローソンです)
店員さんは男性で私と同年配ぐらいか、風格から見ると店長さんかなと思ってコーヒーが入るのをしばらく待っていると足元のマットが汚れていました。
(マットが汚いな)と思いました。
すると店長さんが「すいませんね、また掃除しておきますから」と言いながらコーヒーを渡してくれました。
(え!なんでマットが汚いと思ったのがこの人にわかったの?読心術?)と不思議に思いました。

また、駅前の通りを歩いていました。
駅のホームに上がる階段の近くで女性がテッシュペーパーを配っていました。
(鼻が出そうだ、テッシュ欲しいな、欲しいな)と思いながら女性に近づきました。
女性は少し慌てた素振りで、「あげます、あげます」と私にポケットテッシュを差し出しました。
(もらっておこう、でも何でこの女性は私がテッシュを欲しいのがわかったのだろう、エスパー魔美か?テレパス七瀬?)。
そこでこの女性を追跡しようかと思いましたが事件になる可能性が高いのでやめました。
いづれにせよ、独り言は孤独に陥る一里塚です。

ゴーン事件はなぜ起きたのか
昨日(1月20日)の新聞によればフランス政府は日本政府に対してルノーと日産の経営統合を提案したとありました。
これに対して日産社内では「またフランス政府が勝手なことを言っている」と戸惑いと波紋が広がっているようです。

昨年(2018年11月19日)、仏ルノー社、日産自動車の最高経営責任者であったカルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反の嫌疑で東京地検特捜部に逮捕されたニュースは国内のみならず全世界に衝撃を与えました。
ゴーン氏が自身の報酬を10年にわたり50億円(その後の調べで120億円)ばかり過少申告していた有価証券報告書への虚偽記載として同法に抵触していたことが立件されたからです。
当初は国内のマスコミ関係者も「未来への報酬について虚偽記載を確定させるのは難しい」と報じ、検察は起訴まで持っていけるのか、勇み足ではないかと言っていました。
海外のメディアも「ゴーン氏逮捕は不当」と長期化していた拘留についても日本の司法は残酷であるとの論調を展開しましたが、その後明るみになったゴーン氏の姉を特別顧問に任命して仕事もしていなかったのに数億円の報酬を払っていたことや海外の知人に業務実態がないのに送金を指示していた事実やブラジルやレバノンなどに会社の資金を個人住宅(それも豪邸)建設費用に流用していたなど特別背任罪容疑で追訴されるにあたって会社を私物化していた事実が明るみになるにつれてゴーン氏を擁護する声は聞かれなくなっていきました。

ゴーン氏が会長・CEOとして君臨していたルノー・日産・三菱自動車連合は世界第2位の販売台数(2017年)を誇り、統計が発表されている2018年上半期では首位に躍り出ています。
ちなみに一昨年の販売台数ランキングとしては。
1位 フォルクスワーゲン 1074万台
2位 ルノー・日産・三菱  1060万台↑
3位 トヨタ自動車      1044万台
4位 GM            960万台
5位 現代自動車       726万台
6位 フォード          660万台
7位 ファイアット・クライスラー460万台
8位 本田技研工業      368万台

このように昨年度はすでに首位のフォルクスワーゲンを抜き去り、世界の自動車メーカーの頂点に立った会社のトップを逮捕するというのだから一体全体どうなったのかと誰しもが思うわけです。
ですがこの企業体の株式持ち合いを見ているとルノーが日産の株式の43.3%を保有しているにもかかわらず日産は議決権のないルノー株の15%を所持しているに過ぎず、事実上のグループの盟主はルノーという構図が浮かび上がってきます。
しかも日産は度重なる燃費不正問題で経営が傾いた三菱自動車の34%を所有しており筆頭株主です。
日産を支配するということは同時に三菱まで手に入れることと理解できます。
大切なことはルノーにとって純利益の半分は日産が支えていることです。
日産の販売台数が582万台に対してルノーは377万台といまやルノーにとって日産はドル箱いやフラン箱、ユーロ箱です。
ゴーン氏逮捕後、すみやかに日産が取締役会で同氏を解任したのにルノー本社は2か月後までもたもたしたのも仏マスコミが日本の司法を攻撃したのも理由はわかります。

もともとルノー社は1990年代までフランス政府が株式の70%を保有する完全な国営会社でした。
現在も筆頭株主です。
マクロン仏大統領は経済産業大臣の頃からルノーと日産の経営統合に執念を燃やしており、もともと折り合いが悪かったゴーン氏を昨年6月の株主総会においてルノー会長に再任する際の条件として経営統合を進めることを条件に認めたと囁かれており、実際にゴーン氏が2018年7月の日産取締役会でルノーとの統合を指示したことが日産社内(国内派)での今回の内部告発につながったと見る向きもあります。

現在、世界規模でボーダレス企業と国の主権の衝突が起こっており、最近のトランプ政権による中国ファーウェイ社北米執行取締役の逮捕や英国のEU離脱問題による進出企業との駆け引きなど今回のゴーン事件は密接に絡み合っておりまさに地球規模で政治と経済、次世代の経営主導権の奪い合いが過熱しているなかでその動向が注目されます。












納得できないー2018芸能編
1月に入ってからの連休は蒼天がのぞめる良いお天気となっています。
それでも2月の節分までは1年でも最も極寒の季節ですから注意が必要です。
週明けからオホーツク寒気団が南下してきて列島もかなり冷えると天気予報が出ていますから備えもいることでしょう。
私事ながら長男が20歳となり地元の成人式に出席する為に帰ってきていますが式の当日は晴れ間の予報でまずは一安心というところです。

さて当ブログの恒例、(納得できない)シリーズですがお正月もまだ松の内ながら昨年の芸能界を考えてみても納得できない!と憤慨することがあります。
まず、(レコード大賞)・・これは日本歌謡界のアカデミー賞とも呼ばれ、まっこと栄えある賞であることは万民共通の認識です。
その年に1番、日本人の心に届いたsong of the yearです。
2018年レコード大賞に輝いたのは乃木坂46の「シンクロニシティ」でした。
この受賞で乃木坂はライバルのAKB48と並ぶ女性グループとしては2年連続の大賞受賞となりました。
立派なものです。
乃木坂についてはAKBと同様にいつまでも「秋元の学芸会」という悪口がつきまといその歌唱力を疑問視する声が絶えませんが
別に彼女らは一生懸命に歌っている様が可愛らしいのであってそれでファンとしては応援したくなるから歌の上手い・下手なんかはいいんです。
でも、それでもレコード大賞は違うんです。
何が違うかと言えば(お・我ながら力が入ってきましたよ)、大賞はその年に最も販売曲数が出たとかではなく、人々の心に残り、また口ずさまれる親しみのある曲が受賞するべきものです。
その意味からも2018年を代表すべきはDA PUMPの「U・S・A」しかありません。
あの「♬カモン ベイビイ アメリカン」というくだりが日本の2018年を象徴しています。
乃木坂には悪いけど納得できない!

(M-1グランプリ)・・若手漫才師の登竜門と呼ばれています。
漫才だけでは喰っていけないからバイトでつないで幾年、グランプリに輝き、スターダムにのし上るというジャパンドリームの一角。
まさに才能の発掘、スター誕生。
毎年、その暮れに行われるこのグランプリ決戦に2018年は「霜降り明星」が彗星のように現れ、かっさらいました。
コンビ結成6年目と言う早い快挙だったようです。
TVで観ていましたが確かに躍動感があって面白い、勢いを感じるしダレがない、ネタも笑える。
ですけど、何かグランプリコンビとして今もうひとつ足りないものを感じてしまったのです。
だったらどのコンビが取るべきだったかと問われれば私は文句なしに「和牛」を推します。
正直、私は「和牛」がそんなに好きではありませんでした。
なんかあざとさや(俺らはこんなに漫才が上手いんや)みたいなものが鼻についていたのですが昨年はそのアクがすっかり抜けて漫才に純粋に特化している、これが(漫才)という域に達している、極みだと感じてグランプリは「和牛」が取ってほしいと思っていました。
ですが「霜降り」の若さというか青さの残るオーバーアクションにわずか、わずかですよ、最終選考の1票差で敗れて惜しくも2位でした。
これがコントだったらそれでもいいでしょう。
ですが漫才です、話術と間の芸なのだから騒がしくやったら受けるというのは如何なものでしょう。
「和牛」のお二人には今年も活躍してもらいたいです。
う~ん、納得できない。




国防が心配
あまり時事問題、とりわけ防衛をブログで書くとネトウヨの一味と思われるのでなるべく取り上げたくないのですが最近では韓国が酷すぎますね。
昨日も韓国・文在寅大統領がわが国に対して年頭会見で「日本は謙虚であるべきだ」と高飛車発言をして物議を醸しだしました。
こちらとしてはあんたの国こそどうなってるんだとキレたくもなりました。
徴用工訴訟問題で戦時中に日本より(正確には現・住友金属)より強制徴用され無理やり働かされたという韓国人原告団の訴えを韓国最高裁が認め、補償金の支払いを求めた判決に対して当然ながら日本企業側は拒否の態度をとり、それならば合弁企業の株式を差し押さえて売却、補償に充てるとした解決を図ろうとしている問題です。
日本政府はすでに外交ルートを通して1965年に日韓両国の間で締結した日韓請求権・経済協力協定に基づき韓国は第2次世界大戦前までの全ての日本に対する戦時補償問題を放棄するという条約を指針としているにもかかわらず今さら何を蒸し返すのかと徹底抗戦の姿勢です。
国と国との条約は法的にすべての法規の最上位にあってもちろん国内法とて例外ではありません。
それが例え不平等条約と呼ばれるものであったとしても一旦結んでしまえば歯をくいしばって履行しなければならないというのが国際社会の常識です。
日本も江戸時代後期にイギリス・ロシア・アメリカ・フランス・ドイツなど諸外国の働きかけにより治外法権や関税自主権、通貨の交換比率など国の主権に関するものでも一方的な不平等条約を結ぶ羽目となりその完全なる是正には日清・日露の大戦や第一次大戦まで尾を引きました。
はっきり言って国と国との取り決め(条約)を都合のいいものに変えさせる、あるいは破棄するという行為は両国間での《戦争》を意味します。
また残念ながら戦争でしか解決しない問題ともなります。
クラウゼビッツが『戦争論』のなかで「戦争は政治の延長である」と言っているのはそのような意味です。
それを文大統領は韓国の司法が下した判決だから日本は謙虚になれとか、詫びろとかを公の場で言っているのでこの人はよほどの甘ちゃんなのか、アホなのか、たぶん両方だろうと思うのです。

アホを相手にしていても問題は解決しないのは一般生活の場でも同じですが私が最初に防衛問題と申し上げたのは韓国は日本にとって地理的に一番の隣国であって旧西側諸国としての括りの中では安全保障上の一応は(同盟国)です。
その同盟国がガリガリの反日国家・体制であり、その周辺には中国・北朝鮮・ロシアなどそれを上回るやばい国がうようよいるのに日本は小泉政権の時代からすでに10数余年に亘り防衛予算を減らし続けている現状があります。
中国など潜在的反日体制国家がGDPに占める軍事予算を年々大幅に増加させている状況下で韓国がアホなら日本はボケと言ってよいでしょう。(平和ボケです)
安全保障はもちろん有事に備えてですが起こってしまえばとんでもないことになります。
戦争・大災害、みんなそうです。
しっかりとした予算の獲得と備えをすることによりそれが勃発しないか、起こっても軽微なものになるのです。
(備えあれば憂いなし)という言葉を日本人は平成最後の年にかみしめてみる必要があると思います。
それならば韓国大統領の発言も多少は日本人の目を覚まさせる意味でショック療法になるのかと・・・。




おでんにコロが帰ってくる
新年おめでとうございます。
ブロ友の皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。
そして何よりも本年が皆様にとって充実した良い1年でありますように。

昨日の元旦、当然のように食卓にはおせち料理が並び初春の雰囲気に新しい年の息吹のようなものを感じていました。
やはり日本のお正月はいいねと家族で語らい、ついつい食べ過ぎながらも次男の今年の受験もあって学問の神様・菅原道真公が祀られている近くのマキノ・海津神社に初詣に行きました。
夜になると食べ過ぎで胃もたれ気味の私はご馳走よりほんわかと゛おでん゛などが食べたくなりました。
大根・ちくわぶ・はんぺん・牛すじ・たまご・ごぼてん・ロールキャベツなどを焼酎お湯割り片手につつくのが冬の贅沢というものです。
ですがおでんを食べる時になぜか誰か足りない、何か不足の思いがありました。
そう、関西では「コロが無いとおでんと言わない」とまで定義されているクジラの本皮(コロ)です。
あのおでんだしをたっぷり含んだコロを食べたいと思っていたところ昨年暮れにはビッグニュースが飛び込んできました。

政府がついにIWC(国際捕鯨委員会)からの脱退を決めて関係国に通告、今夏から商業捕鯨の再開が決定したのです。
これは久々の朗報でした。
30年間、委員会の中で海洋資源の保護の重要性を認めながらも我が国の独自の食文化の継続と来るべき全世界的規模の食糧難問題への対応に備える為委員会脱退を決めたと菅官房長官は記者発表していました。
正しい・・そして勇気ある英断だと私はテレビの前で涙を流しました。(これは誇張です)
官房長官は更に我が国の国際協調路線と資源保護の考えに今後も変更はないがIWC内でどれだけ訴えても反捕鯨国から理解を得られないとの認識に至り、やもなくの脱退を決意したと捕捉がありました。
そうだ、日本は30年もよくがんばった、言いたいことを主張して理解を得られないなら仕方がないじゃないかと私の心の中で誰かが叫びました。(誰じゃ?)
この決断はもしかして安部内閣の支持率を10%ぐらい押し上げるのとちゃうと感じました。

次の日、各紙の社説は予想に反して批判一辺倒でした。
拙速な判断だ!日本はIWCに残って粘り強く反捕鯨国の説得に努めるべきだ、世界的に孤立するぞ、シーシェパードが襲ってくるぞ、そうなったらどうする、戻れ!今すぐあやまってIWCに戻れ、だいたい独自の食文化などと言っているが日本人がいまやクジラを食べるか?1962年のピーク時に23万tあった漁獲量も今は5千t足らず、20分の1以下じゃないか、これで文化と言えるか?商業捕鯨を再開しても鯨肉がダブつきまた米国から槍玉にあげられるぞ、オーストラリアが黙っていないぞ!干されるぞ、日本は、世界的に、そうなったら政府はどう責任をとるんだ・・・。

うわ~ん!マスコミは何もわかってちゃいない。
鯨と日本人はそんな関係じゃないんじゃと私は新聞を引き裂きました。(誇張です、念のため)
焦ってTVをつけると関口博司会のワイドショーをやっており居並ぶコメンテーターが口々に外交上の失敗だと言っていました。
中にはどうみても30歳ぐらいの若造がいて学者らしいですが「ええ、僕も鯨は好きですよ、でも今日本でどれだけ鯨が食べられています?食文化とか言っていますが古い考えですね、拙速ですよ、政府の判断は」とのたまっていました。
おまえが古いっうの、石頭が!
大和煮のこくと旨さも知らずに何が゛僕も鯨は好きですよ゛だ、鯨の竜田揚げを食べたことはあるのか?鯨ベーコンにウスターソースかけて熱々ごはん食べたことあるのか?はりはり鍋食べたことあるのか?この若者は?

日本は30年も反捕鯨国を説得するために粘り強く加盟してきたんです。
それがどうして拙速な判断なのでしょう。
就任と同時に早速、TPPの席を蹴飛ばし、パリ協定から脱退したトランプ大統領と一緒にしないでちょうだい(ここはおネイ言葉が出てしまって・・)。
すいません、今日は興奮と怒りでいつもの怜悧な私ではありません。(いつも怜悧ではありませんが)
ですがIWCに所属しながら違約して堂々と商業捕鯨をしているノルウェーやアイスランドよりましな態度ではないですか、日本は。(また敵をつくってしまった・・)
いづれにせよ、鯨とおつきあいしてみましょうよ、それで個体数の激減があると科学的データーで指摘されるなら種の保存のために規制しましょう、冷静な判断で。



規制と撤廃ー塩と日本人
今日で11月も終わります。
いよいよ師走を迎えますが気象庁の天候短観によれば12月は例年より若干暖かく暖冬傾向とのことですがやはり冬は寒いのでしょうね。

江戸期のお話。
殿様が家老に問いました。
「爺、世の中で一番旨いものはなんであろうか」
「殿、それは塩でございます、塩がなければどんなものも食べられたものではありません」
「それでは一番まずいものはなんだ」
「塩です、塩だけでは食べられたものではありません」

塩と日本人の歴史は深くて長いものがあります。
人間にとって必要にして不可欠な(塩)

戦国期半ば、甲斐(山梨)の武田信玄、山ばかりなのに山無しとはこれ如何にという戯言はよして、甲州(武田)・相模(北条)・駿河(今川)のいわゆる甲相駿三国同盟が破られ、海を持っている二国から(塩止め)をくらい、甲斐に塩が入って来なくなりました。
なにせ甲斐は山国、塩だけは領内で生産できません。
何とも困った信玄の元に塩が続々と送られてきたのは越後(新潟)の宿敵・上杉謙信から。
さすがの信玄も謙信の義将ぶりに感激したという逸話とともに(塩)がいかに大切かということも感じるエピソードです。
現代もサラリーマンと言ってますがサラリーの語源は塩。
働いて塩を得る人という意味です。

平成生まれの方はピンとこないかもしれませんが私たち昭和生まれの人間は長らく人工塩のみの食生活を送っていた時期がありました。
テーブルには食卓塩と書かれた空色の瓶。
塩辛いだけでうま味もなにもありませんでした。
世の中にはこのイオン交換膜製法でしかつくっていないにがりもミネラルもない人工塩しか流通してなかったのです。
1995年(平成7年)にやっと廃止されましたが戦中から続いていた悪名高い食糧管理法(食管法)に基づき旧大蔵省の外郭団体である特殊法人・日本専売公社が米・塩・樟脳の流通権限を握っていたからです。
もともとは米の偏在を是正する意味から生まれた公社ですが戦後も復興が進み、コメ余り現象から米買取の逆ザヤや自主流通米以外のいわゆるヤミ米問題が深刻化するなかで歴史的役割はとっくに終わっていたのですが遅まきながら日本たばこ産業や(財)塩事業センターなどに解体されたのです。

ですから当時、私たち幼少の戦争を知らない子どもたちは大人に「お前らは本当のおむすびを食べたことがないやろ、本当の塩で握ったおむすびは旨いで」と言われたものです。
甲斐と同じく淡水の琵琶湖があるが海はない滋賀県の子どもだった私は生まれて初めて三重県の海岸に海水浴に行った時、海の水を舐めてみてあまりの深くてまろやかな塩味に感激して海水をもって帰りたいと思ったのを憶えています。

考えてみれば世の中には時代にそぐわなくなった(規制)が山のようにあります。
と同時に緩和しなくていい規制を緩めたり、撤廃することでいかにも世直しをやっていると訴えている輩も多いものです。
どこまで(保守)でいけばいいのか、何を(革新)すればいいのか、政治学として一度整理しなければならないと思っています。
私は概ね現政権に対してその政策を支持する者ですがそれでも(これは如何なものか)と疑問を呈したい法案もかなりあります。
農業面で言えば(種子法改正)、日本の品種改良を大きく歪めるものです。
議論されている水道事業の民間移行、諸外国では失敗の連続です。
今国会で衆院本会議で通過した出入国管理・難民認定法(入管難民法)改正法案・・国内の労働問題をもっと現状把握したうえで改正すべきと思います。
おそらく国民の大半は納得がいかないでしょう。
この政治的流れが進めばやがて日本もトランプばりアメリカ同様、(日本自国第一主義)が台頭してやっかいな国になる可能性が非常に高いものです。
全く拙速で未熟な議論(国会)でした。
IR統合リゾート法案?
あれはなんですか。
ギャンブル大国日本を目指すなんてビジョンでもなんでもありません。
大阪市の吉村祥文市長は2025年大阪万博開催決定と同時に万博開催予定地・夢州に大阪府が計画しているカジノ計画へのインフラ建設マネーとして200億円の拠出を議会に提案していますが万博が全世界から笑われますよ。
余談ですが私が経営していた会社の相談顧問として大阪梅田にイデア総合法律事務所という弁護士事務所があり、吉村市長はここに所属する若手弁護士だったのと同時に大阪市議会議員でもありました。
大阪維新の会所属で橋下さんや松井さんの子分でしたが当時の印象として政治家としては少し線が細いかなと感じていました。
流れに乗って今は市長をお勤めですが滋賀県民の私としては大阪の方々が支持している首長をこれ以上はどうこう言いませんが市民の声をもっと汲み取り、寄り添う姿勢に欠けてきたんとちゃうとアドバイスしてあげたいです。
今日のブログは久しぶりに暴走してしまいました。
反省です。



最高の人生の見つけ方
明日死ぬとしたら何を考えるだろう、明日と言わず余命がわかったら何をするのだろうとたまに思ったりします。
人が自分の人生で確実にわかっているのは自分がいつか死ぬことだけ。
大変わかりきったことながらこれは人類にとって普遍のテーマであり、個人にしてもそれぞれの捉え方がこうも違うのかと驚きを禁じ得ないものです。
ある人は会社を辞めて旅に出るかもしれないし、またある人は自暴自棄の生活を終末まで送るかもしれません。
今までの毎日、毎日の生活をただ何となく生きてきたことを激しく後悔する人もいれば、後に残される人(家族や組織のメンバー)の為に残りの命を再び燃え滾らせる人・・様々と思います。
私個人としては死ぬという事が異常に怖かった頃があります。(幼少期)
今、初老を迎え人生というものをもう一度考えてみれば死への恐怖よりも生の尊さの方が勝っているような気がしています。
これは陳腐に(人生は素晴らしい)といった生命賛歌とは少し違っているような感覚ではあります。

生と死については普遍的テーマと申し上げました。
これまでに洋の東西を問わず多くの文学・音楽・絵画・演劇・映画などがこの課題について取り上げてきました。
そのごく一部ですがこれもごく最近、私が観て考えさせてくれた作品として・・・・

『最高の人生の見つけ方』
2007年公開の映画です。
大金持ちで剛腕の実業家(ジャック・ニコルソン)と勤勉実直な自動車修理工(モーガン・フリーマン)。
お互いの人生は交わらないと思われるもののひょんなことからガン病棟で同室入院となります。
余命半年と宣告された2人は棺桶をつくり、そこに死ぬまでにやりたいことを書き込んだリストを放り込みます。
生涯最後の冒険に出かけ、ピラミッドに登り、ダイビングに興じ、憧れのスーパーカーでレースコースをぶっ飛ばします。
でも流砂の中から出てきたわずかな砂金のように2人の人生で最後に本当にやらなければならないことが現れた時2人が取った行動は?

『生きる』
1952年(昭和27年)と相当古い映画になりますが監督は黒澤 明氏。
ある市役所に勤める市民課長(志村 喬)は無気力な公務員を絵に描いたような人物。
役所自体も住民からの声をたらい回しにしてはばからない典型的な形式主義に支配されていました。
そんな時、市民課長に胃がんが発見され余命6っか月が宣告されます。
自暴自棄になって職場を無断欠勤して夜の街を飲み歩く課長にある女性が近づき・・・。
自らの生の限界を受け入れた彼は住民からの要望が強かった公園の建設に奔走し始めます。
頭の固い役所の上司や同僚を説得し、反社会的勢力を前に一歩も引きません。
彼には怖いものがなくなっているからです。
そして公園が出来上がる時がきました・・・。

『クリスマスキャロル』
英国の文豪チャールズ・ディケンズの小説です。
個人商会を営む守銭奴のスクルージーは強欲で冷酷無比、街の誰からも嫌われていてもはばかりません。
クリスマスイブの夜、そんな彼の元に3人?の精霊がやってきます。
それぞれ(過去)(現在)(未来)と名乗り、スクルージーを彼の人生のポイントに連れていきます。
一夜明けて我に返ったスクルージがとった行動とは。





僕のお母さんになってください
昨日、男ばかりで雑談をしていました。
なぜそんな話題になったのかは憶えていませんが所詮は雑談は雑談、とりとめなく流れていくものです。
その場には既婚者がニ名(私を含めて)と未婚者がニ名いました。
私が「この前、田舎道を散歩していたらメスのカマキリがむしゃむしゃと何かを食べているのを見たんだけど何とそれはオスのカマキリでさぁ、首の処だけ残して・・もう思い出すだけで気持ち悪い」としゃべりだしたら、もう一人の既婚者が「なんで女性って子どもを産む前は夫に対して従順なのに子どもができたとたん子ども第一になって夫のことをないがしろにしだすんだろう?」と問題提起がありました。
未婚者の一人が「それなら結婚は男にとって何の意味があるんだろう、癒しや潤いを求めて結婚しようと思っているのに」と言えばもう一人が「女性はカマキリですかねぇ、子どもができる前は菩薩、出来た後は夜叉」と嘆くので私も「男は女性に二度求愛しないと行けないのかも、一度目は゛結婚してください゛だけど子どもが生まれたら゛僕も息子に加えてください゛とか」。
「そんなの嫁にドン引きされますよ、キモイとか言われて・・」と先の未婚者。
四人の男は「はぁ~」とため息をついてこの話題から撤収したのでした。


日本シリーズか終わって
私はヤクルトスワローズのファンです。(サンケイアトムズの時代から)
従って福岡ソフトバンクホークスと広島カープが激突した今年の2018日本シリーズはそんなに関心がなくスルーする気でいました。
それが疲れて帰宅した時に何の気なしにテレビのチャンネルをひねったら(もうひねるじゃないんですね、昭和レトロな表現でした)日本シリーズ第1戦が中継していて、これも何の気なしにビール片手に眺めていたらどんどん引き込まれて延長戦の最後まで力を入れて観てしまったのです。
その試合は引き分けで終わりましたがとても奥が深い試合であり、これは全試合観にゃならんと決心して昨日のマツダスタジアムでの第6戦までどちらを応援するでもなく、強いて言えば両方応援しながら観戦しました。

繰り返しますが私はソフトバンクも広島にも興味がありませんでした。
両チームの4番に誰が座っているのかすら知らずにいたのです。
ソフトバンクの工藤監督は選手時代、常勝西武ライオンズの勝ち頭でしたが何となくチャラチャラしたキャラが嫌いでしたし、広島の緒方監督は選手の時はいいプレーを見せる渋い職人だったと思っていましたがあまりにも地味でわからない人でした。
しつこく繰り返しますがスワローズファンの私としては日本シリーズで過去に対戦してコテンパンにやられたホークスも嫌いでしたし、ここ数年台頭著しく球団史上初のV3を成し遂げている広島にも嫉妬していました。
前田健太が大リーグに行ったのでしめしめと思っていたら黒田が返ってきてV。
黒田が引退したと思ったら阪神から復帰した新井貴浩がシーズンで活躍。
これは広島の時代が当分続くのではないだろうか、我がヤクルトもクライマックスシリーズに何とか出るには出たが3位の巨人の下克上撃沈で終わり、その巨人もあっさり広島に敗れ、そんなに簡単に負けるなら挑戦権を譲ってくれよというのがヤクルトファンの偽わざる心境でした。(だいたい菅野を温存して何をしていたのだろうか、敗軍の将高橋由伸は・・)

しかしそんな怨念・嫉妬・卑下・見栄を吹き飛ばすほど今年の日本シリーズの両チームの戦いは見ごたえがありました。
もっと言ってしまうならカッコ良かったのです。
私が福岡に住んでいたらホークスの、広島在住ならカープの年間パスポートを買ってでも毎日球場に応援に行きたいと思わせる試合運びでした。
MVPにソフトバンクの甲斐捕手が選ばれましたが肩で受賞するなどとは長い日本シリーズの歴史でも寡聞にして知りません。
広島の誇る俊足をことごとく(甲斐キャノン)で封じたスローイングはお見事の一言に尽きました。
ソフトバンクの内川選手も今年2000本安打を達成したほどの実力と技量は誰しも認めるものですが私は彼のクセのありそうな外見が好きになれなかったところ、チームの為に第5戦、第6戦と過去の栄光をかなぐり捨てて送りバントを決め、それがいずれも決勝点に結びついたこと、デッドボールを浴びながらも果敢に試合に出たガッツ溢れる姿勢に一流プレーヤーの風格を見てファンになりました。
カープの新井貴浩も今年限りで引退を表明、試合では再三いいところで代打に出てスタジアムを沸かしましたがいづれも凡打に終わり、ついぞ快音が聞かれなかったのですがこれがリアルで良かったです。
ホークスのピッチャーが変に気をまわして甘い球を投げず真っ向勝負をしているのが野球の良さだと実感しました。
両チームのリリーフ陣も魅せてくれました。
完投能力がある先発投手を繰り出していましたが日本シリーズという短期決戦なのでお互いに1点の取り合い、1点も与えないという緊迫した試合を演出してくれました。
とりわけ、なかんずくカープのフランスア、一岡、ホークスの武田、森投手・・見事なリリーフでした。
堪能できました。

総じてレベルが高い日本シリーズだったので実のところ今日、第7戦を観たかったのですがソフトバンクが勢いを失速させずカープを押し切ってしまいました。
私は個人的に元広島カープの曲者キャツチヤー達川光男氏がソフトバンクのヘッドコーチとしてベンチでこそこそ動いていたのを注意して見ていましたが古巣いじめに徹していたようです。
この達川ヘッド、私が思うに球史に残る歴代2位の悪賢い捕手です。(1位は野村克也氏)
以上、両チームの選手の皆さん、熱い試合をありがとうございました。




NHKドラマの出来・不出来
私はテレビでドラマと言うものをほとんど観ません。
夜、疲れて家に戻り私の生活自体がドラマなのに他のフィクションを眺めようとする気力が湧かないのが理由です。
たぶん観ていると寝てしまう陳腐なドラマも数多くあります。
そんな私でも10代の頃からNHKの朝ドラと大河ドラマは観てきました。

朝ドラはだいたい当たりはずれがなしで安心して観ていられます。
問題は大河ドラマでこれが毀誉褒貶が激しい作品が多いというか、傑作もあるのですが問題作や愚作も数多くありました。
そんなドラマに当たればその1年間は不作の年と諦めるお百姓のようなものでした。
脚本・演出・俳優の演技・時代考証・舞台・大道具・小道具と確かに大河ドラマを創るというのは大変な作業と思っても国民から広く視聴料を集めている以上は納得のドラマをNHKには制作してもらいたいと思っています。

さて今年の大河ドラマ「西郷どん」は間違いなく駄作です。
回を追うごとに観る気が失せてくるのですが秋になりもはや惰性で観ています。
衛星放送1年分一括払いを返して欲しいと思っています。
俳優陣はまあいいでしょう、懸命な演技が見えてきます。
問題は時代背景の捉え方と考証と脚本の不出来です。

初回からもたもたしていたのですが前回は酷かったです。
幕末のクライマックス戊辰東北戦争を完全にすっ飛ばしていきなり明治政府成立まで行ってしまい目が点になりました。
「このあと甲州・会津・越後・函館と戦乱が続きますが時代は明治の夜明けを迎えました」とナレーターが読んだ時は(こりゃ端折り過ぎだわ)と憤慨したものです。
ある意味、西郷隆盛の黒歴史ともいうべき戊辰戦争を脚本家もスルーすることにより真実を隠そうとしているとしか思えないあざとさでした。
西郷が組織した赤報隊の非道とそれを使い捨てにした非情や会津や二本松に対して行った京都以来の怨恨を晴らしているとしか思えない長州・薩摩軍の暴虐ぶりなどは歴史の事実としてきちんとドラマの中に繰り入れるべきだったと思います。
この大河ドラマ、ぜひ全国都道府県別に視聴率を公表してもらいたいものです。
東北地方、特に福島県などではがた落ちでしょう。

あと、相変わらず坂本龍馬暗殺の回などは人気があったようです。
今回は小栗旬さんが演じていましたがなぜか二枚目が担当する龍馬です。
何年か前の龍馬主役の大河ドラマでは福山雅治さんが龍馬役でした。
これは国民的作家ともいえる司馬遼太郎氏の「竜馬がいく」の影響が大なのでしょう。
天衣無縫でバンカラ、自由な行動力で維新の回天の原動力になった坂本龍馬。
なるほど国民に人気があるのは当然でしょうか。
キューバ革命のチェ・ゲバラが人気があるように。
しかし、これも司馬遼太郎氏の創作でしかありません。
フィクションであるから司馬氏も「竜馬がいく」とわざと龍馬を竜と書き換えているのです。
実際の坂本龍馬は幕末史から見ればただのグラバー商会の使い走りに過ぎない存在であり、そう評価するべき功績もありません。
もっと言えばやたら明治維新だとか平成維新とか維新という言葉をありがたがる日本人が多いのですが司馬遼太郎氏の一連の明治・幕末ものはあくまで小説であり、司馬氏は歴史家でもなく研究者でもなく(作家)なのですから物語はフィクションです。
それを司馬史観とも祭り上げてドラマ作成のモチーフにするからいつもNHKのドラマはずっコケると私は思っています。
一概に言えることはNHK大河の明治維新を扱った作品は今年の「西郷どん」もそうですが噴飯もののオンパレードです。
(誤解のないように申せば司馬遼太郎氏の作品は小説として読めば一流のエンターテーメントです)
言いたい放題になりましたがNHKさんもそろそろ独自の視点でドラマ作成をして頂きたいものです。
その意味からも次はあの戦国のダーティヒーロー(信長を殺した男)明智光秀がいよいよ主役で登場です。
期待したいと思います。




日本は英語圏?
外出して見慣れた近所を歩いているとパトカーの巡回に出くわしました。
それ自体は特別に不思議なことではなく、勤務ごくろうさまですといった感慨ぐらいしか湧かなかったのですがこれも見慣れたはずのパトロールカーを眺めていて(おや?)と思ってしまいました。
日本の警察のパトカーは上部が白で下部が黒、これは白黒をはっきりするという意味でデザインされたと聞いていたのですがその車体下部の黒部分に白文字で(POLICE)と書かれてあるではありませんか。
(あれ、あんな文字いつから書いてあったけ?)とつい思ってしまいました。
ポリスはもちろん英語で警察ですが日本国の公務車両に何で英語が表記されているんだろうと素朴な疑問が湧いてきました。

理由として考えられるのは・・
1)日本はまだ独立していない・・サンフランシスコ講和条約は実は嘘で依然としてアメリカの実効支配を受けている。
2)海外からの外国人が観光・留学・就労様々な理由で入国してきたので国際語と言われる英語表記が採用された。
3)お洒落だから。

3)は別にふざけて言っているのではなく、リアルに漢字で(警察)とか(警視庁)とか書かれていると威圧感が増してしまうのでライトな感覚で英語を採用したと考えて頂ければ結構です。
そう、単に語感の問題です。

そもそも人種が交差する商業地や観光地ではもちろん多文化・言語の最低限の理解を求めるために各国言語表示があるのは常識となっています。
日本でも平成になって駅や宿泊施設などのトイレ、非常口、浴場など公共・民間施設では英語・中国語・韓国語などが見受けられるようになりました。
そのこと自体は不思議ではなく、私たちも海外に行った時に日本語表記があれば便利とともに安心感もあります。

ここで問題なのは(なぜ警察?)の観点です。
見方を変えてこれが陸上自衛隊の車両だったらどうでしょうか?
(ARMY)と書かれてあったら・・。
おそらく社会問題になるというか論争になるに違いありません。
開き直って(陸軍)とか(軍隊)と書かれてあったら自民党総裁選もぶっ飛んでしまいます。
左派と言われる論客が「いつから陸自は軍隊になったんだ!」と騒ぎます。(容易に想像できます)
マスコミも大いに取り上げます。
そうなると仕方がなく(自衛戦力)と書き直したりすると「やはり自衛隊は戦力だったのか!憲法違反だ、違憲の集団だ!」と追い打ちをかけられます。
今日のブログは別に改憲問題を考えるでも国防を論じるでもなく、あくまで素朴な問題提議に留めておきたいと思います。
私が言いたかったのは(外国語はソフトで母国語は生々しい)という現実です。



下駄のお守り
今現在は、そうここ12年ばかり家族旅行というものを全く行っていません。
結婚して子どもが生まれて学校に上がる前や彼女、彼らが小学生だった頃は海外旅行はさすがにおさなごを連れては体力的に無理なので国内に絞って年2回ばかり行っていました。
あれは私の初めての選挙がやっと終わった夏(平成18年)だったと思います。

10か月にも及ぶ選挙活動で心身ともにヘロヘロになっていた私は息抜きに家族を連れて1泊で飛騨高山に行きました。
川沿いの旅館に投宿してから夕飯前に散歩でもしようと街中を歩き始めました。
飛騨の古風で落ち着いた佇まいの家並みと川向うにテントを張った「出し物市」が見えたので行ってみました。
地元の野菜や特産品などが置かれた出店を見て回っていると一人のおばあさんが守をする民芸品店の前に来ました。
店と言ってもテントもなく露店で机に品物が並べられただけお店です。
出し物を見ていると小さな下駄の置物に目が留まりました。
二足で掌にのるぐらいの置物で赤く塗られていました。
おばあさんが「下駄の置物を便所に置いておくと転ばないと言うんだよ」と説明してくれたのを何となく聞いていて一種の厄除けと思って買って帰りました。

家に戻って下駄の置物をトイレの窓際に置きました。
それからこの平成30年夏まで私と我が家の運勢は二転三転、転ぶわ転ぶ、谷底まで急降下でした。
世間から見れば山道をゴロゴロと転がり、落下していき(あいつ死んだな)というぐらいの凋落と没落ぶりではなかったかと思います。
もっとも転がっている本人にしてみればそんなことを考えている余裕がなく、ただただ骨折など怪我をしないように、頭を打って死なないようにとひたすらどんどん転がるのが止まるのを必死で祈るばかりでした。
一度同じ境遇に陥った人の話を生で聞いたことがありますが「あれは地獄やった」と言われていたのを私もそうだろうなと思ったこともあります。
もう一家離散か夜逃げかと日中くたくたになってそれでも帰巣本能で我が家に戻り、疲れた体を引きずるようにまずトイレに入ると飛騨で買った下駄のお守りが目に入り、(何が転ばないお守りや、嘘ばかりだ)と何度思ったでしょう。

日曜の今朝、この前の地震で北海道が大変なことになっており行方不明の方の安否確認に山中を歩いている捜索隊のニュースが流れていました。
コーヒーを飲みながら報道を見ていた私はそれでも本当に家財産を、家族を、命を失った方々に思いを馳せれば私の10年の受難など何でもないと思えてきました。
まだ生かされていることに感謝の念しかありません。
転んだと思った私の人生は本当は転んでもいなかったのだと思えてきました。
世間一般ではみなさん同じように歯を食いしばって生きていることに気が付いたのです。
まだまだ私は甘かったようです。
何事もなく無事人生を謳歌できる人はそれはそれで良いと思っています。
運と実力もあるのでしょう。
そうではないごく普通の市井の人間である私などは天が与えてくれた試練を越えていく楽しさもあるのではないかと思い至った災害報道でした。
平成最後の夏は本当に酷暑と災害の夏でもありましたが我が家のトイレにはそのまま変わらず下駄の置物があります。




作者と作品の寿命
平成最後の夏はものすごい酷暑だったと語り継がれることでしょう。
熱中症という言葉を毎日聞きながら暮らしました。
秋の訪れをようやく感じ始めた昨今ですがこれからが溜まった疲労が出てくる頃です。

同年代、とりわけ同級生と言ってよいのか同年の訃報を聞くと心が落ち込みます。
すでに報道されているように漫画(ちびまる子ちゃん)などの作品で知られる、さくらもも子さんが先月15日にご病気の為お亡くなりになりました。(享年53歳)ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
私もファンでしたので漫画はもとよりテレビアニメなどもよく観ていました。
テレビのアニソン、BBクイーンが歌う(おどるポンポコリン)は何か聴いているとテンションが上がり、気持ちがハイになったものです。
さくらさんにはもっと活躍してほしかったと思いながらつらつらと作者にとって作品とは何かと考えてしまいます。

戦前、子どもたち(特に男子)に人気があったのが田川水泡氏の(のらくろ)と島田啓三氏の(冒険ダン吉)であり、少年倶楽部やキングなどで漫画界の世相を二分する好評を博していました。
(のらくろ)などは戦後昭和40年代までテレビアニメとして番組制作をされていましたが内容は原作の主人公のらくろが軍隊生活を送りながら軍功を立て立身出世をしていくという戦前の軍国少年の夢を煽るという作風からがらりと変わって下町の野良犬のらくろが仲間の犬たちとほんわか生きていくというストーリーに変更されていました。
(冒険ダン吉)に至っては南洋の小さな島に流れ着いた日本人少年が勇気と知恵を振り絞り、現地人(これも危ない表現なのですが)の尊敬を得て島の王になっていくという筋立てです。
戦後、外国への侵略をイメージした作風と批判され現在ではほとんどお目にかかることがありません。

さて、それでは戦後この(ちびまる子ちゃん)の先輩作品として一世を風靡した(している?)のが長谷川町子氏の(サザエさん)でしょう。
本当に息の長い作品で戦後間もない1946年(昭和21年)西日本新聞の姉妹紙である夕刊フク二チで連載がスタートしています。
平成の現在ではテレビで日曜日8チャンの18時30分からアニメが放送されています。(18時からは゛ちびまる子ちゃん゛が放映)
このサザエさんのテーマ曲がお茶の間に流れると世のお父さん方は(あ~ぁ、また明日から仕事か・・)とブルーになることから「サザエさん症候群」とも言われました。
ちなみに作者の長谷川氏の先生が(のらくろ)の田川水泡氏であることはもう忘れられています。
長谷川氏は平成4年自宅の窓から落下し全身打撲、事故死されました。(享年72歳)
(サザエさん)は家族漫画の中核として戦後の国民に安らぎと潤いを与えたと国民栄誉賞が贈られています。

ただ、最近の(サザエさん)は視聴率が低迷気味で長年のスポンサーも支援の打ち切りをほのめかしており番組としての寿命がそろそろ危惧されてきています。
これは作品の質が落ちたのではなく、おそらく祖父・祖母・嫁・夫・長男・長女・孫といった3世帯・大家族制を舞台にした物語がそろそろ世相と著しく乖離してきたことが影響しています。
現在は核家族・ダブルインカム・ノーキッズ・非婚化・晩婚化の時代であり、(サザエさん)の世界観は当世からしてみれば現実離れしていると思われているのでしょう。
しかしながらこのことは(サザエさん)が戦後の復興期から高度成長期、成熟期に日本人に提示してきた家族像が陳腐化したと軽々に批判できるわけでもなく作品として時代を映す大きな鏡であったことは否定できません。

およそ漫画に限らず書物(文学・評論など)はその作品が作者と同じ寿命を越えたあたりで世相の評価に耐えているかで古典・クラシックと呼ばれるものと思います。
その意味からも(サザエさん)は1946年の連載開始から今年で72年。
ちょうど作者の長谷川氏のご生涯と並びました。
すでに古典と呼ぶにふさわしいでしょう。






「番猫」はいるのか
お盆休みももう終わり。
借りてきたレンタルDVDで往年の戦争映画の傑作「地獄の黙示録」を観ていました。
フランシス・F・コッポラ監督のこの作品を確か映画館で観たのは私がまだ中学生の頃でしたが懐かしみながら鑑賞していましたが、狂気の米軍大佐がイーグル戦闘機のナパーム弾で抵抗するべトコンが隠れるジャングルごと焼け払い、いよいよヘリコプターを着陸させて村に突入という場面で「GO!GO!」と兵を駆り立てる下士官に「嫌だ!俺は行かん、行かないぞ!」と泣け叫ぶ新人兵を強引に引っ張っていくシーンがありました。
これは心情がよくわかります。
人間は嫌なものは嫌ですから。
今の私の心中のように盆休暇でたっぷり休んで心身ともに堕落しているのにまたシャキッと社会復帰して働けといっているようなものです。
家の中でストレスフリーに生きているのに残暑厳しい世間様の中で気を使いながら働く・・酷です。

話は変わりますが夏は窓を開けているせいか夜のしじまに外の音がやたらと入ってきます。
昨夜は一晩中、どこかの犬の鳴き声(遠吠え)がしていました。
誰か近所に潜んでいるのかとおっかなくて眠れませんでした。
そこでつい考えてしまったのですが家に犬がいるのと猫がいるのと人間にとってはどちらが心強いかという命題を。
ネットで調べてみれば答えは「猫」だそうです。(それにしてもネットは暇なのか、こんなことまで回答するとは)
゛番犬゛という言葉はありますが゛番猫゛なんて聞いたことがありません。
私にしてみれば猫は飼っていますがきゃつらが実生活で人間の役に立っているというのは実感していません。
ただ何となく一緒に家にいる同居人(猫?)なだけです。
賊が家に入って来ても犬なら噛みついたりするかもしれませんが猫は引っ掻くだけ、大したことはなく戦闘力も犬の方がありそうです。
それでもネットは猫の方に軍配を上げます。
理由は犬は懐柔される。
他人でも肉などを投げられるともう侵入者のことなど眼中になく目先の食べ物に夢中になるそうです。
猫はそうではない、警戒心をとかないそうです。(ホントかと思いますが)
しかも、猫の耳(聴力)はサイボーグ003のフランソワ並みに鋭くて人間に聞こえない音でも敏感にキャッチしているそうです。
そう言えば、私も毎晩仕事から自宅に戻ってきますが玄関のドアを開ければもう我が家の猫がお出迎えしているのには驚かされます。
家の中でも猫に気づかれず行動するのは難しいものです。
抜き足、差し足、忍び足と夜食のハムを求めて冷蔵庫まで忍んでいってももう背後に猫がいます。
あながちネットの意見は正しいのかもしれません。





亡くなった人の名誉
今朝、ラジオを聴いていたら俳優の津川雅彦氏が亡くなったとアナウンサーが言っていました。
津川さんとは一面識もありませんが映画やテレビドラマなどでその重厚な演技、時にはコミカルな表現などに見ごたえある芸風を感じてファンでした。

昔、経緯は忘れましたが津川さんの出ていた伊丹十三監督作品「マルサの女」の話を家族でしていたら母が「津川雅彦と私は同級生」と言い出したので「ええ!嘘やろ」とか何とか言っていたら、「嘘やないよ、ほら」と一枚の古い白黒写真を出してきました。
見ると若い頃のセーラー服姿の母と学生服を着たこれも若い津川雅彦さんがツーシヨットではなくクラスの集合写真として写っていました。
津川さんは京都出身ですが私の母も京都生まれの京都育ちで滋賀に嫁いできたのでした。
「津川さん、若い頃から演技が上手かったんか?」と訊けば、「大根やった」とこれもズバリと母。
私の母は歯に衣を着せないというか、思ったことをそのまま口にする人でしたから私も幼少の頃から傍にいてハラハラしどうしでした。
口は災いの元とも言いますがなかなか困ったものだ、よく京都人やってたな、だから都にいられなくなって滋賀に来たのかとずっと思っていました。

話を元に戻しますが津川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げていたら速報が入って沖縄の翁長知事も本日ご逝去されたとのこと。
人の評価は棺桶に入るまで定まらないとも言いますが願わくば故人の尊厳・名誉は最大限守られますようにと思った夜でした。




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