ゆうすけブログ
個性と認識
今日、車に乗って漠然と信号機を見ていました。
信号は「赤」でした。
もちろん車を停車させて「青」になるのを待っていました。

その時、(あれ?)と妙なひっかかりを頭の隅で感じたのです。
今、私が見ている「赤」はおそらく誰が見ても「赤」なのです。
小学生が見ても、老人が見ても、お父さんが見ても、主婦が見ても。
もちろんアメリカ人でもロシア人でもエチオピア人でも老若男女万国共通です。

あの「赤」を「青」だと認識する人はいませんでしょう。
そうでなければ信号の意味がなくなり、世の中は大混乱します。
しかし、そうであってもこれは不思議なことなのです。
全世界70億人の人があの信号の「赤」を「赤」だと認識している、つまり「共通認識」が成り立っているにもかかわらず全ての人に個性があり、ものの考え方、捉え方、感性は千差万別だからです。

「消費税」というひとつのワードについてもおそらく70億人に70億の考え方があるはずです。
それなのに(くどいですが)信号の「赤」は70億人が見事に一致しているのです。
個性と認識の相関関係はどうなっているのでしょうか。
これは哲学の問題なのか、記号論の範疇なのか私にはすぐにわかりませんがおそらく過去の偉人もこの問題の解をどこかで出しているのでしょう。
それが共通認識のなせるところでしょう。
そんなつまらないことを信号機前で止まっている40秒間で考えました。

今日の解釈【ロシア人】♪ジン・ジン・ジン・ウオッカで割ってソビエト人(bY森高千里)


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