ゆうすけブログ
高島の陣は続く
久しぶりに一雨来ました。

昨日の高島市市庁舎整備に関する意見書提出を巡って意見を述べさせていただいた続きですが、そもそもこの春の県議選挙投票日である4月12日に住民投票を同時に行うという市長提出の条例からして当事者の私としては迷惑千万であったわけです。
県の選管委員長に問い合わせたら「市が決めたことは介入できませんから・・市選管と打ち合わせを事務的に進めます」という歯切れの悪いものでした。
私としてはマスコミに付け回され「石田さんは(市庁舎を)今津に建てたほうがいいと思っていますか?それとも新旭?」とひつこく尋ねられ、「いえ、それは訴えたい県政課題の問題ではありませんから答えられません」と言っていたのですが更にマスコミ各社から「選挙期間中は市庁舎に対する住民運動は個人として禁止されますが候補者であるあなたなら訴えられますよ」と煽るわけです。
(だからそんな歪な日程を提案した市に責任があるんでしょうが!)と喉まで出かかっていたのですが堪えました。

当時、私を含めて高島市選挙区県議選挙に4名が立候補していましたが誰一人として明確に答えた人はいなかったと認識しています。

そもそも高島市の新市庁舎の建設地は①新旭②今津どちらがいいと思いますか?などという二択しかない住民投票は雑としかいいようがありませんでした。
それなら③別の候補地④立てない、更には⑤予算の見直しなど市民に直に訊くのならいろんな選択肢があってしかるべきでした。
拙速な投票日としたのはなぜかという問いに高島市長は「県議選と同日だから費用が削減できる」と答えていますが費用と民意の集約徹底とどちらが大切だったのでしょう。
さらに今になって今津予定地にボーリング調査を行うと予算計上しましたが、はなから建てる気のない場所に何の調査なのか理解できず、経費の無駄遣いはこちらの方が同日選挙費用で浮いた金額の5倍以上の経費をかけています。

2009年に成立した民主党・鳩山由紀夫政権はそれまで自民党が15年以上にわたって沖縄県と緻密に検討してきた普天間基地を名護市辺野古に移設するという合意を無視して「最低でも県外」と人気取りに終始してその後の大混乱を引き起こした張本人です。
政治家として厳に慎まねばならないのはオポチュニスト(機会主義者)に陥り、それまでの話し合い、合意へのプロセスを全くなかったかのように民主主義のベールにかぶせたような手法で破壊していくことです。

沖縄県民が先の大戦で悲惨な戦場での体験、命を落とされたり、負傷した方々が民間で9万4000人に上った事実、その後の米国統治下として1972年5月15日に日本に復帰するまでの辛酸の歴史を送られたことなどを勘案すると県民の心の琴線に触れてはならないことを鳩山さんはしてしまったと私は思っています。

高島市長が「市庁舎の問題は解決しました」と無線で呼びかけても「パンドラの函」を開けてしまったことは覆りません。
これから高島は更に混迷を深め、市としての一体感は喪失していくと大変残念ながら思っています。


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