ゆうすけブログ
人口論について
昨日(8日)は立冬、読んでの如く冬が立つ日であり、暦は冬に入りました。
先週からこのブログで定年制についてと移民問題について触れさせてもらいましたので関連で私が学生時代に読んだ『人口論』を引っ張り出しましょう。
著者はトマス・ロバート・マルサス(1766~1834)で広く「マルサスの人口論」として人口に解釋されています。

この18世紀後半のヨーロッパ論壇では大陸でアメリカ独立戦争、フランスではフランス革命の影響からユートピア論が花をさかせていました。
同時代のサン・シモン、コンドルセ、ゴドウインなどはこぞって戦争と犯罪の無い社会、全ての人が善人となり最良の社会規範が確立していく世界の到来を予測していました。
そのような風潮の中で1人これらの希望論に水を差したのがマルサスでした。
みんなが楽観的にうきうきと暮らしている時に警鐘を鳴らすものは大抵嫌われます。
日本がバブルで熱狂していた頃に「こんな景気は続かない、いづれ弾ける」と言ってた人は世の人々から「ではお前は指をくわえて見ておけ」と邪魔者扱いを受けておりました。

この頃の欧州も産業革命の影響で都市に人間が流入しすぎて様々な問題が発生していました。
ただ、ユートピア論者はこのまま人口が増え続けても土地はなお生存に充分な余地を残し、(なんの根拠かわからないが)人口増殖の直接的原因である男女の情念(性欲?)が将来に亘って減退、消滅して人口問題は解決するとしたのです。
これは一部現代の日本でその傾向が認められるのですが。(もちろん日本は逆説のパターンで少子化です)
またゴドウインやコンドルセなどのユートピア論者に言わせれば人が富の源泉であり、人口増は単純に社会の富の蓄積を主張もしていたのです。(21世紀の中国やインドで1人当たりの購買力平価GDPはそれぞれ世界90位と125位であり発展途上国と較べても大きく見劣りする、ちなみに日本は29位、アメリカ11位、1位はカタール)

マルサスは人口増に対するユートピア論を強く否定します。
「食料は人間の生存に必要ながら人口の爆発に食料生産の技術革新が追い付かず将来的に不足する、男女の間の情念の消滅方向はこれまで何の兆候も見られず、今後2000年、4000年が経過しても同じ強さで存在している」と言い、有名なマルサスの原理が定義されます。
「人口は制限しなければ等比数列的に増加する、生活資料は等差数列的にしか増加しない」

このまま放置していたら法治国家から放置国家になって人がどんどん増えて飢えることになりますよというマルサス先生の主張です。
ただマルサスの予見はある意味的中し、それまでの(18世紀後半までの)人口増加率は約0.4%で有史的に見てほんの微増でありましたが21世紀を迎えて更に4分の1世紀が経った現在、19世紀比較で5倍というおどろくべき数字になりまさに人口爆発が地球ではおこっている現状があります。

そこでマルサスは「予防的抑制」と「積極的抑制」の2つの概念を提示します。
予防的抑制とは結婚制限であり、「家族を扶養する甲斐性の無い奴は結婚するな」でありました。
また当時のイギリスには救貧法によりワークハウス(救貧院、授産場)が設けられており、職をえられない下層階級を収容して仕事を斡旋して給食をさせていましたが「個人の不幸を少し緩和するだけで社会全体には一般的害悪をもたらし対症的な施策に過ぎず憂慮すべきである」と述べています。
今の日本でこんなことを言って選挙に出てみたらおそらく袋叩きにされるでしょう。
更にマルサス先生は「積極的抑制」つまり不健康な住居、つらい労働、はなはだしい貧困、疾病、戦争、飢饉等については放置することが人口抑制につながってきたとも仄めかすのです。
結果、世間から罵詈雑言、批判の嵐を受けて論壇から抹殺されようとしたマルサス先生は「新たに道徳的抑制の存在も認める第2版」を加筆・修正するのです。
社会科学だから何とかかわしたわけですが理研の小保方氏には許されなかった手法です。

今日的にマルサスの「人口論」をテキストとする意義は失われたのかもしれませんが、後のダーウインに自然淘汰による進化論のヒントを与え、マルクスには相対的過剰人口の概念を思いつかせたことには歴史的意義があったのだろうと考えられます。







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