ゆうすけブログ
我が政歴
自分のことを書いたりすると自己顕示欲の塊のようだと批判されるのが怖くて筆がにぶるのですがもう本音でいきたいと思うようになりました。
政治家もきれいごとばかり言うと失点はないのですが面白くない、本音が出れば叩かれて失脚する、まったく漱石ではないにしても人の世は住みにくいものです。
昔の人は家の庭に穴を掘って言いたいことはそれに向かって怒鳴っていたとか、もっと高尚に和歌や詩のなかにそれとなくほのめかしていたとかのストレス発散をしていたようです。

そこで言い切りますと政治家および政治家を目指すすべての者はとにかく人より目立ちたい、いいかっこがしたい、前に出たいという人ばかりです。(舛添さんを見てください)
あんなかっこしてけばけばしい車に乗って手を振ってマイクで叫ぶなんて普通の人ならできません。
小学校時代に必ずクラスにいたわざとふざけたり、おどけたりして周りの気を引こうとした人がそのまま大人になったと考えればいいと思います。(私がそのタイプでした)
アイドルがコンサートで「今日は大勢の人が来てくれてありがとう、恥ずかしいけどがんばって歌います、聴いてください!」と言っても(恥ずかしいなら歌うなよ)と突っ込みたくなります。

私の家は祖父・父・私と3代にわたって典型的な地方政治家の道を辿ってきました。
祖父は当時の社会党公認で選挙に出ていて家には革新系の政治家がよく遊びにきていました。
父は反対に自民党に入り保守系と周りに思われていましたがイデオロギーは特になくどの政党の人でも仲良くなっていましたがどちらかと言うと人次第でおつきあいの濃淡が変わるような感じでした。
私も親たちの地盤があったので苦労なく選挙に出させていただいたわけですが初当選した時にはどの政党に入るか迷いました。
投票の終わった次の日、滋賀県議会で自民党会派の代表をされていた黒川 治先生から電話があり、「当選おめでとう、自民党に入ってくれるね」とお誘いを受けたのですが「せっかくですが少し考えさせてください」とお答えしたのを憶えています。
結局は自民党・湖翔クラブという会派には入りましたが自民党には入らず故障いや湖翔クラブ所属ということで保守系議員として活動させてもらうことになりました。(半年後に後援会からやいやい言われて自民党に入りました)
同じ立場としては当時、蔦田恵子議員がいらっしゃったのですが蔦田議員の場合は同じ選挙区の先生の1人が彼女の入党を強力に拒否してしかたなく湖翔クラブを設立してそこに所属しておられたと理解しています。
その時に自民党から受けた疎外感故からか後になって渡辺喜美議員の誘いに応じられ「みんなの党」に合流されました。

自民党の県会会派に所属するとある程度ルートが決まっていてまず特別委員会副委員長、次に委員長⇒常任委員会副委員長⇒常任委員会委員長⇒議会運営委員会委員長⇒監査委員⇒副議長⇒議長⇒幹事長⇒会派代表という役職が与えられます。
政治家は目立ちたいという本能と習性からこの役職が三度の飯より大好きです。
人事を巡っては常につばぜり合いを演じているのは皆さんもご存じのとおり。
この闘争に明け暮れているうちに己を見失い失速していくのです。
どん底まで落ちると我にかえって(私は何をやっていたのか・・馬鹿らしい)と悟るのですが。







カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



最近の記事



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



counter