ゆうすけブログ
日韓海底トンネル構想
一昨日は日本海から琵琶湖に通じる運河建設の計画が存在したことを書いてみましたが世の中には土木建築(建設)でもたまに奇妙にして奇天烈な発想というものが転がっているものです。

ヨーロッパ、英仏を海底で結ぶドーバー海峡トンネルが開通したのは1994年のことで総路線は50.45㎞、ユーロトンネルと呼ばれることもありますがこれはトンネル運営会社の名前であって正式名ではありません。
しかし計画自体は1960年代から発足していたようでこれに触発されたのか日本ー韓国間にも海底トンネルを掘ろうという発想ができたのは確かです。
もともとは戦中の1930年代に「大東亜縦貫鉄道構想」の一環として現れています。
この計画は韓国・釜山を起点として満州国(現中国東北部)に入り、奉天(現瀋陽)から南下して北京ー南京ー桂林とつないでいきサイゴン(現ホーチミンシティ)からプノンペン、バンコクと渡りマレー半島を縦断してシンガポールに至る総延長10、000㎞にも及ぶ長大な構想でした。
現在から考えてみると技術的なことや資金的な問題よりもむしろ政治的にすごくありえない話なのですがそのような事を大真面目に主張した○○博士なんて人がその頃の日本にはゴロゴロいて、ある意味ではあぶないおじさんなのですが近所の少女はともかく少年たちには人気者でした。
「少年倶楽部」にも黒煙を濛々とあげてマレーの密林を疾走する「超特急あじあ号」のイラストが掲載され少年たちの胸を熱くしたのでした。

話を戻して日韓トンネルですが誰しも高度成長の波に乗り遅れるなと生活に追われてそんなことをすっかり忘れていた1970年代が終わり、バブル経済の時代が到来しかけた1980年代にゼネコンの大林組が「ユーラシアドライブウエイ構想」を発表します。
韓国サイドでも評判になり、日本にも働きかけがあって佐賀県の唐津から(なぜ唐津なのかはわからない)海底を通り、対馬へ出て釜山に続く220㎞のトンネルとハイウエイ構想が表面化します。
九州の保守系国会議員であった麻生太郎氏、古賀誠氏、久間章氏らが中心になって1983年5月に「日韓トンネル研究会」を立ち上げます。
その後2004年にはNPO法人化され、日韓議員連盟会長の竹下登氏により建設への具体的検討を指示する通達が関係省庁に出されます。
2008年には「日韓海底トンネル推進議連」が自民党主体で立ち上がりました。

さて現在の状況ですが国民の大半はこの構想の存在すら知りません。
日韓両国の議題としても完全に冷めています。
災害リスクに詳しい専門家は「2005年3月20日に発生した福岡県西方沖地震で壱岐が記録したⅯ6規模が再度起これば海底活断層が崩れ、トンネル内は海水が流入、現在の技術では救援は不可能」とレポートを提出しています。
もちろん、北鮮や中国と陸続きでつながることへの日本側の国防上の警戒、莫大な建設費の負担というよりも捻出根拠の希薄化も議論からの撤退を促しています。
2011年1月には韓国国土海洋部は「B/S比でコストを計算すると経済性から判断して今後は海底トンネルの建設をめぐる議論がなくなることを期待する」とコメントし、議論に釘をさしました。
先立つものはなんでもお金ですね。




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