ゆうすけブログ
日本語の難しさ
昨日の正午少し回った頃、ある地方都市(滋賀県彦根市)を車で移動中だった私は昼食を購入しようととあるコンビニ店にパンと牛乳を求めて入りました。
レジでは若い(たぶん20代)女性店員がいて彼女に(パンと牛乳)を渡し、財布を取り出しました。
「○○○カードはお持ちですか?」と彼女がパン2個と牛乳パックをビニール袋に入れながら尋ねてきました。
それについては持っていなかったので言葉のニュアンスとして「ハイ・・・」と少々声を落として答えました。
すると彼女はバーコード読み取り器を置いて「持っているんですか!無いんですか!どっちです?」とかなり厳しく(詰問調)で私をにらみつけたので咄嗟に「いえ、持っていません!」と答えました。
彼女はやれやれといった表情を浮かべて「365円になります」と言いました。
私は店外に出て今のやりとりについて考えてみました。

私は自身が体験したことから何らかの(教訓)を得ようとする社会観察者(ソーシャルウオッチャー)です。
心理学者ならこのケースは彼女の心理状態について、生理学者なら女性固有の生態から特殊性を導きだそうとするでしょうが、私は政治経済及び人間学分野の方であり、このケースは政治や経済は関係ないだろう、もしあるなら経済的に彼女は薄給で働かなくてはならない状況にある自分を許せず、たまたま気の弱そうで軟弱ぽい男(私)にはけ口としてぶつけた?
あるいは私の後ろに並んでいた人々に(私をなめるな)とアピールした?
これは(威嚇)と言って動物行動学の分野になります。

ここで初めに戻って考えてみると彼女が「持っているか?」と訊いてきた時に私は「ハイ」と答えています。
もしかしたら彼女はその質問で私が持っていることに気が付き、カードを取り出すことを期待していたのに私がそのまま突っ立っているのでイラついて「どっちだ!」となったのでしょうか。
私としては(あなたの質問が私に投げかけられていることはわかりましたよ、でも私は○○○カードなんて自分がその存在も認識していないものを所持しているわけないでしょ、ハイ)とこの(ハイ)の1秒の中にこれほど大切なメッセージをこめて答えたつもりだったのです。
つまり(持っていないが質問はされているからあなたの問いかけを無視するわけにはいかないからハイと言いますよ)なのです。
バカの思考です。
始めからはっきりと「持っていません」と言えばよかったのでしょうか。
そうすることによって全国展開している幼稚園児からお年寄りまで国民誰しもが知っているローソン様(言ってしまった!)の沽券に傷をつけるような恐れ多いことにならないかと心配で(ハイ・・)という折衷的なお答えを用意した私めが間違っていたのでしようか。

日本語は難しいです。
外国人としゃべるときは特に注意しないと「ハイ」の一言をその通りに受け取られたりします。
「貴国は我が国と戦闘準備に入る用意があるのか?」
「ハイ!」・・・オオゴトになります。
黙っていて笑顔を浮かべているとジャパニーズスマイル、またジャツプめ、だまし討ちをたくらんでいるのか、今度は引っかからんぞと曲解されます。
日本には(惻隠の情)、黙っていてもそこはかとなくその人の心中を推し量る文化があるはずですがパンと牛乳ぐらいでは発動されないのですか。








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