ゆうすけブログ
再び原発問題
表題の「再び原発問題」と言ったところで私も原発政策にのめり込みたいわけではなく、勉強を進めると原子力発電は本当に難しいということが徐々にわかってきたというのが今の心境です。
原発推進派、反対派それぞれの意見や思想はありますが議論としてみれば双方がかみ合っていないとも思えます。
特に「被爆限度」についての基準があの東日本大震災以後ではぶれまくっていますから議論が成り立たなくなっています。
震災前は「1年に1ミリシーベルト」と言われており、それを基準に議論されていました。
もちろんこれは原発事故等による直接被爆ではなく紫外線からの自然被爆(あくまで放射線としての)であり、食物からも0.5ミリばかりとレントゲンのX線やCTスキャンなどの医療被曝で2.2ミリシーベルト、合算すると日本人の平均として3・7ミリシーベルトから4ミリシーベルトは年間被爆している計算になります。
これはあくまで日本の話であり地球規模で言えば日本より紫外線が多く降り注いでいる地帯もありで一概に規定できないのですが国際的に決められた「我慢できる限界の数値」として「人工的に加算できる放射線量を1年1ミリシーベルト」とすると定義されていました。
これは前述の食料から医療からを除いており、紫外線等の自然被爆の基準です。

これが震災以後わが国では「適度の放射線を受け続けることはむしろ健康に良い」とか「実は20ミリシーベルトぐらいまでは大丈夫」などと科学者からもちんぷんかんぷんな意見が飛び出して混乱が生じています。
おそらくラドン温泉と錯覚しているのと20ミリシーベルトなら原発内部で防護服を着用してメンテナンス作業をしている状況ですから到底一般人と比較してはなりません。
それなら「なぜ被災地の住民は故郷に帰れないのか」とか「今も収まっていない汚染水の海洋流出はどう認識しているのか」など突っ込みどころばかりですが私は原発の(必要性)よりも先に(危険性)について議論を尽くしたほうが健全と思っています。

2011年3月の現場にいてその時に死力を尽くした福島第一原発の故吉田昌郎所長と施設にいた東電社員の皆さんの献身的な災害対応についてはいささかの疑惑ももっておらず、むしろ感謝の念でおりますがそれでも1号機に続いて3号機が爆発していよいよ2号機に危機が迫った時、「もし2号機が爆発したら東日本に誰も住めなくなる」と所員に漏らした吉田所長の言葉をかみしめるべきです。
日本の2000年の歴史の中で陸地の半分に人が住めなくなるなどといった危機があったでしょうか。
2号機爆発による危険性は単純な水素爆発を引き起こした1号機や3号機のようなメルトダウンによる燃料が炉心を突き破って地中に溶解したケースのように、原子炉内の核燃料そのものが飛散したのではなく原子炉建物内に充満していた気体の放射線物質がミストや液体となって飛び出したような軽い事態ではありませんでした。
もし2号機が爆発となれば原子炉ごとの爆発となりその濃度は1号機や3号機のケースと比較にならず、吉田所長の「誰も住めなくなる」は現実のものとなる可能性は十分にありました。
ちなみに2号機爆発事故防止作業中に隣の4号機が爆発しましたがそれは核燃料がプールにストックされていただけでしたから放射性物質の飛散は微量だったとは思います。

福島第一原子力発電所も震災発生から津波が押し寄せることを予測して危機対応マニュアルどおりに原子炉に制御棒を注入して核分裂を停止させています。
それでも炉心内の温度上昇が収まらず、1号機、3号機、4号機が次々に爆発事故を起こしました。
「電源消失」で温度制御ができなくなったのです。
別に津波が原子炉建物を直接破壊したのではなく浸水程度のことで地下に集中していた電源がショートしたからです。
ここに原子力規制委員会や電力会社、もっと言えば政府が長年言い続けていた「原発安全神話」は終焉したのです。
結局、(自己制御)や(多重防御)などは存在しなかったのです。

昨日はお隣り福井県の関電美浜原発3号機が原子力規制委員会から安全審査による合格証となる「審査書」を受理しました。
やれやれです。
ちなみに私の住む高島市の住民の多くは昔から大変、行政について鷹揚な気質でいい意味でご理解が早くて地域として統一感があってよろしいのですが他方、事なかれ主義でもあり自分さえ被害がなかったらいいと思ってしまうことも多々あるようです。
福井県嶺南でもし原発事故が発生しても30キロ圏内には朽木の山の中やマキノ、今津でも人が住んでいないところにひっかかるだけとタカをくくっている方もいるようです。
ですが福島のケースでも浜通りと言われた原発所在地から放射線物質は風に乗って200キロを浮遊して中通りの二本松市や郡山市に落ちているのです。
この放射性物質の煙のことを「死の灰」と呼んでいます。
福島の前にチェルノブィリ事故が25年前に発生して、その25年前にスリーマイル島事故。
わずか4半世紀に1回、地球規模の大事故が発生しているものを「1000年に1度」とか「想定外」とよく言えたものです。
もちろん福1の2号機がもしあの時に爆発していたら「未曽有」の大惨事になっていたでしょう。
先例をはるかに超えてしまうものに。
あの事故であの被害状況であったのは実は奇跡です。
滋賀県としてももっと関係のところと議論をした方がいいと思います。









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