ゆうすけブログ
NHK大河いよいよクライマックス
今年のNHK大河ドラマ「真田丸」も12月を迎えていよいよクライマックスです。
ドラマや映画、舞台などは演じる俳優さんの力量が問われますが見えないところで大切なのは(脚本)です。
これの出来・不出来で作品の質が大きく変わります。
「真田丸」の脚本は三谷幸喜氏。
2004年の大河「新選組」も素晴らしいものでしたが今年もバツグン、1年を通して楽しませていただきました。
三谷氏の映画も「ラヂオの時間」(1997年)、「ザ・マジックアワー」(2008年)、「ステキな金縛り」(2010年)、「清州会議」(2013年)など傑作が目白押しですが、上手の手から水も漏れることもあり「ギャラクシー街道」(2015年)などの疑問作もあります。
NHK大河ドラマにもそれは言えて三谷脚本ではありませんがあの衝撃のズッコケ作「○燃ゆ」などは放映開始されてからすぐに観なくなりました。
1年を棒にふりました。

「真田丸」も今週の放送は家康秘策のエゲレス製大筒が淀殿(竹内 結子)の寝所を襲い炸裂、多数の侍女が犠牲になったことから真田幸村(堺 雅人)が猛反対するも大阪方は徳川連合軍と和睦します。
そこで家康はしっかり狸おやじぶりを発揮して真田丸はおろか大阪城の内堀、外堀を埋めてしまい、(大阪冬の陣)が終わったところです。
次回からいよいよ最終局面の(大阪夏の陣)が始まりますがこの「戦国日の本最後の大戦」をどう三谷氏が脚本したかが私にとっては関心事です。

史実では大野治長ら家老・近習が(籠城)を主張しますが丸裸の城に籠るアホウはいないと浪人集が徳川方に対して(野戦・要撃)を主張します。
この時点で浪人集がいなければ戦にならない大阪方としては野戦案を黙認します。
ただ、大阪方の二人の軍師・真田幸村と元黒田家家臣・後藤又兵衛(哀川 翔)の「どこで邀撃するか」の意見が分かれます。
幸村は四天王寺、又兵衛は小松山を決戦場に押しました。
四天王寺は大阪城から約4キロ、いざとなると城からの支援(増援)も受けられ徳川軍の動きに柔軟な対応ができるメリットがあり、他方、小松山は城からすでに20キロ離れて孤立無援ながら東から進軍してくる徳川軍も(国分越え)といって大和川を越えて隘路を登ってこなければならず、ここに布陣すれば少数の大阪軍でも徳川軍を各個撃破できる地理でもありました。

当然ながら幸村と又兵衛はお互いに譲らず激しく口論したと伝えられていますが、ここにまたあの大野がしゃしゃり出て四天王寺と小松山にそれぞれ真田軍、後藤軍と分けてしまいます。
古今東西、軍法では敵に対して少数の味方を分けることは「各個撃破」を招き、もっとも避けなければならないのにこの大野は・・いつもいらんことをする奴です。

私はこの時の大阪方は後藤案で行くべきだったと思っています。
事実、徳川は小松山に現れ、6400名の後藤軍にさんざんやられており、もしここに真田軍がいれば勝利していた可能性が高いからです。

ここで私は三谷幸喜氏の脚本を観たいのです。
歴史では真田幸村も後藤又兵衛の策の鋭さに気がつき小松山に進軍をします。
幸村のいる四天王寺から小松山までは15キロあまり、5月6日の夜半2時に出て合戦場に到着したのが手前の藤井村で正午になっていました。
行軍速度は4キロを3時間もかかっています。
神速真田軍としては考えられない遅滞、スローモードでした。
すでに小松山の合戦は終わっており、真田軍はもう一度四天王寺に引き返し、翌7日に徳川勢18万と戦い、家康本陣にまで肉薄する猛攻をみせますが衆寡敵せず東に下がった安居天神境内で割腹して最後を遂げたといわれています。
私としては知将幸村の「小松山謎の遅延」をどう三谷脚本が捌くかが今から楽しみです。






カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



最近の記事



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



counter