ゆうすけブログ
誕生日の次の日に思うこと
改めまして新年おめでとうございます。
昨日はケーキも花束もない誕生日でしたが私にとって一番の贈り物は皆さんのお言葉でした。
これも改めてありがとうございましたと申し上げます。

さて誕生日の翌日、またお正月から縁起でもないことを書き込みますが、「門松は冥土の旅の一里塚」という和歌があります。
お正月は華やかだがみんな年をひとつづつとってそれだけあの世に近づいているんだよという意味です。
この歌、下の句は「めでたくもありめでたくもなし」と続く一休禅師の作です。

私事でまた気恥ずかしいのですが私の子どもの頃、この「死」というものに異常にビビっていてとにかく死ぬのが怖くて怖くてたまらない、死ぬことを考えたら生きる意味を失うぐらいに忌み嫌っていました。
夜中にトイレに1人で行けない、行けばトイレの花子さんが待っていて地獄に引きずり込まれるのではないか、朝までがんばろうという少年でした。
もう究極は「死にたくない、死にたくない、死んでも命がありますように」と近所のお稲荷さんに願掛けに日参していたほどです。
小学校の卒業文集に「将来の夢は?」で「不死身」・・バカです。

私の学校の大先輩で俳優の故・丹波哲郎氏が晩年、霊界研究者を名乗り「死後の世界はある」と声高らかにおっしゃっていたのでお話を聞いたことがあったのですが子どもの頃はTVドラマ(Gメン75)などで颯爽とした演技を見せていた丹波さんがなんで死後の世界を語るようになったんですかと訊いてみれば「子どもの頃から死ぬのが怖かったから」とおっしゃって(私と同じだ)と思ったことがありました。
このことを京都産業大学に行っていた友人に話したら「いいな、俺らの先輩は゛あのねのね゛なんだぜ」というので(どうでもいいやん)と思っていました。

脱線しましたがだからと言って私は死後の世界というものをどうしても信じることはできなくて死んだらただ無に帰すのみと思っていました。
いつだったか仕事帰りに車を運転中、眠くて眠くてたまらなくなり、このままでは交通事故を起こすと思い、急遽路肩に車を止めてシートを倒して寝たことがありました。
30分ほどしてぱっと起きたのですが一瞬、あ、生きてた!と感じたのを憶えています。
あの何も考えることなく眠っていた時間が私にとっては死のイメージかなと。
あれがおそらく永遠・永劫に続くのでしょう。

50才を過ぎてさすがに子どもの頃のように「死」に対して構えることはなくなりました。
これまでに「死んだ方がマシだ」という経験が何度もあり、「生きていてよかった」と思うことが数度ありで死に対して不感症とまではいかなくても特別なものと思わなくはなりました。
死は生の向こう側にあるものではなく表裏一体、(今そこにあるもの)に過ぎなくなったからです。
それよりも限られた「生」そのものを楽しむことの方がより建設的と捉えています。
正月から辛気臭いお話をしてしまいました。


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