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ゆうすけブログ
市井の権力

昨夜、FBに読んだばかりの八幡和郎氏の著書『「立憲民主党」「朝日新聞」という名の偽リベラル』の表紙をアップすると賛否を含めご意見を寄せてもらえました。
自分が読んでよいと思った本を紹介してみて、それについて100%の同意はもちろん要らないものの、一番悲しいのは「無視」されることだと思います。
その意味で辛口・甘口、賛否両論のコメントを頂けるのは本当に嬉しいものです。

同著の冒頭の部分に昨秋行われた衆議院選挙の際に小池東京都知事が「自民党は保守に傾き、民進党が左に走るなかでセンターが空いていたので狙った」とあたかも希望の党がリベラルであるとの情報操作を画策していた逸話が紹介されています。
こう書くと「またキナ臭い政治談議か」と感じられる方も多いとは思いますが今日はそこのところを追及しようとは思いません。

小泉進次郎氏が「権力は腐敗する」と今国会のバタバタ騒ぎのなかで暗に政権批判をしていましたが(あんたが腐敗するなよ)と言いたくなりました。
何が言いたいのかと言えば政治家のサガは「権力闘争」。
政治と権力はコインの裏表ではなく、グリコのおまけのようについてまわるものです。

ですが世の中には政治という生々しい場面だけではなくプチと言いますか「権力」は常にどこにでも存在しています。
団地の中でもゴミを回収日以外に出してしまうと怒るおばちゃん。
会社でも鍵を握って社員の出社を管理する上司。
役所でも本当にこの記載はいるのかと思える個人の情報を書かせる手続き。
幼稚園でも砂場をめぐる順番待ち。

「権力」を握り、それを差配する快感は持った者にしかわからず、持たれた者の屈折した不平等感もまた権力者にはわかりません。
されど世の中の仕組み・運行のなかで何でも自由奔放なら上手くいくのか、人は納得するのかという議論はとても難しいものです。
役所の発する「規制」が平等・安全を担保するうちは人はそれに従いますが、不公平感が蔓延すると規制緩和・撤廃に世論も動きます。
「権力は腐敗する」とは長年に亘り、規制・強制・一貫性を持ち続けるものが大衆の意見にどれだけ耳を傾けられるかである程度回避することはできます。
ですが権力は蜜の味、手放してしまうのは惜しいとなかなか難しいものです。
批判している者が次の権力奪取を狙っている構図は歴史のなかで繰り返されてきました。
もしかしたら学者や有識者の本来の出番はそこにあるのかもしれません。




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