ゆうすけブログ
元政治家として訃報に接して
議員時代からの癖と言うか習慣で毎朝、新聞のお悔やみ記事(訃報爛)を見ています。
お誕生の記事もありますがそちらはざっと目を走らせるぐらいの素通りです。
かって田中角栄元首相は派閥の若手政治家に「お祝い事は後回しでいい、ご不幸があったら真っ先に駆けつけろ」と人情と義理を教えています。

今朝の訃報爛を見て仰天したのは同じ町内に住む方のお亡くなりの記事。
この方は私が初めて選挙に立候補した時に熱烈に応援して頂いた人物でした。
企業にお勤めで特に公職に就かれていたことはありませんが区長などをされ温厚で地域の仕事はテキパキとされていたので信用があった方です。

私の最初の選挙は一番の地元が割れて私自身も大変なストレスに苛まれながら戦ったものでした。
私の他にもう一人有力な方が立候補を表明しており互いに引くに引けなくなり地盤が割れてしまったのです。
尤も街の市議会議員の大半、元行政の主要な立場の方たちなど政治的オピニオンリーダーと言える人たちがもう一人の候補者の応援に回り、私は大変苦しい立場に置かれました。
いろんな人が入れ替わり立ち代わりと私のところに来ては選挙から身を引くように説得をするのです。
地域を割らない為にも降りるべきなのかと真剣に悩みました。
しかし、その頃の私には燃えるような政治への情熱が滾り、政治を通して世の為人の為に働きたいという思いがどうしても拭い去れないところまで高まっていました。
街の政治的に主要な方々からいかに批難されようとも自分の気持ちに正直になり、ここで降りれば一生後悔するとともすれば折れかける心に鞭を打って立ち向かう事を決心いたしました。

そんな時に孤立無援の状態の私を支持して頂いた方のおひとりが今朝の訃報にということです。
もちろん友人・同級生・これまでご縁をいただいた多くの方々も応援してくださり約10か月間の苦しい後援会活動と選挙戦に勝利させていただくことができました。
私を応援して頂いた方々は普段はあまり政治の表に出てこられない市井の人たちでその時の選挙体制はまさに草の根選挙の典型だったと思います。

現在は政治の現職でない私もその時に受けたご恩は自身の一生をかけてもお返ししていかねばならないものと思っています。
また人に対してだけではなく、地域についても何か災害が、大きな課題があれば出て行って矢面に立つ気持ちは今も忘れていません。
それが一度でも選挙に出た者の節度だと思っています。
思えば選挙に出るという事は多くの方々にお世話にならねばならず、また立候補するということは公的にも責任が発生することでもありますからまことに大それたことだと考えてみれば身震いするような行為だと思ってしまいます。
それでもルビコン川を渡ってしまった私はこれからも政治的な課題から評論ではなく行動で地域社会にお返しをしなければならない、それが頂いたご支援に対する義理と人情ではないかと考えます。
政治家になるということは業の深いことです。
表現的にお許しをいただくと「行くも地獄、戻るも地獄」の世界です。
お昼から告別式に伺います。









カレンダー

04 | 2018/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



最近の記事



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



counter