ゆうすけブログ
ペナントの行方
今日あたりからゴールデンウイークに入ったようです。
大型連休ですから国内外問わず大勢の人々が出かけられると思いますがどうぞ交通安全には気をつけていただきたいものです。

(出かける)というキーワードから旅行というものを連想しますが私の旅行の思い出は遥か彼方の昭和にあります。
そう、表題の「ペナントの行方」を見て(ああ、野球の話か)と感じた方もいらっしゃると思いますが私が今朝、思い出したのは子どもの頃、観光地のお土産屋に売っていたあの細長い二等辺三角形の旗(ペナント)です。
こう言うと昭和世代の人は(そう言えばあったなそんなのが)と思い出す方もおられるのではないかと。

私が初めてお土産のペナントを買ったのが小学校の修学旅行で伊勢志摩に行った時でした。
地元のお土産屋で何か(自分への)お土産らしいものを買わねばならないと探したら(伊勢志摩)と金文字で刺繍されたペナントが目につき買ったのが最初でした。
二見浦の夫婦岩が書きだされた1枚(1旗?)でした。
家に戻って自分の部屋の壁に画びょうで止めたら何か室内がピシッと引き締まったような感覚でした。
妹が見て、「お兄ちゃん、かっこいいやん」と言ってくれたので嬉しくなって(よし、これからペナント集めを我が趣味としよう)と思いました。
もう値段は憶えていませんが当時で1枚1000円はいってなかったと思います。
おそらく500円前後ぐらいかちよっと高級なので800円までだったかと。

ちなみに調べてみるとペナントというのはぺノンとペンダントの合成語だそうです。
ぺノンは下級ナイトが槍につけていた長三角の旗、ペンダントは軍艦に掲げられた三角旗よりきているようです。
野球のペナントレースは優勝旗がこの形をしていることから現在も日米ではそう呼ばれています。

その後の私は宿泊であろうと日帰りであろうとともかく観光地のお土産屋さんに行くとせっせとペナントを求めて自分の部屋に貼りました。
高校生になった時、ふと我に返って自分の部屋をまじまじと眺めればすでに壁四方一面どころか天井にまでペナントが貼りつくされ目が眩みました。
(これはアホの部屋だな)と思いました。
そこから私の学業急降下が始まり、大学受験に失敗して浪人生活となりました。
それは(ペナントの呪い)とも呼ばれる石田家に今も伝わる伝説です。
浪人の春に一念発起してペナントをすべて外すと頭がすっきりして翌春には何とか進学できました。
これは世に(ペナント呪縛からの解放)と呼ばれています。

ペナントは1950年代から1980年代にかけて全国観光地で盛んに販売されました。
まだカメラが庶民には高級品で旅の思い出として人気を集めたお土産だったようです。
ペナントと聞いて懐かしいと思われた紳士・淑女のみなさん、もうけっこうなお歳ですよ。




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