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ゆうすけブログ
ゆで卵の思い出
大型連休はどこに行っても人の波、だからどこにも行かず家でゆっくりするに限ると毎年そのように過ごしています。
地元の祭りも昨日終わり、今日は晴天、妻は妹と信楽に遊びに行き、長女は東京から帰って来ず彼女の生活を満喫しているようで、長男はこの春から京都の学生寮に入り、次男は高校生最後の部活(サッカー)の試合というわけで私は1人で静かに家守です。
あ、猫が3匹いました。
彼ら、彼女らは私と一緒です。

テレビでは「大型連休も終盤です」と女性アナウンサーが言ってましたがやっと休みらしくなったのにもう終盤とは悲しいものです。
今日の私のような状況を昨年読んだ村上春樹氏の小説「騎士団長殺し」になぞらえてしまいます。
冒頭で妻に出て行かれた(見捨てられた)主人公(職業・画家)が友人の別荘に転がり込みますが深い谷間に囲まれた高台の1軒家で誰ひとりとして訪れない静謐な生活が始まるところから物語が進行していきます。
今朝はそんな状況です。

起床して特にお腹が減っておらず、さりとて何か軽く口にしたいのでコーヒーを淹れてからゆで卵をつくって食べました。
ゆで卵は便利です。
特に調理の手間がかからず、卵をゆでている間にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいればいいのですから。
ゆで卵を食べながら随分と昔のことを思い出しました。
それこそ50年ばかり昔のことです。
幼稚園児だった私は大津駅前にあるプロテスタント系の幼稚園に通っていました。
キリストの復活祭(イースター)になぜかゆで卵が園児に出されました。
お皿も何もなく、ただ手渡しされ、その場で食べるのですがなぜか卵の殻全面に塩がついていて私たちは器用にその塩を殻から掌に落としてから殻をむき、むいた卵を塩につけて食べるのです。
今考えてみると塩を卵の殻に引っ付けるのはどうしていたのかと思います。
別に卵の表面が濡れていたわけではなく、カラカラに乾いた塩の結晶がびっしりと付いていたのですから。
暇だと昔のそんな他愛のないことを思い出します。

どうでもいいのですが母方の祖母は京都に住んでいましたがゆで卵のことを(にぬき)と呼んでいました。
祖父は(うでたまご)と言っていました。
子どもながらにこの(うでたまご)の語感は大阪の下町の人がきつねうどんのことを(けつねうどん)と呼ぶのに似ていると感じていました。
それなりのこだわりがあったようですが今となっては確かめようもありません。
さてGWもそろそろUターンラッシュが始まったようです。
皆様、どうぞお気をつけてお戻りください。




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