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ゆうすけブログ
球磨川氾濫から過去の滋賀県政を考えてみる
今月初めに発生した熊本県球磨川の河川氾濫・堤防決壊で現在60名以上の方がお亡くなりまたは行方不明となられています。
尊い人命と多くの財産が危険水域を一瞬で超えた褐色に濁った水流に押し流され奪われました。
もともと球磨川には上流に川辺川ダム建設計画があり、長年に亘りその着工を巡って論争が起きていました。
2009年8月30日の総選挙で政権を掌握した民主党(当時)は国土交通大臣に前原誠司氏が座り、「八ッ場ダムと川辺川ダムはマニフェストに建設中止を明記されているので中止する」と発表、事実上の予算付けを行わず建設計画は頓挫し、廃止となりました。
八ッ場ダム(群馬県)はその後、「コンクリートから人へ」の民主党政権が崩壊し見直しが始まり、着工が決められ、建設は何とか間にあって昨年の北関東を襲ったゲリラ豪雨にも大活躍しています。
申すまでもなく政治の要諦は何があっても人の命と財産を守ることにあります。
一方の熊本県球磨川の川辺川ダムは12年前にダム建設反対の浦島郁夫知事(現職)が当選し、ダム建設見直しはなりませんでした。
それどころか2018年3月に荒瀬ダムも撤去しています。
7月5日に熊本県庁で行われた災害対策本部の場でもマスコミから痛烈に非難されています。
ー知事は川辺川ダム計画に反対し、ダムに頼らない治水にすると言ってきたがダムを作っておくべきだったという思いは?
知事「私が2008年にダムを白紙撤回し民主党政権によって正式に決まり、その後国、県、流域市町村でダムに頼らない治水を検討する場を設けてきたが多額の資金が必要ということもあって12年間でできなかったことが非常に悔やまれる」
一政治責任は感じているか?
知事「建設に反対した2008年9月11日に全ての状況を把握できていたわけではない。熊本県民の民意は゛ダムに頼らない治水だったと思う。私の決断は熊本県民の意向だった。世論調査の結果は85%の県民が私の決断を支持するという回答だった。今度の大きな水害によって更にそれを考える機会になったと思う。もっと他にダムに頼らない治水はないのかと考えていきたい」
一被害が出てから「考えていきたい」ではなくどこかの段階で治水を講じておくべきだったのではないかという指摘がある。この12年間の取り組みは?
知事「時間的にはあったかもしれないが方向性としてはとにかく早く逃げることがとても大事で、そういうソフト面を大事にしてきた。」
一ダムによらないやり方を変えるつもりはないということか?
知事「少なくとも私が知事である限り」

いかがでしょう?
私はこの会見を見て浦島熊本県知事は県民の尊い人命と財産が喪失されたことに対して責任を感じておらず、何も向き合っていないと感じました。
何もしていなかった、キレイごとを並べた12年間を更に追及したい、お金がないからやれない、としか聞こえてきません。
何も対策を打てなかった行政は゛不作為゛に相当し有権者から厳しい指弾を受けるべきでしょう。
確かに治水を考える時にダム建設だけが有効ではありません。
河川の氾濫を防止する為に定期的な河川のメンテナンスが必要となります。
川の流れを良くするための河道掘削、堤防強化、材木伐採また河川の氾濫や決壊に備えての遊水地の設置など河川工学としてあらゆる手段を打たねばなりません。
その上で防災ハザードマップなどを作成し自治体や住民の皆さまと危険個所の認識を共有し、有事の際の連絡方法、避難方法、避難箇所への移動方法などを確認するソフト対策が必要になります。
それでも危機感が残るなら最終手段としてダム建設もありと思っています。
つまり河川対策は河のメンテナンス+ソフト対策、追加でダム建設です。
球磨川は明らかに八ッ場と同様、最終のダム建設がなければ危険な河川でした。
浦島知事は河川メンテナンスにお金がかかるからできなかった、ソフト対策も周知徹底できておらず、対策を尋ねられたら「早く逃げることが大切」としか言わず、今後もダム建設にはたよらない治水を考えていきたいとうそぶいています。
熊本県民の皆さんはこの知事に命を預けていいのか今一度心のなかで問うべきではないでしょうか。

もうひとつ。
浦島知事は「県民の85%が私の治水を支持した」とおっしゃっていましたが決壊した球磨川は熊本県最南端を流れ、すぐ県境は鹿児島県と熊本県全体を眺めれば県人口の15%ほどが流域にお住まいです。
もしかして浦島知事のダム建設反対を支持したという方々は人口の圧倒的に多い北部の県民が中心だったのではないでしょうか。
そうなれば85%の県民の支持の中身も変わってきます。
河川対策はあくまで流域治水。
その川、一本、一本にお住いの流域で生活している住民自身のご意見が最大限尊重されなければなりません。
球磨川流域のみで意見集約すれば違った回答が出てきたかもしれないのです。
将来的に民主主義が頽廃、あるいは消滅するとすれば私はこの悪しき「多数決の弊害」が要因になると思います。
少数意見が抹殺され弾圧されていく、政治家はそれを利用して権力を手中に収めていく。
私がどうしても市民派政治家というものを好きになれない理由のひとつです。
彼ら、彼女らは民衆の不満を吸い上げるふりをしてワンイシュー選挙で当選して逆に民意を捻じ曲げ、あげくに何も政策を打たずにパフォーマンスに走る。
こんな光景を見続けてきました。
ここで今日のブログ表題の「球磨川氾濫から過去の滋賀県政を考えてみる」の主役・嘉田由紀子元滋賀県知事・8年間の河川政策について言及するつもりでしたがSNS発信として限界の長文になりましたので申し訳ありません、筆をおかせていただきます。
本来なら政治家として過去の人となりつつあった嘉田由紀子氏の過去の政策を批判するのはどうも気が引けると思わないではなかったのですが昨夏の参議院選挙で見事現職を破りご当選を果たされ政治家として復活をされた由、お祝いがてら彼女の政策をもう一度滋賀県民の皆さまと振り返る機会もあってよろしいかと考えました。
「転ばぬ先の杖」・・今回の熊本の惨事から考えることは多いと思います。







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