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ゆうすけブログ
ある俳優の死
一昨日、俳優・三浦春馬さんの死は多くのメディアで取り上げられました。
とりわけそれがマンション自宅での自死であったということでなぜ彼はこの世を去る選択をしたのかという憶測がSNS上でも交錯しています。
私も驚きとともに前途洋々、順風満帆の彼の人生行路がなぜ頓挫したのかと難破船の船長として考えてみました。
その前に乏しいながらも50も半ばになった自分の半生を語りますと、20歳から50歳までの30年間は無茶苦茶忙しかったのを思い出します。
ですがこれは同年代の多くの方が多分私と同じ思いだったことでしょうし、おそらく若さ故の体力勝負で乗り切れたとしか思えません。
スケジュール帳を見ればビッシリと予定が入り、土日もお盆も正月もなかった日々が延々と続きました。
なにせ元旦の初日の出をみる会に呼ばれて1月1日の琵琶湖の浜辺にAM4時から行っていたのですから(毎年)あとの日々は流れ作業のように休みなしで続きました。
売れっ子の自分が何となく誇らしかったのは嘘隠しもありませんが、ここで止まってはいけない、すべてを失う、走り続けると思いながら強迫観念にも似た焦燥があったことも告白します。
結婚もし、子どもも3人生まれましたが生まれたことはわかりますが子どもの成長は記憶にありません。
それぐらい家にはいなかった30年でした。
今になって落ち着き、妻と話をしますが夜も家に夫がいないので妻は走り回る子ども3人をお風呂に入れるのに裸で家中追い回す日々だったと言います。
何とも苦労をかけたのだと遅まきながら知らされます。

さて、三浦春馬さんは何でもそろった才人だったと思います。
舞台にミュージカル、ドラマに映画、地方を旅してルポも上手く、本も書き、英語や中国語も巧みに操りしかもイケメン。
無敵でした。
多くの方が彼の仕事を称賛し、仕事のスケジュールはまさに分刻みで休日などおそらく無かったことだと推察いたします。
お人柄も素晴らしく、彼の真面目で誠実な行動はまさに模範的だったと思います。(真面目過ぎるほどに)
ただ、私が一時そうであったように(止まることが怖かった、落ちていくのが怖かった)という仕事という恐怖を背中に張り付けながら走っておられたのではないかと想像します。
19世紀、フランスの詩人・ヴェルレーヌの「智慧」から引用すれば「選ばれしものの恍惚と不安、二つ我にあり」だったのかと。
評価はされたいが失敗するのは怖い、それは誰しもそうです。
しかし、人生に浮き沈みは必ずあります。
周囲の期待には必ずしも応えなくても太陽は昇り、月は沈むと諦観されていたら・・・・。
三浦さんも沈んだ時はゆっくり休んでまた自分がやりたいことをすればいいと割り切られたらそこまで自分を追い込むこともなかったのではないかと残念に思えます。
更に感じるのは人が死を選ぶのは絶望の淵に立たされた時のみに非ず、絶頂にいながら不安を抱える時も然りと。
彼の死はかって走っていたものとしてひたすら哀しいものです。




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