ゆうすけブログ
分別盛り
今年、平成28年も押し詰まってきました。
今日、明日ともう残り2日です。

我が家も大掃除でどこにあったのかというぐらいゴミが出てしまいます。
それを大隊長(妻)から命令を受けてゴミ集積所に持っていくとご近所の主婦さんから「あら、石田さん、今日は燃えるゴミの日じゃなくてよ」と注意されて「すいません」と謝りました。
人間50才、世間では分別盛りと言われる年代ですが近所では(分別できない男)として通っています。

年賀状千本ノック
皆さんは年賀状をもう書きましたか、出しましたか?
私はまだです、悪戦苦闘しています。
例年ならインクジェット紙の年賀はがきを買ってきて裏面はプリンターで印刷、表書きの宛先はアプリで印刷と楽ちんでしたが今年はパソコンの不調で起動せず、手書きを余儀なくされているからです。

12月に入った段階で妻から今年は年賀状を手伝わないからあなたが1人で出してと言われ、ええ!と思ったものの毎日30通ばかり書いたら出来上がると日割り計算で皮算用していましたが、今日は観たいテレビがあるから、今日は忘年会だからと毎日を先送りしている間にノルマが溜まってきてニッチもサッチも行かなくなりここ数日は深夜まで泣く泣く書いています。
(深夜食堂)ならぬ(深夜書道)。

筆ペンで宛先を書いていると眠くて目がショボショボ(´・ω・`)してきて、手首が痺れてきます。
苦しくて「もう書けましぇん・・手が痛くて腱鞘炎ですぅ」と泣き言を言うと「さぼっていた自分が悪いんだろ、腕が折れるまで頑張れ!」と言われ(オレは侍ジャイアンツか!)と思ってしまいます。

書いているうちに(だいたい近頃の若い人は年賀状なんか出さずにメールで済ますらしいじゃんか、その方が楽だし、早い、虚礼廃止につながる、うんうん)とかの思いが脳裏をよぎり、年賀状を書くことを投げ出したくなります。
テレビのニュースを見ていると来年の6月からは郵便はがきの配達も採算が合わないので現行の52円から62円に値上げと聞くにつけ、(それみろ・・はがきの値段も上がるのを機に年賀状も来年から出さんぞ)と思ってしまいますが、よく聞くと普通はがきは10円上がるものの年賀状は黒字なのでお値段据え置き52円のママと言われ、(さすが元郵政省・・商売上手だ)と感心。
年賀状放棄の口実を与えません。

それに頑張っているのは郵便局員の皆さん。
この寒空に連日、外に出て業務に邁進されている姿を見るにつけ心からエールを送っています。
元旦の年賀状配達なんかは大変な業務だと想像しただけでわかります。
この日本中の各戸に年賀状を遺漏なく届けることの壮大なミッションインポスビル、いや持続可能なあくなき探求と不断の努力には頭が下がる思いです。
どうか年末年始、お疲れとお察ししますが交通事故だけにはお気をつけいただき日本の郵便事業の発展にご活躍ください。




老けるは恥だが役に立つ
昨晩、東京に住む6才下の妹と電話でしゃべっていました。
兄弟の会話ですから実に他愛もない内容です。
親は元気かとか正月はどうするとかその程度のものです。

談話の最後の方で妹が、「でもお兄ちゃんももう初老なんだから無理せんといてや」と。
(しょ、初老ぉ!)
これには愕然としました。
初老・・老・・まさか老いてるなどと言われるとは・・。(ショック・拡大!)

私は昭和40年生まれで1月が誕生日ですから年を越せばもう52才になりますが気持ちは青年、体は中年と思っていました。
髪に少し白いものが出てきましたが老眼はあらわれていませんし、どこから考えても壮年だと思っていたのに・・とほほ・・初老。
ですが、先日もある識者からお話を聞いた時に「石田さん、自分の可能性を年齢で判断することは愚かなことですよ、なぜなら人は誰しも今日の自分が自分史上一番(若い)のですから、行動することにためらってはいけません」とおっしやって、(なるほど!)と思ったばかりでしたから。
それとともに「昨日がんばろうと言ってもムリ、昨日はもう過去、なら明日がんばろうならいいのかと言えばザンネン、明日が来たら今日になる、明日は永遠に明日でしかない、ではいつがんばるのか?今でしょ!」
(あんたは林先生か)と思いました。

そうは言っても人間も自分の外見つまり年齢による評価というのが気になるのが真情だと思います。
年を重ねれば経験や知識の(貯金)だけは持っておきたいと昨夜はつくづく考えました。


何でもいっしょー整髪料編
今朝、起床して洗面台に直行。
歯を磨き、顔を洗い、ヘアムースをブラシに取り、髪を整えました。
いつもの朝です。
整髪料も男子の場合は人によりそれぞれで私のようにムースを使う者、リキッド派やヘアスプレー、ジェルなど好みの問題です。

(今日もバッチリ決めるぜ)と哀川翔さんの真似をしながら鏡を見てブラシを頭髪になでつけましたがバッチリどころか頭が白髪になっていきます。
(おかしいな?白髪染めは聞いたけど黒髪染になっている)
不信を感じて手元を見るとシェービングクリームではありませんか。
不思議なことにこれでも髪の毛がセット出来ちゃうんです。
不思議発見。
ついでに剃刀で剃ってスキンヘッドにと言ったら悪乗りのしすぎですがヘアムースでもシェービングクリームでも同じだなと思ってしまいました。
旅のお供にシェービングクリームで髭剃りも整髪もこれ1本。
明日は歯磨き粉で試してみようと思いました。


喜んで
暖かだった師走も大陸から寒気団が流れ込んできて一気に冬型の天候となりました。
それとは関係なしに古本屋(ブックオフ)をたまにのぞく私。
政治や経済の本などはおおむね「これからの日本は、世界はこうなる、ああなる」と未来予測がつきものです。
そのような予測本を過去の出版物から調べて(この著者は当ててるな、この学者はとんでもないな)と過去は未来だった現在から批評するのが楽しくて趣味となっています。

先日は店に入るとレジ周辺で店員さんが大忙しでしたが下を向きながら作業していても気配がわかるのでしょうか、自動扉をくぐったら「いらっしゃいませ」と元気な対応。
トイレを借りようと戸口まで行くと「ご利用のお客様はスッタフまでお声がけをお願いします。清算前の商品は持ち込まないようお願いします」と張り紙がありました。
レジまで戻り忙しそうに動いている店員さんに「すみません!トイレ貸してください」と声をかけると「はい!喜んで」と返ってきました。
こ奴・・夜は居酒屋にいるなと思った次第です。
それでいいのだろうか
今日から12月、師走です。
もう平成28年度も終わりの月になったのかとしみじみ思いながら時間の流れの速さに抗らがうように今月も過ごしたいと・・・。
皆さんにとって今年一年はどんな年でしたか?

あまり気が進まなかったのですがとある政治集会に誘われて行ってみました。
一通りの次第が終わって最後に司会が「改革は若者・よそ者・バカ者にしかできないと言われています」と締めくくり。
おいおい、それで締まっていいのかなと心配になりました。
誰の集会だって?
特定しないでください・・特定しないでください・・

前滋賀県知事の講演を聴いて考えた
先週の土曜日(11月19日)に地元の県立安曇川高校創立50周年記念式典が挙行されたのでPTA役員として出席しました。
会場は高島市民会館であり1階750名、2階250名の計1000席がいっぱいになる盛会ぶりでした。
その式典の記念講演でびわこ成蹊スポーツ大学学長・嘉田由紀子氏が約90分にわたって話されました。
テーマは高島市の魅力を考えるという観点から9っのアプローチで語られ、とても聞きやすいいい講演でした。

嘉田氏は滋賀県前知事でもあり、その意味から政治的なお話も入っており、「今回のトランプ氏はなぜ勝ったか」というところからご自身がアメリカに研究員として3年赴任していた時にアメリカの農地は広大で車で1時間、2時間と走っても延々とトウモロコシ畑が続く、そこには人がそれほど住めなくなって学校や病院など社会インフラが整備できず、(これはやり過ぎだ)と思ったと話されていました。

別にアメリカの農業批判のお話ではなかったのですが確かにアメリカ農業と日本農業を比較するのは滑稽なことだと講演を聴きながら考えていました。
日本では「米作」ばかりが中心となっていると言われますが他の野菜類、トマト・レタス・きゅうり・かぼちゃ・ジャガイモ・大根・かぶら・ネギ等かなりの品種を地方の偏りもありますが作っています。
果物もリンゴ・みかん・さくらんぼ・柿・スイカ・いちじく・イチゴ・メロン等々そうとうの品種を生産しています。
アメリカは一部カリフォルニア州などでフルーツの多品種栽培がみられるものの他では圧倒的に単品大量栽培です。
アメリカ農業は次の5っの品目で集約されています。
大豆・大麦・小麦・トウモロコシ・綿花・・これのみを嘉田氏が言われた気の遠くなるような広大な農地でせっせとつくっています。

ここで発達したのがいわゆる(遺伝子組み換え食品)ですが要は単品種の栽培に適するように除草剤耐性や害虫耐性を強くして農薬等の配布回数を減らし、生産コストを下げることを目的としたものだと言えます。
アメリカの世界的な種子メーカーであるモンサント社が開発した「ラウンドアップ」という除草剤は必須アミノ酸を合成する酵素の働きを妨害してすべての植物は枯れてしまいますが、遺伝子組み換えによってラウンドアップの(耐性大豆)のみ育つという構図です。
これによって延々とどこまで行っても(大豆畑)が続くという光景が出現しています。
これはもちろん他に(トウモロコシ畑)や(小麦畑)も同様のことです。

日本の消費者は「遺伝子組み換え食品」についてかなりの警戒感を持っておりその気風を反映してか食品メーカーも原材料として使用することには及び腰です。
スーパーで並ぶ(納豆)でも「遺伝子組み換え大豆ではない」とわざわざ明記されている場合が多いのですが逆に言えば書いていなければ遺伝子組み換えであると思った方がいいでしょう。
厚生労働省では「実質的同等性」という見解を示しており(他の性質が従来の品質を変えなければこれまでの品種と同等とみなす)つまりは特に問題はないと言っていますが日本の消費者団体は「長年の研究データーが出揃っておらず健康被害が生じる可能性が全く否定されたこととは言えない」と慎重な姿勢です。
また、(生態系への影響)や(一部企業の食料支配につながる)と反発があります。

TPPがもし締結され場合、農業への影響は甚大なものがありますが少なくとも日本においてアメリカの主要品目である先に挙げた5っは栽培しても全く太刀打ちできません。
潔く切り捨てて別のアプローチで利益確保を狙うべきでしょう。
その際に私たちが日常食べるパンやうどん・ラーメンなどの麵類、スナック、納豆、豆腐などは「遺伝子組み換え」であることへの受け入れが必要となります。
そうでなくとも国産牛ですらすでに遺伝子組み換えトウモロコシを配合した飼料を食べて育っているのですから。

アメリカもすべてが遺伝子組み換え作物をつくっているわけではなく10%ほどはわざと組み換えていない種子で耕作しています。
もちろんその農地は害虫や病気でボロボロになっていますがこれは有名なレイチェル・カーソン女史が警告した「沈黙の春」をもとにして自然の反乱を抑えるための(人身御供)としてつくられています。

嘉田氏のお話を聞いていて私も議場で8年間のおつきあいをしてきましたが思ったのは、氏のメッセージ内容はやはり研究者または教育者としての立場から発信された方がより多くの人にわかりやすく伝わるだろうなということでした。
これは別に氏の政治的経験を軽視しているのではなく純粋に今までとは違った感じで「聴きやすかった」だけのことです。
その意味から今もいいフィールドで活躍されていることには慶賀なことと思っています。
願わくばそのフィールドも「遺伝子組み換え」されませんことを。





忍び寄る過疎
昨日、自宅を車で出て県高島事務所前を通って左折、NTTドコモショップのある北浜交差点で信号待ちをしていた時に目の前に道路を横断するベビイカーに小さなお子さん(乳児)を乗せ押しているお母さんの姿が映りました。
微笑ましく、心が癒される姿であることには違いがないのですが、その時、私は妙に違和感を感じていました。
それはこのような光景を高島市それも北部で見たのが本当に久しぶりであることに気がついたからです。

高島市今津町の中心から国道303号を西北に上がっていって福井県小浜の方に向かう県境に天増川(あますがわ)という集落があります。
今から30年ぐらい前に町長選挙で青年部弁士として夜間に会議所におじゃました時には集落から40人ばかりの方が出席されて熱心に耳を傾けていただいたことを憶えています。
その時の候補者に対して住民の方は「ここも年々人が、それも若い人が減ってカラスが鳴く日はあっても赤子が泣く声はここ10年聞いたことがない」と過疎対策を訴えておられました。
あの時、昭和から平成になり28年を過ぎようとしている今になって天増川の住民はおそらく10~15名ぐらいになっておられると思います。
夜に集会を開くから出てきてほしいと言ってもたぶん今なら7、8名ぐらいがせいぜいのところではないかと思えます。
住民の過半数が65歳以上を占めたら農作業や冠婚葬祭を行うのに支障が生じるという意味から(限界集落)という社会概念を定義したのが高知大学名誉教授であった大野 晃氏であったと記憶していますがここ天増川もその意味からすると限界集落です。

高島市では区や自治会の数が190ばかりありますが県中間地域過疎高齢化集落問題研究所といういささかくどい名前のシンクタンクの調べによりますと市内でこの(限界集落)と認定できるのが10集落、55歳以上が過半数を占める(準限界集落)が41地域と発表しています。
この割合は滋賀県内でも多賀町の16集落に次ぐ県下2番目、市ではトップという高齢化率をマークする要因となり高齢化率が2016年のデーター、3.4ポイント増の24.1%となった滋賀県全体の水準を大幅に超えています。

今から2年半ばかり前の2014年5月に「日本創生会議」の人口減少問題検討分科会が「出産年齢の中心である20~39歳の若年女性が半減することにより、全国1800自治体の半分にあたる896市区町村が2040年には゛消滅゛する」という衝撃的な発表を行い話題を呼んだことを記憶していますが(平成の日本沈没)はこれより早くやってくると私は地方の現場にいて感じています。

政権がただ今、「地方創生」の目玉として東京などの大都市圏の企業が本社機能を地方に移せば投資額の7%を法人税から差し引ける(優遇措置)を行い、管理部門など社員の転勤などで地方の雇用が増えた場合は1人あたり140万円を税額控除できるように(税制改革)を押し進めていると胸を張りますがそんなものは何のインセンティブ(動機づけ)にもならないと思います。
実際にそれで地方に拠点を動かす企業発表を寡聞にして私は知りません。

人口減少の最終大波が地方を襲うことはもはや避けられない状況であり、ここ5年が勝負どころでしょうがこの状況に対応できる地域づくりを政権のお手盛り政策で実現できるという甘い幻想を捨てて、住民が知恵を絞って考えるべきでしょう。
いかに地域が自立できるのかがポイントであり、その為の仕掛けづくりを構築できるか否かが私たち地方生活者に課せられているのです。






熊のまち
数日前の夕方、家族で食卓を囲んでいたら防災無線から放送が入りました。
次男が「また熊の話やで」と言うので聴いていたら「こちらは高島市防災無線です、臨時放送をお届けします、今日午後5時47分ごろ〇〇で熊の出没が確認されました、付近をご通行の方はご注意ください」。
やっぱり熊か!ぎゃははは・・と家族で大笑いして、(ポケモンGO)でモンスターを探していたら熊に会いましたではシャレにならんなとか馬鹿なことを言ったりして、また笑っていました。

誤解のないようにと思いますが別に熊を馬鹿にしているわけではありません。
昔観た映画「グリズリー」で熊の怖さに震えたり、日本でも大正4年に北海道で開拓村落が熊によって襲われた実話を描いた吉村 昭氏の小説「熊嵐」を読んだことがあったりと結構、熊には興味があります。

実はこの高島市でも探してみれば「熊」とつく地名が多くて昔から熊が多く出たのだなと容易に推測できます。
日本狼は全滅してしまいましたが熊は健在です。(何言ってるんだろう?)
全国でも狼とかを入れた地名は少ないのですが熊とか鹿が入った地名は多く、古くから日本においてこれら動物と共生していた形跡が残っています。

それが平成の大合併で古くからの地名が消え、(希望ヶ丘)とか(緑の里)など没個性的な地名に代わったのは残念です。
誤解のないようにと思いますが別にこれらの住宅地にお住いの方を愚弄するつもりはなく、新興住宅地なら当然新地名もありかなとは思いますが昔からの地名を簡単に変えることは控えた方がいいと思うだけです。
(言霊信仰)の日本ですから「熊」とついた地名なら熊にまつわる何かが隠されているはずですし、「〇〇崩れ」と地名にあるなら土砂災害が多い地域だから気をつけろというメッセージがあるはずです。

地名には古からのしきたり、習慣、事件など様々な(記号)が込められているのですからそれを追いかけるのも楽しいのですが今は暇ではないので老後の楽しみに取っておきたいと思っています。
それにしても防災無線で(熊出没)を連呼する高島市って平和なんですかね。
もしかしたら今度の選挙でも熊が出たりするかもしれません。

高島市での動き
このところブログを書くのが怖くて休止しています。
滋賀県内では甲賀市長選挙、湖南市長選挙、野洲市長選挙が終わり、地元高島市長選挙と市議会議員同日選挙があと3か月と迫ってまいりました。
かなりの水面下での駆け引きが行われている様子ですが耳にしたことを素直に発信することには戸惑いを感じています。
また関係の皆様にもご迷惑をおかけすることにつながるかもしれません。
しばらくは(無線封鎖)をいたしたいと思っています。
緊急地震速報
10月21日午後2時7分、部屋にいた私の手元の携帯が突如鳴りだし、「地震です!地震です!」と連呼。
すわ、早く逃げようと思ったら20秒後にかなりの揺れを感じました。
警告してくれるのはありがたいのですが、このタイミングなら机の下に隠れるのが精いっぱいかなと思ったりもいたします。
それでもありがたいのですが。
どうも震源地は鳥取県とのその後の情報です。
災害と湖西路
10月もカレンダーでは3連休に入り曇ってはいますが穏やかな朝を迎えられたと喜んではいたもののテレビのスイッチを入れると深夜に熊本・阿蘇山火口が噴火し、約1キロの広範囲にわたって噴石が落下、1600世帯が一時停電と報じられていました。
住民の皆さんは大変不安な一夜を過ごされたこととお察しし、被害拡大がないようお祈りしたします。

週末に私の住む高島市から乗用車を運転して南の大津方面に出ることがかなり億劫になってきました。
別に肉体的に疲れたとか、面倒だとかの理由ではなく必ずと言っていいほど(渋滞)に巻き込まれるからです。
特に夕方などは顕著で旧高島町の白髭神社あたりから北小松のまちにかけてはR161がボトルネックになっていて京阪神からこの時期は行楽帰りの車も交じっての混雑となります。
高島から浜大津までなら車で約ですが1時間から1時間20分ほど見ておけばいいのですが週末は2時間から下手をすると3時間ばっかしかかることもあります。
3時間なら東京までこの時代、行けるのですが。

そのようなわけで先週もこの(湖西路渋滞)に遭遇し、這う這うの体で堅田まで来て考えていたのは(もし災害があったら南に逃げるのはムリだ)ということでした。
あの高島から旧志賀町の狭隘な道(これで国道?)を自然渋滞でもかように抜けるのが困難なのに非常時に高島市の住民が一斉にと考えたらため息が出てきました。
それが緊急を要する例えば原発事故ならおそらく発災から2時間以内の避難を要求されるでしょう。
政治的に、また行政的にもシュミレーションしておかねばならないはずです。
しかし、そのような議論がなされている、またはなされた記録は見当たりません。
なるようになる、泥縄式対応に任せるということでは福島の教訓をまったく活かせていません。

堅田のドラッグストアでトイレを借りました。
張り紙があって、「最近、トイレットペーパーの消失が続いています、不審な人を見かけたら店員にご一報願います、また警察署にも被害届を出しています 店長」と書かれてました。
やれやれ、何ともせちがらすぎる世相になったものかと思いました。
公衆の使用するトイレに入ってまで息が抜けないなんて・・・。
ここに監視カメラを設置するにしても純プライベート過ぎてできないだろうし、昔は道徳心の普及でこのような行為はなかったはずだけどとまた余計なことを考えて車を走らせました。

前知事の講演
私の次男は私が卒業した県立高島高校に通う現在1年生です。
学校までは我が家から歩いて5分、走って1分の距離です。

昨夜、食事の時にこの次男が「今日、嘉田さんの講演会があった」と報告しました。
私が「学校で?それは前の知事の嘉田由紀子さん?」と訊くと・・。
「そうや、学年で社会実習の一環でお話を聞くことになったんや」と息子。
「それで何の話やった?時間はどれぐらいしゃべらはった?」
「滋賀県のこととか・・・大学の話で、2時間ぐらい」
「2時間!長いな!あいかわらず・・それで理解できたか?」
「寝てたからイマイチ・・」
「そうか・・お父さんも寝てたからな、議会ではあの人の話のときは」
「それで一番前に座っていたからかもしれんけど最後に質問があるかと言われたんや、ボクに」
「なんて質問したんや、なぜ栗東新駅をつくらなかったのですかとかか」
「わかりませんて言うたらしつこくて゛じゃ、1分あげるから考えてね゛と言われて・・」
「それで?」
「滋賀県の大学には他県の人も来てますかと質問した」

その会話を横で聞いていた妻が参戦してきました。
「嘉田さんと言えば○○(長男の名)が行っていてあなたがPTA会長をしている高校にも来月来るんでしょう?」
「ああ、創立50周年特別記念講演の講師でね」
「あなたの立場でよくお招きしたわね」
「しかたないだろ、前会長の時からすでにプログラムは決まっていて学校長が゛会長、嘉田さんにお願いしてありますから゛と言うものだから特に反対できなかったんだ」
「あの人はいろんなところで講演されているみたい」
「そうみたいだね」

食事時の会話は続いて・・。
「あなたは嘉田さんの野党だったの?」
「地方議会は2元代表制で野党も与党も本来はないけどね」
「でも反りは合わなかった?」
「予算外で突発事項が発生しても知事には絶対に頼みにいかなかったな」
「例えば?」
「いつぞやの年の暮れぎりぎりになって高島で初雪が降ってそれが湿った重たい雪でさ、朽木で杉の木が何本も倒れて電柱をなぎ倒したり、電線を切って停電になった時は高島市の要請もあったけどすぐに副知事にお願いしたことはあったな、それ以外でもいろいろあったけど知事に直接個人としてお願いに行ったことは1度もない」
「知事が゛石田議員の言うことはきくな゛と県庁でおふれを出したら困ったでしょう」
「そうなれば議会で反対するだけじゃん」
「そんなんで良かったの?」
「地方議会は条例の可決率があまりにも高すぎる、ひどい市になるとほぼ100%だ、これは議会のチエック機能が肝硬変を起こしていると言ってもいい、もっと議会は首長との対等との見識を発揮して議論して納得の上で議決するべきと思っている」
「在野で言っても負け犬の遠吠えね」
「負け猫と言ってにゃー」








米原七不思議
9月も今日で終わりますが「長月」とも言われているのに早かったなというのが正直な感想です。
昨日はjR米原駅東口に自家用車を停めて新幹線で名古屋に出た話をいたしましたが国道を走れば道路の左側に(1日300円)というパーキングののぼり旗がさしてあり、(おお!これは安い)と駐車しました。

国道を横断するとすぐパーキングがあり(1日350円)と看板がありました。
(道を通るだけで50円高くなるんだ)と思いながら50メートルほど歩くとまたパーキングがあり、(400円)と旗がかかげてありました。
(徐々に高くなっていくな、米原市民恐るべし)
右に回り駅を正面にするといきなり(500円)。
(はぁは~ん、もう駅が近いからワンコインに上げてきたか、そうはいかないよ、こっちは300円に停めたから先物買いだ)と意味不明の思考です。
駅のロータリーまでくると(1日600円)、旗までオールカラーで看板も堂々の3色刷りでした。
ここまで来ると駅に横付け、ドア ツウ ドアの感覚です。
(600円・・私の300円からすると倍額!ここに平気で停められる方は特権階級の御方に違いあるまい、かたじけない)と感心すると同時に(500メートルばかり歩くだけで300円儲かった、経済的合理性の勝利、V!)と優越感に浸っていました。

それにしても琵琶湖側の入り口が米原駅西口?
なんで?
普通、琵琶湖の方から朝日が上がるから東口ではないのかな?
これは米原七不思議の一つ「なぜ米原駅は東側が西口なのか?」に認定されました。
あとの不思議は「なぜ米原では選挙結果がはっきりとわかれるのか?」とか「なぜ米原では前回から県議定数が2から1になったのか?」や「なぜ米原では物流拠点SILK計画のとん挫を誰も言わないのか?」などご当地七不思議があります。

用事が済んで名古屋から再び米原に降り立った私を台風の影響からくる豪雨が出迎えてくれました。
傘を持っていなかった私は駐車場まで500メートルを鉄腕ダッシュ!
どぼどぼになってちっぽけな優越感は水に流れ、風邪をひいて薬を飲んだので経済的合理性は吹っ飛びました。(あとクリーニング代も)
300円を惜しまず、雨にも濡れずを選択すべきでした。


日本語の難しさ
昨日の正午少し回った頃、ある地方都市(滋賀県彦根市)を車で移動中だった私は昼食を購入しようととあるコンビニ店にパンと牛乳を求めて入りました。
レジでは若い(たぶん20代)女性店員がいて彼女に(パンと牛乳)を渡し、財布を取り出しました。
「○○○カードはお持ちですか?」と彼女がパン2個と牛乳パックをビニール袋に入れながら尋ねてきました。
それについては持っていなかったので言葉のニュアンスとして「ハイ・・・」と少々声を落として答えました。
すると彼女はバーコード読み取り器を置いて「持っているんですか!無いんですか!どっちです?」とかなり厳しく(詰問調)で私をにらみつけたので咄嗟に「いえ、持っていません!」と答えました。
彼女はやれやれといった表情を浮かべて「365円になります」と言いました。
私は店外に出て今のやりとりについて考えてみました。

私は自身が体験したことから何らかの(教訓)を得ようとする社会観察者(ソーシャルウオッチャー)です。
心理学者ならこのケースは彼女の心理状態について、生理学者なら女性固有の生態から特殊性を導きだそうとするでしょうが、私は政治経済及び人間学分野の方であり、このケースは政治や経済は関係ないだろう、もしあるなら経済的に彼女は薄給で働かなくてはならない状況にある自分を許せず、たまたま気の弱そうで軟弱ぽい男(私)にはけ口としてぶつけた?
あるいは私の後ろに並んでいた人々に(私をなめるな)とアピールした?
これは(威嚇)と言って動物行動学の分野になります。

ここで初めに戻って考えてみると彼女が「持っているか?」と訊いてきた時に私は「ハイ」と答えています。
もしかしたら彼女はその質問で私が持っていることに気が付き、カードを取り出すことを期待していたのに私がそのまま突っ立っているのでイラついて「どっちだ!」となったのでしょうか。
私としては(あなたの質問が私に投げかけられていることはわかりましたよ、でも私は○○○カードなんて自分がその存在も認識していないものを所持しているわけないでしょ、ハイ)とこの(ハイ)の1秒の中にこれほど大切なメッセージをこめて答えたつもりだったのです。
つまり(持っていないが質問はされているからあなたの問いかけを無視するわけにはいかないからハイと言いますよ)なのです。
バカの思考です。
始めからはっきりと「持っていません」と言えばよかったのでしょうか。
そうすることによって全国展開している幼稚園児からお年寄りまで国民誰しもが知っているローソン様(言ってしまった!)の沽券に傷をつけるような恐れ多いことにならないかと心配で(ハイ・・)という折衷的なお答えを用意した私めが間違っていたのでしようか。

日本語は難しいです。
外国人としゃべるときは特に注意しないと「ハイ」の一言をその通りに受け取られたりします。
「貴国は我が国と戦闘準備に入る用意があるのか?」
「ハイ!」・・・オオゴトになります。
黙っていて笑顔を浮かべているとジャパニーズスマイル、またジャツプめ、だまし討ちをたくらんでいるのか、今度は引っかからんぞと曲解されます。
日本には(惻隠の情)、黙っていてもそこはかとなくその人の心中を推し量る文化があるはずですがパンと牛乳ぐらいでは発動されないのですか。






新幹線でのちよっとした出来事
昨日は日帰りで東京に出張。
日帰りですから一日を有効活用するために早く出て行かねばなりません。
自宅を車で出て木之元経由で湖北をぐるっと回り、JR米原駅前で1日500円の駐車場に車をとめて7時57分発の新幹線に乗り込みました。
それでも東京着は10時10分。
午前中は周辺の滋賀県関係機関を廻り、午後からは主に永田町。
夕方まで陳情なり打ち合わせをこなして東京駅まで戻りました。
多少の疲れはありましたがエキサイティングな交渉もあり、頭は冴えていました。
車内に席を取るとこんな時は1人慰労会で缶ビールでも飲みたいものですが米原から車を運転しなければならないので車内販売の珈琲を注文、今度は販売の女性と変なことにはなりませんでした。

駅前の八重洲ブックセンターで買った「古代史が面白くなる地名の秘密」八幡和郎著(歴史新書)を読み出しました。
私は本を購入する際、興味があるジャンル若しくは題名で選ぶか、著者が好きなら無条件で手に取る「著者買い」をするかですが、八幡氏は後者です。
珈琲を片手に落ち着いて本を読みだすと品川駅に停車しました。
ホームから車内に(当たり前ですが)若者が3人乗車してきました。
ごく普通のいでたちでジーンズにポロシャツ、年齢は20才から25才ぐらいの男性ばかりです。
私は内心、(騒がれたら読書の邪魔にならないだろうか)と思ってしまいました。
すると3人の若者はジャストミートで空いていた私のちょうど前列に座りました。
彼らは私が欲しかった缶ビールを車販のお姉ちゃん、シャオチエから買って、うらやましいことに(するめ)とか(柿の種)などの小宴会グッズまで追加注文していました。
(これはいよいよ騒がしくなるのでは)
若者3人が旅行、話が弾むに違いない。
ああ、迷惑じゃ、迷惑じゃ、私の静謐な読書タイムを保証してほしい・・。

そこへ私の前に座っていた若者がくるりと向き直って遠慮がちに「あの・・席を倒してよろしいでしょうか?」と言うではありませんか。
「ああ、どうぞ」
そこで控えめにシートがゆっくりと倒れました。
すまなかった、若者たち、邪推ばかりして・・・。
考えてみれば私が後部座席の方にそんな声をかけたことがあったか?
さも当然とシートを深々と倒していたではないか。
それをこの若者はこの若さで・・偉い、偉いものだ!
すまなんだ、すまなんだ、疑ってすまなんだ・・ビールとおつまみを妬んですまなんだ・・。
自分が恥ずかしい。
そして日本の未来は明るいと思う、君たちのお陰だ、こんなほのぼのとした気分になったのは・・、ありがとう。
読書に集中している間に新幹線は米原駅に着きました。





①格差問題ーいつから深刻化したのか
あの寝苦しかった暑い夏も去り、昨日あたりからタオルケット1枚を片付け秋布団を出してきました。
早速、飼い猫たちが嗅ぎつけて一緒になって寝ている状態です。(猫は環境の変化に敏感です)
昨日から天候も崩れ土砂降りの雨を降らせていますがいよいよ台風16号が近畿に接近し、これからは災害情報要チエックです。
明日は東京主張ですがどうも台風を追いかけていくことになりそうです。

ヒマ人の近況など誰も興味もないでしょうし、日々の自分史や歳時記は公開が原則のブログではなく日記にしたためればいいことですからできるだけ一般論でも書いていこうとは思ってこのブログを続けてきました。
そこで前から個人的に関心がある「格差問題」をモチーフとしたいと思います。
格差問題はもちろん社会問題であり、政治家崩れの私が生前(つまり現職中)に多くの人々のご意見をお聞きしていた際、常に無限ループの如くここに戻ってきた政治的社会的マターでありました。
経済学的に言えばマクロではなくミクロ経済の範疇で、「貧困の罠」から抜け出せず、身を持ち崩していく人々、また「身分固定」にもつながる重要な問題でもあります。
親から子へ貧困が遺伝していく様は健全な民主主義社会を志向する私たちにとって最も避けねばならない状況であります。
そこには教育の平等性と在り方、社会保障の健全性と公平性への議論、個人としての稼ぎ方、家族制度の検証が必要になってくるでしょう。

前書きはこのぐらいにして日本で格差問題がかまびすかしく言われ始めたのはいつ頃だったのでしょう。
すでに50代に突入した私世代は戦後の混乱を経験していない時代に生まれたのであって「戦争を知らない子どもたち」ではなく、もちろん「軍国少年」でもなく、高度成長期の上昇感を風いっぱいに受けた誠に恵まれた「20世紀少年」でありました。
後にバブル経済のおこぼれをもらい損ねる、「遅れてきた戦国大名・伊達正宗」とも言われました。(これは冗談)
それでも昭和40年代から年号が終わる頃までは日本人誰もが「一億総中流」を実感するかどうかは別として認識はしていたように思います。
おそらくバブル経済がはじけた平成3年から平成4年の後、少し経過してから「失われた10年」と名される混沌とした戦後処理(バブルの)を抜けて企業の「勝ち組・負け組」という概念が定着しだした頃からだと思えます。

今から思えばあの頃がターニングポイントであり、企業価値の「勝ち組・負け組」だけではなくあらゆるものがふるいにかけられ、年功序列制度や終身雇用制度も見直され(否定され)、時あたかも国民の熱狂的な歓声を受けて誕生した小泉純一郎政権が「改革の痛みに耐えろ」と檄をとばしていました。
(痛みに耐えろ?)・・はあ、あれからずっと耐えているじゃんかよ!とコメディアン調でたまに突っ込みを入れます。
ともかく「働き方の多様化促進」とか「ライフプランの見直し」など美名をちりばめて雇用法の改正に踏み切り、その後は非正規雇用やパートタイマーの数が正規雇用者を完全に逆転します。

小泉氏の参謀であった竹中平蔵氏は当時、「向こう側理論」を唱えました。
こちらは火事だ、早急に対岸に渡らねばならない、しかしみんなで渡ることはできない、体力の無いものはここに残って力に余裕がある者から渡って行こう、なに、心配することはない、向こうに渡ったら必ず迎えにくるから。

迎えに来てくれたでしょうか?
あれから10年たちますが待てど暮らせどお迎えは来ませんけど・・・。
見たら向こうに渡った人たちは更に向こう側に渡ろうとこちらを一顧だにせず更なる前進をしていますけど・・。
いつになったらお迎えが来るんでしょうか、その前に個人的なお迎えが来そうですけど。

長くなるので今日はもう終わりにしますが「格差問題」を考えるということは極めて今日的なことで足もとから私たちの暮らしを設計しながら社会についてモノ申していくことだと思っています。







対岸の火事・我が家のボヤ
不謹慎な物言いかもしれませんが「対岸の火事は大きいほど面白い、我が家のボヤ(小火)は小さくても大慌て」という心理が人間には働くときもあろうかと思います。
このブログでたびたび「地元のことは書きにくい」と言っていたつもりですが意を決して書いてみたらボヤなのですが大慌てとなりました。
私の一昨日(9月15日)に投稿した「地方議会の弛み」という題名のブログ内容が思わぬ角度から跳ね返ってきたのです。
滋賀県高島市の監査請求時に個人情報が市議会で漏えいしたことを取り上げたのですがご興味のない方はここで閉じられた方がよいとお勧めいたします。

昨日(9月16日)のお昼過ぎに高島市役所担当部局の方(つまり市職員)からお電話が入り、「石田さんの昨日のブログが議会で波紋を呼んでいますと同時に事実に反したことも書かれているのでお知らせいたします」と切り出してこられました。
その主張をお聞きしてみると・・・・。
①「一部議員が請求人の名を公表しろと迫り」の件は間違いで「請求人の名を知ることはできないのですか」と尋ねただけのことである。
②ブログの内容ではまるで市議会が市長に名簿の公表を迫ったように受け取められるがそのような事実はない。
③その後市議会では代表者会議を行い「この行為は無かったことにしよう」と示し合わせたと書かれているがどこから聞いたのかは知らないが全くの事実無根である。
という3点についての是正を求めるものでした。

加えて「議員の中には゛名誉棄損゛で訴えるという方もおられます」との言葉にはさすがの私も色をなして「特定の個人名を出してもいないのにどうして訴えられるのですか?それが示唆される文章だったでしょうか、市長ならもちろん特定されますが、それなら私にも考えがあります」と反論すると「いえ、それほどきついことにはなっていません」との返答でした。
もし市長が私を訴えるとなれば同時に読売新聞を除く主要新聞社が9月16日の朝刊で「市長の指示で(名簿を)配布した」と書いているので漏れなくそちらにも同じ手続きを踏んでもらうことになります。
まあ、賢明な方なのでそのような地雷を自ら踏みにいかれるとも思いませんが。

そこで私も冷静になって市から申し入れられた3点について考えてみました。
まず、①の「公表しろと迫った」については素直にそのような発言は無かったとお詫びして訂正いたします。
議事録、テープを整理してみて当該の文言は出てきませんでした。
筆が滑りました。
しかし、真実としては帰着は同じであって「公表できないのですか」という発言から6月14日の議員全員協議会の場において個人情報が口頭ではなく監査請求人自著名簿がコピーまでされて配布された重い事実は変わりません。
また、発言された議員名も当然承知しておりますが事態を混乱させたくないので公表いたしません。
②に関しては議会が市長に要求したように読み取れるのなら私の文章力の無さから誤解を招いたものとこれもお詫びいたします。
市長が自らの意思で職員に配布を命じたとさせていただきます。
③後日の代表者会議で「この行為は無かったことにしよう」という示し合わせがあったと書いたことに事実無根とのご主張なのですが、これについては秘密会なので議事録が残っていませんからまさに事実は藪の中なのです。
私も証言から拾っただけです。
「無かったことにしよう」といういかにも時代劇の悪代官ぽいセリフは無かったのでしょう。(そうおっしゃつていますから)
議会にも品格がありますからそのようなゲスの極みの言い方もなかったのでしょう。
それでも議会事務局長名で(議長名ではなく)「コピーの回収」を依頼する文章が議員に出されたり、その後は個人の責任において名簿を廃棄するよう通達された(事実)まではまさか否定はされないかと思っています。
少なくとも(議会として関与しないでおこう)という疎通はあったからその後にこのような回収や廃棄の行動があったと推測するのが考え方だと思います。

高島市議会の名誉の為にもはっきり申し上げますがこの全協(全員協議会)に出席していた議員の大半の方は無関係であり、一部(2~3人)の議員の発言から事態は招来されています。
このことについては6月28日に住民監査請求の意見陳述の席で代表監査から住民に個人情報が漏えいしたことについて謝罪が行われています。
ただ、情報の出どころは所管の監査委員会ですが実際にコピーして配布したのは議会事務局職員であり公務員法に照らし合わせる行為と言えますし、全協の場で口火を切ったのは一部議員からということと任命権者として職員に配布を命じたのは市長であると指摘しただけのことです。(代表者会議は翌日の6月29日に急遽行われています)

そもそも議会として市に上がる住民監査請求は放っておくべきなのです。
確かに議会承認の監査人(つまり議員)は監査委員会に出ますがこれは立法と独立した機関です。
監査請求は住民の直接参政権の一部なので議会が関知すべきことではありません。
それなのに議長名で「我々議会が下した議決に対して興味を示すことは当然のこと」と文章を頂いても(請求内容を知るということならともかく請求人の名前をなぜ知らねばならないのですか、それは興味本位ですか)と思うだけです。
議会とは地方においては二元代表制の一方の雄として住民に選ばれた議員が構成して各自誇りと見識を持って(決議機関)として良識を保ちつつ住民の福祉向上の為に意見を闘わせていただく場と思っているだけのことです。
それは理事者側と適当な距離をおいて言論で対するべきことだと申し上げておきます。
さらに申し添えますと、議会事務局は議会に謝りに行ったと側聞していますが、被害にあった監査請求人には市からも何ら謝罪の言葉がありません。
このことが今回の訴訟に原告団として踏み切った大きな理由であることも指摘させていただいておきます。
またこのブログが高島市政についてこれ以上のボヤから大火になりませぬよう関係の皆様のご理解を賜りますことをお願いいたしたいと思っています。











記者会見の怖さ
蓮舫氏の台湾との二重国籍問題の真相が解明されつつありますが、昨日の記者会見で本人が今までの前言を翻してこれを認めました。
ただ、謝罪の言葉は感じられず、無念感はにじませながらも民進党代表選挙からの撤退は考えていない意向を示しました。
この疑惑については作家の八幡和郎氏や(株)アゴラ研究所所長で評論家の池田信夫氏が追及をしていたところです。
今朝(9月14日)の主要紙・読売、毎日、産経、中日、京都、朝日を買ってきて記事を比較してみましたが全紙に二重国籍を蓮舫氏が認めたことは報道されていたものの論調や取り上げ方にはかなりの温度差がみられました。
一面で蓮舫氏について記載していたのは読売新聞と朝日新聞でした。
ところが読売は「蓮舫氏、台湾籍認め謝罪、民進党代表選撤退は否定」とあり朝日は「蓮舫氏優位保つ」と真逆の捉え方。
二面以降も読売はこの問題を重く受け止め社説まで「蓮舫氏台湾籍・二重保有への認識が甘い」と批判したのに対して朝日は「蓮舫氏台湾籍残っていた、代表選への影響限定的か」と擁護の立場を取っています。
さすが外国には甘い(特にアジアへの)朝日の面目躍如です。
これでよくジャーナリズムを名乗っているなと思います。

ここまで追及の矛先を向けてきた八幡和郎氏のご労苦に敬意を表しますが残念に思っていることは主にネット上で八幡氏に対して蓮舫氏が女性だからでしょうが「女性差別」とか「人種差別」などと的外れな批判をしている投稿もあることでした。
問題を完全にすり替えている悪意ある批判でしょう。
蓮舫氏は熾烈な政治の場で日本国の為に議員として立っていると最低限思いたいものです。
言ってしまいますが女性だからとか外国人だからとそれを言えば差別などと甘いメンタリティは願い下げにしてもらいたです。
これは明らかに学歴よりも悪質な「経歴詐称問題」です。
真剣にリスクを取って追及している人物に対してくだらないレッテル貼りをするのはやめましょうと訴えます。
更に付け加えますが蓮舫氏は本来なら代表選辞退が最低線、議員辞職も検討しなければならない状況だと思っています。
民進党が今後、「国民の為の政党」と胸を張って主張するつもりならのことですが。

昨日は久しぶりに滋賀県庁に行き、記者クラブ横の会見室で記者会見の場に同席しました。
新聞記者、通信社記者、テレビ局マンらの取材を見ていました。
私は記者会見は政治家にとって大変怖いものだという認識がありますが他方、会見して記者発表する側つまり記事のネタを提供する者としてまず「書いてもらわなければ始まらない」という前提があります。
その為には3点ばかり心がけねばならないポイントがあります。

①信憑性・・・一番重要なポイントですがマスコミとして誤報は絶対に避けたところです、記者会見に臨む者としてありのまま素直に事実と心情を語らねばなりません。
記者も書くとしてもそこを突いてきますから少しでも疑いがあれば取り上げません。

②話題性・・・意外性とも言えますがよく言われる例えに「犬が犬の子を産んでも報じるに足りないが猫の子だったら別だ」という論理です。
やはり限られた紙面や報道枠ですから世間が関心を持ってくれる話題なら取り上げやすくなります。

③真摯性・・・真摯性なんて言葉はありませんが要は報道してもらいたと思う側がどれだけリスクを持って覚悟をするかをアピールできるかです。
記者も人の子ですから取材したものを活字なり画像にするには発信者としてのプライドがあります。
いい加減な気持ちでしゃべっていることや欺く姿勢があればそれは見抜かれます。
そんなことを昨日は考えながら県庁にいました。





嫌われる理由もいろいろ
いよいよ秋本番ですが、私の住居もいわゆる文教地区などと洒落た場所でもないにしても歩いて10分のところに小学校と中学校、ダッシュして1分のところに公立高校がありますからこの時期になるとグランドから拡声器の声が風に乗ってよく届きます。
運動会の練習と準備をしているようです。

先日はちょっとしたグループの飲み会に参加していましたが男女合わせて6人ぐらいの規模で居酒屋に入っていました。
場はそれなりに世間話で盛り上がっていたように思いますが、ある女性が「この頃は天気もいいから洗濯物がよく乾くわね、今日も休みだからお布団を干したけどやっぱりふかふかで気持ちがいいのよ」としゃべっていたのについて私も失敗したなと後で思ったのは「そうかな、じっとり湿った布団も心地いいよ」と言ってしまったのです。
女性はドン引き、座は一瞬はシラーとしました。
ビール2杯、酎ハイ1杯で少し酔い過ぎかと反省です。

昨夜は自宅で夕食中、テーブルに飼っている三毛猫ミミがちょこんと乗ってきました。
そのまま気にせずお茶碗を持ったまま食事をしていましたがそこへ一匹の蚊が飛んで来て猫がパクリ。
そのまま私の腕をザラザラした舌でペロペロ。
複雑な心境でした。


編集会議
昨夜、急遽に私のブログについて家族会議と称して編集会議を行いました。
以降はその議事録の抜粋になります。
(長女は学校の夏季休講を利用して普通自動車運転免許取得合宿に参加の為欠席)

私「あぁー今夜の議題は(なぜ石田ゆうすけブログの゛いいね゛が増えないのか)についてです、編集長の私が召集しました、各自忌憚のない意見を述べるように」
次男「前から思ってたんだけどまず動画とか写真を中心にしたらいいと思う、やはりビジュアルに訴えないと」
長男「それはある、ごちゃごちゃした文章なんかはみんな忙しいから読まないし、それに文章も読みにくい」
私「文章中心のスタイルは発刊からの編集姿勢だし、文章は優雅にして典雅、気品があってしかも諧謔みすら感じるアイロニーに満ちたものだ」
次男「読みにくいし、もっと日本語を勉強したらいいと思う」
私「うるさぁーい!」
長男「怒ったら会議にならないよ」
妻「それに゛いいね゛が増えないのはお友だちが少ないからよ、もっと自分から友だち申請しなくちゃ」
長男「最高で何個だったの?」
私「28・・」
次男「やばー」
私「とにかく営業努力は引き続き懸命に行います、次!」
妻「それと家族の事を書くのはやめてくれませんか、私の知り合いもたまに見てあんたも大変ねとか言われてるし」
私「基本は政治を中心とした時事ものだけどそれだけでは興味がわかないと思って家族ネタや猫ネタも挟んでいる」
妻「政務活動費を猫の飼育本に使っていたという報道の時は外を歩けなかったわ」
長男「兵庫の野々村と並んでテレビに写真が出たときは絶句したぜ」
次男「我が家の恥だ!」
私「うるさぁーい!古傷にさわるな、もう終わったことだ」
妻「あなたもね」
長男「SNSを舐めないほうがいいよ、どこに飛んでいくかわからないし、誰が読んでいるかもわからないから」
私「私は゛汚れた英雄゛だ」
次男「意味わからないし」
私「草刈正雄を知らんのか、大河ドラマで真田安房守昌幸を演じてるでしょ」
次男「興味なし」

以上のように事前に予想されていたが会議は紛糾して結論も出ず、まとまりを欠いた。
私としては会議メンバーに口から産まれたような長女が参加していなかったことだけが助かったなと思う次第である。

新米の季節に想う
私と家族が住まう滋賀県高島市今津はコメの早い収穫で有名な農村地帯ですが一昨日あたりから我が家に次々と近隣の農家の方が新米を(それも精米して)持ってきてくださるという現象が起こっています。
1俵(60キロ)とか半俵(30キロ)などの大袈裟なものではないのですが5キロとか3キロ袋に入っており、これも件数が増えると結構な目方になります。
集まった米袋を見て(なんか、お寺の住職になった気分だ)と思いました。

8月の終わりから近所の水田(もう水ははってありませんが)ではコンバインが音を立てて縦横に走り、稲を刈り取っている光景がみられました。
表題の「新米の季節に想う」を深読みされた方は(石田はきっと故郷の稲刈り風景を情緒的にブログに書くのだな)と推測されたかもしれません。
ところがコンバインが動いている様をじっと見ていた私の脳裏に浮かんできたのはくだらない記憶でした。
昔、ゲーム機のプレーステーション(だったと思います)のゲームソフトで名前は忘れましたがメットをかぶったいかついおっさんややたら威勢だけはいい兄ちゃん達がトラクターやブルドーザー、ショベルカーやクレーン車を乗り回してお互いにバトルを繰り広げるという馬鹿らしさを通り越してとんでもない内容のものがあったのを思い出したのでした。
キャラメークは確か漫画家の本宮ひろし氏で破天荒なストーリーでした。
土建屋チックと言えばそうなのですがもし建設現場で重機を振り回して喧嘩をすればたちまちマスコミの工事、いえ好餌となるでしょう。
稲刈りを見ながらそんなくだらない事を考えているとはつゆ知らず、農家の方は「石田さん、おすそ分けしてあげるわ」とのんびりしたものでした。

私は子どもの頃から多少夢想家の気があったのかもしれません。
20世紀を代表する文学作品でマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の最初の部分に主人公が熱い紅茶にプッチト・マドレーヌを浸して食べたらたちまち意識がぶっ飛んで昔住んでいた街の記憶の中に戻ってしまうというか、「無意識的記憶」の虜となり、後年は筒井康隆氏が「時をかける少女」でラベンダーの香りを嗅いだ原田知世を過去に飛ばしたようにちよっとしたきっかけで意識が時空を超えてしまうというやっかいな症状です。
おそらく同病の方もいらっしゃると推測はしているのですがこんな事をまじめにしゃべって「実はオレも」とか言われたらそれはそれで対応に困ることになります。


車内販売で珈琲を飲む
先週はPTAの用事で久しぶりに上京しました。
この(上京)なる単語は現在では死語となっているように感じます。
(東京だよ、おっかさん)の時代は遥かに過ぎ、いまや地方生活者の憧れでもなくなっているのですが交通機関の発達で気楽に行けるようになったと滋賀の片田舎から思います。
東京などを対象にした(都市論)は興味があるのですが触れればこれで一日が終わりますからスルーいたします。

帰りの新幹線は東京駅からのぞみ号に乗車しました。
夏休みも終わりのこの時期、しかも平日の昼ですから乗車率は50%を切っていた感じで車内は比較的空いていました。
横はA席からC席の3席と通路をはさんでD席、E席の2席。
私は窓際のE席に座りました。
品川に停まり、新横浜を過ぎても隣どころか一列、私以外は誰も座っていませんでした。

昨夜は宿泊のホテルに早めに帰りぐっすりと睡眠をとっていたので頭が冴えていて持ってきた新書も読んでしまい、しかたなく車窓から外の景色を眺めていました。
そこへ「失礼いたします」とカートを押した車内販売の女性が前方より現れました。
見るとまだ20代前半ぐらいの年頃でにこやかに笑みを浮かべ、髪は後ろに紺のリボンで括っていました。
(偉いな、若いけどしっかり働いているんだな)と働いていないおじさんとして引け目を感じつつ珈琲を頼もうと思いました。

彼女のカートが来たので「すいません、ホット珈琲ください」と言うと「はい!おいくつでしょうか?」。
へ?
冴えていたはずの私の思考回路が一瞬にしてショートし作動しなくなりました。
(いくつって・・珈琲なんかいくつも頼む人がいるんか?普通は1人1回1杯が常識違うんか・・)
(いや、いや、新幹線の中に超常現象が起こってるんや、私の隣の席に誰か座っていて彼女にはそれが見えるとか・・)

「あのぅー誰かいます?」
へ?
今度は彼女が私を不思議そうに見て言葉に詰まったようでした。
「はい・・お客さん以外にですよね・・・」
以外にいるなら指摘してよ・・次の言葉を待つ白昼の車内販売でした。








晩夏の庭
大昔の洗剤のテレビCMで「金・銀・パールプレゼント♬」とやっていましたが私は(銅はダメなんけ?)と思っていました。
リオ五輪が閉会しましたが日本は過去最多のメダル41個と当初の目標を大幅に上回り、熱狂させていただきました。
もちろん「オリンピックは参加することに意義がある」とクーベルタン男爵の言葉にあるように5大陸に住む全人類の平和と共存が開催の主旨であることには間違いありませんから懸命な競技を見せてくれたすべてのアスリートたちに感謝です。
勝って嬉しい、負けても美しい、そんな五輪でした。

話は変わって近況ですが私は結婚して以来、妻にあれこれやってと言った覚えがありません。
せいぜい「シャツは何処?」とか「おこづかいちょうだい!」ぐらいです。(言えば自分も動かなければいけないから・・打算!)
それなのに妻は仕事も家事も率先垂範で私にも海兵隊並みの動きを要求してくる鬼軍曹です。
昨日もこのクソ暑い中を庭の草取りをしろと言われました。
彼女自身がすでに汗でドボドボになりながら要請するので断れないのです。
庭なんて誰も見ていないよ、雑草なんて秋が来て冬になって雪が降れば枯れてしまうんだよ、わざわざ抜かなくてもいいじゃないかと予定調和を説くのですが聞き入れてもらえません。
それで私も参戦して汗だくでした。

私はフィンランドの作家でトーベ・ヤンソンが描いた「ムーミン」が好きですがお気に入りのキャラは(ジャコウネズミのおじさん)です。
いつも木陰に吊るしたハンモックに寝そべり本を読んでいて口癖は「無駄じゃ、無駄じゃ」。
ムーミンたちがムーミンママがつくったシチューが美味しくないのは太陽の女王と北風の精が喧嘩をしていつまでたっても冬が来ないとか、(おさびし山)でニョロニョロが暴れていると右往左往して騒いでいるのにストーリーに参加せずすべての事象を軽く受け流している人(ネズミ?)です。
世の中を斜に構え、ギターを弾いた渡り鳥でムーミンの都合がいい時だけ出てくるアドバイザーの(スナフキン)でさえ彼から比較すればまともです。
一度テレビでも勤労感謝して猛烈に働いているジャコウネズミのおじさんを出してもらいたいなと思いますが日本で版権を持っている講談社がゆるさないだろうなと庭で草をむしりながら考えていました。

8月にも早稲の里
昨日、日課の散歩をしていたらはや耕運機が田んぼを周回していました。
稲刈りが始まったのです。
私の住んでいる高島市今津は滋賀県下でも最も早い稲の収穫で農業関係者の間でも有名です。
これが近日中に食卓に上るのですがやはり新米は美味しいものです。
品種は早場米の「ハナエチゼン」。

新米をふっくらと炊いて、もう冷凍でもいいからサンマを焼いてスダチを絞り大根おろしを添えて食すあの季節感は最上です。
今、目前には金色の田園風景が広がっていますがマルコポーロが「東方見聞録」で描いた(黄金の国・ジパング)とはこの景色だったのかもしれません。
急ぐ時に限って
昨日、懐かしい人から電話があり滋賀県に用事があって来たので寄りたいとのこと。
慌てて家の中を見合わせても来客用のものが全くなく、この暑さで遠方から見えるのなら冷たい飲み物でも用意しようと車で5分ばかり行ったところにあるドラッグストアに飛び込みました。
とりあえずペットボトルのお茶とかジュースを買って、ふと見れば氷まで売っていたので1袋買いました。
普段はあまり買ったことのないものでしたがロックアイス、750グラムで98円ぐらいの代物。
それと箱入りのアイスクリームも買いました。

レジでお会計をして頭の中に氷を買ったということが当然あるものですからいそいそと駐車場に出ましたがやはりというか、お約束というか知っている方とばったり!
困ったことに軽く会釈して「こんにちは」ですめばよかったのですが間が悪いことにその方とは打ち合わせをしなければいけないなとお互いに思っていたところなので「今、急いでいますから」と簡単にその場を逃げられない状況となりました。
相手の方がちょうどよかったと熱心に話して下さるのはわかりますが、私はちょうど悪かったぐらいに気もそぞろで何とか話を切り上げたのは7分ばかり経ってからでしょうか。
慌てて自宅に戻って冷蔵庫に直行したものの氷は四分の一ばかり溶けていて、アイスは半解凍の状態でした。
このエピソードについて「今年の夏は暑い」というのか「好事魔多し」というのか、何を示唆しているのか自分でもわかりません。
立秋
今年の冬は豪雪で知られる高島市もまったく雪が降らず、地元の人たちも「今夏は暑くなるで」と噂していましたが予感的中で滅茶苦茶暑くなりました。
お盆も過ぎれば秋風が吹き、少しは凌ぎやすくなるだろうと期待していましたが恥ずかしげもなく照り付ける太陽がじりじりと地表を焼いている日々が続いています。
昨日も元農協組合長としゃべっていましたが「暑すぎるな、この辺りで35度もある」とぼやいておられました。
それでも稲刈りは例年より早くなりそうだとのことでした。
私の地元・今津では県下で最も早く稲の収穫が始まります。
ですがもう立秋なのに少しも秋の気配が見えてきません。
考えてみればリオでは連日の熱い競技が展開され(吉田選手残念でした、でも銀は立派)、甲子園では熱闘が繰り広げられています。
これらが閉幕した頃には日本も落ち着きを取り戻しているでしょうか。
御礼状のパラドクス
御中元と称して梅干しが届きました。
まだ暑さが続くこの時期に暑気払いにとのお心遣いに感謝してありがたく頂戴いたしました。
社会人の常識としてお礼の気持ちを伝えなくてはならないところですがその方のご自宅に何度かお電話してもつながりません。(不在です)
個人の携帯の番号はあいにく未登録です。
それではと古風にお礼状を出しておこうと思いました。
届いた伝票に書かれてあった住所に絵葉書でお礼の気持ちを書きました。
ちょうど京都大文字焼きの絵葉書があったのでよかろうと思ったからです。
社会人の常識として官製はがきではないのだから52円の切手を貼らねばならないことはわかります。
切手を探すと80円切手が100枚ばかり出てきましたが52円切手は見当たりませんでした。
ここで私は取り得る2パターンの行動選択に悩みました。
Ⓐこのまま80円切手を使う
Ⓑ52円切手を買って貼る

80円切手を貼ると52円から差し引き28円の損害が生じます。
さらに受け取った方に「まあ、はがきが52円ということをご存じないのね」と思われたりするのが恥ずかしいです。
しからば52円切手をわざわざ買ってくるか・・・。
わざわざだから面倒だし、80円切手がこんなにあるのに使わないのはかえってもったいないのでは。
それに手紙だって今じゃ82円なのにこの先、80円切手なんて使い道が限られてくるし・・・。
待てよ・・発想の転換としてⒸパターンでうっかり忘れたふりをしてこのままポストに投函するってのはどうだ!
だめだ、だめ、だめ、それでは一番避けたい社会人としての常識外れ者になるではないか。
いや、Ⓓパターンでいっそのことこの絵葉書を出さないというのはあり得るだろうか・・・。
待て待て・・それじゃ何のために手間暇かけてはがきを書いた?
それに出さねば切手どころか絵葉書がもったいないし社会人としての常識を疑われるぞ、却下。

以上のことをさんざん迷ってⒶパターンの80円切手を貼ってポストに入れました。
この決定を下すのに2時間を要し、そのほうが時間がもったいなかったです。
それにしても各家庭に眠っている切手は金額にして相当なものだろうなと考え、郵政省(現総務省)の隠れ資産か負債か知りませんが政府としてタンス預金に目をつけたら死蔵切手がうじゃうじゃ出てきて目も当てられないなんてことにならないことを祈っています。

妻の帰省
エアコンの効いた部屋でアイスコーヒーを飲みながら借りてきたDVDを観てブリリアントな午後のひと時を過ごしていたらお盆休暇で実家に帰省している妻から携帯に着信が。
「明日も仕事が休みだからもう1泊していいいかな?」
「もちろん!もちろんだとも、疲れているんだからゆっくり休みなさい」
「なんか嬉しそうね・・・」
「べつに・・・」

このやり取りは新婚さんはわかるまい。
風雪を耐えてきた築22年の中年夫婦がやっとたどり着いた境地(入力ミスして窮地と出しそうになった)です。

静かなお盆
完全にお盆休暇に入っていますがラジオでは今日も真夏日で熱中症に気をつけましょうと呼びかけていました。
朝の6時に起床して隣町にあるお寺に学校に行っている東京から帰省してきた長女を含めて家族全員でお参りをしてきました。
日が高くなると暑くて大変だと母が言うものですから。

それにしても静かなお盆を過ごしていると思います。
この期間は山に行っても海に行ってもレストランに入っても人・人・人波で大賑わいですが子どもたちがもっと小さい頃、そう15年前などは毎年、このお盆の時に家族旅行をしていた憶えがあります。
あの頃は仕事の関係でお盆ぐらいしか休みが取れなかったからでしょう。
ただし、どこに行っても先述のとおりで混み込みでしかも「お盆代金」と称して何もかもが高かったので待ったり、並んだり、走ったりしているのに理不尽だと思っていました。
需要が供給を遥かに上回り、インフレだったのです。

ここ2年は静謐なお盆休みとなっており、これはこれで心静かに過ごせるのでありがたいことだと思っています。
昼からは妻と子どもらが妻の里に泊まりで帰るというので心静かに見送って1人で家にいようと思っています。
「パパは来ないの?」
「うん、出さなきゃならないレポートがあってね、残るわ」
「ウソばっかり」
「バレたか!」
ありがたい、ありがたいことです、1人休暇・・・。



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