ゆうすけブログ
①格差問題ーいつから深刻化したのか
あの寝苦しかった暑い夏も去り、昨日あたりからタオルケット1枚を片付け秋布団を出してきました。
早速、飼い猫たちが嗅ぎつけて一緒になって寝ている状態です。(猫は環境の変化に敏感です)
昨日から天候も崩れ土砂降りの雨を降らせていますがいよいよ台風16号が近畿に接近し、これからは災害情報要チエックです。
明日は東京主張ですがどうも台風を追いかけていくことになりそうです。

ヒマ人の近況など誰も興味もないでしょうし、日々の自分史や歳時記は公開が原則のブログではなく日記にしたためればいいことですからできるだけ一般論でも書いていこうとは思ってこのブログを続けてきました。
そこで前から個人的に関心がある「格差問題」をモチーフとしたいと思います。
格差問題はもちろん社会問題であり、政治家崩れの私が生前(つまり現職中)に多くの人々のご意見をお聞きしていた際、常に無限ループの如くここに戻ってきた政治的社会的マターでありました。
経済学的に言えばマクロではなくミクロ経済の範疇で、「貧困の罠」から抜け出せず、身を持ち崩していく人々、また「身分固定」にもつながる重要な問題でもあります。
親から子へ貧困が遺伝していく様は健全な民主主義社会を志向する私たちにとって最も避けねばならない状況であります。
そこには教育の平等性と在り方、社会保障の健全性と公平性への議論、個人としての稼ぎ方、家族制度の検証が必要になってくるでしょう。

前書きはこのぐらいにして日本で格差問題がかまびすかしく言われ始めたのはいつ頃だったのでしょう。
すでに50代に突入した私世代は戦後の混乱を経験していない時代に生まれたのであって「戦争を知らない子どもたち」ではなく、もちろん「軍国少年」でもなく、高度成長期の上昇感を風いっぱいに受けた誠に恵まれた「20世紀少年」でありました。
後にバブル経済のおこぼれをもらい損ねる、「遅れてきた戦国大名・伊達正宗」とも言われました。(これは冗談)
それでも昭和40年代から年号が終わる頃までは日本人誰もが「一億総中流」を実感するかどうかは別として認識はしていたように思います。
おそらくバブル経済がはじけた平成3年から平成4年の後、少し経過してから「失われた10年」と名される混沌とした戦後処理(バブルの)を抜けて企業の「勝ち組・負け組」という概念が定着しだした頃からだと思えます。

今から思えばあの頃がターニングポイントであり、企業価値の「勝ち組・負け組」だけではなくあらゆるものがふるいにかけられ、年功序列制度や終身雇用制度も見直され(否定され)、時あたかも国民の熱狂的な歓声を受けて誕生した小泉純一郎政権が「改革の痛みに耐えろ」と檄をとばしていました。
(痛みに耐えろ?)・・はあ、あれからずっと耐えているじゃんかよ!とコメディアン調でたまに突っ込みを入れます。
ともかく「働き方の多様化促進」とか「ライフプランの見直し」など美名をちりばめて雇用法の改正に踏み切り、その後は非正規雇用やパートタイマーの数が正規雇用者を完全に逆転します。

小泉氏の参謀であった竹中平蔵氏は当時、「向こう側理論」を唱えました。
こちらは火事だ、早急に対岸に渡らねばならない、しかしみんなで渡ることはできない、体力の無いものはここに残って力に余裕がある者から渡って行こう、なに、心配することはない、向こうに渡ったら必ず迎えにくるから。

迎えに来てくれたでしょうか?
あれから10年たちますが待てど暮らせどお迎えは来ませんけど・・・。
見たら向こうに渡った人たちは更に向こう側に渡ろうとこちらを一顧だにせず更なる前進をしていますけど・・。
いつになったらお迎えが来るんでしょうか、その前に個人的なお迎えが来そうですけど。

長くなるので今日はもう終わりにしますが「格差問題」を考えるということは極めて今日的なことで足もとから私たちの暮らしを設計しながら社会についてモノ申していくことだと思っています。







対岸の火事・我が家のボヤ
不謹慎な物言いかもしれませんが「対岸の火事は大きいほど面白い、我が家のボヤ(小火)は小さくても大慌て」という心理が人間には働くときもあろうかと思います。
このブログでたびたび「地元のことは書きにくい」と言っていたつもりですが意を決して書いてみたらボヤなのですが大慌てとなりました。
私の一昨日(9月15日)に投稿した「地方議会の弛み」という題名のブログ内容が思わぬ角度から跳ね返ってきたのです。
滋賀県高島市の監査請求時に個人情報が市議会で漏えいしたことを取り上げたのですがご興味のない方はここで閉じられた方がよいとお勧めいたします。

昨日(9月16日)のお昼過ぎに高島市役所担当部局の方(つまり市職員)からお電話が入り、「石田さんの昨日のブログが議会で波紋を呼んでいますと同時に事実に反したことも書かれているのでお知らせいたします」と切り出してこられました。
その主張をお聞きしてみると・・・・。
①「一部議員が請求人の名を公表しろと迫り」の件は間違いで「請求人の名を知ることはできないのですか」と尋ねただけのことである。
②ブログの内容ではまるで市議会が市長に名簿の公表を迫ったように受け取められるがそのような事実はない。
③その後市議会では代表者会議を行い「この行為は無かったことにしよう」と示し合わせたと書かれているがどこから聞いたのかは知らないが全くの事実無根である。
という3点についての是正を求めるものでした。

加えて「議員の中には゛名誉棄損゛で訴えるという方もおられます」との言葉にはさすがの私も色をなして「特定の個人名を出してもいないのにどうして訴えられるのですか?それが示唆される文章だったでしょうか、市長ならもちろん特定されますが、それなら私にも考えがあります」と反論すると「いえ、それほどきついことにはなっていません」との返答でした。
もし市長が私を訴えるとなれば同時に読売新聞を除く主要新聞社が9月16日の朝刊で「市長の指示で(名簿を)配布した」と書いているので漏れなくそちらにも同じ手続きを踏んでもらうことになります。
まあ、賢明な方なのでそのような地雷を自ら踏みにいかれるとも思いませんが。

そこで私も冷静になって市から申し入れられた3点について考えてみました。
まず、①の「公表しろと迫った」については素直にそのような発言は無かったとお詫びして訂正いたします。
議事録、テープを整理してみて当該の文言は出てきませんでした。
筆が滑りました。
しかし、真実としては帰着は同じであって「公表できないのですか」という発言から6月14日の議員全員協議会の場において個人情報が口頭ではなく監査請求人自著名簿がコピーまでされて配布された重い事実は変わりません。
また、発言された議員名も当然承知しておりますが事態を混乱させたくないので公表いたしません。
②に関しては議会が市長に要求したように読み取れるのなら私の文章力の無さから誤解を招いたものとこれもお詫びいたします。
市長が自らの意思で職員に配布を命じたとさせていただきます。
③後日の代表者会議で「この行為は無かったことにしよう」という示し合わせがあったと書いたことに事実無根とのご主張なのですが、これについては秘密会なので議事録が残っていませんからまさに事実は藪の中なのです。
私も証言から拾っただけです。
「無かったことにしよう」といういかにも時代劇の悪代官ぽいセリフは無かったのでしょう。(そうおっしゃつていますから)
議会にも品格がありますからそのようなゲスの極みの言い方もなかったのでしょう。
それでも議会事務局長名で(議長名ではなく)「コピーの回収」を依頼する文章が議員に出されたり、その後は個人の責任において名簿を廃棄するよう通達された(事実)まではまさか否定はされないかと思っています。
少なくとも(議会として関与しないでおこう)という疎通はあったからその後にこのような回収や廃棄の行動があったと推測するのが考え方だと思います。

高島市議会の名誉の為にもはっきり申し上げますがこの全協(全員協議会)に出席していた議員の大半の方は無関係であり、一部(2~3人)の議員の発言から事態は招来されています。
このことについては6月28日に住民監査請求の意見陳述の席で代表監査から住民に個人情報が漏えいしたことについて謝罪が行われています。
ただ、情報の出どころは所管の監査委員会ですが実際にコピーして配布したのは議会事務局職員であり公務員法に照らし合わせる行為と言えますし、全協の場で口火を切ったのは一部議員からということと任命権者として職員に配布を命じたのは市長であると指摘しただけのことです。(代表者会議は翌日の6月29日に急遽行われています)

そもそも議会として市に上がる住民監査請求は放っておくべきなのです。
確かに議会承認の監査人(つまり議員)は監査委員会に出ますがこれは立法と独立した機関です。
監査請求は住民の直接参政権の一部なので議会が関知すべきことではありません。
それなのに議長名で「我々議会が下した議決に対して興味を示すことは当然のこと」と文章を頂いても(請求内容を知るということならともかく請求人の名前をなぜ知らねばならないのですか、それは興味本位ですか)と思うだけです。
議会とは地方においては二元代表制の一方の雄として住民に選ばれた議員が構成して各自誇りと見識を持って(決議機関)として良識を保ちつつ住民の福祉向上の為に意見を闘わせていただく場と思っているだけのことです。
それは理事者側と適当な距離をおいて言論で対するべきことだと申し上げておきます。
さらに申し添えますと、議会事務局は議会に謝りに行ったと側聞していますが、被害にあった監査請求人には市からも何ら謝罪の言葉がありません。
このことが今回の訴訟に原告団として踏み切った大きな理由であることも指摘させていただいておきます。
またこのブログが高島市政についてこれ以上のボヤから大火になりませぬよう関係の皆様のご理解を賜りますことをお願いいたしたいと思っています。











記者会見の怖さ
蓮舫氏の台湾との二重国籍問題の真相が解明されつつありますが、昨日の記者会見で本人が今までの前言を翻してこれを認めました。
ただ、謝罪の言葉は感じられず、無念感はにじませながらも民進党代表選挙からの撤退は考えていない意向を示しました。
この疑惑については作家の八幡和郎氏や(株)アゴラ研究所所長で評論家の池田信夫氏が追及をしていたところです。
今朝(9月14日)の主要紙・読売、毎日、産経、中日、京都、朝日を買ってきて記事を比較してみましたが全紙に二重国籍を蓮舫氏が認めたことは報道されていたものの論調や取り上げ方にはかなりの温度差がみられました。
一面で蓮舫氏について記載していたのは読売新聞と朝日新聞でした。
ところが読売は「蓮舫氏、台湾籍認め謝罪、民進党代表選撤退は否定」とあり朝日は「蓮舫氏優位保つ」と真逆の捉え方。
二面以降も読売はこの問題を重く受け止め社説まで「蓮舫氏台湾籍・二重保有への認識が甘い」と批判したのに対して朝日は「蓮舫氏台湾籍残っていた、代表選への影響限定的か」と擁護の立場を取っています。
さすが外国には甘い(特にアジアへの)朝日の面目躍如です。
これでよくジャーナリズムを名乗っているなと思います。

ここまで追及の矛先を向けてきた八幡和郎氏のご労苦に敬意を表しますが残念に思っていることは主にネット上で八幡氏に対して蓮舫氏が女性だからでしょうが「女性差別」とか「人種差別」などと的外れな批判をしている投稿もあることでした。
問題を完全にすり替えている悪意ある批判でしょう。
蓮舫氏は熾烈な政治の場で日本国の為に議員として立っていると最低限思いたいものです。
言ってしまいますが女性だからとか外国人だからとそれを言えば差別などと甘いメンタリティは願い下げにしてもらいたです。
これは明らかに学歴よりも悪質な「経歴詐称問題」です。
真剣にリスクを取って追及している人物に対してくだらないレッテル貼りをするのはやめましょうと訴えます。
更に付け加えますが蓮舫氏は本来なら代表選辞退が最低線、議員辞職も検討しなければならない状況だと思っています。
民進党が今後、「国民の為の政党」と胸を張って主張するつもりならのことですが。

昨日は久しぶりに滋賀県庁に行き、記者クラブ横の会見室で記者会見の場に同席しました。
新聞記者、通信社記者、テレビ局マンらの取材を見ていました。
私は記者会見は政治家にとって大変怖いものだという認識がありますが他方、会見して記者発表する側つまり記事のネタを提供する者としてまず「書いてもらわなければ始まらない」という前提があります。
その為には3点ばかり心がけねばならないポイントがあります。

①信憑性・・・一番重要なポイントですがマスコミとして誤報は絶対に避けたところです、記者会見に臨む者としてありのまま素直に事実と心情を語らねばなりません。
記者も書くとしてもそこを突いてきますから少しでも疑いがあれば取り上げません。

②話題性・・・意外性とも言えますがよく言われる例えに「犬が犬の子を産んでも報じるに足りないが猫の子だったら別だ」という論理です。
やはり限られた紙面や報道枠ですから世間が関心を持ってくれる話題なら取り上げやすくなります。

③真摯性・・・真摯性なんて言葉はありませんが要は報道してもらいたと思う側がどれだけリスクを持って覚悟をするかをアピールできるかです。
記者も人の子ですから取材したものを活字なり画像にするには発信者としてのプライドがあります。
いい加減な気持ちでしゃべっていることや欺く姿勢があればそれは見抜かれます。
そんなことを昨日は考えながら県庁にいました。





嫌われる理由もいろいろ
いよいよ秋本番ですが、私の住居もいわゆる文教地区などと洒落た場所でもないにしても歩いて10分のところに小学校と中学校、ダッシュして1分のところに公立高校がありますからこの時期になるとグランドから拡声器の声が風に乗ってよく届きます。
運動会の練習と準備をしているようです。

先日はちょっとしたグループの飲み会に参加していましたが男女合わせて6人ぐらいの規模で居酒屋に入っていました。
場はそれなりに世間話で盛り上がっていたように思いますが、ある女性が「この頃は天気もいいから洗濯物がよく乾くわね、今日も休みだからお布団を干したけどやっぱりふかふかで気持ちがいいのよ」としゃべっていたのについて私も失敗したなと後で思ったのは「そうかな、じっとり湿った布団も心地いいよ」と言ってしまったのです。
女性はドン引き、座は一瞬はシラーとしました。
ビール2杯、酎ハイ1杯で少し酔い過ぎかと反省です。

昨夜は自宅で夕食中、テーブルに飼っている三毛猫ミミがちょこんと乗ってきました。
そのまま気にせずお茶碗を持ったまま食事をしていましたがそこへ一匹の蚊が飛んで来て猫がパクリ。
そのまま私の腕をザラザラした舌でペロペロ。
複雑な心境でした。


編集会議
昨夜、急遽に私のブログについて家族会議と称して編集会議を行いました。
以降はその議事録の抜粋になります。
(長女は学校の夏季休講を利用して普通自動車運転免許取得合宿に参加の為欠席)

私「あぁー今夜の議題は(なぜ石田ゆうすけブログの゛いいね゛が増えないのか)についてです、編集長の私が召集しました、各自忌憚のない意見を述べるように」
次男「前から思ってたんだけどまず動画とか写真を中心にしたらいいと思う、やはりビジュアルに訴えないと」
長男「それはある、ごちゃごちゃした文章なんかはみんな忙しいから読まないし、それに文章も読みにくい」
私「文章中心のスタイルは発刊からの編集姿勢だし、文章は優雅にして典雅、気品があってしかも諧謔みすら感じるアイロニーに満ちたものだ」
次男「読みにくいし、もっと日本語を勉強したらいいと思う」
私「うるさぁーい!」
長男「怒ったら会議にならないよ」
妻「それに゛いいね゛が増えないのはお友だちが少ないからよ、もっと自分から友だち申請しなくちゃ」
長男「最高で何個だったの?」
私「28・・」
次男「やばー」
私「とにかく営業努力は引き続き懸命に行います、次!」
妻「それと家族の事を書くのはやめてくれませんか、私の知り合いもたまに見てあんたも大変ねとか言われてるし」
私「基本は政治を中心とした時事ものだけどそれだけでは興味がわかないと思って家族ネタや猫ネタも挟んでいる」
妻「政務活動費を猫の飼育本に使っていたという報道の時は外を歩けなかったわ」
長男「兵庫の野々村と並んでテレビに写真が出たときは絶句したぜ」
次男「我が家の恥だ!」
私「うるさぁーい!古傷にさわるな、もう終わったことだ」
妻「あなたもね」
長男「SNSを舐めないほうがいいよ、どこに飛んでいくかわからないし、誰が読んでいるかもわからないから」
私「私は゛汚れた英雄゛だ」
次男「意味わからないし」
私「草刈正雄を知らんのか、大河ドラマで真田安房守昌幸を演じてるでしょ」
次男「興味なし」

以上のように事前に予想されていたが会議は紛糾して結論も出ず、まとまりを欠いた。
私としては会議メンバーに口から産まれたような長女が参加していなかったことだけが助かったなと思う次第である。

新米の季節に想う
私と家族が住まう滋賀県高島市今津はコメの早い収穫で有名な農村地帯ですが一昨日あたりから我が家に次々と近隣の農家の方が新米を(それも精米して)持ってきてくださるという現象が起こっています。
1俵(60キロ)とか半俵(30キロ)などの大袈裟なものではないのですが5キロとか3キロ袋に入っており、これも件数が増えると結構な目方になります。
集まった米袋を見て(なんか、お寺の住職になった気分だ)と思いました。

8月の終わりから近所の水田(もう水ははってありませんが)ではコンバインが音を立てて縦横に走り、稲を刈り取っている光景がみられました。
表題の「新米の季節に想う」を深読みされた方は(石田はきっと故郷の稲刈り風景を情緒的にブログに書くのだな)と推測されたかもしれません。
ところがコンバインが動いている様をじっと見ていた私の脳裏に浮かんできたのはくだらない記憶でした。
昔、ゲーム機のプレーステーション(だったと思います)のゲームソフトで名前は忘れましたがメットをかぶったいかついおっさんややたら威勢だけはいい兄ちゃん達がトラクターやブルドーザー、ショベルカーやクレーン車を乗り回してお互いにバトルを繰り広げるという馬鹿らしさを通り越してとんでもない内容のものがあったのを思い出したのでした。
キャラメークは確か漫画家の本宮ひろし氏で破天荒なストーリーでした。
土建屋チックと言えばそうなのですがもし建設現場で重機を振り回して喧嘩をすればたちまちマスコミの工事、いえ好餌となるでしょう。
稲刈りを見ながらそんなくだらない事を考えているとはつゆ知らず、農家の方は「石田さん、おすそ分けしてあげるわ」とのんびりしたものでした。

私は子どもの頃から多少夢想家の気があったのかもしれません。
20世紀を代表する文学作品でマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の最初の部分に主人公が熱い紅茶にプッチト・マドレーヌを浸して食べたらたちまち意識がぶっ飛んで昔住んでいた街の記憶の中に戻ってしまうというか、「無意識的記憶」の虜となり、後年は筒井康隆氏が「時をかける少女」でラベンダーの香りを嗅いだ原田知世を過去に飛ばしたようにちよっとしたきっかけで意識が時空を超えてしまうというやっかいな症状です。
おそらく同病の方もいらっしゃると推測はしているのですがこんな事をまじめにしゃべって「実はオレも」とか言われたらそれはそれで対応に困ることになります。


車内販売で珈琲を飲む
先週はPTAの用事で久しぶりに上京しました。
この(上京)なる単語は現在では死語となっているように感じます。
(東京だよ、おっかさん)の時代は遥かに過ぎ、いまや地方生活者の憧れでもなくなっているのですが交通機関の発達で気楽に行けるようになったと滋賀の片田舎から思います。
東京などを対象にした(都市論)は興味があるのですが触れればこれで一日が終わりますからスルーいたします。

帰りの新幹線は東京駅からのぞみ号に乗車しました。
夏休みも終わりのこの時期、しかも平日の昼ですから乗車率は50%を切っていた感じで車内は比較的空いていました。
横はA席からC席の3席と通路をはさんでD席、E席の2席。
私は窓際のE席に座りました。
品川に停まり、新横浜を過ぎても隣どころか一列、私以外は誰も座っていませんでした。

昨夜は宿泊のホテルに早めに帰りぐっすりと睡眠をとっていたので頭が冴えていて持ってきた新書も読んでしまい、しかたなく車窓から外の景色を眺めていました。
そこへ「失礼いたします」とカートを押した車内販売の女性が前方より現れました。
見るとまだ20代前半ぐらいの年頃でにこやかに笑みを浮かべ、髪は後ろに紺のリボンで括っていました。
(偉いな、若いけどしっかり働いているんだな)と働いていないおじさんとして引け目を感じつつ珈琲を頼もうと思いました。

彼女のカートが来たので「すいません、ホット珈琲ください」と言うと「はい!おいくつでしょうか?」。
へ?
冴えていたはずの私の思考回路が一瞬にしてショートし作動しなくなりました。
(いくつって・・珈琲なんかいくつも頼む人がいるんか?普通は1人1回1杯が常識違うんか・・)
(いや、いや、新幹線の中に超常現象が起こってるんや、私の隣の席に誰か座っていて彼女にはそれが見えるとか・・)

「あのぅー誰かいます?」
へ?
今度は彼女が私を不思議そうに見て言葉に詰まったようでした。
「はい・・お客さん以外にですよね・・・」
以外にいるなら指摘してよ・・次の言葉を待つ白昼の車内販売でした。








晩夏の庭
大昔の洗剤のテレビCMで「金・銀・パールプレゼント♬」とやっていましたが私は(銅はダメなんけ?)と思っていました。
リオ五輪が閉会しましたが日本は過去最多のメダル41個と当初の目標を大幅に上回り、熱狂させていただきました。
もちろん「オリンピックは参加することに意義がある」とクーベルタン男爵の言葉にあるように5大陸に住む全人類の平和と共存が開催の主旨であることには間違いありませんから懸命な競技を見せてくれたすべてのアスリートたちに感謝です。
勝って嬉しい、負けても美しい、そんな五輪でした。

話は変わって近況ですが私は結婚して以来、妻にあれこれやってと言った覚えがありません。
せいぜい「シャツは何処?」とか「おこづかいちょうだい!」ぐらいです。(言えば自分も動かなければいけないから・・打算!)
それなのに妻は仕事も家事も率先垂範で私にも海兵隊並みの動きを要求してくる鬼軍曹です。
昨日もこのクソ暑い中を庭の草取りをしろと言われました。
彼女自身がすでに汗でドボドボになりながら要請するので断れないのです。
庭なんて誰も見ていないよ、雑草なんて秋が来て冬になって雪が降れば枯れてしまうんだよ、わざわざ抜かなくてもいいじゃないかと予定調和を説くのですが聞き入れてもらえません。
それで私も参戦して汗だくでした。

私はフィンランドの作家でトーベ・ヤンソンが描いた「ムーミン」が好きですがお気に入りのキャラは(ジャコウネズミのおじさん)です。
いつも木陰に吊るしたハンモックに寝そべり本を読んでいて口癖は「無駄じゃ、無駄じゃ」。
ムーミンたちがムーミンママがつくったシチューが美味しくないのは太陽の女王と北風の精が喧嘩をしていつまでたっても冬が来ないとか、(おさびし山)でニョロニョロが暴れていると右往左往して騒いでいるのにストーリーに参加せずすべての事象を軽く受け流している人(ネズミ?)です。
世の中を斜に構え、ギターを弾いた渡り鳥でムーミンの都合がいい時だけ出てくるアドバイザーの(スナフキン)でさえ彼から比較すればまともです。
一度テレビでも勤労感謝して猛烈に働いているジャコウネズミのおじさんを出してもらいたいなと思いますが日本で版権を持っている講談社がゆるさないだろうなと庭で草をむしりながら考えていました。

8月にも早稲の里
昨日、日課の散歩をしていたらはや耕運機が田んぼを周回していました。
稲刈りが始まったのです。
私の住んでいる高島市今津は滋賀県下でも最も早い稲の収穫で農業関係者の間でも有名です。
これが近日中に食卓に上るのですがやはり新米は美味しいものです。
品種は早場米の「ハナエチゼン」。

新米をふっくらと炊いて、もう冷凍でもいいからサンマを焼いてスダチを絞り大根おろしを添えて食すあの季節感は最上です。
今、目前には金色の田園風景が広がっていますがマルコポーロが「東方見聞録」で描いた(黄金の国・ジパング)とはこの景色だったのかもしれません。
急ぐ時に限って
昨日、懐かしい人から電話があり滋賀県に用事があって来たので寄りたいとのこと。
慌てて家の中を見合わせても来客用のものが全くなく、この暑さで遠方から見えるのなら冷たい飲み物でも用意しようと車で5分ばかり行ったところにあるドラッグストアに飛び込みました。
とりあえずペットボトルのお茶とかジュースを買って、ふと見れば氷まで売っていたので1袋買いました。
普段はあまり買ったことのないものでしたがロックアイス、750グラムで98円ぐらいの代物。
それと箱入りのアイスクリームも買いました。

レジでお会計をして頭の中に氷を買ったということが当然あるものですからいそいそと駐車場に出ましたがやはりというか、お約束というか知っている方とばったり!
困ったことに軽く会釈して「こんにちは」ですめばよかったのですが間が悪いことにその方とは打ち合わせをしなければいけないなとお互いに思っていたところなので「今、急いでいますから」と簡単にその場を逃げられない状況となりました。
相手の方がちょうどよかったと熱心に話して下さるのはわかりますが、私はちょうど悪かったぐらいに気もそぞろで何とか話を切り上げたのは7分ばかり経ってからでしょうか。
慌てて自宅に戻って冷蔵庫に直行したものの氷は四分の一ばかり溶けていて、アイスは半解凍の状態でした。
このエピソードについて「今年の夏は暑い」というのか「好事魔多し」というのか、何を示唆しているのか自分でもわかりません。
立秋
今年の冬は豪雪で知られる高島市もまったく雪が降らず、地元の人たちも「今夏は暑くなるで」と噂していましたが予感的中で滅茶苦茶暑くなりました。
お盆も過ぎれば秋風が吹き、少しは凌ぎやすくなるだろうと期待していましたが恥ずかしげもなく照り付ける太陽がじりじりと地表を焼いている日々が続いています。
昨日も元農協組合長としゃべっていましたが「暑すぎるな、この辺りで35度もある」とぼやいておられました。
それでも稲刈りは例年より早くなりそうだとのことでした。
私の地元・今津では県下で最も早く稲の収穫が始まります。
ですがもう立秋なのに少しも秋の気配が見えてきません。
考えてみればリオでは連日の熱い競技が展開され(吉田選手残念でした、でも銀は立派)、甲子園では熱闘が繰り広げられています。
これらが閉幕した頃には日本も落ち着きを取り戻しているでしょうか。
御礼状のパラドクス
御中元と称して梅干しが届きました。
まだ暑さが続くこの時期に暑気払いにとのお心遣いに感謝してありがたく頂戴いたしました。
社会人の常識としてお礼の気持ちを伝えなくてはならないところですがその方のご自宅に何度かお電話してもつながりません。(不在です)
個人の携帯の番号はあいにく未登録です。
それではと古風にお礼状を出しておこうと思いました。
届いた伝票に書かれてあった住所に絵葉書でお礼の気持ちを書きました。
ちょうど京都大文字焼きの絵葉書があったのでよかろうと思ったからです。
社会人の常識として官製はがきではないのだから52円の切手を貼らねばならないことはわかります。
切手を探すと80円切手が100枚ばかり出てきましたが52円切手は見当たりませんでした。
ここで私は取り得る2パターンの行動選択に悩みました。
Ⓐこのまま80円切手を使う
Ⓑ52円切手を買って貼る

80円切手を貼ると52円から差し引き28円の損害が生じます。
さらに受け取った方に「まあ、はがきが52円ということをご存じないのね」と思われたりするのが恥ずかしいです。
しからば52円切手をわざわざ買ってくるか・・・。
わざわざだから面倒だし、80円切手がこんなにあるのに使わないのはかえってもったいないのでは。
それに手紙だって今じゃ82円なのにこの先、80円切手なんて使い道が限られてくるし・・・。
待てよ・・発想の転換としてⒸパターンでうっかり忘れたふりをしてこのままポストに投函するってのはどうだ!
だめだ、だめ、だめ、それでは一番避けたい社会人としての常識外れ者になるではないか。
いや、Ⓓパターンでいっそのことこの絵葉書を出さないというのはあり得るだろうか・・・。
待て待て・・それじゃ何のために手間暇かけてはがきを書いた?
それに出さねば切手どころか絵葉書がもったいないし社会人としての常識を疑われるぞ、却下。

以上のことをさんざん迷ってⒶパターンの80円切手を貼ってポストに入れました。
この決定を下すのに2時間を要し、そのほうが時間がもったいなかったです。
それにしても各家庭に眠っている切手は金額にして相当なものだろうなと考え、郵政省(現総務省)の隠れ資産か負債か知りませんが政府としてタンス預金に目をつけたら死蔵切手がうじゃうじゃ出てきて目も当てられないなんてことにならないことを祈っています。

妻の帰省
エアコンの効いた部屋でアイスコーヒーを飲みながら借りてきたDVDを観てブリリアントな午後のひと時を過ごしていたらお盆休暇で実家に帰省している妻から携帯に着信が。
「明日も仕事が休みだからもう1泊していいいかな?」
「もちろん!もちろんだとも、疲れているんだからゆっくり休みなさい」
「なんか嬉しそうね・・・」
「べつに・・・」

このやり取りは新婚さんはわかるまい。
風雪を耐えてきた築22年の中年夫婦がやっとたどり着いた境地(入力ミスして窮地と出しそうになった)です。

静かなお盆
完全にお盆休暇に入っていますがラジオでは今日も真夏日で熱中症に気をつけましょうと呼びかけていました。
朝の6時に起床して隣町にあるお寺に学校に行っている東京から帰省してきた長女を含めて家族全員でお参りをしてきました。
日が高くなると暑くて大変だと母が言うものですから。

それにしても静かなお盆を過ごしていると思います。
この期間は山に行っても海に行ってもレストランに入っても人・人・人波で大賑わいですが子どもたちがもっと小さい頃、そう15年前などは毎年、このお盆の時に家族旅行をしていた憶えがあります。
あの頃は仕事の関係でお盆ぐらいしか休みが取れなかったからでしょう。
ただし、どこに行っても先述のとおりで混み込みでしかも「お盆代金」と称して何もかもが高かったので待ったり、並んだり、走ったりしているのに理不尽だと思っていました。
需要が供給を遥かに上回り、インフレだったのです。

ここ2年は静謐なお盆休みとなっており、これはこれで心静かに過ごせるのでありがたいことだと思っています。
昼からは妻と子どもらが妻の里に泊まりで帰るというので心静かに見送って1人で家にいようと思っています。
「パパは来ないの?」
「うん、出さなきゃならないレポートがあってね、残るわ」
「ウソばっかり」
「バレたか!」
ありがたい、ありがたいことです、1人休暇・・・。

お盆渋滞が始まった
毎日、暑い日が続いています。
近所の塾の先生としゃべっていたら「私はいつもの年なら決してエアコン(のスイッチ)を入れないけど今年は別、入れないと居られないわ」とおっしゃっていました。
先生は細身だから暑さに強そうだけど生徒さんはどうなんだろう?

久しぶりに高島市を離れて湖岸を越えて守山市に車で出かけました。
市外に出るのは1か月ぶりぐらいでこのところすっかり出不精になり落ち着いてしまっていました。
夕方の4時ぐらいに自宅を出たのですが大津市旧志賀町の北小松あたりから渋滞で車がなかなか進みません。
これは早くも盆休暇の渋滞が始まっているのかと内心は(あ~ぁ)と嘆息です。
でもよく考えてみたら私だって車を転がして走っている渋滞の一部なのですから文句はあまり言えません。

何とか大津市堅田と守山市に架かる琵琶湖大橋まで来ることができました。
料金所を通るときに通行料の小銭を用意しようと看板をふと見れば料金が改訂されていました。
従来なら普通車両が200円、軽自動車が150円でしたがそれぞれが150円、100円と50円安くなっていました。
世間から遅れるってこういうことなのねと感じましたが守山市に確認すればETCゲートができれば120円になりますとのことでした。
それならゲートはいつできるのですか?と尋ねると3年後、ただしNEXCO西日本(西日本高速道路株式会社)には市から1年半ほどの前倒し工事を依頼しているとのことでした。

会場に遅れて入るとこの秋の野洲市長選挙に新人さんが名乗りを上げたと話題になっていました。
どうも商工会や経済界と一部自民党市議団がついているようで情勢は「激戦になるだろう」とのことでした。
現職の山仲氏のことをブログで取り上げたのが1週間前ですがこれから甲賀市や高島市も選挙戦に入る時期ですから湖国の自治体も普段のまちづくりについて議論が湧いてくることと思います。

東京政局の行方
先のブログで「私はお祭りが嫌いです」と言ったのにその舌の根も乾かないうちに昨日は地元のお祭りに行ってきました。
それも運営スタッフの一員として。
この矛盾した行動が私の持ち味です。
別名「ねずみ男」、元祖は舛添さんですけど。

とにかく会場は暑くてテントの中にいると汗がだらだらですがそれだけにビールや冷酒片手にアユの天ぷらや焼きそば、たこ焼きが美味しかったです。
妙に気温、湿度、風景とマッチするんです。(ご理解いただけると思いますが)

それで地域の輪の中に入ってしまうと口々に「今、何してるの?」という、今度はうちわを片手に近況報告から始まってどうしても政治的な話になってしまうのです。
それも露天風呂でぬるめのお湯に入っているといつまでも入っていられるようにお祭りですからお互いに無制限で時間がありしかも飲んだアルコールは南風がすぐに覚ましてくれるので青天井です。(これはご理解いただけないと思います)

「自民党もバカだよな、最初から小池さんを推薦してたらよかったのに」
「上から目線だから状況が見えないんだよ、庶民の気持ちがわからない」
「今回の結果はわかってたのに」
など口々に政治談議に華が咲きます。

自治体初の女性知事、自民党は抵抗勢力、シンボルカラーは緑とくればこれはデジャービュー、どうしても平成17年夏の滋賀県知事選挙で嘉田由紀子さんが初当選したあの選挙が重なりあってしまいます。
「石田君は嘉田さんに何か恨みでもあるんか?」と私のブログを時々見てくれている方から質問がありました。
ありません。
私に無くても先方は恨みに思っているかどうかはわかりませんが。
研究者としての嘉田さんは尊敬すらしています。
ご著書もだいたいを拝読させていただき学者としての業績はずいぶんとあげておられると感じています。
ですが、学者・研究者が自説に固執して政治の現場でそれも首長として采配を振るうとあの結果になります。
これ以上はまたいらんことを書くので(閑話休題)。

小池氏が初登庁してあいさつ回りをして出迎えた自民党都議は2人、たったの。
マスコミは早くも小池知事と自民党の対立を煽っています。
この状況も(あのとき)と酷似しています。
結論から言えば嘉田知事登場の次の春の統一地方選挙で自民党県議は成敗され落選により過半数割れを起こし、湖国政界地図は大幅に塗り替えられることになりました。
代わって県議会は民主党(当時)や対話の会といった嘉田さんよりの議員で固められることにより県政初の革新系議長も誕生しました。
台風の進路予想ではありませんが都政もあの自民党のU議員などを象徴的悪者にして小池さんの都政改革に対する(抵抗勢力)とレッテル貼りが行われる可能性は大いにあります。
東京都ですからそれがすぐに政権に引火して炎上することも予想されます。
この場合の安部政権としての立ち位置としては不必要に都政に介入しないことです。
(二元代表制)の一方としての都議会と理事者としての小池氏の双方の都政の議論に中立を守ることが肝要でしょう。
結果として都議会自民党が挑発にのってもそれは政権としては預かり知らぬことと勝手に次の都議会選挙で過半数割れを起こさせればいいのですから。
自民党東京都議団も近頃は図に乗ってきたなと政権としても力をそぎ落とすチャンスと読んでいるフシすら感じられます。
「最大の敵は味方の中にいる」・・これも政治の要諦です。







なんと、猫帰る
(奇跡がおこりました)と言えば「大袈裟なこと言ってる」と思われるでしょうが私にとってはまごうことなき奇跡。
このブログで黒猫・いまにゃんが失踪して帰ってこないと嘆いていたところ家出から9日目の夜に長男が家のドアを開けたら鳴きながら入ってきたのです。
(猫は家に居つく)と言われますがそれだけに1週間以上帰って来なかったら諦めの心境にもなっていました。
皆さんからは「事故が心配ですね」とか「私の飼い猫は10日以上してから帰ってきたので待ってあげて」など様々なご心配やお気遣いをいただきありがたかったのですが愛猫が戻って嬉しさ10倍です。
ブログで猫が夢のなかでお別れのあいさつをしていたなどと愚にもつかぬことを書いたことも汗顔です。
家族からはオオカミ少年ならぬネコ中年と言われました。
ご心配をおかけしましたがよかったです。
ご報告まで。
やってくるのか、東京砂漠
昨夜、家族の炊事が終わった後、台所の流しで食器を洗いながら何気なく蛇口からふんだんに流れる水しぶきを見て、(洗い物ってかなり水が要るな、これが蛇口のコックをひねるだけで使えるのは本当に有り難いことだ)と思いました。
先の東日本大震災の時には被災地では断水となり、食器も洗えずサランラップ(特定メーカー名ですが一般に敷衍しているので使用します)を巻いて給餌、その後はラップだけ捨てておられました。
私の住む滋賀県は近畿の水がめとも呼ばれる琵琶湖があるせいか県民も水のありがたみをさほど感じずに生活している感が多々あるのですが、現在暑い中を熾烈な知事選挙を展開している東京都の水道局に行ってお話しを聞いていたら都民に途切れることなく良質の水道水を提供するのに不断の努力と情熱を傾けている職員さん方に感動して「都知事は視察にみえますか?」とよけいな質問をすれば「全然・・」という回答でした。
舛添さんの時代ですが美術館ばかり行っちゃだめですよと釘をさしたい気になったもののやはり主要機関への目配りがなってないので出直し選挙をする羽目となっています。
イザヤ・ベンダサン(後に山本七平氏の仮の姿と判明)著「日本人とユダヤ人」の中の有名なフレーズ、「日本人は安全と水はただと思っている」を思い返していましたが、報道によれば今夏の東京の水事情が大変厳しく、このままだと取水制限となり、もしかしたら断水もありえると予測が出ているとのことです。
テレビではバックに内山田洋とクールファイブの「東京砂漠」が流れていましたがS39年の夏には実際に東京では断水と給水車による配水が行われ大変だったと聞きます。
もう52年前のことですがあの時と状況が酷似しているようです。
台風もやって来ませんし・・・・。

体内も水不足になると熱中症になるからこまめな補給を心がけてと家族に言っていたものの昨日の夕方は妻が熱中症で倒れて診療所で点滴を打ってもらって帰ってきました。
過労もあったと思いますがそれからが大変で妻の言いなりでした。

「洗濯物を取り入れて畳んでもらえますか」
「はい」
「ご飯の用意をしてくれる」
「はい」
「終わったら後片付けをして」
「はい」
「お風呂!」
「はい」
「肩を揉みなさい!」
(もはや依頼ではなく命令です)
食器を洗いながらそんなことも考えていました。

今日の教訓:病人は回復に至る過程で我儘になる






猫よ、さらば
約5年間苦楽ではなく苦苦苦を供にした黒猫・いまにゃん(今津のにゃんこの意)が出て行きました。
2011年の震災の後、我が家の庭に母猫と一緒に現れ、その母猫がこの(いまにゃん)を置いてどこかに行ってしまったので家の中で飼うことにしました。
風呂場でシャンプーして獣医さんのところへ連れて行ってノミ取りとワクチン注射を施してもらいました。(後に去勢手術も受けました)
それから彼は我が家に五木ひろしで先ほどのように家族として過ごしてきたのです。

この5年間は私にとって仏滅と天中殺、三隣亡と1999年第7の月が一緒くたになってやってきた最凶、最悪の日々の連続で精神的にどこかおかしくなってるのではないかと妻が「検診にでも行ったら?」と何度か言っていました。
ともかく病気と投獄以外はすべて身の周りに起こったのです。
「健康だけが取り柄です」というセリフを聞くこともありますが私に残されたものは健康だけという状態でした。
近所の方もある程度私に起こったことを知っているので「元気にしてる?」と声をかけてくれたのですが「ええ・・」とか曖昧な返事しかできない日がいつまで続くのかと思いながら過ごしていたのです。

そのような中で唯一と言っていいほどの心の慰めは(いまにゃん)でした。
猫好きがよく言う、「猫を今までたくさん飼ったがぴったりするのは5匹に1匹」。
つまり当たりの猫と逢えるのは20%の確率ということ。
ですが(いまにゃん)は私にとって500匹に1匹の猫でした。

彼が他の猫と違うのは妻も言っていますが「いまにゃんといると不幸を吸ってくれているような気がするの」です。
これは文章で表現しづらいのですが冷蔵庫のキムコのように嫌な臭いを脱臭するというか、吸い取るというか、不幸を感じなくなる、慣れるのではなく、不幸などどうでもよくなり前向きになるのです。
これはすごい効果です。
はっきり言って(いまにゃん)のお陰で最悪の事態から持ち直したのです。
50を越えたおっさんが国境すら越えるSNS上でかなり恥ずかしいことを書いているのですが「人間を信じられなくなったら、猫を信じるしかないじゃないか!」と世界の中心で叫びたいです。(問題発言でした、お詫びして訂正します)

我が家のインターホンが故障していた5日前の休日、妻のお友達が家にやって来て呼び出しても誰も出てこないので玄関のドアを開けたら黒い猫がサッと外へ飛び出していったそうです。
「ごめん、ねこちゃん大丈夫?」
「いいわよ、すぐ帰ってくるから」と妻。
でも(いまにゃん)は帰ってきませんでした。
今朝の夢の中に(いまにゃん)があらわれて「これからは僕がいなくても大丈夫」と頭の中に直接響くようなメッセージを送ってきたので(もう彼は帰ってこない)と悟った次第です。




日課
たいした日課でもないのですがウォーキングを続けています。
ただ私の場合は日中に行うのでこの暑さで汗が額からにじみ出ます。
天気予報などを見ていると滋賀県内では彦根地方、東近江、草津、大津と軒並み30度超えの真夏日ですが高島だけは最高29度とギリギリ夏日回避です。
それでも暑いですが。

田んぼのあぜ道を歩いていると前方の山々に入道雲がそびえ立ち、セミの声も聞こえます。
歩を進めると私の影に驚いてかどぼん、どぼんとトノサマガエルが水田に飛び込みます。
ほんの2か月ばかり前はおたまじゃくしだったのに四季の自然の営みは驚嘆すべき生命力を見せてくれます。
木陰に入って少し休憩すると草むらからヤブキリやクビキリギス、ヒナバッタが鳴いているのが聞こえてきます。

今朝、ある主婦と言っても妻から話を聞いていましたが、余談ながら彼女が主だったら私は従、従夫といってさしつかえありませんがその従夫である夫の私が少し驚いたのは隣の人口2800人のマキノ町では去年生まれたいわゆる新生児は7人!
たったの!
2か月に1人生まれるぐらいの稀有なことになっているようです。
少子化も進むというものですね、これでは。
マキノ地区では西小、東小、南小と現在でも3っも小学校がありますが今後はやっていけるのでしょうか。
ちなみに私が住んでいる今津町で60人・・年間で。
高島市では待機児童はいませんし、35人学級も20年前から達成しています。
一昨年にはマキノ北小学校、今津西小学校も100年の歴史にピリオドを打つこととなりました。
街の中心地、辻川通りにある今津幼稚園はあのヴォーリズ建築の粋を集めたキリスト教の幼稚園ですが今春の新入園生は1人!
高島も高齢化より少子化でおかしくなりそうです。
安曇川の「こどもの国」は中高年だらけで新旭の「風車村」は閉園しています。
それでも今津の地にベビー用品チェーンの「西松屋」がオープン。
どこか歯車がかみ合っていないように思えます。


言葉は重い
このところ、そうここ数年、日本の社会では特に言論に対して重苦しい雰囲気が漂っています。
別に中国のように言論の自由がないとか、そのようなわけでもないのですが、ある発言の揚げ足を取られて世間的にパッシングの嵐を見舞い、挙句にはその人物の社会生命を奪うと言う「言論ファシズム」が横行しているような気がしています。
行為として犯罪を犯したわけでも何でもなく、単に「私はこう思います」と言っただけでその人の人格から酷い時には業績まで全否定するというえげつないもの。
そのように世間から沈没していった人々を私もかなり見てきました。
そのような世相を反映してか、最近面白い職業の人とも逢いました。
(謝罪コンサルタント・リスクマネージャー)なんじゃそりゃ。
とにかく世間が騒ぎ出したらどのように火消しに努めるのか、対処の方法を指導することを生業としている(謝りのプロ)。
彼から聞いた話は面白かったのでまたブログに書いてみたいと思います。

近況ですが地元の高校のPTA会長を努めておりまして、この学校の野球部が夏の第98回全国高校野球選手権滋賀大会で見事1勝を飾りました。
訳知りの関係者によると「それでも○○学園の実力は滋賀では群を抜いているから甲子園(出場)の本命だね」とかは聞いていたのですが、率直に関係している高校の活躍は嬉しく思いました。
そこへもっと訳知りさんから電話がかかってきて「あんた、PTA会長だったら球場に応援行った?」と言われて(へ?そんなことしなければいけないの・・そんな慣習があるのか)と驚いたわけです。
ここでぶちぎれて「○○負けろ」とか言うと私の先輩のようになるので怖いなと思いつつ、学校にお伺いを立ててみると「それは会長さんのお気持ち次第でお運びください」とのことでした。
高島から皇子山や彦根はそれなりに遠くて一日コースになります。

社会的発言の重さや怖さをよく知っていたのではないかと思う人物に今の40才以下の方はピンとしないかもしれませんが昭和期に総理大臣だった大平正芳氏を思い浮かべます。
この方は記者会見や国会での陳述でも答弁でも「あーそれにつきましては・・うー政府としての見解として・・あー何と言いますか・・」とものすごく歯切れが悪い、今で言うと滑舌チョー悪い方だったのです。
ですからマスコミもその風貌から「鈍牛」とか「アーウー宰相」と皮肉ったりしていました。
ですが大平氏の補佐官によると氏はプライベートというか普段は立て板に水とペラペラしゃべっておられたようでつっかえひっかえどもったりというようなことは全くなかったそうです。
要は言葉の重み、怖さをよく知っていたのだと思います。
現在の政治家が涼やかに弁舌爽やかに歯切れよくスピーチするのは誠に結構なことですが(落とし穴)はあります。
気をつけてもらいたいところです。
ですが「最初に言葉ありき」であり、言葉は重いでしょうが、思いでもあります。
勇気をもって発信してもらいたいと期待したいです。


7月のある日曜日
例年だとそろそろ梅雨明けになるはずですが今年はいつまでも九州から四国にかけて前線がとどまり、断続的に雨を降らせています。
台風も発生が少ないようでこの前にやっと(と言いますか)1号が北上しかけましたが途中で熱帯性高気圧に変わりました。
どうも今年は長梅雨のようです。

テレビや新聞の報道を観ているとフランス南部の街・ニースで無差別テロが発生、トルコで軍事クーデターが勃発と日本を含め世界中で陰惨な事件が起こっているような感覚に捉われ、これからの行く末に不安がよぎります。
それでも世の中にはニュースにならなくても小さな幸せや感動が日々多く積み重なっていると信じています。

今日は朝からあいにくの降雨で個人的には家でゆっくりしようと思っていましたが妻と来春に受験を控える長男が6時にはバタバタと車で出て行きました。
「日曜日のこんな時間に何処に行くの?」と訊いたら「オープンキャンパス、言ってなかった?」とのこと。
ダチョウ倶楽部じゃないけれど(聞いてないよ)の世界です。
家庭の行事はオープンにしてもらいたいですね。
fBともだちの皆様へのご連絡
私は自宅のPCでブログなどを打ち込んだものをフェースブック(fb)に転送するという方法を取ってfBユーザーの皆様と繋がっています。
ただ、「いいね」や「コメント」については受発信できるのですが「ライン」については文章を読むことはできますが、こちらから発信ができない状態です。
時たまですがこちらから「私信」を送ってくださる方もいらっしゃるのですが私の方からお返しができないもので連絡を無視したようになっており心苦しく思っています。
どうぞ状況をご承知おき頂ければと思い書き添えました。
さて投票です
今日、7月10日は参議院選挙の投票日。
18日間の選挙戦なんて長いなと思っていましたが過ぎてしまうとこんなものかと個人的には感じています。
もちろん候補者本人、ご家族、ご親戚、選対本部の皆さん、運動員の皆さん、支援者(私もその一人です)は大変だったと思います。
お疲れさまでした。
夏ですから暑いのは覚悟していたのですが特に期間中はものすごい雨がよく降り遊説に影響がかなりあったように思います。
今回の選挙は主導的な役割を持たずにあくまでお手伝い程度でしたが結果については気になります。
このブログを書き終わったら私も投票所に行くつもりです。

参議院選挙は有権者にとってもっとも遠く感じる選挙ではないかと思います。
衆議院に比べても、市長や市議会などとも違った意味で遠く感じるのはなぜなのでしょう。
おそらく多くの方にとって参議院議員が何をしているのかが理解できないところに原因があると思います。
加えて政治家の分業とプロ化が進み、衆院と参院の区別がつかなくなり挙句には「国会一院論」まで出てきているのが現状です。
衆議院は政治家としてのキナ臭さや生臭さを感じさせる代わりに政治そのものを志しているのだなあと感じさせる人の集まりだったところ、参議院は文壇の大御所や学者など「文化人」、「有識者」が集まっていて政治を大局から論じていたのです。
政治と政局の荒波に飲まれることなく6年間は解散なしでじっくりと判断するからこそ「良識の府」とも呼ばれました。
実際、1947年(昭和22年)に行われた第1回選挙では当選者の4割が無所属で「緑風会」という会派がつくられ日本の政治機構のなかで隠然とした力を示していました。
かなりの力を発揮して衆議院から送られてきた内容を一部修正、または否決が29回と記録されています。
この「緑風会」は1965年(昭和40年)まで存在し、参議院の独自性と政治の独立性を堅守していました。
ちなみに今ある「新緑風会」とは別物です。

今回の選挙は車の運転に例えると与党には「アクセル」、野党には「ブレーキ」いづれを与えるのかという国民の選択になってしまいましたがこのブログを書いている時点ではマスコミ報道にあるように全国的には与党優勢であることは動かしがたいところでしょう。
また参議院勢力の大幅な異動によって日本の政治機構がこれも大幅に変わり過ぎないよう「激変緩和措置」として参議院は6年任期ながら3年ごとの半数改選となっています。
ただ、1人区のうち私の住んでいる滋賀県は期間中、「自民1歩リード」と報道されましたが実感として(本当だろうか?)と何度も選挙区の検証をしてみましたが手ごたえが掴めなかったのも事実です。
おそらく数ポイントで今も争っていると思えます。
この晴天ですから投票率が伸びてくれますことを期待してこれから投票所に行ってきます。






書くこともありません
台風1号が東シナ海で空中分解してその余波でカメハメ波となって雨雲を押し出したのが昨夜あたりから近畿に流れ込み大雨を降らせています。(稚拙な文章ですね、我ながら)
今日、土曜日は数々のビッグイベント(私にとってです)が終わり、少しホッとできています。
気が抜けたのかブログに書くことも特段なく(今日は更新をやめようかな)と思いながらテレビでニュースを観ていると「18歳からの選挙」について特集がありましたからさらりと思ったことだけを。

もちろん新選挙人さんたちには棄権することなく投票所に足を運んでいただきたいです。
今朝のテレビで映していたのは18歳以上20才未満の方が学校に投票が終わったら「投票済み証明書」をもらい、それを商店街に持っていくと普段は360円のハンバーガーが18才にちなんで180円で購入できるなどその他数々の特典をつけているというものでした。
選挙に行ってもらおうということからこのように考えてくださる皆さんの尊いお気持ちや行動に水を差すのは不本意ですがこれは少しおもねり過ぎだと感じました。
投票は「義務」ではなく「権利」だと思っています。
この(18才以上になったら国民ならだれでも1票)の普通選挙制度に辿り着くまでに先人たちがどれほど苦労したかをかみしめてもらいたいのです。
現在でさえ世界中を見渡してもまだ確立されていない国が多数あります。
頼まれたから行ってやるではなく、自分と大切なもののために(この大切なものというのは個人差があると思います)進んで投票所に行くことがコスモポリタンを育て、健全な民主主義を守ることになるのではないかと思います。
選挙の投票に(動機づけ)は必要ありません。
自分の為に1票を行使してください。

以上の理由から私は「ふるさと納税」もやり過ぎだと思っています。
産地の特産品目当てで「ふるさと」でもないのに納税する、これを全国の自治体があの手こので競い合う。
いつから自治体はデパートの産直売り場になったのでしょうか。
もちろん「控除」もついて、手数料や管理費も税金から支出されていく、これは税を集めるという観点からみて本末転倒です。
喜ぶのは一部の業者のみで税としての大枠から捉えたら不足が発生いたします。
税の場合は「権利」ではなく「義務」なのです。
このように社会学的に考えてみて「差別」は排除しなければなりませんが「区別」というモノサシは持っておかないと政治は前には進みません。

暑くて忙しいですね
今まで比較的ゆっくりとした生活だったのかもしれませんが今週に入って私の周り(私も含めて)がとてもバタバタしていて忙しいです。
以前はたぶんこんな感じで忙しくしていたと思うのですがアスリートがフィールド内を走っていたところ競技が終わってグランドに入ってクールダウンしていたのにまたレースに呼ばれてスタートしているような状態です。
息があがります、加えて暑いです。
本日も朝からPTA行事に駆り出され、その隙間に選挙の電話が鳴り、あっちに走ったりこっちに飛んだりで文字通り汗だくの一日です。

溶けるチョコレート
梅雨は空けていませんが7月に入り盛夏の到来です。
当たり前ですが夏は暑いです。
私の住む滋賀県西北部・高島市は近畿の最果て中山間地域で森林率72%の山だらけ、自宅から歩いて10分の処には琵琶湖が広がり、前方には竹生島が浮かび、北方を見渡すと伊吹山がそびえています。

そんな風光明媚なところのはずですがやはり夏は暑いです。
昨夜、甘いものが急に食べたくなってキッチンをうろうろしているとお葬式でもらってきたチョコレートがありました。
(あ!チョコレートだ、ラッキー)と銀紙を破ったらドロドロに溶けていてがっかりです。
家の猫たちは春まではカーペットの上でお昼寝をしていたのに最近は机の上で、またフローリングの板の間でだらりと全身を伸ばしてけだるそうに寝ています。
奴らは涼しいポイントを独占するのです。
浜開きが行われたり、山開きがあったり、消防のポンプ操法訓練があったりで大変です。
来週は学校の体育祭や文化祭、それが終わると夏祭り。
その頃には梅雨が明けて本格的に夏です。


18歳からの投票
滋賀県では今回の参議院選挙から18歳以上が投票権を得ました。
県内合計では2万5千票が新たに有権者に加わることになります。
この新規投票者は県有権者全体の2.6%程度だったと思いますが自分たちの未来への意思表示として初めての制度改正に初めての投票を行っていただきたいと思います。

我が家にも子どもが3人。
長女が大学2年、長男が高校3年、次男が高校1年となりましたが今までは妻と2人で2票だったのが4票になりました。
長男が昨夜の食事の時に妻に「誰に入れていいのかわからないよ」と話しかけていましたが妻は「新聞やテレビをよく見て自分で判断して決めなさい」と言っていました。
私もそれでいいと思います。
我が家は○○党を支持しているから○○さんに入れろと昔のような押し付けはなしで、個人としてこれから自分たちが社会をつくっていくという自覚を選挙を通じても培ってもらいたいと思うからです。
自分で選択する以上は責任ある行動をとるという社会人としての姿勢を涵養するのにも選挙の投票は大切です。
告示日
今日から参議院選挙の幕が開けました。
朝から事務所に行ってそれなりにバタバタと用事を済ませて気がつけばもう午後の3時過ぎ。
選挙中は時間が経つのが早く感じます。
ですが7月10日の投票日まで日程は正味のところ18日間。
長いです。
散歩にて
6月に入ると日課のウォーキングをするにせよずいぶんと日差しが強くて自宅に戻ると体温が上がっているのがわかります。
それでも田園風景の中をひばりの声を聴いたり、水田の稲が日々すくすくと育っているさまを眺めながら歩くのは気持ちがいいいものです。
いくら田舎とは言え山の中ではありませんから人とあって立ち話をすることもあります。

昨日は集落の川辺で草刈機をギーンと動かして雑草を刈っている女性に出会いお話ししました。
もちろんご近所なので知っているのですが彼女は30ぐらいか、独身、とにかく元気でチャレンジ精神が旺盛。
いろんな資格を取るのが趣味で大型運転免許など朝飯前で危険物や調理師、介護士など滅多やたらと取りに行っています。
みんなから「ターミ姉ェチャン」と呼ばれています。
今度の日曜日は区の一斉清掃日だから今日しなくてもいいのにと言うと、みんなが早く終わるために下準備をしておくのということでした。
働き者です。

更に歩くと「哲学者」に出会いました。
これは彼に私が勝手につけたあだ名です。
いつも難しい顔で考えているからです。
おはよう、緑がきれいだね、水田の稲ももうこんなに育ったけど季節の移ろいは早いねとかしゃべりかけました。
彼は「農業も一種の自然破壊だ」とぼそりと言うのです。
何ゆうてんのや、こいつ・・と思いましたが「なんで?」と訊くと「自然界の植物や動物、昆虫からみると人間に追い出されているに過ぎない、耕作放棄地が増えることはむしろ自然に還るということ」とわけのわからんことを言うので混乱しました。
私は今まで農業の多面的機能の必要性も訴えてきたつもりですがこんな環境原理主義と出会うとは思いませんでした。
散歩をしているといろんなことがあります。



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