ゆうすけブログ
知能指数って結局何なんだろう
今まで十数年に亘ってブログを毎日書いていましたが何かルーチンワークのようになり、(もう毎日書くのはやめよう)と思いったったらなぜか心が軽くなり、日々の行動面でも時間ができてきたのでバカボンのパパのように(これでいいのだ)と思っていた矢先に友人から電話があり、「おい、ブログ更新してないけど大丈夫か?」と。
「毎日読んでくれてたの?悪いね」と言ったら、「邪魔臭いから読んでないけど生きているかチエック代わりにな」と返ってきて複雑な心境でした。
私は何?独居老人か?君は遠縁の息子か、見守りか・・。
ともかくこれからは気の向いた時に書く程度にしようと心に決めたのでした。

その友人としゃべっていたらなぜか小学校時代の思い出が蘇ってきて「知能テスト」の話になりました。
そういえば受けたよなって感じで。
学校の説明では知能指数(Intellℊence Quotient)つまりIQを測定するために実施してそれ以外の目的には利用しない、もちろん完全非公表で本人にも結果は伝えないと前説があってから答案用紙が配られた覚えがあります。
そりゃ結果を貼りだしたら大問題になるだろうと思いつつ本人にぐらいには教えてよとも思ったりもしました。
後で概略を聞いてみるとIQの平均値は100で集団としては前後に分布されるがおおよそ130を超えるのが母集団の上位2%。
犬で賢いのなら65ぐらいのがいるので後ろの1%はそれぐらいと言われて(いぬぅ!犬かぁ!あの干支になっている犬!人間なのに犬扱いとは・・・)とショックを受けたのでした。
ウルフマン(狼男)ならまだかっこいいがドッグマン(犬男)なんて全然おしゃれじゃない。

そういえばマイナーな話になりますが昔観たアメリカのTVドラマ「刑事コロンボ」のなかでエピソード「殺しの序曲」(邦題)というのがあり、アメリカのエリート集団で(シグマ協会)という組織があり、ここは知能指数がトップから2%という天才しか入会が認められない会員制クラブなのですがそのメンバーの1人が対立したメンバーを完全殺人で葬るわけです。
頭のいい人ばかりのクラブ内で起こった殺人事件なのですがエリート達が頭を絞っても犯行の方法がわからない。
そこへコロンボ警部が現れ、犯人を追い詰めていくという筋書きでした。

捜査中に犯人がコロンボを見下してある問題を出します。
『ここに金貨が複数枚入った袋がいくつかあります。でもその中の1袋は(ニセ金貨)の袋です。ニセ金貨は本物より(10g重い)です。さて、ここに(ハカリ)が1個あります。このハカリを(1回だけ)使って、ニセ金貨の袋を見つけてください。できますか?』
コロンボ警部の悩む姿をみて犯人は安心します。
(大した奴じゃない)と。
しかし、それは演技であってラストで犯人の殺害トリックが暴かれ、この問題も解かれて改めて犯人がコロンボに脱帽するというオチでドラマが終わります。

この歳になってくればもうIQが小学校の時にどうだったのかなどは実はどうでもいい話になってきます。
かのエジソン先生も教師から劣等生扱いを受け、アインシュタイン博士も落ちこぼれと言われました。
その程度のものです。
それよりも社会に出れば協調性や自主性、また心の指数(EQ)や(稼ぐ力)などが重視される(現実)のなかを渡っていくことになります。
本当の頭の良さなどはなかなか定義が難しいものです。
「知識があっても知恵がない」などと言われてしまうのも(学校秀才)の陥りやすいところです。
結局、知能指数って何なのでしょうね。

サンマは頭から腐る
昨週、知人から「とんでもない条例が市議会で検討されているのよ」と聞かされ、何か?と尋ねたら「共産党の折り込みを見て」と言われ、家に帰って紐で括ってあった新聞の束から探したら・・ありました。

「議員政治倫理条例案」゛市民の知る権利゛を奪う 委員会に提案、即決と表題に。
これは酷いことを議会がやっていると私すら思いました。
(議員の立場で知った、議会情報をみだりに漏えいしないこと、ただし、市が公開している情報についてはこの限りではない)
なんだ!これは?
これは全国で公開されている「全国珍・迷トンデモ条例集」の筆頭をいく内容じゃないかと。

(漏えい)とは何を言っているのかわかりません。
市民の負託で市政のチエックをする為に議会に赴いている議員さんが知り得た市政・議会情報を広報するのはむしろ議員活動の原点ではないのでしょうか。
高島市議会は病んでいるのではないかと失礼ながら思いました。

知っている高島市議会の女性議員さん(共産党所属ではない)に「あんな議会制民主主義を破壊するようなとんでもない条例をなぜ審議しているのですか?」と尋ねてみれば「だって、市長が可哀想じゃないですか」。
あいた口がふさがりませんでした。
こりゃダメだ・・・。

どうも推測すれば6月に議会と市の執行部との間で開かれた「全員協議会」の場で一部議員が監査請求人の名前を教えろと迫り、市長の指示で監査委員会事務局が請求書をコピーして配布したおそまつな事件がありましたがその内容の一部始終が監査請求人たちに(漏えい)していたことに対して今後このようなことがないようにブロックするためにこの条例の追加が行われたフシがあります。
市と議会がこのようなことが起こらないように襟を正すのが大人の態度なのに、今度は市民に情報を公開するなと縛るなど病んでいるのかと議会に言ったのはその意味からです。
二元代表制の一方としての矜持やプライドの欠片も感じられず、厳しく言いますがこれでは高島市議会は(学芸会)です。
市民の代表者としての責務を自ら放擲する重大な権限放棄につながります。
SNS上でこれだけの地元議会批判をするのですから私もそれだけの覚悟もあってのことですがこれは酷過ぎる条例ともう一度言っておきましょう。
抗議は受け付けますが今度は市の職員に言わせたりせず、議員自ら出向いてきてもらいたいものです。
討議いたしましょう。
これでは市の最重要課題だった昨春の市庁舎位置条例問題も議会で解決せず、市民に丸投げとなった(住民投票条例)に賛成して市民に亀裂を入れた軽い判断と議会としての責任逃れもよくわかります。

戦前の権力に阿る(大政翼賛議会)に堕してから日本に民主主義は消え、軍部独裁の政治体制のまま戦争に突っ込んでいった情けない政党政治の成れの果てを知っているだけにこの「議員政治倫理?条例案」には断固反対します、一市民の立場として。
「サンマは頭から腐る」と言われますが「政治は議会から腐る」と議員のみなさんは肝に銘じて日々の議会活動に取り組んでいただきたいと思っています。
この一連の条例についてまともなことを言っているのは共産党だけではないかというところに悲しさを感じます。
13日には市議・市長選挙説明会がありますがこれも荒れそうなのはむべなるかなとしか言いようがありません。



運命の選択
もう10年以上前になるが知人が脱サラしてラーメン屋を始めると言い出しました。
「もう豚骨ラーメンは古い、これからは牛骨や」とのたまい、退職金と貯金を崩し、それに借り入れまでして暖簾を上げました。
「牛骨ラーメン」・・店主は意気揚々でした。
おりしも九州発の「狂牛病騒動」が勃発して、原因はどうやら米国産の牛の骨髄となり世は騒然となりました。
テレビで子牛がよろよろと歩き、いきなりバタンと倒れる映像が流れ衝撃を与えたのです。
知人の店には誰も入りませんでした。
そんな怪しげな、やっかいなものを食べようとするチャレンジャーはいなかったのです。
3か月で廃業となりました。
ちなみにこの時、牛丼チェーンの「吉野家」もアメリカ産牛肉にこだわり、長きにわたって牛丼の販売を中止する羽目に陥いっています。
商売に限らず世の中には常に運・不運がついてまわります。

この知人が不運なら最寄りの幸運を引き寄せたのはトランプ氏でしょう。
もうクリントン氏で決まりというところを最後にメール事件でひっくり返しました。
しかし、民主党というよりもクリントン氏勝利を予想していた政府関係者や投機筋が大慌てです。
これからの世界の政治経済に深刻な影響が出ると論じています。
おそらくTPPはご破算になりますし、メキシコ国境に壁を造ったり、アメリカは内向きの姿勢を前面に出すことになるでしょう。
「世界の警察官」なんてヤメヤメと言い出して、喜ぶのは中国やロシアとなります。
このアメリカの汎アメリカ主義、いわゆるモンロー主義に回帰するのは80年ぶりです。
これから世界中に激震が走ることになります。

大統領選挙中、私はジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」を読んでいました。
この小説の中にはトランプ氏を応援しそうな人が大勢出てきますし、なぜ今回クリントン氏が負けたのが納得できる作品でした。


首長と議員のW(同日選挙)は本当にいいのか
私の住む高島市の選挙人は滋賀県選挙管理員会のHPによれば2016年9月2日時点で43、049人、うち男20、765人、女22、284人となっています。
ちなみに人口は2016年10月1日で50、514人と統計にあり単純に2つの数字を割ってみれば43、049÷50、514=0.85となり高島市の全人口に占める18才以下の割合がわずか15%と自治体として思いっきり高齢地域にまっしぐらという現状も見て取れます。
また来年は改選の年となり市長選挙と市議会議員選挙(今回から定数2減の18)が2017年1月22日告示で投票は1月29日と日程は決まっており、説明会は来週行われます。
私がいつもこれは問題ではないかと思っているのは市長選挙と市議選挙が同日に行われることは果たして市民にとってメリットがあるかどうかという点です。

調べてみると高島市以外でも全国なら結構W選挙がある市町はありました。
これは平成の大合併の後遺症とも言えそうですが、私は個人的な見解として高島市の市政と議会の在り方を変える意味では同日選挙は好ましくないと思っています。
まず高島市長選挙でよく言われることは「合併以来4年ごとに市長が代わる」です。
別に市長が勇退や事故に遭ったからではなく現職と新人の選挙になって現職が負け続けている結果です。
これは市議会の選挙が同時に行われていることに原因があります。
普通はスポーツでもそうなんですがチャンピオンの防衛戦ではベルトホルダーの方が圧倒的に有利です。
全国的に見ても市町の現職再選率は75%を超えているという数字もあります。
4回に3回は勝つのです。
では高島市はどうして現職が負け続けるのか。
これは第二次大戦末期の選管いや戦艦大和の沖縄特攻の如く制海権・制空権なしで突っ込むからです。
護衛の市議会議員はみんな自分の戦いで市長を守る余裕もありません。
市長は戦艦大和のように四方からグラマンやドントレス急降下爆撃機にシッチャかメッチャかに撃たれ放題になります。
そしてあえなく撃沈。

よく市長派の選対では「市長を応援する市議会の先生は選挙の際には自分と同時に市長も頼んでください」と言います。
できません。
そんな光景はお目にかかったことがありません。
なぜなら(みんな自分がかわいい)からです。
市議会議員候補が個別に票取りに各家庭を回ります。
その際に「市議会は私に市長は現職の〇〇さんに」と頼むことは非常に困難です。
お願いは1度きり、選択は1回限りの原則で特に人の心は見えないものです。
頼まれた方も市議会はこの人に入れてもいいなと思っても次のハードルで市長は〇〇?嫌だ!となる可能性は少なくとも50%の確率であります。
それなら自分、まず自分を頼むのが当たり前です。
別の人の選挙をしている余裕などないのです。
つまり同日選挙においては市議会の応援は首長に機能しないの法則が成りったっています。

選挙後の市政においても首長と議会の関係において同日選挙は不幸を招きます。
市長も市議会議員も当選して市役所に来ます。
楽勝もあり苦戦もあり首の皮1枚もありで各人各様です。
ただ共通することは(あなたたちに世話になっていない)という心境です。
これはその後の市政運営や議会運営にとても影響があるマインドで人は若い頃自分を引き立ててくれた(恩人)に終生、恩義を感じるものです。(朴大統領の事例をみてください)
首長と議員の間にも貸し借りがないので市長はどうしても議会を軽視します。
次もどうせあなた方に世話にならない・・これは態度に出ます、どうしても。
かくして首長と議会の間は冷え込む構図が形成されていきます。
このあたりのおどろおどろしい人間関係はもっと字数を割きたいのですが面倒なのでやめておきます。

同日選挙の方が選挙費用が安上りでいいのではと考える人もいらっしゃるかもしれませんがもともと民主主義は他の政体に比較して最もコストがかかるようにできています。
そのあたりはケチらないでおきましょう。
それよりも真冬なのに高島市ではデズニーパレードのごとく選挙カーが走り回ってまともな市政議論がほとんどなされない方が問題だと思います。
市長は市長選挙、市議会は市議会選挙でじっくりと訴えを聞いた上で選びたいと思いませんか。
あれでは(興行)です。
みそもくそも一緒といえば怒られるかもしれませんが4年に1度あの光景をみればその後の落ち着きのない市政も想像がつくというものです。
ですから市議会に立候補されるなかで良識派の方には「任期が短くなるが市議会の見識を通すためにも夏場で1度解散した方がいいですよ」と申し上げています。
市長選挙と議員選挙は少なくとも半年は空けた方が高島市の発展的な議論を維持できると私は思っています。






10月終わります
10月が終わります。
今年も残すところあと2か月となりました。
早いですね、月日の流れは。
早くも年賀状を買ってほしいと郵便局から営業が来たり、北海道では大雪が降ったりで秋から一気に冬にまっしぐらです。
野菜も高騰!
スーパー業界に入って30年だが、こんなに野菜が値上がりするのは「何て年だ!」と(小峠調で)友人が叫んでいました。
近くにある平〇堂に行ってもネギ1束がいつもなら100円なのに300円越え、レタス1玉460円Σ(・□・;)・・ニンジンはか細く、小さい・・・。
どうなっているんでしょう。
ハロウインのかぼちゃが貴重品に見えてきました。
そうなると道の駅が満員御礼です。
ここは地場の野菜が比較的いつもの値段で並んでいるからです。
穴場です。
野菜の無人販売・・置いてありません。
修羅場です。
寒くなってきてそろそろ鍋の季節なのに入れる野菜がお肉より高いです。
土壇場です。
困った会社の困った社食
毎日ブログを更新することに疲れを感じ始めた昨今ですがそれでも長年の習慣だったので反動もあって(寂しい)です。
私はテレビを観るといってもニュースかお笑い番組しかチャンネルを合わせませんが先日はコント番組を鑑賞していてネタを考えていました。

(昼時・・とある会社の社員食堂にサラリーマンが2人入ってくる。)
「ああ、今日は何食べよかな、なにせ昼食は我々サラリーマンのささやかな楽しみやからな、迷うわ」
「それでも何やかんや言うて毎日似たようなもの食べてたりせえへんか」
「そやったら日替わり定食なんかどうや」
「それええな、今日の日替わりは何やろ」
「ええ~と、゛気まぐれ社長のリストラランチ゛」
「ええわ、食欲なくなる」
「やっぱ単品ものでさっさと食べよか、煙草を吸う時間も欲しいからな」
「それやったら゛査定がカレー゛」
「やめとく」
「ラーメンはどうや?」
「お!ラーメンいいね、好きやわ」
「どれどれ・・゛本格中華過労三昧゛」
「却下!」
「゛仕事に中丼゛、゛満員電車牛丼゛・・・」
「仕事中毒かい!電車にギュウギュウ・・無理やりやな」
「やっぱ定食かな、゛定年退食゛」
「それがマシかな、消極的選択の帰結ちゅうやっちゃ、それにしとこ」

(食後、サラリーマンのテーブルに給仕がやってくる)
「定食には食後の御飲物がついていますがお持ちしましょうか」
「どんなんがあるの?」
「本日は゛ブラック企業コーヒー゛、゛お客からのクレームソーダ゛、ハーブティーは゛文句を言ったらナキミール゛からお選びできます」
「もういいわ!」
「ありがとうございました!」
(幕引き)

※この投稿はすべてフィクションで実際のものではありません


潮流ーグローバリズムvsナショナリズム
「秋は一雨ごとに深まる」の言葉どおり、一日一日と季節が移っていく様が面白く感じるこの頃です。

さて、先日の米国大統領選挙の恒例であるTV討論ではメディアの評価はヒラリー氏がトランプ氏を圧倒したと評していました。
勢いよくヒラリー氏を批判するトランプ氏に彼女はミシェル・オバマ大統領夫人の「相手が低俗な時にもあなたは高尚に」という言葉を引用して会場から喝采をあびています。
CNNを始めとするテレビ局やロイターなどの通信社、NYタイムズ、ロサンゼルスタイムズ、ワシントンポスト、ウォールストリートジャーナルなどの主要紙は一斉にヒラリー氏に軍配を上げました。

日本でもマスコミはトランプ氏に対して(政治的素人)(キワモノ)(野蛮人)とどちらかと言わずともレッテル貼りを行っています。
ですがトランプ氏とてアメリカでは知られた実業家であり、何度も挫折を繰り返しながら成功した立身伝中の人には間違いありません。
政治経験の有無を問われても過去に俳優出身のロナルド・レーガン大統領やアーノルド・シュワルツネガー氏、クリント・イーストウッド氏と比較しても著しく能力が不足しているとは思えません。
私は今回の米大統領選挙をヒラリー氏に象徴される21世紀を主導してきた(グローバリズム)とトランプ氏が代弁する(ナショナリズム)の激突として非常に注目しています。
全世界の主要なマスコミは概ね(グローバリズム)の波に乗っています。
理由は商業的なことと私は理解しています。
その方がお金になるということです。
ただし、グローバリズムの一環であるTPPはさすがにヒラリー・クリントン氏も米国内の反発を考慮せざるをえず、見直しを表明しています。
日本でもマスコミは今国会でのTPP承認審議について「アメリカを後押しをする先鞭をつけよ」と盛んに世論を煽っています。
まるで戦前の「バスに乗り遅れるな」を彷彿させますが、もともとTPPが米国より持ち出された時に黒船来航の如く慌てていたのは誰だったのかと少し鼻白む思いもあります。

アメリカや日本だけではなく今や全世界でグローバリズムの潮流への抵抗が見られます。
この春にはイギリスがEU離脱を国民投票で決めました。
例によって日本のマスコミは懸念を示していましたがあれは(グローバリズム化陣営)の一員としての立場と理解しなければなりません。
昨年、日本でも「ドイツ帝国が世界を破滅させる」を上梓し、一躍その名を知られるようになったフランスの歴史人口学者エマニュエル・ドット氏は英国のEU離脱を予言したと言われていますが氏は「英国民の選択はポーランド移民問題ではなくブリュセル(EU本部)から議会の決定を取り戻すことにあった」と講演しています。
名誉革命、マグナカルタなど様々な歴史的政治成果を掴んできた伝統ある英国議会の沽券復活が今回の離脱の真相であったようです。
その意味からもこれは立派なナショナリズム派の巻き返しと言えましょう。

いづれにせよ21世紀の政治課題はグローバリズムとナショナリズムの戦いと決まりました。
グローバリズムを信奉して業績を上げてきたマクドナルドやユニクロがここに来て成績低迷に陥っているのもなにも政治問題だけではなく経済にも当然ながら影響を及ぼしているものと考えられます。
どこからでも安く原料を調達して、どこよりも安い人件費の国に工場を建てて、だれにでも仕事ができるようにマニュアル化を進める商品を大量生産、大量販売するビジネスモデルの跋扈が世界を幸せにするのかは甚だ疑問です。
その地域にあった、オンリーワンのものづくりを応援するのが地方再生の第一歩ではないでしょうか。




湖国選挙ー2016年後半
夏の参議院選挙が終わり、滋賀県もようやく落ち着きを取り戻したかと思われたこの秋から県内では2016年後半の選挙が始まっています。
まず湖南市長選挙は現職の無投票当選が決まりました。
無投票当選は候補者のみならずご家族、友人、選対本部と選挙戦が1日で終了するので本音で言えば(ありがたい)ものですが他方、難しい点もあり、1度無投票になれば次の4年後まで選挙民はその候補者の名前を前後ですから8年は投票用紙に(書かない)ことになり次回の選挙実勢が読みづらくなるということがあります。
また、政治家は選挙を通じて強くなるという側面からも1度の楽が次に向けてのトレーニングにつながるのかという心配も出てまいります。
思うに選挙というものは地域のマグマのようなもので激しく揺さぶるように噴火することもあれば無投票のように静かに終わることもありでリズムとサイクルのようなものかもしれません。

同時に甲賀市長選挙が告示されていますがここは4選を狙う現職と新人の激しい一騎打ちとなりました。
どちらも市内はおろか県内でも有名人で実力者ですから注目度の高い選挙となっています。
本来ならこの程度で留めておくのですが今はフリーなのでもう少し突っ込んだことを言わせていただくと激しい選挙ながら合併から失政のなかった現職が後半にかけて地力を出してきたかというのが中間情勢です。
新人は争点の深化と浸透がままならないように受け止められます。

来週からは野洲市長選挙が告示されますがここも現職と新人の激しい一騎打ちが予想されています。
ここは前回が無投票でしたから現職の強みが選挙から1回遠ざかったせいで活かしきれるかが注目されます。
また、新人に思いのほか保守政党がまとまって応援に入ってきたことと、現職が県職員時代に当時の知事との意見対立があって退職していることから今回は当時の知事も熱心に選挙区に入っています。
現職がこれまでのまちづくりの実績をいかに有権者に訴えられるかが勝敗の分かれ目になりそうです。

年は越しますが今後の日程は高島市長選挙と市議会議員選挙の同日選挙が1月に執行されます。
すでに現職は再選を目指す旨を表明されています。
市議会議員選挙は今回から20名の定数を2名減の18名となるものの現状では現職の立候補の意向が固まっている方と返り咲きや新人で合わせて28名ばかりとなっており10名オーバーの大激戦模様です。

2月には東近江市長選挙、3月には米原市長選挙がありますがいづれもすでに現職が再選、3選を目指す旨を表明されています。
こちらについては公式には新人の出馬表明はされていませんがどちらも無投票となる公算は薄いと思われます。



福祉のこころ
3連休も終わり、10月も何となく前半が終了した感じです。
昔なら(ああ・・もう月の半分が過ぎた、売り上げが伸びてない)とか商売人マインドで過ごしていましたが、今は(もう半分きた、残りの半分をこれで過ごせるのだろうか)と消費生活者として生きています。
思えば遠くに来たものだ・・・。
いづれにせよ(生きる)ということはいつの時代でもサバイバルなんですね。

(福祉)というものは誠に大切ながら、一面難しいものだとこの10年思い続けてきました。
バラマキをすれば財政が破たんする、なければ社会が破たんする、受益と負担をどう考えればいいのか、社会でみんなが納得して進めるのはどのように理屈付けするのか、考えるところは多いのです。

これも私の居住している高島市の話になりますがこの4月から条例が改正されて3人目の子どもさんの保育料が無料化になりました。
このこと自体は素晴らしいことなのですが(福祉)全体を見れば多少の問題点が浮かび上がってきます。
3人目なら0歳児でも預かってもらえるとなり、これまでお控えになっていたママさんも保育園に来られるようになりました。
これは政策が意図していることですから当たり前なのですが気になることはそれ以降(条例改正以降)に市内の保育士さんの離職が目立つことです。
もともと介護士と並びきつい割には待遇で報われにくい職業であるとされている保育士ですがこの春から保育現場がより一層大変になり今度は保育士不足が問題となってきています。
少子高齢化の県内トップをいく高島市ですがさすがに少子化だからまだ何とか保育現場が踏みとどまっている面もありながらサービスを供給する側のことも考えないと混乱が生じる例です。

これは高島市と違って少子化どころか子だくさんの滋賀県内のある市(名前は挙げません)ですが高島と違って(待機児童問題)が発生しています。
そこで親御さんの悲痛な願いにほだされて園ではお預かりをされているようです。
ただし、法的には保育士1人がみられる児童数が規定されているので市の担当職員が見回りにくると子どもたちを押し入れに隠すという何とも想像すると複雑な光景があると聞きました。

森鴎外の作品に「高瀬舟」という小説がありますが、苦しんでいる弟の自殺をほう助した罪で島流しになる兄の話を聞くわけですが(福祉)がどこまで手を差し伸べていいのか、どこまでできるのかは政治的課題というよりも今日でも社会問題です。
政治に゛利権゛はあるのか
昨日は列島全体が大雨でこれを(季節替わりの雨)と呼んでいましたが、なるほど今朝からはすっかり秋模様となりました。
昨日のブログで「オリンピック利権」と書いたら「本当にそんなものはあるのか」というお問い合わせもありましたが「ないわけないでしょ」が返答です。
すでに候補地の誘致の段階からIOC内でも行われているのは世界周知のことですし、開催決定から競技設備の建設や運営について様々に蠢いています。
これだけで本が一冊書けます。

(政治に利権は付き物)と小賢しいことを言いたくもありませんが、現実は受け入れる必要がありそうです。
例えばこの間、久しぶりに永田町に行って感じたのですがあそこには国会議員事務所棟である衆議院第一会館、第二会館、参議院会館と3棟がそびえ立っています。
あの建設費を聞いて驚きました。
ちなみに私の隣である長浜市の新市役所が昨年からオープンしましたが建設費は約40億円です。
妥当なところでしょう。
議員会館は400億円その10倍、それも1棟がです、3棟で1200億円!
そんな馬鹿な話があるわけがないと思っても事実ですから仕方がないわけで、あの建物はどう見積もっても1棟100億円から150億円で出来そうです。
つまり1棟あたり100億円はゼネコンとその周辺の゛利権゛として消えたと思えるわけです。

先日から都議会で築地移転問題が論議されていますが小池知事が指摘したのは豊洲市場で青果市場、畜肉市場、魚類市場がそれぞれ違うゼネコン各社によって落札されていますがそれぞれの予定価格への落札率はいづれも95%を超えています。
普通はありえないのですがこれは゛談合疑惑゛の典型であり、立派に゛利権゛の疑いがあります。
オリンピックではこのようなことがないという人はそちら側の方か、精錬潔癖で人を疑うことがない高潔な方です。

ここで誤解を招くかもしれませんが言ってしまうと、「政治にはお金が必要」ということです。
それは庶民である我々が額に汗をたらして家族の為にお金を稼ぎ、一家の食費や教育費、介護費に使うという感覚ではなく、まさに「政治力発揮のためにお金がどんどん出て行く」という感覚です。
家庭収入が共働きで45万円ばかりあると現在では゛中流゛と思える暮らしが何とかできます。
ですがそれはあくまでその家庭内での支出であって税金以外ではたぶんよそへいかないでしょう。
政治の世界はそうじゃなくよそへどんどんいくのです。
また、お金を動かさなくては政治の世界ではのし上れません。
議員報酬だけでは工作資金など捻出できず、はっきり言って(派閥の長)になるなど夢のまた夢で国会議員で居続けるのも難しくなります。
選挙の際の(地元対策費)すら用意できなくなるから選挙になったら足で稼がなくてはならず一か八かの死に物狂いの選挙を戦うことを余儀なくされるからです。
陣笠議員ならそれも仕方がありませんが、当選回数を重ねることができれば二度とそんな博打はしたくないとなれば資金力で制圧しなければならなくなります。
それは個人の贅沢願望などとはかけ離れた政治の力学です。

古の佐藤栄作総理も幹事長時代に造船疑惑でパクられそうになりましたが保守本流の政治家を潰すわけにはいかず、犬養法相(当時)の指揮権発動で政治生命を救いました。
田中角栄氏はまさに典型的な利権政治家と見られていましが裸一貫からのし上るには(金)が武器であったのはしかたがないことでした。
(集金力)で自民党内を駆け上りました。
ですがその氷山の一角である(ロッキード事件)により総理の座は失いました。
中曽根内閣を直撃した(リクルート事件)でも竹下登氏は逃げ切りましたが藤波孝男官房長官は沈没しました。
後に盟友である金丸信副総裁の政界引退も資金稼ぎが表面化した為です。
自宅に金塊がどっさりあったのも金丸氏が個人的に蓄財を考えていたのではなく政治に必要と考えていたと考えられます。

現在でも麻生さんや岡田さんが比較的選挙の際にばたばたせず、地元に帰らなくても当確といわれるのも本人たちの能力が高いとか魅力があるということとはまた別のところで資金バックがしっかりあるということでしょう。
それだけで他の政治家よりも各段にシードされている高校野球に例えるなら(有力校)なのです。
最近ではTPP交渉で活躍された甘利経産大臣がURへの口利きで建設会社から事務所内で現金50万円を受け取った疑惑で閣外へ出ざるを得なくなりましたが、現職大臣たるものがなぜ50万円などの(はした金)を直接受け取るような場所をつくったのかが疑問です。
また検察が本気になったら十分に起訴までいけたのに止まったかも疑問です。
昨日は菅官房長官の白紙領収書を巡って国家で揉めていましたがあの緻密な人がなぜこんなくだらないボロを出したのかが疑問です。

私は別に(金権政治)がいいとは思っていませんが(金)に代わる(権力)、例えば(武)などが取って代わるよりはマシかとは思っています。
所詮は人間社会のことですから人々の欲望を何が満たすかとなれば昭和の一時期のように清廉だが(軍権政治)に戻ればいいとも思いません。
それなら(金)が仕切ったほうが血を見ないだけ平和だなと思っているだけです。










都政の闇・市政の歪み
小池百合子都知事が誕生した時、(これで一波乱あるだろうな)とは予想していました。
歴代を見ても都政に睨みをきかせていた鈴木俊一氏から宇宙人の青島幸男氏は除いて、石原慎太郎氏、猪瀬直樹氏、舛添要一氏の流れから小池百合子氏は完全に(鬼っ子)です。
異端であり、今回の都知事選挙でも従来の都政の本流なら増田さんでしたがこれは(都庁革命)が成功した選挙となりました。

私は森喜朗氏を頂点とする(オリンピック利権)に喧嘩を売ると思っていましたが(築地市場移転問題)、つまり豊洲市場で切り込んできたのは意外でした。
思えば選挙中に市場問題を小池さんが街頭演説していたのを聞き流してはいたものの、あの時点でシナリオはできていたのかと思えます。
小池知事は国会議員出身ですからオリンピック問題のような国政マターの方が情報が入っているからそちらに矛先を向けると考えていたものの築地移転問題に詳しいのならおそらく1年ぐらい前から内情を知るために石原都政や舛添都政に反発する都職員グループ(現役とは限らない)と接近していたはずです。
これがクーデター(都知事選挙)に結びついたのは容易に想像できます。
(市場移転の)一連の問題の中で建築物の下に(盛り土)がされておらず認可を与えた当時の知事である石原氏に公開質問状を送った小池知事ですが従来の都政と都議会(保守勢力)との戦端は開かれています。

さてこれに比べれば世間の耳目がほとんど集まらない私の居住している滋賀県高島市も現市長が環境基準値を超えるダイオキシン類を含む煤塵を神戸市の最終処分場に搬入していて問題となった事件で今年7月に退職者を含む当時の担当していた市職員21人に対して国家賠償法に基づく求償を行いました。
21人対しては合計で700万円、施設コンサルタントには約1100万円でした。
市長はその時の会見で「職員の法令順守の意識の欠如」と厳しく断罪しています。

これに対して21名は連名で「支払う意思はない」と文章で市長宛に送っています。
言い分として「故意や過失ではなく、あくまで市の規定に従ってきたもの、更に今回の求償者の対象が゛不公平゛である」と主張されています。
確かに全国的に調べてみても行政の長が職員にかかる求償を行うケースは誠にレアケースであり、理不尽でもあります。
組織論として考えてみても社長の管理ミスを社員(それも担当していただけの職員)にすべてを負わすのは如何なものかと考えてしまいます。
そこに当時の社長(つまり市長)や担当部長の名がないなら尚更のこと(不公平)と反論したくなります。
現市長は求償を行う前に設備を導入した当時の市長や担当部長に経緯を訊いたのでしょうか。
少なくとも小池知事のように石原さんから攻めなければ世間は納得しません。
市内では単なる弱いものいじめと言われています。

当然、求償ですから議会の決議を得なければなりませんがどのようなわけなのかこのようなへんてこりんな議案が過半数を制して通ってしまいました。
もちろん心ある議員もおられて「昨年もこれら職員に減俸を命じておいてさらに求償とは行き過ぎではないか」と質問されていますが市当局の答えとしては「昨年は市としての指導、今回は法に則っての手続き」と無慈悲なものです。
何度も言いますが指導を受ける側としても上から順にされるのなら納得もできますがこれでは(上の責任逃れの為の犠牲)とされているようで憤りすら感じるでしょう。
一番に責任を取らねばならないのは市長のはずです。

(公僕)という言葉はあまり使われなくなりましたが公務員は常に自分たちの活動原資が税金であることを肝に銘じて動いており、それが市民サービスの基本と心得られています。
市長といっても市民の負託を4年間受けて働いているだけですから考えなければならないのは職員をいかに外に(市民に)向けて働いてもらうかのおぜん立てをすることが一番大切なことです。
職員に対しては市民の為に全力を尽くしてほしい、足りないものは市長である私が手当する、責任も取ると言うのが普通ではないでしょうか。
ですから問題が起こったら職員に求償するなんて無分別なことがなぜ通るのかが私には理解できません。
職員がまさに(萎縮)してしまって挙句に行政サービスが遅滞する結果を招いてしまったら高島市民としても損失です。
市長たるものは内(自分)ではなく外(行政サービス)に職員を誘導しなければならないのです。




再び原発問題
表題の「再び原発問題」と言ったところで私も原発政策にのめり込みたいわけではなく、勉強を進めると原子力発電は本当に難しいということが徐々にわかってきたというのが今の心境です。
原発推進派、反対派それぞれの意見や思想はありますが議論としてみれば双方がかみ合っていないとも思えます。
特に「被爆限度」についての基準があの東日本大震災以後ではぶれまくっていますから議論が成り立たなくなっています。
震災前は「1年に1ミリシーベルト」と言われており、それを基準に議論されていました。
もちろんこれは原発事故等による直接被爆ではなく紫外線からの自然被爆(あくまで放射線としての)であり、食物からも0.5ミリばかりとレントゲンのX線やCTスキャンなどの医療被曝で2.2ミリシーベルト、合算すると日本人の平均として3・7ミリシーベルトから4ミリシーベルトは年間被爆している計算になります。
これはあくまで日本の話であり地球規模で言えば日本より紫外線が多く降り注いでいる地帯もありで一概に規定できないのですが国際的に決められた「我慢できる限界の数値」として「人工的に加算できる放射線量を1年1ミリシーベルト」とすると定義されていました。
これは前述の食料から医療からを除いており、紫外線等の自然被爆の基準です。

これが震災以後わが国では「適度の放射線を受け続けることはむしろ健康に良い」とか「実は20ミリシーベルトぐらいまでは大丈夫」などと科学者からもちんぷんかんぷんな意見が飛び出して混乱が生じています。
おそらくラドン温泉と錯覚しているのと20ミリシーベルトなら原発内部で防護服を着用してメンテナンス作業をしている状況ですから到底一般人と比較してはなりません。
それなら「なぜ被災地の住民は故郷に帰れないのか」とか「今も収まっていない汚染水の海洋流出はどう認識しているのか」など突っ込みどころばかりですが私は原発の(必要性)よりも先に(危険性)について議論を尽くしたほうが健全と思っています。

2011年3月の現場にいてその時に死力を尽くした福島第一原発の故吉田昌郎所長と施設にいた東電社員の皆さんの献身的な災害対応についてはいささかの疑惑ももっておらず、むしろ感謝の念でおりますがそれでも1号機に続いて3号機が爆発していよいよ2号機に危機が迫った時、「もし2号機が爆発したら東日本に誰も住めなくなる」と所員に漏らした吉田所長の言葉をかみしめるべきです。
日本の2000年の歴史の中で陸地の半分に人が住めなくなるなどといった危機があったでしょうか。
2号機爆発による危険性は単純な水素爆発を引き起こした1号機や3号機のようなメルトダウンによる燃料が炉心を突き破って地中に溶解したケースのように、原子炉内の核燃料そのものが飛散したのではなく原子炉建物内に充満していた気体の放射線物質がミストや液体となって飛び出したような軽い事態ではありませんでした。
もし2号機が爆発となれば原子炉ごとの爆発となりその濃度は1号機や3号機のケースと比較にならず、吉田所長の「誰も住めなくなる」は現実のものとなる可能性は十分にありました。
ちなみに2号機爆発事故防止作業中に隣の4号機が爆発しましたがそれは核燃料がプールにストックされていただけでしたから放射性物質の飛散は微量だったとは思います。

福島第一原子力発電所も震災発生から津波が押し寄せることを予測して危機対応マニュアルどおりに原子炉に制御棒を注入して核分裂を停止させています。
それでも炉心内の温度上昇が収まらず、1号機、3号機、4号機が次々に爆発事故を起こしました。
「電源消失」で温度制御ができなくなったのです。
別に津波が原子炉建物を直接破壊したのではなく浸水程度のことで地下に集中していた電源がショートしたからです。
ここに原子力規制委員会や電力会社、もっと言えば政府が長年言い続けていた「原発安全神話」は終焉したのです。
結局、(自己制御)や(多重防御)などは存在しなかったのです。

昨日はお隣り福井県の関電美浜原発3号機が原子力規制委員会から安全審査による合格証となる「審査書」を受理しました。
やれやれです。
ちなみに私の住む高島市の住民の多くは昔から大変、行政について鷹揚な気質でいい意味でご理解が早くて地域として統一感があってよろしいのですが他方、事なかれ主義でもあり自分さえ被害がなかったらいいと思ってしまうことも多々あるようです。
福井県嶺南でもし原発事故が発生しても30キロ圏内には朽木の山の中やマキノ、今津でも人が住んでいないところにひっかかるだけとタカをくくっている方もいるようです。
ですが福島のケースでも浜通りと言われた原発所在地から放射線物質は風に乗って200キロを浮遊して中通りの二本松市や郡山市に落ちているのです。
この放射性物質の煙のことを「死の灰」と呼んでいます。
福島の前にチェルノブィリ事故が25年前に発生して、その25年前にスリーマイル島事故。
わずか4半世紀に1回、地球規模の大事故が発生しているものを「1000年に1度」とか「想定外」とよく言えたものです。
もちろん福1の2号機がもしあの時に爆発していたら「未曽有」の大惨事になっていたでしょう。
先例をはるかに超えてしまうものに。
あの事故であの被害状況であったのは実は奇跡です。
滋賀県としてももっと関係のところと議論をした方がいいと思います。







ノーベル賞は偏っているのか
台風がいよいよこっち(近畿)に来ます。
明日の今頃は暴風圏内でしょう。

さてまた韓国の告げ口おばさんが世界会議の場で突然、日本を加害者とねつ造する従軍慰安婦問題をスピーチに持ち出して各国から轟々の批判をあびました。
この朴槿恵さんは歴代の大統領の中でも極めつけの政治的無能をさらけだしています。
韓国大統領に通信簿があるなら限りなく0点に近い数字です。
経済発展・外交・国土防衛・教育・産業振興・危機対応(セウォール号事件等)すべてダメです。
「漢江の奇跡」を演出したお父さんの朴正熙氏なら70点をあげられますが彼女は不肖の娘でしょう。

さてさて、ノーベル賞が今年も発表の時期になりました。
日本人としては3年連続で受賞者が出ました。
オートファジー理論を発見した東京工業大学の大隅良典名誉教授です。
どうやらがん抑制に道筋をつけられる発見だそうです。
おめでとうございます。

これでノーベル賞の自然科学部門での受賞者は日本では17人になりましたが近年加速度的に(この表現は少し似つかわしくありませんが)出ています。
日本の自然科学部門の研究が世界の最先端に追いついている証左なのでしょうか。
思いかえせば私が子どもの頃、日本人初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士が世間では「知の象徴」としてもてはやされていました。
湯川博士は原子核内部において陽子や中性子を互いに結合させる中間子の存在を理論化した功績が認められたのですが私の子どもの頃なら昭和45年ぐらいと仮定して博士が受賞したのは昭和24年です。
その頃なら戦後の焼け野原から少しづつ立ち直った日本人も国際的な賞に同胞が栄に浴したと大喜びだったことは想像に難くありません。
でも私が湯川称賛を聞いたのはそれからもう20年以上過ぎた頃です。
何を言いたいのかとなれば「ここ数年は日本でもノーベル賞を取る研究者が続いて日本人も少々これに不感症気味かもしれないがこれはとんでもなく凄いことなんです」ということなんです。

ここであの告げ口おばさんの国のことを考えてみました。
私と同じことを考えていらっしゃる方は結構おられたようでネットで「なぜ韓国からノーベル賞が出ないのか」を検索したらかなりヒットしました。
韓国では建国以来受賞者はただの1人も出ていません。
これは中国でもそうだったのですが昨年(2015年)に1人出ました。
代表的な意見を少しご紹介いたしますと・・。
①ノーベル賞に値する研究がない。(ストレートなご意見ですね)
②論文は英語で書かなければならないが下手。(これについては日本人も言えませんが少なくともスピーチより書く方が向いているのは確かです)
③同じ趣旨の論文なら英語圏の西洋の方が採用されるが韓国は日本人研究家のパクリが多いから。(ノーコメント)
④目先の研究、もっと言えばすぐにお金になる研究しか出来ておらず長期的視野に立った理論構築ができない環境にある。
(これは納得できる意見で台湾籍でありそのことを隠そうとしなかった蓮舫氏が民主党政権時代にスーパーコンピュータ研究を事業仕分けで停めるべく゛2番じゃだめなんですか゛と言い放ったのは有名です、あの頃から反国家的な政治家でした、最近では゛2重じゃだめなんですか゛と言ったとか言わないとか・・)


いろいろなご意見がネットで飛び交っていましたが私は④あたりに落ち着くのではないかと思っています。
別にノーベル賞の獲得数がその国の民度、もっと言えば教育度合に依るものとはさらさら思ってはおらず、もちろん民族的な偏見など一切ありませんが少なくとも中国や韓国ではすぐにキャッシュを生む研究に目がいってじっくりと理論から組み立てる土壌を構築する余裕がないことは指摘できます。

これは同じノーベル賞でも文学部門にも言えて日本からは2人出ていますがかの国からはゼロです。
もっと自国の文化・風土・歴史をゆっくりと表現できる文学者がいてもいいのかなと思ったりします。
ただし、日本でも大江健三郎氏の受賞は私も疑問で何度読んでも意味不明な文章で共通テストで出したら平均点が大きく落ちることは予測できます。
あれがなぜノーベル賞なのか選考委員に1度インタビューしたいものです。
それに比べて村上春樹氏・・今年こそ獲っていただきたいと思います、ハルキストの1人としても。

今日の私のブログを最後まで読まれた辛抱強い方も相当ご不快な思いをされたのではないでしょうか。
いつも思いますが台風の進路が沖縄から九州に入ってそのまま朝鮮半島に行かず必ず右にシュート回転して本州に来るのは気象も嫌っているのでしょうか。(最後にダメ押しで不快なことを書いてしまった)


















議員は一生
やはり台風18号がこちら(日本列島)にぐんぐん迫ってまいりました。
今日も曇天、明日から明後日にかけて天候は荒れると覚悟です。

今日は思い出話を。
私が選挙に初出馬させていただいた時にあるお寺を借りて個人演説会を開かせてもらいました。
近所の方が夜でしたがお越しいただいて境内で地元のためにがんばる、みなさんのためにがんばると訴えていました。
そこへ一人の男性が手を挙げられて「石田クン、選挙に出たからには覚悟が必要だ、受かっても受からなくても生涯その誓いを胸に地元のために奉仕できるか」と言われたのを今でも憶えています。
選挙に出て世間様に訴える以上中途半端はだめだと改めて思った瞬間でもありました。

厳しい選挙でしたが幸い当選させていただくことができ会派はその当時の自民党である(自民党・湖翔クラブ)に所属いたしました。
その当時の会派代表は草津市選出の黒川 治先生でした。
黒川先生と議会でご一緒したのは次の春までのわずか9か月間でした。
翌春の改選を機にご勇退されたからです。

それから3年ほど経った頃でしょうか、ひよっこりと黒川先生が会派室に顔を出されました。
ご無沙汰しております、お元気だったでしょうかなどと挨拶をさせていただいていると黒川先生が「後援会の用事で昨日は東京に行ってね」なんかおっしゃるので「へ!先生、まだ後援会をお持ちなんですか?」と驚いて訊くと「やっぱり政治の道に入らせてもらうとハイ辞めましたとすぐにはいかんよ、いままでのしがらみがあるからね、最低足を洗うのに5年はかかるんじゃないか」とおっしゃいました。
足を洗うのに5年?
まるで反社会的勢力みたいでおっかないなと思いましたが黒川先生のようにかなりの御年まで政治活動をされてまだ完全停止するのに5年とは・・とほほ・・と感じた次第です。

今日の教訓:気をつけよう、政治家は急に止まれない



便利は不便
10月最初の日曜日は何とか晴れたようでアウトドア派の立場に依ればまずは好スタートを切ったようです。
インドア派の私には(晴れの日も良し、雨の日も良し)なのですが。

朝から珈琲カップ片手に何気なく新聞を読み、9月30日に朝ドラの(とと姉ちゃん)涙の最終回と書いてあり、(見逃した!)と悔しがったり、中国の人民元がIMFより特別引き出し権(SDR)を与えられたと知ったりして(これで中国の鼻がまた高くなるな)と憶測したりでいつもの日曜の朝でした。
しかし、夜の大河ドラマは見逃さないでおこうと誓いました。
どうでもいい話なのですが我が家のテレビには番組を選んだら例えば連続ドラマの場合でも毎週勝手に録画してくれる機能がついておりましてこうなるとその時間にお茶の間にいなくても後でまとめて観ることも当然可能なわけです。

そこで思い出しましたが、一昨年(2014年)のNHK大河ドラマは戦国時代きっての参謀といわれた黒田官兵衛を主人公にした「軍師官兵衛」でした。
「この男がいなければ秀吉の天下はなかった」・・かぁ、かっこいい!しびれるフレーズ!
戦国時代フェチの私としてこれは毎週見ねばと当然思います。
配役も官兵衛に売り出し中の岡田准一さん、この方は映画「永遠のゼロ」でも主人公のパイロット役が良かったので期待できるし、私が嫌いな徳川家康は寺尾聡さん、ちょっとつかみどころのない家康を演じてくれるのではと期待し、運命の主人・秀吉には竹中直人さん、私の好きな俳優さんです、織田信長には江口洋介さん、NHK史上最も頭が悪そうな信長を見れそうで期待はふくらみ、父の黒田職隆には柴田恭兵さん、この方は渋い俳優さんで私は大好きです、以前の大河「武田信玄」でも信玄のライバル上杉謙信を演じて超絶した演技を見せていただきました。
いつぞやのガクトより良かったです。

そのように私のマインドはいやがうえにも高まったわけですが間の悪いことに2014年春には統一地方選挙が控えており、とても毎週日曜日にお茶の間でくつろぐということはできませんでした。
選挙に出られた方はご理解いただけると思いますがあれは命を削ります。
もう髪を振り乱し、形相も変わり、体重はぐんぐん減り、骨と皮だけになり(これは言い過ぎ)ともかく必死のパッチでテレビなんか見ている余裕など全くない、こっちが合戦しているのに何が大河ドラマじゃと言えばわかっていただけますか。

(くそー官兵衛あきらめにゃならんか)と思っていたらテレビっ子の次男が「こんな機能がある」と先述の録画撮り機能を教えてくれました。
「これはいい、頼む」と予約録画を頼んだわけです。
時は流れ・・昨年、傷心の私はふと(そうだあの時の録画を観よう)と思い立ち大河ドラマを検索したら(無い!)。
次男に訊いたら「もうとっくに消したで」。
「ええ!」
「だって1年以上保存してたけどまったく観てないから容量がオーバーして邪魔やったし」としれっと言われてがっかり。
諦めですね。

「NHKは人殺し番組ばかり流す」と私の学生時代の友人が批判していましたが(彼もマスコミの人間なのに・・)、冗談じゃないですよ、リアリティですがな。
ミステリィを読むときに(これは人が殺されるからダメ)と思って読む人がいますか?
マッチ箱がなくなったから行方を捜すなんて小説は読む気もいたしません。
人が殺された・・これは大変なことだと感情移入できるから読めるんです。
過去の重大事件でも多くの犠牲が出ている歴史や事実があるからこそ未来に向かってしっかり検証して少しでも愚行をなくしていこうとしているのが編集方針ですがな。(ちょっと興奮して大阪のおっちゃんになってしまいました)
「臭いものにはフタをしろ」で未来はかえられませんで。
現実を直視しなければ正しい推論は得られません。
その意味からもNHKの姿勢は正しい。
私は生涯、視聴料を払い続けます。
く・・日曜日は時間があるから余計なことを口走ってしまいました。



信濃の人
10月初めての朝は曇天。
なんでも台風18号が日本列島に接近してきているらしいとのことで滋賀でも天候が荒れ模様です。
この夏はまったく台風が来なかったのに今になってビュンビュン来ます。

先週のNHK大河ドラマ「真田丸」では戦国武将・真田昌幸が大往生されました。
この草刈正雄さん迫真の演技もさることながら私は昌幸という人物に興味があり、好きなタイプの武将です。
加えて徳川家康はそうも好きになれないタイプで関ケ原の合戦の時に石田三成から「石田殿!ご加勢いただきますよう」とか言われたら親戚ではありませんが西軍についていただろうなと思いながらテレビを観ていました。

徳川を2度も破った真田というよりも昌幸恐怖症が家康には根強くあったようで後年、豊臣家を滅ぼす戦「大阪冬の陣」を起こした際に「真田、大阪に入城!」と告げられ顔面蒼白となり「親か!子か!」と慌てて側近に尋ねたという逸話も残っています。
実際にはその時点で昌幸は死去しており息子の幸村が大坂方についたわけですが家康の(昌幸恐るべし)の思いは終生ついてまわったようです。

真田昌幸が信州の人なら文人としてそれから少し下った時代の俳諧師・小林一茶も好きな人物です。
宝暦8年(1763年)6月15日生まれ、文政10年(1828年1月5日)没と資料にあります。
江戸時代中盤から終盤にかけて活躍されたようです。

・雪とけて村いっぱいの子どもかな
・やせ蛙(がへる)まけるな一茶ここにあり
・大根(だいこ)引き大根で道を教えけり
・雀の子そこのけそこのけお馬が通る
・ともかくもあなたまかせの年の暮れ
・我ときて遊べや親のない雀
・これがまあ終(つい)のすみかか雪五尺
・名月をとってくれろと泣く子かな

評などを読むと一茶の句は当時、風雅に欠け田舎俳諧の域をでないと酷評されていたようですが明治になって正岡子規がその鋭い観察眼や風刺の精神に着目し、「松尾芭蕉、与謝野蕪村に並ぶもの」と再評価を試み世に出たようです。
私が一茶に興味を覚えるのはその作品の出来の良さもさることながら何となく信濃の好々爺とした俳人といったイメージが作風から伝わってくるからではなくむしろ評伝などをひもとくと昌幸同様(表裏比興の者)といったしたかかな人物像が浮かび上がってくるからです。

県民性というくくりで言うと間違いなく信州人(長野県人)は真面目です。
教育県と言うのでしょうか、私の大学時代の友人にも数人長野の人がいましたが寒いアパートでもコタツに入ったら朝まで延々と議論をする、それが何よりも楽しみといった実に話好きを通り越して一向に帰ってくれない迷惑な人たちでした。
だから明るい千葉県人やあっけらかんとした愛知県人とは反りがあいませんでした。
滋賀県人の私は誰とも適当に話を合わせていたから下宿の部屋が学生の溜まり場になっていたのを懐かしく思い出しています。





格差問題ー③1億総活躍社会の狙いとは
ネットを見ていれば「貧困」についての自記などを検索してしまうことがあります。
昨日は「父親が飲んだくれで働かず、母親はパート収入で生活費の足しにしてくれていましたがやがて両親は離婚、私は就職したものの残業代ももらえない職場で一日10時間労働に耐えてきたが正規雇から非正規雇用に切り替えられた為に退職を決意、しかし本雇いしてくれる企業が見つからずいつしか路上生活になりました」という東京の25才の男性。
 
このような話は世間にごろごろ転がっています。
私自身もいろいろあり、今もいろいろありますがまずは家族そろって屋根のあるところに住め、3食にありつけているので前述の方よりも恵まれているとは思うもののそれはやはり心の中で(他人と自分を比較する気持ち)が働いているだけだと思っています。
「自分だけ良ければいい、今だけ良ければいい、お金だけあればいい」と思って日々の生活をしているのは本当に人間らしい生き方なのかと自問してしまいます。
これ以上書けばただの愚痴なのですが「いや、生活に汲々としている者はそんなことは考えている余裕もない、まだ甘い」とお声がかかりそうです。

以前は「女性活躍社会」と言われ、第2次安部改造内閣からは「1億層活躍社会」と言われ始めました。
これって何を示唆しているキーワードなのでしょう。
まず女性が活躍している社会についてのイメージとはどうでしょうか。
やはり家から出てバリバリ仕事をこなしている女性、昔で言うなら(キャリアウーマン)が街にあふれている光景でしょうか。

労働政策研究所の資料から見れば1980年には専業主婦世帯が1114万、共働き世帯が614万でした。
これが前者は45度の角度で右方下がり、後者は右肩上がりでそれぞれ増減してちょうどバブルがはじけた1993年にはどちらも900世帯となりそれからもその傾向は続き昨年2015年にはとうとう専業主婦世帯が700万世帯と激減、共働き世帯が1100万世帯と増加と1980年と比べたらまったく逆転してしまったのです。
図式にすると✕、クロスのような文字が浮かんできます。

これはジェンダー論争に巻き込まれれば嫌なのですが観方によれば「女性が結婚しても家事・育児・子育てに専念できず家計を支え、収入を得る為に働きに出ている」と考察できるかもしれません。
事実、世帯あたりの平均収入が1994年には664万円でしたが2015年には525万円と上がるどころか逆に右肩下がりです。
これは妻が家計の足しにと働きに出始めても世帯当たりの収入が統計上は増えていないことを意味しています。
つまり旦那の収入が増えていないということです。

現在の日本を取り巻く人口問題、いわゆる少子高齢化傾向は「結婚したくてもできない男女、結婚しても子どもを育てる余裕のない家庭」が社会問題としてあると言ったらおかしいのでしょうか。
これを辻説法すると「石田クン、それは個人の自己責任だ!」と言い切る方が必ず出てきます。
その方は資本主義社会の信奉者だと思いますが社会ではすべての人が同じ流れで進めるものではありません。
社会に出る為にがんばる若者支援、社会に出てから何らかの理由で失敗した人々の再チャレンジ応援(これ私も希望します)などセフティーネットの拡充は社会安定の為に必要と思っています。
でなければ政権が「600兆円へのGDP躍進」と太鼓をたたいても人々は個人消費に積極的になりません。
今必要な政策はケインズ流の大型公共事業による景気刺激ではなく大衆に未来についての不安を取り除く政策だと思います。

これから日本では労働人口が確実に減ってきます。
TPPで移民の受け入れをするのか、「1億層活躍社会」で家から低賃金でも家計の足しにするために女性やリタイアしたくてもできないシルバー層を職場に追いやるのか、政治だけの問題ではなく現実この社会に住んでいるみんなで考えなければならないのではないでしょうか。
(ちなみにTPPは米国では2人の大統領候補がそれぞれ反対しているのに日本では政府がしゃかりきになって推進しようとしています、アメリカの方が゛格差問題゛が急浮上してきており世論が圧力をかけているからです)
考えることは面倒で苦痛を伴うかもしれませんが、他人任せが私たちにとって歪んだ未来を運んでくるよりはマシだと感じています。




政治の心
月曜日、今週も始まりました。
9月は変則的な休日もあって感覚としては流れが速く感じます。

テレビネタですが先週、エンタメ番組を観ていたらお笑い芸人のヒロシさんが久々に出演していました。
一般に(ヒロシ)として認知された方ですが笑い転げるようなギャグや鋭い突っ込みでお茶の間を沸かすという芸風ではなく静かにぼそりと自虐ネタを披露して、こちらもゲラゲラ笑うというよりもくすりと(こんなこともありだよね)と心静かに賛同するタイプです。
私は彼のギャグセンスがとても好きで去年でしたか、「ヒロシの日めくりカレンダー」を買ってきて喜んで我が家に架けていたら妻から「こんな暗いもの架けないで、家運が傾くでしょ」と取り外しを命じられました。
もう傾いているのに・・・(これも自虐ネタ?)
このところしばらくテレビに出なかった(出られなかった?)ヒロシさんですがそれすらもネタにしていました。

「ヒロシです・・10年前にはファンレターを山ほどもらっていて(ヒロシさん、好きです、一生ついていきます)とか(ヒロシ一生LOVE)とか書いてありました・・・みんな死んだとですか・・ヒロシです・・ヒロシです・・・)とこんな感じでした。
更に「ヒロシです・・消えそうな芸人ランキング1位になったとです・・もう消えているのに・・・」という調子です。

私の悪い癖ですが何でも取り上げて(教訓)めいたことを拾おうとしてしまいますが、このヒロシさんの笑いから改めて考えさせられたのは(利他の心)。
いくらその時にヒロシさんに一生を捧げてもいいと思っても所詮は(他人)。
日々の生活やそれからの新たな出会いで人物的興味は次々と移っていくことはしかたがないことです。
変わらないのは(自己愛)、それは(生存本能)と言ってもさしつかえないかもしれません。
他人に対する評価や好き嫌いは空に浮かぶ雲のように日々変わるかもしれませんが、自分だけはいつまでたっても自分。
朝から晩までず~っと24時間自己モニタリングで飽きたから他の人物に移り変わるなんてことはSF小説の世界でしかありえません。
自分にとって代替がきかない(自分)、だから自分が大切。

政治の世界にもそれは言えて、「安部さんは偉いから一生ついていきます」、「プーチン一生LOVE」・・ですが安部さんにプーチンに命まで差し出すなんて人がこの世に何人いるでしょうか。
白けたもの言いは自覚していますがおそらくご両名のお母さまぐらいでしょう。

先ほどは「利他の心」と申しました。
人は自分が一番大切、それを認識したうえで政治家は「私が自分を大切に思っているように皆さんを自分のことのように大切に思っています」ということを恥ずかしげもなく堂々と言うべきなのです。
それだけのことを公衆の面前で言える政治家がこの国に何人いるのかは私もわかりません。


政活費不正受給問題
政活費(政務活動費)不正受給問題は一昨年に続いて富山市議会でも問題が火を噴き、9名が辞職、公職選挙法の定めにより11月には補欠選挙が行われることになりました。
補欠といっても大量の9議席の穴埋めで地元としても恥ずかしさでいっぱいのことでしょう。
もちろん市民にそれだけの審美眼がなかったとなるわけですから。
補欠選挙ではなく有権者みんなでの「出直し選挙」としてもらいたいところです。

多くの地方議会では政活費は「前渡し制」を取っており民間企業のように都度領収書と照らし合わせての支給ではなく、議員が領収書を保管して年度末か半期に1回ぐらいに議会事務局に使途を明記して提出して清算するパターンが多いようです。
そこで支給金額より当然使っていないとされる金額分は返還するシステムです。
しかし、議員というよりも人間心理として貰ったお金(本当は貰っていない、預かっただけ)の金子は(使わなければもったいない)と錯覚、または誘惑がおこり、公金の不正使用が後を絶たない(温床)と指摘されています。

野々村県議(当時)の城崎温泉などへの不正出張で全国的に取り上げられ大恥と信任の喪失を被った県議会はこの「前渡し制度」を廃止して「事後清算制」にしたようですが当然です。
滋賀県議会でも今から10年以上前に選挙で落選した議員がその春に政活費残額100万円を返せなくなり、議会事務局が慌てて走りローンで返済をさせた事例があります。(約1年で完済)
もしかしたら選挙資金に充当していたのかと噂になりました。
税金ですから事務局がしっかりしチェツクすることは当然として、議員が他山の石として不正をおこさないと肝に命じるときでしょう。
私は議会事務局と議会の日々の関係がどうしてもお世話する側、される側になりがちで厳しいチェツクが難しいなら財政課あたりで受け持ってもいいのではと思っています。


高島市の個人情報流出事件で思う
本年6月14日に行われた市議会・全員協議会の場で市長指示により滋賀県・高島市への市民有志による住民監査請求提訴の個人情報が主に市議会議員にコピーして配布されたという由々しき事件を昨日(9月23日)の産経新聞では(インサイド滋賀)の欄で大々的に取り上げました。
私個人の産経新聞への思いとしては論調や編集姿勢には大変好感が持て、同調できる部分が多いものの全国ニュースに不満はないがローカル記事は他紙に比べれば取材の深さの不足、はっきり言えば弱いと捉えていました。
全国紙である産経のアキレス腱は(地方取材)と思っていたのです。
しかし、今回のような地方自治のあり方と住民参加の政治を考える(問題)については高島市だけではなく全国でも議論の輪を深めていかなければならないと思っていたところにタイムリーに特集を組んだ産経新聞の慧眼に驚きました。
他方、読売新聞は栗東市での「共同参画社会の逆行」を指摘した市の子育てチラシへの監査請求却下について報道し、政務活動費の不正受給で問題になっている富山市や金沢市での情報公開請求を行った報道機関を議会事務局が市議らに漏らした事件を取り上げていました。
またNHKでは昨日19時から「富山市議会だけではない政務活動費驚きの実態」と銘うち特集を行いました。
このように主要メディアが積極的に地方の政治に言及してきたことは地方住民として喜ばしい兆候と思いつつ、取り上げられるのが概ね不祥事ばかりというのはいささかどころかかなり残念な感想を持っています。
それでも同じ滋賀県下では大津市議会のようにここ数年前から議会改革を積極的に行い、議員自らが知恵と汗を絞り、全国的にもその取り組みを発信している好例もあります。
住民としても(任せて安心、大津市議会)となります。

さて、件の産経新聞記事でしたが監査請求の個人情報の取り扱いについて高島市のみならず滋賀県や県下他の12市すべてに聞き込みをしたようでバック取材(裏取材では語弊がありますね)や事実確認に冴えのある文章でした。
それによりますと請求者の氏名を公開しているのは甲賀市のみで、請求者の(同意があれば)公開が滋賀県、栗東市、米原市で大津市、彦根市、長浜市、近江八幡市、草津市、守山市、野洲市、湖南市、東近江市の9自治体では非公開との回答だったようです。
高島市の立場ではどうだったのでしょう。
ちなみに公開していると回答した甲賀市も現在は地方自治法の監査結果の公表を義務付けされている法規を根拠として公開しているが今回の高島市の事例を鑑み検討課題にすると回答されているようです。

産経の記事では住民監査請求に詳しい九州大学法学部研究員の田中孝男准教授のコメントが掲載されていて「監査対象者に請求者の氏名などを明らかにすることは問題ではない」と断りつつ、高島市の対応については「最高裁は本人の意思に基づかず個人情報を開示することを認めていない。高島市の監査委員事務局は監査対象者以外に個人情報を渡しており、違法といわれても仕方のない対応。正当化する余地はない」と切り捨てています。
住民も訴訟をすでに起こしており、いづれ法廷で結論が出ることと思います。
しかし、高島市長を始め市当局ももう少し法令順守を考えるべきですし、議員さんの一部も法律に則り政治を動かしている認識は改めて持ってもらいたいものです。



格差問題ー②なぜ賃金が上がらなくなったのか
一昨日のブログでは竹中平蔵氏の「向こう側理論」について論じてみました。
経済的に緊急事態で(あの時はリーマンショック)火事が発生して対岸に避難しなければならない、体力のあるものから渡って行き、弱いもの(社会的にと規定して)は救援を待つというものでした。
しかし、いつまでたっても救援はこない、見れば対岸に渡った人たちは更なる安全圏を求めて次の岸を渡ろうとしている、本当に救援はくるのだろうかと言う社会的不安感が横溢している現在の日本を評論したつもりでした。
だから、民衆は「結局は自分の身を守るのは自分」とお財布のひもを固くして、一般消費は一向に伸びず、アベノミクスの「新3本の矢」である2020年までにGDP600兆円成長など画餅であると批判もいたしました。
自民党のお友だちからは「石田!安部さんの言うことを信じられないのか?それでも党員か?」と言われましたが政策論争ですから思ったことを言うだけです。
イデオロギーで反対しているわけではございません。

小泉政権の時にもうひとつ「トリクルダウン理論」が叫ばれました。
トリクル(水滴)がダウン(下へ)垂れ落ちてくるように上が利益を出せば下も潤うという理屈です。
確かに高度成長期はこの考え方の下「企業戦士」が24時間リゲイン、戦い、会社の儲けはいづれ社員に還元される、つまりベースアップや昇格も個人差はあるけれど年功序列で恩恵が受けられるという「安心感」がありました。
ですが安部総理がいくら「給与を上げてください」と日経連のお偉い人たちの前で訴えようがピクリとも反応がありません。
経営者も人の子ですから安部総理の話を鼻でせせら笑っている人ばかりではないと思います。
内心は(こっっちだってできれば上げたいよ、社員も喜ぶしさ)と思っているかもしれません。

だったら大企業の多くは今も苦しいのでしょうか?
確かに経営的に困難な状況であれば今こそ労使一体となって会社存続の為に歯をくいしばる時です。
ない袖は振れない、給与もあげられないはその状況ならあります。
しかし多くの企業では「過去最高益」を叩き出しています。(2015年~2016年上半期)
円安の恩恵も当然ありましたし、本業の実際の儲けを示す営業利益でも非がつけられないほど改善されています。
HPで公開されている決算書をご確認していただければ一目瞭然です。
(ただし、大企業の下請け、孫請けは請負金額の圧縮要請が強力で利益が出ていない状況が続いています)

ではそのように企業業績が上向いている状況でも賃金は上がらないのでしょうか。
日本を代表する企業群がそろいも揃って「利益配分」になぜ消極的なのでしょう。
申し上げますと大卒の初任給もここ20年間はほぼ横ばいが続いていてそれ以前なら年1%以上のペースで右肩上がりでした。
世の中人手不足が叫ばれているのにも関わらず・・・。

これを解くカギは「グローバル化」の流れが世界の生産現場を襲っているという事実です。
もはや日本企業でも世界どこでもですが「国内企業」という考え方は死滅しています。
世界どこでも生産拠点として物資の調達が優位に(つまり安価に)できて、おまけに人件費が安くつくならその場所に進出しておかないと(グローバル競争)に敗北するのです。
部品の共有化や生産ラインの海外移転が進むうちに品質、性能が世界的に標準化してきたからです。
そうなれば「日本製」にこだわっている場合ではなく、国内総生産(GDP)の成長を政府は目標にあげても企業は取り合っていないことになります。
世界的な「価格競争」にグローバル化に巻き込まれているからです。
もちろん人件費を上げたくてもあげられない状況になっています。
内部留保はいくらあってもこれで十分とは言えない、なにせ戦っているのは世界の名だたる企業ですから資金は潤沢に用意しなければ勝てないときているのです。
これでは賃金をあげる動機が薄れるはずです。
加えて生産現場では機械化が進み、いわゆる熟練工の存在がなくとも工場が動く仕組みが日進月歩をしています。
(これについては異論もあり、だから生産現場は疲弊して不祥事や製品リコールが多発しているとの指摘もあります)

ゲームや映画になった「バイオハザード」に出てくる超国際企業(アンブレラ社)のような独占資本的な会社が世界を牛耳る日がまもなくやってくるとすれば現在の商戦はいよいよチャンピオンクラスに突入したと言えるでしょう。
その状況の中で真の労使の協調を図るうえで所属企業の発展を考えるのは少々骨の折れる作業となりそうです。












草食系政治家は政界から去れ
ブログを書いていて気をつけていることがあるとすれば責任を取れるようにはしておこうという心構えぐらいです。
ネット上で匿名で誹謗中傷をしているサイトなどには近づかないようにしています。
あれは「掃き溜め」で社会への怨念や妬み、ひがみ、自己正当化、差別、揚げ足取り、誤魔化し、誘導などのありとあらゆる負の感情が掃き捨てられており、見る者の知性や理性を少なからず棄損するものだと思っています。
公衆トイレの落書きレベルでしょう。
文章には「文責」がついてまわり、書く側の覚悟と責任が問われます。
それも無いいい加減なサイトは一顧だにするに値しないものと切り捨てていいのです。

さて、そこまで言って今日は何となく(後味が悪くなるぞ)という予感の下でパソコンの前に座っています。
私のこの9月4日に書いた「ロシアとの交渉」のなかで「闘争心のない草食系政治家はクズです」と言い切りました。
いいのか?そこまで言って・・誰のことやと思いながら書いていたのですが民進党の代表選挙が終わった先週の結果をみて思い当たる人物がいることに気がつきました。
ズバリ、細野豪志衆議院議員です。

もう有名人でいらっしゃるのですが簡単にプロフィールをご紹介。
1971年8月生まれで現在46才。当選6回。
民進党政調会長で過去には第1次野田改造内閣では内閣府特命大臣として(原子力行政担当)、第2次改造内閣では同じく特命大臣として(原子力防災担当)、第2次管改造内閣では特命大臣として(消費者及び食の安全担当)、更に環境大臣や民主党(当時)幹事長など主要ポストを歴任して常に陽の当たるところを歩んでこられたようです。
出身は京都府で滋賀県近江八幡市で過ごし中学は近江兄弟社、高校は彦根東、京都大法学部に進まれました。
私たち滋賀県人にもなじみがある経歴です。
選挙区は静岡5区。

私自身はブログでたまに安倍政権の経済政策を批判したり、自民党政治家にも嫌味を言うのでもしかして民進党隠れシンパではないかと疑われてから早や5年。
それも当たらずとも遠からずで日本の健全な議会制民主主義を維持していこうと思ったらどうしても社会主義的要素を持った穏健な中道左派政党が必要と確信しているからです。
別に支持しているととかそういう意味じゃなく政治バランスの問題です。
もっと言ってしまいますが日本のそれなりに培ってきた政党政治の歴史のなかで自民党が果たした役割は確かに軌跡として大きなものがあったと思っていますが自民党も万能ではなくもちろん絶対ではありません。
国民から愛想をつかされたり、歴史的な役割を終えれば雲散霧消してしまうものです。
政党など実はその程度のものです、所詮は人間がつくったものに過ぎません。
それでも現在の自民党がもっとも地に足がついた政策を打ち出しているから党員としてとどまっています。

2009年夏の総選挙において麻生政権が歴史的大敗を喫っして自民党は下野することになり、党本部で「全国幹事長会議」が開催され私も滋賀県代表としてその場にいました。
まさにお通夜でした。
執行部から今回の敗戦のお詫びから始まって議題が進み、今後の党運営について「一旦は解党、もしくは党名変更して再出発」という意見が出されていましたが、私は「自民党の役割は終わっていないし、党名変更の必要はない」と申し上げました。
結果として全国の党員・党友を信じて国民の信頼を再び勝ち取るべく泥水を飲んでもう一度政権奪還を目指して粉骨砕身がんばろうと決議されたのを憶えています。
選挙後初めての拍手でした。

さて、蓮舫氏が民進党代表に就くことになりました。
今の民進党に当時の自民党の悲壮感があるとは今回の代表選挙を見て露も感じませんでした。
なぜ自分たちが信頼を失っているかがまだ認識されていないと思っています。
たぶん、民進党は蓮舫代表就任によって党再生の道のりが一段と遠くなったと思います。
基盤がないから野田氏に幹事長を頼んだのでしょうが、蓮舫氏に唯一期待された「突破力」がこれで失われたと思っています。
安定した組織基盤の構築を目指している場合じゃないはずでしょう、今の民進党は。

ここでようやく細野氏についての言及です。
お待たせいたしました。
この方は今回も前回もその前も民主党が危機的状況になっている時に実に穏便と言えば語弊が少ないでしょうが、「火中の栗」を拾らわないでおこうと語弊があるかもしれませんが逃げ回っていました。
すでに党内では陽の当たる場所を歩んできて(民主党のホープ)と言われ続けてきたのにです。
その経緯は事細かに書きませんが民主党、民進党の代表選挙の度に「期待はずれ」と言われていました。
先輩の前原誠司氏の方が遥かに政治家らしい(失礼!政治家です)です。
たとえ(言うだけ番長)であっても今回は立派に出馬して言うだけじゃなかった、やり切ったと思います。

安部総理のご尊父・安部晋太郎氏も長らく宏池会・福田派から派閥の領袖を受け継ぎ(政界のプリンス)と言われ続けましたが一瞬の判断躊躇から政権獲りに手が届きませんでした。
(安竹同盟のもう1人、竹下登氏は親分角栄に反抗してまでやり遂げています)
安倍晋三総理はその姿をよく見てきたと思います。
ですから私はブログでその時、旬の時が来ている政治家が自己保身に回って腰が切れないのは草食系でクズだと批判するのです。
党の危機にあって手を挙げるのが責任ある立場の人間の行動と思いますが・・。
その意味では都知事選挙の小池百合子氏や思いっきり譲歩して今回の蓮舫氏の女性陣の方が肉食系で頼もしいですね。














日韓海底トンネル構想
一昨日は日本海から琵琶湖に通じる運河建設の計画が存在したことを書いてみましたが世の中には土木建築(建設)でもたまに奇妙にして奇天烈な発想というものが転がっているものです。

ヨーロッパ、英仏を海底で結ぶドーバー海峡トンネルが開通したのは1994年のことで総路線は50.45㎞、ユーロトンネルと呼ばれることもありますがこれはトンネル運営会社の名前であって正式名ではありません。
しかし計画自体は1960年代から発足していたようでこれに触発されたのか日本ー韓国間にも海底トンネルを掘ろうという発想ができたのは確かです。
もともとは戦中の1930年代に「大東亜縦貫鉄道構想」の一環として現れています。
この計画は韓国・釜山を起点として満州国(現中国東北部)に入り、奉天(現瀋陽)から南下して北京ー南京ー桂林とつないでいきサイゴン(現ホーチミンシティ)からプノンペン、バンコクと渡りマレー半島を縦断してシンガポールに至る総延長10、000㎞にも及ぶ長大な構想でした。
現在から考えてみると技術的なことや資金的な問題よりもむしろ政治的にすごくありえない話なのですがそのような事を大真面目に主張した○○博士なんて人がその頃の日本にはゴロゴロいて、ある意味ではあぶないおじさんなのですが近所の少女はともかく少年たちには人気者でした。
「少年倶楽部」にも黒煙を濛々とあげてマレーの密林を疾走する「超特急あじあ号」のイラストが掲載され少年たちの胸を熱くしたのでした。

話を戻して日韓トンネルですが誰しも高度成長の波に乗り遅れるなと生活に追われてそんなことをすっかり忘れていた1970年代が終わり、バブル経済の時代が到来しかけた1980年代にゼネコンの大林組が「ユーラシアドライブウエイ構想」を発表します。
韓国サイドでも評判になり、日本にも働きかけがあって佐賀県の唐津から(なぜ唐津なのかはわからない)海底を通り、対馬へ出て釜山に続く220㎞のトンネルとハイウエイ構想が表面化します。
九州の保守系国会議員であった麻生太郎氏、古賀誠氏、久間章氏らが中心になって1983年5月に「日韓トンネル研究会」を立ち上げます。
その後2004年にはNPO法人化され、日韓議員連盟会長の竹下登氏により建設への具体的検討を指示する通達が関係省庁に出されます。
2008年には「日韓海底トンネル推進議連」が自民党主体で立ち上がりました。

さて現在の状況ですが国民の大半はこの構想の存在すら知りません。
日韓両国の議題としても完全に冷めています。
災害リスクに詳しい専門家は「2005年3月20日に発生した福岡県西方沖地震で壱岐が記録したⅯ6規模が再度起これば海底活断層が崩れ、トンネル内は海水が流入、現在の技術では救援は不可能」とレポートを提出しています。
もちろん、北鮮や中国と陸続きでつながることへの日本側の国防上の警戒、莫大な建設費の負担というよりも捻出根拠の希薄化も議論からの撤退を促しています。
2011年1月には韓国国土海洋部は「B/S比でコストを計算すると経済性から判断して今後は海底トンネルの建設をめぐる議論がなくなることを期待する」とコメントし、議論に釘をさしました。
先立つものはなんでもお金ですね。


日本横断運河計画
数日前にfbお友だちの投稿とおしゃべり(コメント)を眺めていたら日本海に面した福井県敦賀から琵琶湖のほとり・近江塩津まで運河を作って海運を行うという構想があったと囁かれていました。
口々に「ウソー」とか「そんなの知らなかった」とコメントがありましたが私は以前、仕事柄、滋賀県と福井県の交通政策を調べていた時に関係の文献を見て存在を承知していました。

もう平清盛の頃に遡りますが敦賀津から笙の川を通って疋田に出てから七里半越えを掘り進み塩津までを結ぶ全長約19キロの運河構想でした。
ただ当時の土木技術ではついていけないこともあったようで構想はとん挫したままだったようです。

時代は進み、1960年代の高度成長が緒についた頃にこの琵琶湖運河構想から更に飛躍して日本横断運河、正式には「中部横断運河構想」が持ち上がります。
文字通り日本海から太平洋まで中部圏を貫徹する運河を造るというものですが日本海から琵琶湖までは前述のルートで琵琶湖から岐阜の揖斐川を利用して25キロ、伊勢湾まで掘り進むという壮大な計画で総延長は108キロでした。
建設目的としては太平洋側から韓国、ロシア向けのタンカーが山口県・福岡県の関門海峡廻りより約20時間ほど時間短縮が図れること、琵琶湖の水害対策、それに海の無い岐阜県が海運の要衝となることなどでした。
この(岐阜県が)というところにこの計画のすべてが隠されていたように思えるのは裏で(オモテで?)音頭をとっていたのが当時の岐阜県選出の衆議院議員・自民党幹事長・大野伴睦氏だったからです。
ライバルの河野一郎氏が亡くなってから急速に党内を掌握し実力者として自民党に君臨していた頃です。
その剛腕は地元に新幹線・岐阜羽島駅を一撃でつくらせるなど縦横無尽でした。

大野氏の要請(強制?)で愛知県、三重県、岐阜県、滋賀県、福井県の5県でパシフイックコンサルタント社に分担して調査を依頼、その5県の知事と名古屋・四日市・敦賀の3市の市長を加えて「中部運河建設促進協議会」が1962年(昭和37年)に設立され、更にその5県選出の国会議員により「中部運河建設促進議員連盟」を結成、会長に大野伴睦氏が就任しました。
会長から国に要請して調査費として予算1000万円が計上、今の貨幣価値なら7~8000万円ぐらいでしょうか。
大野先生は「私の政治生命を賭して運河を建設する」と表明されました。
ただ、後世の我々が知っているように平成の世になってもこの話はもうぴくりともしていません。
1964年(昭和39年)に大野氏が急死し指導者が不在となり、折からの海運不況が始まりその経済波及効果が疑問視されつつ計画はお蔵入りとなりました。
現在では建設土木の国家的プロジェクトを一個人が先導していくのはどだい無理がありますが、この流れはそれから田中角栄氏にしばらく引き継がれます。
「日本列島改造論」として。


地方議会の弛み
富山市議会で政務活動費を不正受給していたことを指摘されすでに6名の市議が辞職に追い込まれ、更に波紋は続くと報道されていました。
かなり悪質な領収書偽造に手を染めており、組織だった犯罪行為というよりは「先輩議員から教えてもらっていた」と発言していることから組織内因習として定着していた困ったことになっているようです。
政務活動費は政治関係における調査研究の目的外使用をもちろん禁じており、当然ながら財源は税金です。
これを私用に使うことは法を犯すという意味合いよりも市民の血税を詐取したと見なされる反社会的行為となります。

政務活動費の問題は実のところこの富山市議会のみならず全国の地方議会で叩けば埃が出てくるケースが未だにゴロゴロしているように思えます。
私も以前、兵庫の野々村県議が事件を起こした時に猫の飼育本を政務活動費で購入していたとなぜかマスコミに取り上げられ彼と一緒になって袋叩きになった理不尽満載なことがありました。
その後、どう捉われたのか動物愛護団体から講演依頼がありましたがさすがに断りました。
ですから政務活動費についていつかはまとめてみようと思っていましたが今朝の新聞を観て、(地方議会しっかりしてよ)と思い書いてみたところです。

もうひとつ、これは地元の高島市のことなのであまり言いたくなかったのですが現在、政治的にかなり荒れています。
市長が合併条例をまったく無視したかたちで建設を進めている新庁舎整備計画に対して住民から監査請求を市の監査委員会に出されたのですがあろうことか本年6月14日の市の執行部と議員が集まる全員協議会の場で一部議員が請求人の名前を公表しろと迫り、市長の指示でコピーして配布されるという事件がおこりました。
これは高島市個人情報保護条例に明確に違反している行為であり、この法規を作った議会が踏みにじり、市長が追随するという常識では考えられないことが起こりました。
その後、事件性に慌てた議会が代表者会議を招集して「この行為は無かったことにしよう」と示し合わせたのを確認するにつれ開いた口がふさがりませんでした。
自分たちが立法として法を立てたのにあからさまに破り、それを住民に謝罪するわけでもなく行為を糊塗しようとする態度は地方政治への信頼を根底から揺るがす許し難いものです。
これだから政治不信が募るのです。
そこで住民もこれを放置することは地方自治の根幹を腐らせることにつながると裁判所に持ち込みました。

どうしてもフォロー気味に言わなくてはならないのが何となく心苦しいのですが全国の地方議員の大半はコンプライアンス重視でまじめに取り組んでおられます。
しかし、政治腐敗が起こる土壌と言いますか、制度は引き続き皆さんで議論して政治改革として改善していかねばならないと思います。



それでも蓮舫さん
北朝鮮が今年になって5回目の核実験、しかも弾道ミサイル装着テスト付きという報道に接して「平和ボケ」している私たち日本人もいつまでもボケているわけにはいきませんよと危機感が募り、昨日もブログに投稿しました。
そもそも日本が位置している東アジアは地球でも稀有の「紛争地帯」であると自覚するときでしょう。
ヨーロッパやアメリカ大陸とは違い未だに「戦争と革命の20世紀」を引っ張っている覇権主義国家群がうようよしている無法地帯に身を置いているぐらいの心構えが必要かもしれません。

それでも私とてすぐに「これに対抗して日本も核武装を真剣に検討すべき」とか過激な主張をするつもりはさらさらもありません。
地球上から一切の核兵器の廃絶を願っていますし、武力に武力で対抗しても最後は衝突(戦争や紛争)になるのは過去の歴史が物語っています。
また戦争は破壊をもたらすのみであり憎悪と怨念をまき散らすだけです。
21世紀は過去の紛争の歴史を乗り越えて人類がお互いに歩み寄れる「平和と調和の世紀」となるべきだと思っています。
確かに私は愛国者と自認はしています。
それは自国(日本)の文化と歴史に誇りを持ち、この国の風土を愛している者として当然のことだと思っています。
ただ、他国にはそれぞれの誇りと生活様式があり、これはお互いに差別や偏見を撤廃して認め尊重し合って世界平和を実現していきましょうというだけなのです。
この至極常識(と私が思っている)ことでもそれが通じない国が近くにいるのではないかと疑心暗鬼になります。

かってハトヤマさんは「私は国を愛している、世界中の国を、日本は日本人だけのものじゃない」とのたまいました。
誰でしょう、こんな人を総理大臣にしたのは。
残念ながら私たち日本国民です。
ですから私は公党の党首を目指している蓮舫さんが首相就任の可能性もある身として台湾との二重国籍疑惑に対して明確に説明責任を果たすべきだと主張しますし、過去に反日とは言えないにせよ、嫌日的発言があるのなら訂正してもらいたいと思っています。
「日本の赤いパスポートを持つのが嫌だった」・・一民間人が言うのなら(バカだな)ですみますが公人ならけじめをつけてください。






やっかいな隣人と仲良くする方法
あの凄まじいまでの猛暑もようやく鳴りをひそめた初秋の朝、気持ちよく玄関に出て配達された読売新聞の一面を眺めて思わず目が釘付けになりました。
黒枠に白地抜きでデカデカと『北朝鮮核実験』。
ああ、またかとここで不感症になってはいけないところです。
今そこにある危機は現実味を帯び始めていると考えなければ。
今回は「戦略弾道ミサイルに装着できる」ということを確認した実験です。
同じく紙面によれば「北朝鮮は13~21個分の核弾頭の原料を手にしたとの分析もあり、数十発飛来したら何発か着弾はまぬがれないと安保にくわしい当局者はいう」と記載されていました。
着弾、即都市の破滅と被爆です。
決して軽い話ではありません。
国家や政府を擬人化すれば私たち日本人は「無法者」と隣同士に住んでいてしかもその隣人は自分の家の子どもを勝手に家に拉致したり火炎放射器やライフル、ガス弾など危険極まりない武器を所持して最近は自宅の庭先に発射実験を繰り返している状況です。
市議会に訴えてもこの隣人に対して「批難の意見書」はまとめてくれますが法的強制力もなく、警察に相談してもただ今は署長選挙が実施中で二人いる候補の一人はいかつそうなセレブのおっさんで「もしおらっちが署長になったらお前の家の自警費は実費負担だ」と言われています。
自分の身は自分で守るしかないのかと途方に暮れますが武器の購入はこれ以上、家計に負担がゆるされないところですし、またその隣に住んでいる(告げ口おばさん)が「最近、あの人目つきが変だわよ」と区の会議の場でおしゃべりして過去にうちの娘をお金で慰みものにしたとあることないこと触れ周り、玄関先に(娘の銅像)を設置して嫌がらせをしてきます。
その隣のでっぷり太ったおじさんは大家族ですがここ数年でビジネスが大成功して町内で2番目のお金持ちになり急に自信がついたのか次期警察署長の座を狙う野心が露わで近隣の土地を地上げしたり、買い付けに走るやお札で頬を叩いたり、無断で白杭を打って土地の所有を主張したりでやりたい放題です。
北隣の顔色が悪いおじさんは昔は秘密警察にお勤めで最近は紳士ぽく振る舞っていますがそれでも我が家の北べらの池をぶんどって返してくれません。
それで自衛しなければだめだと家族会議でしゃべるとなぜか筒抜けで近所から「あの家は反省をしていない」と投書されます。
確かに過去に我が家も暴れて近所にご迷惑をおかけしたので(家訓)の9項目で「争いの一切放棄」を謳ってはいるものの、こうもご近所が騒がしいとこれからどのようにして仲良くしていけばいいのか思案に暮れるところです。


秋刀魚の味
「季節の変遷を一番感じるのはいつか」という設問があったとしたら私にとっては晩夏の余韻を残しながらいよいよ田んぼも稲刈りが始まり、吹く風に涼味を感じる初秋の今です。
桜咲き誇る春や木枯らしに震えながら初雪の到来を待つ冬、セミの鳴く夏よりも鮮明に季節の移り変わりを感じつつ日本に四季があってよかったと思える頃です。

そんな秋をより感じたいと思い近所の書店を覗いていたらリーズナブルな値段で小津安二郎監督の「秋刀魚の味」(1962年)のDVDが手に入ったので鑑賞しました。
「麦秋」(1951年)、「東京物語」(1953年)など多くの名作のメガホンを取ってきた小津監督が大切にしていたテーマに「妻に先立たれた初老の夫の孤独と悲哀」がありますがこの男を笠智衆さんがしんみりと演じています。
そこへお嫁に出す娘とのやりとりに最近の日本人が忘れている「家庭の味わい」を思い出させてくれる作品でした。
この作品を発表後の翌年、小津監督はお亡くなりになったので遺作ともなりました。

秋刀魚とは秋の太刀の魚、なかなか上手いこと表現していると思っていたら昨晩には食卓に秋刀魚がのぼりました。
大根おろしにすだちを添えて美味しくいただきましたが、その際に先日観たテレビのルポを思い出していました。
秋刀魚の値段が年々上がっているとの切り口で始まり、要は日本に入って来ない、台湾や中国の漁船が太平洋で乱獲をしていると報じていました。
大陸では近年になって秋刀魚の趣向が高まり、大衆の間では大人気で「爆食」されている様も映し出されていました。
日本人1億のお上品な味覚より中華13億の貪欲な胃袋が圧倒しているようで秋刀魚も太刀打ちできずたじたじです。

秋刀魚は例年、ベーリング海より太平洋を回遊しながら南下して北海道、東北地方沿岸に7月下旬から8月にかけて接近してくるところを日本の沿岸漁業が獲りに行くそうですがお先にこの排他的経済水域の外で台湾や中国の大漁船団が待ち構えていて「いただき!」とやっちゃうわけです。
トンビに油揚げじゃなく秋刀魚をさらわれる日本船団。
そんな報道を観ながら(日本も外海に出て獲ればいいのに)と考えていました。
ですが資源も限りあるもの、お互いに後のことも考えて取り組みたいものです。


パラリンピック開幕
第15回夏季パラリンピック・リオデジャネイロ大会が開幕しました。
世界161ゕ国からの参加です。
リオ五輪も興味を持ってテレビで観戦していましたが、開幕の入場セレモニーでは今大会出場選手団の皆さん、おひとり、おひとりの顔が輝いており観ている私の方が感動いたしました。
民進党代表選挙は本当にこれでいいのか
今朝(9月7日)の読売新聞2面では「民進党代表選 蓮舫氏優勢」の見出しが躍り、彼女が民進党所属国会議員147名中63人の支持を集め、2位の前原誠司氏の35人、3位玉木雄一郎氏22人を大きく突き放していると報道されました。
公党の代表選挙が内規に則り実施されることについては自民党員である部外者の私がとやかく言うことではありません。
しかし、それでも今回の代表選挙がまた民進党の骨幹を後になって揺るがす大きな蹉跌となる可能性を秘めていることには国民の1人として心配します。

言うまでもなく蓮舫氏の「二重国籍疑惑」です。
私が蓮舫氏の日本と台湾(中華民国)国籍の二重取得問題に気づかせていただいたのは作家の八幡和郎氏の投稿からでした。
ちょうど夏の真っ盛りで舛添都知事(当時)の公金私的流用問題で辞任圧力がピークにさしかかっており、厚顔無恥なねずみ男ももたないだろう、次の知事選に出るのは自民なら小池氏、でも民進の蓮舫氏が出れば決まりだねと言っていた頃でした。
しかし蓮舫氏は知事選出馬を真っ向否定し、続く参議院選挙に立候補、圧倒的に勝利して余勢をかり今回の民進党代表選に挑んでいます。
このままでは99%、蓮舫代表の誕生となるでしょう。
でも本当にそれでいいの?民進党さんと言いたいのです。

八幡氏のその頃の指摘として「蓮舫さんがもし都知事になれば当然、東京五輪の顔になる、国際色豊かな祭典だから彼女も華がありイメージ的に悪くはないのだがその前に当事国日本の立ち位置もしっかりしないといけない、日本国籍名の゛村田蓮舫゛で今後は出たらどうか」というものだったと記憶しています。
その後、八幡氏の追及は鋭さを増し、まず産経新聞が取り上げ、民放ではテレビ朝日、今朝はとうとうNHKが蓮舫疑惑について報道しました。
蓮舫氏も最初は「私は生まれた時から日本人」と言っていましたがメディアにこの問題が取りざたされるにつれ段々とシッチャカメッチャカの支離滅裂となり、「31年前(1985年)に17才の高校生だった私は父に連れられて台湾籍を抜きに行ったが中国語がわからず父まかせだった」と発言し、昨日は「本当に(台湾籍が)離脱できているのか不安なので本日、台湾の代表処へ離脱手続きの書類を提出しました」と記者会見されたようです。
当初の会見では「私は二重国籍では断じてありません」と言い切っていたのに整合性がぐちゃぐちゃです。

自民党なら閣僚を選ぶ際にもかなり慎重に「身辺調査」をし、経歴の詐称の有無や金銭疑惑が起こらないか、異性関係で問題はないかと縦から横から斜めから調べ上げます。
問題が発覚したら最悪、内閣の存続に係わるからです。
それなのに民進党執行部の神経がよくわかりません。
もしかして麻痺しているのか、そもそも無神経なのか、政治を行きあたりバッタリのヤケクソで行っているのか・・・。
自分たちの代表が永年二重国籍だったなんて、公選法に照らし合わせる前に日本国の議員としての資格に全く欠けるものと思わないのでしょうか。
これは代表選挙どころの話ではなく、蓮舫氏が議員辞職すら考えなければならないところまで来ているのにのうのうと支持している場合ではないということを内部からの声として挙がらないのか、それほど酷い政党なのかと思ってしまいます。

今から10年前、2006年2月の通常国会で発生した民主党(当時)の「偽メール事件」を思い出しました。
永田寿康衆議員議員がライブドア社の堀江貴文代表のメールを入手したと質疑に持ち込んだ一種のインサイダー取引情報でしたが民主党として全く真偽のほどを詮査せず、国会質問に通したとして前原代表(当時)が引責辞任し永田氏も議員辞職に追い込まれた事件です。(永田氏は3年後の2009年1月3日にマンションから投身自殺)
この蓮舫疑惑はそれより怖いことをやっていると民進党執行部は自覚だけはしておいてください。
国民を舐めています。

この問題もここまでくれば論点は「蓮舫氏は自分の国籍状態を把握して政治活動を行こなっていたか」になります。
蓮舫氏は今になって二重国籍状態に気がつかなかったと述べているようですが八幡氏は1985年の離脱手続き(蓮舫氏が主張)後の1994年に蓮舫氏のお父さんが死去された際の相続で事実確認せざるを得ないし、留学その他で国籍関係の自覚は当然あったものと指摘しています。
彼女が中国語がわからないというのも不可解なことで毎年の夏休みに台湾で過ごしているのにありえないのではと推理されていました。
舐めていると言えば蓮舫氏自身ももっと謙虚になるべきだったのでしょう。
代表選挙に出る際に代表の岡田克也氏のことに言及して「つまらない男」と言い放ったりするからブーメランのように自分に返ってくるのです。









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